インターネット字書きマンの落書き帳
トシカイif後日談、松田のあり得たかもしれない世界線の話
どうも、すべてが曖昧都市伝説解体センターです。(挨拶)
都市伝説解体センターのネタバレの二次創作を……しますよ!
物語が終わった後日談的な作品ですので、クリアしてから読んでね。
メインとしては松田の後日談なんですけど、他に藤原とかツアーガイドさんがでます。
藤原の一人称なんだっけ……?
ツアーガイドは……あいつのことみんな何て呼んでるの……?
と思いつつ、最終的には「まぁいいか!」で書いたので、皆さんも元気に「まぁいいか」していきましょうね♥
俺は不真面目だけど、今回の作品はちゃんと真面目に書いてます♥
都市伝説解体センターのネタバレの二次創作を……しますよ!
物語が終わった後日談的な作品ですので、クリアしてから読んでね。
メインとしては松田の後日談なんですけど、他に藤原とかツアーガイドさんがでます。
藤原の一人称なんだっけ……?
ツアーガイドは……あいつのことみんな何て呼んでるの……?
と思いつつ、最終的には「まぁいいか!」で書いたので、皆さんも元気に「まぁいいか」していきましょうね♥
俺は不真面目だけど、今回の作品はちゃんと真面目に書いてます♥
『失って、それから得たもの』
毎朝定時に鳴るスマホのアラームを寝ぼけたまま止めてから起き上がり、松田はようやく自分はもう出勤しなくていいことを思い出した。
あの事件があってから、数ヶ月。
松田はそれまで勤めていた職場を思いきってやめる事にした。
この年齢で転職活動をするリスクはわかっている。
だが、今まで職場でずっと同僚殺しの犯罪者という目で見られ続けていたという事実に、今になって耐えられなくなったのだ。
「真犯人がわかれば、仕事でも何でも堂々と出来ると思ってたんやけどなぁ……」
松田は髪を掻き上げると、一つ大きくため息をつく。
同僚が殺されたのが7年前、その時松田は容疑者の一人として何度も警察の事情聴取を受ける事になった。
任意の取調べではあったが、時に数時間も拘束され幾度もアリバイを訪ねられているうち、職場で向けられる視線は冷たいものへと変貌していった記憶は、今でも鮮明に覚えている。
「松田の奴がやったんだろ、あれ。何度も警察に引っ張られてるもんな」
「殺された人って、松田さんの同期だったんでしょう? 優しくて物腰も柔らかでいい人だったのにね」
「松田はガキ大将がそのままデカくなったみたいで、子供っぽいところがあるからな。勢いあまって殴り殺しちまったんじゃないか」
根も葉もない噂が松田の耳に入るまでには時間もかからなかった。
ミスをした部下に注意をすれば、部下は舌打ちをしながら、
「人殺しに何も言われたくねぇよ」
なんて悪態をついて聞き耳ももたない事すらあった。
自分はやってない、アリバイもあって無実なんだ。
そう訴えたところで、噂は留まる事なく広がっていき、否定をすれば火のない所に煙は立たぬというだろうなんて噂を流した相手が悪びれる様子もなくそう言ったりする。
ゴシップ記事で犯人扱いされているのを見た時は、もう犯人扱いされるのが半ば当たり前になっていた。
それでも同じ職場で働き続けたのは、給与やら福利厚生がいいという現実的な理由もあるのだが、何より自分はやっていないのだから堂々としているべきだという気持ちが大きかったからだった。
ここで会社を辞めたら、やっぱり犯人だから逃げたのだと思われるのだけは嫌だった。
周囲の風当たりは冷たいが、仕事さえきちんとやっていれば評価せざるを得ないだろう。
その一心で仕事に打ち込み、陰口の多くを業績で黙らせる事にした。
誰よりも素早く、誰よりも多い仕事をし、職場に貢献することで陰口に対抗する。そういうやり方しか、松田には出来なかったのだ。
そうして懸命に打ち込んできた7年間、それなりに業績も評価され、利益も多くあげてきた。
だが、松田より後から入ってきた後輩が先に昇進することが多く、同期連中とは明らかに出世は遅れていた。
意図的に、出世の途から外されていたのだろう。
