インターネット字書きマンの落書き帳
パラノーマルとの境界線(パラノマサイト後日談二次創作)
パラノマサイトの事件から10年くらい経った架空の後日談です。
ルートとしては真エンドの後、墨田区変死事件から10年ほど経った1990年代の後半くらいの話。
ふとしたきっかけで霊能力ってのに目覚めてしまったとある人物が、すっかり霊能力者、あるいは陰陽師、あるいは呪術者などと呼ばれる存在となり他者に助言を与えるような立場になった頃合いをイメージしてます。
相談している相手にどこか既視感がある……。
という人は、きっとホラーゲームが大好きな人だと思いますね。
色々ごった煮の話になりますが、パラノマサイトクリア記念の二次創作だと思っていただけると幸いです。
俺は正直、霊能力に目覚めてしまったであろうあの人物の今後が末恐ろしいよッ。
わりと躊躇いなく「よし、この能力を使おう!」と判断できる冷酷さ……とんだモンスターを世に放ってしまった気持ちにしかならなくて心配です。
話はパラノマサイトの真エンド後日談なので若干ネタバレになると思います。
よーろしーくねー。
ルートとしては真エンドの後、墨田区変死事件から10年ほど経った1990年代の後半くらいの話。
ふとしたきっかけで霊能力ってのに目覚めてしまったとある人物が、すっかり霊能力者、あるいは陰陽師、あるいは呪術者などと呼ばれる存在となり他者に助言を与えるような立場になった頃合いをイメージしてます。
相談している相手にどこか既視感がある……。
という人は、きっとホラーゲームが大好きな人だと思いますね。
色々ごった煮の話になりますが、パラノマサイトクリア記念の二次創作だと思っていただけると幸いです。
俺は正直、霊能力に目覚めてしまったであろうあの人物の今後が末恐ろしいよッ。
わりと躊躇いなく「よし、この能力を使おう!」と判断できる冷酷さ……とんだモンスターを世に放ってしまった気持ちにしかならなくて心配です。
話はパラノマサイトの真エンド後日談なので若干ネタバレになると思います。
よーろしーくねー。
『黄昏を歩くもの』
本所連続怪死事件か……。
あぁ、知ってるよ。何もない公園で若い女性の溺死体が見つかったっていうあの事件だろ。
確か当時は一週間程度の間で自殺した女子高生がいたり、心臓麻痺で死んだらしい刑事さんがいたりしたものだから一時は連続殺人事件なんじゃないか、なんて騒がれたみたいだね。
最も実際は自殺だと思われてた女子高生はひき逃げ事故で、心臓麻痺だと思われていた刑事さんは毒か何かを盛られて死んだって話だろう。
そして、刑事を毒殺した犯人が公園で変死した若い女だった……って話になってるんじゃないかな。
そう、表向きはね。
随分詳しいと思うかい?
いやぁ、実はあの頃俺は一応はまだ普通のサラリーマンをやっていてね、知ってるかい、ヒハクって石けんや化粧品を売る会社。そう、あの会社は墨田区にあって、俺もあの近所に住んでたのさ。
意外かい? ははッ、「そんな事はない」なんて気を遣わなくてもいいさ。自分だってしがないサラリーマンで一生を終えるつもりだってのに、何の因果か今はこんな商売してるんだから世の中わからないもんだよな。
ヒハクにいた頃は開発部にいてね。まだ新人だったが大きな仕事もいくつかこなして、俺が企画した商品もまだ世間に出回っていたりするんだぜ。なかなかのやり手だろう?
あの頃は自分がこのまま会社勤めをして、どこかで出会った相手と結婚して夢のマイホームを手に入れて、子供が2,3人いる生活なんかを漠然と思い描いていたもんだよ。
見ての通り、何も叶っちゃいないけどもね。
それに、あの事件で死んだ若い女ってのは俺の顔見知りだったんだよ。
顔見知り……なんて言うのは生やさしい、運命の相手ってのかね。
あぁ、別に死んだ女が恋人だったとかそういうのじゃ無いよ。
彼女とは何もなかった。結構美人で快活でさ、ちょっと天然っぽいところもあるが中々に気立てがよくてあの頃の俺は「恋愛して結婚するならこんな相手がいいな」なんて思ったりもしたのは正直なところだよ。
一目惚れとは違うんだが、最初合った時から他人とは違う感情を抱いたのは間違いなかったね。そういう意味では本当に運命だったと思うよ。
最も、俺と彼女は出会ってはいけない。
出会った限り、どちらかが死ぬ世界しかこの先に存在しない、そんな運命の相手だった訳なんだけどね。
ま、大体わかるだろ。
あの事件で彼女が死んだ時、俺の霊力が開花した……なんて言えば、おおよそ何があったのかなんてね。
霊力ってのは生まれながらにして強い、弱いってのがある程度決まっていて例え修行などしても元々もっている才能が大きく伸びる訳じゃないらしいんだが、俺の場合は生まれもって普通の人間よりずっとデカい力をもっていてね。
普通だったらもっと若いうちに何かしらの怪異や霊障に巻き込まれて能力が開花しているらしいんだが、どういう訳か四半世紀生きるまでそんな事件ととんと無縁で生きていてね。
きっとあの事件がなければ、俺はずっと普通野サラリーマンをやっていたのかもしれないな。
なんて、自分で言っててどうだろうな。俺は普通より霊力が強いから、何処かしらでやっぱり厄介ごとに巻き込まれていたかもしれないな。
何でもこの手の能力ってのは見えている・聞こえている・感じているってのを意識してないと自分がそういった能力を持っている事にすら気付かないらしいんだ。
ほら、子供の頃から当たり前に幽霊なんかを見ていれば、それが別段珍しい事でもないだろう。親兄弟や友達にそれが見えてないなんて気付く事すら無いんだ。 もっていたって意識をそっちに向けなければそれが見えているとは思わない……。
アンタもこういう事ないか?
