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インターネット字書きマンの落書き帳

   
夢男子×山ガスの監禁ネタを全部まとめたやつ(BL)
せっかくなので、今まで書いた奴を全部まとめました。
一気に読んで一気に情緒をグチャグチャにしてね!

夢男子は、人魚姫の童話に囚われてそれを信仰にし、
山田ガスマスクを監禁している一般成人男性です。

お前みたいな一般成人男性がいるか。

とても暗く、とても救いようのない、因業の高い話だよ。
みんな、心に傷を負おうな♥



『例え人形であったとしても』
 身体中に鈍い痛みが走る。
 薄暗い周囲を見渡そうとしても、首が思うように動かず、仕方なく目の動きだけでわかる範囲で当たりを覗えば、窓が随分と高い所にあるからか、わずかな明かりが床に差し込んでいた。
 青白い光はか細くも頼りなく、恐らく今は夜で、あれは月明かりなのだろう。
 周囲に置かれているのは、段ボールに積み上げられたハードカバーの本。
 ちょっとした棚くらいの大きさのドールハウスまである。
 海外の映画で見る屋根裏部屋のようだな、と山田ガスマスクは思っていた。
 だが、本当のところ、ここがどこだかまではわからない。
 自分が壁を背にして床に座らせられているというのはわかるのだが、一体どうしてこの場所にいるのかは思い出せなかった。
 断片的に思い出すのは、一人で夜の道を歩く記憶。
 普段より混んでいた馴染みのバー。
 注文したショットグラスの結露。
 黙々と飲む客たち……。
 バーに行くのは久しぶりだが、自分が飲める量くらいは知っている。
 注文した酒も、特別にアルコール度数が高い訳ではない。
 それなのに、あの日は酷く酔い、そして眠くなっていた。
 流石にこのままでは帰れなくなると思い、普段より早めに店を出たが、どんどん記憶が曖昧になる。
 薬でも盛られていたのだろうか。
 だとしたら、一体誰が。なんのために……。
 手も足も痺れたように動かず、声すらも出ない。
 山田の隣には、柔らかく大きなぬいぐるみやトルソー、マネキンなどが置かれている。
 人間や動物をかたどったモノがそばにあるというのに、驚くほど静かな異質感が、青白い月のフイルターを通しますます不気味に思えた。
 それに、ひどく黴臭い。
 元々あまり体が丈夫ではない山田にとって、黴と埃の臭いが充満するこの部屋は、自分の置かれている状況も相まって恐ろしく、同時に不愉快だった。
 ――何だよ、一体誰なんだ。
 僕はたしかにロクデナシだ。そのくせにのうのうと生き延びている、傲慢であるのも理解している。
 だからって、何ら意味もなく壊れた玩具のようにうち捨てられる筋合いはない。
 せめて、どうしてこんな目にあっているのかくらい、説明してくれないか……。
 目が覚めてから、体は動かないが頭はやけに冴えている。
 月明かりに照らされ、普段より青白く見える動かない手足を眺めて、山田はぼんやりそんな事を考えていた。
 それからどれくらい時が過ぎたのだろう。
 ぎしりと床の軋む音がした後、淀んだ室内に風が吹き付ける。
「やぁ、山田くん。そろそろ起きたかな? 起きてるよね。起きているはずだ。理論上、もう目は冷めているはずだからね。瞼が上がるかどうかはわからないけど。うん、まぁ別にいい。大事なのは今の君が、私の言葉を聞こえていて、理解しているということだからね」
 この場に似つかわしくない程、明るいよく通る声だ。
 自信に満ち、得意気な声色は、うち捨てられた子供部屋で聞けば、さながら騒ぎ立てるピエロ人形のように思えた。
 床を軋ませながら足音は近づくと、誰かが山田の頬に触れ強引に顔をあげさせる。
