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インターネット字書きマンの落書き帳

   
津詰と襟尾と実在性花子さんの話
津詰徹生と襟尾純が出る話です。
オレの趣味で襟尾の階級が「襟尾巡査部長」になってますが、巡査のような気がします。
都市伝説×刑事組というニュアンスで定番都市伝説の「花子さん」を書きました。
パラノマサイトの二次創作なんですけど、津詰も襟尾もメインというより「花子さん」という舞台装置の狂言回しみたいな立ち位置になってますがバグではなく仕様です。

自分でもわりと珍しいんですよね、こうやってキャラがメインではない二次創作を書くのは。
新鮮!

今回一緒に出ている「警視庁資料編纂室」という概念は「流行り神」に出てくる概念です。
未解決でも幽霊やUFOなんかを管理している部署ですが、ここでは普通に事件の資料を集めている倉庫みたいな場所になってます。

また、「警視庁史料編纂室にいる陰気くさい男」という概念は「アパシー 鳴神学園七不思議」の「荒井昭二」がモデルです。
陰気くさく不健康そうなインテリという概念を楽しんでください。

同時に陰気くさい男と連んでる彼の先輩にあたる強面という概念は「アパシー 鳴神学園七不思議」の「新堂誠」がモデルです。
敏腕なオカルト編集者という側面は「ぼぎわんが、来る」の「野崎昆」のイメージで書いてます。
粗暴でいかにも不良っぽいくせに異常に怪談に詳しい男という概念をお楽しみください。

オレのオカルト要素で好きなものを全部盛りました。
今日も「オレの大盛りラーメン二郎」をお楽しみください。



『あなたの街のハナコさん』

 それは津詰と襟尾が一仕事を終え軽く飲みに行った時の話である。
 店は非道く混んでおり、津詰と襟尾は四人席のテーブルで相席する事になった。
 一緒に座ったのはまだ年若い男の二人組で一人はスポーツを、恐らくは格闘技を学んでいそうな鋭い眼光の青年。もう一人は華奢で陰気そうな綺麗な顔立ちをした青年である。
 二人はどうやら高校時代の先輩後輩といった間柄で都内に出て仕事をするようになってからも時々会って話しをするのだそうだ。

「そういえばお二人は子供の頃、どんな怪談が流行りましたか?」

 ビールを注ぎながら陰気そうな男は言う。
 聞けば二人は昔から怪談や怖い話というのが好きで、映画でもビデオでも様々なホラー作品を見ては楽しむ仲間なのだという。

「都市伝説みたいな話でもいいぜ。何か面白い話あったら聞かせてくれよ、俺たちそういう話を聞くのが趣味みたいなもんだから」

 目つきの悪い青年はそう言いながら注文した料理をこちらにも差し出す。同じ席になったのも何かの縁だという事なのだろう。
 津詰はすすめられた鶏つくねを口にする。この店の創作料理か、つくねに叩いた梅干しをジャム状に塗って紫蘇で巻くという手間のかかった料理は少し塩辛いがだからこそ酒が進んだ。

「都市伝説ってのはアレだろ、口裂け女みてぇな奴だろ。学校の前でコートを着込んだ髪の長ェ女が、『私、綺麗?』なんてぇ聞いてくるっていう……」

 津詰は鶏つくねを食べながらそんな事を言う。
 マスクとコートをつけた髪の長い女性が「私、綺麗」と問いかけてくる。綺麗といえば「これでも綺麗?」と耳元まで裂けた口を開いてさらに迫ってくるのだ。「綺麗じゃない」「不細工だ」などと言ったらたちどころに相手を殺そうとするんだが、もし綺麗だといっても裂けた口を見て怯えたらやはり殺されるというのだからどちらを選んでも死ぬ、理不尽な相手である。

「知ってますよそれ、オレも子供の頃聞いた事あります。整形手術を失敗した女の人がそれを悔しさに子供のまえに姿を現すとか。あと、整形手術をした医者がすごくポマード臭くて、ポマードって言うと助かるって話もありましたよね」