一度、待遇の悪さに不満を抱き上司に直談判したこともある。
その時の上司は、怯えた様子で松田の顔色を覗いながらこわごわと口を開いた。
「松田くんは優秀だけど、仕事ってのはチームワークだからね。リーダーになるにはもう少し努力してもらいたいんだ」
松田を腫れ物のように扱うのは、自分も殺されるのではないかという恐怖心からだろう。
言葉を濁しながらそう告げられた時、この職場では殺人犯を昇進させる心積もりがないということを完全に理解した。
いつ警察に引っ張られるかわからない人間を上に立たせる事などできない、というのは当然の判断だと思うが、何もしてないのに不当な扱いを受けるのは理不尽だ。その思いとは裏腹に、松田はすでに怒る気持ちすら消え去っていた。
当時、気になっていた相手も事件関係者ということで離れて行き、その後に出会った相手も松田があの事件に関わっているのを知ると、二度と連絡をよこさなくなった。
この7年、ずっとそんな扱いを当然のように受けていたのだが、今はどうだ。
あれだけ疑われていたというのに、事件の直後に出世の道はたやすく開かれた。
あの事件で、社内不倫やら横領やら色々しでかしていた上司や同僚の証拠も多く漏洩する中、過度なくらい犯罪を避け清廉であろうとした松田はそういったミスがなかったのも大きかったのだろう。
ずっと平社員で燻っていたのに、いきなり管理職の立場にならないかと打診された。
抜けた同期たちの穴を埋められるのは松田しかいないと、散々おだてられた。
あれほど陰口をたたいていた同僚たちはヘラヘラと笑いながら、
「松田さんはやってないって信じてたから」
なんて、今まで一度も口にしなかった事を語り、こちらのご機嫌を伺うようになる。
絵に描いたような手のひら返しを目の当たりにした松田は、自分の中にあった緊張の糸がぷっつり切れてしまった。
「ほんま、俺はアホやったなぁ……あないな連中に認められたくて気張っていて……ホンマ、アホやったわ」
松田は無意識に頭を掻く。まだ櫛も入れていない髪はボサボサになっていた。
次の就職先は決まっていないが、退職するのは決まっている。
今月の残り期間は溜まっていた有給休暇を消化する予定だが、同僚に妙な勘ぐりをされたくない一心で仕事に励んでいたのは思った以上に心的負担になっていたようで、当分働く気持ちにはなれなそうだった。
幸いなことに、松田は独り身だ。
貯蓄も随分ある。
誰にも迷惑をかけることはないのだから、しばらくは働かずのんびりと過ごして、やりたい仕事というのももう一度見直してみよう。
この歳になってモラトリアムするのも、悪くないだろう。
そうしてのろのろと起き、簡単な朝食を食べ、普段見ない朝のテレビ番組などを流しているうちに、スマホが何度か震える。
見れば、SNSを通じてメッセージが藤原と元ツアーガイドから来ていた。
「松田さん、本日から休暇ですかな? よろしければ拙者と牛丼などでもいかがですかな?」
「松田さん! 今日から休暇おめでとうございます! 一緒に食事行きましょう! あっ、俺お金全然ないんで、牛丼かラーメンでお願いします」
この二人は、松田の人生を変えた事件に関わっていたため、また別の事件に巻き込まれてしまった男たちだ。
妙なトラブルに巻き込まれた後、仲間意識のような気持ちが芽生えた松田は周囲のメンバーと連絡先を交換し、その後も何度かやりとりをしていた。
松田にとっては久しぶりになる、自分を犯人だと疑っていない友人でもある。
というのも、彼らもまた同じ事件で同じ疑いをかけられた容疑者なのだ。
猜疑心を抱き接せられる辛さというのを理解している点が、松田にとっては何より有り難かった。
「飯か……そういや、誰かと一緒に飯食いに行くなんてずーっとしてなかったもんなァ」
松田は了解の返事をすれば、藤原から待ち合わせ時間の指定がある。
そうして、松田はずっとSNSでのやり取りしかしていなかった藤原とツアーガイドに会う事になったのだ。
「やぁ、松田さん。どうも、お久しぶりです」
