インターネット字書きマンの落書き帳
妻子?がいるダーマツを見てショックを受ける山ガス概念(松ガス/BL)
ふと、思い立ちました。
山ガスが、松田のところにいったら松田が妻子らしい女性とキャッキャしているのを見て、絶望に打ちひしがれとぼとぼ歩く姿見たいな。
と。
だから書きました。
絶望に打ちひしがれるけど、松ガスとしてハッピーエンドです。
思い立ったら吉日ってね。
ネタとしてゲームのネタバレあるからよーろしーくねー。
山ガスが、松田のところにいったら松田が妻子らしい女性とキャッキャしているのを見て、絶望に打ちひしがれとぼとぼ歩く姿見たいな。
と。
だから書きました。
絶望に打ちひしがれるけど、松ガスとしてハッピーエンドです。
思い立ったら吉日ってね。
ネタとしてゲームのネタバレあるからよーろしーくねー。
『再び、ただいまと言う時』
真夏のぬるい風を受けながら、山田は滴る汗を拭いゆっくりと歩き出した。
長らく塀の中にいたため、一歩外に出ただけで目映い街並みに目が眩む。外で生活していた頃は、建ち並ぶビルもネオンカラーの看板もよくある光景に過ぎなかったのに、何ら娯楽もない殺風景な部屋に代わり映えのしない顔ぶれと同じような会話を長らく続けてきた身には、外の世界はあまりに刺激的だった。
刑務作業で得た幾ばくかの金を手にして自動販売機の前に立った時でさえ、色とりどりの缶飲料がずらりと並ぶ光景に圧倒され何も選べなかった記憶もまだ新しい。
おもちゃ箱をひっくり返したような現実の街に心と身体が馴染むのにたっぷり一ヶ月を費やしたのも、仕方がないことだろう。
いや、それらは全て言い訳だ。
一週間もすればスーパーやコンビニで買い物するのは苦では無くなったし、テラテラと輝く看板のも迫るようにッ地並ぶビルの影にもすっかり慣れていた。今日まで彼に会いに行こうとしなかったのは自分の臆病さと、現実を直視する恐怖心からだろう。
駅についただけで動悸がし、やはり家に戻ろうかと思えてくる。だが、今日行く事に決めたのだ。今さら後戻りはしたくない。
それに、彼がまだあのマンションに住んでいるのかだってわからないのだ。彼は獄中にいる山田に幾度か手紙を出してくれたが、山田はとうとうそれを開封しなかった。開封してないくらいだから、当然返事も出していない。いつしか手紙の頻度は減り、出所間際になるとほとんど届かなくなっていた。
「心配せんとも、お前がシャバに出るまでずっと待っとるからな」
彼は――松田は去り際に、そう約束してくれた。
「惚れてもうたんやから、しゃぁないもんなぁ」
そうとも告げた。
山田が松田に近づいたのは、彼があの事件で深く傷つき、あらぬ疑いをかけられ半ば犯罪者のような生活を強いられているという事実を知った罪悪感からだったろう。自分がそばにいて、松田に対して出来る事をする。ささやかな献身は、山田自身の自己本位な贖罪でしかなかったはずだ。本当に松田を救いたいと思ったのなら、素直に自分が出頭したほうがよっぽど手っ取り早かったのだから。
それでも松田は許してくれた。山田の罪も過去もすべて受け入れ、許した上でそばにいることを望んでくれた。彼に自分の罪を許してもらえた事で随分救われたし、彼が自分の心を求めてくれたことは何より心強かった。
だが、だからこそそれを与えられ続けるのは罪深い事のような気がしたのだ。
元々、松田は自分がいなければ罪人扱いなどされなかったのだ。犯罪者のレッテルがなければ普通に恋愛をして、家庭を持っていたに違いない。
一緒に過ごしていた時、松田はよく犬を飼いたいと話していた。本人はドーベルマンやシェパードのような大きく勇敢な犬がいいと言っていたが、彼にはむしろ丸くてふわふわしたポメラニアンの方が似合うだろう。小さな犬を、愛する妻と子供とともに可愛がる姿のほうが松田には似合っている。
犯罪者の隣など、ふさわしくない。
その思いが松田を遠ざけてしまった。
連絡を絶って、数年は経っている。松田がどれだけお人好しでも、時が過ぎれば記憶は薄らぎ環境が変われば出会いも変わるはずだ。松田はもう自分の事など忘れ、新しい生活をしているかもしれない。
それを確かめるため、山田はかつて松田と過ごしていた街へと降りた。
