インターネット字書きマンの落書き帳
富入さんのヌン茶をながめる一般成人男性の話(トシカイ二次創作・ネタバレあり)
まさかッ、見ているのか墓場文庫……。
こんな場末の個人ブログに書かれている二次創作まで……?(挨拶)
本当に見ていたら逆に尊敬しちゃうな。
その時間、なんかもっと……美味しいものとか食べていてください!
肉とかがいいと思います。
そんなこんなで!
フォロワーが突然、富入さんにブッ刺されたのを観測してニコニコしていたので……。
富入さんとヌン茶する一般成人男性の話を書きたいと思います。
今日も心にヌン蔵を。
どうぞ。
富入さんの正体にふれているので、ネタバレありです。
最後までプレイしてから楽しんでね。
大丈夫、10時間くらいでクリアできるヨ♥
(そのあと大丈夫かは保証しません)
こんな場末の個人ブログに書かれている二次創作まで……?(挨拶)
本当に見ていたら逆に尊敬しちゃうな。
その時間、なんかもっと……美味しいものとか食べていてください!
肉とかがいいと思います。
そんなこんなで!
フォロワーが突然、富入さんにブッ刺されたのを観測してニコニコしていたので……。
富入さんとヌン茶する一般成人男性の話を書きたいと思います。
今日も心にヌン蔵を。
どうぞ。
富入さんの正体にふれているので、ネタバレありです。
最後までプレイしてから楽しんでね。
大丈夫、10時間くらいでクリアできるヨ♥
(そのあと大丈夫かは保証しません)
『午後の時間を一握り』
駅に直結したファッションビルの一角にあるカフェスペースでは大々的にイチゴフェアをPRしており、周囲のテーブルに座る客たち全てがイチゴをあしらったケーキやパフェなどを思い思いに楽しんでいる。
右を見ても左を見ても女性客ばかりで、男は従業員を除けば自分1人だけだ。
壮絶な場違い感を抱きながら、わざと顔を隠すようにうつむいて鞄から出したゲラ刷りを読む振りをした。
自分はあくまで仕事のために来ているのだ。アフタヌーンティーを楽しみたいという希望があったから目に付いた店を選んだだけで、こんな女性向けの店だとは思っていなかったのだ。
リサーチ不足と言われてしまえばそれまでだが、自分の失態が悔やまれる。
せめて怪しまれないよう手にしたゲラ刷りを読むふりをするのだが、周囲の目が気にかかり内容は全く頭に入ってこなかった。
まったく、あの人はいつ来るんだ。普段は遅れてくる人じゃないのに。
そう思い時計を見て、男は深いため息をつく。相手が遅れているのではなく、自分が早く来すぎているだけなのに気付いたからだ。
元々、彼はいつでも集合時間の30分前には行動するクセがある。
これは、フリーの編集者として身を立てている彼の処世術のようなものだった。
出版業界は時間という概念がひどく曖昧な人が多い。少なくても朝8時から全員が席について仕事する、というような事はない。
正社員さえ昼頃に出社し夜中の2時、3時頃に担当と電話するような連中も珍しくないほどだ。10時に集まろうといったら、10時にやっと家を出るという連中も少なくない。
そんな空気が当たり前になっているところで、男があえて時間前に行動するよう心がけているのは、先に来ることで後からきた相手に待たせたという負い目を与える事ができれば後々の交渉や仕事上のちょっとした無茶も融通してもらえる事が多いという経験則からだった。
おおよそ今時にやれないような企画も、これまで幾度もこの手の小さな恩義の積み重ねで掴んできた。
たかがそのために10分以上早く来るのは無駄だと、コスパが悪いと言われた事もあるが、今までの経験上それでつながった仕事も多く、それで通った企画も片手では足りないほどあるのだから効果は絶大と言えただろう。
だが、今日会うのは別に仕事相手ではない。