自分が足なんかを怪我して松葉杖になった時、非道く不便で困ったと思って生活した後に世間には随分と沢山松葉杖の人間がいるのだと思った事とか。ハンカチを落としてハンカチがないか探しながら歩いていたら、似たようなハンカチがやたら落ちているように見えるなんて経験だよ。
あれは実際、松葉杖の人間も落ちてるハンカチの数も今まで生活してきた中とさして変わっていないんだ。ただ、自分が意識してそれを見るようになったってだけさ。
霊やら呪詛やらが見える見えないってのもソレに近いもんでね、今まで見えていても意識していなかっただけで気にならなかったけれども一度見えるように気にすると色々と見えてくるようになっちまう、そういう面倒なモノなんだよ。
見えているくせに気付いてないだけで意識をきちんとそちら側に向ければ見えるようになる……ってのは、俺の能力を最初に見いだしてくれた相手の言葉さ。
今でも彼女の言葉を心に留めて意識して見るようにしてるからこのヘンテコな力もなんとかサマになってきたって訳だね。
彼女は俺にオカルトが何たるか、その全てを教えた訳ではないが彼女の言葉にある断片は今でも結構役に立ってる。それを考えると、彼女が俺にとって最初のオカルト師匠ってところかな。
最も、その彼女こそ俺が最初に呪い殺した相手なんだけどな。
さっきも少し触れたけど、本所連続怪死事件は実際は連続でも何でもない、それぞれ無関係の事件が偶然短期間で重なっただけのものだったのさ。
きっかけの女子高生自殺騒動は、彼女のクラスメイトと彼女に対して親身に相談に乗っていた刑事の働きかけで実は事故死だと明らかになった。
彼女の事故死を皮切りに、前年にあった誘拐事件の犯人も逮捕されたんだっけ。
まだ11歳の少年が誘拐され殺害されるなんて痛ましい事件があり、その事件に加担した罪滅ぼしのつもりで少女はどんな辱めにも耐え、そして事故死した……。
今思い出しても痛ましい事件だよな。誰も救われることはない、少年も少女も大人たちの都合に振り回された悲しい事件だよ。
だけれどもあの頃は誘拐事件がわりと多かったんだよな。殺害された子供も多い、そんな時代だった。
今、日本では誘拐事件の検挙率はほぼ10割に近い数字になっているそうだよ。あの頃と比べれば情報に対してのリテラシーってのも高くなってきているし、出来る事なら二度とあんな事件は起きてほしくないもんだね。
さて、旧安田庭園での警察官の殉職がそれに続いたんだったか。
実はこの殉職した刑事が、先に事故死した女子高生に対し親身に相談にのっていた刑事さんだったらしいよ。彼は近所でも評判の名物刑事で、かなり強面だが非行少年や行き場野無い少女たちに積極的に声をかけ居場所をつくってあげてたらしい。
型破りなところもあり問題行動も多かったようだが、亡くなった彼を惜しむ声は俺もよく聞いたものだよ。
同時に……これはあまり知られてないことだけど、彼は高名な陰陽師の末裔だったらしい。
末裔だからといって妖術の類いが使えた訳ではないみたいだけどもね。もし使えてたら警察官じゃなく、俺と同業者だったのかもしれないな。彼の家族は拝み屋のような仕事も請け負っていたみたいだから。最も、彼はそんな親の商売を胡乱な仕事だと見ていて随分と反発したようだけど。
警察官になったのも、お天道様に背く事のない日の当たる仕事をしたかったってのはあるのかもしれないね。
はは、自分で言うのもなんだけどさ。呪術師とか、陰陽師とか霊媒師なんていう仕事はおおよそお日様の下を堂々と歩ける仕事ではないからね。
錦糸堀公園で死んだ女性は……表向きは家事手伝い。だがその正体は……。
かつて隆盛を極めた陰陽師の末裔で、呪術や妖術のたぐいを巧みに操る魔性の娘だったと言われているね。
表向きの事件としては、警察官に恨みをもった女が彼を毒殺し自分も罪の意識から薬品を用いて自死したなんてストーリーが出来ていると思うが、警察官を殺したのはたぶんあの女だよ。呪術で呪い殺したんだ、間違いない。彼女の能力はそれくらい出来ていたし、彼女は正当な陰陽師の末裔だ。先祖の残した呪術の中に心臓を止めるような暗殺に使える物騒な呪術もいくつか残っていたからね。
それじゃなくても、彼女が服毒自殺したというのはおかしいんだ。
彼女の死因は溺死だけど、錦糸堀公園には池や噴水は無いんだぜ。公園で溺死だなんてどれだけ水を飲まされたらそんな事になるんだと思う? しかも彼女は衣服が濡れた様子すらなかったんだ。それだってのに臓腑は水浸しだっていうんだから異常だろう。
当時は今のようにカガク捜査ってのは発展してなかったが、今だったらきっと彼女の肺から出てきた水も調べられてたんだろう。そしてもっと異常な事がわかってたに違いないさ。彼女の身体を満たした水は、鮒なんかが釣れる堀の水だったろうからね。
何でそんな事を言うんだって顔をしているなぁ。錦糸堀公園は知ってるか?
あぁ、あまり墨田区の方には詳しくないのか。そうだな、普段はH市に住んでるなら墨田区は随分と遠いもんな。
じゃあ「本所七不思議」ってのは知ってるか?
知らない? あぁ、確かに本所七不思議なんて言い方じゃピンと来ないよな。でも「置いてけ堀」って話なら聞いた事あるだろう。
草木も眠る丑三つ時、釣りすることを禁じられた堀で釣りをしてたら入れ食い状態。ゴキゲンで魚籠いっぱいの魚をもって帰ろうとしたら、どこからともなく「置いてけ」と声が聞こえる。振り返っても誰もなく……なんて話、聞いた事があるんじゃないのか。
聞いた事なくたって「置いてけぼりにされた」なんて言葉、使った事あるだろう? そう、その語源が置いてけ堀さ。
置いてけ堀は人々が噂をし変化して語られた物語の一編だが、本物の置いてけ堀は悲しい子供の怨念だ。
両親を謀殺され、たった一人残された子供が溺れ死んだ悲しみから生み出されたその悲しみと苦しさを呪詛として封じた存在で、ちょいと呪詛を囓っていれば他人を簡単に溺死させることができるという危険な代物だよ。
最も、すでに解呪は済んでいてもう誰も彼女の呪詛を扱う事は出来ないだろうけどね。
おっと、気がついたのなら察しがいい。
そう、錦糸堀公園で死んだ若い女性はその時、置いてけ堀の呪詛を使おうとしたのさ。
他でもない、この俺にね。
そして俺は、ほとんど無意識に呪詛返しをした……。
彼女が死んだのは、そういった理由だよ。
なーんて言う話は普通なら鼻で笑われるんだけどね。
アンタはそうでもないだろ? 俺の所に俺の能力を求めてきたんなら、同じ穴の狢だ。こういった力に頼り、時に翻弄され影を生きていく命運を背負っているんだろうからな。
とにかくそれがきっかけで俺の能力は目覚めちまったという訳だ。
えっ?
