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インターネット字書きマンの落書き帳

   
たしかに死んだはずなのに
創作ホラーを書きました。

飲み会の翌日、一緒に飲んでいた仲間が一人死んでいた。
このままだと自分たちが殺したと思われる。
それを怖れてどっかの山に捨ててきたのに、翌日元気に死んだはずの男が現れてしまう話です。

もう少しコンパクトにする予定ですが、ここではのびのびと冗長にしてみました。
自重しない冗長バージョンをお楽しみください。



『たしかに死んだはずなのに』

 すっかり氷の溶けたアイスコーヒーをかき混ぜながら羽田はぼんやりと昔のことを思い出していた。
 それはまだ小学校にも通っていない頃だったろう。羽田にはいつも一緒に遊んでいる年上の友人がいた。歳は羽田より一つか二つしか変わらなかっただろう。大人になればそんな年齢差は些末なものだろうが幼少期の羽田にとって年上の友人は同時に絶対逆らえぬ存在でもあった。
 いつも一緒にいた二人を周囲は仲の良い二人だと言い実の兄弟のようだと微笑ましく語っていたが、羽田はただその男が怖かった。気まぐれに暴力をふるい、機嫌が悪くなると罵声を飛ばす友人を怒らせないようにいつでもその顔色を窺っていたのだ。
 そういえば、あの友人はどうしているのだろう。
 羽田の住んでいた地区は住人の入れ替わりが激しい土地だった。地方への出向で数年だけ家族で引っ越してきた家もあれば夜逃げで蒸発してしまうような家もある。きっとあの友人も何かしらの理由で引っ越したか家族の都合で消えてしまったに違いない。
 今となってはどうでもいいことだ。もう会う事もないだろうしどんな顔をしていたのか覚えてもいないのだから。
 結露で濡れたグラスをとると羽田はコーヒーを一気に飲み下す。
 濡れたテーブルを羽田の前に座る弓削が紙ナプキンで拭いていた。

 喧噪と怠惰が入り交じる深夜のファミレスにほとんど人の姿はない。
 離れたテーブルでは「将来金持ちになったら自分の生活するだけの金以外は全部ボランティア団体に寄付をするのだ」などと語る若者を夢見る目出見つめる女性の姿がある。
 そんなもの、おおよそ叶わない夢だから語る事が出来るのだろう。
 羽田はそんな男女の姿を冷めた目で見つめていた。

「そろそろ帰りましょうか、羽田さん。夜も遅くなってきましたし……」

 濡れた紙ナプキンを小さく丸めながら弓削は窓の外に目をやる。普段なら夜明け間近まで下らない話しで盛り上がっているのだが今日は随分と静かで早く切り上げる事になったのは一番喋る駒井の姿が無かったからだろう。
 当然だ、ここにもう駒井がくる事はない。
 駒井はもう死んだのだから。
 羽田は短くなった煙草をもみ消すとため息をついた。

 駒井が死んだのは弓削の家で飲み会を開いた時だった。
 ビールやらチューハイやら安酒を山ほど買い込み、焼酎とウイスキーを混ぜて飲むなどまるで酒を覚えたばかりの若造みたいな飲み方をして泥酔したまま眠りについた時は普通だったというのに起きた時はすでに駒井は息を引き取っていた。
 頭から血を流し首が奇妙な方向に曲がっていた。脈を取ればすでに身体は冷たく死んでいるのは一目瞭然だった。心臓マッサージもしてみたが触って冷たくなった身体が今更息を吹き返す事もない。
 当然、すぐに病院だとか警察に連絡というのも考えた。だが駒井はあまりにも不自然で不格好に首が折れ身体が捻れて死んでいたのだ。そう、殺されたように見える程には。

