インターネット字書きマンの落書き帳
20年以上前の、杜王町でのルポルタージュ
1999年、4部が始まるより少し前の時代に杜王町であった一つの事件……。
こうして、吉良吉影という人物が「消していった」人間も多かった。
そして、それは今でも明らかになっていないんだろう。
そう思うと薄ら寒いものがある……ねっ。
等と思いつつ書きました。
たまにはこう……直接的にメインが出てない二次創作も、いいよねッ!
あるフリーランスの編集者が杜王町に取材にきていた時、ふと思い出を語る話ですよ。
こうして、吉良吉影という人物が「消していった」人間も多かった。
そして、それは今でも明らかになっていないんだろう。
そう思うと薄ら寒いものがある……ねっ。
等と思いつつ書きました。
たまにはこう……直接的にメインが出てない二次創作も、いいよねッ!
あるフリーランスの編集者が杜王町に取材にきていた時、ふと思い出を語る話ですよ。
『暗がりに消えたルポルタージュ』
思えばこの話を聞いてから20年以上も経つのか、なるほど俺も年を取るもんだぜ。
仕事の調子は? ……あと少しか、それなら気晴らしついでに聞いてくれよ。
俺が20年と少し前に少しばかり関わった、こんな話の事をよ。
あれは1999年の話だ。
ノストラダムスの大予言なんてのもあって、世間はにわかにオカルト熱が熱くなった頃合いでねぇ。
便乗して、幽霊やらUMAやら、心霊写真に怪談話もそこそこ流行したもんだよ。
もちろん、1999年当時にノストラダムスの大予言を律儀に信じてる奴なんていなかった。
毎日粛々と仕事をしたり、学業に励んだり……必ず来る明日に備えて各々切磋琢磨していたんだと思うぜ。
一人くらいそれを信じて全財産を使い切った富豪でもいれば楽しかっただろうな。
いや、どこかでどうせ死ぬんだと全財産をばらまいた奴もいたとか、居なかったとか聞くがそれだって1000円をあちこちにばらまいた程度だっていうからな。
もっと景気良く、トラック10台分くらいの貴金属でもばらまいてくれれば良かったのにな……。
予言の日は確か……1999年、7の月……だっけな。
熱心にノストラダムスの予言を紐解こうとしていた人物は、この「7の月」は暗示であり実際の7月ではないとか言ってたらしいが、今俺たちがここにいるって事は1999年という歳に何もおこらなかった……。
俺がこの話に関わったのもちょうどその頃。1999年の7月だったかな。
職場に信用もあって腕もいいっていうフリーのライターがいたんだ。一眼レフカメラを抱えて、写真の腕もなかなかいい。
そろそろどこかで専属で……って話も出ていたそいつは信用もあり人懐っこく世渡りも上手で……そう、この街。杜王町の出身だったそうだ。
学生時代から付き合っていた彼女をおいて自分は上京し、それから遠距離恋愛になっていた……遠距離恋愛になって1年と半年くらいだったみたいだが、学生時代からの付き合いと遠距離恋愛であえなくなり客観的に互いを見られるようになって、お互いにやや気持ちは離れていたらしい。
ただ、それでも恋人だ。
いつか、どちらかから別れを言い出さなければいけない。
そんな事を思いながら、そいつは仕事先の開いた時間、電話を一本入れたそうだ。
夜は22時、いやもうすぐ23時になる頃合いで遅いとは思ったが、彼女は一人暮らしだし普段なら深夜1時頃までは起きているのを知っていたからな。
夜の電話に彼女は『明日は早い』だの『フリーの人は時間の概念がない』だと、色々と文句を垂れてくるまではいつもの彼女だった。
だが会話の最中、突然彼女の背後から窓硝子を開ける音が聞こえてきたのさ。
彼女のマンションは2階だし、鍵をかけていなかったらしい。
7月の暑い最中だから、窓を開けて涼んでいたんだろう。
『今、窓が開くような音しなかったか?』
男が問いかけると、彼女は怯えたように囁いた。
こんな時間に窓を開ける人間がいる訳ない。ここは2階だし。浮気でも疑ってるのとたたみかけるような言葉は、彼女はその音に気付いてない様子だ。
だが、確かに窓が開くような音が聞こえた気がしたから。
『一応、その部屋から出て友達の部屋にいったらどうだ?』