 襟尾も串焼きを囓りながらそんな事を言っていた。
 聞けば聞くほど疑問ばかりでる内容である。
 どうして整形手術を失敗した顔をわざわざ子供に見せに来るのだろうか、失敗した医者に文句を言えばいいのだ。子供が綺麗だとか醜いと判断したからといって殺すなんてのも意味がわからない。ポマードが弱点というのもいったいどこから来た発想なのだろう。
 どこを取っても理不尽で反論材料ばかりがある奇妙な噂だと思うが、今はこの噂は全国に広まり知らない子供はいないというのだから不思議なものだ。

 勿論、整形手術が失敗して子供を襲うなんて事件は存在しないということを津詰は知っている。
 だが一時期コート姿の不審者が通学路に出るという話は噂にあがり警備を強化したことはあった。 模倣犯とまではいかないが、噂に乗じてよからぬ事を考えて悪戯半分に通学路へ立つような悪い輩はいたのだろう。

「そうですね、一説では口裂け女というのは母親を投影した都市伝説妖怪だと言われています」

 陰気そうな男は空になった津詰のグラスに気付くとビールを注いだ。

「女性の社会進出が話題になっていますが、まだ殆どの家では家庭を守るのは女性の仕事ですよね。子供は家に帰るといるのは当然母親です。長く顔を合わせていればぐうたら遊ぶ子供に苛立ち『宿題したの』『手を洗いなさい』なんて口うるさく言ってしまうものでしょう。また、親というのは時々に理不尽な質問をしてきます。『どうして怒られているのかわかる?』なんて、子供だと心当たりがありすぎてわからないのに、正解を言えないと非道く怒られたりする……そういった鬱屈さ、窮屈さを投影したからこそ口裂け女という概念は一斉に広がったのではないか、という説が先日、オカルト誌にも載ってましたよね」

 そこまで言うと男は自分のグラスにもビールを注いだ。ビールはグラスに半分も満たないうちに空になったのを見て、今度は襟尾が男のグラスにビールを注ぐ。

「へぇ、そういう噂も何かしら広まるのに理由とかあるんですね」

 襟尾の注いだビールも空になったのを見て、陰気そうな青年はさらに二本瓶ビールを追加した。それを横目にいかにも強面な男は山盛りのポテトをつまんだ。

「むしろ、そういった下地になる理由がないと広まらねぇもんなんだよそういった噂ってのはな。現実的に想像できる恐怖がねぇ話は根付きにくいんだ。口裂け女は下校中に会うってはなしだが、一人で帰るなんてことガキの時分ならいくらでもあるだろ。他にある噂もそう、二十歳まで覚えていてはいけない言葉なんて、誰だって当てはまる。合わせ鏡に自分の死に顔が映るとかも誰にだってできるマジナイみてぇなもんだ。この手の噂ってのは分かりやすい恐怖や誰にでも手が出る範囲の儀式じゃねぇと広がっていかねぇんだよ。心理的に共感できるとか、誰でも想像しやすい恐怖ってのが都市伝説の基本だからなァ」

 さらにポテトを頬張ると、男は津詰たちにもそれをすすめる。
 襟尾は興味深そうに強面の男を見ると彼にならって口いっぱいにポテトを入れて頬を栗鼠のように膨らませていた。

「不幸の手紙とか、あるだろ? 『この手紙を同じ内容で10人に送らないと不幸になります』 みたいな奴だ。あぁいう風に心理的に追い込みでもねぇ限り、ただ怖ェだけの話ってのはその時だけの与太話になっちまうもんなんだよ。誰にでも簡単に恐怖心を煽れる、あるいは誰でも簡単に呪いの対象になる、ってのが広がりやすい都市伝説の定番ってやつだな」

