インターネット字書きマンの落書き帳
葦宮のおっちゃんと興家のお兄ちゃん(パラノマif後日談・真EDネタバレあり)
パラノマサイト面白かったです!(挨拶)
他の人にも楽しくプレイしてほしいので、真EDを見てない方はここから先は見ない感じでお願いします!(祈り)
面白かったなーという余韻から「こんな後日談あったらいいなァ」という妄想をしたためていたら、何か同じように「パラノマサイト面白かったです!」と思っていたファンの人がいっぱい褒めてくれるので……とってもうれしい! ありがとう!
嬉しいからいっぱいネタが出るようになりました!
本当にありがとう!
今回の話は、真EDの存在しない後日談という名の幻覚をアウトプットしました。
用務員として学校に宿直という居座りをしている葦宮誠のところに現れる興家彰吾の話です。
興家彰吾のことすげぇヤベェ男だと思ってますが、たぶんマジでやべぇ男だと思います。
他の人にも楽しくプレイしてほしいので、真EDを見てない方はここから先は見ない感じでお願いします!(祈り)
面白かったなーという余韻から「こんな後日談あったらいいなァ」という妄想をしたためていたら、何か同じように「パラノマサイト面白かったです!」と思っていたファンの人がいっぱい褒めてくれるので……とってもうれしい! ありがとう!
嬉しいからいっぱいネタが出るようになりました!
本当にありがとう!
今回の話は、真EDの存在しない後日談という名の幻覚をアウトプットしました。
用務員として学校に宿直という居座りをしている葦宮誠のところに現れる興家彰吾の話です。
興家彰吾のことすげぇヤベェ男だと思ってますが、たぶんマジでやべぇ男だと思います。
『シノアシノ』
葦宮誠は夢を見ていた。
何処にもたどり着く事などできない灰色の壁に包まれた町並みで何かを捜し続けて走るという夢だ。
探しているのは「篠」と名乗っていた一人の女だ。
彼が生涯で唯一愛した女性であり傍らにいるだけで安らぎを与えてくれた存在である。
無機質なビルが建ち並ぶ灰色の街は人影など一つもないというのに、街全体から愛した女の気配がした。荒涼とした風景のなか、彼女の面影や匂いがそこここで感じられるというのにどこまで走っても誰の姿も見えない。
「篠っ、いるンだろ……俺だ、史周だッ……なァ篠、いるンなら姿を見せてくれよなァっ……おまえさんの柔らかな腕で抱きしめて、その膝で昔のように日だまりのなか寝転ばせてくれよ。なぁ、篠ォっ……」
葦宮はたまらず立ち止まり、喉が裂ける程に声をあげる。だがが立ち並ぶ無数のビル群からは何ら返事もなく葦宮を取り囲んでいた。
その様子を見て、葦宮は何とはなしに出所した直後のことを思い出していた。
獄中で何ら代わり映えのない日々を過ごし、情報なども極端に制限されて塀の中で過ごしていた葦宮にとって無機質な灰色のビルが並ぶ光景は非道く寒々しいものだった。
かつては小さな家やトタン屋根の店などが建ち並んでいた面影などほとんどなく、似通ったビルがこれぞ近代化の象徴だと言わんばかりに迫るのを見て自分の居ぬ間に随分とつまらぬ風景になったと思ったのは覚えている。
試しにかつて住んでいた区域にまで足を伸ばしてみたが、昔ながらの店はほとんど無くなっていた。
篠は東京の町並みを眺めるのが好きだった。
小さな本屋が建ち並ぶ神保町の路地や見世物小屋などが残る浅草の絵の具箱をひっくり返したような色彩を愛したというのに、彼女の愛した風景は全て灰色に塗り替えられてしまったのだ。
高度経済成長か何だか知らないが、愛した女の風景さえも奪われたかと思うと非道く落胆したのは今でもハッキリと覚えている。
そして彼女を失ってから今まで、葦宮の人生は期待を裏切られ落胆する日々の連続だったような気がした。
自分はただ愛する女がそばにいて二人で慎ましく暮らせれば良かったのだが、その夢は儚く散った。古書店で見つけた書物にある儀式に手を出したが、それにだって裏切られた。あれだけ危険を犯し人の命を奪ってまで遂げた儀式で生み出されたのは出来損ないなのだから落胆するなという方が無理である。
「篠ォ、俺がちゃんと儀式をやれなかったから怒ってンのか? それなら謝る! 今度こそ上手くやってみせッからよォ。おまえの身体取り戻してまた元気な身体で浅草でも神保町でも好きな所連れてってやっからよォ、だから篠……姿を……見せてくれ……頼む、後生だから……」
灰色の街は静寂に包まれ人の気配がない。それにもかかわらず無数の影が渦巻き、皆が遠巻きにこちらを見ているような気がした。
それはまるで牢獄にいた頃のようだった。
看守はこちらを化け物のように扱い力で支配をしようとし、囚人は自分を恐怖と怖れの視線を向け遠巻きに見ているあの空気とそっくりだ。
最も自分を見る視線が畏怖あるいは好奇によるものであるのは今でもあまり大差ないだろう。
シャバに出てから真面目な用務員と振る舞い健全な生活をしてきたがそれはあくまで「葦宮誠」という名での人生で、「根島史周」という名は未だ恐怖と興味の入り交じった目で見られ異常な熱気で語られているのだから。
その点において葦宮にとって社会も監獄も大差なく、根島史周は異常で異質な化け物のままであり化け物になってまでも求めた愛しい女を取り戻せないままの哀れな道化なのだ。
「篠ォ……」
疲れ果てその場に膝をつき俯く男をまえに、ふっと懐かしいにおいがした。
貧しいながら篠には綺麗になってほしいと買った石けんのにおいだ。あれを手渡した時、篠は嬉しそうに笑って銭湯へ向かう時いつも大事そうに見つめていたのをよく覚えている。その横顔が見たいからいつだって篠には石けんを買うようになっていたのだから。
香りに誘われて顔をあげれば記憶にある姿と寸分違わぬ篠の姿が静かに佇んでいた。
柔らかに微笑みこちらへと手を差し伸べる白くも艶やかな肌は間違いなく彼女のものだ。
「篠……篠なのか、本当に……俺の前に……」
顔をあげながら葦宮は手を伸ばす。
ずっと探し求めていた愛しい姿が眼前にあり、紅を差した唇から穏やかな笑みが浮かぶ。
やけに紅い唇はダリアのように毒々しい深紅に染められており、瞬時に彼は理解した。
これは篠ではない、よく出来たまがい物だと。
葦宮はとっさに女の首を掴むとそのまま一気に締め上げた。
「誰だテメェは? 篠の見た目を借りて、匂いや気配までそっくりにしやがッて……クソッタレ、人を虚仮にしてンな……俺ァいい。ゴミにクズをかけたようなロクデナシだからなァ。だが篠を穢すような真似は許せねェ……」
葦宮が女の細い首を締め上げれば、女の唇は醜く歪み影そのものが弾けて消える。