 まったく見覚えのない男だ。
 だが男は、どこか陶酔したように頬を赤らめ、目を輝かせている。
「あぁ……やっと手に入った。山田ガスマスクと呼んだ方がいい? それとも、以前の配信者としての名前のほうが馴染みがあるかな? それとも――」
 見知らぬ男は、山田の本名を告げる。
 ――なんで、この男は僕の本名まで知っているんだ。
 いや、事件の時、報道で本名が出てはいるだろう。だから本名を知られるというのに驚きはない。
 しかし、殺人の罪が暴かれ、その上でGRを引き起こした大罪人の名前を覚えているというのは、異質な執着だろう。
 しかも男は、山田のことを十年来の親友でもあるかのように親しげに語るのだ。
 ――誰なんだ。どうしてこんな事をするんだ。何が目的なんだ……。
 様々な疑問が頭の中に渦巻く中、男はその答えを提示するかのよう、鞄から何かを取り出す。
 それは、赤黒く光る革の首輪だった。
「あはは、喋れないよね? 動けないよね? でも驚いているよね? ふふ……キミの事はひとまず山田くんって呼ばせてもらおうかな。私にとって一番馴染みのいい呼び方だから。それで……これ、つけさせてもらうよ。山田くん。今日からずーっと、私が可愛がってあげる。毎日お風呂にいれて、体にいいにおいのクリームを全部塗って、髪を綺麗に整えて……」
 カチャカチャと金属音の後、首に重苦しい首輪がつけられる。
 首輪の内側に逆立つ細かな毛が山田の首をチクチクと締め付け、ひどく痒いというのに指一本動かせず、思い切り掻き毟ることすらできない。
 その様子を、男は満足そうに眺めていた。
「やっぱり、視線は動いてるね。うん、意識はやっぱりちゃんとある……計算通り。今まで色々な薬を調合して、市販薬でもベストな状態で効くようにしたんだ。山田くんは身長のわりに体が細いから、効き過ぎないか心配だったけど……ちゃんと、生きたまま人形になってくれて嬉しいよ」
 男があまりに饒舌だったから、山田は自分のされたことを何とはなしに理解する。
 今日はバーが客が多かった。
 隣人が誰かは気にしてなかったが、隣にいたのはこの男だったのだろう。
 席を立った時、睡眠薬か何かを入れられていたのだ。
 山田は甘い酒も飲むし、ロングドリンクを置いたまま席を立つ事もあったからすっかり油断していた。
 眠気で意識がもうろうとした時に、無理矢理に連れ込まれたのか……。
 落ち着け、大丈夫だ。
 こいつのしていることは誘拐、監禁……犯罪だ。
 山田はかつて罪を犯したが、今は刑期を終えている。現実として罪の意識全てが消えた訳ではないが、社会的な制裁は十分に受けただろう。
 だから、法が守ってくれるはず。誰かが助けてくれるはずだ。
 ――いや、誰が気付いてくれる。
 5S時代、一番仲が良かった谷原は、刑期を終えた後、実家に戻ったとは聞くがもう連絡はつかない。眉崎も同様だ。水商売のなかでもより、裏に近い仕事で食いつないでいるとは聞いたが、元々あまり気軽に話す間柄でもなかったから行き先はわからない。
 黒沢や清水は、まだ出所もしてない。
 逮捕された時点で、知り合いや顧客はほとんど関係が切れているのだ。ここに山田が囚われていることなど、きっと誰も気にしない。
「そうだよ、山田くんはもう、せかいでひとりぼっちなんだ」
 男は首輪から伸びた鎖を、指で弄ぶ。
「でも、もう大丈夫さ。心配しなくても、これからずぅっと、この私が可愛がってあげる。だから安心してね……ほら、笑って。ふふ……私のかわいいお姫様」
 男は山田の前に座ると、手元の鎖を手繰りながら山田の体を抱き、強引に唇を重ねる。
 ねっとりとした舌が不快に口をかき回し、嫌悪ばかりが肥大する最中、水っぽい音がやけにエロティックに響き渡る。
