インターネット字書きマンの落書き帳
「町内会死者蘇生事件」の存在しない後日談を書きます~その1
「町内会死者蘇生事件」の存在しない後日談を……書きます。
プロットは書いてあるのですが、「長くなりそうだなこれ、3万字くらいになりそう」「誰も見てくれないとモチベーションが上がらないな……」という気分になったので、シーンごとで区切って出すことにしました。
毎日書く予定なので早ければ一週間くらいで全部終わるかも!
終わんないかも!
どっちなんだい!
やー!
わかんない!
でも、今日から毎日頑張るのでぼんやりと見てください。
if後日談なので本編のネタバレあるから、みんなで「町内会死者蘇生事件」を読んでね!
あと、原作者に見つからないように祈っていてね。
プロットは書いてあるのですが、「長くなりそうだなこれ、3万字くらいになりそう」「誰も見てくれないとモチベーションが上がらないな……」という気分になったので、シーンごとで区切って出すことにしました。
毎日書く予定なので早ければ一週間くらいで全部終わるかも!
終わんないかも!
どっちなんだい!
やー!
わかんない!
でも、今日から毎日頑張るのでぼんやりと見てください。
if後日談なので本編のネタバレあるから、みんなで「町内会死者蘇生事件」を読んでね!
あと、原作者に見つからないように祈っていてね。
『手紙』
私は、人を殺しました。
告白からはじまる手紙の震えた字をなぞり、男は顔をあげる。
車窓からはベッドタウンと呼ぶに相応しい静かな街並みが広がっていた。
信津町は都内にあるが、東京都の喧噪から遮断された町である。
やや入り組んだ場所にあるように見えるため住んでいる人間からすると不便に見えるだろう。
ハイキング気分が味わえるような山があり、ペットの犬を自由に走らせても誰も文句を言わないような大きな公園もあるのだから牧歌的だ。
都心から電車では一時間半といったところか。
大きなショッピングモールこそないが、車がなくても充分生活ができ、町内で生活用品一式は全て準備できるあたり恵まれているだろう。
少なくても田舎町ではないというのが、仕事で各地に飛び数々の秘境や限界集落を見てきた男の印象だった。
男は視線を逸らし、鞄から一通の手紙を取り出し、色あせた文字を辿る。
場所は、信津町。
私はそこで、人を殺したんです。
震えた字は、確かにそう書いてあった。
かすれたボールペンのインクが途中で切れていたことにも頓着しなかったのだろう。
焦り。驚き。困惑。そして、やり場の無い罪の意識が文面から満ちている。
手紙を呼んだのは、もう十年近く前だろう。
当時もそして今も、男は主にオカルト系のフリー編集者をしていた。
「また、頼むよ。いつもみたいにさぁ、過去の記事いくつかまとめて、いい感じにお願い」
夏が近くなる頃、顔なじみの編集長から連絡が入る。
すでに廃刊したオカルト雑誌の別冊としてムック本を出したいから、協力してほしいという依頼だ。
オカルト系のムック本が定期的に出る理由は、主に二つ。
一つは、熱心なファンと夏場といえば怪談というユーザー層により一定数の売り上げが見込めるということ。
もう一つは、過去につかった記事をまとめるだけでもそれなりに本になるということだ。
出版業界に限らず、今はどこだって予算がない。
新たに取材をする時間も余裕もないため、過去の資料を多く抱えている男に声がなどないのだから、過去の素材でそれなりに本の体裁がつくれたら御の字というわけだ。
「いやはや、まったく。世知辛いですねぇ」
男は独りごち、過去の資料をあたる。
このような企画を立ち上げる時、男に声がかかるのは、手元に圧倒的な資料があったからだ。
オカルトブームが下火になりはじめた頃、当時の編集やライターは揺れ始めた。
去って行く者もいたし、去らざるを得ない者もいただろう。
見送るとき、去り際に資料を託される事も多く、気付いた時には膨大なオカルトの資料が手元に残っていた。
「そうだ。この段ボールも渡しておくぜ。読者からの手紙、ってやつだ」
編集長含め、主力メンバーが3人しかいないフロアに顔を出した時、編集長はそういいながら、薄っぺらいボール箱を渡す。
定期的にオカルト雑誌を出していたこの出版社では、読者から届いた心霊写真や個人の心霊体験などが時々に届いていた。
おおよそ一年分の手紙を確認し、面白そうだったら実話風の記事にするように、ということだろう。
「あはぁ……今年も結構ありますね。参考にさせていただきます」
年々少なくなる手紙にいつも通りの愛想を告げ、男は手紙を確認する。