駅前にある風景は一見すると以前と変わりないが、駅前にあったファストフード店がコーヒーショップに変わっていたり、聞いた事もないような100円ショップが建っていたりと小さな変化がいくつもある。
懐かしさを覚えながら長い坂道を上れば、徐々に松田の住むマンションが近づいてきた。
心臓が口から出そうな程に音をたて、顔が次第に火照ってくる。
もう充分だ、ここまで来たのだから今日は帰ってしまおう。臆病な気持ちを払拭するよう鞄にいれておいたペットボトルの水を一気に飲み干すと、頬を叩いて歩き出す。
マンションの郵便受けには表札が出ていないが、これは山田が家に入り浸るようになった時にすでにそうだった。何でも、件の事件で散々追いかけられ嫌気が差してから表札を出すのはやめたらしい。本人がまだそのマンションに住んでいるか確認するには、直接部屋に訪ねてみるしかない。
山田はエレベーターを避け、わざと階段で10階以上ある部屋まで向かう。その途中、何度帰ろうとしたかわからない。最初に何と声をかけたらいいのか、あれこれ考えるが気の利いた言葉は何も思い浮かばなかった。時に立ち止まり、踊り場でため息をついては進むのを繰り返し、通常の三倍は時間をかけて登り切った先で目的の部屋の前に立ち、しばし呆然とする。
インターフォンを押せばきっと、すぐに松田は出てくるだろう。松田は基本的に休みが一定しており、休みの日はほとんど外出もせず読書をしたり論文を書いたりしているのだから。
深呼吸を幾度もして、震える指でインターフォンを鳴らす。ピンポンというよく聞く音の後、待っている間はひどく長く感じた。
いや、実際にひどく長かった。5分たっても、誰もでて来なかったのを、山田は呆然と立ち尽くして待っていたのだから。おかしいと思いもう一度、もう一度と繰り返しインターフォンを押すが、誰も出てこない。 いないのだろうか。あるいは引っ越してしまったのか。隣の住人などに聞けばわかるのだろうが。
「そっか、いないのか……それなら、仕方ないよね」
山田は誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
むしろ、会えなくて安心しているのだ。
現実に目を背ける猶予期間を得た山田は、帰りはエスカレーターで一気に戻り早々にマンションを出ていった。
今日は松田に会うつもりで普段こない街まで来たが、これからどうしようか。山田はぼんやりと、当てもなく歩き始める。
そういえば、この道を時々松田さんと散歩したな。どこに行くにもこの道を通るから、よく覚えている。
コンビニで缶コーヒーを買って、公園のベンチに座り他愛もない話を何時間もしていた事があったっけ。
微かな思い出の残り香をたどるように公園に行き、白茶けたベンチに腰を下ろして一息つく。
帰りにコンビニに寄ってコーヒーでも買おうか。コンビニの近くにカフェもあったはずだから、そこで一服するか。あれこれ考えているところ。
「ほら、行ったで!」
なつかしい声がし、とっさに目を向ければ、そこにはスポーツウェア姿のラフな松田が勢いよくフリスビーを投げる姿が確かにあった。
「……松田さん?」
思わぬ所での再会は、懐かしさよりも驚きが大きかった。会いたい場所では会えず、思わぬ場所で再会するとは。いや、松田はまだこちらに気付いてないようだから、これは再会と言わないのだろう。だが、これは想定していなかった。どうやって声をかけたらいいのだろうか。そもそも声をかけていいものだろうか。
渦巻く思考を断ち切ったのは
「もう、そんなに勢いよく投げたら追いかけられないじゃない。いじわる!」
そういって笑う女性が、松田に寄り添う姿だった。
見れば足元にはフカフカのポメラニアンが、フリスビーを口にくわえ「また投げろ」と松田にせがんでいる。女性の隣には5、6歳に見える女の子が恥ずかしげに寄り添い、二人ともが松田に笑顔を向けていた。
あぁ、そうだ。そうだよなぁ。
これだけ長い間、勝手に連絡を絶ったのは僕なんだから待っていてくれるはずがないんだ。
山田は無言のまま、拳を握りしめる。
でも、ひどいじゃないか。待っていてくれるって、約束したのに。
何言ってるんだ、ひどいのは僕の方だろう。約束したって、何の連絡もしない男を待っているお人好しはいないさ。
