インターネット字書きマンの落書き帳
「町内会死者蘇生事件」の存在しない後日談を書いています~その2
頑張ればあと2話くらいで終わりそう!(挨拶)
もうちょっと長くなるかと思っていたけどコンパクト設計でいけそうです。
原作者が見つけていないといいな。
仮に見つけていても、激怒してグーで殴り込みをかけたりしないといいな。
怒られたらいつでも土下座して作品を消し行方をくらます覚悟は出来ていますので……。
チキンレースみたいなことをしておりますが、二次創作ってだいたいそういうこと!
後日談、って体裁ですが「第三者から見た信津町観光」みたいな話をしています。
信津町観光~オカルト付き、みたいな感覚で読んでいただければ幸いです。
もうちょっと長くなるかと思っていたけどコンパクト設計でいけそうです。
原作者が見つけていないといいな。
仮に見つけていても、激怒してグーで殴り込みをかけたりしないといいな。
怒られたらいつでも土下座して作品を消し行方をくらます覚悟は出来ていますので……。
チキンレースみたいなことをしておりますが、二次創作ってだいたいそういうこと!
後日談、って体裁ですが「第三者から見た信津町観光」みたいな話をしています。
信津町観光~オカルト付き、みたいな感覚で読んでいただければ幸いです。
【代償】
シャッターが目立つまばらな商店街。決して大きくない地元由来のスーパーマーケット。粗雑な刈り込みの入れられた児童公園。
駅を降りて小一時間ほど探索した信津町は、閑静な住宅街というにはやや寂しい町ではあった。
老人が多いのか、新しいテナントはマッサージ店やバリアフリーのレストランが目立つ。
きっと地域の顔なじみが集まる場憩いの場なのだろう。
どこの店でも、暇を持て余した老人たちの常連で賑わっているのが見てとれた。
町そのものも、駅の周辺を中心に整備されているという印象だ。
地域密着型のコンパクトタウン、といった所だろう。
男は慣れない道を、スマホを頼りに歩く。
外から来た人間が珍しいのか、シルバーカーの上に座り休憩している老人は物珍しそうに男の背中を睨めつけていた。
「ここか……」
アイボリーに塗られた壁のところどころにひび割れがある団地群が男の前に現れる。
築年数からすると少し古すぎるように見えたし、戸数のわりに入居者が少ないのか外からも空っぽだとわかる部屋がいくつかある。
この団地は、地元ではぽっくり団地と呼ばれているそうだ。
住人の大半が、夜中に倒れ眠るように死んでいることが多いことから、そんなあだ名がついたのだという。
あまりに不審死が多いと噂になったのか、「信津町のぽっくり団地を調査してくれ」なんて依頼や、明らかにこの団地が元ネタの実話風怪談の投稿も見た記憶がある。
だがこの団地に住む多くの住人は、都心での仕事をリタイアし、老後はのんびり暮らしたいと考えたタイプのシニア世代が中心だ。
亡くなったという住人も、平均寿命などとっくに過ぎた老人ばかりである。
余生をのんびり過ごすため引っ越してきた老人が、希望通りの天寿を全うしただけ。
そう言われればその通りだろう。
「調査するまでもないだろ、爺さん婆さんが住んでる団地で人が死ぬのは当たり前だっての」
手紙を読んだ編集長が笑いながら言ったのを、今でも覚えている。
男の調べた限りでは、住人は皆、自然死で事故死すら一つもない。
年を取れば誰もがどこか悪くなる。突然死んでもおかしくないという編集長の見立ても的外れではないだろう。
それにしても、あまりに死にすぎている。
ぽっくり団地が出来てからの死亡データを、男はこっそり収集していた。
どの死も病院では異常が発見されず、事件性はない。
それが1つや2つだったら男の結論も編集長と同じ、死に時になった老人が死んでいただけ、というもので終わっていただろう。
だがこの団地に限っては、静かな死が多すぎるのだ。
普通であれば、たとえ自然死でも、発見が遅れるなどして検死が入ることがある。
たとえ事件性が乏しくても、トイレや風呂場で死んでいたとか、ベランダで倒れていたなんて状態で発見されれば、一応警察は動くのだ。
結果的に何もなかったとしても、多少面倒な手順を踏んで葬儀が遅れることも多々ある。
