インターネット字書きマンの落書き帳
禄命簿のゆくえ(パラノマサイト模造後日談)
パラノマサイト、クリアしました! とても面白かったです!(挨拶)
面白かったので感想とか書きたいなぁと思ったけど、感想より二次創作を出力する方が達成感のあるタイプの脳髄なので二次創作を……します!(自己紹介)
そういう訳で、真・エンディングの後日談みたいな話を書きました。
新石英樹のところに、彼の持つ禄命簿を譲り渡してほしいと現れる謎の青年の話です。
謎の青年……いったい何家何吾なんだ……!
興家くんは他のキャラクターと比べて謎めいた部分がやや多いので楽しいからつい盛ってしまうのは俺のヘキですね。
綺麗な顔立ちをした男が謎めいてだが万能さを感じさせるのは楽しいと思わないかい?
今日から思おうぜ!
面白かったので感想とか書きたいなぁと思ったけど、感想より二次創作を出力する方が達成感のあるタイプの脳髄なので二次創作を……します!(自己紹介)
そういう訳で、真・エンディングの後日談みたいな話を書きました。
新石英樹のところに、彼の持つ禄命簿を譲り渡してほしいと現れる謎の青年の話です。
謎の青年……いったい何家何吾なんだ……!
興家くんは他のキャラクターと比べて謎めいた部分がやや多いので楽しいからつい盛ってしまうのは俺のヘキですね。
綺麗な顔立ちをした男が謎めいてだが万能さを感じさせるのは楽しいと思わないかい?
今日から思おうぜ!
『弱きものよ、汝の名は好奇心』
蘇りの秘術に関して話したい事があると言われた時、新石英樹はまたオカルトマニアがすり寄ってきたのだと悲嘆にくれた。流行りのオカルトブームに乗り一般大衆受けするようなフィクションとして「蘇りの秘術」について発表してから本職である郷土史研究よりもこの手の話題を求めるオカルトマニアが後を絶たなかったからだ。
マニアというのはこちらの言う事などを聞かず、ろくすっぽ下調べもしてないような持論を語り見当外れな推測を長々と聞かせにくるばかり。聞きたくもない妄想のため時間をとられるのは新石にとって苦痛でしかなかった。
その上、同業者からは胡乱な発表をして大きな顔をしている奴だと鼻つまみものにされるといった有様である。蘇りの秘術に興味をもち支援者が出てきたおかげで研究費に余裕がもてるようになったのは僥倖だったが自身の研究は滞るばかりであった。
きっと今回もいっときのブームに乗り付け焼き刃の知識を振りかざしにきたオカルト好きに違いない。そう思っていた新石が声をかけた青年に興味をもったのは、彼の零した一言があったからだ。
「新石先生にも悪い話ではないと思うですよね。土御門清曼にまつわる、本所事変の話ですから」
土御門清曼とは禄命簿の著者である陰陽師のことだ。その名前は蘇りの秘術に関する発表をした時にあえて公にはしていなかったのだが、これは禄命簿の出自を知るものをふるいにかけるためという新石の思惑でもある。
目の前に現れた青年は土御門清曼の名前を知っている、少なくとも禄命簿の出処をある程度は理解しているということだ。新石が調べている本所事変についても知っているのなら尚更良い。
本所事変というのは新石が自身の研究につけた名前で、本所七不思議が噂されはじめた時を同じくし本所で9人もの男女が亡くなる一騒動があったという記述から本所七不思議が生まれたのはその騒動が原因ではないかという仮説を語るために郷土史研究の著作で出した言葉であり新石の造語でもある。この言葉を知っているという時点で新石が郷土史研究家として出した著作を読んでいるのだからオカルトより郷土史に造形が深い人物で間違いはないだろう。
何より自分の著作を読んだ青年が目の前にいるというのは嬉しい事だ。この研究を彼はどのような気持ちで読んだのだろうか。郷土史に関してどの程度造形があるのだろうか。もし興味があるのなら存分に語り明かしたいとさえ思ってしまう。
つまるところ、新石という男も熱心な郷土史マニアだったのである。
「それで、話というのは何なんだ。本所事変についてなんだろう。キミは何を知っているんだ」
