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インターネット字書きマンの落書き帳

   
時に運命はその手に舞い落ちる(みゆしば)
平和な世界で普通に付き合っている手塚と芝浦の話です。
(端的に幻覚を挨拶のように説明するスタイル)

いや、そういいつつも今回はまだ「付き合う前の二人」の話なんですけどね。
設定としては、まだ付き合う前、占い師とその常連客って関係でしかなかった二人のその頃の話です。

芝浦くん的には「顔も声も好みのカッコイイ占い師さんと話ができるラッキー」くらいの感覚から「好きになってくれなくてもいいけど、嫌いにはならないでほしいな……」くらいの心境変化があった頃合い……だと思っていると俺が楽しいのでそうします。

俺が! 楽しい!
誰が楽しいとかじゃない、大事なのは……俺が楽しい! のスタンスで生きていこうな!




『そして運命は動き出す』

 いつもの公園で占いの店を出していた手塚はその公園のシンボルでもある大きな時計に目をやった。時刻は4時を少し過ぎたくらいで、ちょうど中高生などが下校する頃合いだ。
 とはいえ学生たちは手塚の客層に入ってはこない。手塚の占いは40分で4000円と極端に相場より極端に高いわけではないのだが、それでも4000円は学生にとって大金だ。
 恋に勉強に忙しい学生は悩みも多いだろうが、気安く占ってもらえるような値段ではない。4000円もあれば占い師に相談事をするより、気の合う友人たちと食事でもしながらくだらない会話をしているほうがよっぽど気が楽になるという事くらい手塚も心得ていた。

 実際、手塚の仕事が忙しくなるのはもっと夜が更けてから。最も多い客は会社帰りのOLや悩み多いサラリーマンといった自らの稼ぎがあり、それが自由に使える人たちであった。
 会社帰りの時間帯は、まだずいぶん先だ。学生でも時々立ち止まる客もいるが、本格的に客が入る時間はあと2,3時間後だろう。

 人の流れは途切れている。もう少し人通りが多ければ足を止める者もいるだろうが、平日の夕方ではそう人も多くはない。むしろこの時間は夕食前で忙しい家庭の方が多いだろう。遠くには買い物帰りらしい女性が自転車をこぐのが見えた。おそらくは家に帰ったらすぐに夕食の準備へと取りかかるのだろう。

 手塚はこの時間を利用して早めに食事を済ませてしまう日も多かった。とはいえ昼職も遅めであるからあまり腹など減っておらず、小腹を満たすために軽いものしか食べないため仕事を終える頃は空腹が酷く途中でコンビニに立ち寄る事が多くなりがちだ。1日4食というのは流石に健康に悪いだろう。長生きするつもりもないが、病気で苦しむのもゴメンだった。
 だがここで夕食をとらずにいると、仕事の途中で空腹になる事も多い。そうならないよう今日は簡単にとれる携帯食をいくつか準備しているが……。

(さて、先に夕食をとっておくか。それともう少し客待ちをして、このまま夜の流れに期待してみるか……)

 それは些細な事だが黄昏時の手塚をしばしば悩ませていた。夕食をとるには少し早い時間だが、席を立った後に客が来るのは損をした気持ちになる。今は人の流れも落ち着いているが、いつ客がくるかわからないのがこの仕事だ。逃がした「運」は大きい。実際そうでなくても大きく見えるものなのだ。
 今日はやや肌寒いので動くのが億劫になっているというのも正直ある。

(コインを投げて表と裏、どちらが出たらで決めるとするか……表だったら食事、裏だったらもう少し待つ……そうするか)  

 迷った時、手塚は大概の事をコインで決めていた。この選択で人生が大きく変わるような事がないだろう。そう思うような事はコインの表裏といった運に任せる。それもまた運命を読み取る占い師らしいだろうと思っていたからだ。
 なれた調子でコインを指先ではじけば、鈍色のコインはくるくると宙を舞い手の甲へと落ちる。向いていたのはコインの裏。今日はもう少し客を待ってみた方が良い、という運命のようだ。

(動くのも億劫だとおもっていたし、ちょうどいいか……)

 手塚は鞄の中から使い捨てのカイロを取り出すとポケットに突っ込んだ。日中はまだ肌寒い程度だったが、最近は日が落ちるととたんに冷え込む。客待ちをするなら必要だろうと思ったからだ。ポケットに手を突っ込み携帯カイロが暖かくなるのを待ちながら、ぼんやりと人波を眺める。人々は足早に帰路につき、しばらく立ち止まりそうな客は来そうもなかった。

