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インターネット字書きマンの落書き帳

   
あらいくんを監禁場所から助けてあげよう その6
その6……だと……。(挨拶)

えぇと……今まで監禁され暴力的な行為を受け続けていた荒井くんをようやく助けに来ます。
次回ぐらいでとりあえず荒井くんの無事が確保されると思うので頑張ってください。

この頑張ってくださいは俺にも言ってますが、この胃もたれするほどフェチズムの煮こごりとなってしまった文章に付き合ってくれている人にも言ってます!
ありがとう! 頑張って一緒に最後まで走ろうな!

<前回までのあらすじ>

 荒井くんは他人の記憶を奪ったり書き換えたりできる変態錬金術師(たぶん声帯は浪川大輔)に誘拐され監禁された上ひでぇ拷問を受けていた。
 一方そのころ荒井くんの居場所に気付いた新聞部の面々や語り部たちは荒井くんを助けるための算段を練り実行にうつそうとしていたのだ。


<俺のフェチズム要素>

・新堂×荒井が互いにわりと強火の感情を抱いている
・イケメン変態モブ男が荒井くんを虐げる
・執拗な暴力で荒井くんの身も心も限界までボロボロになる最高に興奮する(俺が)

・坂上くんの話は随所にへんな描写がある
・自動車運転児童(?)
・綾小路さんはゴキゲンな髪色で頭がよく体力がすごい
・新堂さん一番大事なキャラクターなのにいまのところ何もしてないと思った? 俺もそう思う。

今回は坂上くんメインの話です。
何かもうみんながんばれ~!




『a closed tomorrow』

 その日、僕は街の郊外にある別荘地に来ていた。
 荒井さんのメッセージに残っていたあの「人形の館」に行くためだ。

「悪いな、時田。無理をいって……」

 撮影用の機材を下ろしながらそう言う日野先輩に時田さんは小さく首を振った。

「いや、僕もこの館をもう一度撮影できるなら嬉しいですし……それに、荒井くんがいるのかもしれないって話になれば黙っている訳にはいきませんから」

 時田さんはそう言いつつも撮影機材とまた別のカメラを準備しているような気がする。
 ここで撮影をしたいという気持ちは当然あるのだけれども、いま目の前で誘拐・監禁事件がおこっているのかもしれない。そのリアルな映像を撮れるかも知れないという気持ちがどうにも抑え切れてないような様子が見えたのは僕の気のせいだろうか。
 普通はもっと友達のこと心配したりすると思うんだけど、この倫理観のなさはやっぱり荒井さんの親友って気がするが、荒井さんも荒井さんで時田さんが撮影していた事を知っても「どんな作品になるか完成したら見せてもらいたいものです」なんて涼しい顔をして言うのだろう。
 そんなどうでもいい事を考えてしまうのは、この館で本当に犯罪が行われているかもしれないという事を考えたくないからかもしれない。
 僕の目には不気味な洋館の尖塔にも似た屋根がうつっていた。

 もう一度撮影したいというのを洋館の主に打診してみる。
 その時、外観だけではなくロケとして1時間ほど撮影をするように申し出て協力者として複数人の生徒を向かわせ撮影をしている間に洋館の内部を捜索する……というのが日野先輩の計画だった。

 もし本当に荒井さんを監禁しているのなら簡単に撮影を許すだろうか。
 複数人の生徒を連れての撮影なんて普通に頼まれても嫌がるのはないか……そう思ったのだが、意外にも館の主は快く応じてくれたそうだ。

 撮影のため、館の主と面識のある時田さんと計画の立案者である日野さん。
 撮影スタッフとして僕と新堂さん、それに綾小路さんも来てくれている。綾小路さんは僕の知らない人なんだけど、日野さんや新堂さんが言うには「オカルト案件なら一番頼りになる人」なのだというから信頼出来る人だろう。
 少なくとも風間さんが来なくて良かったとは思う。
 風間さんなら500円くらいで来てはくれるけど荷物をもつたびにお金をせびるだろうし、もし荒井さんが本当にいたとして風間さんが助けるのに協力したと知ったら烈火の如く怒り狂うのも目に見えている。
 何だかしらないけど風間さんは荒井さんとすごく仲が悪いのだ。

