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インターネット字書きマンの落書き帳

   
逡巡の痛みを覚える荒井のはなし(新堂×荒井/BL)
平和な世界線で普通に付き合っている新堂×荒井を書くものです。(挨拶)

牧場でカズとの出会いが忘れられないまま、新堂と付き合ってる荒井……みたいな概念でねッ。
同人誌作れないかな……と思って試行錯誤しているんですよねッ……。

去年の夏に出会ったカズの事が忘れられない。
だけど彼と行かなかったのは、鳴神学園に新堂がいるからで、今はその新堂に浴びるほど愛してもらっている荒井が、それでも未だ悔悟の念を引きずるような話ですよ。

新堂が一方的に荒井のこと気遣う感じには書いているけど……荒井もそうとう新堂のこと好きだし、好きだからこそ盛大な試し行為をするようなめんどくささ……荒井に抱いているんですよぼかぁ……そういうやつなんだよ……。



『逡巡とは悔悟の架け橋である』

 暗くなった教室で、荒井は一人机に伏せていた。
 手元には何度も読み返した手紙が置かれている。
 おおよそ1年前に出向いたバイト先で出会った男、カズから受け取った最後の手紙だ。
 開けるまでは期待に胸を膨らませ、読んでから後悔に苛まれた罪悪感の塊を彼は未だに手放す事は出来なかった。
 何故それを手放す事ができなかったのか。
 牧場で出会った時、荒井はカズに対して世俗とは無関係の浮世離れした印象を抱いていた。年上で落ち着いた立ち振る舞いも理知的な仕草もどこか神秘的で、彼は普通の人間がもつ怒りや悲しみ、苦しみ等とは無縁のように見えたのだ。
 だからこそ、カズに手取り足取り仕事を学び、少ない時間ながら交流を深め、彼の理解者となっていった日々は目が眩む程に美しい記憶となって鮮烈に焼き付いていた。
 カズに近づけた事により自分もおおよそ下らない人間の枷から外れもっと高尚なステージへ向かう事ができた、そんな信仰を抱いていたからだ。
 だが、手紙に綴られたカズの心境は人間そのものだった。
 思春期の人間らしい鬱屈と家族との衝突、すれ違いからの悲劇に現実逃避。人間らしくも生臭い苦悩と葛藤から逃れるため死に救済という美辞麗句を当てはめ逃げ道にしていただけの臆病な人間としての言葉が、いかにも神経質で几帳面な人間らしい文字でびっしりと綴られていた。
 その手紙は、荒井が抱いていたカズという幻想を打ち砕くには充分であるはずだった。
 彼は憧れるような人間ではない。理想として描くような存在ではない。
 恥の多い生涯をおくった、自尊心ばかり肥え太らせて現実を受け入れる事ができなかった哀れで悲しい一人の人間だったのだ。
 全てを悟った時、夏が終わった気がした。もう二度と自分には輝かしい夏など訪れないのだろうとも思った。
 抜けるような青空の彼方に入道雲が迫り、肌を刺すような日差しの下、生ぬるくも湿っぽい風を受け汗の染みたシャツの粘りを感じればきっとカズの手紙を読んだ自分の浅慮を悔いるのだ。
 彼に近づこうとした恥ずかしい自分に後悔を抱く夏しか、もう荒井には来ないのだ。
 それらの全てを理解した上で、荒井はその手紙を捨てられないでいた。捨てられないだけではなく、肌身離さずもっていた。まるでそれがお守りであるかのように、あるいは自分の拠り所であるかのように、宵闇で道に迷わぬよう掲げる松明であるかのように、いつでもそれを持ち歩いていた。
 ひょっとしたら自分は何か読み間違いをしているのではないか、カズの真意は他にあるのではないか。 これは遺書ではなく、カズはどこかで生きているのではないか。どこかで生きていて、荒井が手紙に隠された暗号に気付いた時、その場で落ち合い一緒に死んでくれるのではないか。
 あるいは、荒井がカズを神格化しているのに気付いたカズがそれを嫌がりわざと世俗的な自分の姿を書いて荒井を落胆させ、その様子を見てほくそ笑んでいるのではないか。
 様々な考えが渦巻くが、そのどれも自分にとって都合のいい妄想にすぎないのだと気づき落胆する。
 そのルーティーンをもう幾度も繰り返しているのに、それでもまだ手紙を手放すことが出来ないでいたのはカズに対する思いが友情や信頼よりずっと強い執着であり、その執着はある種の愛情に近いものだったからだろう。
 愛している、その感情が人間にとって最も厄介で扱いづらい感情なのだ。それを、痛感していた。
 今年の夏も一段と、心が冷たく刺すように痛い。