松田が待ち合わせ場所についたとき、すでに藤原も元ツアーガイドも来ていた。
初めて会った時の藤原は頭に懐中電灯をつけるという異常なスタイルだったが、今はさすがにそこまで異質な服は着ていない。ただ、流行とは無縁のシャツやジーンズはマンガに出るようなステレオタイプのオタクを彷彿とさせる格好であり、また藤原自身もそのような性格であることを自負しているのか、どの時代から来たのかもわからないしゃべり方が癖になっていた。
元・ツアーガイドは初めてあった時、きっちりとしたスーツに片目を隠すような仮面という異質な姿だったが、今はラフなどこにでもいる青年のように見える。
後で聞いた話だが、あの仮面や衣装は全てガイドのアルバイトをするときに渡されたものなのだそうだ。有耶無耶になっているうちに返し忘れたから、今でもこのガイドが使っているらしい。
そういうの、勝手にもってかえって大丈夫なのかと思ったが、元・ツアーガイドはさして気にする事もなく「大丈夫じゃないですかね? もう普段着代わりに使っちゃってますし」と言っていた。こういうところが、この男が見た目と違いポンコツ扱いされる由縁だろう。
「よぉ、藤原にポンコツマスク。久しぶりやな」
「だ、誰がポンコツマスクですかぁ……もう、嫌だなぁ松田さん。今はマスクしてませんから」
ポンコツマスクと呼ばれた元・ツアーガイドは、どこか恨めしそうな目で松田を見る。
松田はニヤリと笑うと、ガイドの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「えぇやん、お前がポンコツなんは間違いないもんな。でも、みんな元気そうで何よりだわ」
松田にくしゃくしゃにされた髪をなでつける元・ツアーガイドを横目に、藤原は笑う。
「はい、拙者も松田さんが仕事を辞めると聞いた時は驚きましたが、今は以前よりずっと晴れ晴れした顔をしているので安心しましたぞ」
「せやな……あの事件があってから、何か自分が気張ってたのアホらしゅうなってしもてな。ま、心機一転これからは、自分のためにオモロいこと探そうと思って」
「なるほど、だから晴れやかなのですな。拙者もあの事件で、己を省みることが出来たような気がします。お気持ち、わかりますぞ」
藤原はそう言いながら、頷いて見せる。
藤原は松田同様、あの事件では容疑者扱いをされていた。同時に、その後におこった事件で多くの被害を出したジマーに近い存在でもあった。
「ホンマのこというと、俺は藤原もあのジマーっちゅう狂信的な連中になって、どえらい事件起こしてしもうたんじゃないかって心配しとったんやで」
「はは、それはそれは……ご心配をかけてしまいすまぬことです。拙者、確かに如月努のシンパでございますし、今でもその自負があります。件の事件で、彼が死に至ったのは痛恨の極みと認識しておりますよ。ですが……拙者はジマーにはなれませんでした。拙者にとって如月努という人物は、オカルトに対して否定も肯定もせず、あるがままに受け入れてもいいと語ってくれた恩人なのです。拙者は、自分が信じていたオカルトや怪異の類いが否定されなかったことが嬉しくて彼のシンパとなりました、が……同時に、それが故に自分の見識が狭くなっていたことに気付いたのです。自分の狭量さに気付くと同時に、あまり過激な事にのめり込んでしまうのは、当時如月努を死に追いやった市井のものと大差ないということに気付いたのです。故に己を改め、過激な活動に身を投じる前に足を止めることができたといえますな」
藤原は熱を帯びた様子で早口になってまくしたてる。
オタクは自分の思いを語りたいがあまり周囲も見えなくなってしまう、とはよくいったものだが、藤原には時々そういうところが見られた。
だが、藤原の言いたい事は松田にもよくわかる。
松田もまた、自分の無実を信じてほしいという気持ちで視野が狭まりすぎていたことに気付いたばかりだったからだ。
「拙者が、テロリストまがいの行為に走らなかったのは、松田氏とツアーガイド氏のおかげだと思ってます」
藤原は真っ直ぐな目で、こちらを見る。