ただの協力者、ギブ&テイクのテイクがない関係だ。わざわざ早く来る必要などなかったか。
ため息をつきながら今日3杯目のコーヒーをおかわりしたとき、待ち人はようやく現れた。
「あら、相変わらず早いわねアナタ」
現れた男に、女性客の視線が自然と集まる。
無理もないだろう。明らかにターゲット層が女性であるカフェに中年男が二人、差し向かいで席をとっているのだからそれだけでも注目の的だ。
しかもそのうちの一人は壮年ながらすらりとした長身の立ち姿に、一切隙の無いスーツを着こなしているのだ。 やり手の商社マンのようにしか見えない洗練された佇まいの壮年男性というのは、自然と目を引くものだ。
シックな装いをしているが、スーツもネクタイも靴もすべて一流品だ。
長身で整った顔立ちをしているうえ、そんな上等な一式を完璧に着こなせる洗練された立ち振る舞いをしているのだから、注目を集めるのも至極当然のことだろう。
まったく、こんなに目立つ人間の正体が公安なんだから面白い。
「えぇ、仕事のクセなんですよ。でも、まだ注文してませんからゆっくり楽しんでください」
男はそう言うと、店員に声をかける。
程なくして壮年男性の前にティーセットが並べられた。
イチゴをあしらったロールケーキに焼き菓子、ブラウニー、ムースケーキにスコーン。
アフタヌーンティーというものと縁の無い生活をしていたから、このセットがどれだけすごいのか、一般的なアフタヌーンティーのセットとしてどれくらいのレベルなのかもわからなかったが、壮年の男は嬉しそうに笑うと。
「あら、かわいいじゃない。素敵なチョイスね。あなた、本当にセンスいいわ」
両手の指先をそろえて重ねると、上機嫌な様子で笑顔を見せる。
アフタヌーンティーが好きであちこちの店にも行くと聞いていたが、その彼が笑ってくれたのなら及第点というところだろう。
「そうですか、喜んでもらえてよかったですよ」
「えぇ、本当に嬉しいわ。アタシ、普段こういうキラキラしたお店にはあんまり来ないのよ。ほら、この店ってお客サンも若い子が多いでしょう? そういう所にアタシみたいなオジサンが来たら、やっぱり怖がらせちゃうじゃない」
「そうですかね、トミーさんは別に……」
そこまで言いかけて、男は言葉を止める。
男の前に現れた壮年男性は、富入順蔵という。職業は公安警察。主にテロ組織やカルト宗教など、思想の強い連中が暴力で事を起こす前に証拠をそろえて取り締まる組織の一員だ。
役職は警視長と聞いているから、その中でもチームを動かすトップクラスの立場である。
男は富入がどちらかというと他者を尊重し、理解するために努力する正義の人だということを知っていた。
悪だからと簡単に相手を切り捨てる事をためらう優しさと、部下のために責任をとれる強さを兼ね備えていることもわかっていたし、普段の口調が女性言葉で周囲から少し「オネエっぽい」と言われて慕われている人なのも、わかっていた。
だが、傍目から見た富入は長身でするどい目つきをした油断ならぬ印象の男だ。
隙が無く、他人を試すような目をしており、誰に対してもまず疑いを向ける性分である彼は、背が高いこともあり少なからず他人に威圧感を与えるだろう。
この人を怖がらなくなったのは、自分の付き合いが長いからで一般的には充分怖い。
「……いや、怖いですね。一人だったら通報されてます」
「そうよねぇ。だから今日はアナタが付き合ってくれて助かったわ」
「はぁ……でも、私はアフタヌーンティーじゃなくドリンクだけなんですよ」
「あらそうなの? もったいないわね」
「甘いものをそれだけの量食べる自信がなかったんですよ。生クリームを食べると少し胃にキツくなってきたので」
そう言っておどけたように笑う男の前に、富入はイチゴをつまむと一つ差し出した。
「それじゃ、このイチゴはあなたにあげるわ。クリームがついてないイチゴなら食べられるでしょ? はい、あーん、してくれるかしら?」