男があまりに強めに言うものだから、流石の女性も気圧されしたのだろう。
『そんなに言うなら、部屋を見てくるから』
彼女はそう言うと受話器を伏せたまま廊下を進んでいく……家の電話に電話する。なんて感覚、スマホが普及した時代は考えられないだろうな。
だが当時はまだスマホ……いや、まだ当時は携帯電話、か。そういったものをもっている方が少なく、電波が入らない場所もずっと多かったからな。
電話の向こうで女性が歩く。その足音と重なるように、男の足音が聞こえた。
女性はスリッパを引きずるようなこう、「ぺた、ぺた」といった足音だったが、男は明らかに革靴か、それに近い立派な靴で「かつん、かつん」と冷たい足音が響いたのは、7月だっていうのにうすら寒さを感じたものだと、あいつは言ったか……。
『やだ、カーテンが……開いてる? 閉め忘れたのかしら……』
電話越しに声がする。
誰かはわからない。だが渇いた靴音から、たぶん男だと思う。
相手の様子から、来訪には気付いてなさそうだから浮気相手などではなさそうだ。
危険だ、危ない……。叫びそうになる声を抑えたのは、「怖かった」からだ。
もし、叫んでしまいその男に「こちら」の存在を気付かれたら、どうなるのだろうか。
そう思ってしまったからだ。
『きゃっ』 彼女の小さな悲鳴。だが彼女はつとめて冷静に『あなた、誰。誰なんですか』と……電話の向こうにいる男に問いかけていたようだった。
肝の据わった奴だったんだよ。あるいは、ここで泣いて暴れて相手を刺激したら不味いと思ったのかもしれないが、どちらにしてもたいしたもんだ。
すぐに襲ってくるのかと思ったが、暫く沈黙した後男は特に驚いた様子もなく彼女にこう、告げたよ
『失礼、もう眠っているかと思ったんだがまだ起きてたんだね。キミ、一人暮らしかい? いくら一人暮らしで自由な生活ができるからって、もう夜の23時を過ぎているはずだが、どうしてまだ起きて居るんだ? 睡眠時間をたっぷり7時間とるのならそろそろ眠るべきだと、そう思わないかね? メイクが墜ちてないようだが、シャワーも浴びていないのか? 入浴は睡眠の1時間前に住ませておいたほうが、良い睡眠がとれると言うよ……』
相手は、無断で女の家に入り込んできているであろうとうのに、その声はいたって静かで、まるで彼女を諭すような口ぶりだったそうだ。
とても他人の家に来ているような様子がないみたいにな。
『ライトのスイッチは何処だ? ……あぁ、そこか。ありがとう。灯りが見えてキミがより美しく見えるよ』
だが、ライトの場所すら知らない事実で男が彼女と親しくないのは受話器越しに分る。
この男は、見ず知らずの女の家で平然と過ごせる……そういったタイプの男だったんだろう。
あぁ、マトモじゃない。
完全に頭のオカシイ犯罪者だ。
だがそいつは、誰だって犯罪だって分る事を至って普通に。食事でもするように当然に、紳士的に、美しくやっているんだぜ。
……化け物だよ。あれは、多分人間の皮を着た化け物だ。
男は、家の様子に詳しい訳ではなかった。むしろ、その部屋を初めて見たといった様子だ。ベッドの位置はもちろん、浴室やリビングがどこにあるのかも分っていなかったしキッチンに包丁があるとも思っていなかったのだろう。
『これ以上来ないで!』
キッチンに逃れ、戸棚を開けて、包丁を取り出す彼女の姿が手に取るように分った。だが男は、そうされてもまだ普段と変わらないような……まるで子供の悪戯に困ったような顔をしていただろう。そんな風に、彼女を見ていたと思うよ。
『それは食事を作るために使うべきであり、私に向けるのは少々乱暴だ。それに、刃が思ったより鈍っているようだよ。野菜を切る時、トマトなどは潰れてしまうんじゃないか……? キミ、ちゃんと食事をバランス良くとっているかい? 私は毎日7時間は眠る事にしている。寝る4時間前には食事をとり、1時間前にぬるめの風呂で疲れをとれば翌朝の仕事に響く事もないからだ。キミは女性だろ? 肌荒れの原因にもなる。夜更かしは感心しない……料理もしたほうがい。市販品でも悪くないが、やはり油脂分と糖質に偏るからね……』