「あの時、都市伝説解体センターからやってきたお嬢さん二人に叱責され、あの事件の顛末を知り……そして、松田氏やガイド氏と連絡先を交換したことで新たな交遊を得た拙者は、ジマーの価値観とお二人の価値観が随分と違うことに気付きました。そして、拙者自身がかなり偏った思考に染まっていたことを理解したのです。ですから、拙者が今ここで普通の生活をしていられるのは、お二方のおかげだと思っております。本当に、ありがとうございました」
そして深々と頭を下げる。
その姿を見た元・ツアーガイドは急に慌てだした。
「そそ、そんな頭をあげてくださいって藤原さん! 私だって似たようなものですから。ほら、私ってなんか、仕事が長続きしないし失敗ばかりですけど、いつも藤原さんや松田さんが声をかけてくれたじゃないですか。SNSでのやりとりでも、誰か知り合いがいるってのは心強くて……私のほうこそありがとうございます。皆さんと知り合えて良かったですから!」
きっと藤原があまりに丁寧に頭を下げたから驚いたのだろう。
元・ツアーガイドの場合、普段は頭を下げる側なのだから尚更なのかもしれない。
だが、元・ツアーガイドの言う通りだ。
松田だって、藤原やこのポンコツなツアーガイドと出会うことでやっと気楽に付き合える仲間が出来た。彼らがいなければ、今の仕事をやめて新しい職場に行く事なんて考えてなかっただろう。
あの事件では、色々な人が多くを失った。
傷を負い、後悔をし、罪を償う必要に迫られた者も沢山いただろう。
だが、松田のように何かを得たものもいる。
「せやな、みんなお互い様って奴やないか。俺も、藤原にもポンコツマスクにも感謝しとるからな。みんながみんな、互いに感謝してるんやから、堅苦しいのはナシや。さ、飯でも食いに行こか」
「そうですな。拙者あまり持ち合わせもないので、牛丼になりますが……」
「私、実は三日ぶりのご飯なんですよね! 牛丼、楽しみだなぁ……あ、あの、おごってもらえますか? 持ち合わせがないので……」
「三日ぶりって何やねん! おまえ、ほんま大丈夫か……しゃぁないな、好きなもん頼んでえぇで。仕事辞めたっていっても、俺はまだ余裕あるしな……」
「はは、松田氏のお祝いのつもりで集まったのに、ツアーガイド氏におごることになるとは……拙者も半分お出しします故、ツアーガイド氏は好きなものを食べてくだされ」
「わぁ……ありがとうございます! 三日分食べますよ!」
「おいおい、ちょっとは遠慮せい。別にかまわんけどな」
彼らは互い笑いながら歩き出す。
失うものもいれば、得るものもいる。
結局のところ、世界はそうして回っているのだ。
毎朝定時に鳴るスマホのアラームを寝ぼけたまま止めてから起き上がり、松田はようやく自分はもう出勤しなくていいことを思い出した。
あの事件があってから、数ヶ月。
松田はそれまで勤めていた職場を思いきってやめる事にした。
この年齢で転職活動をするリスクはわかっている。
だが、今まで職場でずっと同僚殺しの犯罪者という目で見られ続けていたという事実に、今になって耐えられなくなったのだ。
「真犯人がわかれば、仕事でも何でも堂々と出来ると思ってたんやけどなぁ……」
松田は髪を掻き上げると、一つ大きくため息をつく。
同僚が殺されたのが7年前、その時松田は容疑者の一人として何度も警察の事情聴取を受ける事になった。
任意の取調べではあったが、時に数時間も拘束され幾度もアリバイを訪ねられているうち、職場で向けられる視線は冷たいものへと変貌していった記憶は、今でも鮮明に覚えている。
「松田の奴がやったんだろ、あれ。何度も警察に引っ張られてるもんな」
「殺された人って、松田さんの同期だったんでしょう? 優しくて物腰も柔らかでいい人だったのにね」
「松田はガキ大将がそのままデカくなったみたいで、子供っぽいところがあるからな。勢いあまって殴り殺しちまったんじゃないか」
根も葉もない噂が松田の耳に入るまでには時間もかからなかった。
ミスをした部下に注意をすれば、部下は舌打ちをしながら、