 羽田にも弓削にも駒井を殺すような理由はないのだが、あの夜は酔っており記憶は曖昧だった。駒井は過度な冗談を言えば頭や肩を殴る、蹴るといった事をコミュニケーションの一種だと捉えていた性格でもあったから酔ったまま勢いで殴られたそのお返しに強く殴って倒れてしまった。そういった可能性は否定しきれない。

 病院に行けば当然、ただの事故や病死だとは思われないだろう。警察が事件だと言い出してやれ検死だ捜査だとなればおおごとだ。時間や金がとられてしまえば家賃を払う事すらままならなくなるし、もしこれが殺人と断定されたのなら羽田か弓削のどちらかが犯罪者になる。
 自分たちは殺してない、きっと事故に違いない。だがもしも警察が部屋を調べ検証などをした結果、羽田か弓削のどちらかが殺したという事実が浮かび上がってしまったら例えそれが過失でもそれは立派な殺人犯だ。

「おい、弓削。こいつバラして埋めるぞ。心配するな、駒井みたいな男、一人いなくなったところで誰も気づきやしないさ」

 羽田は驚くほど冷酷な判断を下していた。
 駒井のような男のせいで殺人犯になるのはまっぴらごめんだ。それが羽田の素直な気持ちだった。

「あぁ、そうだな。そろそろ帰るか……」

 ポケットにもう煙草がないのを確かめ、羽田はつぶやく。
 駒井の死体を浴室に運び何とかバラしてから人里離れた山奥まで運び埋めたのはつい先日のことだ。何とはなしにルーティーンとしてこのファミレスに集まったが何か話すような気分には到底なれないでいた。
 それに集まる時話すのは専ら駒井だった。いつも一等に話す男がこの場にいないのだから食事を終えれば話題が尽きるのも早い。
 明日も明後日もバイトはあり生活のために金を稼ぐ日々が続くのだ。早めに帰り休むべきなのだろう。
 伝票をとり立ち去ろうとしたその時。

 「いやー、いつもより遅くなっちまったよ。羽田、弓削。待たせたな」

 くしゃくしゃの笑顔を浮かべた駒井が、二人の前に現れた。

 それから何を話しどうやって家に帰ったのか、羽田は覚えていない。
 確かなのは駒井がそこにいたという事。普通に食事をし、ファミレスの店員とも話しをしていたということだけだ。
 駒井はいつもと変わらずギャンブルで膨らんだ借金の話や飲み屋で知り合った女性をひっかけるのに失敗しウイスキーを引っかけられた話など失笑を買うような話題をまるで大将首をとったかのように堂々と語っていた。

 死んでもつまらない男だ。そんな感慨を抱いたのはぼんやりと覚えている。

 駒井の死を隠そうと思ったのは、駒井が天涯孤独の身だったというのもあるだろう。当人の話では家族から過度の期待を求められ心が折れ家出をしそれからもう一度だって家族と連絡をとっていないという話だ。実際に長年バイトをして生活をつないでいるようで、弓削が以前勤めていたバイト先ではリーダーとして煙たがられていたようである。
 あぶく銭が出来ればやれパチンコだ麻雀といった賭け事に手を出して貯金など一切せず、借金取りの取り立てから逃げるため弓削の部屋に避難する事もたびたびあったのだからお世辞にも善良な一市民とは言いがたい男だっただろう。実際に自慢話として出る話題には法に触れるような話も時々は飛び出していた。
 そんな男だ。不意にいなくなったとしても熱心に探す奴などいないだろう。
 駒井など世の中に居てもいなくても良いような存在なのだから。

 最もその点では羽田も弓削も似たようなものだった。
 羽田の家は幼少期から家庭内暴力が日常であり、羽田は親の支配から逃げるために賑やかな街へと逃げてきた。弓削もまた母親にひどい散財癖がありついに自分名義のカードを勝手に作って借金するようになったのでその支配から逃げ出した身だ。
 誰も頼る相手がなくどこかに留まる事もできない立場だからこそ羽田と弓削、そして駒井が連むようになったのは世間のどこにも居場所がなかったからだろう。