同時に長く葦宮を捉えていた灰色の夢もまた唐突に終わりを迎えるのだった。
「はぁっ……はぁ、ァ……あぁ……夢、夢か……」
蒲団から飛び起きれば見慣れた宿直室の狭い部屋が広がる。
記憶へ焼け付くように残る生々しい夢だった。まだ心臓の鼓動が収まらぬ葦宮は自然と自分の胸を鷲づかみにして押さえる。
「何だ、夢だったってのか。クソッタレが、随分と……非道ェ夢だったな……」
葦腹は呟くとすっかり肩で呼吸を整えた。夢の中で随分走らされたせいか起きてもひどい疲労感がある。あまりにも寝覚めの悪い夢だった、額には冷や汗が浮かんでいるし頭も疼くように痛む。
今まで一度だって夢にも見た事がなかた篠がせっかく会いに来てくれたというのにこんな悪夢になるとは思ってもいなかった。
篠は自分の前でいつでも優しく常に自分だけを見ていなければいけない存在なのだ。
例え夢でも自分を突き放しあざ笑うような素振りを見せるなど許せる行為ではないが、それを見たのが自分なのだから怒りをぶつける相手もない。行き場のない感情に戸惑い苛立ちばかりを募らせる葦宮の頬をふと、冷たい夜風が撫でていった。
見れば宿直室の窓が開いているではないか。
いつ開けたのかは覚えていない。いや、そもそも今日はいつ眠ったかも覚えていないのは妙に思える。学校の用務員という立場から宿直室で酒など飲む真似はしてないし、いつも程ほどに仕事をこなしているから倒れこむほどの無理もしていないのだが。
とにかく窓を開けっぱなしなのは不用心すぎる。冷たい夜風を浴び一度身震いしてから窓を閉めるため立ち上がればそこに人の気配を感じ葦宮はすぐさま飛び退いた。
「おっとォ……そこに誰かいるのか? まさか、こんなオジサンに夜這いかけにきたってワケじゃ無ェよな」
距離をとりながら視線は窓辺へと向ける。生憎と武器になりそうなものは手元にないが相手が普通の人間なら一気に飛びかかれば抑える事くらいは出来るかもしれない。 そう思いじりじり距離を詰めてみたが、向こうも葦宮の思惑などお見通しといった様子で窓辺からすぐに飛びだせるような場所を背にしてこちらの様子をうかがっていた。
窓から月の光が注ぎ男の顔を照らし出す。
随分と大人しそうな顔をした見た事のない男だ。
ゴキブリ一匹殺すのにぎゃぁぎゃぁと大騒ぎしそうなほど気弱に見えが、どうにも底が見えぬような不貞不貞しさとほの暗さを感じさせるあたり一目見てマトモな人間じゃないのが理解できた。
深い虚空と墨のように黒く塗られた重苦しい感情を背負った目で葦宮を見定めるかのように睨めつける。その目は必要とあらば人殺しに躊躇のない判断を下せる側の人間の目であり、獄中で20年も生活し多くの犯罪者と呼ばれる人間を見てきた葦宮からしても恐ろしいと思わす冷徹な光で輝いていた。
必要とあらば暴力や犯罪、殺人さえも一切の迷いなく行う事ができる男。
そこに道徳や倫理など存在せず、ただ自身が成し遂げるという確固たる意志だけがある、そのような性分の人間……いや、化け物と呼ぶべきだろうか。
葦宮も自分のことを化け物だと思ったし、獄中で化け物を自称する凡人などいくらでも見てきた。だがまさか娑婆に出てこんなにも人間の擬態がうまい化け物と出会う事になるとは、やはり世の中は広いということか。
そういえば、初めて福永葉子とあった時も同じような気持ちを抱いたのを思い出す。
葦宮が福永葉子と出会ったのはもう半年以上まえの事になるのだが、年相応の明朗で無邪気そうな顔からは想像できぬほどの悪意と野望を腹の底へため込んだ恐ろしい女だった。
彼女の提案をのんだのは自分もかつて黒魔術に系統し殺人なんてものに手を染めたというのも勿論あるが、彼女が自分なんかよりずっとあくどい人間だという事に気付いていたからだ。
世間では化け物扱いされていた葦宮は、同じような化け物なら自分の心を理解してくれるだろうと思ったからこそ手を貸したのだ。
福永葉子にとっては葦宮は容易く殺せる相手であり、下手に断れば気まぐれに踏み潰されていたのに気付いていたからというのもある。
そして、今目の前にいる男もまたそのような化け物。いや、もっと人間を脱ぎ捨ててしまった怪物に見えた。
「あぁ、すいませんね。別にあんたの事をとって喰おうとかそういうのじゃ無いんで警戒しないでもらえますか」
青年は両手を肩のあたりまで挙げると敵意はないといった様子で笑顔を見せる。
実際彼にはこちらに対して敵意はないのだろう。敵意があったら葦宮が目覚めるより先に命を奪っていたはずだ。
「おいおい、この状況で警戒すンなってのは無理があるんじゃ無ェか。寝て起きたら知らねぇ男が窓辺でくつろいでるンだぞ? オジサンじゃなきゃ悲鳴あげていたところだぜ」
「そりゃぁごもっともで。いやー、でも本当は朝までゆっくり眠ってもらっている予定だったんですよ、しくじっちゃったなぁ。術式は完璧だったはずなんだけど、ひょっとしてあんた、けっこう霊感とか呪術の耐性とか強い方って言われてます?」
男は窓枠を背もたれがわりにしてに笑う。この異常な状況でもなお平然としている青年はどこにでも居る平凡な青年に見えたが、だからこそいっそう異質に思えた。
物取りや強盗だったら家主が起きたならもっと慌てふためき恫喝の一つでもして見せるのが普通だろうが、彼はあくまで自分のペースを崩そうとしないのだ。
「おまえさん、本当に何者なのかねェ……そのクソ度胸、カタギって感じじゃ無ェんだが」
男から目を放さぬまま葦宮はじりじりと移動する。もう少し近づけば飛びかかれるほどの距離に達すると思うのだが、そう思う頃に男は自然とこちらから距離をとっていた。
相手もまた葦宮の身体能力を把握しているのだろう。簡単に取り抑えられたり、捕まったりするつもりはないらしい。
「そんな、非道いなぁ。おれ、一応フツーのサラリーマンなんですけどね。毎朝8時半出社、17時半定時のところ3,4時間は残業してるんですよ」
「ばっか言うな、おまえさんみたいな奴がフツーでたまるかよ……オジサンもな、ながーい間いろんな人間を見てきたもんだが、おまえさんみたいな化け物と会うのは初めてかもしれねェぜ」
「参ったなぁ……おれってそんな恐ろしい感じに見えますか。殺人鬼にまで言われるとなると、いよいよ身の振り方を考えないといけないかな」
男はそう言うと声を殺して笑う。
どうやら葦宮の本名を知っているようだが、その上で平然としていられるのならやはりただものではない。少なくとも、普通の人間がもつ感性は随分とすり切れていると言えるだろう。
息をのみ男の様子を窺う葦宮を見ると、彼は幾分か穏やかな顔を向けた。
「でも、別にあんたの事をどうこうしょうとは思ってないのは本当だよ。おれは葉子さんの遺産を受け取りにきただけだからね」