 津詰はビールを飲みながら、強面の男を見る。
 金色に染めた髪にピアスという出で立ちは会社員というよりもハードロックバンドかぶれに見えおおよそ幽霊など怖がりそうにもないが、見た目と違い随分とその手の話に精通しているようだ。津詰が不思議そうに見ているのに気付いたのだろう、男は苦笑いをしながら懐から名刺を取り出した。

「おいオッサン、見るからに西洋かぶれの風体が随分お化け好きだなぁとでも思ったか? 今はオカルトブームだからなァ。俺はこういう仕事してんだよ」

 名刺には津詰も聞いた事のあるオカルト雑誌の編集者という肩書きがついている。ピアスの穴を開けた奔放な服装をしていると思ったが出版業界の人間なら納得だ。普通の会社より服装の自由が随分と効くのだろう。
 これは後で知ったのだが、陰気そうな男が語る口裂け女の広がった説というのも隣に座る金髪の男が書いた記事だたという。
 男は唐揚げの皿も津詰たちに差し出すと、一つそれをつまんで口にした。

「オカルトブームが来ていて各地の噂も色々と入ってくるんだが、似たりよったりの噂ばっかりでなァ。オカルトでも背景に最もらしい説明や元になった事件みたいなのがあったほうが現実味ってのが増すだろ。だが、今出てる噂はあらかた調べ尽くしちまってる。当然、口裂け女なんざ手術ミスなんて何処にもなかったって結論でな、オカルト雑誌乱立の戦国時代、ウチも何とか生き残ろうと新しいネタ探してんだが、どうにも似たり寄ったりでなァ、手詰まりって訳なんだよ」
「という訳で、僕も彼に頼まれて変わった噂を聞いてないかネタ探しに付き合っているんですけれども、僕が聞いてる話は殆ど彼も聞いていて……さてどうしたものかと話していたところにあなた方が相席でいらしたので、何か違った視点の噂がないか聞いてみたという訳なんです」

 相席になったときは少し胡散臭い男たちだと思ったが、話している事は他愛も無い仕事につまった雑談だ。
 とはいえ津詰の世代にある怖い話と今とでは随分勝手が違うだろう。

「うーん、俺がガキの頃は夜に口笛を吹くな、なんてぇのがあったがなぁ……蛇がくるから良くないと」
「あぁ、それは……昔、夜這いの合図に口笛を吹くような習慣がある土地の話だ、という説がありますね。間違えて子供の寝所にいくのはよくない、という話だと」
「うぇっ、そうだったのか……」
「あくまで『そういった説がある』程度のことですよ、諸説あるということです」

 そんな話を皮切りに、四人は暫く怪談談義に花を咲かせる。
 洋画に出る殺人鬼がどうして乙女を狙えないのかといった話や邦画では幽霊や呪い、怨念を扱った話が多いといった事からはじまり日常にある怖い話や怪談落語に至るまで様々な話題が出てくるのは、過ごしてきた場所や年代が違っていても怖い話しというものに一つや二つ触れているという証拠だろう。
 それは危険な場所に立ち入ってはいけないという戒めだったり夜遅くまで起きている子供を早く寝かせる口実だったり生まれた理由は様々あるが、得体の知れない恐怖というものは抑止力になり得るという点は理由のうちの一つに違いない。
 恐怖とは言うなれば危険を察知する力であり、本能的に境界線を飛び交えないためのブレーキだ。恐怖心を失ってしまえばきっと人間は軽率に自分の命を危うい所まで晒してしまうのだから。

「そういえば、オレの学校にもありましたよ。七不思議、花子さんの怪談なんですけど」

 そうして暫く話しているうち、襟尾は赤ら顔でいう。津詰と比べれば幾分か酒には弱いタチではあるがだいぶ酔っていたようで視点の定まらぬ目で周囲を見つめていた。

「花子さんと言えば学校の怪談では定番ですね、女子トイレの三番目にいて、三番目の扉を三回ノックすると出てくるとか」
「夜中の三時に行けば会えるなんてのもあったな」

 相席した男たちも知っているようだったが、津詰にはあまり馴染みがない話である。トイレに出る女の子の幽霊というのは津詰も聞いた事があるが、彼が聞いていたころは「トイレに防災ずきんをかぶった女の子の霊が隠れている」といった類いのものだった。これはまだ空襲があった頃の記憶が生々しい時代の産物だろう。
 花子さんという名前の怪談を聞いたのは、娘であるあやめが怖がって聞かせたのが初めてだった気がする。