「……悪いけど坂上くん、荷物をもつのを手伝ってくれる? 舞台用の衣装を持ち込んだら思いのほか荷物が多くなってしまったの」

 岩下さんは大きなカバンを抱えながら僕へと声をかける。
 撮影のためという建前がある以上は撮影映えをするような女優が必用だろうという話になり岩下さんも協力してくれることになったのだ。

「いいですよ、岩下さん」

 軽い気持ちで答えた僕に岩下さんの持っているカバンの三倍ほどの荷物が渡された。
 えっ……何か思ったより多いんですけど……。

「ありがとう坂上くん。やっぱり頼れるのね……素敵よ」

 でも岩下さんがそう言って笑ってくれるなら流石に頑張らないといけない気がする。
 うう……でも、僕そんなに力がある方でもないんですけど……目的の館までどれだけあるんだろう……。
 そう思っていたら綾小路さんは黙って荷物を持ってくれた。
 何ていい人なんだろう。ゴキゲンな髪色をしているから怖い人かと思ってたけど……。

「あ、ありがとうございます! すいません……」
「別に気にしなくていい……こっちは手が空いているからね」

 マスクをしていて表情は読み取れないけど声は随分と優しい。
 日野先輩が連れてくる人はいつも癖が強い人ばかりだから今回はどんなヤバい人……じゃない、個性的な人がくるのかと心配したけど綾小路さんはマトモそうだ。
 僕はちょっと安心してカバンをもつと先に進む時田さんの後をついて歩き始めた。
 ここからは道が細いから車は入っていけそうにない。ここまで荷物を積んできてくれた車とはいったん別れる事になりここから先は僕らだけになると思うと少し緊張する。

「それじゃ、ヒナキちゃんはまた後でくるまで迎えにくるからね!」

 運転手の女の子は手を振りながら軽トラをふかして行ってしまった。 僕たちはタクシーで別に来たからトラックを運転しているのが女の子だとは思わなかったな。随分若いように見えたけど……本当に免許もっている人なのだろうか。そもそも、あの子は誰の知り合いなんだろう……。

 それにしても、時田さん以外はみんな三年生になる。
 日野先輩や岩下さん、新堂さんは見知っているけどここにいるメンバーはみんな僕より年上だ。
 ……やっぱりこれ、言ったほうがいいかな。

「日野先輩、なんで……何で僕がこのメンバーに入れられてるんですか……」

 どう考えても僕、この場にいる感じじゃないよね?
 確かに荒井さんとは知り合いだしこの前のテストも見てもらっているから恩も感じてる、荒井さんの事は心配だけどちょっと背負っている責任が重すぎる気がするよ!
 そんな僕に日野先輩は涼しい顔をしてこたえた。

「そりゃ、倉田は女の子だからな。危険な目にあうかもしれないって所に連れて行く訳にはいかないだろう」

 僕は、僕はいいんですか日野先輩!?
 僕だってそれほど荒事に慣れている方じゃないんですけど……。

「それに、今回の潜入にはある程度冷静でいられる人間が必用だからな……俺や時田は機材まわりの設定がある。新堂はとても冷静に話し合いなんかするタイプでもないだろう? 色々考えてオマエが適任だと思ったんだ。頼りにしてるぞ坂上」

 日野先輩に頼りにされているのは少し嬉しいけど、やっぱり責任が重すぎる気がする。
 これで荒井さんがここにいなかったら館の主に失礼だし、もし本当に誘拐されてたとしたらそれはそれで大事件だ。
 ものすごく気が重い。
 僕、何かとんでもない事やらされなきゃいいけど……。

 不安のまま僕たちは荒井さんが「人形の館」と形容した家に到着した。
 ややすすけた色となった白い塀と鉄の柵で出来た門の向こうから古びた洋館の屋根がのぞく。やけに反った屋根は最初に僕の見た尖塔のような屋根で、やけに反ったように見えるつくりは人を阻んでるような気がする。
 平時であれば雰囲気の良い洋館だと思うくらいだったろうが、ここに荒井さんが囚われているのかもしれないと思うとひどく恐ろしい場所に思えた。

「すいません、時田ですけど。あの……」

 インターホンごしに時田さんが会話しているのが館の主だろう。
 事前の話では人形をつくる仕事をしているらしく館の中にはリアルな造形の人形が無数に存在しているそうだ。
 いかにもホラーやミステリ映画に出るような見た目の洋館にぎっしりと人形が並ぶなど想像しただけで怖いヴィジョンが思い浮かんでしまう。
 おまけに相手は誘拐犯なのかもしれないのだ。形の材料は実は誘拐してきた人間の骨や皮をつかっているのだ……なんてあらぬ想像までしてしまう。
 僕はカバンを抱くように抱えて身震いしていた。

