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インターネット字書きマンの落書き帳

   
からくりサーカスのアルレッキーノと涼子のファン創作です
SNSを古くから使っているので、時々むかしのブログ記事のイイネをもらうんですよ。
でも、その中には今は消しちゃってる記事とかもあるんですよね。

からくりサーカスのアルレッキーノと涼子の話。
せっかくイイネをもらったけど、今はもうないので……。

過去のログをサルベージして、書き直してお出ししました。

元々は2012年頃に書いた短編ですね。
そこまで過去の作品から手を入れてはいないんですが、せっかくなので2025年、令和風にちょっとだけアレンジしてあります。

少女に救われるというのはどの世界にあってもいいものですからね。
皆さんも勝手に救われていきましょう。



『天幕に届くしらべ』

 心地よい夜風に混じり、どこからか美しい歌声が聞こえてくる。
 月光と風音に調和する美しい旋律に気付いた生方涼子は、布団の中、しばらくその歌が夢のものなのか、それとも現実の声なのか確かめるよう耳をそばだてていた。

 歌声は、外から聞こえてくる。
 おおよそ人間のものとは思えない、小さいが澄み切った麗しい声に促されるよう、涼子は目を開けた。

 一体誰だろう、こんな時間に。

 大人たちも眠る時間だ。
 月はほどんど丸く、青白い光が世界を照らす。

 優しいのに、もの悲しい声だった。
 いったいどんな気持ちを抱けば、こんなにも心震わす歌声を出せるのだろう。
 好奇心に耐えかねた涼子はこっそり布団から抜け出すと、歌声をたどる。

 そういえば、笛吹きが子供たちを連れて行く童話があったか。
 歌声に魅せられた船乗りを海に引きずり込む怪物もいると聞いた。
 そのような怪物が現れるのではないか。
 そんな空想を、涼子は首を振って否定する。

 ――こんな綺麗な歌をうたう人が、悪い人のはずないから。
 それに、今の世界はもう化け物にやられてボロボロ。これ以上悪い事がおこりっこない。

 歌声をたどり、少し進めばそこにはうずたかく積まれた瓦礫の上に腰かけ、月を見上げる人影があった。

 いや、人ではない。
 人形だ。

 燕尾服のような豪奢な服に、数多の装飾があしらわれたきらびやかな自動人形――。
 アルレッキーノだ。

 アルレッキーノはわずかに天を仰ぐと、満天の星空という天幕に向かい、ただ一人歌っている。
 日本語でも英語でもない歌詞だったから、アルレッキーノがどんな歌を歌っているのかまでは涼子にはわからなかった。
 だがその旋律は乱れがなく、穏やかなのにどこか悲しげなのは心で理解できる。

 ずっとさまよい歩き、海の上に浮かぶ一葉のように寄る辺のないまま、漠然とした不安と焦燥を駆り立てる。
 それでも、そんな不安や焦りを全て許容し、ただ一つの希望を抱いて祈りを続ける、そんな歌声だ。

 このまま、何も見なかった事にして布団にもぐりこんでも別に良かったのだろう。
 アルレッキーノは人形だ。人間である涼子が、そんな風にしたとしても気には留めないだろう。
 そう、思ったが――。

「アルレッキーノ」

 涼子が瓦礫の山を注意深く登り、人形の元へと向かう。
 人形は、人形であるから表情などはないのだが、それでも涼子が現れたことに驚いているように見えた。

「……どうした、一体。もう、眠っている時間では?」
「うん、そうなんだけどね。うーん……」

 涼子はアルレッキーノの隣に、ちょこんと腰かける。

「綺麗な歌が聞こえてきたから、誰が歌ってるのかなって気になって。それで、見に来たの。あなただったのね、アルレッキーノ」

 アルレッキーノは否定も肯定もせず、手にしたリュートを鳴らす。
 月光の青白い光は、アルレッキーノの白磁のような肌を照らしていた。

「それ、知ってる。リュート、って楽器でしょ? 素敵ね。アルレッキーノって、楽器も弾けるんだ。すごい」
「何、他愛もないこと……望まれた故に覚えただけだ」

 実際は、覚えたのではなく作られた時にはすでに知っていたのだ。
 アルレッキーノだけではない。
 パンタローネも、ドットーレも、コロンビーヌも、全ての人形が与えられたものを演じ、芸を磨くことでいずれ主の求めるものを与えられると信じていた。
 一度たりとも、自分たちの行いを省みることなどなかったのだが――。

 ――もし、もっと早くに自分たちがいる理由を考えることができたのなら。
 主の孤独を、笑顔の意味を知る事ができていたのなら、愛するフランシーヌが真に求めたものを、もっと早くに理解していたのだろう。

