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インターネット字書きマンの落書き帳

   
トークグルプでも距離感のある新堂と荒井(BL)
平和な世界線で、いずれ付き合う新堂×荒井の話を……します!
今はまだ付き合っていないけど、いずれ付き合う。
今はまだ病気にきかないけど、いずれ寿命を延ばす効果が出る新堂×荒井の話です。

今回の話は、集会が終わって間もなく。
新堂に恋心を募らせて、でもそれを周囲に誰もに言えないで悶々している荒井が、トークグループでは新堂がしているやりとりを見つめていられる。

それだけで結構幸せだった。
幸せだったのに……。

みたいな話ですよ。

ひょっとしてこのシリーズがたまったら同人誌にしようと思っているのかって?
そうです。(正座)
俺の同人誌は基本的に、Webの再構築!


『グループトーク』

side A

 ボクシング部の練習を終えた新堂は、帰りの電車に揺られていた。
 帰宅部の生徒たちから比べれば、随分と遅い帰路と言えるだろう。実際、部活がない時の新堂なら風呂や食事を終えている時間だと思うと、いくら好きで始めたボクシングといえこのままでいいのだろうか。
 クラスメイトたちは、受験生なのもあり進学を見据えて本格的な受験勉強に励んでいる。恋人と仲良くデートをしたり、友人たちと連んでカラオケだパーティだと浮かれはしゃぎ回る連中も多い。
 そんな最中、自分だけはただ黙々とボクシングに打ち込み、未だ何の成果もあげられないでいる。真面目に練習をしているつもりではあるが、毎日代わり映えのない基礎トレーニングの繰り返しに新しく入った部員のトレーニング調整とやることばかりが多く、時間はあっという間に過ぎていく。
 本当にこれでいいのだろうか、これが自分のやりたかったことなのだろうか。
 勿論、ボクシングを始めたことに後悔はない。プロボクサーになるという夢も諦めた訳ではない。自分なら出来ると信じ、ひたむきに練習を続けてきた。鳴神学園はスポーツの名門でもあるから、練習メニューも環境も県内ではトップクラスの環境だろう。その点で言えば、恵まれた環境にいる。
 それだというのに、思うような成果は出ていない。2年までの成績はやっとの思いで全国大会に進出することができる程度であり、それはボクシング部の歴史においてもありふれた成績でしかない。
 最後の大会も並の功績しか上げられなかったのだとしたら、自分が情熱を注いできた三年という時間は全く無意味だったのではないだろうか。
 考えても仕方のないことだ。費やした時間は戻ってこないのだし、ボクシングが好きだという思いも嘘ではない。厳しい練習や人間関係が嫌になることもあったが、練習に打ち込み強くなることは楽しかったが、夏の大会が近づくにつれ激しい焦燥感に駆られるのだった。

「まったく、そんなこと考えても仕方ねぇってのになァ」

 弱気は自分らしくない。ボクシング部の主将であるのなら尚更だ。
 新堂は良くない考えを振り切ろうとするように軽く首を振ると、ようやく空いたで席に腰を下ろし気晴らしにとスマホを取り出した。
 画面にはいつも通りの、暇があれば遊ぼうと誘う友人や、練習メニューに悩む後輩からのメッセージの他に、いつもと違うペースで大量の未読メッセージが届いていた。少し驚きメッセージを開いてみれば、最近作られたばかりのグループトークが随分と賑わっているようだ。

「僕はカレーが好きなんですけど、美味しいカレーを出すお店知りませんか? トイレが綺麗だと嬉しいです」

 最新のメッセージには、そんなことが書かれている。差出人は細田のようだ。
 日野に頼まれ参加した七不思議の集会でも、徹底してトイレにまつわる話しかしなかったという筋金入りのトイレ好きで、休み時間もトイレにいる時間の方が多いのだという。本人は虐められているので不良たちの目から逃れるためだと自虐的に話していたが、身長も平均並み、体重は三桁代に突入している巨漢の細田が虐められているというのは少し意外だった。細田ほどの体格がある人間が本気で抵抗したのならば、生半可な鍛え方をした不良なら吹き飛んでしまうはずだからだ。暴力を振るうのに慣れていない優しい性格なのか、そうでなければ弱いふりをして周囲を欺いているのだろうか。
 そんな疑問を抱きながら、カレーを出す店のことを考えすぐに止めた。新堂は辛いものが殆ど食べらず、外食でカレーなど頼んだこともなかったからだ。