青年を行き着けの喫茶店である黒桔梗へ案内し詳しい事を聞く事に決めた新石だったが、青年はアメリカンコーヒーを注文する以外に何も語ろうとせずコーヒーを楽しんでいた。呼び止めたのはこの青年だというのに話を切り出さない態度にい様子い苛立った新石は少し語気を荒げて青年へと詰め寄る。焦燥の色が隠しきれぬ新石の様子とは裏腹に喫茶店の中では変わらず静かなジャズの音色が流れていた。
「まぁ落ち着いてくださいよ。俺もどう切り出したらいいか考えていたところですし、せっかく雰囲気のいい店でコーヒーを楽しまないのは損じゃないですか。ねぇ?」
青年は屈託なく笑うと自分のそばへとカップを寄せる。
声をかけられた時は何ら特徴のない平凡な青年だと思っていたが、向き合ってみれば存外に整った顔立ちをしているのがわかる。だがオカルトや郷土史より流行りの音楽とテレビを見ている方がよっぽど似合ってそうな青年だ。
苛立ちを募らせる新石を前に、青年はコーヒーを一口飲んでからこちらへ視線を向けた。
「そうですね、もったいぶっても仕方ないし単刀直入に言います。貴方のもっている禄命簿を俺に譲ってもらえませんか。研究に必要な部分はコピーでも何でもしてもっていても構いませんけど」
「なっ、何言ってるんだキミは。そんなこと、出来るわけないだろう」
あまりに唐突な提案に新石は目を丸くした。
禄命簿に残された蘇りの秘術云々というのは眉唾物だがそこにある記述は本所七不思議の本質に迫る貴重な文献なのだ。 例えそれの出処が不明な品であってもおいそれと他人に渡す訳にはいかない。
当然のように拒絶する新石を前に、青年はその反応すら予測済みといった様子でコーヒーを啜ると一冊のノートを取り出し静かに目を閉じた。
「もちろん、コッチもタダでもらおうとか思っていませんよ。禄命簿を譲っていただけるのでしたら、俺は本所事変に関して知っている限りのことを綴ったこのノートをあなたに差し上げます」
差し出されたのは幾分か使い込まれたよくある大学ノートだ。
所々にインデックスが差し込まれ厚みがあるように見えた。
「それはキミの書いたノートか?」
「はい。一応俺も探してみたんですけど、他に書物やら書簡やら、研究者さんが喜ぶような資料の一つも見当たらなかったので仕方なく自分で書きました。結構手間でしたよ、ワープロを買えば良かった」
「バカ言うな、キミが書いたノートなんてフィクション小説と大差ないだろうが。インチキくさいオカルト小説だったら私ではなくオカルト出版社にでも持ち込むんだな」
新石は吐き捨てるように言う。
禄命簿が欲しいといったことも驚いたが対価が自分の書いたノートというのはには怒りを通り越しては呆れてしまった。資料となる大事な文献と若造が書いた真偽すら定かではないノートとではどちらが大事かなど比べるまでもないだろう。
期待を裏切られ落胆する新石を前に、青年は目を閉じたまま朗々と語り始めた。
「これより語りまするは己が才知を誇示せんがため蘇りという最大の禁忌に触れた哀れで愚かな逃避行。半ば物乞いの如く憫然たるさまで逃げおおせ流れ流れて本所にて倒れ伏し高慢にも他人を救えるなどと甚だしき勘違いのすえ恩人すらも悉く死へ至らしめた大悪人が恥とし秘め続けた臆病な記憶の物語でございます……」
青年の声は決して大きくない、新石の耳にやっと届く程度の細い声だったがその言葉たるや講談師が十八番の軍記物を語るが如く真に迫り新石を惹きつける。
彼が語り始めたのはおおむねこのようなあらすじであった。
土御門の姓を持つ一族ながら本流とは別の生まれであったが故に自分より才能の劣る本家筋の嫡男があたかも一族の長が如く振る舞うことに日々腹を立てていた土御門清曼は自分こそが一族でも一番の才能をもつものだと自負していた。
そして肥大した自尊心から一族の誰もが成し遂げられなかった安倍晴明が封じた「蘇りの秘術」の知識を紐解きそれをついに解明したが、一族からは禁忌に触れたとして追放され流転の身に落ちていったという。