それほど珍しくもない警察の介入が、この団地に限っては一切なかった。
誰もが布団の上で往生し、安らかに死を迎える――。
異常がないことが、異常だ。
だからきっと、何かある。
団地が見えるベンチにこしかけ、男は鞄からまた封筒を取り出す。
差出人の名前も住所もインクが切れたまま書かれていたせいで、ひっかき傷だけ残っていた。
かすれて文字すらない封筒をなぞれば、あの日の記憶が蘇る。
「そこの部屋の人ならもういませんよ」
鈴のような声で告げたのは、自称・隣の住人だった。
「手首を切って、自殺したそうです」
事もなげに告げる自称・隣人は見知らぬ誰かの死を悼む気持ちより、好奇心が勝っていた。
「私は隣に住んでいるだけで、全然知り合いとかじゃないんですけどね。何でもお風呂の水を出しっぱなしにしていて、それで一階の住人が、水漏れしてるって怒ってしまって。大家さんに電話して、大家さんがやってきて、ドアを開けたらお風呂場が血まみれになっていて、それからは大騒ぎ」
くふっ、と肩を揺らして笑う。
「だから、もう誰も居ませんよ。まだ借り手はないみたい。こういうの、事故物件になるんですかね」
ひとしきり喋って満足したのか、自称隣人は小さく頭を下げ、自分の部屋に戻って行った。
手紙を読んだ時、男は激しい危機感を覚えた。
罪悪感と絶望が入り交じった手紙の主がどんな覚悟を決めたのか、簡単に想像できたからだ。
1年分の手紙を雑多に入れている段ボール。その底ったれにあった手紙だ。
今さら書かれた住所の場所に行ってみたところで、仕方ないだろうと思っていた。
だけど、まだ間に合うかもしれない。
わずかな希望を抱き、上着をつかんで外に出た。
意味もなく走り、電車を乗り継ぎ、降りたらまたひた走る。
ゆるやかな坂道を上りきった先にあるアパートで聞かされたのが、隣人の言葉だ。
間に合わなかった。
何も、できなかったのだ。
「ぽっくり団地――蘇った少年――」
普通なら、何とも思わない作り話だと笑うだろう。
だが、男には笑えない。
長くオカルト業界にいて、おおよそ現実的な話ではないような出来事はいくつか見てきた。
科学が万能ではないということも分かっている。
空想が空想をつなぎ、思考は数珠のように連なっていった。
本当に少年が蘇っていたのだとしたら、代償が必要なのではないか。
少年が死ななかった代わりに、誰かの命が捧げられたのではないか。
信津町ではそれが常態化しているのではないか。
ぽっくり団地で何の変哲もない死が当たり前のように繰り返されるのは――。
「ははぁ……私は本当に、骨の髄までオカルトに染まってますね」
全て、蘇りがあったという前提の憶測だ。いや、憶測にも至らぬ妄想というべきか。
まともな人間が聞いたのなら、鼻で笑うだけだろう。
それでももし、蘇りの秘術が存在したのなら、それを手にした人間は何を思うのだろう。
道徳や倫理観など一切を無視し合理性を求めたのなら、子供を死なせるくらいなら老い先短い老人が死んだ方がいい。そのような判断も、当然に下すのではないだろうか。
死ぬのが自分の身内でもない赤の他人であれば尚更だ。
極めて合理的な命の選別。
蘇りの秘術が行き着くところは、つまるところそのようなもの。
倫理的とは言いがたい神のごとき選別だ。
それでも人間の判断という曖昧な価値観が挟まるのなら、それは必ず隠される。
秘匿された中、厳密なルールに則って運用されるだろう。
禁忌に触れてもなお、自分たちが正しいことをしている側だと信じるためには、情緒的でも尺度があるほうがよほどいい。
だからこれは合理的な解決であり、正義の執行だ。
秘術を扱うのが人間ならば、そう考えるはずである。
「ですが、たとえ、そうだったとしても……」
男は封筒に目を落とす。
絶望は、人を追い詰め心を殺す。
たとえ合理的に、厳粛なルールの下に運用されていたとしても、手紙の主はその輪にいなかった。
無関係だ。
死を渇望する病にとりつかれる必要など、なかったはずだ。
ルールの外からやってきた存在まで巻き込んでしまったのなら――。
「……確かめないといけませんよね」
男はゆらりと立ち上がる。
信津町については、概ね調べている。
ベッドタウンと呼んでいい場所に存在しているにもかかわらず、外から来た人間はまだまだ少ないということ。
