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インターネット字書きマンの落書き帳

   
ルドウイークと月光の導き
月の光が導いたもの。
ルドウイークが見続けた光が、希望であったのだとしたら。
そしてその希望が、普通の人間が語る光輝くものではなく闇にだけ見られる微かな願いなのだとしたら……。

そんなーこんなーのルドウイークの話です。
彼が信じた「月の光」その導きとは。
その正体がもし「こうであったのだとしたら」

信じる事くらいは、英雄に許されてもいいのだろう。




『願いは、聞き届けられた』

 英雄・ルドウイークを語る時、その手にあったとされる月光の剣の事もまた多く語られている。
 蒼くも淡い光を放ち、獣と獣ではないものを切り裂いてルドウイークを導いたと言われる剣だ。
 ルドウイークは剣のはなつ微かな光を標とし、また縁(よすが)として生きていたのだと伝わっている。
 

 最初の狩人、ゲールマンに習い獣狩りを始めたとき、彼はヤーナム市民の一人に過ぎなかった。
 別段、とりたてて狩りが上手かったワケでもなければ戦いの経験があった訳でもない
 ただ独身の男であり両親はすでに亡く、自分が死んでも悲しむ者も困るモノもいない。
 そういう立場だったから選ばれ、断る理由もなかったから武器をとっただけだった。

 獣の病が蔓延し、市民も武器を取り獣狩りを成そう。
 そういった気運の高まりは以前からあったものの中々実行に移されなかったのは獣が強大で恐ろし存在だったからだ。

 家庭がある。仕事がある。恋人がいる。
 それまで安穏と暮していた人間に武器を取らせ戦場へ趣かせるのは容易ではない。
 ましてや多くの獣がかつて同じ街で暮していた『人間』なのだから尚更だった。

 それでも市民が獣狩りをするようになったのは、獣の病により理性を失い本能という名の獣性だけで喰らい殺す獣ばかり増えてしまったからだろう。

 そうして最初の狩人となったのは死んで悲しむものがない寄る辺なき身の男たちであり、その多くは獣を前にし狩りの技を繰り出す暇もなく噛み殺されるか引き裂かれるかして死んだ。
 生き残ったのは数人。
 その中にルドウイークも入っていた。

 先発隊がたった数人の生き残りしかなくとも、ヤーナムは『市民でも獣が狩れた』という事実を大々的に扱い、成し遂げた狩人たちは名誉と栄光を欲しいままにした。
 酒も食事も最高のものが準備され、長らく人肌と縁のなかった男たちにヤーナムでも最も美しい女性まで準備されていた。

 貧しいものも、孤独なものも、卑しい身分であっても、獣狩りさえ成し遂げれば栄誉がある。
 この街では獣狩りを成し遂げれば成功者なのだ。

 今思えば、街全体にそう印象づけたのはローレンスだろう。
 だが市民はローレンスのそのような根回しなどどうでもよく、ただ今の暮らしを。獣に怯えながら夜を過し、閉鎖的な街で喰うや喰わずの生活を続けるくらいなら慣れなくとも武器をとり獣を狩った方がいい。
 そう思わすには充分な効果があったようだった。

 恐らく、最初に選ばれた人間が貧しいか、疚しいか、卑しいか、孤独か。
 他の市民たちから見下されるような存在であったから、『あいつに出来るのなら自分だって』という気持ちを大きくさせたに違いない。

 二度目、三度目の獣狩りの修練には、ゲールマンの姿はなかった。
 ルドウイークに師事した時点でかなりの高齢であり、肺病を患っていたのか酷い咳をする事も多かった。多くの狩人を教えるには身体も限界だったのだろうと、ルドウイークは何とはなしに考えていた。
 代わりに獣狩りを教えたのは、先に師事されていたルドウイークをはじめとした狩人たちと、ローレンスが使わした幾人かの狩人たちだった。
 
 以前より狩人は増え、成果は上がった。
 だが成果以上に死者も増えた。
 慣れないまま武器を振るい、巨躯の獣に立ち向かえば無事ではないのは当然だろう。
 獣は焼かれ、死者は墓所へ向う。
 そんな中も、ルドウイークは生き残っていた。

 それからもヤーナムは市民の狩人が増えていった。
 最初は任意で、栄誉を得るため。この街の成功者になるための手段だった「狩人」という職業は、次第に市民ならば当然「なるべき」職業へ変化していった。
 家族のあるものや女性、子供のような年の人間すらも武器をとるようになり多くの獣は斃されたが、墓所はもう死者を弔える場所すらなくうずたかく死体が放置されるような事が増えていった。
 そんな中も、ルドウイークは生き残っていた。

 狩人・ルドウイークが英雄・ルドウイークと呼ばれるようになったのは、その頃だったろう。
 
 幾たびの猟場でも生き延び、獣の屍を引きずって凱旋するルドウイークは本人も知らぬ間に人々の希望となっていた。
 英雄と呼び出したのは市民だったのか、それもまたローレンスが獣狩りに対する気運を下げないために祭り上げたものなのか、ルドウイークにはわからない。
 だが最初にいた狩人の中で、未だに狩りを続けられる身体をもち生きながらえているのはすでに自分しかいない事は分っていた。

 ルドウイークは孤独であった。
 もはや頼る肉親もなく、親しい友もいない。
 故に自らを「英雄」とし、その存在を認めてくれた事そのものが彼にとって豪華な食事にも贅沢な暮らしにも勝る報酬であった。