 もし羽田が死んだとしたら、駒井もきっと自分の死を隠そうとするだろう。
 だからお互い様だ。
 心でそんな言い訳をし、山中へ死体を埋めにいったのは月曜から火曜の夜……つまり昨日のことだ。

 長雨で湿気た土の感触。掘っても掘ってもなかなか深くならない穴。いつ雨が降るかもわからない淀んだ雲。冷たい骸。 全ての感覚がまだ生々しく残っている。

 確かに死んでいたはずだ。だが駒井は生きていた。
 冷たい身体を解体し一日がかりでビニールに詰めた記憶はすべて夢だったのだろうか。
 真実を確かめる必用がある。そう思った羽田がスコップをもち死体を埋めた山中を目指したのはもはや必然だったろう。

 スコップをカバンに詰め込み不自然に大きくなった袋を背負って自転車をこぎ出した。

「どうして、どうして。どうして、どうして、死んだはず。確かに死んでいましたよね」

 ファミレスを出た直後、何度もつぶやき俯く弓削の痛々しい表情が浮かぶ。
 青白くなった顔は死んだ駒井の顔よりもよっぽど生気が失せていただろう。
 駒井が死んでいたのは弓削のアパートであり駒井の死体を解体したのも弓削の浴室だ。罪の意識は羽田より弓削の方がよほど大きいに違いない。
 それでなくとも弓削は自己肯定感が存在しないような男だった。
 幼い頃から母親より役立たず扱いをされ、バイトした金を渡す時だけ褒められるという体験から危険なバイトに手を出して身売りのような事もしていたという。その母親が借金で蒸発し自分も逃げるよう人の多い街へ隠れ住むようになったのだが、まだ母親の呪縛が解けきっていない彼は失敗に怯え小さくなって謝ってばかりいるような性格だ。
 もし彼が駒井の死など背負ったのならもう一生その罪を責め続け生きていくに違いない。

 駒井は紛れもなく人間のクズだった。
 たまに話すならそれでいいが深入りしてはいけないタイプの人間だ。そんな奴のために弓削のような先のある男が人生を棒に振るのなどあまりにも気の毒だというのも、羽田の本音だった。

 だが弓削がそう言うということは、やはり駒井の死は幻ではなかったのを意味する。
 触れた時にすっかり冷たくなっていた駒井の身体も、解体する時に流れた赤い血や腥い臭いも、運ぶ時に鉛のように重かった感触も、湿った土のにおいと重みも全て五感が覚えており嘘ではないと語っている。

 そうなると、あの夜現れた駒井の正体がますますわからなくなっていた。

 あれこれ考えるのはもういい。
 全てを確かめるには土を掘り返すのが一番だ。

 スコップをもち獣道を歩く羽田の背中を慣れた声が呼び止めた。

「は、羽田さん。羽田さんも来たんですか」

 振り返ればそこには弓削の姿があった。不自然に大きな袋を背負っているからきっと目的は羽田と同じく埋めた死体の確認だろう。 駒井が現れたのならば死体があったのもそれを埋めたのも全て自分たちの見た悪趣味な白昼夢だったのだろうとは思うがそれでも事実を確認しておかなければいけない。そう思ったのは弓削も同じようだった。
 羽田は弓削と僅かに言葉を交わすと目的の場所まで歩き出した。

 道とも言えぬ草むらをかき分けて進みながら、羽田は駒井の事を考えていた。
 駒井とはじめて会ったのはいつ頃だったろうか。 会うのはいつでもあのファミレスか弓削のアパートだったが、元々は弓削のバイト先にいた先輩だったはずだ。 日雇いの仕事で知り合った羽田と弓削は歳が近いことと似た境遇なのもあってその後も頻繁に連絡をとりあっていた。
 こちらに来てまだ間もない弓削は頼れる相手も友達もなくよく羽田に連絡をしてきた。羽田もまた同年代の友人はなかったので弓削と連むようになったのは、似た境遇にあった事で弟分が出来たような気持ちになったのが大きかったろう。
 駒井と会ったのは、弓削が駒井の話しをしている時だった。
 やけに胡乱で大きな夢ばかり語る先輩で、金にも色恋沙汰にもルーズだがそういった危うい話ばかりする男だと呆れ混じりに語る中、突然駒井が現れたのだ。