「入っても大丈夫だって、行こうか」

 暫く会話した後、門の鍵が開く鈍い音がする。レトロな印象だけど鍵は自動操作で館の中から開けられる仕組みみたいだ。最も、これだけ大きな館ならそれくらい出来ると思うけど。
 門を開けて暫く歩けば洋館が立ちはだかるように現れた。雨ざらしにされやや変色し灰色みを帯びた壁と石榴を思わす色味の屋根は今日が曇っているのもあってひどく淀んだように見える。
 そんな僕たちを待っていたように扉の前には見知らぬ男の人が立っていた。

「やぁ、よく来たね。庭だったら好きに使っていいから……あまり手入れされていなくて悪いんだけど」

 長身で痩せた身体をした、長い黒髪が印象的な人だ。髪の毛はただ伸ばしっぱなしにしているようだけどきちんと整えられているし服装もまるで誂えたようなジャケットスタイルだったから綺麗な顔立ちも相まってとても誠実そうな人に見えた。
 穏やかな声色で表情もやさしく、とても荒井さんを誘拐するような人には見えない。
 最も、悪いことをする人や法に触れるような倫理観の人間がみんなみるからに悪人だって訳ではないとも思うけど。

 時田さんが僕たちを「映画研究会の同志」と軽く説明した後僕らは庭で撮影の準備を始める。
 館の主は「せっかくだから少し見学したい」といい、撮影の準備をする僕らを「思ったより本格的な機材をもってきたんだねぇ」と感心したように見つめていた。
 時田さんは日野先輩と何やらカメラの準備を。岩下さんは舞台の衣装と小道具をつけメイクのなおしを。新堂さんは大きなレフ板などをセッティングしはじめ忙しそうに動きまわっているがそれもきっと事前に打ち合わせていた役割分担なのだろう。

 ……あれ、僕と綾小路さんの仕事がないぞ?
 どうしよう。

「あの……日野先輩、僕も何かやる事はないですか?」

 手持ち無沙汰で日野先輩へ小さく声をかければ、日野先輩はカメラを確認し「よし」と小さくつぶやいてから僕の方へ視線はくれず、だけど僕に向けて言葉をかけた。
 館の主が見ている手前、あくまで「映画研究会のスタッフ」として話をしたいのだろう。

「おまえと綾小路には、このまま館に潜入してもらう」
「えぇっ!?」

 だけど突然の提案に、思わず声が裏返ってしまう。いや、無理もないだろう。だってそんなこと聞いてない。 館に潜入するって、ようは忍び込むってことだろう。無断で他人の家に入るのはいけない事だ。もし荒井さんが館にいなかったら大変なことになる。

「心配するな、大事にはならんよ。トイレを我慢できず借りようと思ったとでも言えばオマエなら許してもらえるだろう。それに綾小路もいるんだ。二人で叱られると思えば多少は気が楽だろう」

 そういう事でもないんだけど……トイレを探す、って理由だけで本当に許してもらえるだろうか。

「今がチャンスでもあるんだぞ。館の主人がどういう理由かしらないが俺たちの撮影に興味をもっている……つまり今、家の中に誰もいないということだ。本当はどうにかして館の主人を俺たちが誘い出しそのうちにオマエらに潜入してもらうはずだったが、その手間が省けた。さぁすぐに行ってくれ……このカバンに工具類が入ってる。もし荒井が拘束されにっちもさっちもいかないような状態だったらそれで無理矢理鍵でも何でもぶち壊してこい」

 しかもさらっと無茶苦茶な指示出してませんか日野先輩!?
 何でもかんでもブチ壊してこいって……これで荒井さんが家で引きこもってゲームしていたなんてオチだったら僕、若者の暴走とか言われて警察署にシュートされちゃうんですけど……。
 そんな事を思いながら、僕は工具類をひとつにおさめた肩掛けカバンを渡された。中には大きめのニッパーとか伸縮するタイプのバールみたいなものが入っている。
 ……もうこれ、強盗グッズじゃないですか日野先輩!? 本当に大丈夫ですか!?
 僕、この若さで洋館に突入した強盗みたいになるの嫌なんですけど!?