床に包丁が墜ち、タイルの床に転がっていく音が聞こえる。
男は壮年……30代くらいだろうか。知らない男の声だった。
『誰なの』『離して!』
彼女はそう叫んでいたが、きっと容易く捕まってしまったのだろ。
包丁を前にしても何ら怯えた様子も見せないような男なのだから、これから彼女に「何をするのか」想像に難くない。
だが最後、彼女はようやく受話器を伏せたままにしていたのに気付いたんだ。
『助けて、助けて……警察を! 警察を呼んで……!』
その言葉で、ようやく男は電話に気付いた。
ランプが光っている家電話で、話し中なのも、当時すでにナンバーディスプレイ機能がついていたから電話の相手が誰かも分っただろう。
『おっと、電話の途中だったのか……それなら、あまり長居は良くなさそうだ。いくら町内じゃないとはいえ……声だけとはいえ、念には念を入れた方がいいだろうからな』
男の足は受話器に迫るころ、不思議と女性の声は聞こえなくなっていたそうだ。
そうして男が受話器をもちあげ、何かを話そうとした直後、男は電話を切った。
声を聞かれたらまずい。
自分の事を知られたら、まずい……そう、保身に走ったんだ。
ただ最後、一言だけ。
『キミは彼女を贄にしたことを背負って生きればそれでいい……』
ククッ、と喉を鳴らすような音をたてて、男がそんな事を言うのが聞こえたと。
まぁ、そういう話さ。
……なかなか奇妙な話だろう。
その日から、彼女は消息を絶った。
元々、恋人関係は冷め切っていたし夜ともなればクラブやバーで見かける事が多かったとも言っていたから、その中で運命の人でも見つけて駆け落ちしたんだろう……。
ってのが大方の見方だった。
実際、彼女がクラブで特定の相手と親しくしていたのは周知の事実だったから、遠距離恋愛という関係が終るのもそう遠くなかっただろうな。
彼女の失踪を経て、この関係は「物理的に」終ってしまった訳だが……。
彼女の事は、あれから少し探してみたがあの電話以後、ぷっつりと姿を消した……まさに煙みたいにね。
金も荷物もたいして持たないまま、有り体にいうと「失踪」したんだ。
お前も知っての通り、誘拐や殺人なんて明らかな犯罪だと警察は雨後出すがね。
失踪は、大体の場合が家出扱いで処理される……ま、大体のところ、失踪した人間は実際の場合殆どが家出だったりするもんだ。
熾烈な両親から逃げ出す子供、DV夫から逃げ出す妻、束縛する恋人から逃げる、不倫の末の駆け落ち……バリエーションは様々だが、探して「良かった」事はそれほど無い。
探さない方が相手にも、自分にも良かったなんて事が多いかrな。
彼女の両親もまた、失踪を諦めていたようだった。
元々、奔放な所があったらしいし、固い両親のシツケに反抗するよう自由奔放に生きていたように周囲からは見えていたからな。
だが、荷物も持たずに消えるほど突飛な行動に出る奴ではない。
あれで慎重で計画的な奴だった。
何より失踪前に「男」がいたのを聞いている。
だから、そう……調べていたんだ。
あの時彼女と話していた男が、何者だったのかをな。
当時、杜王町はその規模に反して失踪が異常に多かった。
そしてその失踪に、自分の聞いた声が関わっているとそう思っていた。
しかし、相手に「声」を聞かれている上慎重そうな犯人だ。部屋にある女のもつ写真から、人の顔を丁重に覚えていそうだからうかつに現地には近づけない……。
そうして地道な裏取りにかかったのが2年。
……行き着いた先が、墓場だったとは思わなかったぜ。
あぁ、俺が来た時はもう「吉良吉影」は死んでいた。
事故死だったみたいだが……俺はいまでもこいつが失踪に……昔の女が失踪した理由を、何かしら知っていると。そう確信しているよ。
今となっては詮無い事だろうがな。
さて、原稿の様子はどうだい、岸辺先生。
たまには漫画家の様子を見るのも編集の仕事だからって、杜王町まで来てみたが……大学時代を過した街のはずなのにもう随分遠くに感じるよ……。
いや、それはきっと俺があの時「逃げた」からなんだろうな。
俺は彼女を見殺しにした、だから今、生きている。
そういう思いが、俺をこの地から遠ざけていたんだろう……。
なんて、どうだい?