「富入さん、勘弁してください。私は子供じゃないんですから……」
「はい、あーん」
まるで子供に言い聞かすよう「あーん」を催促され、男は仕方なく口を開ける。
富入の指で押し込まれたイチゴは、それ一つがお菓子のように甘かった。
「……すごい甘いですね、これ。全然酸味がない」
「そうね、最近のイチゴってとっても甘いと思うわ。アタシは古い人間だから、ちょっと酸っぱいくらいでも嬉しいんだけど」
「昔のイチゴは酸っぱかったですからね。うち、イチゴを潰すスプーンとかありましたよ。イチゴをつぶしてから、砂糖をいれて牛乳をいれて、苺ミルクにして食べるんです。そいうしないと酸味がひどくて食べられないんですよ」
「あら、そうなの。ホント、アナタって私よりずっとお爺ちゃんみたいなこと言うわよね」
「田舎生活が長いもんで」
男はそう言うと、珈琲を飲む。鼻腔にはまだ苺の香りが残っていた。
男は富入の協力者だった。
普段はオカルト雑誌の編集者をしているが、その雑誌企画の一端として各地にあるカルト宗教へ潜入し、各々がどのような活動をしているのか確認した実態をそのまま富入へ資料としてまとめ受け渡している他、カルトを脱退した人物へ接触しての取材や、かつて大きな事件をおこした団体の幹部たちが今どんな活動をしているのかなど、マスコミの立場を利用して富入にリークしている。
今日はその資料を受け渡すためにきたのだ。
「それで、最近はどうなの? オシゴト、順調かしら?」
「あまりかわりなく、って感じですね。オカルト業界も、盛栄を極めたのは1990年代までですよ。あの事件から一気に斜陽になり、潰れる業者も随分増えましたから」
これは、男が調べてきた新興宗教団体などにも多く言えることだ。
あの事件があたえた影響は大きく、オカルトという言葉はテレビで忌避されるようになっていった。以前は幽霊・怪談番組には霊能者を名乗る何かしらが出ていたのだが、今はそういった霊能・霊媒をウリにするような人物が呼ばれることもない。
以前から一定の支持者を集めている大規模な団体は生き残っているが、創立者が亡くなったのをきっかけに解体されていく団体も随分と増えただろう。
「とはいえ、油断はできませんよ。閉鎖的な施設は私でも立ち入るのに難儀な所もまだ多いです。新参は減ってますが、最近は、セミナー勧誘を装って勧誘する宗教も多いですからね」
「そうね、取り込める層をかえてきた、って感じね」
「えぇ。細部は普段通りまとめてありますので、どうぞ……」
男はそう言いながら、何枚もの書類が入った分厚い封書をテーブルに置く。
富入のチームが目をつけていたカルト団体の動向や、過去に事件をおこした団体の幹部クラスの居場所などを調べたものだ。
富入はチョコレートブラウニーをつまむと
「何かしら、それ」
と、とぼけた顔をして言う。
だから彼も、とぼけた顔をして棒読みで告げた。
「オトシモノですよ。誰が落としたのか知らないんですが、遺失物ってケーサツに届けないといけないんですよね? だから、富入さんに渡しておきます」
「あらそう? あ、遺失物届、出したほうがいいかしら?」
「別にいらないですよ、返してもらいたくないですから。それじゃ、俺はそろそろ行きますね」
コーヒーを飲み干し、男は立ち上がる。
立場上、あまり二人でいるところを見られるの訳にもいかないと思ったからなのだが。
「まちなさい、あなた」
富入はすぐに立ち上がると、男のネクタイを掴んだ。
「ネクタイ、曲がってるわよ。もう……フリーで仕事していると、身支度が疎かになるのかしら。アナタいい男なんだから、ちゃんとしなさい。はい、これで大丈夫よ」
ネクタイを直すと、ポンと男の胸を叩く。
男はその溶けるように甘い笑顔を見て、つい苦笑いになっていた。