 こんなに不快なのに。こんなに穢らわしいと思っているのに――。
 こんな人間でも、自分を赦し受け入れて、必要としてくれる。
 その事実に僅かでも喜びを覚え、安堵し、不愉快な空間にさえ安寧を覚えている。
 それが、この上なく惨めだった。



『もしも人魚になれるなら』
 ヤグルマソウの花びらの……。
 今日も涼しい声が、祝詞のように規則正しく言葉を紡ぐ。
 山田はバスタブに浮ばせられ、ぼんやりとその言葉を聞いていた。
 バスタブには赤い花びらがいくつも浮かび、とてもいい匂いがする。
 この後、湯から上がったら、上等なクリームを体全体に塗られて、綺麗に髪を整えられ、唇に少し紅を入れられるのが一連のルーティンになっていた。
「ふふ……湯加減はどうかな、山田くん」
 男は柔らかに笑うと、乳白色に濁る湯を片手でかき混ぜる。
 少し温いくらいの湯だが、いつもたっぷり1時間は入れられるのでこれくらいが丁度いい。
 山田は目を細くして、男の顔を見た。
「そう、悪くないみたいだね。だったら、湯は足さないでおこう。あと少し入ったら、身体中にクリームを塗って、真っ白な真珠のようにピカピカにしてあげるからね」
 男は愛おしそうに、山田の唇へ触れる。
 愛されている。
 その事実が、ただひたすらに気味が悪かった。
 はだは、薔薇の花びらのように……。
 男は再度、いつもの言葉を諳んじる。
 アンデルセンの「人魚姫」だ。
 この男は山田と会う時、いつもこの物語をまるで歌のようにリズミカルに読み上げるのだ。
 山田がこの男の世話を受けるようになって、今日で3日目になるが、山田はこの男のことをまだ何も知らなかった。
 話ぶりから山田がまだ5Sとして配信していた頃からの熱心なファンだというのはわかる。
 だが他の事は、「人魚姫」という物語を暗記するほど読み込んでいるという事以外は何も知らない。
 名前も、年齢も、職業も、何もかも教えようとしないし、それを聞く事もできないのだ。
 何故なら……。
「山田くん」
 男は不意に山田を覗き込むと、突然頭を乱暴に湯船へと押し付ける。
 乳白色の甘ったるい液体が口から、鼻から容赦なく入り込み、ゴボゴボと音を立てる最中も、山田は何の抵抗もできずにいた。
 手も、足も――体は一切、動かないからだ。
 呼吸がつまり、ジワジワと死の恐怖が迫る。
 腹にも肺にも水が流れ、脳の奥底から警鐘がやかましく鳴り響く。
 だがどれだけ焦っても、体は全く動かない。
 山田の脳裏に、幼い頃父の怒りを買い、裸にされベランダへ放り出された記憶が蘇った。
 いくら体を震わせて、泣き叫び許しを乞うても、父の気まぐれが収まるまで決して中に入れてもらえなかった無力感――。
 あの時と同じだ。
 これは気まぐれという災厄であり、自分は子供のころ、それに抵抗できず震えて待つことしかできなかった。
 何か、変わりたいと思った。
 父のようになりたくない。母のような迎合も嫌だ。人並みに扱われたい。  そう渇望し、5Sの一人として正義を追従したというのに、結局――。
「ぁ、がはっ!」
 ほどなくして、男は山田をバスタブから引き上げる。
 喉に詰まっていた湯が吐き出され、喉から空気が通るだけの音がした。
 声ではない。ただの音だ。だがそれを、男は満足そうに笑って見つめていた。
「ふふ……美しくも愛らしい人魚姫は、声を泡にしたかわりに、足を手に入れたんだ。だから私も、それをあげる。私は決してキミを責めないし、キミを何も否定しない……ここで、キミは全てに許され祝福される。自由なんだよ」
 山田を引き上げるその手は、飴細工を扱うかのように優しい。