「そんな、そんなの聞いてないですよ」
「あぁ、言ったら嫌がって来なくなると思ったからな。言わなかった」

 ハメ技じゃないか!
 絶対、僕がここまで来たら断らないと思って連れてきたに違いない。実際、断れない空気になっているから選択として正しかったんだろうけど。

「でも、館も結構大きそうですよ。すぐに探索できるか……」
「時田の話だと見た目よりは大きな館ではないそうだ。それに、誰かを監禁しているのなら2階の一室なのは間違いないだろう……あの館はどうやっても二階に上がる時はリビングを通らなければいけない間取りなのだそうだ。逆にいうとリビングだけを見張っていれば絶対に逃げられない場所が二階という事になる。部屋に閉じ込めておくなら目の届きやすい場所かつ逃げられにくい場所がテッパンだろうからな」

 日野先輩はちらりと二階へ目をやり、僕にだけわかるようそっと指である一角を指した。

「見えるか、ここから。二階に格子がはまった窓があるだろう。ベランダもなく窓しかない二階のあの部屋がいちばん怪しい。二階の他にある部屋と比べてやや窓の位置が高いし、格子のせいで簡単に外には出られない。もし格子をはずせたとしても飛び降りるには難儀な高さだ……外観としても美しく人を閉じ込めるのにピッタリの部屋だろう? 入ったら真っ直ぐあの部屋の位置へ向かってくれ」

 僕は日野先輩の指をたどり二階の一部屋を見る。そこには確かに少し浮いたような窓がひとつだけ存在した。そこだけ唯一格子がつけられているのは妙にも思えたが洋館の雰囲気と他の窓にはベランダがある事からそこまで違和感はないのだけれども、もしあの部屋が一部屋で完結してるのなら日野先輩の言う通り、誰かを閉じ込めておける部屋になり得るだろう。
 でも、やっぱり……トイレ探しにきました! 二階見に行きます! はあまりに不自然じゃないですか、日野先輩……まさかこんな責任重大な役目を押しつけられるなんて……。

「……行こうか」

 二の足を踏んでいる僕の肩に綾小路さんが触れる。綾小路さんはもともとその役割を知ってここに来ているのだろう。荒井さんと面識があるとは思えないけどそれでも協力してくれているんだから荒井さんに恩がある僕がここでデモデモダッテをしてる場合じゃない。
 覚悟を決めるしかないのだ。うう……負けるな、坂上修一。僕はできる子だぞ。

「うう……もし何かあったら絶対、知らん顔して逃げたりしないでくださいよ……」
「当然だ、かわいい後輩を置いて逃げたりはしないさ」

 日野先輩にそう告げ、僕と綾小路さんは荷物をとりにいくようなふりをしながら皆のもとを離れ洋館へと向かった。
 木製の重厚な扉を開ければ思ったよりこぢんまりした玄関にいくつか靴が並んでいる。

「おじゃましまーす……」

 一応、声をかけてから部屋に入る。
 館の主は一人で住んでいると聞いているから誰もいないだろうと思っていたんだけれども、僕はすぐに何かの視線を感じ驚いて一歩後さがったら後ろにいた綾小路さんにぶつかってしまった。

「うわ、うあ……いま、何か視線が……」
「……人形だな」

 スマホのライトを向け、綾小路さんは室内を見渡す。その先に見えるリビングには棚に並べられたいくつもの人形がこちらを向いていた。 大きさは30cmか大きくてもその倍くらいだろう。どれも美しい顔立ちをしておりどこか生きた人間のように憂いを秘めた表情で俯いていたりするものだから部屋が暗いのもあり妙に恐ろしいものに思えた。
 ……大丈夫、人形なら動くはずはない。それに変にもたついてたら相手に見つかってしまう。

 僕は靴を脱ぐと室内に入ればトイレやバスルームといった生活感のある部屋を過ぎすぐに広めのリビングにたどり着いた。
 アンティークなソファーにテーブル、キャビネットにはいくつもの人形が並べられている統一された美しい作りの部屋は家主のこだわりを感じさせる。
 テーブルの上には見た事のない道具がいくつかおいてあり、そこには人形の手足が並んでいる。人形を作っている途中だったのか、本来目がはまっているはずの場所がぽっかりと空洞になっていた。

「二階に行こう」

 周囲の様子をうかがう僕を横に、綾小路さんは鋭い目つきを階段に向ける。
 やはりトイレを探しに来ているというのにいきなり二階へと行くのは気がひけるのだけれども……。