「おーい、荒井。起きてんのか」

 時刻はもう、19時に迫っていただろう。
 運動部も活動を終えそろそろ宿直の教師が見回りに来る頃、荒井の前に新堂が現れた。
 何も言わず机に伏したまま視線だけ新堂に向ける荒井の前の席に腰掛けると新堂は机に伏せられた手紙に触れる。

「おまえ、まだ捨てられ無ェのかこれ」

 そしてどこか呆れたように、諦めたようにそう言うのだ。

「捨てちまえよ、もうお前の前に戻ってこないんだろ」

 わかっていた。
 仮にカズがどこかで生きていたとしても、荒井の前に姿を現し話しかけてくる事は無いという事くらい。

「そんな奴のためにお前が毎年喪に服すような真似しなくてもいいんじゃ無ぇか」

 わかっていた。
 こんなの自分が勝手に抱いている干渉だ。きっとカズが生きていたとしても、自分があれこれ思い悩む事などどうとも思っていないだろう。死んでいるのならなおさらだ。

「あんな奴のために、どうしてお前が傷つかなきゃいけねぇんだよ」

 わかっていた。
 新堂が善意で言っている事も、荒井を気遣ってくれているのも。だがそれでも。

「忘れられませんよ……カズさんのことを忘れる事なんてできません。あの人の顔も、声も、匂いも、肌の温もりも、そういうものを持っているのも含めて、いまの僕なんです」

 捨てる事も忘れる事もできない。
 荒井の心はいまだカズに支配され、その支配はおそらく永遠に続くのだ。
 新堂は呆れたように頭を掻き、深いため息をつく。

「仕方ねぇな。まぁいいさ」

 そして机に伏せる荒井にかわり手紙を丁重に折りたたんで鞄にしまうと、荒井の身体を抱き起こした。

「おい、起きるぞ。おまえの大事な手紙は鞄に入れてあるから、ちゃんともって帰れ」
「……はい」
「クソ忌々しいけどよ、おまえがそいつの事忘れないってんなら俺はソイツを忘れないお前を愛してやる。それでいいだろ? じゃ、帰るぞ」

 新堂に手を引かれ、荒井はゆるゆると起き上がる。
 カズと別れる直前、荒井は確かに彼との永別に気付いていた。今、カズから離れてしまえばきっともう二度と会う事はないのだろうと思っていたし、もし望めば彼について一緒に行く事も出来たのだろう。
 だが荒井がそれを選ばなかったのは、いま目の前にいる新堂の影響が大きかった。
 カズとともに黄昏時をぼんやりと歩きそのまま陽炎のように消えてしまう幻想より、鳴神学園にもどりぼんやりと憧れを抱いた新堂とともに普通の学生として過ごす現実が辛うじて勝ったからだ。
 一年前は憧れでしかなかった男はいま、隣にいて荒井の心身を慮ってくれるほど愛してくれている。 辛うじて現実の世界へ留まった荒井は、留まった世界で望んだものを手に入れたのだと言ってもいいのだろう。
 それでも未だカズへの思いに苦しめられ乱されるのは後悔のせいか、それとも新堂を試したい意地の悪い気持ちが芽生えているからだろうか。
 どちらにしても新堂をひどく惑わし悩ませているのは確かだろう。

「……はい、ありがとうございます。新堂さん」

 このまま新堂の優しさに甘え、すがっていいのだろうか。
 自分の過去からカズを葬り新堂だけを見据えるのが彼の献身に報いる方法ではないのだろうか。
 それともこれ以上彼を惑わさないためにも、彼から身を引いた方がよほどいいんだろうか。
 渦巻く気持ちは何処にも着地しないまま、荒井は彼の手を握る。
 うだるような暑さの中、新堂と握った手の温もりは不思議と不快さがなく迷い悩む荒井の内に心地よく広がっていくのだった。

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