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インターネット字書きマンの落書き帳

   
それは暗くて美しい(褪せ人とメリナ)
メリナと語らう褪せ人という概念です。
概念、概念……概念の話をしようじゃないか!

今回は、褪せ人とメリナが祝福を前にぽつぽつと語らうような話ですよ。
俺自身がオッサンの褪せ人で遊んでいるのもあってか、メリナへの感情は恋愛云々というより保護者的な、娘が心配なお父さんかあるいは年の離れたいとこ位の感覚です。

褪せ人に気を遣ってあまり進んで出てこないメリナが時々は現れて、特に何をするでもなくただ一緒にいるだけのようなエアリー感をお楽しみください。
褪せ人(オッサン)は概念としての存在です。




『暗くとも美しいもの』

 祝福を前に火を焚く褪せ人の背をメリナは離れたところから見守る。
 それまでメリナは褪せ人の前に伝えたい言葉がある時にしか現れることはなかった。だが褪せ人から「いつでも来ていい」と言われてからは以前より頻繁に顔を見せるようになってくれていた。
 とはいえ互いに何を語るわけではない。
 メリナはやや離れたところで火を眺め、たき火へ薪をくべる褪せ人の影に振れると少しだけうれしそうに笑うだけであり褪せ人もそんなメリナのどこか子供っぽい行動を見て少しだけ頬が緩むのだった。
 だが今日はいつもより寒い。空は緞帳のような雲が垂れ込め夜だというのに星の一つも見えないでいた。

「そんなに遠くにいなくとも、もっと近くで火に当たったらどうだ?」

 夜が更けくればあたりはいっそう寒くなるだろう。火に近づこうとしないメリナの体が冷えやしないか心配し気を遣って言ったつもりだったが、メリナは恐怖で目を見開くと大きくかぶりを振ってみせた。

「ありがとう。でも、火は怖いの……」

 メリナの体がかすかに震えているのに気づき、褪せ人は以前メリナの語る言葉を思い出していた。彼女の記憶はひどく曖昧で抜け落ちてしまった部分も多く、何故自分が肉体を失っても未だ霊体として存在し続けるのかもどうして褪せ人を導こうとするのかも語れない有様だった。
 そんな彼女がただ一つ実感として覚えているのが燃えさかる炎の中で自分の体が焼けただれて消えていく姿なのだという。
 全身が炎に包まれ燃えるなんて体験は生きたままですることはできないだろうからそれは死の記憶だろう。如何様なことがあって彼女の体が火にくべられるに至ったかはわからないが、その時に刻まれた熱と死の恐怖はいまだ残っているに違いない。
 褪せ人として幾度も死に戻りをしている自分はすでに最初に殺された痛みも恐怖も消え失せてしまったがメリナの場合は唯一の記憶が燃えさかる炎にある自らの体なのだ。血肉が炙られる不愉快なにおいも身もだえしても消えることのない焼け付く痛みも未だ魂に刻まれているとしたら、火を遠ざけるのも仕方ない。

「そうか……それは、すまなかった」

 褪せ人はしばし目を閉じると火から離れメリナの方へ歩み寄るとその隣へと腰掛ける。霊体である彼女から息づかいや体温など人と寄り添うぬくもりを感じることはなかったがそれでも二人そばにいれば暖かいような気がした。

「私の方こそ……ごめんなさい」

 そうしてしばらく違い無言のまま夜の静寂を聞いていれば、やがてメリナは泣きそうな顔を褪せ人に向ける。
 何を謝る必要があるのだろう。不思議に思う褪せ人だが彼が黙っていたから余計に申し訳なく思ったのかメリナはさらに言葉を続けた。

「私は自分の記憶がない……から……こういう時、何を話していいかわからないの。だから……いつも何もしゃべることができなくて、ごめん……ごめん、なさい……」

 褪せ人がメリナに「いつ来てもいい」と言った理由は二つ。
 一つは自分に気を遣って現れないのであればそのような必要はないから気にせず好きなように過ごしてほしいと思ったからであり、もう一つは永久に終わらないような繰り返しの日々にせめてそばに人があれば幾分か孤独が紛れるだろうと思ったからだった。
 だから彼女は何もせずともただそばにいるだけで充分なくらいの報酬になり得たのだが、彼女はもっと褪せ人が自分に多くを求めていると思ったのだろう。あるいは無言のまま過ごす時間というものが彼女にとって気まずいだけの時間だったのかもしれない。
 かといって「無理して出てこなくてもいい」などと言えば元より自分を表に出すような性格ではないメリナはまた顔を見せなくなるだろう。
 褪せ人は自分の鼻先を軽く掻き、しばし思案する。どうすれば彼女に何もせずとも充分だと伝わるか考えていたのだ。