マンガのネタにはちょっと弱い、か……。
ともかく、今週もお疲れ様。
いつも先生の作品は素晴らしいですが、先生の心持ちはもっと素晴らしい。
自分の作品が「消費されるコンテンツでしかない」という事を完全に理解した上で、それでも最高の作品を、常にリアリティを求めている、あなたの迷いない姿には憧れますよ。
あるいは俺が、そのように迷いなく進むコトが出来ていたら……
……今の俺は居なかったでしょう。
だが、それでも影のように過去を引きずっている今と、彼女を奪った「吉良吉影」がいかに彼女を連れ去り、どこに死体を隠したのか。
そういったものを暴く事が出来ていたのだとしたら、きっとそれが死に至ったとしても、俺はその方が輝いていたんじゃないか。
時々、そう思うんです。
いやはや、今となっては本当に、詮無い話ですけれどもね。
思えばこの話を聞いてから20年以上も経つのか、なるほど俺も年を取るもんだぜ。
仕事の調子は? ……あと少しか、それなら気晴らしついでに聞いてくれよ。
俺が20年と少し前に少しばかり関わった、こんな話の事をよ。
あれは1999年の話だ。
ノストラダムスの大予言なんてのもあって、世間はにわかにオカルト熱が熱くなった頃合いでねぇ。
便乗して、幽霊やらUMAやら、心霊写真に怪談話もそこそこ流行したもんだよ。
もちろん、1999年当時にノストラダムスの大予言を律儀に信じてる奴なんていなかった。
毎日粛々と仕事をしたり、学業に励んだり……必ず来る明日に備えて各々切磋琢磨していたんだと思うぜ。
一人くらいそれを信じて全財産を使い切った富豪でもいれば楽しかっただろうな。
いや、どこかでどうせ死ぬんだと全財産をばらまいた奴もいたとか、居なかったとか聞くがそれだって1000円をあちこちにばらまいた程度だっていうからな。
もっと景気良く、トラック10台分くらいの貴金属でもばらまいてくれれば良かったのにな……。
予言の日は確か……1999年、7の月……だっけな。
熱心にノストラダムスの予言を紐解こうとしていた人物は、この「7の月」は暗示であり実際の7月ではないとか言ってたらしいが、今俺たちがここにいるって事は1999年という歳に何もおこらなかった……。
俺がこの話に関わったのもちょうどその頃。1999年の7月だったかな。
職場に信用もあって腕もいいっていうフリーのライターがいたんだ。一眼レフカメラを抱えて、写真の腕もなかなかいい。
そろそろどこかで専属で……って話も出ていたそいつは信用もあり人懐っこく世渡りも上手で……そう、この街。杜王町の出身だったそうだ。
学生時代から付き合っていた彼女をおいて自分は上京し、それから遠距離恋愛になっていた……遠距離恋愛になって1年と半年くらいだったみたいだが、学生時代からの付き合いと遠距離恋愛であえなくなり客観的に互いを見られるようになって、お互いにやや気持ちは離れていたらしい。
ただ、それでも恋人だ。
いつか、どちらかから別れを言い出さなければいけない。
そんな事を思いながら、そいつは仕事先の開いた時間、電話を一本入れたそうだ。
夜は22時、いやもうすぐ23時になる頃合いで遅いとは思ったが、彼女は一人暮らしだし普段なら深夜1時頃までは起きているのを知っていたからな。
夜の電話に彼女は『明日は早い』だの『フリーの人は時間の概念がない』だと、色々と文句を垂れてくるまではいつもの彼女だった。
だが会話の最中、突然彼女の背後から窓硝子を開ける音が聞こえてきたのさ。
彼女のマンションは2階だし、鍵をかけていなかったらしい。
7月の暑い最中だから、窓を開けて涼んでいたんだろう。
『今、窓が開くような音しなかったか?』
男が問いかけると、彼女は怯えたように囁いた。
こんな時間に窓を開ける人間がいる訳ない。ここは2階だし。浮気でも疑ってるのとたたみかけるような言葉は、彼女はその音に気付いてない様子だ。
だが、確かに窓が開くような音が聞こえた気がしたから。
『一応、その部屋から出て友達の部屋にいったらどうだ?』
男があまりに強めに言うものだから、流石の女性も気圧されしたのだろう。
『そんなに言うなら、部屋を見てくるから』
彼女はそう言うと受話器を伏せたまま廊下を進んでいく……家の電話に電話する。なんて感覚、スマホが普及した時代は考えられないだろうな。
だが当時はまだスマホ……いや、まだ当時は携帯電話、か。そういったものをもっている方が少なく、電波が入らない場所もずっと多かったからな。