それまで何ら霊能力に目覚めてもいない素人が呪詛返しなんて出来るものかって?
それを言われると弱いな……アンタ、思ったよりコッチに詳しい感じかい?
確かにいきなりの呪詛返しなんてただ霊力が人より高いってだけの俺だったら無理だろうね。
だけど俺は一族を破門された陰陽師の血を引いていてね、ご先祖様の思し召しがあり閃いたように呪詛返しを起こすことが出来ていたって訳さ。
しかも俺が殺した相手は、俺のご先祖様にあたる人物の仇敵みたいな存在でね。
あの子が俺を呪い殺そうとした時、俺の中で眠っていたご先祖様の意識が覚醒し、それから俺の身体全体をそれまで知らなかった知識が駆け巡って、俺を呪い殺そうとした彼女より先んじて、彼女の呪いをはじき返す事が出来たって訳さ。
全てはご先祖様の意志ってヤツかな。
あぁ、ご先祖様は本所で少しばかり厄介な事件に巻き込まれていてね。
そこで何があっても封印したい秘術があり、その秘術を全て消し去るために現代まで残る儀式を施していたのさ。その儀式に必要な楔の一つが俺であり、俺はその儀式の依り代になることで霊力や知識に目覚めたって感じかな。
……お、蘇りの秘術についてアンタも知ってるのか。
そうだよなぁ、あの頃ちょっと騒ぎになったもんな。当時はオカルトブームだったし、心霊写真や呪いのナンタラってのがよくテレビでもやってたもんな。
あとUFOとか、イエティとかそんなのも探しに行ってたっけ。
ご先祖様は蘇りの秘術を確かに完成させていたが、そのせいでかなり騒ぎをおこしちゃってな。自分がこんなもの残したから遺恨になってしまったのを悔やみ、二度と使われないよう封印を施していたのさ。
俺は……ご先祖様の知識や記憶を断片的に継承しちゃってるからね。
蘇りの儀式が何たるものか、何が必要でどんな儀式をするのかってのはボンヤリと理解してるんだが、アレは蘇りという魅惑の言葉で人間の感情をひどくあおり立てる危険な秘術だ。関わった人間を全て不幸にしちまうし、ご先祖様が苦労して封じ込め消し去った秘術だ。今さら俺が紐解いてみようなんて思わないよ。
そもそも「蘇りの秘術」はご先祖様が完成させてるんだ。
もう出来るって分かっている術よりもまだ未完成の術を自分の手で作り出すって方がロマンがあるとは思わないか?
えっ、思わない? まぁそうか、普通は妖術・呪術の類いで現実を超越しようなんざ思わないもんなぁ。
だけど俺はちょっと目指してるんだぜ、新しい妖術。そうだな、時を超える妖術なんて面白そうじゃないか。過去や未来に行ったり来たりして、人生のやり直しをするとか人類の夢じゃなおいか。
まぁ、ともかくあの事件は俺にとって忘れられない事件だよ。
何せ俺をただのサラリーマンから一流の霊媒師に覚醒させた事件であり、俺がこんな因果な稼業に足を踏み入れるきっかけになった出来事だからね。
ホント、それまで普通の会社員だったんだぜ。
それが一瞬で名うての霊媒師だ。不思議なもんだがこういうことってコッチの業界じゃよくあることだよな?
呪具に触れた瞬間、それの秘めたる怨念が身体の中に流れこみ一瞬で物事を理解するとか、聞いた事もない呪詛の言葉を自然とつぶやけるようになるなんて、オカルト囓っていればそれほど珍しい事じゃないさ。
そもそも呪いってのは魂に存在しない知識や記憶を刻んでいくものだからね。突然に知らなかった知識を得る、到底知り得るはずのない話を知る……なんて、アンタも俺に相談しにくる身の上なら一度や二度はあったんじゃないのか?
えぇっ、まだない?
ははっ、そりゃいいや。これからあるかもしれないから、楽しみにするといいさ。
最も、俺はご先祖様から受けた知識は断片的でね。
妖術云々や呪詛に関しては、死んだ彼女の残したノートなんかを譲り受けて得たものさ。
ご先祖様からすれば仇敵の知識を得るなんて図々しいヤツだと思われるかもしれないけど、当時の俺にとってこの手の話に一番詳しいのは彼女だったし、彼女の両親も死んだ娘の奇妙な趣味には辟易してたみたいだからね。
俺が同じ趣味だったと伝えれば、秘術やら呪詛についてまとめた手記はほとんど譲ってもらえたよ。娘が書いたものだから、どんな不気味な代物でも捨てるのは忍びなかったんだろう。
おかげで霊力に目覚めたばかりでも、身を守る術には困らなかったよ。その点は彼女に感謝してるかな。
んー……独身なのは別に彼女への罪滅ぼしって訳じゃないさ。
そりゃぁ彼女は可愛かったし、話していて気も合った。
今でももし、彼女が呪術なんて興味を持たず普通に暮らしていたのなら……そういう彼女に出会っていたら、俺も普通に恋をしてさ。ボーリングに行ったり映画館に行ったりして付き合ってた可能性はちょっとくらいあったんじゃないかなんて思う事もあるよ。
でも彼女は俺と出会った時、もうどっぷり呪術に使ったいっぱしの呪術師だった。
しかもつい一昨日、人を一人呪い殺してケロっとしてる有様だ。
外法に染まった魂は、もう元には戻らない……新鮮なキュウリをぬか漬けにして、元のキュウリに戻せっていってもどだい無理な話だろう? それと同じで外法に染まった人間の魂はただ穢れて腐り落ちるだけ……。
つまるところ、こんな商売に足を踏み入れた時点で俺なんかはもうロクデナシって訳さ。
だからアンタはあんまり深入りするんじゃ無ぇぞ。待っている人間がいるのなら、この商売は穢れがすぎるからな。
俺かい? 俺は最初から呪詛返しで一人殺す事から始まってるんだ。
今さら清らかに生きれるなんて思っちゃいないさ。
勿論、自分なりに正義もあるし倫理観だってある。今だって呪詛を使える立場だが一応は正義の味方として慎ましくやってるつもりだよ。
だけど世の中には慎ましくやれない過激な連中ってのはどうしてもいるだろう?