古くから住んでいる地主たちが、自分たちの家業を引き継ぎ細々と暮らしていること。
外からやってきた住人はほとんど所属していない町内会があり、町内会の影響力が絶対だということ。
古い住人と新しい住人との間に、感情的な隔たりが大きいということ。
住職である長谷部権造が実質的な町内会のリーダーであること。
住職のまわりに、政治家の影がちらついていること――。
きな臭い要素はいくつもあるが、さてどう動くか……。
口元に手をあて思案していると、ガシャァンと大きな音がした。
何かあったのだろうか。
顔をあげれば、自転車が横倒しになっている。傍らには白髪頭の老人が尻餅をついていた。
「大丈夫ですか?」
とっさに駆け寄れば、尻餅をついた老人は申し訳なさそうに頭を下げる。
「は、はい。大丈夫で……あはは、ちょっと買い物でもとコンビニまで自転車で出かけたんですが、よろけちまいましてね。いやぁ、歳だなぁ」
歳は、70代後半か。ひょっとしたらもっと上かもしれない。
自転車は前の籠に雨よけ用のシートが。後ろには荷物を縛る布を巻き付けたゴム紐がくくりつけられている。
普段から自転車であちこち移動しているのだろう。
男が自転車を起こすと、人の良さそうな老人はぺこぺこと頭を下げ、自転車を押して去って行った。
足を引きずっているのは倒れた痛みからだろうが、それでも足下はおぼつかず、自転車を転がす姿も頼りない。
顔は土気色で、内蔵を煩っているのは素人目にも見てとれた。
心配ではあるが、たまたま顔をあわせただけの他人を追いかけて送っていくほどの義理はない。
「そんなことをしたら、気を遣わせてしまいますからね」
言い訳するようにつぶやくと、男はスマホの地図を見る。
目的地は、信津寺。 町内会の中心人物、長谷部権造のいる寺だ。
蘇りの秘術なんて眉唾だろう。
ぽっくり団地との関連も、男の空想。いや、妄想でしかない。
それでも――。
「信津寺は、天海――慈眼大師ゆかりの天台宗ですか。ちょっとばかり……においますね」
秘術を扱うのなら、これほどおあつらえ向きな舞台はそうないだろう。
これ以上思案を重ね、資料をひっくり返しても何も出てこないのはわかっていた。
それなら直接赴いて、話してみた方がずっと良い。
「さて、鬼が出るか蛇がでるか……って奴ですかね」
口角が自然と上がる
確証はないが、これは「本物」だ。
生の感情がどろりと渦巻く秘匿に満ちた狂気と歓喜。滑るような感情の坩堝を前にして、男は自然と早足になる。
アスファルトは日を照り返し、夏の熱気は湿度も増してますます籠もる最中、信津寺の道には枯れ果て茶褐色にしぼんだ紫陽花の花が項垂れていた。
シャッターが目立つまばらな商店街。決して大きくない地元由来のスーパーマーケット。粗雑な刈り込みの入れられた児童公園。
駅を降りて小一時間ほど探索した信津町は、閑静な住宅街というにはやや寂しい町ではあった。
老人が多いのか、新しいテナントはマッサージ店やバリアフリーのレストランが目立つ。
きっと地域の顔なじみが集まる場憩いの場なのだろう。
どこの店でも、暇を持て余した老人たちの常連で賑わっているのが見てとれた。
町そのものも、駅の周辺を中心に整備されているという印象だ。
地域密着型のコンパクトタウン、といった所だろう。
男は慣れない道を、スマホを頼りに歩く。
外から来た人間が珍しいのか、シルバーカーの上に座り休憩している老人は物珍しそうに男の背中を睨めつけていた。
「ここか……」
アイボリーに塗られた壁のところどころにひび割れがある団地群が男の前に現れる。
築年数からすると少し古すぎるように見えたし、戸数のわりに入居者が少ないのか外からも空っぽだとわかる部屋がいくつかある。
この団地は、地元ではぽっくり団地と呼ばれているそうだ。
住人の大半が、夜中に倒れ眠るように死んでいることが多いことから、そんなあだ名がついたのだという。
あまりに不審死が多いと噂になったのか、「信津町のぽっくり団地を調査してくれ」なんて依頼や、明らかにこの団地が元ネタの実話風怪談の投稿も見た記憶がある。
だがこの団地に住む多くの住人は、都心での仕事をリタイアし、老後はのんびり暮らしたいと考えたタイプのシニア世代が中心だ。
