インターネット字書きマンの落書き帳
一人飯を食うトミーリさん概念
孤独のグルメ要素がある富入さんを見たい!
とTwitter(現・X)でフォロワーが言っていたので、書いてみました♥
実際、富入さんの立場なら好きなとき・好きな店で飯を食う機会って少ないだろうな……。
むしろ、引くほど嫌な店に行く事も多いだろうな……。
と、想定して書きましたぞい。
それでは「偽・孤独のグルメ」をご照覧あれ!
照覧しちゃうんだ……。
とTwitter(現・X)でフォロワーが言っていたので、書いてみました♥
実際、富入さんの立場なら好きなとき・好きな店で飯を食う機会って少ないだろうな……。
むしろ、引くほど嫌な店に行く事も多いだろうな……。
と、想定して書きましたぞい。
それでは「偽・孤独のグルメ」をご照覧あれ!
照覧しちゃうんだ……。
『最高で最低のランチ』
間もなく昼になろうとする頃、富入はスマホをタップし、メンバー相手にいつもの一文を入れた。
「だれか、ランチに行く人いないかしら?」
しばし待つが、誰もメッセージに既読はつかない。
恐らく、各々が各々の持ち場で身動きがとれないのだろう。
「気乗りしないけど、仕方ないわね……」
富入はカバンを手に取ると、ゆっくりと立ち上がる。
車から出れば、すぐに木枯らしが吹きすさぶ。もう冬も間近ということだろう。
目的の喫茶店は、駅から離れた通りにある。
人の賑わいがまばらになった路地裏は普通に生活していたら入ることのない場所だったろう。
だが、富入にとってはすっかり慣れた道だ。そろそろ、この道を通るのも終わりにしたい頃合いではあるのだが、なかなか仕事は一段落しない。
――早ければ、春までには終わらせたいけれども。
路上には、もう正午だというのに酔っぱらっていびきをかいて転がる男の姿があった。
そうして裏路地を、さらに奥まで進んだ先にある小さな喫茶店にたどり着く。
夜はスナックとして営業しているのもあってか、外から見える窓はブラインドが降りており、営業しているのかどうかもわからない。
コーヒーと書かれた四角いライト看板は色あせ、右上は少し欠けている。
ピンクで塗られた壁も色あせ、ブラウンに塗られたドアだけが防音仕様なのもありやけに立派なのがかえって浮いていた。
ブラインドのせいで、外からどれだけ客がいるのかも、そもそも店を開けているのかもわからない。
板が出ているのなら営業はしているのだろう。
よく言えば、レトロで風情のある店だ。
風営法の問題と衛生面の疑問が常に頭の隅に居座っているのは、かなり問題だが。
富入はふっ、と一呼吸置き、覚悟を決め喫茶店のドアを開ける。
カランカランと軽やかなドアベルの音とは裏腹に、カウンターにいるマスターは陰気な顔をし、ねじれた煙草を吹かしていた。
そしてちらりと富入を見と、しばらく訝しげな視線を向けるが、幾度か来ているのを思い出したのだろう。 指先で「行け」というジェスチャーだけをすると、煙草を吹かしたまま新聞を読み始めた。
いらっしゃいませ、といった愛想のいい挨拶はない。
だがそれもいつもの事だ。ここのマスターはいつも煙草を吹かし、新聞かゴシップ誌を読んでいる。新聞は競馬新聞で、耳に赤ペンを挟んでいることも多いのだ
こんなことでいちいち腹を立てていたら、堪忍袋の緒がいくつあっても足りない。
富入はカウンター席に座ると、奥のテーブル席でどっと笑い声がした。
視線を向けなくても、男が数人、下劣な話題で盛り上がっているのがわかる。
おおよそ、人前で出せないような単語がぽんぽん飛び交う中、富入の前に水の注がれたグラスが置かれた。
――さて、一体何を食べようかしら。
テーブルに置かれた簡素なメニュー表には、写真こそないがナポリタン、サンドイッチ、グラタン、ピザなど、比較的に提案のメニューが書かれてはいる。
グラタンとピザは以前、頼んだ事がある。冷凍食品で、しかもレンジでチンする音がハッキリと聞こえるので雰囲気は台無しだが、冷凍食品会社の企業努力により、味はそこまで悪くない。量は少し物足りないのが、唯一の難点だろう。
今日は、もう少しがっつり食べたい気分なのよね。
だとしたら、カレーかナポリタンだけど……どちらにしようかしら?