「カレーは駅前のチェーン店くらいしか行ったことがないです、ごめんなさい。でも、駅前のチェーン店はトッピングが色々出来るから楽しいですよね」

 最初に返事をしたのは坂上だった。
 七不思議の集会で聞き役を務めた坂上は、本当は怖い話が苦手で新聞部でも一等に怖がりだという話だが、日野に頼まれたのだからと見事聞き役を務め、現在は新聞記事へ着手しているという。小柄でいかにも気弱そうな雰囲気だが、苦手なものに立ち向かい克服するという根性がある男だ。基本的には温厚で周囲への気づかいを忘れない性格だから、特に興味のない話題でも自分なりに考え発言をしているのが読み取れる。別に謝る必要もないのに謝ってみせるのは、少し弱気すぎる気もするがそれが坂上なりの気づかいなのだろう。

「カレーだったら、通学路の途中にある喫茶店が結構美味しいわよ。バターチキンカレーが濃厚な味わいでとても良かったからオススメするわ」

 次いで返信したのは岩下だ。
 演劇部の部長で、鳴神学園でも1,2を争う美女である。氷の彫像のような佇まいと滅多に表情を変えぬ所から周囲にはどこか近づきがたい印象を与えているようだが、新堂とは同じ部長同士というのもあって、比較的多く話す機会が多い友人の一人だ。
 学園のマドンナが喫茶店のカレーを食べているというのは少し意外な気がするが、通学路の途中にある喫茶店といえばオレンジの温かな照明の下、静かなジャズが流れる隠れ家的な純喫茶だ。ステンドグラスを模したランプの下、アンティークな雰囲気の椅子に腰掛ける岩下はきっと絵になるだろう。
 このトークグループは、先日七不思議の集会で知り合ったばかりのメンバーが所属している。あの時集まったメンバーは、風間や岩下のように以前から顔見知りで時々話す生徒もいたが、他は殆どが初対面だった。

『集会のあと、記事の確認とかしたいのでアドレスを交換してもらってもいいですか』

 聞き手役で来た新聞部の坂上の提案でドレスを交換した後。

『せっかく知り合ったんだから、トークグループ作ってもいいですか。皆で怖い話とか、心霊スポットなんて共有しましょうよ』

 坂上と同じ一年生の福沢が突然そんな提案をし、半ば強引に集会のメンバー全員をグループに入れてたのだ。
 怪談を語る会と名付けられたトークグループは最初こそ鳴神学園であまり近づかない方がいい場所や最近聞いた怪異の噂、少し癖の強い教師の話などのやりとりしていたが、最近はすっかりただの仲良しグループの雑談コーナーになっている。
 最も、いつも怖い話ばかりでは気が滅入るし、新堂にとって運動部の絡まず下級生たちと雑談できる場所など今までなかったから、新鮮な気持ちで眺めていた。

「じゃじゃーん! もうすぐ夏だから新しいワンピースを買おうと思っているんですけど、どっちが可愛いですか」

 福沢はそんなメッセージの後、抜けるような青空を思わすワンピースと沢山のひまわりがあしらわれたワンピースという二つ写真を上げる。
 その写真を見て、新堂は子供の頃に見た映画のワンシーンを思い出していた。
 内容は覚えていないが、だだっ広い畑の中、青空の下で殺人犯が逃げるシーンだ。確かまだ小学生くらいの子供をつれていた気がする。あの畑はひまわり畑だったのだろうか、それともトウモロコシ畑か。どちらかであった気がするし、どちらでもなかったか気もする。ただ、広い畑と青空がひどく悲しく思えたのだけはぼんやりと覚えている。