本当に、こんなに真面目でカタブツにしか見えないのに、親しい相手に見せる仕草がやけに艶めかしいのだから神様は面白いバランスで人間ってのを作るもんだ。
男が笑っているのに気付いたのか、富入は訝しげな目をむける。
「ちょっとアナタ、いま変なこと考えなかった?」
「考えてませんよ。考えてほしかったんですか?」
「そうねぇ、考えてほしいかどうかといわれたら……ふふ、ご想像にお任せしようかしら」
茶目っ気たっぷりに笑ってから、富入はふたたび席につく。
やはりアフタヌーンティーを1人でゆっくり楽しみたいのだろう。
男は邪魔しないよう店を出る時、一度だけ振り返る。
そこにはティーセットを前に一枚の絵画のように整った男がゆっくり紅茶を楽しむ姿があった。
駅に直結したファッションビルの一角にあるカフェスペースでは大々的にイチゴフェアをPRしており、周囲のテーブルに座る客たち全てがイチゴをあしらったケーキやパフェなどを思い思いに楽しんでいる。
右を見ても左を見ても女性客ばかりで、男は従業員を除けば自分1人だけだ。
壮絶な場違い感を抱きながら、わざと顔を隠すようにうつむいて鞄から出したゲラ刷りを読む振りをした。
自分はあくまで仕事のために来ているのだ。アフタヌーンティーを楽しみたいという希望があったから目に付いた店を選んだだけで、こんな女性向けの店だとは思っていなかったのだ。
リサーチ不足と言われてしまえばそれまでだが、自分の失態が悔やまれる。
せめて怪しまれないよう手にしたゲラ刷りを読むふりをするのだが、周囲の目が気にかかり内容は全く頭に入ってこなかった。
まったく、あの人はいつ来るんだ。普段は遅れてくる人じゃないのに。
そう思い時計を見て、男は深いため息をつく。相手が遅れているのではなく、自分が早く来すぎているだけなのに気付いたからだ。
元々、彼はいつでも集合時間の30分前には行動するクセがある。
これは、フリーの編集者として身を立てている彼の処世術のようなものだった。
出版業界は時間という概念がひどく曖昧な人が多い。少なくても朝8時から全員が席について仕事する、というような事はない。
正社員さえ昼頃に出社し夜中の2時、3時頃に担当と電話するような連中も珍しくないほどだ。10時に集まろうといったら、10時にやっと家を出るという連中も少なくない。
そんな空気が当たり前になっているところで、男があえて時間前に行動するよう心がけているのは、先に来ることで後からきた相手に待たせたという負い目を与える事ができれば後々の交渉や仕事上のちょっとした無茶も融通してもらえる事が多いという経験則からだった。
おおよそ今時にやれないような企画も、これまで幾度もこの手の小さな恩義の積み重ねで掴んできた。
たかがそのために10分以上早く来るのは無駄だと、コスパが悪いと言われた事もあるが、今までの経験上それでつながった仕事も多く、それで通った企画も片手では足りないほどあるのだから効果は絶大と言えただろう。
だが、今日会うのは別に仕事相手ではない。
ただの協力者、ギブ&テイクのテイクがない関係だ。わざわざ早く来る必要などなかったか。
ため息をつきながら今日3杯目のコーヒーをおかわりしたとき、待ち人はようやく現れた。
「あら、相変わらず早いわねアナタ」
現れた男に、女性客の視線が自然と集まる。
無理もないだろう。明らかにターゲット層が女性であるカフェに中年男が二人、差し向かいで席をとっているのだからそれだけでも注目の的だ。
しかもそのうちの一人は壮年ながらすらりとした長身の立ち姿に、一切隙の無いスーツを着こなしているのだ。 やり手の商社マンのようにしか見えない洗練された佇まいの壮年男性というのは、自然と目を引くものだ。
シックな装いをしているが、スーツもネクタイも靴もすべて一流品だ。