蘇りという魅惑的な言葉に惹かれた時の権力者や豪商、同業である欲深な陰陽師に追われ這々の体で逃げながら、名を変え姿を変え隠れてあちこちを転々としついには大病を患って江戸は本所まで流れ着くのだ。
土御門清曼がどのように江戸まで流れ着き本所に渡ったのかなど新石にとって何ら興味を抱くような内容ではないはずだったが、青年の真に迫る語りには自然と引き込まれていき一体どうなるのかとこの先が気になって仕方が無くなる。
「かくして陰陽師としての矜持を失い流転の身になりし土御門清曼は幾度目とも知れぬ名を変え死者を弔うための読経や卜占などで日々食いつなぎしも、江戸へ赴くころには休まる所も知らず逃げ隠れる日々に疲れ果て病によりろくに声も出ぬといった有様で橋のたもとにて行き倒れ、いよいよ我が天命も尽きたものかと覚悟をした痩せ衰えた哀れな姿に声をかけるものがあった。『どうした、こんな所で寝転がっちゃぁ風邪ひくぜ』手を差し伸べたのは長屋住まいの根付け職人で名は甚吉と言い裕福とはとても言えぬ貧乏住まいだが気っ風の良さは評判の男である」
いよいよ物語は新石が興味を抱いた本所での部分へさしかかる。いったいこの青年は何を語るのだろう、そして流転の身となり倒れた土御門清曼はどうなるのだろうか。どうしてラジカセをもってこなかったのだろう、この語りを録音できれば良かったのだが。固唾をのんで話に聞き入る新石とは裏腹に青年は顔を崩して笑うと両手を開いて見せた。
「はい、おしまい」
「お、おしまいって何だ。これから良い所だったろうが」
「最後まで聞かせちゃったら取引にならないでしょ。コレは俺がちょっと訳ありで聞いた土御門清曼の記憶……末裔の間に口承で残っている禄命簿誕生の背景なんだけど、どうかな。この続きと先生の禄命簿、引き換えにしないか。俺の聞いた話はコッチのノートに書いてあるからさ」
青年は茶目っ気たっぷりにウインクするとテーブルにおいたノートへと手をやる。 事の顛末がノートに記載されているのだとしたらそれは新石にとって喉から手が出る程に欲しい情報だが、情報源としてあまりにも脆弱といえた。
土御門清曼の名や江戸へ流転したことを知っているのならこの青年が土御門清曼の末裔か、そうでなくとも何かしら関係のある存在なのは間違いないはずだ。 だが当人が出自を語ろうとしないのではこのノートに資料価値は皆無といってもいいだろう。
「……キミが持参したノート、少し見てもいいかな」
新石が聞けば青年はさして嫌がる様子もなくノートを差し出す。
ページをめくれば江戸後期の地図や町並みなどの手書きイラストと今しがた語られた話が断片的に綴られており、丁重な字とラフながら実際に見てきたような躍動感のある絵などは目の前にいる少しばかり軽薄そうな今どきの青年が書いたのがにわかに信じられない程に書き込まれていた。
「全てキミが書いたのか、これは」
「絵とか文章は一応。大学で論文を提出したときと同じ感じで書いたんで読みにくい所もあるとは思うんですけど」
「なるほど、それでこの話は誰から聞いたんだ。キミは一体何者だ。これだけの話を知っているのなら土御門の末裔か何かなのか」
「それはちょっと……説明しづらい所もあるんで、聞かないでおいてくれますかね。俺の知っているままを書いてはいるんですけどいかんせん曖昧なところも多いんで」
困惑したように語る青年に嘘をついている様子はない。
新石は改めて手元のノートへと目をやった。
記載された内容を見る限り、それなりに調べていなければとても書けない内容だ。江戸当時の地図などは古本屋などで手に入るからそれを書き写したものだろうが当時の光景などは誰かしらが書き残した絵があったか、そうでなければ誰かの記憶でものぞき見てでもいなければ描けないほど緻密である。
話の出処はハッキリと言えないし明確な資料も存在しないが、話の整合性はとれている手書きのノートを前に新石は思案した。
このノートが欲しくないといえば嘘になる。