「玲子ちゃんにはどっちも似合うよ。何ならデートの時、両方ボクが買ってあげようか?」

 福沢のメッセージにすぐさま反応したのは風間だった。風間はいつでも女子に対しての返事は迅速だ。
 相変わらず調子のいい野郎だぜ、自分の財布なんて滅多に出さないくせにな。
 新堂は心の中でつぶやき、二つのワンピースを見比べた。スカイブルーのワンピースは色合いもデザインも清涼感があり悪くないが、福沢が着るとなるともっと明るい色合いのほうが似合う気がする。その点で言えば、ひまわり柄のワンピースの方が福沢との相性がよさそうだ。

「俺は、ひまわりの方が似合ってると思うぜ。福沢の印象だと色合いは明るい方がいいんじゃないか」

 当たり障りのないようなメッセージを送れば。

「僕もひまわりの方が可愛いと思うな」
「偶然だね、僕もそう思うよ。青も悪くないけど、オレンジとかイエローの方があっていると思うな」

 坂上や細田もそんなメッセージを送る。やはり、福沢には寒色系より暖色系のイメージがあるのだろう。

「なるほどー、ひまわりのほうが可愛いですよね。サンダルもひまわりにあわせて、ひまわりづくしの夏にしようかなぁ」

 メッセージを送る福沢も、心なしか楽しそうだ。福沢は普段から可愛い小物やリボンなどを集めているし、きっとひまわりのワンピースに似合ったサンダルや髪飾りを上手に合わせることだろう。
 そう考える合間にも、以前見た映画のワンシーンがちらつく。
 真っ昼間から畑の中で追いかけられていた人物は殺人犯だった気がするが、誰を殺した罪から逃げていたのだろうか。逃亡中のわりに警察との緊迫なカーチェイスなどは少なく、一緒につれた子供と楽しそうにすごしていたので随分と牧歌的な逃亡だと思いながら見ていた記憶が微かに蘇る。一緒に連れていた子供は逃亡犯の実の子ではなかった気がするが、あれは誘拐してきた子供だったか、それとも別の理由でつれて来たのだろうか。子供は何か幽霊のような仮装をしていた気がするのだが、タイトルは思い出せない。

「なぁ、ところでこんな映画知ってる奴いないか?」

 新堂はふと思い立って、トークグループで聞いてみることにした。これだけ人数がいれば一人くらい知っているのではないかと思ったからだ。

「ガキの頃見た映画だから少なくとも10年以上前の作品なんだけど、古めかしい映像だったからもっと古い映画かもしんねぇ。殺人犯が子供をつれて逃亡する映画で、最後のほうは青空の見える畑に殺人犯が追い詰められるシーンがある奴なんだ。内容もタイトルも全然思い出せなくてよ。モヤモヤするから知ってる奴いたら教えてくれよな」

 覚えている限りのことは書いたが、こんな断片的な記憶で映画を導き出せるものだろうか。だいたい、逃亡犯が最後に畑に追い詰められるみたいなシーン、ごまんとある気がする。

「知らないねぇ、ボクはアニメしか見ないから」

 聞いてもいないのに風間は意気揚々と返事をする。風間ならそんなものだろう。元々風間には期待していない。演劇部の岩下なら何か知っているだろうか。別にタイトルがわからなくてもいい、同じ映画をみた誰かが思い出せずモヤモヤした記憶を抱いてくれるだけでもいいのだが。
 そう思っていた矢先に、一つのメッセージが届いた。

「それは、恐らく1993年にクリント・イーストウッドが監督したパーフェクト・ワールドという作品だと思います。逃亡犯と一緒にいた子供は、仮装などをしていませんでしたか?」

 今日は一度もメッセージをしていなかった、荒井からだ。トークグループに参加はしているのだが、殆ど会話をすることもなく時々相づちを入れる程度だったから見ていないのかと思っていたのだが一応メッセージは読んでいたらしい。そういえば、荒井は時田と一緒に自主映画の制作にも携わっているというし、好きな映画はフランス映画だという位だ。この手の話は詳しいのだろう。
 言われたタイトルを検索すれば、プレビューには過去に見た映画とよく似た風景が広がっていた。ストーリーも概ね記憶通りだから、この映画で間違いないだろう。