男は窓枠にもたれかかったまま、静かに俯いて見せる。風がそよぎカーテンの裾がふわりと揺れた。
葉子とは福永葉子の事だろう。初めてあった時、彼女は陰陽師で伝わる蘇りの秘術に対して語り葦宮も儀式に参加するよう誘った。呪術というオカルトに興味を抱いたのと福永葉子がもつどす黒い野望に興味をもち言われるがまま高校の用務員として、生徒の顔や名前、住所など覚えていく日々を送っていたが結局あれから音沙汰がない。
最後にあった時は「一ヶ月後に計画が実行される」と伝えられていたがその一ヶ月はとうにすぎている。計画が頓挫したのかと思ったら程なくして福永葉子が死体で発見されたのを知った。
苦労して覚えた生徒の名前も徒労だったかと思っていたのだが、目の前にいるこの男は彼女の計画を知っていたのだろうか。
「何だ、おまえさん福永って女の恋人か?」
「残念ながらそういう関係には至らなかったけど……強いて言うなら運命の相手、ってところかな」
「おいおい、白馬の王子様気取りたいのなら相手が違うンじゃ無ェかなァ……俺はしがないオッサンで、あの女にゃなぁんもしてないぜ」
実際、福永に何かされたという事はない。むしろ彼女は随分と秘密主義で葦宮にも計画の全貌は伝えられていなかったのだ。
葦宮はそれでもこの停滞した自分の世界を少しでも変えられるのならいいと思い彼女に乗ったのだが結局何もおきず置いて行かれた気持ちにさえなっていた。
「あぁ、わかってる。だけど彼女の蒔いた種が芽生える前にちゃぁんと刈り取っておかないと、と思ったんだけど……失敗したかな。全部返してもらうのは無理だったみたいだ」
「はぁ? ……本当にワケのわから無ェことばっかり言うなぁおまえさん。俺ァあいつからなんの施しも受けちゃいねぇぞ」
「そうだろうね、彼女はきっとあんたに何も言わず勝手に呪詛の根っこを植え付けていたんだから……」
男はそう語ると自分の手のひらをこちらへ向ける。そこには群がって蠢く虫のような影がちょうど木の根っこのような形を成していた。影はとてもこの世のものと思えない形でねじ曲がり絡まっているその様子はまるで他人の恨みや妬みを具現化させたような不快感を与えた。
生き物ではないが、ただの幻覚でもない得体の知れぬ影を前に、葦宮はすぐ直感する。これはきっと具現化された呪詛だ。葦宮がオカルトの素養をもっていたから見えたのか、それとも男が葦宮にも見えやすいよう細工をしたのだろう。蠢く影はちょうど石の裏をひっくり返した時に集まる虫でも見ているかのように集まり、どんどんおぞましい変形をした。
実に醜く汚らしい存在だが、不思議と目が離せないのは自分の切った爪や髪が不気味で不浄だと思っても何とはなしに見てしまう気持ちにも似ていた。
「これ、あんたから切り離した呪詛の一部だけど、おれが処分させてもらうよ。ただ、根っこの奥底まで完全に取る事ができなくってさ……何とか全部貰いたいんだけど、また近いうちに遊びに来てもいいかな」
男は笑いながらウインクして見せる。
あのおぞましい塊を見ればそれが彼の善意だとはわかるが、勝手に持って行かれるのは何とも言えず腹が立った。
「ふざけた事言うんじゃ無ェよおまえさんはさァ……来るなら正々堂々、真っ正面から頼んでみたらどうだ。そうしたら俺もちょっとは相手してやっていいんだぜ」
「いやだなぁ、おれはフツーの会社員なんだって。あんたみたいに殺しになれてるおっかない人と真っ向勝負なんて出来るワケないじゃないか」
男はやれやれと大げさな手振りをすると、さも楽しそうに笑ってみせる。全く、殺人犯だと知ってる相手を前に軽口を叩いて笑うやつが普通なはずあるか。
「だから今日は退散するよ。あんたもしばらくは大人しくしてるつもりだろう? ……生徒さんたちからは随分と評判いいみたいだし、このまま用務員さんしてるのもいいんじゃないかな。信頼されてるみたいだし、おれも似合ってると思うよ。だから、できればもうこっち側には近づかず平穏に過ごしてくれると有り難いな」
「何いってんだよおい、待てよおまえさん……おいッ」
葦宮が声をかけるより先に男は窓から飛び出した。慌てて窓をのぞき込めばもう誰の気配もない。
用務員室は校内の一階にあり今は宿直室も兼ねている。飛び降りても別に怪我をすることもないだろうが、見渡しのいいグラウンドが広がりその先は高い壁へと阻まれている学校という場でどこにも姿が見えないというのはどうにも解せなかった。
果たして彼は本当に人間だったのだろうか。
いや、それはもはや重要ではない。
それより重要なのは、あの男が葦宮の悪夢と関係がある可能性が高いという事実だ。自分の前に作り物の篠を出して操り、偽物の笑みをあたえてこちらを懐柔しようとしたのだ。
まがい物の篠は自分の手で消し去ってやったからそれでいい。
だが自分の前に出来損ないの篠など出して見せたのがあの男だったとしたら、どうして許す事が出来ようか。
葦宮にとって最も清らかでただ一つの安寧である場所を穢した相手に対して急激に憎悪が広がっていく。
「チクショウ……あの野郎、次ィ会ったら絶対に殺してやるッ……この世にある苦しみと絶望を魂に刻ンで、泣き叫んで許しを乞うツラを肴にして酒飲みながらグチャグチャのバラバラに切り刻んでやるッ……絶対に許さねェ……絶対に許さねェからな……」
憎悪に染められた言葉を漏らし、葦宮は外を見る。
握った拳からは真新しい血がしたたり、月光は怪物のように歪んだ葦宮の顔を微かに照らしていた。
<おまけ:葦宮の日常>
翌日、葦宮はいつも通り花壇の手入れや掃除をし生徒たちを出迎える。
昨夜抱いた怒りは未だ消えてはいなかったが、その怒りは彼に生きる気力を与えていた。
実のところ、最近の葦宮は生きる気力を失いかけていたところだったのだ。
福永葉子が現れた時はまだ何か変わりゆく世界の流れを見ていられるのだろうと来たいしたのだが、彼女の死を知ってから道しるべを失いすっかり迷ってしまっていたからだ。わざわざ学校の用務員になったのも彼女のためだったから仕事に実が入らなくなるのも必然だろう。
その上にまだ根島史周を名乗っていたころ、自分を散々と追いたてとうとう逮捕してみせた憎たらしい刑事に居場所までばれてしまったのだから散々だ。
気に食わないあの刑事は福永葉子の計画に乗っていれば上手い具合に料理できるはずだったのだが、計画がおじゃんになった上こちらの居場所も掴まれたのはあまりに割に合わない。 しかも時々「悪い事してないか」なんて説教しに顔を出されるのはすっかり辟易していた。