自分が求める本所事変の真相とも言える部分が書かれているのだからむしろ喉から手が出る程に欲しいものだ。だがこのノートに資料価値は一切存在しないという事実もある。出自もわからぬ青年が書いた出典もないノートなどフィクション小説と大差ないのだから。
一方、禄命簿は紙の質感や装丁などから江戸後期に書かれたものに間違いないという確実な資料であり自身の推論を裏付ける証明でもある。
どちらが自分にとって重要で研究価値があるものかは明白であり禄命簿と引き換えは研究者としてのリスクがあまりにも大きかった。
しかし青年の手にあるノートは本所事変の一部始終が書かれているのだ。
これは研究者としてではなく本所事変の真相に興味がある新石英樹という一人の人間にとって何としても最後まで見届けたい内容なのだ。
目の前にいる青年は自分について詳しく語ろうとはしなかったが、彼が土御門清曼と何かしら関係ある存在なのは間違いない。土御門清曼の末裔であれば雄弁に語る姿がサマになっているのも納得で、声聞師は流れて読経や卜占をするほかに芸事のような真似もしていたというが彼の見せた真に迫る語りはその血筋からのように思えた。
長い沈黙が続く。
好奇心と実益と天秤にかけた後、新石は天を仰ぎ深いため息をついた。
「……一週間待ってくれないか。いま、禄命簿は手元にない。コピーをするのにも時間が必要だしな。それに、元々アレは私のモノでもないんだ。本来あるべき場所に戻した方がいいんだろう」
そのこたえを聞いて、青年は安心したように笑う。
「ありがとうございます、ご理解いただけて嬉しいです」
一瞬見せた笑顔は二十代の青年よりもずっと老成しあらゆるものを見てそして失うのを見据えてきたような表情に見えた。
そう、まるで土御門清曼が目の前にいるかのような……。
「ではまた来週、同じ時間でこの場所でいいですか」
「あぁ、それで構わん」
青年の言葉で一瞬の幻想から現実へと戻る。
そうだ、土御門清曼たる人間は江戸後期にすでに没しているのだ。現代の日本にいるはずがない。新石は首を振り空想を退けた。
「わかりました、それじゃあまた来週」
そこで青年は立ち上がると当然のように店を出ようとする。まて、ここの会計はどうするつもりだ。声が出かかった新石を前に彼は軽くウインクしてみせた。
「支払いはお願いしますよ新石先生」
やけに愛嬌のある顔に声を詰まらせてるうちに青年は颯爽と外に出る。留めるタイミングを失い手元に残された伝票を見て新石はまたため息をつく。
「まったく、郷土史の研究者なんてろくに金にならんのだぞ。それだというのに支払わせるのかあの若造が……」
口では悪態をついていたが、新石は笑いながらテーブルにおかれたカップを口元へ運ぶ。
コーヒーはすっかり冷えていたが新石の心は重荷を下ろした時のような清々しい気持ちに道宇溢れていた。
蘇りの秘術に関して話したい事があると言われた時、新石英樹はまたオカルトマニアがすり寄ってきたのだと悲嘆にくれた。流行りのオカルトブームに乗り一般大衆受けするようなフィクションとして「蘇りの秘術」について発表してから本職である郷土史研究よりもこの手の話題を求めるオカルトマニアが後を絶たなかったからだ。
マニアというのはこちらの言う事などを聞かず、ろくすっぽ下調べもしてないような持論を語り見当外れな推測を長々と聞かせにくるばかり。聞きたくもない妄想のため時間をとられるのは新石にとって苦痛でしかなかった。
その上、同業者からは胡乱な発表をして大きな顔をしている奴だと鼻つまみものにされるといった有様である。蘇りの秘術に興味をもち支援者が出てきたおかげで研究費に余裕がもてるようになったのは僥倖だったが自身の研究は滞るばかりであった。
きっと今回もいっときのブームに乗り付け焼き刃の知識を振りかざしにきたオカルト好きに違いない。そう思っていた新石が声をかけた青年に興味をもったのは、彼の零した一言があったからだ。
「新石先生にも悪い話ではないと思うですよね。土御門清曼にまつわる、本所事変の話ですから」
土御門清曼とは禄命簿の著者である陰陽師のことだ。その名前は蘇りの秘術に関する発表をした時にあえて公にはしていなかったのだが、これは禄命簿の出自を知るものをふるいにかけるためという新石の思惑でもある。