「そう、これだこれ。サンキューな、荒井。なんか、福沢の服を見てたらガキの頃、そんな映画を見たのを思いだしたんだよ」
「お役に立てたなら光栄です」

 せっかくタイトルが分かったのだから、久しぶりに映画でも見てみるか。加入しているサブスクにも入っている作品だといいのだが。
 しかし、何故この映画を見た記憶があるのだろう。新堂はどちらかと言えば勧善懲悪のスカッとするようなアクション映画が好きで、冗長な雰囲気のロードムービーなど自分から見たとは思えななかった。
 可能性があるのなら、クリント・イーストウッドという名前だ。この名前は聞いたことがある。調べた限り、マカロニ・ウェスタンで名を馳せた人物のようだ。新堂の父親は西部劇や任侠モノなど男の世界を描いた作品が好きだったから、親が趣味で見ていたのかもしれない。
 新堂はスマホを鞄に入れると椅子に深く腰掛けて目を閉じる。家につくまでまだ少し時間があるから、少し休もうと思ったのだ。するとすぐさま、鞄の中でスマホが震えた。誰かが新堂に直接メッセージを送ったらしい。

「新堂さん、よかったら今度の休日、一緒に買い物行ってくれませんか? 私の友達、早苗ちゃんが坂上くんをデートに誘いたいなって思っているみたいで、その時の勝負服! 一緒に選んでほしいんですよ」

 福沢からの突然の誘いに、新堂はぼんやりとスマホに入れたボクシング部の練習日程を開く。まだ大会も遠いから、基本的に休日は午前中のみの練習で午後からフリーだ。今度の休日というのなら、土日のどちらかということだろう。どちらも午前中はボクシング部の練習が入っているが、午後なら開けらるはずだ。普段なら他人の買い物など面倒だと思い断る所だが、ちょうど栗原からおいしいパフェの店を教えてもらったばかりだ。味はいいのだが店の雰囲気がかなりファンシーで、一人では入りにくいと思っていた所だから買い物に付き合う見返りに店に入る付き合いをしてくれればありがたい。

「わかった、土日だったら午後1時頃からなら空いてるから、都合がいい方を選んでくれよ」

 返信してすぐに、新堂は自分のしたミスに気付いた。福沢にメッセージを送ったつもりだったが、間違えて荒井に送っていたのだ。今届いたメッセージに返事を出すだけのはずだが、一度ボクシング部の練習メニューを確認するため別画面を開いたから操作を間違ってしまったらしい。映画の話をしたのが荒井だったから、何となく荒井のことを考えていたのかもしれない。

「悪い荒井、福沢に送るメッセージ間違えてお前に送っちまった。ごめんな、忘れてくれ」

 慌てて荒井にメッセージを送り、同じ文面を福沢へと送り直す。
 やれやれ、部活が終わった後だから少しばかり疲れているらしい。こんな些細な操作ミスをするなんて。新堂は深々と椅子に腰掛けると、長いため息をついて目を閉じる。
 揺れる電車は心地よく、疲れた身体に僅かな微睡みをもたらしていた。


side B

 夕食を終えてすぐ荒井は二階にある自室へ上がると軽い勉強をしていた。
 整然と整えられたデスクの上には、今日習った教科のテキストとノートが置かれている。風呂に入る前の一時間で今日習った教科を全て復習を終え、予習も勧めておくというのが夕食後のルーティーンとなっていた。
 入浴してからももう少し勉強するかは気分次第だ。今ある学びに興味を抱いたのならさらにもう一歩深い知識を求め、すでに既知の事実を並べ立てただけだったら趣味へと没頭する。
 最近は気軽に電子書籍を買えるようになり、よほど手元に置きたいと思える本の他は電子書籍で済ませてしまうことも多い。興味があるから買っておき、読まずに積んだままにしている本も随分と増えてきた。同じように、評判の高いゲームやカルトな人気のあるインディーズ作品はすでにゲーム機へダウンロードを済ませているが、まだ触れてないゲームも多い。
 そろそろ積んでいるゲームか本を少しずつ崩していきたい所だが、今は後のことを考えるより目の前にある勉学へ集中しなければ。自分は学生なのだから本分は学業で、それをおろそかにする輩を荒井は愚かだと思っていた。