手紙はほとんどが封も切られていない。
中に入っていたのは、当時流行りだったオーブが写ったという心霊写真が幾通か。最近は雑誌の質が落ちているという悲嘆の手紙が二通ほど。そして、明らかに創作である実話風怪談がわずかにあるだけだ。
今回は、わざわざ記事にして取り上げるような内容はなさそうだな。
そう思いながら残りの手紙もわずかになった頃、かすれたインクと乱雑な字で住所が書かれた一通の手紙が目に入った。
色気のない茶封筒。開けて入っていたのは便せんではなく、コピー用紙だった。
滲んだボールペンのインクはばらついている。
男は一度呼吸を整え、滲んだ字を追いかけた。
私は、人を殺しました。
場所は、信津町。
私はそこで、人を殺したんです。
悪い事をしたのはわかっています。バカなことをしたのも。だけど私はとても動転していて、それが最善だと思ってしまったのです。
夜でした。
酔ってはいません。
信津町に何の用事があって行ったのかも覚えていませんが、時間が遅いのと車が少ないのもあり、油断していました。スピードも出ていたと思います。
だから突然現れた子供をよけることができなかった。
跳ね飛ばした子供はゴムボールのようにポンと飛んでいったのに、車が受けた振動はポーンなんて軽いものではありませんでした。
どすり。あるいはどしゃりといったハンドルの鈍い感覚。
まずいと思ってブレーキをかけても、止まったのは10mくらい先だったと思います。
大丈夫か。死なないでくれ。私をどうか人殺しにしないでくれ。
祈るように駆け寄ったのですが、私が見た時にその子はすでに意識がありませんでした。
広がる血は白いシャツだけではなく、ズボンにまで染みていて、赤いはずなのにどす黒く見えました。土に汚れたスニーカーのつま先に、少し傷がありました。
倒れていた子供の頭はひどく歪んでいて、呼吸も浅くて、今にも途切れそうでした。
暗い夜道の向こうから、誰かが走る足音が聞こえた時、それがこの子の両親ではないか。両親が見たらどんな顔をするのだろうか。泣き叫び怒り狂うのだろう。私に詰め寄って、私を犯罪者にして、私が一生かかってもはらえない賠償金を負わせられたら、私はもうおしまいです。
嫌だと思ったのです。
だってほんの一瞬、数秒という時間の油断で、一生人殺しになってしまうんです。
しかもまだ小さい子供なんです。
目の前にある現実に、耐えられませんでした。
私はそれまで真面目に生きてきて、何の悪い事をしてませんでしたから、どうしてこんな目にあうんだとさえ思っていました。
だから、魔が差したのです。
まだ見つかってないのだから、逃げてしまえばいいのだ。
私は、すぐさま車に飛び乗ってその場から逃げ出してしまいました。
逃げ出したんです。
ひき逃げです。
家に着いたのが何時だかわからなかったのですが、布団をかぶってぶるぶるふるえて、一睡もせず朝を迎えて、翌日も翌々日も休んでしまったのは覚えてます。
家に帰って、少しずつ落ち着いてきて、本当に馬鹿なことをしたという実感があふれてきました。
あの子が死んだのなら私のせいで、私は人殺しになるのが当然で、遺族にわびるのが当然で、それはお金なんかでは償えないのだというのを、ゆっくりと理解したのです。
あの子はどうなったのだろう。
テレビのニュースを見ました。ネットのニュースも。隅々まで調べましたが、信津町の事故はどこにも取り上げられていませんでした。
ひょっとして、生きていたのではないか。
その可能性に気付いた時、私は人殺しにはならなかったんだ。その安堵が先に出て、自分は本当に最低だと思いました。
人殺しにならなくても、子供に大きな怪我をさせ、不自由な時間を作ったのですから立派な罪人です。
あんな大けが、すぐに治るとは思えません。
一生不自由な暮らしをすることになったのかもしれません。
心配になり、地方紙を取り寄せてまで事故のことを調べました。
それでも、信津町では事故なんてありませんでした。
私の車はひしゃげていて、血が錆のように残っています。
私があの日、確かにあの子を車で轢いたのは間違いないでしょう。
それなのに、どうして誰も何もいわないのだろう。本当に、何もなかったのだろうか。
気になった私は、とうとう自分から信津町へ向かっていました。
自分が何をしたのか、確かめずにはいられなかったのです。
私が事故を起こした場所は――確かに私がブレーキをかけた痕跡がはっきりと残っていました。ブレーキをかけた後、ガードレールにこすった傷もです。