目の前に現れた青年は土御門清曼の名前を知っている、少なくとも禄命簿の出処をある程度は理解しているということだ。新石が調べている本所事変についても知っているのなら尚更良い。
本所事変というのは新石が自身の研究につけた名前で、本所七不思議が噂されはじめた時を同じくし本所で9人もの男女が亡くなる一騒動があったという記述から本所七不思議が生まれたのはその騒動が原因ではないかという仮説を語るために郷土史研究の著作で出した言葉であり新石の造語でもある。この言葉を知っているという時点で新石が郷土史研究家として出した著作を読んでいるのだからオカルトより郷土史に造形が深い人物で間違いはないだろう。
何より自分の著作を読んだ青年が目の前にいるというのは嬉しい事だ。この研究を彼はどのような気持ちで読んだのだろうか。郷土史に関してどの程度造形があるのだろうか。もし興味があるのなら存分に語り明かしたいとさえ思ってしまう。
つまるところ、新石という男も熱心な郷土史マニアだったのである。
「それで、話というのは何なんだ。本所事変についてなんだろう。キミは何を知っているんだ」
青年を行き着けの喫茶店である黒桔梗へ案内し詳しい事を聞く事に決めた新石だったが、青年はアメリカンコーヒーを注文する以外に何も語ろうとせずコーヒーを楽しんでいた。呼び止めたのはこの青年だというのに話を切り出さない態度にい様子い苛立った新石は少し語気を荒げて青年へと詰め寄る。焦燥の色が隠しきれぬ新石の様子とは裏腹に喫茶店の中では変わらず静かなジャズの音色が流れていた。
「まぁ落ち着いてくださいよ。俺もどう切り出したらいいか考えていたところですし、せっかく雰囲気のいい店でコーヒーを楽しまないのは損じゃないですか。ねぇ?」
青年は屈託なく笑うと自分のそばへとカップを寄せる。
声をかけられた時は何ら特徴のない平凡な青年だと思っていたが、向き合ってみれば存外に整った顔立ちをしているのがわかる。だがオカルトや郷土史より流行りの音楽とテレビを見ている方がよっぽど似合ってそうな青年だ。
苛立ちを募らせる新石を前に、青年はコーヒーを一口飲んでからこちらへ視線を向けた。
「そうですね、もったいぶっても仕方ないし単刀直入に言います。貴方のもっている禄命簿を俺に譲ってもらえませんか。研究に必要な部分はコピーでも何でもしてもっていても構いませんけど」
「なっ、何言ってるんだキミは。そんなこと、出来るわけないだろう」
あまりに唐突な提案に新石は目を丸くした。
禄命簿に残された蘇りの秘術云々というのは眉唾物だがそこにある記述は本所七不思議の本質に迫る貴重な文献なのだ。 例えそれの出処が不明な品であってもおいそれと他人に渡す訳にはいかない。
当然のように拒絶する新石を前に、青年はその反応すら予測済みといった様子でコーヒーを啜ると一冊のノートを取り出し静かに目を閉じた。
「もちろん、コッチもタダでもらおうとか思っていませんよ。禄命簿を譲っていただけるのでしたら、俺は本所事変に関して知っている限りのことを綴ったこのノートをあなたに差し上げます」
差し出されたのは幾分か使い込まれたよくある大学ノートだ。
所々にインデックスが差し込まれ厚みがあるように見えた。
「それはキミの書いたノートか?」
「はい。一応俺も探してみたんですけど、他に書物やら書簡やら、研究者さんが喜ぶような資料の一つも見当たらなかったので仕方なく自分で書きました。結構手間でしたよ、ワープロを買えば良かった」
「バカ言うな、キミが書いたノートなんてフィクション小説と大差ないだろうが。インチキくさいオカルト小説だったら私ではなくオカルト出版社にでも持ち込むんだな」
新石は吐き捨てるように言う。
禄命簿が欲しいといったことも驚いたが対価が自分の書いたノートというのはには怒りを通り越しては呆れてしまった。資料となる大事な文献と若造が書いた真偽すら定かではないノートとではどちらが大事かなど比べるまでもないだろう。