「へぇ、学校に出る花子さんってのは随分面倒な手順で呼び出すんだな。呼び出してどうなるってんだ、相手は化け物なんだろ?」

 タコとワカメのサラダをつまみながら不思議そうな顔をする津詰を前に、陰気そうな男は思案した。

「えぇ、当然花子さんというのは幽霊や怪異の類いです。呼び出すのはリスクが多いですし、質問にきちんと答えないと殺す……なんて物騒な噂もあります。ですが、きちんと質問に答えられたら未来の姿を教えてくれるとか、人生が成功するなんて噂もあるものです」
「ハイリスク、ハイリターン。対応さえ間違えなければ富を呼ぶ側面もあるって事だな。それだって化け物だ、化け物がくれた幸運がどこまで続くんだって話だが……」
「そうですね、だからこの話は良い事があるなんて取って付けた建前みたいなもので皆を怖がらせて他人を貶めるために使われていたんだと思いますよ」

 含みある男の物言いで、津詰ははっとなり顔をあげる。

「っていうと……アレか。怪談、って話を利用して怖がらせイジメの材料にする……ってやつか」
「はい、そうです。子供ってのは残酷ですから、そういう事もあったんじゃないですか」

 男の言葉を聞き、津詰はビールで唇を湿らす。
 心当たりがあったからだ。
 何年か前に子供が帰ってこないといった連絡があり探しに出たら学校のトイレに閉じ込められていた、といった話は何件か聞いている。あれはきっとその手合いが虐めなどをしていたのだろう。
 きっと青少年を担当している捜査二課の連中はもっとこの手の事件を取り扱っているに違いない。どんな時代でも陰険なイジメというのはなかなか無くならないものである。
 津詰はやるせない思いを抱きながら温くなったビールを飲み干した。
 それを待っていたように襟尾は津詰のグラスへビールを注ぐ。襟尾はすでになかなか酔っていたはずだが、それでも津詰のグラスを空にする訳にはいかないという謎の使命感で動いているうようだった。

「オレの学校にあった花子さんもそういうイジメのネタだったのかなぁ……いや、オレの学校にあった花子さんは個室じゃなくて三階のトイレに夜の三時に行って鏡を覗くと、願いが叶うみたいな話だったんだけどね」

 襟尾は赤い顔のまま自分のグラスにビールを注ぐ。酔っているせいかグラスの半分以上は白い泡がたっていたが、襟尾はそれでも上機嫌でビールで口を潤した。

「3月の終わり頃……たしか、28日だったかな。その日の夜3時に、学校の3階にあるトイレの鏡を見てると女の子が出てきて、願いを叶えてくれるる……いや、憎たらしい相手を殺してくれる、だったかな。そーんな物騒な噂ですよ」

 その言葉で、津詰はつい顔をあげる。
 三月の終わり、三階のトイレ、夜の学校に現れる少女。全てどこかで聞いた記憶があったからだ。

「3月28日なんて随分と局地的な噂ですね。こういうのは何時でもできた方が広がりやすいのに」 「ですよねぇ、だから多分、うちの学校独自の噂だったと思いますよ。今でもあるのかなぁ……」
「日付は曖昧になっているかもな、そもそも3階のトイレって漠然としているのは珍しいと思うぜ。だいたい決まったトイレの決まった個室だもんなぁ」

 その場では皆、珍しい噂だというだけでそれ以上深く掘り下げる事はないまま話は終わった。
 夜も遅くなり閉店が近づいて客もまばらになったので、自然と解散していたのだ。
 襟尾は同年代の相手と飲めたのも楽しかったのか懐かしい気落ちで帰路につき、津詰も昔の怖い話などを振り返る。