 気付くのが、随分と遅くなってしまった。
 今さら悔いても詮無きことだが――。

「でも凄いよ、こんなに弾けるなんて! ねぇ、アルレッキーノ。私も弾いてみてもいい?」

 涼子はアルレッキーノに両手を伸ばし笑顔を見せる。
 別に貸しても困るものではない。アルレッキーノはさして躊躇うこともなく、リュートを手渡した。

 涼子は戸惑いながらリュートをかかえ、アルレッキーノを真似て弦を爪弾く。
 不慣れに構えたリュートから、ボロン、ボロンと奇妙な音がした。

「あれ、あれ、おっかしーなー」

 涼子は首を傾げ、弾き方を変えてみたり、持ち方を変えてみる。
 だが音はなるが曲にはならぬ音ばかりが幾度も繰り返された。

「……そうじゃない、こう。こうだ。こう」

 アルレッキーノは涼子の手をとり、弦の抑え方を軽く手ほどきする。
 元々器用だったのか、少し教えただけで奇妙な旋律は一応、音楽らしい色へと変わっていった。
 未熟であることには変わりは無いが、それでも――。

「あ、やったぁ! 音がなった! ありがと、アルレッキーノ!」

 涼子は顔いっぱいに笑顔を浮かべ、はつらつとした声で礼を告げる。
 ぎしり。
 アルレッキーノの中にある歯車が、鈍い音をたてて軋んだ。

 ――古い体だ。ろくにメンテナンスもしてない。あちこちガタがきて、妙な動きもするのだろう。
 自分自身にもわからない機構も多い。思いがけない動きや誤作動も増えているのだろう。

 だが、この軋みは不思議と心地よい。

 ただ隣にいて、他愛もない話をして、些末なことで喜び、笑顔を向けられる。
 この程度のことで歯車が軋むことが、こんなにも心地よくそして温かいとは――。

 ――フランシーヌ様も、きっとそれを知っていたのだろう。

 人間が言う、幸せや喜び、楽しさ、暖かさは、きっとこのような軋みのことなのだ。
 誤作動にも思える、不可解なかみ合わせから生まれる熱を帯びた歪み。

 ただ書物でしか知らなかった幸せという言葉――それが今、胸にある。

 フランシーヌが求めていたものは、たかが人間の少女一人が笑うことで得られるものだった。
 それが、真実だとしたら――。

 ――あまりにも、人形は罪深い。
 今まで蹂躙し、刈り取り、取り立て、搾り尽くした人々の命。
 その命の、ひとつひとつが、フランシーヌを救う可能性を誰もがもっていたのだ。
 それに気付かず、幾年も。そして、幾つも――。

「うう……もう、眠くなってきちゃった……もっとやりたいのに……」

 アルレッキーノは、その声で我にかえる。
 隣に座る涼子は、リュートを手にしたまま悔しそうに唇を突き出していた。

 この負けん気だ。
 本気で学べば、さぞ上達することだろう。

 アルレッキーノの思惑に気付いたのか、涼子は顔を上げた。

「ねぇ、アルレッキーノ。またリュートを教えてよ、私もっとうまくなるから。アルレッキーノもきっともっと、もっと上手くなれるよ。そしたら、一緒にショーとかやろうね!」

 彼女は、どれだけ遠くの未来を見据えているのだろうか。
 明日が突然潰えるかもしれない絶望の日々にあっても、なお歩みを止めようとせず、拍手と歓声が取り戻せることを信じているのだろう。
 だが、たとえ彼女の行く末が希望に満ちていたとしても、アルレッキーノにそれはない。

 唯一の拠り所であったフランシーヌの存在はすでに無い。
 人と共に手を取り歩むにしては、あまりに多くを奪いすぎた。
 この世界には、もうアルレッキーノの居場所など存在しないのだ。

「いや、私は……」

 それに、涼子はあまりに無垢で眩しすぎる。
 内に秘めた歯車からネジ一本、バネ一つに至るまですべて赤黒い血で染まっている。
 隣を立つだけでも、きっと彼女を穢してしまうのだろう。

「何よ、アルレッキーノ。私には教えてくれないの? 駄目よ、絶対に教えて。いつか私、貴方より上手になるんだから!」

 アルレッキーノが返事をしないから、断られたと思ったのだろう。
 涼子は頬を膨らませ、人形の膝をポンと叩く。

「もっともっと、上手になったらその時はちゃんと、私の曲を聴いてよね。約束よ!」

 それは、決して果たされない約束だ。
 少なくとも、アルレッキーノのような存在が叶えていい願いではない。

 だが、それでも――。

「……あぁ、必ず聞こう。いつか、天幕の中で、きっと」

 ここではない、どこかでなら、願ってもいいのかもしれない。
 アルレッキーノには、魂などない。
 信仰もなく、当然に救済もない。

 だがそれでも――。

 いずれ彼女の奏でる旋律が、自分のもとに届くように。
 そう、祈ることくらいは、許されてもいいのだろう。

 月光は相変わらず、柔らかな光であたりを包む。
 その光は誰でも等しく平等に、青白く染め上げるのだ。

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