亡くなったという住人も、平均寿命などとっくに過ぎた老人ばかりである。
余生をのんびり過ごすため引っ越してきた老人が、希望通りの天寿を全うしただけ。
そう言われればその通りだろう。
「調査するまでもないだろ、爺さん婆さんが住んでる団地で人が死ぬのは当たり前だっての」
手紙を読んだ編集長が笑いながら言ったのを、今でも覚えている。
男の調べた限りでは、住人は皆、自然死で事故死すら一つもない。
年を取れば誰もがどこか悪くなる。突然死んでもおかしくないという編集長の見立ても的外れではないだろう。
それにしても、あまりに死にすぎている。
ぽっくり団地が出来てからの死亡データを、男はこっそり収集していた。
どの死も病院では異常が発見されず、事件性はない。
それが1つや2つだったら男の結論も編集長と同じ、死に時になった老人が死んでいただけ、というもので終わっていただろう。
だがこの団地に限っては、静かな死が多すぎるのだ。
普通であれば、たとえ自然死でも、発見が遅れるなどして検死が入ることがある。
たとえ事件性が乏しくても、トイレや風呂場で死んでいたとか、ベランダで倒れていたなんて状態で発見されれば、一応警察は動くのだ。
結果的に何もなかったとしても、多少面倒な手順を踏んで葬儀が遅れることも多々ある。
それほど珍しくもない警察の介入が、この団地に限っては一切なかった。
誰もが布団の上で往生し、安らかに死を迎える――。
異常がないことが、異常だ。
だからきっと、何かある。
団地が見えるベンチにこしかけ、男は鞄からまた封筒を取り出す。
差出人の名前も住所もインクが切れたまま書かれていたせいで、ひっかき傷だけ残っていた。
かすれて文字すらない封筒をなぞれば、あの日の記憶が蘇る。
「そこの部屋の人ならもういませんよ」
鈴のような声で告げたのは、自称・隣の住人だった。
「手首を切って、自殺したそうです」
事もなげに告げる自称・隣人は見知らぬ誰かの死を悼む気持ちより、好奇心が勝っていた。
「私は隣に住んでいるだけで、全然知り合いとかじゃないんですけどね。何でもお風呂の水を出しっぱなしにしていて、それで一階の住人が、水漏れしてるって怒ってしまって。大家さんに電話して、大家さんがやってきて、ドアを開けたらお風呂場が血まみれになっていて、それからは大騒ぎ」
くふっ、と肩を揺らして笑う。
「だから、もう誰も居ませんよ。まだ借り手はないみたい。こういうの、事故物件になるんですかね」
ひとしきり喋って満足したのか、自称隣人は小さく頭を下げ、自分の部屋に戻って行った。
手紙を読んだ時、男は激しい危機感を覚えた。
罪悪感と絶望が入り交じった手紙の主がどんな覚悟を決めたのか、簡単に想像できたからだ。
1年分の手紙を雑多に入れている段ボール。その底ったれにあった手紙だ。
今さら書かれた住所の場所に行ってみたところで、仕方ないだろうと思っていた。
だけど、まだ間に合うかもしれない。
わずかな希望を抱き、上着をつかんで外に出た。
意味もなく走り、電車を乗り継ぎ、降りたらまたひた走る。
ゆるやかな坂道を上りきった先にあるアパートで聞かされたのが、隣人の言葉だ。
間に合わなかった。
何も、できなかったのだ。
「ぽっくり団地――蘇った少年――」
普通なら、何とも思わない作り話だと笑うだろう。
だが、男には笑えない。
長くオカルト業界にいて、おおよそ現実的な話ではないような出来事はいくつか見てきた。
科学が万能ではないということも分かっている。
空想が空想をつなぎ、思考は数珠のように連なっていった。
本当に少年が蘇っていたのだとしたら、代償が必要なのではないか。
少年が死ななかった代わりに、誰かの命が捧げられたのではないか。
信津町ではそれが常態化しているのではないか。
ぽっくり団地で何の変哲もない死が当たり前のように繰り返されるのは――。
「ははぁ……私は本当に、骨の髄までオカルトに染まってますね」
全て、蘇りがあったという前提の憶測だ。いや、憶測にも至らぬ妄想というべきか。
まともな人間が聞いたのなら、鼻で笑うだけだろう。
それでももし、蘇りの秘術が存在したのなら、それを手にした人間は何を思うのだろう。