電話の向こうで女性が歩く。その足音と重なるように、男の足音が聞こえた。
女性はスリッパを引きずるようなこう、「ぺた、ぺた」といった足音だったが、男は明らかに革靴か、それに近い立派な靴で「かつん、かつん」と冷たい足音が響いたのは、7月だっていうのにうすら寒さを感じたものだと、あいつは言ったか……。
『やだ、カーテンが……開いてる? 閉め忘れたのかしら……』
電話越しに声がする。
誰かはわからない。だが渇いた靴音から、たぶん男だと思う。
相手の様子から、来訪には気付いてなさそうだから浮気相手などではなさそうだ。
危険だ、危ない……。叫びそうになる声を抑えたのは、「怖かった」からだ。
もし、叫んでしまいその男に「こちら」の存在を気付かれたら、どうなるのだろうか。
そう思ってしまったからだ。
『きゃっ』 彼女の小さな悲鳴。だが彼女はつとめて冷静に『あなた、誰。誰なんですか』と……電話の向こうにいる男に問いかけていたようだった。
肝の据わった奴だったんだよ。あるいは、ここで泣いて暴れて相手を刺激したら不味いと思ったのかもしれないが、どちらにしてもたいしたもんだ。
すぐに襲ってくるのかと思ったが、暫く沈黙した後男は特に驚いた様子もなく彼女にこう、告げたよ
『失礼、もう眠っているかと思ったんだがまだ起きてたんだね。キミ、一人暮らしかい? いくら一人暮らしで自由な生活ができるからって、もう夜の23時を過ぎているはずだが、どうしてまだ起きて居るんだ? 睡眠時間をたっぷり7時間とるのならそろそろ眠るべきだと、そう思わないかね? メイクが墜ちてないようだが、シャワーも浴びていないのか? 入浴は睡眠の1時間前に住ませておいたほうが、良い睡眠がとれると言うよ……』
相手は、無断で女の家に入り込んできているであろうとうのに、その声はいたって静かで、まるで彼女を諭すような口ぶりだったそうだ。
とても他人の家に来ているような様子がないみたいにな。
『ライトのスイッチは何処だ? ……あぁ、そこか。ありがとう。灯りが見えてキミがより美しく見えるよ』
だが、ライトの場所すら知らない事実で男が彼女と親しくないのは受話器越しに分る。
この男は、見ず知らずの女の家で平然と過ごせる……そういったタイプの男だったんだろう。
あぁ、マトモじゃない。
完全に頭のオカシイ犯罪者だ。
だがそいつは、誰だって犯罪だって分る事を至って普通に。食事でもするように当然に、紳士的に、美しくやっているんだぜ。
……化け物だよ。あれは、多分人間の皮を着た化け物だ。
男は、家の様子に詳しい訳ではなかった。むしろ、その部屋を初めて見たといった様子だ。ベッドの位置はもちろん、浴室やリビングがどこにあるのかも分っていなかったしキッチンに包丁があるとも思っていなかったのだろう。
『これ以上来ないで!』
キッチンに逃れ、戸棚を開けて、包丁を取り出す彼女の姿が手に取るように分った。だが男は、そうされてもまだ普段と変わらないような……まるで子供の悪戯に困ったような顔をしていただろう。そんな風に、彼女を見ていたと思うよ。
『それは食事を作るために使うべきであり、私に向けるのは少々乱暴だ。それに、刃が思ったより鈍っているようだよ。野菜を切る時、トマトなどは潰れてしまうんじゃないか……? キミ、ちゃんと食事をバランス良くとっているかい? 私は毎日7時間は眠る事にしている。寝る4時間前には食事をとり、1時間前にぬるめの風呂で疲れをとれば翌朝の仕事に響く事もないからだ。キミは女性だろ? 肌荒れの原因にもなる。夜更かしは感心しない……料理もしたほうがい。市販品でも悪くないが、やはり油脂分と糖質に偏るからね……』
床に包丁が墜ち、タイルの床に転がっていく音が聞こえる。
男は壮年……30代くらいだろうか。知らない男の声だった。
『誰なの』『離して!』
彼女はそう叫んでいたが、きっと容易く捕まってしまったのだろ。
包丁を前にしても何ら怯えた様子も見せないような男なのだから、これから彼女に「何をするのか」想像に難くない。
だが最後、彼女はようやく受話器を伏せたままにしていたのに気付いたんだ。
『助けて、助けて……警察を! 警察を呼んで……!』
その言葉で、ようやく男は電話に気付いた。
ランプが光っている家電話で、話し中なのも、当時すでにナンバーディスプレイ機能がついていたから電話の相手が誰かも分っただろう。