富入はしばし思案する。
カレーであれば大きな失敗はないだろうが、匂いも強いし色も付く。この後も車や狭い室内に詰めて仕事をすると考えると、においが強い食べ物は避けた方がいいだろう。
ナポリタンも色が飛び散るリスクはあるが、においが少ないぶんカレーよりはマシなはずだ。
今日はナポリタンにしてみよう。
「すいません、コーヒーをホットで。それと、ナポリタンをお願い」
注文すると、カウンターにいたマスターはわかったのかわからないのか、曖昧に頷くと煙草を灰皿に押し付けてもみ消し、ごそごそとキッチンへと向かう。
背後では相変わらず男たちが、下世話な話で盛り上がっていた。
――人前であんなお下劣な事を言えるなんて、本当、信じられない。
ため息をつき、水に手をつけようとした富入の手がとまる。
グラスのフチにくっきりと水垢が残っていたからだ。
ひっ、と叫びそうになるのをすんでの所で飲み込み、富入はグラスをそっと遠ざけた。
――本当、相変わらず保健所の介入がないのが信じられない店ね。
富入は口元を抑える。
キッチンでは、マスターが誰かと会話しているのか、ボソボソとした声と、鍋でパスタを茹でる音が聞こえる 。
どうやらナポリタンは冷凍食品ではなくキッチンで作っているようだ。
この店でも、手作りの料理が出るのね。
一体どんなナポリタンなのかしら?
富入は、よくあるナポリタンの姿を思い描く。
純喫茶のナポリタンといえば、ベーコンあるいはソーセージをスライスしたものに、タマネギやピーマンを入れ、たっぷりのケチャップで味付けしたものがほとんどだろう。
麺は太め。パスタの定番はアルデンテだが、ナポリタンに限っては少しくたっとした方が好みの味が多い。
手作りなら少し期待してもいいのではないか。そう思ったのも一瞬のことだった。
マスターはパスタを鍋からあげると、すぐさまそれを冷水で洗い始めたのだ。
えっ?
すんでの所で言葉が出る。仕方ないだろう。パスタをそうめんの如く水で洗っているのをみれば、驚かない客の方が少ない。そもそも、パスタを洗う利点というのはあるのだろうか?
――どうしてグラスは洗わないのに、パスタは丁重に洗うのよ!
パスタのヌメリを取るより先に、グラスのヌメリをとりなさい!
いや、あんなパスタがナポリタンのはずがない。
きっとあれは、他の誰かが注文したに違いない。
冷やしパスタというのがこの店にあるのだろう。メニューにはなかったから、馴染みの客に出すメニューだ。
まさかアレがナポリタンになり、自分の前に提供されるはずはない。
富入の淡い期待も虚しく、水でジャバジャバに洗われたパスタはナポリタンらしく皿に盛られ、富入に差し出された。
しかも、思った以上に大盛りだ。
茹でた後、冷水で冷やしたりしたから水分を吸ったのだろうか?
ぷくぷくに膨れた麺は、普段食べるナポリタンの二倍の太さはあるように見える。
富入ははっ、とため息とも笑いともつかない声を出し、ナポリタンに手をつける。
背後にいたうるさい連中は、今は静かになり、声を潜めボソボソ話していた。
まずはパスタ……。
ぬるい。熱い訳でもなく、冷たい訳でもない。ただただ、ぬるい。
単純に冷ました訳ではなく、水で晒してから温めたため、外側は焼けに熱いのに、中は妙に冷たいというぬるさだ。
いや、これはぬるいという言葉も適切ではないだろう。
温度管理がまばら。あるいは、熱さと冷たさの二極化が進んだ悲劇だ。
――熱いのか、冷たいのかハッキリなさい!
富入は内心、絶叫する。
ナポリタンがぬるくて、誰が喜ぶのだ。
あるいは、猫舌の客であればぬるめのナポリタンも歓迎されるだろうが、このナポリタンにかぎっては「外が熱々、中が極寒」なのだから、猫舌もノーサンキューだろう。
次に、ベーコン。しなしなで、噛んでも噛んでも飲み込めないほど弾力が出ている。
モツ鍋に入ったモツだって、こんな弾力をもって飲み込まれることに抵抗しないだろう。
ナポリタンになる修行を受けた結果生まれた、強固な自我をもつベーコンが誕生したとしか言えない。
それはナポリタンには必要のない自我だ。
ナポリタンに入るベーコンは、もっと従順でいい。ましてや飲み込まれることに対し、必死の抵抗を見せる必要はない。
当然のように、タマネギやピーマンは生焼けだ。
いや、これは生焼けというより、生で入っているという方が正しいだろう。
ここだけナポリタンではない。
オニオンスライスとピーマンのサラダだ。
だが、一切手が加えられてないぶん、かえって食べやすい。
ケチャップをかけたサラダでしかないからだ。
――なるほど、わかったわ。
サラダ付きのパスタだと思えば、ちょっとお得なのね。
――なんて、そんな訳ないでしょ!