「人殺しに何も言われたくねぇよ」
なんて悪態をついて聞き耳ももたない事すらあった。
自分はやってない、アリバイもあって無実なんだ。
そう訴えたところで、噂は留まる事なく広がっていき、否定をすれば火のない所に煙は立たぬというだろうなんて噂を流した相手が悪びれる様子もなくそう言ったりする。
ゴシップ記事で犯人扱いされているのを見た時は、もう犯人扱いされるのが半ば当たり前になっていた。
それでも同じ職場で働き続けたのは、給与やら福利厚生がいいという現実的な理由もあるのだが、何より自分はやっていないのだから堂々としているべきだという気持ちが大きかったからだった。
ここで会社を辞めたら、やっぱり犯人だから逃げたのだと思われるのだけは嫌だった。
周囲の風当たりは冷たいが、仕事さえきちんとやっていれば評価せざるを得ないだろう。
その一心で仕事に打ち込み、陰口の多くを業績で黙らせる事にした。
誰よりも素早く、誰よりも多い仕事をし、職場に貢献することで陰口に対抗する。そういうやり方しか、松田には出来なかったのだ。
そうして懸命に打ち込んできた7年間、それなりに業績も評価され、利益も多くあげてきた。
だが、松田より後から入ってきた後輩が先に昇進することが多く、同期連中とは明らかに出世は遅れていた。
意図的に、出世の途から外されていたのだろう。
一度、待遇の悪さに不満を抱き上司に直談判したこともある。
その時の上司は、怯えた様子で松田の顔色を覗いながらこわごわと口を開いた。
「松田くんは優秀だけど、仕事ってのはチームワークだからね。リーダーになるにはもう少し努力してもらいたいんだ」
松田を腫れ物のように扱うのは、自分も殺されるのではないかという恐怖心からだろう。
言葉を濁しながらそう告げられた時、この職場では殺人犯を昇進させる心積もりがないということを完全に理解した。
いつ警察に引っ張られるかわからない人間を上に立たせる事などできない、というのは当然の判断だと思うが、何もしてないのに不当な扱いを受けるのは理不尽だ。その思いとは裏腹に、松田はすでに怒る気持ちすら消え去っていた。
当時、気になっていた相手も事件関係者ということで離れて行き、その後に出会った相手も松田があの事件に関わっているのを知ると、二度と連絡をよこさなくなった。
この7年、ずっとそんな扱いを当然のように受けていたのだが、今はどうだ。
あれだけ疑われていたというのに、事件の直後に出世の道はたやすく開かれた。
あの事件で、社内不倫やら横領やら色々しでかしていた上司や同僚の証拠も多く漏洩する中、過度なくらい犯罪を避け清廉であろうとした松田はそういったミスがなかったのも大きかったのだろう。
ずっと平社員で燻っていたのに、いきなり管理職の立場にならないかと打診された。
抜けた同期たちの穴を埋められるのは松田しかいないと、散々おだてられた。
あれほど陰口をたたいていた同僚たちはヘラヘラと笑いながら、
「松田さんはやってないって信じてたから」
なんて、今まで一度も口にしなかった事を語り、こちらのご機嫌を伺うようになる。
絵に描いたような手のひら返しを目の当たりにした松田は、自分の中にあった緊張の糸がぷっつり切れてしまった。
「ほんま、俺はアホやったなぁ……あないな連中に認められたくて気張っていて……ホンマ、アホやったわ」
松田は無意識に頭を掻く。まだ櫛も入れていない髪はボサボサになっていた。
次の就職先は決まっていないが、退職するのは決まっている。
今月の残り期間は溜まっていた有給休暇を消化する予定だが、同僚に妙な勘ぐりをされたくない一心で仕事に励んでいたのは思った以上に心的負担になっていたようで、当分働く気持ちにはなれなそうだった。
幸いなことに、松田は独り身だ。
貯蓄も随分ある。
誰にも迷惑をかけることはないのだから、しばらくは働かずのんびりと過ごして、やりたい仕事というのももう一度見直してみよう。
この歳になってモラトリアムするのも、悪くないだろう。