「……血のにおいがする」

 綾小路さんはマスクをおさえながら、そんな事をつぶやく。
 血のにおいなんて僕にはわからなかったけど、綾小路さんは二階で何かあることを確信しているようだった。
 それって、荒井さんが怪我をしているってことなんだろうか。まさか死んでしまっているなんてことは……。
 いや、そんな事は思いたくない。
 戸惑う僕より先に綾小路さんは薄暗い階段を上ってしまったので僕は慌ててそれについていった。恐ろしいのもあるし気が引けるのもあるのだがこんなところで一人になりたくなかったのだ。
 階段も昼間とは思えないほどに薄暗く、僕らはやや急に曲がった階段を注意深く進む。確か、日野さんが「あやしい」と言っていた部屋はこちらの方だったろうか。

 そう思って開けた扉の先にあったのはいくつかの本と見た事もない実験器具が並んだ書斎のようだった。
 四段になった本棚にも読書用と思われるデスクにもおかれた本はすべて外国語のタイトルが並んでいる。英語とも少し違うようだけれども……。

「これは……ドイツ語か。驚いた……こんなに本格的な錬金道具を集めているとは……悪魔の気配は感じなかったが存外に……」

 綾小路さんは本を手にとりそう独りごちる。綾小路さんはここにある本も、化学の実験器具みたいなものも何の道具かわかっているみたいだ。
 な、何者なんだろうこの人……。
 いや、今はそれより気になることがある。

「あの、おかしくないですか綾小路さん。日野さんがいってた部屋の位置だとたぶんこの部屋のあたりに窓があるんですけど……窓もないし、ちょっと部屋の配置がおかしい気が……」
「……あぁ、確かに。そうだな」

 綾小路さんは本棚の前に立ち、ドイツ語らしい古い本を手に取って見比べる。
 そして「なるほど」と小声でつぶやいた後、古びた本を次々と本棚へ戻していった。

 何でそんな事をしているのだろうと不思議に思って眺めていれば、全ての本を収めた時にカチリと鈍い音がして本棚がスライドする。そして狭く細い階段が僕たちの前に現れた。

「えっ、えっ何ですかこれ!? 隠し部屋……?」
「どうやらそのようだな……」
「いま、何したんですか? 何があったんです? えっ、えっ」
「たいした事じゃない……この本棚にある本だ。上から火、風、水、土といった区分で本がまとめられておりそれぞれ『熱と乾き』『熱と湿度』『冷気と乾き』『冷気と湿度』を意味する本だけが取り除かれている……四元素の属性通りに本を戻していけば開くという仕組みだな」

 なるほど、そうだったのか……全然わからないことがわかった。

「やはりこの館の主は錬金術のたしなみがある人間だろう。日常的にそういう文化に触れているからそれを鍵にしておいたという事だ……こちらにその程度の知識がないと思われていたのは僥倖だな」

 普通はないと思います。
 四元素ってそんなにメジャーなものなのかな……確かに火属性とか水属性ってのはゲームとかでも良く聞くけど、乾きとか熱とかは何の話だろう。

「アリストテレスの四元素……機会があったら調べてみるといい」

 僕のそんな疑問を見透かしたかのように綾小路さんは言うと細い階段を進む。
 ロフトくらいの高さを上がった先にはそんな細い道には似つかわしくない程に仰々しい鉄扉に閂がかかっていた。
 閂がかけてある、という事はこの扉の目的は明確に「内側にいる誰かを閉じ込めておくため」のものだ。ただの物置だったら閂などかける必用はないし、盗まれて困るモノだったら鍵をかけておくだろう。
 それまで僕は「ここに荒井さんがいるかもしれない」と思っていても心のどこかに「まさかそんな事は」と思う気持ちがあった。 身近なひとが犯罪に巻き込まれるとか思いたくはなかったのもあるし、犯罪なんて非日常の存在だと思っていたのもあるだろう。
 だけどこの隠された道の向こうにあるいかにも何かありそうな扉を前にしてはもうそんな事も言えない。むしろ、一刻も早く助けにいかないといけない使命感のようがムクムクと湧き上がってきた。

 綾小路さんは鉄の扉を叩き、「誰か、誰かいるのか」と向こうへ声をかける。扉の向こうから声や音が聞こえた訳ではないのだが、この向こうには誰かいるという気配だけは感じた。