富入は、むかし両親に連れられた田舎の家で、上が熱いが下がまだ水のままだった浴槽のことを思い出していた。
なんで、ナポリタンを食べて、追い焚きがイマイチな田舎の風呂を思い出さなければいけないのだろう。
それでも食事を残すのは気が引ける。
仕方なく、口の中に詰め込み、一気に飲み込む。
食事というより、完全に栄養補給として割り切るつもりだった。
いや、栄養もあるのか疑わしい。
目の前にある食事のようなものを胃袋に隠す手品をしている、そう考えた方が適切だろう。
そうしている間に、テーブルを陣取っていた男たちは各々立ち上がると、マスターに軽く挨拶をして出て行く。常連なのか、料金を支払った様子はない。
何とかナポリタンを完食した後、温かい珈琲が差し出される。
こちらは、温くない。きちんとした温度の、珈琲だ。
味は珈琲というより泥水か、絵筆を洗ったバケツに入っている茶色い水という味わいではあるが、真っ当に暖かいだけでマトモに思えるのが不思議なものだ。
「ごちそうさま」
勘定を支払い、一応はそういって店を出る。
冒涜的な食事ともいえる扱いだったが、食材には罪がない。
店を出たあとも、胃袋にはパスタが渦を巻いていた。
散々な店だ。これで料金が普通のランチより割高なのだからますます腹が立つ。
だが、十分な成果はあった。
片隅に陣取っていた男たちは、今の標的である。
本人たちは他愛もない雑談のように話していたし、実際にどれだけ重要な情報をうっかり喋っていたか、そんな自覚はなかっただろう。
しかし、かなり多くの事実に裏付けがとれた。
リーダー格が贔屓にしている風俗嬢や、今後の取引による計画など、断片的な情報だったが、今まで集めた情報とつながる部分も多い。
これなら、密かに摘発するチャンスも近いだろう。
公安として、きちんと職務を果たせたとは思うが――。
「――ほんと、マズイ店」
富入は口元をハンカチで拭うと、ついそう独りごちる。
胃袋に入ったパスタは、まだぐるぐると暴れ回り、不快にもたれていた。
間もなく昼になろうとする頃、富入はスマホをタップし、メンバー相手にいつもの一文を入れた。
「だれか、ランチに行く人いないかしら?」
しばし待つが、誰もメッセージに既読はつかない。
恐らく、各々が各々の持ち場で身動きがとれないのだろう。
「気乗りしないけど、仕方ないわね……」
富入はカバンを手に取ると、ゆっくりと立ち上がる。
車から出れば、すぐに木枯らしが吹きすさぶ。もう冬も間近ということだろう。
目的の喫茶店は、駅から離れた通りにある。
人の賑わいがまばらになった路地裏は普通に生活していたら入ることのない場所だったろう。
だが、富入にとってはすっかり慣れた道だ。そろそろ、この道を通るのも終わりにしたい頃合いではあるのだが、なかなか仕事は一段落しない。
――早ければ、春までには終わらせたいけれども。
路上には、もう正午だというのに酔っぱらっていびきをかいて転がる男の姿があった。
そうして裏路地を、さらに奥まで進んだ先にある小さな喫茶店にたどり着く。
夜はスナックとして営業しているのもあってか、外から見える窓はブラインドが降りており、営業しているのかどうかもわからない。
コーヒーと書かれた四角いライト看板は色あせ、右上は少し欠けている。
ピンクで塗られた壁も色あせ、ブラウンに塗られたドアだけが防音仕様なのもありやけに立派なのがかえって浮いていた。
ブラインドのせいで、外からどれだけ客がいるのかも、そもそも店を開けているのかもわからない。
板が出ているのなら営業はしているのだろう。
よく言えば、レトロで風情のある店だ。
風営法の問題と衛生面の疑問が常に頭の隅に居座っているのは、かなり問題だが。
富入はふっ、と一呼吸置き、覚悟を決め喫茶店のドアを開ける。
カランカランと軽やかなドアベルの音とは裏腹に、カウンターにいるマスターは陰気な顔をし、ねじれた煙草を吹かしていた。
そしてちらりと富入を見と、しばらく訝しげな視線を向けるが、幾度か来ているのを思い出したのだろう。 指先で「行け」というジェスチャーだけをすると、煙草を吹かしたまま新聞を読み始めた。