僕だって、松田さんが幸せな家庭にいるのを望んでいたじゃないか。前科のある汚い男がそばに居るのなんて、健全じゃない。
喜ばしさと悔しさと矛盾する感情は、涙となって溢れてくる。
あぁ、嫌だ嫌だ。こんな重たくて湿っぽい男だから駄目なんじゃないか。
僕はずっとそうやって失敗してきたんだから。
山田は涙を拭うと、早々に公園を後にした。
もう、現実は理解したのだ。ここに留まっている理由はない。
来た時はひどく時間がかかった道のりをあまりに急ぎ足で歩いたからか、途中足がもつれアスファルトの上に倒れ込む。じりじりと焼けたコールタールのせいで、腕も足もひどい擦り傷が出来たがそれでも構わず山田は歩き続けた。
そうして駅につき、改札を過ぎてベンチに座りようやく人心地ついたとき、遅れて痛みがやってくる。 見れば、手も足も思いの外大きくすりむいており血が滴っていた。
道すがら行き交う人々がぎょっとした顔でこちらを見ていたのは、血まみれなのに気付かず歩いていたからだろう。
「あー……やば、思ったより怪我になってる。かっこわる……」
慌ててトイレに行き、タオルを濡らして傷を拭く。ひどく血が出ているように見えたが、拭いてみれば思いの外傷は小さかった。それでもいい歳をして思いっ切り転んだから、身体のあちこちが痛い。運動不足なのにほとんど走るように坂道を下っていったのだから転ぶのも仕方ないのだろうが。
「ほんと、かっこわる……」
腕だけではなく、頬や額もすりむいていた。無様な姿だが、今の自分にはひどく似合いにも思える。情けなくて、悲しくて、悔しくて。だが、何を責めていいのかわからず、溢れる涙をタオルで抑えて何とか泣いているのを誤魔化そうとする。
今が人のいない時間でよかった。もし人通りの多い時間だったら、トイレで泣いてる不審者だと通報されていただろう。幾人も人が通れば、自分が山田ガスマスクだと気付く誰かもいるかもしれない。一刻も早くここを離れ家に戻りたいと思っていたが、涙は止まることはなかった。
と、その時。
「……山田か?」
大柄な男がトイレに入ってきたと思いそちらに目を向ければ、そこには公園で見た時と同じ格好をした松田が立っていた。
「え? あ……松田サン?」
「おまっ……何や! もうシャバに出とるんやったら連絡の一つもよこせや! 何でここにおるん? いつ出てきたん? どうして……」
「え、あ……松田さ……松田さぁん……」
顔を見ているだけで、耐えきれなかった。
どうしてここにいるんだ、こんな無様な姿を見ないでくれ。そんな羞恥心よりも、会えてうれしい。話せて幸せだという気持ちが遙かに大きかった。
「おわっ! なんや、泣くな……ほら、邪魔やからホームに戻ろか」
「いやだッ、でもッ……松田サン、もう僕のこと忘れてたでしょ? 僕、今さら松田サンにあわせる顔ないし。同情とか、気休めで優しくされたくないから……」
「何言うてん? 忘れてるわけあるか! コッチはお前のために引っ越しもせんと、ずーっと同じマンション借りて……電話番号だって変えてへん。メールアドレスも、SNSのアカウントもや。ぜーんぶ、お前が戻ってこれるようにぜーんぶ昔のままにしてあるんやで。そんだけ待たせておいた癖に、お前……」
「え、でも。公園で、なんか、女の人と、子供と、あと犬と……」
すっかり混乱して目をぱちくりさせる山田を見て、松田は呆れたようにため息をついた。
「アホか。ありゃ従姉妹や」
「いと……えっ? えっ? 松田サン、親戚とかいたっけ?」
「以前は犯人扱いされて親戚連中に総スカン食らっとったんやが、お前がオツトメしてる間にこっちの容疑が晴れてな。ぷっつり切れてた親戚付き合い再会して、両親やら従姉妹やらがまた来るようになったっちゅーわけや。ここに来たんもな、従姉妹がお前に気付いたからやで」
「な、何だ。そうなんだ……僕、てっきり……」
安堵からその場に崩れ落ちそうになる山田の身体を、松田は慌てて支える。
「……大丈夫か? はー、お前相変わらずほっそいなぁ。前より痩せたん違うか? というか、身体中ボロボロやん! 何したらそないにボロっきれみたいになれんねん。ほら、行くで」
「い、行くって……」