 だが津詰の内心は襟尾が話した噂が気になっていた。
 三階に出る、3月28日の花子さん。新年度に切り替わる頃にあった事件がどうしても心に引っかかっていたのだ。


 だから翌日、津詰は出勤するや否や過去の事件をおさめる資料室へ向かっていた。
 本庁には様々な事件が集まり殺人や強盗など比較的に大きな事件は解決に向かうが少額の窃盗や空き巣、事故などは捜査の途中に他の大きな事件によって埋もれやす。
 また、すでに解決した事件の中にも実は別の事件に繋がる案件があるため内部には資料をまとめた倉庫が存在していたのだ。
 現在は「警視庁資料編纂室」と呼ばれているそのフロアへ入れば、青白く陰気な顔をした男が暗い室内でうずたかく積まれた段ボール箱を見上げていた。

「あぁ、津詰警部。今日は来るんじゃないかと思っていましたよ」

 間違いない、あの日いっしょに酒を飲んでいた若い男だ。彼は背広ではなくもっとラフなシャツとチノパンといった姿でカップを片手にこちらを見ていた。
 部屋は様々な資料が証拠とともに保管、あるいは放置されているのだろう。棚には番号のふられた段ボールが丁重に並べられている。

「何だお前さん、コッチの人間だったのか」
「えぇ、まぁ。ですが見ての通り資料をまとめて整理する裏方の人間ですし世間一般では警察官と名乗ると怖れられるでしょう? だから黙っていたんです……あぁ、彼に捜査情報を漏らすような事もしてませんよ。確かに同じ学校の先輩・後輩の間柄ですけどつまらない漏洩で安定した仕事を失いたくないですから」

 彼はやや猫背になり乾いた靴音をたてデスクの上を指さす。

「実は僕も昨日、襟尾巡査部長の話を聞いて少しだけ気になったので調べてみたんです、ありましたよ未解決事件に。津詰警部が直接関わってはいないと思いますが……」

 そして安普請の椅子に腰掛け、カップのコーヒーを啜る。津詰は男を横目に段ボールの中を見ると殆ど無意識に「やはり、これか……」 そんな言葉を呟いていた。

 事件の日付は3月28日になっている。殺されたのは当時34歳の男だ。
 当時この男は妻と娘の三人暮らしであった。30歳手前でで脱サラをし事業を立ち上げたがそれがうまくいかず倒産した後はひどい酒乱になり妻と娘に家庭内暴力を行っていたらしい。
 男は喉笛を噛みちぎられて絶命しており、その噛み傷は明らかに人間のものだった。
 警察は当初、第一発見者であり通報した妻を疑った。だが噛み傷は妻の歯形と一致せず、また妻は死亡時刻に稼ぎのない夫にかわり夜の仕事をしていたらしく、犯行時刻は店にいたことが確認されていたので容疑は晴れている。
 何より妙なのは、一緒にくらす娘であった。
 当時小学校3年生だった娘は家におらず、学校の3階トイレで気を失っているところを発見されたのだ。

 そもそも、この事件は夫が殺されたのが3月28日なのだがそれより一週間ほどまえ、3月20日に妻より「子供がいない」という通報があったのだ。
 近隣住人が探した後、その娘は学校の3階トイレで見つかっている。

 これは偶然だろうか。
 偶然に夫が死ぬ一週間前に娘が行方不明になり、夫が死んだその日に娘が見つかった場所で発見されるなど、そんな偶然あるだろうか。

「もしもし……えぇ、僕です。あのはなし、裏とれました? ……さすが仕事が早い、えぇ、わかりました。お伝えしておきます」

 いつの間にか男はどこかに電話をしていた。手元にメモをとり電話を切ると津詰の方を見て笑う。

「昨日、僕と一緒にいた人に聞いてみました。あの人、あれでかなり行動力のある記者でもあるんです……行ってみて聞いて調べたそうですよ。当時、行方不明になった少女のはなしとその顛末」