いらっしゃいませ、といった愛想のいい挨拶はない。
だがそれもいつもの事だ。ここのマスターはいつも煙草を吹かし、新聞かゴシップ誌を読んでいる。新聞は競馬新聞で、耳に赤ペンを挟んでいることも多いのだ
こんなことでいちいち腹を立てていたら、堪忍袋の緒がいくつあっても足りない。
富入はカウンター席に座ると、奥のテーブル席でどっと笑い声がした。
視線を向けなくても、男が数人、下劣な話題で盛り上がっているのがわかる。
おおよそ、人前で出せないような単語がぽんぽん飛び交う中、富入の前に水の注がれたグラスが置かれた。
――さて、一体何を食べようかしら。
テーブルに置かれた簡素なメニュー表には、写真こそないがナポリタン、サンドイッチ、グラタン、ピザなど、比較的に提案のメニューが書かれてはいる。
グラタンとピザは以前、頼んだ事がある。冷凍食品で、しかもレンジでチンする音がハッキリと聞こえるので雰囲気は台無しだが、冷凍食品会社の企業努力により、味はそこまで悪くない。量は少し物足りないのが、唯一の難点だろう。
今日は、もう少しがっつり食べたい気分なのよね。
だとしたら、カレーかナポリタンだけど……どちらにしようかしら?
富入はしばし思案する。
カレーであれば大きな失敗はないだろうが、匂いも強いし色も付く。この後も車や狭い室内に詰めて仕事をすると考えると、においが強い食べ物は避けた方がいいだろう。
ナポリタンも色が飛び散るリスクはあるが、においが少ないぶんカレーよりはマシなはずだ。
今日はナポリタンにしてみよう。
「すいません、コーヒーをホットで。それと、ナポリタンをお願い」
注文すると、カウンターにいたマスターはわかったのかわからないのか、曖昧に頷くと煙草を灰皿に押し付けてもみ消し、ごそごそとキッチンへと向かう。
背後では相変わらず男たちが、下世話な話で盛り上がっていた。
――人前であんなお下劣な事を言えるなんて、本当、信じられない。
ため息をつき、水に手をつけようとした富入の手がとまる。
グラスのフチにくっきりと水垢が残っていたからだ。
ひっ、と叫びそうになるのをすんでの所で飲み込み、富入はグラスをそっと遠ざけた。
――本当、相変わらず保健所の介入がないのが信じられない店ね。
富入は口元を抑える。
キッチンでは、マスターが誰かと会話しているのか、ボソボソとした声と、鍋でパスタを茹でる音が聞こえる 。
どうやらナポリタンは冷凍食品ではなくキッチンで作っているようだ。
この店でも、手作りの料理が出るのね。
一体どんなナポリタンなのかしら?
富入は、よくあるナポリタンの姿を思い描く。
純喫茶のナポリタンといえば、ベーコンあるいはソーセージをスライスしたものに、タマネギやピーマンを入れ、たっぷりのケチャップで味付けしたものがほとんどだろう。
麺は太め。パスタの定番はアルデンテだが、ナポリタンに限っては少しくたっとした方が好みの味が多い。
手作りなら少し期待してもいいのではないか。そう思ったのも一瞬のことだった。
マスターはパスタを鍋からあげると、すぐさまそれを冷水で洗い始めたのだ。
えっ?
すんでの所で言葉が出る。仕方ないだろう。パスタをそうめんの如く水で洗っているのをみれば、驚かない客の方が少ない。そもそも、パスタを洗う利点というのはあるのだろうか?
――どうしてグラスは洗わないのに、パスタは丁重に洗うのよ!
パスタのヌメリを取るより先に、グラスのヌメリをとりなさい!
いや、あんなパスタがナポリタンのはずがない。
きっとあれは、他の誰かが注文したに違いない。
冷やしパスタというのがこの店にあるのだろう。メニューにはなかったから、馴染みの客に出すメニューだ。
まさかアレがナポリタンになり、自分の前に提供されるはずはない。
富入の淡い期待も虚しく、水でジャバジャバに洗われたパスタはナポリタンらしく皿に盛られ、富入に差し出された。
しかも、思った以上に大盛りだ。
茹でた後、冷水で冷やしたりしたから水分を吸ったのだろうか?