 そうして、ぼんやりと人の流れを眺めながらカイロを時々握りしめるうち、冷えていたカイロがやや暖かくなってきた頃だろうか。見知った顔が息を切らせながら公園内まで走ってくる姿が見えた。
 知り合い、というほどまだお互いをよく知っているワケではないが、最近よく顔を見せる常連客の男だ。手塚の店は女性客の方がやや多いので男の常連客というのは目立つため顔を覚えるのが他の客より幾分か早かった。
 いや、あるいは手塚にとタイプが違う人間だから、興味を持ったという所もあるのだろう。どちらかといえば多くを語らない手塚にとって、件の常連客はよくしゃべり、よく表情を変え、そしてよく笑う男だった。
 名前は芝浦淳と言ったか。
 公園の近くにある大学で経済を勉強していると聞いているが、学生にしてはやけに金払いが良い、金というのを使い慣れているといった印象の男だ。
 占いに興味があるというより、手塚と他愛もない会話を楽しんでいるという風なのも他の客と違っていた。
 他の常連客ほど通い詰めている印象はないが、こうも普通の客と違うとやはり印象に残りやすいのだ……と、手塚は改めて思い直す。普通と違う客はそれだけで目立つ。別段、その客に特別な感情や感慨を抱いているワケではない。手塚は自分に言い聞かすよう、胸の中でそう呟いた。

 芝浦はしばらく周囲を見渡していたが、いつもの場所に店を出していた手塚の姿を見つけるなりその傍らへと駆け寄ってきた。

「ご、ごめん占い師さん! ちょ、ちょっとでいいからかくまってくれないかな?」

 そして早口でそうまくし立てる。理由も言わず突然そんな事を告げるという事はきっとろくな事じゃない。明らかにトラブルを持ち混もうとしている男の言い分だ。妙なコトに巻き込まれるのはゴメンだったが、芝浦は断る暇もなくテーブルクロスをめくると手塚の簡素な店のテーブルへ滑り込むように入ってきた。
 決して大きい机ではないが、それでも芝浦はきっちりその下におさまって見せる。一気に足下が窮屈になるが、芝浦も少しは悪いと思っているのか。それともよほど相手に見つかりたくないのか必死に身体を丸めていた。

「おい、邪魔だろ。出ていけ。一体何をしたんだおまえは……」
「そんな事言わないでって。別にいつも悪い事してるワケじゃないし……それより、見つかったらホント、ヤバいから話しかけないで……」

 そんなやりとりをしている間に、大柄な男が数人公園へとなだれ込んで来る。背が高いだけではなく皆なにかしらスポーツをやっているような筋骨隆々の男たちだ。 年の頃からすると大学生くらい、つまり芝浦と同年代だろう。

「……おい、おまえ。何かしたのか? ずいぶんと屈強な友達に探されているようだが」
「し、してないって! これでも大学ではおとなしい学生やってるし……今回は完璧な逆恨みってやつ? だから、俺被害者だから……」
「わかった、理由は後で聞く。今は黙ってろ……」

 手塚は膝掛けで芝浦をより見えにくくなるようにかぶせてやる。日中ならまだしも日が傾いた暗がりならこれでも芝浦を隠すには充分な目くらましになったろう。
 男たちは手塚に気づいたのかまっすぐ店の前までやってくるとやや横柄な態度で口を開いた。

「なぁ、兄さん。この公園にこの位の背丈で短髪の男が来なかったか? モスグリーンの上着を羽織ったチノパンの……二十歳前後の男だ。いや、顔はもう少し幼く見えるかもしれないがな」

 男が探しているのは今、手塚の足下で丸くなっている芝浦に間違いなさそうだ。手塚としてはやっかいごとに巻き込まれるのはゴメンなのだが。

「……いや、見てないな。何なら占ってやろうか? 探し人なら4000円でいいが」

 芝浦自身が無実だと訴えているのならかくまってやらないのも気の毒だ。金払いの良い常連客を手放すのも惜しい。
 普段通りの涼しい顔で淡々と告げれば、男たちもそれ以上追求する気もなかったのだろう。やれやれと呟いてその場から立ち去った。

「なんだ、占いに頼るつもりもないのに俺の所に来るとはな」

 手塚はあきれたようにそう呟く。だがあの様子だと連中は芝浦を諦めたワケではないようだ。もうしばらく公園を探し、それで見つからなければ芝浦の行きそうな場所・いそうな場所を当たっていくつもりなのだろう。

「本当に何をしたんだおまえは。あんな強面の男たちに探されるとか、日頃の行いが良くないんじゃないか」
「そりゃぁね……年頃だから、多少の無茶はするコトもあるよ。まだモラトリアム期間の学生だしさ……でも、今回はホントに濡れ衣というか、本当に逆恨みなんだって……」

 机の下に潜り込みながら芝浦が説明するには、大学のサークルで付き合っているカップルが浮気をした、しないで喧嘩をしはじめたらしい。その浮気相手として、芝浦の名前が挙がったのだそうだ。

「でも、俺そのオンナノコの事、マジで顔も名前も知らなくてさ……よくあるんだよね、こういう事。俺、大学でちょっと有名みたいで……知らない間にこんな痴話げんかっての? そういうのに巻き込まれてる事あるんだよ」