支援者だった岩田まで逮捕され隠れ家に逃れる事も難しくなっ今、いよいよ用務員などやる必要もなくなってきた。刑事の目をくらますため何処かに逃げ隠れしようと考えはじめていたところに、昨夜の来訪だ。
雲隠れするつもりだったが、アレを殺すまではもう少し学校の用務員という信頼される仕事にいるのは悪くないかもしれない。
そう思い直した葦宮はしばらくサボり気味だった草むしりなどに精を出していた。
「葦宮のおっちゃーん、コーヒー飲む?」
そんな彼に生徒の一人が声をかける。葦宮は振り返りに軽く手をあげ笑って見せた。
「よぉ、おまえは……」
そこまで言って、言葉がとまる。この生徒は誰だったか。顔を見ても名前がすぐに思い出せなかったからだ。
福永葉子の入れ知恵で生徒の名前と顔、そして住所は完全に覚えていたはずなのに顔を見てもとっさに名前が出てこないのは何故だろうか。ど忘れしてしまったのではなく、すっぽりと記憶が抜けている気がする。
「あれ、どうした、忘れちゃったのかい? あたし、逆崎。逆崎約子だよ、らしくないねぇおっちゃん。もうボケちゃったのかい」
逆崎はそう言うと豪快に笑う。
そうだ、彼女は逆崎約子。最近親友の白石美智代を失い彼女が自殺ではなく事故死だと突き詰めたことで校内でもちょっとした有名人になっている。この件は白石美智代のプライバシーや他の重要事件が絡んでいた頃から公にはなってないのだが、手から水が漏れるというか隠せば隠すほど知りたがるものが多いというか、逆崎は何も語っていないのに自然と周囲に広まったのだ。
これだけ有名な生徒の名前すら忘れるなんて、本当に耄碌したのだろうか。
「あぁ、そうか。あの男、まさか福永葉子に関する俺の記憶を……」
違うのだとしたら思い当たるのは、昨夜の男だ。葦宮はこれで自分の記憶力には自信があるし、生徒たちのことは意図的に顔と名前を覚えるようにしていた。そんな自分が不意のど忘れなどするはずもないし、まだ耄碌する歳でもない。
あいつは葦宮を夢に捉えているうちにこちらが呪詛につかうための記憶を奪っていったのではないだろうか。
だとしたら合点がいくが、尚更アイツが憎らしい。
「くそッ、クソッタレが……絶対に、ブッ殺してやる……」
つい零す葦宮を前に、逆崎は心配そうに顔をのぞき込む。
「どうしたの、おっちゃん。何かすっごい顔が怖いけど……」
「いンや、ちょっと考え事をな。しかし逆崎、今日は早ェな。何かあったのか?」
「ちょいと陸上部に協力してくれないかって頼まれちゃってねぇ。あたしも頼まれたら断れないだろ。だから朝練に参加してたんだよ。それでね、終わったら飲もうと思って家からもってきたジュースなんだけど、ジュースと間違えて缶コーヒーなんかもってきちゃったのさ。あたし、缶コーヒーって飲めなくて……おっちゃん、良かったらもらってくれないかなーって」
逆崎は笑いながらコーヒーを差し出す。茶色・白・赤といった色使いが特徴のミルク入りコーヒーだ。
「おぉ、がさつ者のおめえさんにしては気が利くじゃねェか、悪ィな」
「ちょっとガサツ者とかやめておくれよ、そんなんじゃあげないよ」
「はは、冗談だ冗談。いただくぜ、煙草のあとのコーヒーってのは格別だからなァ」
「おっちゃん……学校で煙草くわえてるの、ホントどうかと思うけど」
「心配しなさんな、おめえさん達の前では吸わねェよ、火もつけてねぇだろほら……ま、タダもらいは悪いからな。ほらこれ」
葦宮はポケットに突っ込んだ小銭を取り出し逆崎にわたす。ちょうどコーヒー一本を自動販売機で買える値段だ。
「やだ! ありがとうね葦宮のおっちゃん、助かったよー」
「最初から俺に渡せば小遣いと交換できると思ってたンじゃ無ェのか……はは、まぁいいさ。陸上か、精々頑張んな」
「はーい、じゃぁね、葦宮のおっちゃん」
逆崎は手をふり教室へと向かう。
その背中を見ながら葦宮はもらったばかりの缶コーヒーを開けた。
「仕方ねぇ、また生徒の名前を覚え直すとするかァ……」
葦宮にとって生徒の名や顔などもはやいらない情報ではあったが、生徒たちが喜んでくれるのだから仕方ない。 それは良い用務員として擬態するためでもあったが、自分に名を忘れられた生徒が落胆する姿はあまり見たくないという理由も多少はあったろう。
つまるところ、それが葦宮の人間らしさであり彼が呪詛に完全に囚われない理由の一つでもあった。
<おまけ:彼を守る影>
月夜でおぼろげに照らされる夜道を歩き、興家彰吾はポケットへと手をつっこんだ。
古い木製の根付けは眠り猫が彫られており一見ただの根付けだがそこには数多の呪詛が封じられている。本所事変にまつわる蘇りの秘術が阻止された後、興家は福永葉子が本所にばらまいた呪詛の根を回収していたのだ。
この根付けは蚤の市で見つけたもので、本所事変に巻き込まれた根付け師の作ったものに間違いはない。 彼の根付けであれば呪詛を封じるにちょうどいいだろうと思い使ってみたが今のところはちょうど良く呪具として機能していた。
だが今日の男は失敗だ。 夢に捉え呪詛の根を完全に刈り取るつもりだったが術が途中で切れてしまったのだ。
自分の術式は完璧でしくじりはなかったが、どこかに不備があったのだろうか。
「うーん、もともと不確定要素の多いものだから失敗はつきものだろうけど。あー、おれってあんまりこの手の術を失敗しないから軽くショックだなぁ」
興家はそう独りごちるといポケットの中にある根付けへ触れた。
葦宮は途中で目覚めてしまい完全に呪いの根を取り去る事は出来なかったが、基本的な呪詛は奪っている。特に葦宮が呪詛目的で覚えた名や顔はほとんど回収できたから、もし今後葦宮が誰かの名や顔を覚えてもそれを呪詛として行使することはできないだろう。
一度破られた呪詛を再度かけなおすためにはより強く高度な呪術が必要になってくる。福永葉子はかなり強い呪術師であったし本所七不思議にまつわる呪詛もまた規模の大きな呪いであったからそれ以上の呪詛となるとかなり大がかりなものになるだろう。
つまり、葦宮が同じ呪詛で誰かを呪う事は不可能に近いといえる。今はそれだけで充分な成果であったと思う方がいいだろう。
それでも完全に呪詛を絶ちきれなかったのはやはり失敗だったかとも思う。
葦宮はかなり執念深い性格のようだから自発的に調べ別の呪いや魔術などを探し出す可能性もある。人殺しにも躊躇のない倫理観をもつ人間なのだから自分の足取りを知られれば追いかけてくるかもしれない。
今後はもう少し身辺に注意を図るべきだろう。
「しかしどうしておれの術がうまくいかなかったのかなぁ……」
興家は目を閉じて少し考える。
呪詛の力で葦宮を夢の中に捉えた時、一瞬夢が見通せない瞬間があった。そのとき影が揺らぎ葦宮の姿を見失った興家はあわてて呪詛を強めたのだが、あの影、今を考えれば妖艶な女の姿をしていた風に思える。