「……血のにおいが強くなってきた。扉を開けよう、手伝ってくれ」

 綾小路さんに言われ、僕は閂を外す。幸い扉には閂のほかに鍵はかかっていなかったからそれを外すとすぐに扉を押し開けた。

「あ、荒井さん! 居るんですか!?」

 転がるように部屋へと入れば、綾小路さんの言う「血の臭い」が僕の鼻でも嗅ぎ取れる程に濃くなっているのがわかる。
 場所としては屋根裏部屋あたりになるのだろうか。たった一つある窓は遮光カーテンがひかれており昼間だというのに非道く暗いその部屋は床も壁も石作りになっていた。 すぐそばには簡素なベッドがあり、シーツは血で変色している。そして部屋の奥に両手を吊り下げられうなだれている人影がぼんやりと見えたのだ。

「……荒井さん?」

 僕は驚きながら影へと近づく。
 それは確かに荒井さんだった。両手に手かせをつけられ天上から鎖で吊り下げられており、そうされてから時間が随分たっていたのか腕がやけに伸びているようにも見えた。 上には薄手のシャツを着ているんだけれどもそれもシャツと呼んでいいのかわからないほどボロボロに引き裂かれており荒井さんの白い肌が紫に腫れ上がっている。
 誰がどう見てもひどい暴力を受けているのは明白だ。荒井さんが学校に来なくなって一週間以上経っているけれどもその間ずっとこんな事をされていたんだろうか。
 この薄暗い部屋でこれだけ非道い扱いをされていたのに、たった一人で耐えていたのだとしたら……僕はどこか楽観的でいた自分が非道く恥ずかしい気持ちになった。もっと早く助けに来れてたら……。

「坂上くん、彼は荒井くんだね?」
「あっ、綾小路さん……はい、そうです。荒井さん……です……」

 僕らの声に気付いたのか、荒井さんは僅かに顔をこちらに向ける。

「誰、ですか……あなた、たち……」

 意識が朦朧としているのか、視点が定まらない様子で話すことも辛そうだ。どうしたらいいのだろうと戸惑う僕を前に、綾小路さんは冷静なまま僕のカバンを開けると工具を一つ取り出した。

「坂上くん、君は荒井くんの身体を支えておいてくれないか? いま鎖を切る……たぶん、今の彼は自分で立つ事も出来ないだろうからね」
「あっ、はい……わかりました」

 言われた通り荒井さんの身体を抱きしめるように支えれば、荒井さんは僕に身体を預けてきた。「すいません」と力なく小声でつぶやく姿は痛々しく、身体を支えてはじめて目にした背中は傷のないところを探すのが難しい有様なのに憤りを覚える。
 あんなに綺麗で大人しそうな顔をして、こんなに非道いことを平気でしていたなんて……。

「もう大丈夫ですから……外にはみんないますよ、あと少しですから……」

 荒井さんは僕の肩にしばらく身体を預けていたが、ふと僕の顔を見て不思議そうな顔をした。

「えぇと……あの、失礼ですけれども……あなたは、僕を知っているんですか……」
「えっ? 当たり前じゃないですか荒井さん……僕です、坂上です」
「すいません、僕は……あなたのことを、何も覚えていない……僕は……それなら僕は、本当に『アライ』という名前なんですね……」
「えっ、えっ……荒井さん……僕のこと、覚えて……えっ?」

 たどたどしく語る荒井さんの様子は明らかにおかしい。僕の事を覚えてないなんて、記憶喪失ということだろうか。 それともあまりに非道いことをされたから今は冷静ではないのかもしれない。

「よし、鎖が切れた……」

 バチンと激しい音がして鎖が弾けるように切れる。 鎖を切る工具なんて必用なのかと思っていたけど実際に使うとは。「何かあったら無茶苦茶にしてこい」という日野さんの言葉が今はやけに心強く思えた。
 それにしても、綾小路さんは見た目が細いけど思った以上に力があるみたいだ。 大ぶりのニッパーに似た工具を手にしもう片方の鎖を切れば荒井さんはその場にへなへなと座り込んでしまった。

「荒井さん……」
「まだ触らないであげてくれ、右肩の骨が外れてるみたいだ……応急処置になるが今、軽く入れてしまおう」

 綾小路さんは涼しい口調のままそう言うと荒井さんの肩を掴み一度かるく力を入れる。 すると妙に手が伸びていた風に見えた肩の骨がぐりんと上にあがり鈍い音をたてながら元の位置に戻るのが見えた。

 ……日野先輩、何なんですかこの人!?
 オカルト知識もあるし力もあるし手際よく治療まで出来ておまけに顔までいいんですけど逸材をつれて来すぎですよ。
 これ絶対、僕必用なかったですよね!?