 とても、今しがた山田の頭を沈め溺れさせようとした男とは思えない程だ。
「さぁ、身体中にクリームを塗ってあげる。その白い肌をピカピカに磨き上げて、肌にうっすら浮かび上がる青い血管が躍動するところを見せておくれ」
 男はバスタブから湯を抜くと、山田の体をタオルで包みひょいと抱き上げる。
 目覚めた時、山田はこの男の家にいた。
 男が誰だかも、ここがどこだかもわからない。
 ただ、手足も動かず声も出せない今の山田は、男の着せ替え人形でしかなかった。
 濡れた体を丁重に拭いた後、たっぷりとクリームを塗り込む。
 南国の果実を思わすあまったるい匂いは本来、心地よいはずなのだが、得体の知れない男に体を好きに触られているという事実は恐怖と嫌悪となり、心地よさなど微塵も感じない。
 ぬるぬると首筋や胸を、自由に這い回る指先に蛞蝓が這い回る幻覚が重なる。薄気味悪く、そして穢らわしい指先だというのに……。
「ぁ……ぁっ! ぁ……」
 意図せず、喘ぎが漏れる。
 喜びではない。男の指先が快楽を運び、その上で出たただの生理的な反応だ。
 愛する先にある営みで喜びに満ちた上で出た喘ぎ声では決してない。
「……いい声で、鳴いてくれるんだね。声が出なくとも、キミの視線が。喉を震わす音が。肌が。私を受け入れてくれるのがよくわかるよ」
 それでも男は嬉しそうに笑うと、そっと山田の髪を撫でた。
 ――何を言ってるんだ、身勝手な妄想だ。僕は、お前なんか受け入れてはいない。
 こんなことされて、嬉しいわけないじゃないか。
 気付いたら知らない場所にいて、手足も動かないまま裸にされて、それからずっとお前の好きなように扱われてきた。
 そんなの、ただの傀儡だ。道具だ。
 僕は、お前の玩具じゃない。
 表情さえろくに動かないから睨み付けることすらできないかわりに、大きく見開いた目で男を見据える。
 すると男は、山田の前にそっと手をかざして笑った。
「そんな顔をしないでおくれ。キミは……ずっと玩具だったじゃないか」
 男の言葉が、山田の喉笛を噛みちぎる。
「ね、気付いてるんだろう。キミはとても聡い……キミはずっと玩具だったろう?」
「5Sという名の商品として、皆の前で玩具として振る舞ってきた。そうだろう?」
「キミには、大衆の玩具なんて重すぎるんだよ。鎖なんだ。足かせなんだ。私はね、キミをずっと……多くの理想から解放させてあげたかったんだ」
 陶酔したように男は語る。舞台俳優のように大仰な動きは滑稽なはずなのに、その言葉は山田の首をじわじわと締め付けた。
 ――そうだ、僕はずっと玩具だ。傀儡だ。
 小さい頃は両親の。それからは黒沢さんと5Sの。そして視聴者の――。
 決して考えなくとった行動ではない。
 だが結果として、自分の人生は全て見世物だった。
 この一生で自分がしてきたのは、人生の量り売りだ。
 しかもその切り刻まれた人生でさえ、たいした価値などない。
 人の命を奪った重みからすれば、綿より軽い娯楽だ。
 許される存在ではない――。
「もう、キミは誰の理想で踊らずともいい。ただ、私のためにいてくれれば……私は全てを許し、受け入れるからね。山田くん。キミさえ受け入れてくれたら、私はキミの体を自由にしてやってもいいんだ。この足を自由にして、動くようにしてあげても……」
 男はそう告げ、山田のつま先へ口づけをする。
 冷たいつま先に唇の熱を微かに感じながら、山田はぼんやりと思うのだ。
 ――ひれから足を手に入れた人魚姫は、優雅な仕草と引き換えに剃刀の上を歩くような激しい痛みを与えられた。
 たとえ僕が自由になっても、きっと、同じ痛みがつきまとうのだろう。


『籠の中の駒鳥』
 ……どうして、あたしたちには、魂がさずかりませんの?