「ウチ来て、そのすりむけた膝やら肘やら顔やら、全部赤チンつけたるわ。それが終わったら……ゆっくり、話そうや。こっちは随分待たされたんや。話す事、めっちゃあんねん。覚悟しときや」
そう言うと、松田は山田の手を強く引く。
「う、うん……僕も。話したい事、本当は……本当は、沢山あるんだ」
山田はぎこちなく笑いながら、松田の手を握り返す。
彼の頬は温かな涙が流れていた。
真夏のぬるい風を受けながら、山田は滴る汗を拭いゆっくりと歩き出した。
長らく塀の中にいたため、一歩外に出ただけで目映い街並みに目が眩む。外で生活していた頃は、建ち並ぶビルもネオンカラーの看板もよくある光景に過ぎなかったのに、何ら娯楽もない殺風景な部屋に代わり映えのしない顔ぶれと同じような会話を長らく続けてきた身には、外の世界はあまりに刺激的だった。
刑務作業で得た幾ばくかの金を手にして自動販売機の前に立った時でさえ、色とりどりの缶飲料がずらりと並ぶ光景に圧倒され何も選べなかった記憶もまだ新しい。
おもちゃ箱をひっくり返したような現実の街に心と身体が馴染むのにたっぷり一ヶ月を費やしたのも、仕方がないことだろう。
いや、それらは全て言い訳だ。
一週間もすればスーパーやコンビニで買い物するのは苦では無くなったし、テラテラと輝く看板のも迫るようにッ地並ぶビルの影にもすっかり慣れていた。今日まで彼に会いに行こうとしなかったのは自分の臆病さと、現実を直視する恐怖心からだろう。
駅についただけで動悸がし、やはり家に戻ろうかと思えてくる。だが、今日行く事に決めたのだ。今さら後戻りはしたくない。
それに、彼がまだあのマンションに住んでいるのかだってわからないのだ。彼は獄中にいる山田に幾度か手紙を出してくれたが、山田はとうとうそれを開封しなかった。開封してないくらいだから、当然返事も出していない。いつしか手紙の頻度は減り、出所間際になるとほとんど届かなくなっていた。
「心配せんとも、お前がシャバに出るまでずっと待っとるからな」
彼は――松田は去り際に、そう約束してくれた。
「惚れてもうたんやから、しゃぁないもんなぁ」
そうとも告げた。
山田が松田に近づいたのは、彼があの事件で深く傷つき、あらぬ疑いをかけられ半ば犯罪者のような生活を強いられているという事実を知った罪悪感からだったろう。自分がそばにいて、松田に対して出来る事をする。ささやかな献身は、山田自身の自己本位な贖罪でしかなかったはずだ。本当に松田を救いたいと思ったのなら、素直に自分が出頭したほうがよっぽど手っ取り早かったのだから。
それでも松田は許してくれた。山田の罪も過去もすべて受け入れ、許した上でそばにいることを望んでくれた。彼に自分の罪を許してもらえた事で随分救われたし、彼が自分の心を求めてくれたことは何より心強かった。
だが、だからこそそれを与えられ続けるのは罪深い事のような気がしたのだ。
元々、松田は自分がいなければ罪人扱いなどされなかったのだ。犯罪者のレッテルがなければ普通に恋愛をして、家庭を持っていたに違いない。
一緒に過ごしていた時、松田はよく犬を飼いたいと話していた。本人はドーベルマンやシェパードのような大きく勇敢な犬がいいと言っていたが、彼にはむしろ丸くてふわふわしたポメラニアンの方が似合うだろう。小さな犬を、愛する妻と子供とともに可愛がる姿のほうが松田には似合っている。
犯罪者の隣など、ふさわしくない。
その思いが松田を遠ざけてしまった。
連絡を絶って、数年は経っている。松田がどれだけお人好しでも、時が過ぎれば記憶は薄らぎ環境が変われば出会いも変わるはずだ。松田はもう自分の事など忘れ、新しい生活をしているかもしれない。
それを確かめるため、山田はかつて松田と過ごしていた街へと降りた。
駅前にある風景は一見すると以前と変わりないが、駅前にあったファストフード店がコーヒーショップに変わっていたり、聞いた事もないような100円ショップが建っていたりと小さな変化がいくつもある。
懐かしさを覚えながら長い坂道を上れば、徐々に松田の住むマンションが近づいてきた。
心臓が口から出そうな程に音をたて、顔が次第に火照ってくる。