期待を裏切られ落胆する新石を前に、青年は目を閉じたまま朗々と語り始めた。
「これより語りまするは己が才知を誇示せんがため蘇りという最大の禁忌に触れた哀れで愚かな逃避行。半ば物乞いの如く憫然たるさまで逃げおおせ流れ流れて本所にて倒れ伏し高慢にも他人を救えるなどと甚だしき勘違いのすえ恩人すらも悉く死へ至らしめた大悪人が恥とし秘め続けた臆病な記憶の物語でございます……」
青年の声は決して大きくない、新石の耳にやっと届く程度の細い声だったがその言葉たるや講談師が十八番の軍記物を語るが如く真に迫り新石を惹きつける。
彼が語り始めたのはおおむねこのようなあらすじであった。
土御門の姓を持つ一族ながら本流とは別の生まれであったが故に自分より才能の劣る本家筋の嫡男があたかも一族の長が如く振る舞うことに日々腹を立てていた土御門清曼は自分こそが一族でも一番の才能をもつものだと自負していた。
そして肥大した自尊心から一族の誰もが成し遂げられなかった安倍晴明が封じた「蘇りの秘術」の知識を紐解きそれをついに解明したが、一族からは禁忌に触れたとして追放され流転の身に落ちていったという。
蘇りという魅惑的な言葉に惹かれた時の権力者や豪商、同業である欲深な陰陽師に追われ這々の体で逃げながら、名を変え姿を変え隠れてあちこちを転々としついには大病を患って江戸は本所まで流れ着くのだ。
土御門清曼がどのように江戸まで流れ着き本所に渡ったのかなど新石にとって何ら興味を抱くような内容ではないはずだったが、青年の真に迫る語りには自然と引き込まれていき一体どうなるのかとこの先が気になって仕方が無くなる。
「かくして陰陽師としての矜持を失い流転の身になりし土御門清曼は幾度目とも知れぬ名を変え死者を弔うための読経や卜占などで日々食いつなぎしも、江戸へ赴くころには休まる所も知らず逃げ隠れる日々に疲れ果て病によりろくに声も出ぬといった有様で橋のたもとにて行き倒れ、いよいよ我が天命も尽きたものかと覚悟をした痩せ衰えた哀れな姿に声をかけるものがあった。『どうした、こんな所で寝転がっちゃぁ風邪ひくぜ』手を差し伸べたのは長屋住まいの根付け職人で名は甚吉と言い裕福とはとても言えぬ貧乏住まいだが気っ風の良さは評判の男である」
いよいよ物語は新石が興味を抱いた本所での部分へさしかかる。いったいこの青年は何を語るのだろう、そして流転の身となり倒れた土御門清曼はどうなるのだろうか。どうしてラジカセをもってこなかったのだろう、この語りを録音できれば良かったのだが。固唾をのんで話に聞き入る新石とは裏腹に青年は顔を崩して笑うと両手を開いて見せた。
「はい、おしまい」
「お、おしまいって何だ。これから良い所だったろうが」
「最後まで聞かせちゃったら取引にならないでしょ。コレは俺がちょっと訳ありで聞いた土御門清曼の記憶……末裔の間に口承で残っている禄命簿誕生の背景なんだけど、どうかな。この続きと先生の禄命簿、引き換えにしないか。俺の聞いた話はコッチのノートに書いてあるからさ」
青年は茶目っ気たっぷりにウインクするとテーブルにおいたノートへと手をやる。 事の顛末がノートに記載されているのだとしたらそれは新石にとって喉から手が出る程に欲しい情報だが、情報源としてあまりにも脆弱といえた。
土御門清曼の名や江戸へ流転したことを知っているのならこの青年が土御門清曼の末裔か、そうでなくとも何かしら関係のある存在なのは間違いないはずだ。 だが当人が出自を語ろうとしないのではこのノートに資料価値は皆無といってもいいだろう。
「……キミが持参したノート、少し見てもいいかな」
新石が聞けば青年はさして嫌がる様子もなくノートを差し出す。
ページをめくれば江戸後期の地図や町並みなどの手書きイラストと今しがた語られた話が断片的に綴られており、丁重な字とラフながら実際に見てきたような躍動感のある絵などは目の前にいる少しばかり軽薄そうな今どきの青年が書いたのがにわかに信じられない程に書き込まれていた。
「全てキミが書いたのか、これは」