長身で整った顔立ちをしているうえ、そんな上等な一式を完璧に着こなせる洗練された立ち振る舞いをしているのだから、注目を集めるのも至極当然のことだろう。
まったく、こんなに目立つ人間の正体が公安なんだから面白い。
「えぇ、仕事のクセなんですよ。でも、まだ注文してませんからゆっくり楽しんでください」
男はそう言うと、店員に声をかける。
程なくして壮年男性の前にティーセットが並べられた。
イチゴをあしらったロールケーキに焼き菓子、ブラウニー、ムースケーキにスコーン。
アフタヌーンティーというものと縁の無い生活をしていたから、このセットがどれだけすごいのか、一般的なアフタヌーンティーのセットとしてどれくらいのレベルなのかもわからなかったが、壮年の男は嬉しそうに笑うと。
「あら、かわいいじゃない。素敵なチョイスね。あなた、本当にセンスいいわ」
両手の指先をそろえて重ねると、上機嫌な様子で笑顔を見せる。
アフタヌーンティーが好きであちこちの店にも行くと聞いていたが、その彼が笑ってくれたのなら及第点というところだろう。
「そうですか、喜んでもらえてよかったですよ」
「えぇ、本当に嬉しいわ。アタシ、普段こういうキラキラしたお店にはあんまり来ないのよ。ほら、この店ってお客サンも若い子が多いでしょう? そういう所にアタシみたいなオジサンが来たら、やっぱり怖がらせちゃうじゃない」
「そうですかね、トミーさんは別に……」
そこまで言いかけて、男は言葉を止める。
男の前に現れた壮年男性は、富入順蔵という。職業は公安警察。主にテロ組織やカルト宗教など、思想の強い連中が暴力で事を起こす前に証拠をそろえて取り締まる組織の一員だ。
役職は警視長と聞いているから、その中でもチームを動かすトップクラスの立場である。
男は富入がどちらかというと他者を尊重し、理解するために努力する正義の人だということを知っていた。
悪だからと簡単に相手を切り捨てる事をためらう優しさと、部下のために責任をとれる強さを兼ね備えていることもわかっていたし、普段の口調が女性言葉で周囲から少し「オネエっぽい」と言われて慕われている人なのも、わかっていた。
だが、傍目から見た富入は長身でするどい目つきをした油断ならぬ印象の男だ。
隙が無く、他人を試すような目をしており、誰に対してもまず疑いを向ける性分である彼は、背が高いこともあり少なからず他人に威圧感を与えるだろう。
この人を怖がらなくなったのは、自分の付き合いが長いからで一般的には充分怖い。
「……いや、怖いですね。一人だったら通報されてます」
「そうよねぇ。だから今日はアナタが付き合ってくれて助かったわ」
「はぁ……でも、私はアフタヌーンティーじゃなくドリンクだけなんですよ」
「あらそうなの? もったいないわね」
「甘いものをそれだけの量食べる自信がなかったんですよ。生クリームを食べると少し胃にキツくなってきたので」
そう言っておどけたように笑う男の前に、富入はイチゴをつまむと一つ差し出した。
「それじゃ、このイチゴはあなたにあげるわ。クリームがついてないイチゴなら食べられるでしょ? はい、あーん、してくれるかしら?」
「富入さん、勘弁してください。私は子供じゃないんですから……」
「はい、あーん」
まるで子供に言い聞かすよう「あーん」を催促され、男は仕方なく口を開ける。
富入の指で押し込まれたイチゴは、それ一つがお菓子のように甘かった。
「……すごい甘いですね、これ。全然酸味がない」
「そうね、最近のイチゴってとっても甘いと思うわ。アタシは古い人間だから、ちょっと酸っぱいくらいでも嬉しいんだけど」
「昔のイチゴは酸っぱかったですからね。うち、イチゴを潰すスプーンとかありましたよ。イチゴをつぶしてから、砂糖をいれて牛乳をいれて、苺ミルクにして食べるんです。そいうしないと酸味がひどくて食べられないんですよ」