法律では裁けないような存在や、常識から逸脱したナニカは確かにある。
そういう時は俺みたいな人間が必要になる訳だし、この世の道理を話し合う暇もない事だって少なくない。
だから俺みたいな人間も、この世界には必要なんだ。
何人もいちゃいけないだろうけどな。
だからまぁ……アンタはコッチ側の才能がそこそこありそうだが、俺みたいなヤツにはならないでくれよ。
ほら、俺はこんな性分だから罪業背負って魂穢し地獄の底に墜ちるのも当然至極でございますって感じだしそれで悲しむヤツなんて誰もいない身軽な性分だけど、アンタはそうでも無さそうだからな。
さて、長話はこれくらいにしてそろそろちょっと視てみるか……。
いやはや、だが視る前からこんなに憂鬱になるほど強い呪詛ってのは久しぶりだなァ。 しかもこの呪いは随分と混ざっている。 一つや二つの感情じゃない、幾人もの。ひょっとしたら幾十人、幾百人もの恐怖、悲しみ、恨み、妬みなんて感情が集まって出来た負の楔ってやつだ。
いやはや、これは人間のなせる技じゃないだろう。
これだけの感情を背負ったらまともな人間ならとっくに頭のネジが外れておかしくなっちゃってるだろうから、この呪詛を扱ってるのは人間じゃぁ無いんじゃないか?
おっと、アンタ、心当たりがあるって感じだな。
ともかく、コレはちょっとばかり難題だぞ。
アンタの身体に浮き出てる痣は紛れもなく呪詛だが、簡単に取り外す事は出来そうにない。もっと言えば軽率に手を出すと、アンタの命を奪いかねないって代物さ。
浮き出ている痣こそほんの少しだがその痣は身体全体に毒素のように回っていて、無理矢理に浄化しようとしたら身体の中にある血や神経が全部抜かれたみたいにイカれてしまいオダブツだ。
無理矢理に剥がすと命に関わるほど、アンタの魂に食い込んでるって有様だよ。
かといって呪詛返しも出来やしないのは、この呪詛の持ち主が死に至る事のない命なき存在だからだろうな。
人間のもつ因業という因業を身体に注いだ依り代……人形か?
この呪詛の持ち主は人間が深い業をこめて作った人形……そうでも思わないと納得できない程に無機質で厄介で、だが美しい呪詛だな。
ははっ、人間の身体だとこんな綺麗な呪詛を作るのは難しいだろうな。
人間の身体は個性がありすぎるから左右非対称だし身体にもズレがある。その身体を通して呪詛を作ればどうしても何処かしらに歪みというのが生まれるからな。
さて、頼ってくれて申し訳ないがこいつは俺の手に余る。
他の呪術師をあたってくれと言いたい所だが、これでも俺は当代一の呪術師って自負があるからなぁ。俺がダメだって言うんなら、他の何処に駆け込んでも徒労に終わる事だろう。
俺自身が呪詛の元をたどってやってもいいんだが、俺のやり方はどうにも少し荒っぽくてね。何でもかんでも最後にはぶち壊して無かった事にするとなると被害もそれなりに出てしまうから、対処はアンタ本人がしたほうが良さそうだ。
アンタ自身が自分のために、開いた呪詛へ決着をつけるのがいい。
大体のところ、呪われたって時は俺のような第三者が無理矢理に引っぺがすよりちゃんと当人が向き合って寄り添い膝つき合わして見た方がいい解決になるってのが存外と多いのさ。
見たところ、アンタけっこう才能ありそうだしな。
あぁ、霊能力ってだけならアンタより霊感が強いヤツはごまんといるだろうが、アンタは怪異と人間の常識との境界線がちょっとばかり曖昧なところがある。 霊や怨霊といったモノに深い理解があり、相手のことを慮れる力があるタイプなんだ。
俺みたいにやれ呪詛だ、やれ妖術だで札やら結界を張る事で無理矢理に追い出したりひっぱたいて消し飛ばしたりしない。寄り添って一緒に涙を流し清らかに消し去る力がある風に見えるから、俺が出しゃばるよりもっと良い結果が残せるんじゃないかって思うんだよな。
アンタの身体に穿たれた楔は、悲しみや苦しみを増幅させ呪詛をもたらす起動装置みたいなもんだ。都度それに寄り添い、対話し、死者の無念や心残りを晴らしていけば少しずつ薄くなっていく……。
霊ってのは正体が知れないモンだからね。
初めて見る時はそりゃぁ恐ろしいだろうし、意味もわからず呪いを行使しこちらの平穏な生活を蹂躙してくるあいつらのやり方は憤ろしくも思うだろう。
それでも理解し、向き合う気持ちがあるのならアンタなら何とかなる。
そうしていれば自ずとアンタに呪詛をかけた相手を引きずり出す事が出来るだろう。
ま、そのために下準備は必要だから今から言う事をメモに残しておくといい。それだけ強い呪詛の持ち主にゃ、こっちも強い浄化の力で対応しないといけないからな。
あるだろ、祖先から伝わったお守りやら仏像やら何やら。それを清められた土地に置くと効果も出るだろうだろうからまず、清めをしておくといい。
確かアンタはH市の人間だったよな?
だったら清めに相応しい場所に地図でマルつけておいてやるから行ってみるといい。 ついでにH市で少しばかり陰の気配が強い場所にもマルつけておくか……この学校、もう廃校かな? ここは少しばかり地脈の流れがよくない上に今も強い陰の気が渦巻いているから一つ二つではない怪異がおこるかもしれないなぁ。
あとはこの山? 公園か何かになってるのか? ここもまずい、この周辺に大きな影響を及ぼしてるから危険だな。それに、このあたりに地下道があるようだがこっちもまずい。
繁華街ではこのへんか……よし、まぁこんな所だ。
ここは危険であるが虎穴に入らずんば虎児を得ず、なんて言葉もある。行ってみれば何かしらおこるかもしれないが、無理にとはいわないよ。
ただ、待っていれば自然と解決してくれるってほど呪詛は甘くないからな。早めに対処をするのがオススメだ。
最もアンタの呪いは、アンタの人生何もかも蝕んでいくタイプの代物だ。
ひょっとしたら俺とこうして会話したことすら忘れていってしまうかもしれないが……。
ともかく、俺のところに来た限りは安心するといい。
俺たちのような呪術師は基本的に大きな事が起こらぬよう抑えるのが仕事だからな。 もしアンタが斃れたとしてもこれ以上非道くならないよう後始末はしておいてやるよ。
どうだ、自分一人で呪いを背負わなくていいってだけで幾分かは安心しないか?
