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インターネット字書きマンの落書き帳

   
年下の部下(男)に思いを寄せられているヌン蔵が思いに応える話
こんにちは!
全日本当て馬協会から派遣されてきました!

今回は「富入さんの部下として恋愛関係に至りたい」と思っている皆様に、富入さんがアナタと恋愛関係になる直前、勇気を与えるモブを派遣いたします。

こちらの視点では、当協会の「当て馬」の仕事をごらん頂けます!

あなたと付き合いたいと思っている富入さんの意識が、あなたにいくまで。
当て馬がきちんとサポートをいたします。

全日本当て馬協会のサポートに満足いただけましたら、再度ご利用のほどよろしくおねがいいたします!

以上、「狂い」の説明でした。



『ポセイドンの矛』

 地下鉄の駅にたどり着くとほぼ同時に、電車がやってくる。
 男は電車に乗り込むと、誰に聞かせるともなく。

「富入さんのことは任せましたよ。彼の涙を拭うのは、あなたしかいませんから」

 ぽつりと、そう呟いた。

 ※※※

 BARを出る前、富入は含み笑いをしながら男の顔を覗き込む。

「ちょっとだけ、この後も付き合ってくれない?」

 甘えた声と表情から、ろくでもない要求をされるのはわかっていた。

「わかりましたよ。でも、あんまりコキ使わないでくださいね? 私、明日も仕事なんで」

 男は両手のひらを小さく上げ、降参のジェスチャーをする。
 男は公安刑事の富入にとって協力者という立場であり、対等な関係ではあるのだが、富入が猫なで声を出す時は、面倒ごとを頼まれる事が多かった。
 断ったとしても、もこちらがyesというまでしつこく食い下がってくるのだから実質強制である。

 しぶしぶ了承しBARから出た瞬間、富入は男の手を握ると恋人のようにしなだれかかってきた。

 ちょっと、やりすぎですよ。
 そう言いかけるも、背後から刺すような視線を感じ言葉を飲み込む。

 誰かが付いてきている。
 しかも、富入と自分が恋人のように接することが殺意を抱くほど気に入らないようだ。

 殺気は一瞬で消え去り、相手の所在はつかめなかった。
 だが、その一瞬に気付かぬほど男も鈍感ではない。

 相手は気配を消すことに関しては一流だ。
 恐らくずっと後を付けていたのだろうが、殺意を露わにするまで全く気付かなかった。

 男も協力者という立場上、多くの修羅場を越えている。
 人の気配にはそれなりに敏感な方なのだが、そんな自分が尾行に気付かないのなら相手は素人ではないだろう。
 つまり――。

「富入さん、私の後をつけてるのは、あなたの部下ですか?」

 小声で囁けば、富入は口角だけを上げて笑った。

「あら、あなたって本当に聡いのね。とっても優秀。彼は後で叱っておかなくちゃね。素人に尾行を気付かれるなんて、公安にあってはならないことですもの」
「やっぱり、あなたの部下なんですね。ですが、私を付けていたようには思えません。あの人……あなたを付けていたんじゃないですか?」

 必死に気配を巡らし、背後にいるであろう男の姿を探る。
 年はまだ若い。30歳前後だろう。富入程ではないがなかなかの長身で、靴にも一定の拘りがある。職業柄か、少しばかり気配を消しすぎるので他の足音と判別が出来るが、全身を耳にしてようやく気配だけをたどれる程に自分を消せるのだから、かなり優秀なのだろう。

「富入さん直属の部下なんじゃないですか」
「あら、どうしてそう思うの?」
「そりゃぁ、尾行の方法も気配の消し方も似てますから。あなたの模倣ですよアレ」

 富入はどこか誇らしげに笑う。
 多くを語らないがその通りであり、そして後方にいる部下をとても気に入っているのだろう。

「えぇっと……こういうのもなんですが、私をダシにして彼を諦めさせようと思ってるなら、やめたほうがいいですよ」
「やだ、あなたって本当に聡いわね。そういうとこ、可愛げないわよ。わかっていても付き合いなさいよ」
「それで私が恨みを買って詰め寄られるのはまっぴらごめんですから。どうしてアナタの痴話げんかに私が巻き込まれないといけないんですか」
「痴話げんかって。嫌だわ、別に彼とはまだ何もないもの。何もないから……こうして、早めに諦めてもらいたいの。わかるでしょ、ダーリン」

 富入の思惑はわかる。
 部下の視線から自分の思慕を感じても、彼はそれに応える気はないのだ。

 富入は若くして公安所属となっている。
 20代、30代の合間に多くの闇に触れ、権力に翻弄され、法的に裁かれない立場であってもそれなりに手を汚してきたという重荷が、咎という名の鎖となり、楔となって己の立場に縛り付けているのだろう。

「私、誰かから愛される資格なんてないもの」

 笑いながら息をつき、微かにうつむく富入の表情は深い諦念の色が見える。

 そう、その通り。
 この暗がりに立ち入ったのなら、誰かに愛し誰かに愛される資格などないのだろう。

 だが、富入はそれでも人を愛している。
 人の善意を信じ、論理を重んじ、正義へと邁進する強い決意がある人間だ。

 そのように清廉な心持ちをもつ人間なら、赦されてもいいのではないか。

「……そう思っているのだとしても、彼とはちゃんと向き合ってください」

 男は目を細め、富入を見る。
 その目は慈悲深く、夜の闇にあっても日だまりのように温かい。

「あなたの思いを全て吐き出して、ぶつけてみなさい。大丈夫、あなたが信じる人は、あなたが恐れるほど愚かでも残酷でもありませんよ」

 富入は、少し悔しそうに唇を突き出してみせた。

「ホント、嫌なひと。時々こっちの思惑を全部見透かしてるみたいな顔するんだもの」
「そりゃぁもう。付き合いも長いですから」
「でも、大丈夫かしら。私……」
「いい歳したオジサマが乙女みたいな顔をして……それ、私じゃなく彼に見せてあげてください。その可憐な花束のような表情は、私のためにありませんよ」

 男はそこで、とんと富入を突き放す。

「いい加減にしつこいんだよ! 俺のそばにつきまとうな。わかってんだろオッサン。お前なんか上等な金づるでしかねぇの。俺、そういう趣味はねーから。二度と顔見せるんじゃねぇぞ!」

 腹の底から絞り出すような罵声を浴びせた。

 あぁ、まったく。自分のことを「俺」なんて言うのは何年ぶりだろう。20年ぶりくらいかもしれない。

 富入は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐさま目に涙を浮かべる。
 そして小声で。

「ありがと。決心がついたわ」

 そう告げると、溢れる涙をおさえて走り出す。

 男はその姿に目もくれず、真っ直ぐと駅に向かう。
 振り返りはしなかったが、富入の向かう先に彼の涙を拭う優しくも温かな指先が必ずあると信じ、願っていた。

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インターネット駄文書き
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ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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