「そうだなぁ、あの葦宮ってひと、元より強い守護霊でもいるのか。いや、守護霊というより呪いか……呪いの世界から葦宮……根島史周という人間を決して抜け出させないよう心をしっかり捉えている、そんな女に憑かれてたのか……その女が、おれの呪詛に気付いてジャマをしたのかもしれないなァ」
そこまで口にして、興家は自嘲する。
一人の死んだ女にいまだ縛られ支配され呪われてしまっているのなら、それは自分も一緒だろうと思ったからだ。
「あの人、いちどBARにでも誘ってみようかな。女を亡くし縛られた男同士、けっこういい酒飲めるかも……なんて、次あったら殺されるかもしれないけどね」
興宮はそう呟いて夜道を進む。
月の光が寂しい夜の道に乾いた靴音だけがやけに響いていた。
葦宮誠は夢を見ていた。
何処にもたどり着く事などできない灰色の壁に包まれた町並みで何かを捜し続けて走るという夢だ。
探しているのは「篠」と名乗っていた一人の女だ。
彼が生涯で唯一愛した女性であり傍らにいるだけで安らぎを与えてくれた存在である。
無機質なビルが建ち並ぶ灰色の街は人影など一つもないというのに、街全体から愛した女の気配がした。荒涼とした風景のなか、彼女の面影や匂いがそこここで感じられるというのにどこまで走っても誰の姿も見えない。
「篠っ、いるンだろ……俺だ、史周だッ……なァ篠、いるンなら姿を見せてくれよなァっ……おまえさんの柔らかな腕で抱きしめて、その膝で昔のように日だまりのなか寝転ばせてくれよ。なぁ、篠ォっ……」
葦宮はたまらず立ち止まり、喉が裂ける程に声をあげる。だがが立ち並ぶ無数のビル群からは何ら返事もなく葦宮を取り囲んでいた。
その様子を見て、葦宮は何とはなしに出所した直後のことを思い出していた。
獄中で何ら代わり映えのない日々を過ごし、情報なども極端に制限されて塀の中で過ごしていた葦宮にとって無機質な灰色のビルが並ぶ光景は非道く寒々しいものだった。
かつては小さな家やトタン屋根の店などが建ち並んでいた面影などほとんどなく、似通ったビルがこれぞ近代化の象徴だと言わんばかりに迫るのを見て自分の居ぬ間に随分とつまらぬ風景になったと思ったのは覚えている。
試しにかつて住んでいた区域にまで足を伸ばしてみたが、昔ながらの店はほとんど無くなっていた。
篠は東京の町並みを眺めるのが好きだった。
小さな本屋が建ち並ぶ神保町の路地や見世物小屋などが残る浅草の絵の具箱をひっくり返したような色彩を愛したというのに、彼女の愛した風景は全て灰色に塗り替えられてしまったのだ。
高度経済成長か何だか知らないが、愛した女の風景さえも奪われたかと思うと非道く落胆したのは今でもハッキリと覚えている。
そして彼女を失ってから今まで、葦宮の人生は期待を裏切られ落胆する日々の連続だったような気がした。
自分はただ愛する女がそばにいて二人で慎ましく暮らせれば良かったのだが、その夢は儚く散った。古書店で見つけた書物にある儀式に手を出したが、それにだって裏切られた。あれだけ危険を犯し人の命を奪ってまで遂げた儀式で生み出されたのは出来損ないなのだから落胆するなという方が無理である。
「篠ォ、俺がちゃんと儀式をやれなかったから怒ってンのか? それなら謝る! 今度こそ上手くやってみせッからよォ。おまえの身体取り戻してまた元気な身体で浅草でも神保町でも好きな所連れてってやっからよォ、だから篠……姿を……見せてくれ……頼む、後生だから……」
灰色の街は静寂に包まれ人の気配がない。それにもかかわらず無数の影が渦巻き、皆が遠巻きにこちらを見ているような気がした。
それはまるで牢獄にいた頃のようだった。
看守はこちらを化け物のように扱い力で支配をしようとし、囚人は自分を恐怖と怖れの視線を向け遠巻きに見ているあの空気とそっくりだ。
最も自分を見る視線が畏怖あるいは好奇によるものであるのは今でもあまり大差ないだろう。
シャバに出てから真面目な用務員と振る舞い健全な生活をしてきたがそれはあくまで「葦宮誠」という名での人生で、「根島史周」という名は未だ恐怖と興味の入り交じった目で見られ異常な熱気で語られているのだから。
その点において葦宮にとって社会も監獄も大差なく、根島史周は異常で異質な化け物のままであり化け物になってまでも求めた愛しい女を取り戻せないままの哀れな道化なのだ。
「篠ォ……」
疲れ果てその場に膝をつき俯く男をまえに、ふっと懐かしいにおいがした。
貧しいながら篠には綺麗になってほしいと買った石けんのにおいだ。あれを手渡した時、篠は嬉しそうに笑って銭湯へ向かう時いつも大事そうに見つめていたのをよく覚えている。その横顔が見たいからいつだって篠には石けんを買うようになっていたのだから。
香りに誘われて顔をあげれば記憶にある姿と寸分違わぬ篠の姿が静かに佇んでいた。
柔らかに微笑みこちらへと手を差し伸べる白くも艶やかな肌は間違いなく彼女のものだ。
「篠……篠なのか、本当に……俺の前に……」
顔をあげながら葦宮は手を伸ばす。
ずっと探し求めていた愛しい姿が眼前にあり、紅を差した唇から穏やかな笑みが浮かぶ。
やけに紅い唇はダリアのように毒々しい深紅に染められており、瞬時に彼は理解した。
これは篠ではない、よく出来たまがい物だと。
葦宮はとっさに女の首を掴むとそのまま一気に締め上げた。
「誰だテメェは? 篠の見た目を借りて、匂いや気配までそっくりにしやがッて……クソッタレ、人を虚仮にしてンな……俺ァいい。ゴミにクズをかけたようなロクデナシだからなァ。だが篠を穢すような真似は許せねェ……」
葦宮が女の細い首を締め上げれば、女の唇は醜く歪み影そのものが弾けて消える。
同時に長く葦宮を捉えていた灰色の夢もまた唐突に終わりを迎えるのだった。
「はぁっ……はぁ、ァ……あぁ……夢、夢か……」
蒲団から飛び起きれば見慣れた宿直室の狭い部屋が広がる。
記憶へ焼け付くように残る生々しい夢だった。まだ心臓の鼓動が収まらぬ葦宮は自然と自分の胸を鷲づかみにして押さえる。
「何だ、夢だったってのか。クソッタレが、随分と……非道ェ夢だったな……」
葦腹は呟くとすっかり肩で呼吸を整えた。夢の中で随分走らされたせいか起きてもひどい疲労感がある。あまりにも寝覚めの悪い夢だった、額には冷や汗が浮かんでいるし頭も疼くように痛む。
今まで一度だって夢にも見た事がなかた篠がせっかく会いに来てくれたというのにこんな悪夢になるとは思ってもいなかった。
篠は自分の前でいつでも優しく常に自分だけを見ていなければいけない存在なのだ。