「おい弓削、おまえ人の事をそんなアブない奴だと思っていたのか」

 茶化すように会話に入って来たその姿で、紹介されなくともそれが駒井なのだというのは羽田にもわかった。あの時の弓削は突然現れた駒井に随分と驚いていたが、お世辞にも褒められたような話をしていなかったからそれも当然だろう。
 それから似たような境遇の三人は何となくファミレスで食事をする程度の付き合いにはなっていた。最も、羽田は駒井のことをあまり好きではなかったのだが。

「ここだったよな。よし、掘るか」

 どれだけ歩いたかも曖昧のまま、目的の場所へと到達する。先日掘り返したばかりの土はまだ真新しく上にはほとんど枯れ葉もない明らかに人が掘り返したような痕跡が残っていた。
 埋めたのが夜だったからその時は気にしなかったが昼間こうして見ると周囲との違和感が強い。 もし死体があったら今度はもう少し偽装をして土をかけるか、とそこまで考え羽田はうっすら笑っていた。
 生きた駒井の姿を見たというのに、やはり死んでいた方がいいと思っている自分に気付いたからだ。
 隣に立つ弓削は震えながらも頷くとスコップを取り出して土を掘り始めた。
 粘りがありやけに重たい土を掘る音だけが山とも森とも言えぬ鬱蒼とした空間に響く。

 それにしても、どうしてこんなにも駒井の事が嫌いなのだろう。
 思い返す羽田の胸に、いつかの記憶がよみがえる。
 まだ小学校に通う前、年上の友人に連れられ野山を引きずり回されていた頃の記憶だ。たしかあの時も大きな穴を掘っていたはずだ。と
 幼稚園にも通っていたか曖昧な頃、近所に住む年上の少年はいつでも羽田をつれていた。同年代の友達がいなかったのだろうが、今思えばそれも当然だろう。その少年は非道い癇癪持ちで暴力的で、風呂にもろくに入らず不潔な姿で歩いていたから皆から遠ざけられていたのだ。
 羽田をつれていたのは羽田もまた皆から遠ざけられるような親に育てられていたことと、羽田がまだ小さく暴力で御せる相手だったからだろう。
 少年にとっての娯楽は小さなイキモノを殺す事であり、羽田が与えられた役目は少年が殺したイキモノの死体を埋め墓をつくることだった。
 蟻の巣に熱湯を注ぎ、コオロギやバッタの足をもぎ、トンボの首をちぎって捨てる少年から死体を拾っては小さな穴を掘って埋めていた。
 溝にいるカエルやサワガニを踏み潰し、潰れた死体を拾って穴を埋めた。時には近所の大人たちが飼っていた金魚なども盗んで殺し、それを埋めるように命じられた。 
 少年が殺すイキモノは徐々に大きくなっていき、ついには生まれたばかりの子猫を縊り殺して死体を埋めるように投げだされた時、羽田はその場に吐き戻したのを覚えている。
 だが怯える羽田を少年は殴り、蹴り、罵倒して無理矢理に墓を作らせたのだ。
 羽田には少年に逆らうだけの体力もなければ度胸もなく、暴力に抗うだけの力もなかったから。
 気付いたらいなくなったが、あの少年はどこに行ったのだろう。
「本当にこっちに猫がいるのか」
 脳髄の奥底から、誰かの声が響く。
「いるよ、生まれたばっかりの子猫。3匹いたよ」
 先に歩くのは自分だ。少年は今の羽田のように大きなスコップをもって嬉々としてついてきた。その頃の少年はよその家で飼っている小型犬も勝手に殺し埋めるようになっていた。
 あれは災厄だ。生きていてもろくな事にならない。
「どこにもいないぞ、おい。どこにいるんだよ」
 深い穴蔵を覗いて、少年は言う。そう、必ずもっと悪い事をする。もっと大きな命を奪う。そして自分に死体を預け埋めておけと言うのだろう。
 どうしてこんな奴のために嫌な思いをしなければいけないのだ。どうして。
 穴蔵をのぞき込む背中が、羽田の覚えている少年の最後の記憶だった。
 彼は死んでしまったのか。それとも行方不明になったのか。転校したか。家族が夜逃げして一緒に消えてしまったのか。それとも、どこかに埋めてしまったのか。
「助けてくれよ、出してくれ。おい、おい」
 穴蔵から声だけが聞こえる。このまま死んでくれればもう猫を殺さなくてすむ。よその家の金魚も小さな犬も死なずにすむ。そんな気持ちを抱きながら穴蔵にスコップを投げ入れた。
 何でこんな情景が浮かぶのだろう。確かに年上の粗暴な少年はいたが、自分は穴蔵に突き落としてなどはいないはずだ。少年よりずっと小さかった自分がそんな事できるはずもない。
 だが記憶のどこかに引っかかる。あの少年はどこにいってしまったのだろうか。あれだけ良く連れ歩かれたのだが、何という名前だったか。
 そう、確かあの少年の名前は。