 今日も男は揚々と物語を諳んじる。
 内容は相変わらず、アンデルセンの人魚姫だ。
 山田は、男が諳んじる物語で、はじめて人魚姫の物語を正しく知った。
 子供の頃、絵本で読んだ記憶はあるが、その内容は王子に恋をした人魚姫が恋に破れ、愛した王子を殺すことができず海に飛び込み、そして泡となって消えたという話だ。
 今、男が話しているのは違う。
 元々、人間のような魂をもっていなかった人魚姫が、王子を殺さず身を投げるという筋道は一緒だが、泡になる意味が違うのだ。
 魂をもたない人魚姫が、人間と同じように魂をもつ可能性を与えられ、希望をもって祈る。
 たとえ人間の魂を持たない者であっても、真実の愛と行いによって救われる物語であり、これがアンデルセンの書いた原作に、より近い翻訳らしい。
 綺麗事だ、と思った。
 天国ではなく、今生きているこの世界で救われたいともだ。
 だが、それが許されないからこそ、死に救済を見たのだろう。
 それはわかる。なぜなら、山田もまた誰にも許されない存在だったからだ。
 「さぁ、綺麗に爪を塗ったよ。キミは肌が白いから、あまり派手な色にしないほうが似合うだろう。だから、薄紅色のマニキュアだ」
 山田の手をとり、丁重に爪を塗り終わると男は嬉しそうに笑う。
 この男が、誰なのか山田は相変わらず知らないでいる。
 男も山田の前では、名乗らないでいる。
 相変わらず、山田を監禁し、その体を玩具のように好きなように飾り、好きなように貪る。
 愛し、愛されているという相互の思いがある関係ではない。
 山田からすれば一方的な愛であり、尊厳の蹂躙だ。男は時に乱暴に山田の体を組み敷き、好き勝手に突き上げる。
 そうかと思えば今のように優しく、宝物を愛でるように扱うのだ。
 しかもこの男には、愛でる時と貪る時、そこに一切の感情変化が見られない。
 穏やかに笑って、あくまでも大事な「人魚姫」を抱き慰める清廉な王子として振る舞うのだ。
 狂人と呼んでも、決して言い過ぎではないだろう。
 人魚姫という物語に執着し、山田にそれを投影し、自分の手元に置き、着せ替え人形のように飾る人間が、まともなはずもない。
 王子と人魚姫。
 狂人と人形。
 閉ざされた部屋で行われる、児戯に等しいごっこ遊びは粛々と続けられる。
「マニキュアが乾いたら、またお薬の時間だからね」
 男は笑いながら山田の髪を撫でると、キッチンで薬を弄り始める。
 ベリーとバニラの甘ったるい匂いは、離れたベッドまで届く。
 山田は男からいつも、口移しで薬を注がれていた。
 吐き出そうと思ってもすぐに口を押さえつけられ、鼻までつままれるものだから、どうやっても飲み込んでしまう。
 薬を飲めば、手足の自由はたちどころに奪われ、身動きとれぬ傀儡となるのだ。
 だが、最近は以前と少し様子が変わってきたのに、山田は気付いていた。
 調合が上手くいかないのか。それとも山田の体が薬になれてきたのか、最近は少しなら体が動かせるようになったのだ。
 以前はベッドで横になるだけだったが、今はベッドから這い出して、室内を動き回れる。
 実際、キッチンまで這いずって、中から銀のナイフを一つくすねてきた。
 男はまだ、気付いていない。
 ――人魚姫は、自分を愛さない王子を殺せば、また人魚に戻れるはずだった。
 山田は枕元に隠していたナイフを、そっと握る。
 男はいつも、山田の前では無防備だ。
 人魚姫は、真実の愛と献身で、永遠の魂を得た。
 だが――。
 ――僕はそうじゃない。
 僕の魂は、もう穢れて救いようのないのだから――。
 山田は強く、ナイフを握る。
 そして――。
「……山田くん?」