『おっと、電話の途中だったのか……それなら、あまり長居は良くなさそうだ。いくら町内じゃないとはいえ……声だけとはいえ、念には念を入れた方がいいだろうからな』
男の足は受話器に迫るころ、不思議と女性の声は聞こえなくなっていたそうだ。
そうして男が受話器をもちあげ、何かを話そうとした直後、男は電話を切った。
声を聞かれたらまずい。
自分の事を知られたら、まずい……そう、保身に走ったんだ。
ただ最後、一言だけ。
『キミは彼女を贄にしたことを背負って生きればそれでいい……』
ククッ、と喉を鳴らすような音をたてて、男がそんな事を言うのが聞こえたと。
まぁ、そういう話さ。
……なかなか奇妙な話だろう。
その日から、彼女は消息を絶った。
元々、恋人関係は冷め切っていたし夜ともなればクラブやバーで見かける事が多かったとも言っていたから、その中で運命の人でも見つけて駆け落ちしたんだろう……。
ってのが大方の見方だった。
実際、彼女がクラブで特定の相手と親しくしていたのは周知の事実だったから、遠距離恋愛という関係が終るのもそう遠くなかっただろうな。
彼女の失踪を経て、この関係は「物理的に」終ってしまった訳だが……。
彼女の事は、あれから少し探してみたがあの電話以後、ぷっつりと姿を消した……まさに煙みたいにね。
金も荷物もたいして持たないまま、有り体にいうと「失踪」したんだ。
お前も知っての通り、誘拐や殺人なんて明らかな犯罪だと警察は雨後出すがね。
失踪は、大体の場合が家出扱いで処理される……ま、大体のところ、失踪した人間は実際の場合殆どが家出だったりするもんだ。
熾烈な両親から逃げ出す子供、DV夫から逃げ出す妻、束縛する恋人から逃げる、不倫の末の駆け落ち……バリエーションは様々だが、探して「良かった」事はそれほど無い。
探さない方が相手にも、自分にも良かったなんて事が多いかrな。
彼女の両親もまた、失踪を諦めていたようだった。
元々、奔放な所があったらしいし、固い両親のシツケに反抗するよう自由奔放に生きていたように周囲からは見えていたからな。
だが、荷物も持たずに消えるほど突飛な行動に出る奴ではない。
あれで慎重で計画的な奴だった。
何より失踪前に「男」がいたのを聞いている。
だから、そう……調べていたんだ。
あの時彼女と話していた男が、何者だったのかをな。
当時、杜王町はその規模に反して失踪が異常に多かった。
そしてその失踪に、自分の聞いた声が関わっているとそう思っていた。
しかし、相手に「声」を聞かれている上慎重そうな犯人だ。部屋にある女のもつ写真から、人の顔を丁重に覚えていそうだからうかつに現地には近づけない……。
そうして地道な裏取りにかかったのが2年。
……行き着いた先が、墓場だったとは思わなかったぜ。
あぁ、俺が来た時はもう「吉良吉影」は死んでいた。
事故死だったみたいだが……俺はいまでもこいつが失踪に……昔の女が失踪した理由を、何かしら知っていると。そう確信しているよ。
今となっては詮無い事だろうがな。
さて、原稿の様子はどうだい、岸辺先生。
たまには漫画家の様子を見るのも編集の仕事だからって、杜王町まで来てみたが……大学時代を過した街のはずなのにもう随分遠くに感じるよ……。
いや、それはきっと俺があの時「逃げた」からなんだろうな。
俺は彼女を見殺しにした、だから今、生きている。
そういう思いが、俺をこの地から遠ざけていたんだろう……。
なんて、どうだい?
マンガのネタにはちょっと弱い、か……。
ともかく、今週もお疲れ様。
いつも先生の作品は素晴らしいですが、先生の心持ちはもっと素晴らしい。
自分の作品が「消費されるコンテンツでしかない」という事を完全に理解した上で、それでも最高の作品を、常にリアリティを求めている、あなたの迷いない姿には憧れますよ。
あるいは俺が、そのように迷いなく進むコトが出来ていたら……
……今の俺は居なかったでしょう。
だが、それでも影のように過去を引きずっている今と、彼女を奪った「吉良吉影」がいかに彼女を連れ去り、どこに死体を隠したのか。
そういったものを暴く事が出来ていたのだとしたら、きっとそれが死に至ったとしても、俺はその方が輝いていたんじゃないか。
時々、そう思うんです。
いやはや、今となっては本当に、詮無い話ですけれどもね。
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