「絵とか文章は一応。大学で論文を提出したときと同じ感じで書いたんで読みにくい所もあるとは思うんですけど」
「なるほど、それでこの話は誰から聞いたんだ。キミは一体何者だ。これだけの話を知っているのなら土御門の末裔か何かなのか」
「それはちょっと……説明しづらい所もあるんで、聞かないでおいてくれますかね。俺の知っているままを書いてはいるんですけどいかんせん曖昧なところも多いんで」
困惑したように語る青年に嘘をついている様子はない。
新石は改めて手元のノートへと目をやった。
記載された内容を見る限り、それなりに調べていなければとても書けない内容だ。江戸当時の地図などは古本屋などで手に入るからそれを書き写したものだろうが当時の光景などは誰かしらが書き残した絵があったか、そうでなければ誰かの記憶でものぞき見てでもいなければ描けないほど緻密である。
話の出処はハッキリと言えないし明確な資料も存在しないが、話の整合性はとれている手書きのノートを前に新石は思案した。
このノートが欲しくないといえば嘘になる。
自分が求める本所事変の真相とも言える部分が書かれているのだからむしろ喉から手が出る程に欲しいものだ。だがこのノートに資料価値は一切存在しないという事実もある。出自もわからぬ青年が書いた出典もないノートなどフィクション小説と大差ないのだから。
一方、禄命簿は紙の質感や装丁などから江戸後期に書かれたものに間違いないという確実な資料であり自身の推論を裏付ける証明でもある。
どちらが自分にとって重要で研究価値があるものかは明白であり禄命簿と引き換えは研究者としてのリスクがあまりにも大きかった。
しかし青年の手にあるノートは本所事変の一部始終が書かれているのだ。
これは研究者としてではなく本所事変の真相に興味がある新石英樹という一人の人間にとって何としても最後まで見届けたい内容なのだ。
目の前にいる青年は自分について詳しく語ろうとはしなかったが、彼が土御門清曼と何かしら関係ある存在なのは間違いない。土御門清曼の末裔であれば雄弁に語る姿がサマになっているのも納得で、声聞師は流れて読経や卜占をするほかに芸事のような真似もしていたというが彼の見せた真に迫る語りはその血筋からのように思えた。
長い沈黙が続く。
好奇心と実益と天秤にかけた後、新石は天を仰ぎ深いため息をついた。
「……一週間待ってくれないか。いま、禄命簿は手元にない。コピーをするのにも時間が必要だしな。それに、元々アレは私のモノでもないんだ。本来あるべき場所に戻した方がいいんだろう」
そのこたえを聞いて、青年は安心したように笑う。
「ありがとうございます、ご理解いただけて嬉しいです」
一瞬見せた笑顔は二十代の青年よりもずっと老成しあらゆるものを見てそして失うのを見据えてきたような表情に見えた。
そう、まるで土御門清曼が目の前にいるかのような……。
「ではまた来週、同じ時間でこの場所でいいですか」
「あぁ、それで構わん」
青年の言葉で一瞬の幻想から現実へと戻る。
そうだ、土御門清曼たる人間は江戸後期にすでに没しているのだ。現代の日本にいるはずがない。新石は首を振り空想を退けた。
「わかりました、それじゃあまた来週」
そこで青年は立ち上がると当然のように店を出ようとする。まて、ここの会計はどうするつもりだ。声が出かかった新石を前に彼は軽くウインクしてみせた。
「支払いはお願いしますよ新石先生」
やけに愛嬌のある顔に声を詰まらせてるうちに青年は颯爽と外に出る。留めるタイミングを失い手元に残された伝票を見て新石はまたため息をつく。
「まったく、郷土史の研究者なんてろくに金にならんのだぞ。それだというのに支払わせるのかあの若造が……」
口では悪態をついていたが、新石は笑いながらテーブルにおかれたカップを口元へ運ぶ。
コーヒーはすっかり冷えていたが新石の心は重荷を下ろした時のような清々しい気持ちに道宇溢れていた。
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