「彼が愚かな人だなんてわかりきっている事なのですけどもね……」

 荒井の脳裏に汗を拭きながら笑顔でトレーニングをする新堂の横顔が思い浮かぶ。スポーツに夢中になるのはいいが、それでプロになろうというのは無謀だ。スポーツで成功する人間は生まれ持った身体的な優位といくら練習をして苦にならないような努力の才能の他、家族の理解も得られなければ続けられないことくらい新堂にもわかっているだろう。一昔前には粗暴で挑発的なプロボクサーも存在したが、今のご時世はトップをとる人間は人柄がよく品行方正でなければいけない。新堂はそういうこともわかってプロになろうとしているのだろうか。
 新堂のことを考えているうちに、勉強する手が止まっていることに気付いた。これでは人の事などいえない。色恋沙汰の感情に振り回されて学問をおろそかにするなど、荒井が嫌う下らない学生の典型ではないか。
 気分転換がわりに軽く肩を伸ばしストレッチをした時、机に置いたスマホが震える。どうやら誰かからメッセージが届いたようだ。
 荒井にメッセージを送ってくる相手は友人くらいしかいないから、時田から映画の誘いか。それとも赤川がまた面白いゲームを見つけたのだろうか。スマホをチェックしてみれば、最近作られたトークグループが随分と雑談で賑わっているようだった。今受信したメッセージも、この雑談の一端らしい。少し覗いてみれば、やれ美味しいカレー屋はないかとか、夏に着るためのワンピースはどちらがいいかといった読む価値もないような質問と雑談が飛び交っていた。
 そもそもこのトークグループは集会が終わった後、皆がアドレスを交換した時、怖い話が好きなもの同士でお互いに噂を共有しようと提案したことで作られ、断る暇もなく参加させられたグループだ。自分が興味を覚えた相手以外との交流に時間を割きたくない荒井からすると面倒な繋がりでしかないのだが、グループ内に新堂もいることから、誰かが発言した時に一応はチェックするようにしていた。
 新堂とはアドレスを交換しているから個人的にやりとりも出来るのだが、つい最近まで新堂に見つけられないよう生活していた荒井に気軽な雑談など出来るはずもなく、最初に挨拶をかわしてから殆どやりとりはしていない。
 だが、このトークグループ内でなら新堂とも無理なく自然なトークが出来るチャンスがあるのではないかと、僅かに期待してしまうのだ。自分と新堂の趣味が会うとは思っていなかったし、新堂の雑談に返事がいるような話は少なかったが、少しでも可能性があるのならそれを捨てることは出来ない。
 それに、何らやりとりが出来なくても新堂が良く聞く音楽や好きな漫画などについて語る時、それまで漠然と知識でしか存在しなかった新堂の情報に実感を伴うことが僅かな喜びとなっていた。
 つまるところ、荒井という人間は恋愛に対してひどく慎重で臆病な一人の少年なのだ。
 改めて今日の会話を遡れば、細田が美味しいカレー屋を探しているようだ。外食はするがわざわざカレーを頼むことは無いから、この話題では役に立てそうにはない。
 福沢のワンピースも、どちらを着ようが興味ないから有用なアドバイスは思いつかなかった。
 新堂からのメッセージは入っていないようだ。時間からするとまだ練習が終わってないか、終わっても家に着いてないのかもしれない。
 休憩はこれくらいにして勉強を続けよう。そう思いペンを手に取ろうとした時、スマホが震え新しいメッセージがポップアップする。

「俺は、ひまわりの方が似合ってると思う。福沢の印象だと色合いは明るい方がいいんじゃないか」

 新堂から福沢へのメッセージだった。ファッションなどに縁など無さそうだと思っていたが、アドバイスは簡素だが的確だ。色恋沙汰には無縁だし女性の好みなどにも無頓着な印象だったが、福沢の質問にすぐさま答えられる程度に異性に対して興味を抱いているのがわかる。硬派を気取っていても、中身は高校生なのだ。福沢のように愛嬌があり誰にでも親しげに話しかける相手には自然と優しくなるものだろう。