なぁにそんな思い詰めた顔はするなって。
俺は見ての通り、一人で何でもしなきゃいけない立場だ。仲間なんて呼べる相手も連めるヤツもいない……俺の呪詛は少しばかり強すぎて、どうしても他人を巻き込んでしまうからな。下手に相棒だ、助手だなんて雇ったらソイツを巻き込んで殺してしまうかもしれない、難儀な能力なんだよ。
だけどアンタは違うだろう。
アンタは誰かに助けてもらい、協力して立ち向かう事が出来る……まだ完全にこっち側ではない、黄昏を歩いている身の上だ。 その境遇を利用して、沢山の人に助けてもらえれば思ったよりは簡単に事が成せるんじゃないかな。
人間は一人じゃ生きていけないし、誰かとの絆は時に奇跡も生むもんだ。
羨ましいもんだよ。誰かとともに歩いて行ける、闇に生きなくても良い人間ってのはね。
俺はもう、そっち側には戻れないからな。
それじゃぁ、覚えてたらまた会おう。
心配するな、アンタはそこまで弱くない。幸運を祈ってるよ。
願わくば、どうか生き延びてくれ。
それと、こっち側には墜ちるなよ。
本所連続怪死事件か……。
あぁ、知ってるよ。何もない公園で若い女性の溺死体が見つかったっていうあの事件だろ。
確か当時は一週間程度の間で自殺した女子高生がいたり、心臓麻痺で死んだらしい刑事さんがいたりしたものだから一時は連続殺人事件なんじゃないか、なんて騒がれたみたいだね。
最も実際は自殺だと思われてた女子高生はひき逃げ事故で、心臓麻痺だと思われていた刑事さんは毒か何かを盛られて死んだって話だろう。
そして、刑事を毒殺した犯人が公園で変死した若い女だった……って話になってるんじゃないかな。
そう、表向きはね。
随分詳しいと思うかい?
いやぁ、実はあの頃俺は一応はまだ普通のサラリーマンをやっていてね、知ってるかい、ヒハクって石けんや化粧品を売る会社。そう、あの会社は墨田区にあって、俺もあの近所に住んでたのさ。
意外かい? ははッ、「そんな事はない」なんて気を遣わなくてもいいさ。自分だってしがないサラリーマンで一生を終えるつもりだってのに、何の因果か今はこんな商売してるんだから世の中わからないもんだよな。
ヒハクにいた頃は開発部にいてね。まだ新人だったが大きな仕事もいくつかこなして、俺が企画した商品もまだ世間に出回っていたりするんだぜ。なかなかのやり手だろう?
あの頃は自分がこのまま会社勤めをして、どこかで出会った相手と結婚して夢のマイホームを手に入れて、子供が2,3人いる生活なんかを漠然と思い描いていたもんだよ。
見ての通り、何も叶っちゃいないけどもね。
それに、あの事件で死んだ若い女ってのは俺の顔見知りだったんだよ。
顔見知り……なんて言うのは生やさしい、運命の相手ってのかね。
あぁ、別に死んだ女が恋人だったとかそういうのじゃ無いよ。
彼女とは何もなかった。結構美人で快活でさ、ちょっと天然っぽいところもあるが中々に気立てがよくてあの頃の俺は「恋愛して結婚するならこんな相手がいいな」なんて思ったりもしたのは正直なところだよ。
一目惚れとは違うんだが、最初合った時から他人とは違う感情を抱いたのは間違いなかったね。そういう意味では本当に運命だったと思うよ。
最も、俺と彼女は出会ってはいけない。
出会った限り、どちらかが死ぬ世界しかこの先に存在しない、そんな運命の相手だった訳なんだけどね。
ま、大体わかるだろ。
あの事件で彼女が死んだ時、俺の霊力が開花した……なんて言えば、おおよそ何があったのかなんてね。
霊力ってのは生まれながらにして強い、弱いってのがある程度決まっていて例え修行などしても元々もっている才能が大きく伸びる訳じゃないらしいんだが、俺の場合は生まれもって普通の人間よりずっとデカい力をもっていてね。
普通だったらもっと若いうちに何かしらの怪異や霊障に巻き込まれて能力が開花しているらしいんだが、どういう訳か四半世紀生きるまでそんな事件ととんと無縁で生きていてね。
きっとあの事件がなければ、俺はずっと普通野サラリーマンをやっていたのかもしれないな。
なんて、自分で言っててどうだろうな。俺は普通より霊力が強いから、何処かしらでやっぱり厄介ごとに巻き込まれていたかもしれないな。
何でもこの手の能力ってのは見えている・聞こえている・感じているってのを意識してないと自分がそういった能力を持っている事にすら気付かないらしいんだ。
ほら、子供の頃から当たり前に幽霊なんかを見ていれば、それが別段珍しい事でもないだろう。親兄弟や友達にそれが見えてないなんて気付く事すら無いんだ。 もっていたって意識をそっちに向けなければそれが見えているとは思わない……。
アンタもこういう事ないか?