「俺は別に君と無理に語ろうとは思ってないんだ……俺もあまり口達者の方ではないから語らいは苦手だし、お喋りなやつというのも得意ではないからな。だから静かに座っているだけだということを、気に病むことはない。俺にとって、ただ君が傍らにいるというだけでも心が安まるものだからな」
「でも……私……私は、やっぱり……あなたの導きになれないだけじゃなく、面白い話一つももってないから……」

 何も語らなくてもそばにいるだけで充分だと伝えたつもりだが、メリナはうつむいたまま唇を噛む。褪せ人の言葉が嘘ではないのは理解しているのだろう。だが何もしないし出来ないという自分を許すことができないようだった。
 メリナが他の指巫女たちと比べても出来ることが少ないというのも彼女を焦らせる要因だったのかもしれないが。

「……黙ってただ座っているだけ、というのは苦痛か」
「そういうわけじゃないの。でも……やっぱり、あなたが退屈しているような気がして……」 「危険ばかりで退屈しない人生を謳歌しているからな。こういう時までスリリングな話なんて聞きたくないが、そうだな……」

 褪せ人は軽く背を伸ばしながら空を見る。空には相変わらず鉛色の雲が垂れ込め空を覆い隠し元より暗い夜がますます深い闇へ包まれているような気がした。

「……空が見えるか、メリナ」
「えっ。えぇ……見えるわ。星ひとつ見えない曇り空」
「どんな空に見える?」

 突然の質問に、メリナは少し小首をかしげ空を見る。そしてその小さな手を伸ばすと何ら輝きの見えぬ闇へ振れようとするように語り出した。

「そう、ね……まるで憂鬱が渦巻いたような空。星ひとつも見えず、誰も導くものはない。ただ風のうねりで多くを惑わす、狭間にふさわしい暗澹とした空かしら……」

 そう語り、メリナはどこか悲しそうな目を向ける。

「なんて、そんな言葉ばかりが浮かんでしまうの。暗い夜とその静寂に、私はどこか安堵している……息するものは何もなく、まるで世界中の生き物がすべて死んでしまったような夜に、私はどこか安心しているの。おかしいでしょう、人にとって夜の闇は生きる領分ではなく闇はただ恐ろしいばかりなのに、私はそれに安堵を覚える……導きも見えない巫女くずれは、夜に光を見いだせないほど暗い女なのね」

 そして自嘲するように語るのだ。
 彼女の言う通り、今日の夜は静かであり闇はすべての光を飲み込んでしまうのではないかと思わせるほどに暗かった。

「暗い女である自分が嫌いか?」

 褪せ人はそんなメリナを横に問いかける。メリナは何も言わずただ黙って俯くだけだった。

「俺は、暗い女は嫌いじゃない。快活でよくしゃべる女は愛されるだろうが、陰鬱にうつむく女というのも美しいだろう。ましてやメリナ、お前の感性はお前だけのものだ。夜を愛し憂鬱さをいつも抱いていても、おまえのそれは美しいさ」

 一瞬風が吹き付け、たき火の炎を揺らす。
 メリナは大きく目を見開いて炎と褪せ人を交互に見た。 それは最も恐ろしい炎が突然舞い上がった驚きもあるが、それ以上に自分のすべてを受け入れてそして美しいと語る褪せ人の言葉に驚いている風に思えた。

「だから聞かせてくれないか、メリナ。お前から見える世界のはなしを。きっとそれは、美しいと思うから」

 メリナはうつむき、小さくため息をつく。

「そんな……私の話なんてつまらないわ。私は暗いし、陰気だし、愛嬌もない。そういうことを言うようにできてない……」
「さっきも言っただろう。お前の言葉は美しい……俺にとって狭間はとっくにゆがんで汚れたねじれた世界だ。だがおまえはその世界をちゃんと見て、ちゃんと感じているその心がある……俺にはもうそんなものさえなくなってしまったからな」
「うそ。あなたも、ちゃんとそういう心があるはず……語り方を、忘れているだけで……そうでなければ、私の見ている世界を美しいなんて思ったりしないもの」

 そして顔をあげると、褪せ人をまっすぐに見据えた。

「だから、あなたも教えて。私も私の世界を伝えるから、あなたもあなたの世界を。あなたの言葉で……大丈夫、あなたの世界もきっと、美しいわ」

 褪せ人は意表を突かれたような表情を見せるが、すぐに穏やかな笑みを見せる。

「そうきたか。いや、だが……そうだな、それもいい。陰鬱な男と女で語りあおうか、このどうしようもない世界のことを」
「えぇ、この壊れきった世界を私たちの言葉で……話しましょう。それなら、きっと私にも出来るから」

 ゆがんでねじれた世界でも、それでも誰かと語り合うことができたのならばその時間は美しい。
 そんな思いを抱いて二人は語る。
 壊れ続けた世界の狭間で、どこにも行き着くことができない二人にはそんな語らいが必要だったのだ。

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インターネット駄文書き
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紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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