そうしてのろのろと起き、簡単な朝食を食べ、普段見ない朝のテレビ番組などを流しているうちに、スマホが何度か震える。
見れば、SNSを通じてメッセージが藤原と元ツアーガイドから来ていた。
「松田さん、本日から休暇ですかな? よろしければ拙者と牛丼などでもいかがですかな?」
「松田さん! 今日から休暇おめでとうございます! 一緒に食事行きましょう! あっ、俺お金全然ないんで、牛丼かラーメンでお願いします」
この二人は、松田の人生を変えた事件に関わっていたため、また別の事件に巻き込まれてしまった男たちだ。
妙なトラブルに巻き込まれた後、仲間意識のような気持ちが芽生えた松田は周囲のメンバーと連絡先を交換し、その後も何度かやりとりをしていた。
松田にとっては久しぶりになる、自分を犯人だと疑っていない友人でもある。
というのも、彼らもまた同じ事件で同じ疑いをかけられた容疑者なのだ。
猜疑心を抱き接せられる辛さというのを理解している点が、松田にとっては何より有り難かった。
「飯か……そういや、誰かと一緒に飯食いに行くなんてずーっとしてなかったもんなァ」
松田は了解の返事をすれば、藤原から待ち合わせ時間の指定がある。
そうして、松田はずっとSNSでのやり取りしかしていなかった藤原とツアーガイドに会う事になったのだ。
「やぁ、松田さん。どうも、お久しぶりです」
松田が待ち合わせ場所についたとき、すでに藤原も元ツアーガイドも来ていた。
初めて会った時の藤原は頭に懐中電灯をつけるという異常なスタイルだったが、今はさすがにそこまで異質な服は着ていない。ただ、流行とは無縁のシャツやジーンズはマンガに出るようなステレオタイプのオタクを彷彿とさせる格好であり、また藤原自身もそのような性格であることを自負しているのか、どの時代から来たのかもわからないしゃべり方が癖になっていた。
元・ツアーガイドは初めてあった時、きっちりとしたスーツに片目を隠すような仮面という異質な姿だったが、今はラフなどこにでもいる青年のように見える。
後で聞いた話だが、あの仮面や衣装は全てガイドのアルバイトをするときに渡されたものなのだそうだ。有耶無耶になっているうちに返し忘れたから、今でもこのガイドが使っているらしい。
そういうの、勝手にもってかえって大丈夫なのかと思ったが、元・ツアーガイドはさして気にする事もなく「大丈夫じゃないですかね? もう普段着代わりに使っちゃってますし」と言っていた。こういうところが、この男が見た目と違いポンコツ扱いされる由縁だろう。
「よぉ、藤原にポンコツマスク。久しぶりやな」
「だ、誰がポンコツマスクですかぁ……もう、嫌だなぁ松田さん。今はマスクしてませんから」
ポンコツマスクと呼ばれた元・ツアーガイドは、どこか恨めしそうな目で松田を見る。
松田はニヤリと笑うと、ガイドの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「えぇやん、お前がポンコツなんは間違いないもんな。でも、みんな元気そうで何よりだわ」
松田にくしゃくしゃにされた髪をなでつける元・ツアーガイドを横目に、藤原は笑う。
「はい、拙者も松田さんが仕事を辞めると聞いた時は驚きましたが、今は以前よりずっと晴れ晴れした顔をしているので安心しましたぞ」
「せやな……あの事件があってから、何か自分が気張ってたのアホらしゅうなってしもてな。ま、心機一転これからは、自分のためにオモロいこと探そうと思って」
「なるほど、だから晴れやかなのですな。拙者もあの事件で、己を省みることが出来たような気がします。お気持ち、わかりますぞ」
藤原はそう言いながら、頷いて見せる。
藤原は松田同様、あの事件では容疑者扱いをされていた。同時に、その後におこった事件で多くの被害を出したジマーに近い存在でもあった。
「ホンマのこというと、俺は藤原もあのジマーっちゅう狂信的な連中になって、どえらい事件起こしてしもうたんじゃないかって心配しとったんやで」