例え夢でも自分を突き放しあざ笑うような素振りを見せるなど許せる行為ではないが、それを見たのが自分なのだから怒りをぶつける相手もない。行き場のない感情に戸惑い苛立ちばかりを募らせる葦宮の頬をふと、冷たい夜風が撫でていった。
見れば宿直室の窓が開いているではないか。
いつ開けたのかは覚えていない。いや、そもそも今日はいつ眠ったかも覚えていないのは妙に思える。学校の用務員という立場から宿直室で酒など飲む真似はしてないし、いつも程ほどに仕事をこなしているから倒れこむほどの無理もしていないのだが。
とにかく窓を開けっぱなしなのは不用心すぎる。冷たい夜風を浴び一度身震いしてから窓を閉めるため立ち上がればそこに人の気配を感じ葦宮はすぐさま飛び退いた。
「おっとォ……そこに誰かいるのか? まさか、こんなオジサンに夜這いかけにきたってワケじゃ無ェよな」
距離をとりながら視線は窓辺へと向ける。生憎と武器になりそうなものは手元にないが相手が普通の人間なら一気に飛びかかれば抑える事くらいは出来るかもしれない。 そう思いじりじり距離を詰めてみたが、向こうも葦宮の思惑などお見通しといった様子で窓辺からすぐに飛びだせるような場所を背にしてこちらの様子をうかがっていた。
窓から月の光が注ぎ男の顔を照らし出す。
随分と大人しそうな顔をした見た事のない男だ。
ゴキブリ一匹殺すのにぎゃぁぎゃぁと大騒ぎしそうなほど気弱に見えが、どうにも底が見えぬような不貞不貞しさとほの暗さを感じさせるあたり一目見てマトモな人間じゃないのが理解できた。
深い虚空と墨のように黒く塗られた重苦しい感情を背負った目で葦宮を見定めるかのように睨めつける。その目は必要とあらば人殺しに躊躇のない判断を下せる側の人間の目であり、獄中で20年も生活し多くの犯罪者と呼ばれる人間を見てきた葦宮からしても恐ろしいと思わす冷徹な光で輝いていた。
必要とあらば暴力や犯罪、殺人さえも一切の迷いなく行う事ができる男。
そこに道徳や倫理など存在せず、ただ自身が成し遂げるという確固たる意志だけがある、そのような性分の人間……いや、化け物と呼ぶべきだろうか。
葦宮も自分のことを化け物だと思ったし、獄中で化け物を自称する凡人などいくらでも見てきた。だがまさか娑婆に出てこんなにも人間の擬態がうまい化け物と出会う事になるとは、やはり世の中は広いということか。
そういえば、初めて福永葉子とあった時も同じような気持ちを抱いたのを思い出す。
葦宮が福永葉子と出会ったのはもう半年以上まえの事になるのだが、年相応の明朗で無邪気そうな顔からは想像できぬほどの悪意と野望を腹の底へため込んだ恐ろしい女だった。
彼女の提案をのんだのは自分もかつて黒魔術に系統し殺人なんてものに手を染めたというのも勿論あるが、彼女が自分なんかよりずっとあくどい人間だという事に気付いていたからだ。
世間では化け物扱いされていた葦宮は、同じような化け物なら自分の心を理解してくれるだろうと思ったからこそ手を貸したのだ。
福永葉子にとっては葦宮は容易く殺せる相手であり、下手に断れば気まぐれに踏み潰されていたのに気付いていたからというのもある。
そして、今目の前にいる男もまたそのような化け物。いや、もっと人間を脱ぎ捨ててしまった怪物に見えた。
「あぁ、すいませんね。別にあんたの事をとって喰おうとかそういうのじゃ無いんで警戒しないでもらえますか」
青年は両手を肩のあたりまで挙げると敵意はないといった様子で笑顔を見せる。
実際彼にはこちらに対して敵意はないのだろう。敵意があったら葦宮が目覚めるより先に命を奪っていたはずだ。
「おいおい、この状況で警戒すンなってのは無理があるんじゃ無ェか。寝て起きたら知らねぇ男が窓辺でくつろいでるンだぞ? オジサンじゃなきゃ悲鳴あげていたところだぜ」
「そりゃぁごもっともで。いやー、でも本当は朝までゆっくり眠ってもらっている予定だったんですよ、しくじっちゃったなぁ。術式は完璧だったはずなんだけど、ひょっとしてあんた、けっこう霊感とか呪術の耐性とか強い方って言われてます?」
男は窓枠を背もたれがわりにしてに笑う。この異常な状況でもなお平然としている青年はどこにでも居る平凡な青年に見えたが、だからこそいっそう異質に思えた。
物取りや強盗だったら家主が起きたならもっと慌てふためき恫喝の一つでもして見せるのが普通だろうが、彼はあくまで自分のペースを崩そうとしないのだ。
「おまえさん、本当に何者なのかねェ……そのクソ度胸、カタギって感じじゃ無ェんだが」
男から目を放さぬまま葦宮はじりじりと移動する。もう少し近づけば飛びかかれるほどの距離に達すると思うのだが、そう思う頃に男は自然とこちらから距離をとっていた。
相手もまた葦宮の身体能力を把握しているのだろう。簡単に取り抑えられたり、捕まったりするつもりはないらしい。
「そんな、非道いなぁ。おれ、一応フツーのサラリーマンなんですけどね。毎朝8時半出社、17時半定時のところ3,4時間は残業してるんですよ」
「ばっか言うな、おまえさんみたいな奴がフツーでたまるかよ……オジサンもな、ながーい間いろんな人間を見てきたもんだが、おまえさんみたいな化け物と会うのは初めてかもしれねェぜ」
「参ったなぁ……おれってそんな恐ろしい感じに見えますか。殺人鬼にまで言われるとなると、いよいよ身の振り方を考えないといけないかな」
男はそう言うと声を殺して笑う。
どうやら葦宮の本名を知っているようだが、その上で平然としていられるのならやはりただものではない。少なくとも、普通の人間がもつ感性は随分とすり切れていると言えるだろう。
息をのみ男の様子を窺う葦宮を見ると、彼は幾分か穏やかな顔を向けた。
「でも、別にあんたの事をどうこうしょうとは思ってないのは本当だよ。おれは葉子さんの遺産を受け取りにきただけだからね」
男は窓枠にもたれかかったまま、静かに俯いて見せる。風がそよぎカーテンの裾がふわりと揺れた。
葉子とは福永葉子の事だろう。初めてあった時、彼女は陰陽師で伝わる蘇りの秘術に対して語り葦宮も儀式に参加するよう誘った。呪術というオカルトに興味を抱いたのと福永葉子がもつどす黒い野望に興味をもち言われるがまま高校の用務員として、生徒の顔や名前、住所など覚えていく日々を送っていたが結局あれから音沙汰がない。
最後にあった時は「一ヶ月後に計画が実行される」と伝えられていたがその一ヶ月はとうにすぎている。計画が頓挫したのかと思ったら程なくして福永葉子が死体で発見されたのを知った。
苦労して覚えた生徒の名前も徒労だったかと思っていたのだが、目の前にいるこの男は彼女の計画を知っていたのだろうか。
「何だ、おまえさん福永って女の恋人か?」