自分が足なんかを怪我して松葉杖になった時、非道く不便で困ったと思って生活した後に世間には随分と沢山松葉杖の人間がいるのだと思った事とか。ハンカチを落としてハンカチがないか探しながら歩いていたら、似たようなハンカチがやたら落ちているように見えるなんて経験だよ。
あれは実際、松葉杖の人間も落ちてるハンカチの数も今まで生活してきた中とさして変わっていないんだ。ただ、自分が意識してそれを見るようになったってだけさ。
霊やら呪詛やらが見える見えないってのもソレに近いもんでね、今まで見えていても意識していなかっただけで気にならなかったけれども一度見えるように気にすると色々と見えてくるようになっちまう、そういう面倒なモノなんだよ。
見えているくせに気付いてないだけで意識をきちんとそちら側に向ければ見えるようになる……ってのは、俺の能力を最初に見いだしてくれた相手の言葉さ。
今でも彼女の言葉を心に留めて意識して見るようにしてるからこのヘンテコな力もなんとかサマになってきたって訳だね。
彼女は俺にオカルトが何たるか、その全てを教えた訳ではないが彼女の言葉にある断片は今でも結構役に立ってる。それを考えると、彼女が俺にとって最初のオカルト師匠ってところかな。
最も、その彼女こそ俺が最初に呪い殺した相手なんだけどな。
さっきも少し触れたけど、本所連続怪死事件は実際は連続でも何でもない、それぞれ無関係の事件が偶然短期間で重なっただけのものだったのさ。
きっかけの女子高生自殺騒動は、彼女のクラスメイトと彼女に対して親身に相談に乗っていた刑事の働きかけで実は事故死だと明らかになった。
彼女の事故死を皮切りに、前年にあった誘拐事件の犯人も逮捕されたんだっけ。
まだ11歳の少年が誘拐され殺害されるなんて痛ましい事件があり、その事件に加担した罪滅ぼしのつもりで少女はどんな辱めにも耐え、そして事故死した……。
今思い出しても痛ましい事件だよな。誰も救われることはない、少年も少女も大人たちの都合に振り回された悲しい事件だよ。
だけれどもあの頃は誘拐事件がわりと多かったんだよな。殺害された子供も多い、そんな時代だった。
今、日本では誘拐事件の検挙率はほぼ10割に近い数字になっているそうだよ。あの頃と比べれば情報に対してのリテラシーってのも高くなってきているし、出来る事なら二度とあんな事件は起きてほしくないもんだね。
さて、旧安田庭園での警察官の殉職がそれに続いたんだったか。
実はこの殉職した刑事が、先に事故死した女子高生に対し親身に相談にのっていた刑事さんだったらしいよ。彼は近所でも評判の名物刑事で、かなり強面だが非行少年や行き場野無い少女たちに積極的に声をかけ居場所をつくってあげてたらしい。
型破りなところもあり問題行動も多かったようだが、亡くなった彼を惜しむ声は俺もよく聞いたものだよ。
同時に……これはあまり知られてないことだけど、彼は高名な陰陽師の末裔だったらしい。
末裔だからといって妖術の類いが使えた訳ではないみたいだけどもね。もし使えてたら警察官じゃなく、俺と同業者だったのかもしれないな。彼の家族は拝み屋のような仕事も請け負っていたみたいだから。最も、彼はそんな親の商売を胡乱な仕事だと見ていて随分と反発したようだけど。
警察官になったのも、お天道様に背く事のない日の当たる仕事をしたかったってのはあるのかもしれないね。
はは、自分で言うのもなんだけどさ。呪術師とか、陰陽師とか霊媒師なんていう仕事はおおよそお日様の下を堂々と歩ける仕事ではないからね。
錦糸堀公園で死んだ女性は……表向きは家事手伝い。だがその正体は……。
かつて隆盛を極めた陰陽師の末裔で、呪術や妖術のたぐいを巧みに操る魔性の娘だったと言われているね。
表向きの事件としては、警察官に恨みをもった女が彼を毒殺し自分も罪の意識から薬品を用いて自死したなんてストーリーが出来ていると思うが、警察官を殺したのはたぶんあの女だよ。呪術で呪い殺したんだ、間違いない。彼女の能力はそれくらい出来ていたし、彼女は正当な陰陽師の末裔だ。先祖の残した呪術の中に心臓を止めるような暗殺に使える物騒な呪術もいくつか残っていたからね。
それじゃなくても、彼女が服毒自殺したというのはおかしいんだ。
彼女の死因は溺死だけど、錦糸堀公園には池や噴水は無いんだぜ。公園で溺死だなんてどれだけ水を飲まされたらそんな事になるんだと思う? しかも彼女は衣服が濡れた様子すらなかったんだ。それだってのに臓腑は水浸しだっていうんだから異常だろう。
当時は今のようにカガク捜査ってのは発展してなかったが、今だったらきっと彼女の肺から出てきた水も調べられてたんだろう。そしてもっと異常な事がわかってたに違いないさ。彼女の身体を満たした水は、鮒なんかが釣れる堀の水だったろうからね。
何でそんな事を言うんだって顔をしているなぁ。錦糸堀公園は知ってるか?
あぁ、あまり墨田区の方には詳しくないのか。そうだな、普段はH市に住んでるなら墨田区は随分と遠いもんな。
じゃあ「本所七不思議」ってのは知ってるか?
知らない? あぁ、確かに本所七不思議なんて言い方じゃピンと来ないよな。でも「置いてけ堀」って話なら聞いた事あるだろう。
草木も眠る丑三つ時、釣りすることを禁じられた堀で釣りをしてたら入れ食い状態。ゴキゲンで魚籠いっぱいの魚をもって帰ろうとしたら、どこからともなく「置いてけ」と声が聞こえる。振り返っても誰もなく……なんて話、聞いた事があるんじゃないのか。
聞いた事なくたって「置いてけぼりにされた」なんて言葉、使った事あるだろう? そう、その語源が置いてけ堀さ。
置いてけ堀は人々が噂をし変化して語られた物語の一編だが、本物の置いてけ堀は悲しい子供の怨念だ。
両親を謀殺され、たった一人残された子供が溺れ死んだ悲しみから生み出されたその悲しみと苦しさを呪詛として封じた存在で、ちょいと呪詛を囓っていれば他人を簡単に溺死させることができるという危険な代物だよ。
最も、すでに解呪は済んでいてもう誰も彼女の呪詛を扱う事は出来ないだろうけどね。
おっと、気がついたのなら察しがいい。
そう、錦糸堀公園で死んだ若い女性はその時、置いてけ堀の呪詛を使おうとしたのさ。
他でもない、この俺にね。
そして俺は、ほとんど無意識に呪詛返しをした……。
彼女が死んだのは、そういった理由だよ。
なーんて言う話は普通なら鼻で笑われるんだけどね。
アンタはそうでもないだろ? 俺の所に俺の能力を求めてきたんなら、同じ穴の狢だ。こういった力に頼り、時に翻弄され影を生きていく命運を背負っているんだろうからな。
とにかくそれがきっかけで俺の能力は目覚めちまったという訳だ。
えっ?
それまで何ら霊能力に目覚めてもいない素人が呪詛返しなんて出来るものかって?
それを言われると弱いな……アンタ、思ったよりコッチに詳しい感じかい?