「あら、そうなの。ホント、アナタって私よりずっとお爺ちゃんみたいなこと言うわよね」
「田舎生活が長いもんで」
男はそう言うと、珈琲を飲む。鼻腔にはまだ苺の香りが残っていた。
男は富入の協力者だった。
普段はオカルト雑誌の編集者をしているが、その雑誌企画の一端として各地にあるカルト宗教へ潜入し、各々がどのような活動をしているのか確認した実態をそのまま富入へ資料としてまとめ受け渡している他、カルトを脱退した人物へ接触しての取材や、かつて大きな事件をおこした団体の幹部たちが今どんな活動をしているのかなど、マスコミの立場を利用して富入にリークしている。
今日はその資料を受け渡すためにきたのだ。
「それで、最近はどうなの? オシゴト、順調かしら?」
「あまりかわりなく、って感じですね。オカルト業界も、盛栄を極めたのは1990年代までですよ。あの事件から一気に斜陽になり、潰れる業者も随分増えましたから」
これは、男が調べてきた新興宗教団体などにも多く言えることだ。
あの事件があたえた影響は大きく、オカルトという言葉はテレビで忌避されるようになっていった。以前は幽霊・怪談番組には霊能者を名乗る何かしらが出ていたのだが、今はそういった霊能・霊媒をウリにするような人物が呼ばれることもない。
以前から一定の支持者を集めている大規模な団体は生き残っているが、創立者が亡くなったのをきっかけに解体されていく団体も随分と増えただろう。
「とはいえ、油断はできませんよ。閉鎖的な施設は私でも立ち入るのに難儀な所もまだ多いです。新参は減ってますが、最近は、セミナー勧誘を装って勧誘する宗教も多いですからね」
「そうね、取り込める層をかえてきた、って感じね」
「えぇ。細部は普段通りまとめてありますので、どうぞ……」
男はそう言いながら、何枚もの書類が入った分厚い封書をテーブルに置く。
富入のチームが目をつけていたカルト団体の動向や、過去に事件をおこした団体の幹部クラスの居場所などを調べたものだ。
富入はチョコレートブラウニーをつまむと
「何かしら、それ」
と、とぼけた顔をして言う。
だから彼も、とぼけた顔をして棒読みで告げた。
「オトシモノですよ。誰が落としたのか知らないんですが、遺失物ってケーサツに届けないといけないんですよね? だから、富入さんに渡しておきます」
「あらそう? あ、遺失物届、出したほうがいいかしら?」
「別にいらないですよ、返してもらいたくないですから。それじゃ、俺はそろそろ行きますね」
コーヒーを飲み干し、男は立ち上がる。
立場上、あまり二人でいるところを見られるの訳にもいかないと思ったからなのだが。
「まちなさい、あなた」
富入はすぐに立ち上がると、男のネクタイを掴んだ。
「ネクタイ、曲がってるわよ。もう……フリーで仕事していると、身支度が疎かになるのかしら。アナタいい男なんだから、ちゃんとしなさい。はい、これで大丈夫よ」
ネクタイを直すと、ポンと男の胸を叩く。
男はその溶けるように甘い笑顔を見て、つい苦笑いになっていた。
本当に、こんなに真面目でカタブツにしか見えないのに、親しい相手に見せる仕草がやけに艶めかしいのだから神様は面白いバランスで人間ってのを作るもんだ。
男が笑っているのに気付いたのか、富入は訝しげな目をむける。
「ちょっとアナタ、いま変なこと考えなかった?」
「考えてませんよ。考えてほしかったんですか?」
「そうねぇ、考えてほしいかどうかといわれたら……ふふ、ご想像にお任せしようかしら」
茶目っ気たっぷりに笑ってから、富入はふたたび席につく。
やはりアフタヌーンティーを1人でゆっくり楽しみたいのだろう。
男は邪魔しないよう店を出る時、一度だけ振り返る。
そこにはティーセットを前に一枚の絵画のように整った男がゆっくり紅茶を楽しむ姿があった。
PR
COMMENT