「なるほどー、ひまわりのほうが可愛いですよね。サンダルもひまわりにあわせて、ひまわりづくしの夏にしようかなぁ」

 福沢の返事も、心なしか楽しそうに見える。
 集会の時、福沢は周囲の生徒全員が初対面だというのに物怖じする様子はなかった。全員のアドレスを交換しようと提案したのも彼女だし、集会メンバーのトークグループを作ったのも彼女だ。元々思い立ったらすぐ行動に移せるタイプなのだろう。
 彼女は新堂のことを、どう思っているのだろうか。
 集会で話している時も、よく新堂と話していた気がする。「ボクシング部なんですか、腹筋とかやっぱり割れてます?」なんて気軽に声をかけて、初対面なのに腹筋を見せてもらったり筋肉を触ったりと随分スキンシップも多かった。風間からも「玲子ちゃん」と呼ばれ肩を抱かれそうになって可憐に避けたり、女の子になれていない細田は赤くなりしどろもどろになっていたのに「落ち着いて話してください、大丈夫ですよ」と気遣う様子を見せていたから、コミュニケーション能力がかなり高いのだろう。
 もし、彼女が新堂のことを好きだったら、自分では敵わない。
 ふと湧き出した思いに対し、荒井は黙って首を振る。もしもの話など意味もないことなのはわかっていたし、そもそも荒井の恋心はスタートラインにさえ立っていないのだ。
 新堂にとって荒井のことは名前と顔が一致する後輩というだけ。それ以上でも以下でもない。元々新堂に知られるつもりはなく、密かな思いを抱いて彼の卒業を見送る予定だっただ。集会で名前と顔くらいは覚えてもらえたのだからそれ以上、何かを求めるのは強欲というものだ。
  それに、現状の荒井は新堂とメッセージのやりとりさえろくにしていないのだ。顔を合わせて軽い雑談を交わすことなど、夢のまた夢だろう。
 せめて荒井から新堂の興味を引くような話題が出れば、自分でも話をするチャンスを得られるのだろうか。あれこれ考えなかなかスマホを置くことが出来ない荒井の前に、新堂のメッセージが現れた。

「なぁ、ところでこんな映画知ってる奴いないか?」

 映画の話だったら、何か役に立てるかもしれない。時田程ではないが映画なら最近のものから古い作品まで幅広くフォローしているし、有名どころなら大体見ているはずだ。どんな映画だろう。次の言葉を心待ちにしていると。

「ガキの頃見た映画だから少なくとも10年以上前の作品なんだけど、古めかしい映像だったからもっと古い映画かもしんねぇ。殺人犯が子供をつれて逃亡する映画で、最後のほうは青空の見える畑に殺人犯が追い詰められるシーンがある奴なんだ。内容もタイトルも全然思い出せなくてよ。モヤモヤするから知ってる奴いたら教えてくれよな」

 すぐさま次のメッセージが現れ、荒井の脳内に様々な映画のシーンが断片的に浮かんだ。
 殺人犯の逃亡劇なら思い当たる映画は無数にある。子供を連れて逃げるというシチュエーションも多い。だが、青空の見える畑で追い詰めるなんて随分と牧歌的なシーンだ。10年前だとしても2010年頃の映画だろうが、新堂の言う通り、もっと古い作品かもしれない。

「青空……、畑、逃亡犯と子供……」

 あまりにヒントが少ないが、思い当たる映画が一つあった。クリント・イーストウッドが監督を務めるパーフェクト・ワールドだ。確か、信仰の理由でハロウィンに参加できなかった子供を不憫に思った脱獄犯がその子供にハロウィンの仮装を与え、一緒に楽しみながら逃亡する最中に、お互い友情のような感情が芽生えていくようなストーリーだったと思う。脱獄犯である男は子供に暴力をふるう親などを見るととたんに攻撃的になり、たとえ恩義がある相手でも平気で暴力を振るうような粗暴な輩だったから、物語で紡がれる友情は危うさと脆さに満ちているのだが。
 考えているうちに、風間からメッセージが飛んだ。

「知らないねぇ、ボクはアニメしか見ないから」

 一瞬、もうわかった誰かがいたのかと驚いたが風間らしい何の意味も無い話題に肩透かしを食らう。知らないならわざわざ口を挟まないでほしいものだ。
 このまま考えていても仕方ない。間違っていても怒られる訳でもないだろうし、自分の言葉が呼び水になり新堂が映画のことを思い出せばまた別のヒントが出るかもしれない。そうして自分を奮い立て思い切ってメッセージを書き込む。