「残念ながらそういう関係には至らなかったけど……強いて言うなら運命の相手、ってところかな」
「おいおい、白馬の王子様気取りたいのなら相手が違うンじゃ無ェかなァ……俺はしがないオッサンで、あの女にゃなぁんもしてないぜ」
実際、福永に何かされたという事はない。むしろ彼女は随分と秘密主義で葦宮にも計画の全貌は伝えられていなかったのだ。
葦宮はそれでもこの停滞した自分の世界を少しでも変えられるのならいいと思い彼女に乗ったのだが結局何もおきず置いて行かれた気持ちにさえなっていた。
「あぁ、わかってる。だけど彼女の蒔いた種が芽生える前にちゃぁんと刈り取っておかないと、と思ったんだけど……失敗したかな。全部返してもらうのは無理だったみたいだ」
「はぁ? ……本当にワケのわから無ェことばっかり言うなぁおまえさん。俺ァあいつからなんの施しも受けちゃいねぇぞ」
「そうだろうね、彼女はきっとあんたに何も言わず勝手に呪詛の根っこを植え付けていたんだから……」
男はそう語ると自分の手のひらをこちらへ向ける。そこには群がって蠢く虫のような影がちょうど木の根っこのような形を成していた。影はとてもこの世のものと思えない形でねじ曲がり絡まっているその様子はまるで他人の恨みや妬みを具現化させたような不快感を与えた。
生き物ではないが、ただの幻覚でもない得体の知れぬ影を前に、葦宮はすぐ直感する。これはきっと具現化された呪詛だ。葦宮がオカルトの素養をもっていたから見えたのか、それとも男が葦宮にも見えやすいよう細工をしたのだろう。蠢く影はちょうど石の裏をひっくり返した時に集まる虫でも見ているかのように集まり、どんどんおぞましい変形をした。
実に醜く汚らしい存在だが、不思議と目が離せないのは自分の切った爪や髪が不気味で不浄だと思っても何とはなしに見てしまう気持ちにも似ていた。
「これ、あんたから切り離した呪詛の一部だけど、おれが処分させてもらうよ。ただ、根っこの奥底まで完全に取る事ができなくってさ……何とか全部貰いたいんだけど、また近いうちに遊びに来てもいいかな」
男は笑いながらウインクして見せる。
あのおぞましい塊を見ればそれが彼の善意だとはわかるが、勝手に持って行かれるのは何とも言えず腹が立った。
「ふざけた事言うんじゃ無ェよおまえさんはさァ……来るなら正々堂々、真っ正面から頼んでみたらどうだ。そうしたら俺もちょっとは相手してやっていいんだぜ」
「いやだなぁ、おれはフツーの会社員なんだって。あんたみたいに殺しになれてるおっかない人と真っ向勝負なんて出来るワケないじゃないか」
男はやれやれと大げさな手振りをすると、さも楽しそうに笑ってみせる。全く、殺人犯だと知ってる相手を前に軽口を叩いて笑うやつが普通なはずあるか。
「だから今日は退散するよ。あんたもしばらくは大人しくしてるつもりだろう? ……生徒さんたちからは随分と評判いいみたいだし、このまま用務員さんしてるのもいいんじゃないかな。信頼されてるみたいだし、おれも似合ってると思うよ。だから、できればもうこっち側には近づかず平穏に過ごしてくれると有り難いな」
「何いってんだよおい、待てよおまえさん……おいッ」
葦宮が声をかけるより先に男は窓から飛び出した。慌てて窓をのぞき込めばもう誰の気配もない。
用務員室は校内の一階にあり今は宿直室も兼ねている。飛び降りても別に怪我をすることもないだろうが、見渡しのいいグラウンドが広がりその先は高い壁へと阻まれている学校という場でどこにも姿が見えないというのはどうにも解せなかった。
果たして彼は本当に人間だったのだろうか。
いや、それはもはや重要ではない。
それより重要なのは、あの男が葦宮の悪夢と関係がある可能性が高いという事実だ。自分の前に作り物の篠を出して操り、偽物の笑みをあたえてこちらを懐柔しようとしたのだ。
まがい物の篠は自分の手で消し去ってやったからそれでいい。
だが自分の前に出来損ないの篠など出して見せたのがあの男だったとしたら、どうして許す事が出来ようか。
葦宮にとって最も清らかでただ一つの安寧である場所を穢した相手に対して急激に憎悪が広がっていく。
「チクショウ……あの野郎、次ィ会ったら絶対に殺してやるッ……この世にある苦しみと絶望を魂に刻ンで、泣き叫んで許しを乞うツラを肴にして酒飲みながらグチャグチャのバラバラに切り刻んでやるッ……絶対に許さねェ……絶対に許さねェからな……」
憎悪に染められた言葉を漏らし、葦宮は外を見る。
握った拳からは真新しい血がしたたり、月光は怪物のように歪んだ葦宮の顔を微かに照らしていた。
<おまけ:葦宮の日常>
翌日、葦宮はいつも通り花壇の手入れや掃除をし生徒たちを出迎える。
昨夜抱いた怒りは未だ消えてはいなかったが、その怒りは彼に生きる気力を与えていた。
実のところ、最近の葦宮は生きる気力を失いかけていたところだったのだ。
福永葉子が現れた時はまだ何か変わりゆく世界の流れを見ていられるのだろうと来たいしたのだが、彼女の死を知ってから道しるべを失いすっかり迷ってしまっていたからだ。わざわざ学校の用務員になったのも彼女のためだったから仕事に実が入らなくなるのも必然だろう。
その上にまだ根島史周を名乗っていたころ、自分を散々と追いたてとうとう逮捕してみせた憎たらしい刑事に居場所までばれてしまったのだから散々だ。
気に食わないあの刑事は福永葉子の計画に乗っていれば上手い具合に料理できるはずだったのだが、計画がおじゃんになった上こちらの居場所も掴まれたのはあまりに割に合わない。 しかも時々「悪い事してないか」なんて説教しに顔を出されるのはすっかり辟易していた。
支援者だった岩田まで逮捕され隠れ家に逃れる事も難しくなっ今、いよいよ用務員などやる必要もなくなってきた。刑事の目をくらますため何処かに逃げ隠れしようと考えはじめていたところに、昨夜の来訪だ。
雲隠れするつもりだったが、アレを殺すまではもう少し学校の用務員という信頼される仕事にいるのは悪くないかもしれない。
そう思い直した葦宮はしばらくサボり気味だった草むしりなどに精を出していた。
「葦宮のおっちゃーん、コーヒー飲む?」
そんな彼に生徒の一人が声をかける。葦宮は振り返りに軽く手をあげ笑って見せた。
「よぉ、おまえは……」
そこまで言って、言葉がとまる。この生徒は誰だったか。顔を見ても名前がすぐに思い出せなかったからだ。
福永葉子の入れ知恵で生徒の名前と顔、そして住所は完全に覚えていたはずなのに顔を見てもとっさに名前が出てこないのは何故だろうか。ど忘れしてしまったのではなく、すっぽりと記憶が抜けている気がする。