 目の前に広がる真っ赤な血を、男は驚きの目で見つめていた。
 今さっきまで白いシーツがきっちりと敷かれていたベッドが、薔薇を散らしたように赤く染まっている。
 山田は手にしたナイフで、自らの両足を切り刻んでいた。
「山田くん! 山田くん、どうして……どうしてこんなことを。キミは……」
 呆れるほど、血が溢れてくる。
 腕に力が入らないから、体重をかけて思い切り足を突いたから、かえって深い傷になったようだ。
「あぁ、キミがこんなに傷ついて……」
 珍しく狼狽える男を前に、息絶え絶えで顔をあげると、山田は彼の手をとって、自分の血で文字を書いた。
『人魚姫の足は、歩くと剃刀で刻まれるよう、激しく痛むものでしょ』
 ――男から幾度も聞かされている。
 人魚姫は、薬で尾びれを足にかえた。だがその足は、歩くと錐で突いたように。あるいは剃刀の上を歩くように、激しい痛みを伴うのだ。
『僕が人魚姫なら、そうしないと嘘になる』
 続いて、シーツの上に辿々しく字を書く。
 それを見て、男は山田の手をとるとしばらく静かに目を閉じる。
 そして、血濡れた指先に優しい口づけをした。
「大丈夫、私はキミを赦すし、愛するよ」
「私がキミの魂になる」
「真実の愛をもつ魂は、天国に行けるんだからね」
 陶酔し、信望し、どこへも定まらない視点で、男は恍惚の表情を浮かべる。
 そんな彼を見つめた後、山田は静かに頭を垂れた。
 ――僕は、魂なんていらない。真実の愛も。
 僕がほしいのは、ただ一つ――。
 僕が存在することを許してくれる、この籠だけが、あればいい。


『清潔で穢れた居場所』
 温かい水の中に、山田は静かに目を閉じる。
 無数の柔らかく優しい波がまるで腕のように山田の体を包み込むよう絡みつき、どんどん奥深くへ沈めていく。
 だが、不思議と怖くはない。
 ――海の底から、水の面(おもて)まで届くためには、教会の塔をいくつもいくつも積み重ねなければいけないでしょう。
 周りを包む泡から、清らかな声がする。
 ――肌は、バラの花びらのように美しく。目の色は、深い深い罪を飲み込む琥珀のように、茶色に輝いていました。
 耳元で泡が弾けて消える。
 人魚姫は、本当は青い目のはずだ。だけどあの人は、茶色の目を愛してくれた。
 全てを赦して、決して責める事はなく、赦して、愛して、慈しんでくれたのだ。
 ――さて、いちばん上のお姫様が十五になったので、海に浮かんでいいことになりました。
 ふっ、と体が軽くなる。
 それまで海の底の底、光も届かない温かい水のなかで眠っていたはずなのに、体はどんどん浮き上がり、光に向かって進んで行く。
 ――いやだ、いやだ。
 僕は、外の世界を知っている。何もしらない人魚じゃない。もう外の世界は十分なんだ。
 それなのに、どうして僕を引き上げる。
 首を振り、必死に抗い、暗がりへ潜ろうとしても、体はぐんぐん昇っていく。
 最初は淡い光の粒子がちらちらと輝いていただけだったったが、やがて光は太陽のように大きく、明るく、眩しく周囲を照らしていく。
 ――いやだ、やめてくれ。やめてくれ、後生だから。
 僕はもう――。
 ※※※
 山田の目に、真っ白な天井とそれを照らすシーリングライトがぼんやりと見える。
 目に優しい淡いカーテンに清潔なシーツ。かすかに漂うアルコールのにおい。
「……患者さん、目を覚ましたました!」
 その一声を皮切りに、にわかに周囲が騒がしくなる。
 身動きできない状態でも、周囲の空気と腕に繋がれたいくつもの点滴から、ここが病院だというのはすぐにわかる。
 ――そうか、僕は、病院にいるんだ。
 つまり――。
 助かった? 解放された? 逃げ延びた?