ぷくぷくに膨れた麺は、普段食べるナポリタンの二倍の太さはあるように見える。
富入ははっ、とため息とも笑いともつかない声を出し、ナポリタンに手をつける。
背後にいたうるさい連中は、今は静かになり、声を潜めボソボソ話していた。
まずはパスタ……。
ぬるい。熱い訳でもなく、冷たい訳でもない。ただただ、ぬるい。
単純に冷ました訳ではなく、水で晒してから温めたため、外側は焼けに熱いのに、中は妙に冷たいというぬるさだ。
いや、これはぬるいという言葉も適切ではないだろう。
温度管理がまばら。あるいは、熱さと冷たさの二極化が進んだ悲劇だ。
――熱いのか、冷たいのかハッキリなさい!
富入は内心、絶叫する。
ナポリタンがぬるくて、誰が喜ぶのだ。
あるいは、猫舌の客であればぬるめのナポリタンも歓迎されるだろうが、このナポリタンにかぎっては「外が熱々、中が極寒」なのだから、猫舌もノーサンキューだろう。
次に、ベーコン。しなしなで、噛んでも噛んでも飲み込めないほど弾力が出ている。
モツ鍋に入ったモツだって、こんな弾力をもって飲み込まれることに抵抗しないだろう。
ナポリタンになる修行を受けた結果生まれた、強固な自我をもつベーコンが誕生したとしか言えない。
それはナポリタンには必要のない自我だ。
ナポリタンに入るベーコンは、もっと従順でいい。ましてや飲み込まれることに対し、必死の抵抗を見せる必要はない。
当然のように、タマネギやピーマンは生焼けだ。
いや、これは生焼けというより、生で入っているという方が正しいだろう。
ここだけナポリタンではない。
オニオンスライスとピーマンのサラダだ。
だが、一切手が加えられてないぶん、かえって食べやすい。
ケチャップをかけたサラダでしかないからだ。
――なるほど、わかったわ。
サラダ付きのパスタだと思えば、ちょっとお得なのね。
――なんて、そんな訳ないでしょ!
富入は、むかし両親に連れられた田舎の家で、上が熱いが下がまだ水のままだった浴槽のことを思い出していた。
なんで、ナポリタンを食べて、追い焚きがイマイチな田舎の風呂を思い出さなければいけないのだろう。
それでも食事を残すのは気が引ける。
仕方なく、口の中に詰め込み、一気に飲み込む。
食事というより、完全に栄養補給として割り切るつもりだった。
いや、栄養もあるのか疑わしい。
目の前にある食事のようなものを胃袋に隠す手品をしている、そう考えた方が適切だろう。
そうしている間に、テーブルを陣取っていた男たちは各々立ち上がると、マスターに軽く挨拶をして出て行く。常連なのか、料金を支払った様子はない。
何とかナポリタンを完食した後、温かい珈琲が差し出される。
こちらは、温くない。きちんとした温度の、珈琲だ。
味は珈琲というより泥水か、絵筆を洗ったバケツに入っている茶色い水という味わいではあるが、真っ当に暖かいだけでマトモに思えるのが不思議なものだ。
「ごちそうさま」
勘定を支払い、一応はそういって店を出る。
冒涜的な食事ともいえる扱いだったが、食材には罪がない。
店を出たあとも、胃袋にはパスタが渦を巻いていた。
散々な店だ。これで料金が普通のランチより割高なのだからますます腹が立つ。
だが、十分な成果はあった。
片隅に陣取っていた男たちは、今の標的である。
本人たちは他愛もない雑談のように話していたし、実際にどれだけ重要な情報をうっかり喋っていたか、そんな自覚はなかっただろう。
しかし、かなり多くの事実に裏付けがとれた。
リーダー格が贔屓にしている風俗嬢や、今後の取引による計画など、断片的な情報だったが、今まで集めた情報とつながる部分も多い。
これなら、密かに摘発するチャンスも近いだろう。
公安として、きちんと職務を果たせたとは思うが――。
「――ほんと、マズイ店」
富入は口元をハンカチで拭うと、ついそう独りごちる。
胃袋に入ったパスタは、まだぐるぐると暴れ回り、不快にもたれていた。
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