だけどそれ以外の事故の痕跡はなく、私だけが人を殺した実感をもったまま、投げ出されたような気分でした。
何がおこっているかわからず、ふらふらと町を歩きました。小学校があります。中学校があります。大きな公園もあります。
夕方くらいには公園に行っていたでしょう。
ベンチに座ってぼんやりと周囲を眺めていたら、コロコロとボールが転がってきました。サッカーボールです。私がそれを拾ってボールの持ち主を探したら、「ボールひろってくれてありがとう」って笑う子供がいました。
白いシャツ。カーキ色の半ズボン。スニーカーのつま先に少し残った傷……。
少年は、怪我ひとつしてませんでした。屈託ない笑顔でボールを受け取ると、ポンポンとそれを蹴飛ばして友達の輪へ戻っていきました。
白いボールは、あの時の子供のように遠くへ飛んで行きました。
子供は生きていて、元気で、何の問題もなかったんです。
私は人殺しではなかったし、事故はなかったし、怪我さえさせてないのです。
だけど、私のなかにべっとりとへばりついた罪の意識は、どうやっても剥がれてくれない。
苦しいのです。罪すら消えてしまったこと。何もなくなってしまった中に、私だけが取り残されてしまったようで、とてもとても苦しいのです。
あの子が死んでいてくれたらとは思いません。
だけどこの罪の意識だけが私に残り続けているのは、あんまりじゃぁないですか。
私はどうしようもないのです。
人殺しになると思ったら逃げ、罪が明るみになったらろ怯えたくせに、罪がなかったと明かされた時、一人で罪悪感を背負い否応なく向き合わなければいけない重さに、とてもとても耐えられないのです。
私は人を殺しました。
だけど誰も死んでおらず、私には人を殺した罪の意識だけが残されました。
それは日に日に肥大し、私を激しく責め立てるのです。
私はこんなにも卑怯で、臆病で、どうしようもない人間くずれだったと。人間のふりをして、まともに生きているように見せかけている、どうしようもない人でなしだと。
きっと、私は耐えられない。
だけどこんなこと、誰も信じてくれないでしょう。
だからこの手紙は、普通じゃないものを沢山見ているこの場所に送ります。
私はもう覚悟を決めたので、どうでもいいことなんですが――。
信津町では、いったい何がおこっているんでしょうか。
コピー用紙一枚にびっしりかかれた手紙を綺麗にたたんで鞄にしまう。
間もなく次の駅へ到着するというアナウンスが響く。
電車はゆっくりスピードを落とし、プシュゥと乾いた音が全体に響く。
ドアが開けばむわっとした夏の湿度と熱気が車内へと流れ込んでくる。
あの時は調べる事ができなかった。
それから思い出す事もあまりなかったのだが――。
「さぁ、いったい何がおこっているんでしょうね」
男は微かに口角を上げると、ゆっくり電車を降りる。
灰色のプラットホームから夏の抜けるように青い空が見える。
今日も、暑い日になるのだろう。
私は、人を殺しました。
告白からはじまる手紙の震えた字をなぞり、男は顔をあげる。
車窓からはベッドタウンと呼ぶに相応しい静かな街並みが広がっていた。
信津町は都内にあるが、東京都の喧噪から遮断された町である。
やや入り組んだ場所にあるように見えるため住んでいる人間からすると不便に見えるだろう。
ハイキング気分が味わえるような山があり、ペットの犬を自由に走らせても誰も文句を言わないような大きな公園もあるのだから牧歌的だ。
都心から電車では一時間半といったところか。
大きなショッピングモールこそないが、車がなくても充分生活ができ、町内で生活用品一式は全て準備できるあたり恵まれているだろう。
少なくても田舎町ではないというのが、仕事で各地に飛び数々の秘境や限界集落を見てきた男の印象だった。
男は視線を逸らし、鞄から一通の手紙を取り出し、色あせた文字を辿る。
場所は、信津町。
私はそこで、人を殺したんです。
震えた字は、確かにそう書いてあった。
かすれたボールペンのインクが途中で切れていたことにも頓着しなかったのだろう。
焦り。驚き。困惑。そして、やり場の無い罪の意識が文面から満ちている。
手紙を呼んだのは、もう十年近く前だろう。
当時もそして今も、男は主にオカルト系のフリー編集者をしていた。
「また、頼むよ。いつもみたいにさぁ、過去の記事いくつかまとめて、いい感じにお願い」
夏が近くなる頃、顔なじみの編集長から連絡が入る。
すでに廃刊したオカルト雑誌の別冊としてムック本を出したいから、協力してほしいという依頼だ。
オカルト系のムック本が定期的に出る理由は、主に二つ。