 これは手塚が後で知る事なのだが、この芝浦淳は手塚も名前を聞いた事があるあの「芝浦グループ」の御曹司なのだ。 彼との関係を匂わせて既成事実を作ろうとか外堀を埋めておこうといった打算で近づく異性も多く、この時の相手もそのような女性の一人だったらしい。
 だがこの頃の手塚はそんな事を知らないから、ただ単純に顔がいいからトラブルに巻き込まれるのだろうと思っていた。少なくとも手塚にとって芝浦は少し幼く可愛い顔立ちの印象があるが美男子といって差し支えのない見た目とスタイルをしていると思ったからだ。

「本当に、浮気相手なんてオチじゃないだろうな?」
「違うって! だって俺別に女に興味は……」

 そこまで言いかけて、芝浦は慌てて言い直す。

「今はまだ授業で忙しいから、恋愛はいいかなーって思ってる所だし。マジでサークルごと知らない相手だから、本当に被害者なんだよ俺。今回はね」

 今回は、という事は本当に自分が巻き起こしたトラブルも少なからずあるのだろうが、今はそれに触れないでおこう。

「わかったわかった……濡れ衣なんだろう? それならしばらく俺の家にかくまってやるから、ついてこい。あいつらが来ないうちに店をたたむ……おまえは先に俺のバイクの所にいって、ヘルメットでもかぶってろ。フルフェイスヘルメットをかぶってれば、顔でバレる事はないだろうからな」

 手塚のその提案に、芝浦は目を丸くしていた。言葉の意味を図りかねている、といった様子だ。

「えっ!? 占い師さん俺の事信じてくれるの?」
「信じるかどうかはともかく、常連客が困っているなら助けてやらないとな。何かあってもう来れなくなった……なんて言ったら困るだろう」
「う、占い師さんの家とか、行っても大丈夫なの? 俺の事そんな知らないでしょ」
「確かにそうだが、盗まれるようなものがある家でもないしな。俺のバイクは向こうに置いてある、先にいってろ。片付けたらすぐに行く」
「あ、あぁ。うん……」

 まさか手塚がかくまってくれるなんて微塵も思っていなかったのだろう。芝浦は少し戸惑った様子を見せていた。
 正直なことを言うと、手塚自身そんな事を言うなんて思ってもいなかったのだ。ただ、自分を頼ってきた芝浦を無下に扱うのは何となく気が引けたし、今日は冷え込みも強いので早く帰りたいと思っていた。そう、きっとこんな気持ちになったのは、ただ寒さのせいだろう。

「……でも、俺今日はカードしかもってないから、お礼とかできないよ? いいの?」
「別に大学生のおまえから金を取ろうなんて思わないさ。困ってる時はお互い様……というワケではないが、おまえ一人をかくまう事くらいできるからな」
「いいの? えっ? 俺ほんと、何もできないけど……」
「おまえは常連客で、普段から世話になってるからな。そのかわり、後でちゃんと誤解は解いておくんだぞ。何度も面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだからな」

 芝浦はどこか手塚の言葉をまだ信じられないといった様子だった。あるいは「無償で」「何の見返りもなく」「ただ善意で」誰かに助けてもらう、といった事が普段あまりないのかもしれない。

「心配するな、本当に何もいらないしおまえから何か奪おうとは思っていない。信用ならないというなら、無理についてこいとはいわないがな」
「い、いや! めちゃくちゃ信用はしてるし、占い師さんなら別に何されても大丈夫だけど……なんか、こう。困ってるっていったら、迷わず助けてくれるような奴って本当にいるんだなーってちょっと感動しちゃってたところ」

 やはり、他人の「善意」というのもになれておらず戸惑っていたようだ。こんなにも善意に疎いなんて、一体どのような環境で育ってきたんだろうと心配になる。だが。

「ありがと、占い師さん!」

 そういいながら笑う芝浦の顔は無邪気で純粋で……。
 それまで誰かを心から信じて生きた事のない少年が初めて心を開いた相手に向けるような、そんな輝くような笑顔だったから手塚はふと思うのだ。
 今日、コインで「もうしばらくこの場で待つ」という選択が出なければ、おそらく芝浦をかくまう事などなかっただろう。それまでは些末な事を決める時にコインを投げて決めていたのは、それもまた運命だからと思っていたが……。

(俺は、本当に引き寄せたのかもしれないな……俺自身の運命を)

 自分の前で見せた、子供のような笑顔。どこか安心しきったような無垢な笑顔を前に、戸惑っている自分に気づく。
 ただの客とその運勢を見る占い師。そういう関係でありそれ以上の存在ではないと心のどこかで思っていたが、あるいは……。

「いや、少し飛躍しすぎだな。余計な期待はしないほうがいい……俺は誰かを愛するのに向いている性質ではないからな」

 手塚は小さく首を振り、そう一人呟く。
 そして荷物をまとめると、バイクの横で待っている芝浦の方へと歩き出した。

 この二人が恋人として付き合うようになるのは、それからもう少しだけ先の事になる。

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東吾
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インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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