道徳や倫理観など一切を無視し合理性を求めたのなら、子供を死なせるくらいなら老い先短い老人が死んだ方がいい。そのような判断も、当然に下すのではないだろうか。
死ぬのが自分の身内でもない赤の他人であれば尚更だ。
極めて合理的な命の選別。
蘇りの秘術が行き着くところは、つまるところそのようなもの。
倫理的とは言いがたい神のごとき選別だ。
それでも人間の判断という曖昧な価値観が挟まるのなら、それは必ず隠される。
秘匿された中、厳密なルールに則って運用されるだろう。
禁忌に触れてもなお、自分たちが正しいことをしている側だと信じるためには、情緒的でも尺度があるほうがよほどいい。
だからこれは合理的な解決であり、正義の執行だ。
秘術を扱うのが人間ならば、そう考えるはずである。
「ですが、たとえ、そうだったとしても……」
男は封筒に目を落とす。
絶望は、人を追い詰め心を殺す。
たとえ合理的に、厳粛なルールの下に運用されていたとしても、手紙の主はその輪にいなかった。
無関係だ。
死を渇望する病にとりつかれる必要など、なかったはずだ。
ルールの外からやってきた存在まで巻き込んでしまったのなら――。
「……確かめないといけませんよね」
男はゆらりと立ち上がる。
信津町については、概ね調べている。
ベッドタウンと呼んでいい場所に存在しているにもかかわらず、外から来た人間はまだまだ少ないということ。
古くから住んでいる地主たちが、自分たちの家業を引き継ぎ細々と暮らしていること。
外からやってきた住人はほとんど所属していない町内会があり、町内会の影響力が絶対だということ。
古い住人と新しい住人との間に、感情的な隔たりが大きいということ。
住職である長谷部権造が実質的な町内会のリーダーであること。
住職のまわりに、政治家の影がちらついていること――。
きな臭い要素はいくつもあるが、さてどう動くか……。
口元に手をあて思案していると、ガシャァンと大きな音がした。
何かあったのだろうか。
顔をあげれば、自転車が横倒しになっている。傍らには白髪頭の老人が尻餅をついていた。
「大丈夫ですか?」
とっさに駆け寄れば、尻餅をついた老人は申し訳なさそうに頭を下げる。
「は、はい。大丈夫で……あはは、ちょっと買い物でもとコンビニまで自転車で出かけたんですが、よろけちまいましてね。いやぁ、歳だなぁ」
歳は、70代後半か。ひょっとしたらもっと上かもしれない。
自転車は前の籠に雨よけ用のシートが。後ろには荷物を縛る布を巻き付けたゴム紐がくくりつけられている。
普段から自転車であちこち移動しているのだろう。
男が自転車を起こすと、人の良さそうな老人はぺこぺこと頭を下げ、自転車を押して去って行った。
足を引きずっているのは倒れた痛みからだろうが、それでも足下はおぼつかず、自転車を転がす姿も頼りない。
顔は土気色で、内蔵を煩っているのは素人目にも見てとれた。
心配ではあるが、たまたま顔をあわせただけの他人を追いかけて送っていくほどの義理はない。
「そんなことをしたら、気を遣わせてしまいますからね」
言い訳するようにつぶやくと、男はスマホの地図を見る。
目的地は、信津寺。 町内会の中心人物、長谷部権造のいる寺だ。
蘇りの秘術なんて眉唾だろう。
ぽっくり団地との関連も、男の空想。いや、妄想でしかない。
それでも――。
「信津寺は、天海――慈眼大師ゆかりの天台宗ですか。ちょっとばかり……においますね」
秘術を扱うのなら、これほどおあつらえ向きな舞台はそうないだろう。
これ以上思案を重ね、資料をひっくり返しても何も出てこないのはわかっていた。
それなら直接赴いて、話してみた方がずっと良い。
「さて、鬼が出るか蛇がでるか……って奴ですかね」
口角が自然と上がる
確証はないが、これは「本物」だ。
生の感情がどろりと渦巻く秘匿に満ちた狂気と歓喜。滑るような感情の坩堝を前にして、男は自然と早足になる。
アスファルトは日を照り返し、夏の熱気は湿度も増してますます籠もる最中、信津寺の道には枯れ果て茶褐色にしぼんだ紫陽花の花が項垂れていた。
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