 同時にルドウイークは、恐れるようになる。
 自分を慕う人々を喪う事を。英雄としての期待を裏切る事を。
 だから英雄の称号が示す通り、人を守り誰かのために武器をとる道を選んだ。

 自分の後ろには自らを守る事すらできない弱い人々がいるのだと思い。
 武器をとる狩人もまた、それまでは生活のある市民だったのだと考え。

 それまで自分の孤独にさえ目を向けてこなかった男は、ルドウイークという名を呼ばれ英雄という誉れを受ける事で、そうとしか生きられなくなったのだ。
 そのようにしか、生きられない男だったから。

 それでも最初は、市民が守れれば満足だった。
 だが生き残り続け、ますます獣狩りが上手くなり、周囲を見渡す余裕が出来るようになる頃、『自分の立ち回りでもっと守れた命があったのではないか』と過去を悔いる回数が増えていった。

 拙い動きの狩人を助けるだけの技量が出来る頃には一緒に戦った仲間を守り切れなかった事を悔やむようになり、さらに技量が上がると率いてなかった隊の壊滅をも悔やむようになり、ついには獣になったかつての民さえもその運命を悔やむようになっていた。

『全てを救えると思っているのなら傲慢だ。お前は神にでもなったつもりか?』

 ローレンスは冷笑を浮かべながら素っ気なく言う。
 確かに自分は傲慢だったろう。
 だが彼は知ってしまったのだ。

 ヤーナムの人々がこの悪夢のような街に産まれても、這いつくばるように必死に生きているという事を。

 それは孤独であった頃のルドウイークが知る事のなかった世界であった。
 あるいはルドウイークがずっと孤独であれば知らなくても良かったのかもしれないが。

 月の光を思わす輝きをもった剣を得たのは、ルドウイークの心が悔恨に満たされた頃だった。
 その剣は偶然見つけられたものであり獣狩りをするには大きくまた重い剣であったが、不思議とルドウイークの手に馴染みそれまで以上の狩りを行えるようになった気がした。

 相変わらず、救えない命はあった。
 守ろうとしても守り切れない命もあり、獣になったものはもう死をもって救済するしかない。

 そうするのに躊躇いや悲しみが薄らいだのは、月光の剣に導かれるようになってからだろう。
 ルドウイークはその剣の中に、確かに光を見た。
 そしてその光こそが彼の標であり、悲しみと後悔に満たされた世界と自分とを繋ぐ縁(よすが)だった。

 月光の剣を手にした時、ルドウイークが斃したものはすでに獣だけに留まらなかったという。
 獣ではない何かが一体何であったのか、ルドウイークは語っていないしまた語れるものもない。
 時々「それ」を知るというものもいたが、酩酊したような事しか口走る事ものしかなく殆どは狂人の戯れ言として取り合わなかった。

 だがその狂人が語る「もの」が本当に存在したのだとしたら。
 それをルドウイークが斃していたのだとしたら……。

 英雄・ルドウイークは英雄である事意外、多くは語られていない。
 獣に打ち倒されたのか、老いて死んだのか、己の使命に耐えかね自死を選んだのか。
 それすら分っていない。

 だが永遠の命でさえ夢ではないと言われたヤーナムでの事だ。
 死を与えられたとは考えにくいだろう。

 英雄だった彼を讃える言葉は多い。
 だがその後について語られていないのは、「獣に落ちた」からだろう。

 最も醜く、最も異質な姿をした獣……。
 醜い獣・ルドウイーク。
 その名は僅かな文献のみに残されている。

 それがどのような姿をしていたのか、明確に語る文章はない。
 だが巨大で醜い数多の獣を見て来たヤーナムの民からしても「醜い」と形容すべき存在の歪さは想像に難くないだろう。

 彼は、死に至る直前までも月の光その導きを縁(よすが)にしていたのだという。

 では、彼が縁(よすが)とした月の光は彼をどのように導いたのだろうか。
 英雄と呼ばれても守れなかった罪悪感の方が遙かに強く、戦いに打ち勝っても虚無感ばかり抱き、強敵を前にしても戦死する事も叶わず、やがて最も醜い獣に堕ちるのが月光の導きだったとしたら、それが「正しき導き」なのだろうか。

 いや、おおよそ英雄の辿るべき結末ではないだろう。
 富と名誉を求め、力に溺れた男が耳を傾けた悪魔の囁きの末路といった方がよっぽど納得できるというものだ。

 だがそれでも。
 いや、それこそが英雄・ルドウイークの求めた「光」だとしたら……。

 多くの人々、その命を取りこぼし罪悪感ばかりを募らせて。
 何も出来なければその方が幸福であったろうに、皮肉にも獣を狩る事だけが誰よりも得意であって。
 孤独であったが故に他人に無頓着であったのに、英雄となったから人の存在を感じずにはいられなくなり、守れなかった罪を人一倍に積もらせて。
 自ら罰せられずただ英雄としての名ばかりが広まってしまう、この世界そのものが彼にとって重荷だったとしたらあるいは、望んでしまったのではないだろうか。

 醜い獣に身を落とし、罪深い英雄を殺してくれる。
 そんな本物の、救済者たる狩人に討ち果たされ息絶える未来を。

 月の光がその標だとしたのなら……。
 光を信じる事くらい、英雄に許されても良いのだろう。

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東吾
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