もう充分だ、ここまで来たのだから今日は帰ってしまおう。臆病な気持ちを払拭するよう鞄にいれておいたペットボトルの水を一気に飲み干すと、頬を叩いて歩き出す。
マンションの郵便受けには表札が出ていないが、これは山田が家に入り浸るようになった時にすでにそうだった。何でも、件の事件で散々追いかけられ嫌気が差してから表札を出すのはやめたらしい。本人がまだそのマンションに住んでいるか確認するには、直接部屋に訪ねてみるしかない。
山田はエレベーターを避け、わざと階段で10階以上ある部屋まで向かう。その途中、何度帰ろうとしたかわからない。最初に何と声をかけたらいいのか、あれこれ考えるが気の利いた言葉は何も思い浮かばなかった。時に立ち止まり、踊り場でため息をついては進むのを繰り返し、通常の三倍は時間をかけて登り切った先で目的の部屋の前に立ち、しばし呆然とする。
インターフォンを押せばきっと、すぐに松田は出てくるだろう。松田は基本的に休みが一定しており、休みの日はほとんど外出もせず読書をしたり論文を書いたりしているのだから。
深呼吸を幾度もして、震える指でインターフォンを鳴らす。ピンポンというよく聞く音の後、待っている間はひどく長く感じた。
いや、実際にひどく長かった。5分たっても、誰もでて来なかったのを、山田は呆然と立ち尽くして待っていたのだから。おかしいと思いもう一度、もう一度と繰り返しインターフォンを押すが、誰も出てこない。 いないのだろうか。あるいは引っ越してしまったのか。隣の住人などに聞けばわかるのだろうが。
「そっか、いないのか……それなら、仕方ないよね」
山田は誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
むしろ、会えなくて安心しているのだ。
現実に目を背ける猶予期間を得た山田は、帰りはエスカレーターで一気に戻り早々にマンションを出ていった。
今日は松田に会うつもりで普段こない街まで来たが、これからどうしようか。山田はぼんやりと、当てもなく歩き始める。
そういえば、この道を時々松田さんと散歩したな。どこに行くにもこの道を通るから、よく覚えている。
コンビニで缶コーヒーを買って、公園のベンチに座り他愛もない話を何時間もしていた事があったっけ。
微かな思い出の残り香をたどるように公園に行き、白茶けたベンチに腰を下ろして一息つく。
帰りにコンビニに寄ってコーヒーでも買おうか。コンビニの近くにカフェもあったはずだから、そこで一服するか。あれこれ考えているところ。
「ほら、行ったで!」
なつかしい声がし、とっさに目を向ければ、そこにはスポーツウェア姿のラフな松田が勢いよくフリスビーを投げる姿が確かにあった。
「……松田さん?」
思わぬ所での再会は、懐かしさよりも驚きが大きかった。会いたい場所では会えず、思わぬ場所で再会するとは。いや、松田はまだこちらに気付いてないようだから、これは再会と言わないのだろう。だが、これは想定していなかった。どうやって声をかけたらいいのだろうか。そもそも声をかけていいものだろうか。
渦巻く思考を断ち切ったのは
「もう、そんなに勢いよく投げたら追いかけられないじゃない。いじわる!」
そういって笑う女性が、松田に寄り添う姿だった。
見れば足元にはフカフカのポメラニアンが、フリスビーを口にくわえ「また投げろ」と松田にせがんでいる。女性の隣には5、6歳に見える女の子が恥ずかしげに寄り添い、二人ともが松田に笑顔を向けていた。
あぁ、そうだ。そうだよなぁ。
これだけ長い間、勝手に連絡を絶ったのは僕なんだから待っていてくれるはずがないんだ。
山田は無言のまま、拳を握りしめる。
でも、ひどいじゃないか。待っていてくれるって、約束したのに。
何言ってるんだ、ひどいのは僕の方だろう。約束したって、何の連絡もしない男を待っているお人好しはいないさ。
僕だって、松田さんが幸せな家庭にいるのを望んでいたじゃないか。前科のある汚い男がそばに居るのなんて、健全じゃない。
喜ばしさと悔しさと矛盾する感情は、涙となって溢れてくる。
あぁ、嫌だ嫌だ。こんな重たくて湿っぽい男だから駄目なんじゃないか。
僕はずっとそうやって失敗してきたんだから。
山田は涙を拭うと、早々に公園を後にした。