 駒井。

 脳裏によぎったその名を必死に否定する。
 そんなはずはない。駒井という名字であったはずはない。当時は彼の事を名前で呼んでいただろうし、その名前さえ思い出せないのだ。
 人の入れ替わりが激しい治安の悪い街だったからいちいち名前など覚えてない。学校でもよく転校生がきて一度も登校しないまままた転校するという事もあったくらいなのだから。
 だけど何故だろう、彼が駒井であったと思うと全てに合点がいくような気がした。自分が突き落として殺したのだという記憶も本当にあったように思えてくる。
 いけない、きっと昨日や今日で妙なことがあったからだ。自分は人など殺していない。

 そもそも、駒井は起きた時に死んでいた。たぶん飲んだビールの缶に足を取られて転んで死んだに違いない。駒井はそういった死に様が似合う愚かな男なのだから。
 様々な思考が渦巻いて脳髄の奥へと飲み込まれ、また吹き出しては渦巻いていく。
 それを繰り返しながら土を掘り進めるうち、スコップの先からガチンと鈍い音がした。
 駒井を埋めた時、獣に掘り返される事などないよう敷き詰めた石があるところまで行き着いたのだ。この石をどければその下に死体があるはず、あるいは無いはずだ。

 確かめなければいけないと思うが、これ以上掘り返してはいけないとも思う。
 見てはいけない。見てしまったら引き返せなくなる。
 その思いから呆然と立ち尽くす羽田を横に、弓削は石を掴むとそれを次々穴の外へと放り出した。

「おい、弓削……」

 留めようと思うが弓削はまるで狂気にとりつかれたかのように敷き詰めた石を投げ捨てる。 石の下にぽっかりと開いた穴は漆黒に塗りつぶされ、穴というより光すら届かない程深い淵を覗いているようだった。
 こんなにも暗い穴などあるだろうか。自分たちはそんなに大きな穴を掘っていたのだろうか。それとも、この穴がすでに自分たちの幻覚か何かなのだろうか。
 そんな事を考えながら石を剥がす弓削の下から青白い顔が表れる。
 それはあの時見た駒井の死に顔そのままであった。

「どういう、ことだ。やっぱり駒井は死んでいるのか。それなら昨日見た駒井は……」

 羽田は感情のない声で、淡々と言う。
 何故だろう、そんなはずはないのに駒井の死体がそこにはあるような気がしたのだ。
 その傍らで、弓削は泣きながら羽田の足へとすがりついた。