「あれ、どうした、忘れちゃったのかい? あたし、逆崎。逆崎約子だよ、らしくないねぇおっちゃん。もうボケちゃったのかい」
逆崎はそう言うと豪快に笑う。
そうだ、彼女は逆崎約子。最近親友の白石美智代を失い彼女が自殺ではなく事故死だと突き詰めたことで校内でもちょっとした有名人になっている。この件は白石美智代のプライバシーや他の重要事件が絡んでいた頃から公にはなってないのだが、手から水が漏れるというか隠せば隠すほど知りたがるものが多いというか、逆崎は何も語っていないのに自然と周囲に広まったのだ。
これだけ有名な生徒の名前すら忘れるなんて、本当に耄碌したのだろうか。
「あぁ、そうか。あの男、まさか福永葉子に関する俺の記憶を……」
違うのだとしたら思い当たるのは、昨夜の男だ。葦宮はこれで自分の記憶力には自信があるし、生徒たちのことは意図的に顔と名前を覚えるようにしていた。そんな自分が不意のど忘れなどするはずもないし、まだ耄碌する歳でもない。
あいつは葦宮を夢に捉えているうちにこちらが呪詛につかうための記憶を奪っていったのではないだろうか。
だとしたら合点がいくが、尚更アイツが憎らしい。
「くそッ、クソッタレが……絶対に、ブッ殺してやる……」
つい零す葦宮を前に、逆崎は心配そうに顔をのぞき込む。
「どうしたの、おっちゃん。何かすっごい顔が怖いけど……」
「いンや、ちょっと考え事をな。しかし逆崎、今日は早ェな。何かあったのか?」
「ちょいと陸上部に協力してくれないかって頼まれちゃってねぇ。あたしも頼まれたら断れないだろ。だから朝練に参加してたんだよ。それでね、終わったら飲もうと思って家からもってきたジュースなんだけど、ジュースと間違えて缶コーヒーなんかもってきちゃったのさ。あたし、缶コーヒーって飲めなくて……おっちゃん、良かったらもらってくれないかなーって」
逆崎は笑いながらコーヒーを差し出す。茶色・白・赤といった色使いが特徴のミルク入りコーヒーだ。
「おぉ、がさつ者のおめえさんにしては気が利くじゃねェか、悪ィな」
「ちょっとガサツ者とかやめておくれよ、そんなんじゃあげないよ」
「はは、冗談だ冗談。いただくぜ、煙草のあとのコーヒーってのは格別だからなァ」
「おっちゃん……学校で煙草くわえてるの、ホントどうかと思うけど」
「心配しなさんな、おめえさん達の前では吸わねェよ、火もつけてねぇだろほら……ま、タダもらいは悪いからな。ほらこれ」
葦宮はポケットに突っ込んだ小銭を取り出し逆崎にわたす。ちょうどコーヒー一本を自動販売機で買える値段だ。
「やだ! ありがとうね葦宮のおっちゃん、助かったよー」
「最初から俺に渡せば小遣いと交換できると思ってたンじゃ無ェのか……はは、まぁいいさ。陸上か、精々頑張んな」
「はーい、じゃぁね、葦宮のおっちゃん」
逆崎は手をふり教室へと向かう。
その背中を見ながら葦宮はもらったばかりの缶コーヒーを開けた。
「仕方ねぇ、また生徒の名前を覚え直すとするかァ……」
葦宮にとって生徒の名や顔などもはやいらない情報ではあったが、生徒たちが喜んでくれるのだから仕方ない。 それは良い用務員として擬態するためでもあったが、自分に名を忘れられた生徒が落胆する姿はあまり見たくないという理由も多少はあったろう。
つまるところ、それが葦宮の人間らしさであり彼が呪詛に完全に囚われない理由の一つでもあった。
<おまけ:彼を守る影>
月夜でおぼろげに照らされる夜道を歩き、興家彰吾はポケットへと手をつっこんだ。
古い木製の根付けは眠り猫が彫られており一見ただの根付けだがそこには数多の呪詛が封じられている。本所事変にまつわる蘇りの秘術が阻止された後、興家は福永葉子が本所にばらまいた呪詛の根を回収していたのだ。
この根付けは蚤の市で見つけたもので、本所事変に巻き込まれた根付け師の作ったものに間違いはない。 彼の根付けであれば呪詛を封じるにちょうどいいだろうと思い使ってみたが今のところはちょうど良く呪具として機能していた。
だが今日の男は失敗だ。 夢に捉え呪詛の根を完全に刈り取るつもりだったが術が途中で切れてしまったのだ。
自分の術式は完璧でしくじりはなかったが、どこかに不備があったのだろうか。
「うーん、もともと不確定要素の多いものだから失敗はつきものだろうけど。あー、おれってあんまりこの手の術を失敗しないから軽くショックだなぁ」
興家はそう独りごちるといポケットの中にある根付けへ触れた。
葦宮は途中で目覚めてしまい完全に呪いの根を取り去る事は出来なかったが、基本的な呪詛は奪っている。特に葦宮が呪詛目的で覚えた名や顔はほとんど回収できたから、もし今後葦宮が誰かの名や顔を覚えてもそれを呪詛として行使することはできないだろう。
一度破られた呪詛を再度かけなおすためにはより強く高度な呪術が必要になってくる。福永葉子はかなり強い呪術師であったし本所七不思議にまつわる呪詛もまた規模の大きな呪いであったからそれ以上の呪詛となるとかなり大がかりなものになるだろう。
つまり、葦宮が同じ呪詛で誰かを呪う事は不可能に近いといえる。今はそれだけで充分な成果であったと思う方がいいだろう。
それでも完全に呪詛を絶ちきれなかったのはやはり失敗だったかとも思う。
葦宮はかなり執念深い性格のようだから自発的に調べ別の呪いや魔術などを探し出す可能性もある。人殺しにも躊躇のない倫理観をもつ人間なのだから自分の足取りを知られれば追いかけてくるかもしれない。
今後はもう少し身辺に注意を図るべきだろう。
「しかしどうしておれの術がうまくいかなかったのかなぁ……」
興家は目を閉じて少し考える。
呪詛の力で葦宮を夢の中に捉えた時、一瞬夢が見通せない瞬間があった。そのとき影が揺らぎ葦宮の姿を見失った興家はあわてて呪詛を強めたのだが、あの影、今を考えれば妖艶な女の姿をしていた風に思える。
「そうだなぁ、あの葦宮ってひと、元より強い守護霊でもいるのか。いや、守護霊というより呪いか……呪いの世界から葦宮……根島史周という人間を決して抜け出させないよう心をしっかり捉えている、そんな女に憑かれてたのか……その女が、おれの呪詛に気付いてジャマをしたのかもしれないなァ」
そこまで口にして、興家は自嘲する。
一人の死んだ女にいまだ縛られ支配され呪われてしまっているのなら、それは自分も一緒だろうと思ったからだ。
「あの人、いちどBARにでも誘ってみようかな。女を亡くし縛られた男同士、けっこういい酒飲めるかも……なんて、次あったら殺されるかもしれないけどね」
興宮はそう呟いて夜道を進む。
月の光が寂しい夜の道に乾いた靴音だけがやけに響いていた。
PR
COMMENT