「はは、それはそれは……ご心配をかけてしまいすまぬことです。拙者、確かに如月努のシンパでございますし、今でもその自負があります。件の事件で、彼が死に至ったのは痛恨の極みと認識しておりますよ。ですが……拙者はジマーにはなれませんでした。拙者にとって如月努という人物は、オカルトに対して否定も肯定もせず、あるがままに受け入れてもいいと語ってくれた恩人なのです。拙者は、自分が信じていたオカルトや怪異の類いが否定されなかったことが嬉しくて彼のシンパとなりました、が……同時に、それが故に自分の見識が狭くなっていたことに気付いたのです。自分の狭量さに気付くと同時に、あまり過激な事にのめり込んでしまうのは、当時如月努を死に追いやった市井のものと大差ないということに気付いたのです。故に己を改め、過激な活動に身を投じる前に足を止めることができたといえますな」
藤原は熱を帯びた様子で早口になってまくしたてる。
オタクは自分の思いを語りたいがあまり周囲も見えなくなってしまう、とはよくいったものだが、藤原には時々そういうところが見られた。
だが、藤原の言いたい事は松田にもよくわかる。
松田もまた、自分の無実を信じてほしいという気持ちで視野が狭まりすぎていたことに気付いたばかりだったからだ。
「拙者が、テロリストまがいの行為に走らなかったのは、松田氏とツアーガイド氏のおかげだと思ってます」
藤原は真っ直ぐな目で、こちらを見る。
「あの時、都市伝説解体センターからやってきたお嬢さん二人に叱責され、あの事件の顛末を知り……そして、松田氏やガイド氏と連絡先を交換したことで新たな交遊を得た拙者は、ジマーの価値観とお二人の価値観が随分と違うことに気付きました。そして、拙者自身がかなり偏った思考に染まっていたことを理解したのです。ですから、拙者が今ここで普通の生活をしていられるのは、お二方のおかげだと思っております。本当に、ありがとうございました」
そして深々と頭を下げる。
その姿を見た元・ツアーガイドは急に慌てだした。
「そそ、そんな頭をあげてくださいって藤原さん! 私だって似たようなものですから。ほら、私ってなんか、仕事が長続きしないし失敗ばかりですけど、いつも藤原さんや松田さんが声をかけてくれたじゃないですか。SNSでのやりとりでも、誰か知り合いがいるってのは心強くて……私のほうこそありがとうございます。皆さんと知り合えて良かったですから!」
きっと藤原があまりに丁寧に頭を下げたから驚いたのだろう。
元・ツアーガイドの場合、普段は頭を下げる側なのだから尚更なのかもしれない。
だが、元・ツアーガイドの言う通りだ。
松田だって、藤原やこのポンコツなツアーガイドと出会うことでやっと気楽に付き合える仲間が出来た。彼らがいなければ、今の仕事をやめて新しい職場に行く事なんて考えてなかっただろう。
あの事件では、色々な人が多くを失った。
傷を負い、後悔をし、罪を償う必要に迫られた者も沢山いただろう。
だが、松田のように何かを得たものもいる。
「せやな、みんなお互い様って奴やないか。俺も、藤原にもポンコツマスクにも感謝しとるからな。みんながみんな、互いに感謝してるんやから、堅苦しいのはナシや。さ、飯でも食いに行こか」
「そうですな。拙者あまり持ち合わせもないので、牛丼になりますが……」
「私、実は三日ぶりのご飯なんですよね! 牛丼、楽しみだなぁ……あ、あの、おごってもらえますか? 持ち合わせがないので……」
「三日ぶりって何やねん! おまえ、ほんま大丈夫か……しゃぁないな、好きなもん頼んでえぇで。仕事辞めたっていっても、俺はまだ余裕あるしな……」
「はは、松田氏のお祝いのつもりで集まったのに、ツアーガイド氏におごることになるとは……拙者も半分お出しします故、ツアーガイド氏は好きなものを食べてくだされ」
「わぁ……ありがとうございます! 三日分食べますよ!」
「おいおい、ちょっとは遠慮せい。別にかまわんけどな」
彼らは互い笑いながら歩き出す。
失うものもいれば、得るものもいる。
結局のところ、世界はそうして回っているのだ。
PR
COMMENT