確かにいきなりの呪詛返しなんてただ霊力が人より高いってだけの俺だったら無理だろうね。
だけど俺は一族を破門された陰陽師の血を引いていてね、ご先祖様の思し召しがあり閃いたように呪詛返しを起こすことが出来ていたって訳さ。
しかも俺が殺した相手は、俺のご先祖様にあたる人物の仇敵みたいな存在でね。
あの子が俺を呪い殺そうとした時、俺の中で眠っていたご先祖様の意識が覚醒し、それから俺の身体全体をそれまで知らなかった知識が駆け巡って、俺を呪い殺そうとした彼女より先んじて、彼女の呪いをはじき返す事が出来たって訳さ。
全てはご先祖様の意志ってヤツかな。
あぁ、ご先祖様は本所で少しばかり厄介な事件に巻き込まれていてね。
そこで何があっても封印したい秘術があり、その秘術を全て消し去るために現代まで残る儀式を施していたのさ。その儀式に必要な楔の一つが俺であり、俺はその儀式の依り代になることで霊力や知識に目覚めたって感じかな。
……お、蘇りの秘術についてアンタも知ってるのか。
そうだよなぁ、あの頃ちょっと騒ぎになったもんな。当時はオカルトブームだったし、心霊写真や呪いのナンタラってのがよくテレビでもやってたもんな。
あとUFOとか、イエティとかそんなのも探しに行ってたっけ。
ご先祖様は蘇りの秘術を確かに完成させていたが、そのせいでかなり騒ぎをおこしちゃってな。自分がこんなもの残したから遺恨になってしまったのを悔やみ、二度と使われないよう封印を施していたのさ。
俺は……ご先祖様の知識や記憶を断片的に継承しちゃってるからね。
蘇りの儀式が何たるものか、何が必要でどんな儀式をするのかってのはボンヤリと理解してるんだが、アレは蘇りという魅惑の言葉で人間の感情をひどくあおり立てる危険な秘術だ。関わった人間を全て不幸にしちまうし、ご先祖様が苦労して封じ込め消し去った秘術だ。今さら俺が紐解いてみようなんて思わないよ。
そもそも「蘇りの秘術」はご先祖様が完成させてるんだ。
もう出来るって分かっている術よりもまだ未完成の術を自分の手で作り出すって方がロマンがあるとは思わないか?
えっ、思わない? まぁそうか、普通は妖術・呪術の類いで現実を超越しようなんざ思わないもんなぁ。
だけど俺はちょっと目指してるんだぜ、新しい妖術。そうだな、時を超える妖術なんて面白そうじゃないか。過去や未来に行ったり来たりして、人生のやり直しをするとか人類の夢じゃなおいか。
まぁ、ともかくあの事件は俺にとって忘れられない事件だよ。
何せ俺をただのサラリーマンから一流の霊媒師に覚醒させた事件であり、俺がこんな因果な稼業に足を踏み入れるきっかけになった出来事だからね。
ホント、それまで普通の会社員だったんだぜ。
それが一瞬で名うての霊媒師だ。不思議なもんだがこういうことってコッチの業界じゃよくあることだよな?
呪具に触れた瞬間、それの秘めたる怨念が身体の中に流れこみ一瞬で物事を理解するとか、聞いた事もない呪詛の言葉を自然とつぶやけるようになるなんて、オカルト囓っていればそれほど珍しい事じゃないさ。
そもそも呪いってのは魂に存在しない知識や記憶を刻んでいくものだからね。突然に知らなかった知識を得る、到底知り得るはずのない話を知る……なんて、アンタも俺に相談しにくる身の上なら一度や二度はあったんじゃないのか?
えぇっ、まだない?
ははっ、そりゃいいや。これからあるかもしれないから、楽しみにするといいさ。
最も、俺はご先祖様から受けた知識は断片的でね。
妖術云々や呪詛に関しては、死んだ彼女の残したノートなんかを譲り受けて得たものさ。
ご先祖様からすれば仇敵の知識を得るなんて図々しいヤツだと思われるかもしれないけど、当時の俺にとってこの手の話に一番詳しいのは彼女だったし、彼女の両親も死んだ娘の奇妙な趣味には辟易してたみたいだからね。
俺が同じ趣味だったと伝えれば、秘術やら呪詛についてまとめた手記はほとんど譲ってもらえたよ。娘が書いたものだから、どんな不気味な代物でも捨てるのは忍びなかったんだろう。
おかげで霊力に目覚めたばかりでも、身を守る術には困らなかったよ。その点は彼女に感謝してるかな。
んー……独身なのは別に彼女への罪滅ぼしって訳じゃないさ。
そりゃぁ彼女は可愛かったし、話していて気も合った。
今でももし、彼女が呪術なんて興味を持たず普通に暮らしていたのなら……そういう彼女に出会っていたら、俺も普通に恋をしてさ。ボーリングに行ったり映画館に行ったりして付き合ってた可能性はちょっとくらいあったんじゃないかなんて思う事もあるよ。
でも彼女は俺と出会った時、もうどっぷり呪術に使ったいっぱしの呪術師だった。
しかもつい一昨日、人を一人呪い殺してケロっとしてる有様だ。
外法に染まった魂は、もう元には戻らない……新鮮なキュウリをぬか漬けにして、元のキュウリに戻せっていってもどだい無理な話だろう? それと同じで外法に染まった人間の魂はただ穢れて腐り落ちるだけ……。
つまるところ、こんな商売に足を踏み入れた時点で俺なんかはもうロクデナシって訳さ。
だからアンタはあんまり深入りするんじゃ無ぇぞ。待っている人間がいるのなら、この商売は穢れがすぎるからな。
俺かい? 俺は最初から呪詛返しで一人殺す事から始まってるんだ。
今さら清らかに生きれるなんて思っちゃいないさ。
勿論、自分なりに正義もあるし倫理観だってある。今だって呪詛を使える立場だが一応は正義の味方として慎ましくやってるつもりだよ。
だけど世の中には慎ましくやれない過激な連中ってのはどうしてもいるだろう?
法律では裁けないような存在や、常識から逸脱したナニカは確かにある。
そういう時は俺みたいな人間が必要になる訳だし、この世の道理を話し合う暇もない事だって少なくない。
だから俺みたいな人間も、この世界には必要なんだ。
何人もいちゃいけないだろうけどな。
だからまぁ……アンタはコッチ側の才能がそこそこありそうだが、俺みたいなヤツにはならないでくれよ。
ほら、俺はこんな性分だから罪業背負って魂穢し地獄の底に墜ちるのも当然至極でございますって感じだしそれで悲しむヤツなんて誰もいない身軽な性分だけど、アンタはそうでも無さそうだからな。
さて、長話はこれくらいにしてそろそろちょっと視てみるか……。
いやはや、だが視る前からこんなに憂鬱になるほど強い呪詛ってのは久しぶりだなァ。 しかもこの呪いは随分と混ざっている。 一つや二つの感情じゃない、幾人もの。ひょっとしたら幾十人、幾百人もの恐怖、悲しみ、恨み、妬みなんて感情が集まって出来た負の楔ってやつだ。
いやはや、これは人間のなせる技じゃないだろう。
これだけの感情を背負ったらまともな人間ならとっくに頭のネジが外れておかしくなっちゃってるだろうから、この呪詛を扱ってるのは人間じゃぁ無いんじゃないか?