一つは、熱心なファンと夏場といえば怪談というユーザー層により一定数の売り上げが見込めるということ。
もう一つは、過去につかった記事をまとめるだけでもそれなりに本になるということだ。
出版業界に限らず、今はどこだって予算がない。
新たに取材をする時間も余裕もないため、過去の資料を多く抱えている男に声がなどないのだから、過去の素材でそれなりに本の体裁がつくれたら御の字というわけだ。
「いやはや、まったく。世知辛いですねぇ」
男は独りごち、過去の資料をあたる。
このような企画を立ち上げる時、男に声がかかるのは、手元に圧倒的な資料があったからだ。
オカルトブームが下火になりはじめた頃、当時の編集やライターは揺れ始めた。
去って行く者もいたし、去らざるを得ない者もいただろう。
見送るとき、去り際に資料を託される事も多く、気付いた時には膨大なオカルトの資料が手元に残っていた。
「そうだ。この段ボールも渡しておくぜ。読者からの手紙、ってやつだ」
編集長含め、主力メンバーが3人しかいないフロアに顔を出した時、編集長はそういいながら、薄っぺらいボール箱を渡す。
定期的にオカルト雑誌を出していたこの出版社では、読者から届いた心霊写真や個人の心霊体験などが時々に届いていた。
おおよそ一年分の手紙を確認し、面白そうだったら実話風の記事にするように、ということだろう。
「あはぁ……今年も結構ありますね。参考にさせていただきます」
年々少なくなる手紙にいつも通りの愛想を告げ、男は手紙を確認する。
手紙はほとんどが封も切られていない。
中に入っていたのは、当時流行りだったオーブが写ったという心霊写真が幾通か。最近は雑誌の質が落ちているという悲嘆の手紙が二通ほど。そして、明らかに創作である実話風怪談がわずかにあるだけだ。
今回は、わざわざ記事にして取り上げるような内容はなさそうだな。
そう思いながら残りの手紙もわずかになった頃、かすれたインクと乱雑な字で住所が書かれた一通の手紙が目に入った。
色気のない茶封筒。開けて入っていたのは便せんではなく、コピー用紙だった。
滲んだボールペンのインクはばらついている。
男は一度呼吸を整え、滲んだ字を追いかけた。
私は、人を殺しました。
場所は、信津町。
私はそこで、人を殺したんです。
悪い事をしたのはわかっています。バカなことをしたのも。だけど私はとても動転していて、それが最善だと思ってしまったのです。
夜でした。
酔ってはいません。
信津町に何の用事があって行ったのかも覚えていませんが、時間が遅いのと車が少ないのもあり、油断していました。スピードも出ていたと思います。
だから突然現れた子供をよけることができなかった。
跳ね飛ばした子供はゴムボールのようにポンと飛んでいったのに、車が受けた振動はポーンなんて軽いものではありませんでした。
どすり。あるいはどしゃりといったハンドルの鈍い感覚。
まずいと思ってブレーキをかけても、止まったのは10mくらい先だったと思います。
大丈夫か。死なないでくれ。私をどうか人殺しにしないでくれ。
祈るように駆け寄ったのですが、私が見た時にその子はすでに意識がありませんでした。
広がる血は白いシャツだけではなく、ズボンにまで染みていて、赤いはずなのにどす黒く見えました。土に汚れたスニーカーのつま先に、少し傷がありました。
倒れていた子供の頭はひどく歪んでいて、呼吸も浅くて、今にも途切れそうでした。
暗い夜道の向こうから、誰かが走る足音が聞こえた時、それがこの子の両親ではないか。両親が見たらどんな顔をするのだろうか。泣き叫び怒り狂うのだろう。私に詰め寄って、私を犯罪者にして、私が一生かかってもはらえない賠償金を負わせられたら、私はもうおしまいです。
嫌だと思ったのです。
だってほんの一瞬、数秒という時間の油断で、一生人殺しになってしまうんです。
しかもまだ小さい子供なんです。
目の前にある現実に、耐えられませんでした。
私はそれまで真面目に生きてきて、何の悪い事をしてませんでしたから、どうしてこんな目にあうんだとさえ思っていました。
だから、魔が差したのです。
まだ見つかってないのだから、逃げてしまえばいいのだ。
私は、すぐさま車に飛び乗ってその場から逃げ出してしまいました。
逃げ出したんです。
ひき逃げです。
家に着いたのが何時だかわからなかったのですが、布団をかぶってぶるぶるふるえて、一睡もせず朝を迎えて、翌日も翌々日も休んでしまったのは覚えてます。
家に帰って、少しずつ落ち着いてきて、本当に馬鹿なことをしたという実感があふれてきました。