「それは、恐らく1993年にクリント・イーストウッドが監督したパーフェクト・ワールドという作品だと思います。逃亡犯と一緒にいた子供は、仮装などをしていませんでしたか?」

 送信を押してから、これが正解なのかと不安になる。新堂の気に入らない答えで機嫌を損ねたのではないか、余計なことを書いていなかったのか、焦れた気持ちと後悔に苛まれる最中、思いの外早く新堂からの返事が来た。

「そう、これだこれ。サンキューな、荒井。なんか、福沢の服を見てたらガキの頃、そんな映画を見たのを思いだしたんだよ」

 なるほど、ひまわりのワンピースを見て青空と畑の情景だけを断片的に思い出したのか。
 それにしても、パーフェクト・ワールドとは随分古い作品だし、チョイスとしても渋い部類だろう。新堂はもっと派手なアクション映画を好むと思っていたから、派手な展開が少ないロードムービーなどには興味がないと勝手に思っていたからだ。その作品なら、サブスクでも見れるだろうが、確か自分がコレクションしているDVDにもあるはずだ。

「家にありますけれども、良かったら見に来ますか?」

 そこまで書いて、荒井は全てのメッセージを消し新しく書き直した。

「お役に立てたなら光栄です」

 それだけでいいだろう。新堂も何とはなしに思い出しただけで、またその映画が見たいとは言っていないのだから。
 グループトークでは、今上映している話題の映画へと話が移り変わっている。新堂が映画の話題を出したからそちらに引っ張られたのだろう。自分が面白そうだと思った映画を好きな時間で見たい荒井はこれ以上トークを見る必用はないと思い勉強に移ろうとした。
 その時、スマホが震えメッセージがポップアップする。新堂が荒井のアカウントへ個人のメッセージを送ってきたのだ。今まで挨拶くらいしかしてなかったはずなのに、何の用だろう。今しがた話をした映画について詳しく知りたいのだろうか。不思議に思い画面を見れば、思いも寄らぬ言葉が飛び込んできた。

「わかった、土日だったら午後1時頃なら空いてるから、都合がいい方を選んでくれよ」

 明らかに、何処かへ出かけるお誘いへの返事だ。勿論、荒井が誘ったものではない。一体誰が新堂を、どこに誘ったというのだろうか。抱く疑問に答えるかのよう、新しいメッセージが届く。

「悪い荒井、福沢に送るメッセージ間違えてお前に送っちまった。ごめんな、忘れてくれ」

 どうやら福沢に当てたメッセージを間違えて荒井に流してしまったらしい。粗忽な新堂らしいといえば彼らしい行為だが、荒井の心中は穏やかではなかった。
 新堂を誘ったのはどうやら福沢のようだ。福沢は集会の時から新堂とは親しげだったし、その後もよく二人で話している所を見かける。一体どこへ出かける予定なのだろう。二人だけで出かけるのだろうか、それとも他の誰かと一緒なのだろうか。どちらにしてもこれはデートの誘いに近い。新堂は福沢のことをどう思い、どんな感情で彼女と向き合っているのだろう。
 次から次へと芽生える疑問に、とても集中などすることは出来なくなってきた。かといって、新堂とも福沢とも、二人で何処に行くのか聞けるほど親密な関係でもない。
 荒井はとうとうペンをを起き席を立つとそのままベッドへ寝転がる。
 あぁ、こんな思いをするのならやはり知り合うべきではなかった。好きになっても届かない相手なのだから、ずっと遠くで見守っていられれば充分なのだと、身の程を弁えるべきだったのに。

「それでも、もう知り合ってしまった……だから……もう、自分の思いは止められません。新堂さん、新堂さん……好きです、愛してますから……」

 愛しているから、自分のものにならないなら卒業するまでは誰のものにもならないでほしい。
 胸の奥底では激しい後悔と痛み、そして身勝手な願いが広がっていた。

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インターネット駄文書き
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