 それとも――。
 ……夢から、覚めた。
 山田は疲れたように、静かに目を閉じる。
 今は何も、考えたくはなかった。
 ※※※
 次に目を覚ました時、山田の前には様々な人が入れ替わり立ち替わり現れた。
 最初に現れたのは、医者だった。
 医者はあれこれ色々と説明をしたが、要約すると命には別状がないものの、長らく寝たきりになっていたからリハビリで筋力を取り戻す必要があるだろうということだ。
 声がうまく出ないため、小さく頷くだけしかできなかった。
 それから、警察を名乗る男が二人、話を聞きにきた。
 自分が誘拐され、比較的に長い間監禁されていたことを聞かされた。
 両足の傷は、誰にやられたのかと言われたが答える事は出来なかった。
 最後に、見知った顔が病室に来た。
 確か、仕事仲間の一人で、数少ない顔見知りだ。
 連絡がつかなくなったので様子を見に行ったらもぬけの殻。
 仕事に穴を開けるほど無責任ではなかったはずと、色々調べた結果、連れ去られたのに気付いたのだという。
 警察をつれて潜入するまでの武勇伝を得意気に話していたが、全く頭に入ってこなかった。
 ただ一つだけ、男の言葉で残ったものは――。
「安心しろ、犯人、もう死んでたって話だからな」
 その言葉、だけだった。
 ……お姫様は、半ばかすんできた目を開いて、 船から身をおどらせて、海に身を投げ込みました。
 自分の体がとけて、泡になっていくのがわかりました……。
 耳元で沢山の泡が弾け、それらの全てが声となり、物語を紡いで消えていく。
 消えた後は、ただただ無音だ。
 何も音が残らない世界を、山田もまた無言で眺めていた。
 その日は、ひどく長く思えた。
 疲れもあってか、ベッドに入ってほどなくし、強い眠気に促され泥のように眠る。
 目を覚ました時、窓から朝日が昇るのが見えた。
 雲の隙間から光のカーテンが輝き、窓から見える街並みの照らす。
 あの人は、泡になったのだろうか。
 それとも天上の光となったのだろうか。
 人魚姫は真実の愛のために赦されて、天に昇るため空気の精になった。
 もし泡になったのなら、あの人もそのように赦され、天に昇っていくのだろうか。
「私は、赦してもらおうなんて思いませんよ」
 ぱちん、と泡が弾け、彼の声が聞こえた気がする。
 周囲を見渡したが、誰もいない。
 気のせいか、あるいは、残響か。
 だがその通りだ。
 彼は、赦されるのを望んではいない。
 だからこそ、山田のことを赦したのだ。
 神の許しを乞うより、山田の全てを愛し慈しむことを、彼は選んだのだから。
「ばっかみたい」
 久しぶりに喉が震える。声が出る。
 だが、あまりに長く喋らずにいたから、自分の声とは思えない。やっとの思いで絞り出した声は、声というより羊の鳴き声のようだった。
 馬鹿だよ。馬鹿。本当に、馬鹿。
 王子が死んで終わる物語が、一体どこにあるものか。
 頬につぅ……と涙が伝う。
 朝日が眩しすぎたからか、悲しい気持ちがあったからか、はっきりはわからなかった。
 そんな中、どこかから、看護師らしい声が明るく響く。
「よかった、段々と良くなっているみたい」
 廊下ですれ違った患者のことを喜んでいるのだろう。
 本当に、良かったと思っているのだ。声は優しく、慈悲深い。
 その声と言葉が、山田の胸に反響した。
 そう、良かったのだろう。  これで良かったのだ。
 生きていることが、良い事ならば……。
「……きっと、これでよかったんだよ」
 か細い声で、山田は呟く。
 助けられ、助かった。
 生きていることが良い事なら、これはきっと良いことだろう、だが――。
 ――どうしてこんなにも、世界が滲んで見えるのだ。
 止めどなく流れる涙に溺れぬよう、山田は天を仰ぐ。
 朝日は昇り、周囲を明るく照らしていた。
 今日は、よく晴れた日になるのだろう。

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