あの子が死んだのなら私のせいで、私は人殺しになるのが当然で、遺族にわびるのが当然で、それはお金なんかでは償えないのだというのを、ゆっくりと理解したのです。
あの子はどうなったのだろう。
テレビのニュースを見ました。ネットのニュースも。隅々まで調べましたが、信津町の事故はどこにも取り上げられていませんでした。
ひょっとして、生きていたのではないか。
その可能性に気付いた時、私は人殺しにはならなかったんだ。その安堵が先に出て、自分は本当に最低だと思いました。
人殺しにならなくても、子供に大きな怪我をさせ、不自由な時間を作ったのですから立派な罪人です。
あんな大けが、すぐに治るとは思えません。
一生不自由な暮らしをすることになったのかもしれません。
心配になり、地方紙を取り寄せてまで事故のことを調べました。
それでも、信津町では事故なんてありませんでした。
私の車はひしゃげていて、血が錆のように残っています。
私があの日、確かにあの子を車で轢いたのは間違いないでしょう。
それなのに、どうして誰も何もいわないのだろう。本当に、何もなかったのだろうか。
気になった私は、とうとう自分から信津町へ向かっていました。
自分が何をしたのか、確かめずにはいられなかったのです。
私が事故を起こした場所は――確かに私がブレーキをかけた痕跡がはっきりと残っていました。ブレーキをかけた後、ガードレールにこすった傷もです。
だけどそれ以外の事故の痕跡はなく、私だけが人を殺した実感をもったまま、投げ出されたような気分でした。
何がおこっているかわからず、ふらふらと町を歩きました。小学校があります。中学校があります。大きな公園もあります。
夕方くらいには公園に行っていたでしょう。
ベンチに座ってぼんやりと周囲を眺めていたら、コロコロとボールが転がってきました。サッカーボールです。私がそれを拾ってボールの持ち主を探したら、「ボールひろってくれてありがとう」って笑う子供がいました。
白いシャツ。カーキ色の半ズボン。スニーカーのつま先に少し残った傷……。
少年は、怪我ひとつしてませんでした。屈託ない笑顔でボールを受け取ると、ポンポンとそれを蹴飛ばして友達の輪へ戻っていきました。
白いボールは、あの時の子供のように遠くへ飛んで行きました。
子供は生きていて、元気で、何の問題もなかったんです。
私は人殺しではなかったし、事故はなかったし、怪我さえさせてないのです。
だけど、私のなかにべっとりとへばりついた罪の意識は、どうやっても剥がれてくれない。
苦しいのです。罪すら消えてしまったこと。何もなくなってしまった中に、私だけが取り残されてしまったようで、とてもとても苦しいのです。
あの子が死んでいてくれたらとは思いません。
だけどこの罪の意識だけが私に残り続けているのは、あんまりじゃぁないですか。
私はどうしようもないのです。
人殺しになると思ったら逃げ、罪が明るみになったらろ怯えたくせに、罪がなかったと明かされた時、一人で罪悪感を背負い否応なく向き合わなければいけない重さに、とてもとても耐えられないのです。
私は人を殺しました。
だけど誰も死んでおらず、私には人を殺した罪の意識だけが残されました。
それは日に日に肥大し、私を激しく責め立てるのです。
私はこんなにも卑怯で、臆病で、どうしようもない人間くずれだったと。人間のふりをして、まともに生きているように見せかけている、どうしようもない人でなしだと。
きっと、私は耐えられない。
だけどこんなこと、誰も信じてくれないでしょう。
だからこの手紙は、普通じゃないものを沢山見ているこの場所に送ります。
私はもう覚悟を決めたので、どうでもいいことなんですが――。
信津町では、いったい何がおこっているんでしょうか。
コピー用紙一枚にびっしりかかれた手紙を綺麗にたたんで鞄にしまう。
間もなく次の駅へ到着するというアナウンスが響く。
電車はゆっくりスピードを落とし、プシュゥと乾いた音が全体に響く。
ドアが開けばむわっとした夏の湿度と熱気が車内へと流れ込んでくる。
あの時は調べる事ができなかった。
それから思い出す事もあまりなかったのだが――。
「さぁ、いったい何がおこっているんでしょうね」
男は微かに口角を上げると、ゆっくり電車を降りる。
灰色のプラットホームから夏の抜けるように青い空が見える。
今日も、暑い日になるのだろう。
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