 男がいうには、夫は妻と娘にずいぶん激しい暴力をふるっていたらしい。
 娘が行方不明になったのも、父親の暴力に耐えかねて学校へ隠れているうちに戸が閉まってしまい帰れなくなったのだと当時、少女は語っていた。
 だが少女が戻ってきたとき、母親はひどく怯えていたという。以前は娘を可愛がり身を挺して庇っていたというのに、戻ってきた娘はどこか不気味で恐ろしく周囲の人々も「あれは妖怪だ」「怨霊がついた」と噂したほどである。

 そんな矢先、暴力夫があんな死に方をした。
 そして娘は消えて、あんな所で見つかった。

 誰かは言った。
 一週間、あそこの娘は化け物に取り憑かれていたか、化け物が成り代わっていたんだろうと。そうして化けものは自分に暴力を振るう人間を食らってしまったのだろうと。

「……突飛な話だな」
「僕もそう思います、記事にするには少し地味だし。もしその母子が生きていたらへんに傷を抉ってしまう、オカルト屋がゴシップ記事を書くようになったらオシマイだって言ってましたよ」
「だが……」

 そういうことも、時にはある。
 刑事をしていれば事件のなかに怪異か妖怪か何かしら人間ではどうにもならぬ大きな力が働いて生まれてしまう歪みのような事件が。
 津詰は「シンタイ」にいた頃、そういった事件をいくつか見てきた。だが自分たちが気付かぬだけで存外にそのような事件はもっと多いのかもしれない。 あるいは津詰の場合、シンタイにいた経験から怪異に関わる事件に対しての認識が広がったのかもしれないが。

「こういう事もあるんだな」
「えぇ、こういう事もあるようです。いやはや、何にせよ……あまり首をつっこむものじゃぁない。彼にもそう、伝えておきますよ」

 男は箱のなかに資料を戻す。これは未解決事件のまま今に至っているが、きっとこのまま時効を迎えるのだろうと津詰は漠然と思っていた。

「襟尾巡査部長にも、よろしくおつたえください。また、過去の事件を調べたいときはどうぞこちらへ……お待ちしてますよ。たまには未解決事件も再検討していただきたいですしね」
「おう、機会があったらまた……な」

 津詰は軽く挨拶すると編纂室を後にする。
 襟尾は学校の噂といっていたが、アレはあのまま放っておくとまずい。本当に噂として根付いたのなら、きっと生まれてしまうのだろう。
 噂に紐付き恨みを抱く相手をかみ殺す、血濡れた口の花子さんが。

「おう、エリオ。来てるか?」

 いつものフロアへ顔を出すと、襟尾は机に突っ伏して普段より元気がない。

「あー、ボス。少しだけ飲み過ぎたみたいで……」
「おい、大丈夫か。ところでおまえ、昨日のことだけど……」
「昨日? うえー、何か知らない人たちと相席して色々盛り上がった楽しい気持ちだけは残ってますけど、あとはなーんにも覚えてませんよ。で、今日は何処いきます。心配しないでください、オレは二日酔いくらいで仕事を投げ出す軟弱な奴じゃないですからね」

 話をしてみたが、どうやらすでに昨日のことはすっかり忘れているようだ。
 元々人に根付くような噂ではない、襟尾を見る限りこれ以上妙な噂が広がるということもなさそうだ。

「なぁに、忘れてんならいいんだ。じゃ、捜査にいくぜ。歩けるよな?」
「勿論ですボス。オレはいつもボスのためなら誠心誠意で全力前進ですよ!」

 津詰の声を受け、襟尾はすぐに立ち上がる。
 その背中を眺め津詰は安堵の息を吐いた。
 怪異による事件など、そうそう起こるはずがない。そんなもの何度もおこるはずはないのだ。

 そう、その時は思っていた。
 何者かに喉笛を食いちぎられた男の死体が発見されるのは、それから半年後のことである。

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東吾
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インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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