 ともかく、荒井さんはその場に座り込むと急に大粒の涙をこぼして泣き出してしまった。
 僕は荒井さんが泣いたりする人だとは思ってもいなかったので狼狽えて、手を握る事くらいしかできないがそんな自分がもどかしい。
 もっと気の利いた言葉とかかけてあげれれば良かったんだけど。

「だ、大丈夫ですか荒井さん……」
「す、すいません……泣いて、る場合ではないのはわかっ……わかっているんです、けれども……もう、二度とここから出られないと……あの人意外、誰も会わずに死んでいくんだろうと思っていたから……」

 せめてこれくらい、と思って僕はポケットから取り出したハンカチで荒井さんの涙を拭く。
 こんなに精神的にも弱っている荒井さんを見るのは初めてだった。

 いくらなんでも非道すぎると思う。荒井さんが何をしたからこんな事までされないといけないんだ。 僕は段々と犯人に怒りを覚えてきた。

「とにかく、ここから出よう。このまま長居をするのはまずいだろうからな」

 綾小路さんはそう言うと荒井さんを横抱きにして抱える。 僕は小さく頷いてから元きた道を戻ろうとした。

「……不法侵入か。感心しないなぁ」

 戻ろうとしたのだが、僕たちが階段を降りようとした道の先にある隠し扉の前に一つの影が立ちはだかる。
 暗がりでよくわからなかったが館の主だろう。その表情は笑っているようにも見えた。

「おま……おまえ、おまえが荒井さんにこんな非道いことしたのか! どうしてこんな事をするんだよ……」

 その時先頭を歩いていた僕は怒りにまかせ自分らしくもない程に大声を上げていた。 とにかくコイツに何か言ってやらないと気が済まなかったのだ。だけど男は僕の怒りなどお構いなしといった様子を崩そうとはしなかった。

「理由? ひどい事をした理由なんて聞いて満足かい? ……まぁ強いていうならそいつは僕を怒らせたってことくらいかな。うん、じゃこっちも質問だ……いいかな? うん、等価交換は錬金術の心得だからね……はは、最も僕の学問は等価交換じゃなく1を10にするような方だったけれども……」
「何がいいかな、だよ……自分が何をしたのかわかって……」
「そこの小さいボクとゴキゲンな髪色のきみ。君たちのどちらかが……『マコト』って名前なのかい?」

 唐突な質問に、僕は面食らう。
 何でマコトという人をこの男が探しているのかわからなかった、というのと同時に僕の知り合いにマコトという名の人などいたかとつい考えてしまう。 そして何となく、新堂さんのフルネームが「新堂誠」だったのを思い出していた。

「……何でおまえが新堂さんのことを知ってるんだよ」

 思い出してしまったから、ついそう口に出してしまう。
 すると男はにやりと口角をあげ笑うのだ。

「なるほど……シンドウ。そいつのフルネームは『シンドウ・マコト』というのか、わかった。それなら……いまのところ、君たちに用はない」

 そしてゆっくり、僕らの開いた隠し扉を閉める。
 そこで僕は自分の失言に気付いた。あの男、きっと新堂さんのことを探していたのだ。だからこそ僕らが来るのを拒まなかったんだろう。
 僕らが荒井さんを助けに来る可能性があるのを知っていて、なおかつそのメンバーに新堂さんがいるのを確信していた。だからわざと迎え入れたのだ。
 全て新堂さんを見つけ出し誘い出すために。

「君たちは後で処分する。少しばかりその暗がりで待っているといい……」

 ゆっくりと閉じていく扉へ、荒井さんは悲鳴のような声をあげる。

「まってください! 僕は……僕なら、僕になら何をしてもいいです! だから……だから誠さんには、何も……」

 そんな願いなど聞く必用などないとでもいうように扉は閉まり、僕たちの視界は暗闇へと変化する。

「あぁ……待って、待ってください……本当に、本当に……」

 その中で、取り乱したように泣き出す荒井さんの声だけが悲痛なほどに響いていた。

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インターネット駄文書き
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