もう、現実は理解したのだ。ここに留まっている理由はない。
来た時はひどく時間がかかった道のりをあまりに急ぎ足で歩いたからか、途中足がもつれアスファルトの上に倒れ込む。じりじりと焼けたコールタールのせいで、腕も足もひどい擦り傷が出来たがそれでも構わず山田は歩き続けた。
そうして駅につき、改札を過ぎてベンチに座りようやく人心地ついたとき、遅れて痛みがやってくる。 見れば、手も足も思いの外大きくすりむいており血が滴っていた。
道すがら行き交う人々がぎょっとした顔でこちらを見ていたのは、血まみれなのに気付かず歩いていたからだろう。
「あー……やば、思ったより怪我になってる。かっこわる……」
慌ててトイレに行き、タオルを濡らして傷を拭く。ひどく血が出ているように見えたが、拭いてみれば思いの外傷は小さかった。それでもいい歳をして思いっ切り転んだから、身体のあちこちが痛い。運動不足なのにほとんど走るように坂道を下っていったのだから転ぶのも仕方ないのだろうが。
「ほんと、かっこわる……」
腕だけではなく、頬や額もすりむいていた。無様な姿だが、今の自分にはひどく似合いにも思える。情けなくて、悲しくて、悔しくて。だが、何を責めていいのかわからず、溢れる涙をタオルで抑えて何とか泣いているのを誤魔化そうとする。
今が人のいない時間でよかった。もし人通りの多い時間だったら、トイレで泣いてる不審者だと通報されていただろう。幾人も人が通れば、自分が山田ガスマスクだと気付く誰かもいるかもしれない。一刻も早くここを離れ家に戻りたいと思っていたが、涙は止まることはなかった。
と、その時。
「……山田か?」
大柄な男がトイレに入ってきたと思いそちらに目を向ければ、そこには公園で見た時と同じ格好をした松田が立っていた。
「え? あ……松田サン?」
「おまっ……何や! もうシャバに出とるんやったら連絡の一つもよこせや! 何でここにおるん? いつ出てきたん? どうして……」
「え、あ……松田さ……松田さぁん……」
顔を見ているだけで、耐えきれなかった。
どうしてここにいるんだ、こんな無様な姿を見ないでくれ。そんな羞恥心よりも、会えてうれしい。話せて幸せだという気持ちが遙かに大きかった。
「おわっ! なんや、泣くな……ほら、邪魔やからホームに戻ろか」
「いやだッ、でもッ……松田サン、もう僕のこと忘れてたでしょ? 僕、今さら松田サンにあわせる顔ないし。同情とか、気休めで優しくされたくないから……」
「何言うてん? 忘れてるわけあるか! コッチはお前のために引っ越しもせんと、ずーっと同じマンション借りて……電話番号だって変えてへん。メールアドレスも、SNSのアカウントもや。ぜーんぶ、お前が戻ってこれるようにぜーんぶ昔のままにしてあるんやで。そんだけ待たせておいた癖に、お前……」
「え、でも。公園で、なんか、女の人と、子供と、あと犬と……」
すっかり混乱して目をぱちくりさせる山田を見て、松田は呆れたようにため息をついた。
「アホか。ありゃ従姉妹や」
「いと……えっ? えっ? 松田サン、親戚とかいたっけ?」
「以前は犯人扱いされて親戚連中に総スカン食らっとったんやが、お前がオツトメしてる間にこっちの容疑が晴れてな。ぷっつり切れてた親戚付き合い再会して、両親やら従姉妹やらがまた来るようになったっちゅーわけや。ここに来たんもな、従姉妹がお前に気付いたからやで」
「な、何だ。そうなんだ……僕、てっきり……」
安堵からその場に崩れ落ちそうになる山田の身体を、松田は慌てて支える。
「……大丈夫か? はー、お前相変わらずほっそいなぁ。前より痩せたん違うか? というか、身体中ボロボロやん! 何したらそないにボロっきれみたいになれんねん。ほら、行くで」
「い、行くって……」
「ウチ来て、そのすりむけた膝やら肘やら顔やら、全部赤チンつけたるわ。それが終わったら……ゆっくり、話そうや。こっちは随分待たされたんや。話す事、めっちゃあんねん。覚悟しときや」
そう言うと、松田は山田の手を強く引く。
「う、うん……僕も。話したい事、本当は……本当は、沢山あるんだ」
山田はぎこちなく笑いながら、松田の手を握り返す。
彼の頬は温かな涙が流れていた。
PR
COMMENT