おっと、アンタ、心当たりがあるって感じだな。
ともかく、コレはちょっとばかり難題だぞ。
アンタの身体に浮き出てる痣は紛れもなく呪詛だが、簡単に取り外す事は出来そうにない。もっと言えば軽率に手を出すと、アンタの命を奪いかねないって代物さ。
浮き出ている痣こそほんの少しだがその痣は身体全体に毒素のように回っていて、無理矢理に浄化しようとしたら身体の中にある血や神経が全部抜かれたみたいにイカれてしまいオダブツだ。
無理矢理に剥がすと命に関わるほど、アンタの魂に食い込んでるって有様だよ。
かといって呪詛返しも出来やしないのは、この呪詛の持ち主が死に至る事のない命なき存在だからだろうな。
人間のもつ因業という因業を身体に注いだ依り代……人形か?
この呪詛の持ち主は人間が深い業をこめて作った人形……そうでも思わないと納得できない程に無機質で厄介で、だが美しい呪詛だな。
ははっ、人間の身体だとこんな綺麗な呪詛を作るのは難しいだろうな。
人間の身体は個性がありすぎるから左右非対称だし身体にもズレがある。その身体を通して呪詛を作ればどうしても何処かしらに歪みというのが生まれるからな。
さて、頼ってくれて申し訳ないがこいつは俺の手に余る。
他の呪術師をあたってくれと言いたい所だが、これでも俺は当代一の呪術師って自負があるからなぁ。俺がダメだって言うんなら、他の何処に駆け込んでも徒労に終わる事だろう。
俺自身が呪詛の元をたどってやってもいいんだが、俺のやり方はどうにも少し荒っぽくてね。何でもかんでも最後にはぶち壊して無かった事にするとなると被害もそれなりに出てしまうから、対処はアンタ本人がしたほうが良さそうだ。
アンタ自身が自分のために、開いた呪詛へ決着をつけるのがいい。
大体のところ、呪われたって時は俺のような第三者が無理矢理に引っぺがすよりちゃんと当人が向き合って寄り添い膝つき合わして見た方がいい解決になるってのが存外と多いのさ。
見たところ、アンタけっこう才能ありそうだしな。
あぁ、霊能力ってだけならアンタより霊感が強いヤツはごまんといるだろうが、アンタは怪異と人間の常識との境界線がちょっとばかり曖昧なところがある。 霊や怨霊といったモノに深い理解があり、相手のことを慮れる力があるタイプなんだ。
俺みたいにやれ呪詛だ、やれ妖術だで札やら結界を張る事で無理矢理に追い出したりひっぱたいて消し飛ばしたりしない。寄り添って一緒に涙を流し清らかに消し去る力がある風に見えるから、俺が出しゃばるよりもっと良い結果が残せるんじゃないかって思うんだよな。
アンタの身体に穿たれた楔は、悲しみや苦しみを増幅させ呪詛をもたらす起動装置みたいなもんだ。都度それに寄り添い、対話し、死者の無念や心残りを晴らしていけば少しずつ薄くなっていく……。
霊ってのは正体が知れないモンだからね。
初めて見る時はそりゃぁ恐ろしいだろうし、意味もわからず呪いを行使しこちらの平穏な生活を蹂躙してくるあいつらのやり方は憤ろしくも思うだろう。
それでも理解し、向き合う気持ちがあるのならアンタなら何とかなる。
そうしていれば自ずとアンタに呪詛をかけた相手を引きずり出す事が出来るだろう。
ま、そのために下準備は必要だから今から言う事をメモに残しておくといい。それだけ強い呪詛の持ち主にゃ、こっちも強い浄化の力で対応しないといけないからな。
あるだろ、祖先から伝わったお守りやら仏像やら何やら。それを清められた土地に置くと効果も出るだろうだろうからまず、清めをしておくといい。
確かアンタはH市の人間だったよな?
だったら清めに相応しい場所に地図でマルつけておいてやるから行ってみるといい。 ついでにH市で少しばかり陰の気配が強い場所にもマルつけておくか……この学校、もう廃校かな? ここは少しばかり地脈の流れがよくない上に今も強い陰の気が渦巻いているから一つ二つではない怪異がおこるかもしれないなぁ。
あとはこの山? 公園か何かになってるのか? ここもまずい、この周辺に大きな影響を及ぼしてるから危険だな。それに、このあたりに地下道があるようだがこっちもまずい。
繁華街ではこのへんか……よし、まぁこんな所だ。
ここは危険であるが虎穴に入らずんば虎児を得ず、なんて言葉もある。行ってみれば何かしらおこるかもしれないが、無理にとはいわないよ。
ただ、待っていれば自然と解決してくれるってほど呪詛は甘くないからな。早めに対処をするのがオススメだ。
最もアンタの呪いは、アンタの人生何もかも蝕んでいくタイプの代物だ。
ひょっとしたら俺とこうして会話したことすら忘れていってしまうかもしれないが……。
ともかく、俺のところに来た限りは安心するといい。
俺たちのような呪術師は基本的に大きな事が起こらぬよう抑えるのが仕事だからな。 もしアンタが斃れたとしてもこれ以上非道くならないよう後始末はしておいてやるよ。
どうだ、自分一人で呪いを背負わなくていいってだけで幾分かは安心しないか?
なぁにそんな思い詰めた顔はするなって。
俺は見ての通り、一人で何でもしなきゃいけない立場だ。仲間なんて呼べる相手も連めるヤツもいない……俺の呪詛は少しばかり強すぎて、どうしても他人を巻き込んでしまうからな。下手に相棒だ、助手だなんて雇ったらソイツを巻き込んで殺してしまうかもしれない、難儀な能力なんだよ。
だけどアンタは違うだろう。
アンタは誰かに助けてもらい、協力して立ち向かう事が出来る……まだ完全にこっち側ではない、黄昏を歩いている身の上だ。 その境遇を利用して、沢山の人に助けてもらえれば思ったよりは簡単に事が成せるんじゃないかな。
人間は一人じゃ生きていけないし、誰かとの絆は時に奇跡も生むもんだ。
羨ましいもんだよ。誰かとともに歩いて行ける、闇に生きなくても良い人間ってのはね。
俺はもう、そっち側には戻れないからな。
それじゃぁ、覚えてたらまた会おう。
心配するな、アンタはそこまで弱くない。幸運を祈ってるよ。
願わくば、どうか生き延びてくれ。
それと、こっち側には墜ちるなよ。
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