「どうして、どうしてなんですか羽田さん。どうして駒井は、どうして駒井は殺しても殺しても死なないんですか。こいつ、一体何なんですか。どうして、どうして。どうして……確かに、確かに死んだはずなのに。駒井は、ぼくが殺したはずなのに……」

 何をいっているのだろう。
 呆然と弓削を見る羽田を前に、弓削は早口でまくし立てた。

「嘘だったんですよ、駒井さんの話。ぼく、こっちに来て友達いなくて寂しくて。でも何か話さないとせっかく出来た羽田さんも俺の事捨てるんじゃないかと思って。そうしたら怖くて、面白い話しようと思って、それでいもしない駒井さんの話をしてたら駒井さんが現れて、俺もう何がなんだかわからなくて……」

 話しているうちに感情が抑えられなくなったのだろう、弓削の目から大粒の涙がこぼれる。色白で線の細い弓削が見せる怯えた顔はやけに支配欲を煽り、彼が以前身体を売って日銭を稼いでいた時男の身体だが高い金を出して囲おうとする者が多かったという話しもあながち嘘ではないのだろうと思った。

「それで、駒井さん殺して埋めて。でもまたあの人生き返るんです。俺の前に現れるんです。俺はその都度、駒井を始末して、埋めて、埋めて、埋めて、埋めて、埋めて……」

 弓削が「埋めて」とつぶやいて石を投げ捨てれば、その石は石ではなく駒井の首へと変わる。投げるたびに新しい首があらわれ、あるものは苦痛に満ちあふれ歪んだ表情を見せまたあるものはどこが顔だかわからぬ程ぐちゃぐちゃに潰されていた。

「何度も殺したんです。何度も、何度も……」

 掘った穴蔵のなかには、いくつも首が転がっている。10ほどは数えたがそれから上は数えるのをやめていた。羽田はもう何も考える事はできなかったし、考えても無駄なのだろうと心のどこかで理解していた。それほどのこの光景はおおよそ現実的ではなかったのだ。

「だから、羽田さんがいる時に二人で死体見つければ、俺一人じゃなければもう生き返らないかと思ったのに、駒井はまた生き返って。俺は、どうしたら……」

 つまるところ、あの日駒井が死んでいたのも弓削が殺したのだろう。
 二人で死体を見れば今度こそ駒井の死に間違いがなくなるだろうと期待して。
 だが、駒井は生き返った。嘘から生まれた駒井だから嘘がある限り存在しつづけるのだろうか。それとも自分たちが見知った駒井は人間とは違うもっと別の何かなのだろうか。
 ふと、羽田は自分の足下を見やる。
 そこには駒井の首ではないどこかで見た少年の首が転がっていた。

 あぁ、やはりあれは駒井だったのか。
 残酷で気まぐれで他人の記憶に潜む影のような存在。自分たちが駒井と呼んでいたのはそんな薄暗い影のことであったのではないか。

「なぁ、お前たち何してんだよそんな所で」

 その時、穴蔵の上から聞き覚えのある声が響いた。
 男二人が入れる程に大きく掘られた穴を見下ろす影は姿を見なくとも誰のものだかわかる。

「ははッ、宝探しか。面白そうだな。俺も混ぜてくれよ。なぁ、羽田。弓削」

 この声は、間違いない。駒井だ。
 羽田は顔を上げ影を見据えるが、ただ曖昧な輪郭だけが黒く浮かび上がりその姿を見る事はできなかった。

「……おまえは、誰なんだ。駒井」

 乾ききった口で辛うじて羽田はそう口にする。
 隣では弓削が小さく身体を丸め。

「確かに死んだはずなのに、たしかに」

 そうやって同じ言葉を何度も繰り返す最中、影はどこか笑うように揺れていた。

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東吾
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インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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