インターネット字書きマンの落書き帳
松田と山ガスが出る話(トシカイ二次創作・ネタバレあり)
都市伝説解体センターの松田と山田ガスマスクが出る話です。
最終話クリアまで遊んでいる前提のネタバレがあるので、クリアしてから読みやがれ♥
時系列としては3話の後から4話の間くらい……?
3話が終わって「はぁ、しょっぱい気分だからパーっと飲んで帰るか」って提案した松田が、ぐでぐでに酔って前後不覚になってる山ガスを家に連れ帰ってます。
や、やましい話はしてませんよ!
健全です!
オールキャラほのぼの小説です!
すいません、ほのぼのはしてません。そこは嘘です。
湿っぽい話をしてます。
湿っぽい松田と山ガスが好きな人向けコンテンツなので、そういうの好きなひとは食え!
最終話クリアまで遊んでいる前提のネタバレがあるので、クリアしてから読みやがれ♥
時系列としては3話の後から4話の間くらい……?
3話が終わって「はぁ、しょっぱい気分だからパーっと飲んで帰るか」って提案した松田が、ぐでぐでに酔って前後不覚になってる山ガスを家に連れ帰ってます。
や、やましい話はしてませんよ!
健全です!
オールキャラほのぼの小説です!
すいません、ほのぼのはしてません。そこは嘘です。
湿っぽい話をしてます。
湿っぽい松田と山ガスが好きな人向けコンテンツなので、そういうの好きなひとは食え!
『いい奴と律儀な奴』
都会の空は星が見えないとはよく言うが、雲が幕のように垂れ込め月明かりのない夜空を見上げるとその通りと言わざるを得ない。
松田はベランダに出て煙草を燻らすと、闇に消える煙をぼんやりと眺めていた。
7年前の天誅事件。その容疑者であろう男たち。復讐のため自分たちを陥れた被害者の妹……今日の出来事が頭の中を巡り、まだ眠れそうにない。
あぁ、そういえば彼には妹がいたか。葬儀の時に涙で俯き、式に出た自分を「人殺し」と罵って追い出したものだから、顔ははっきり覚えていなかった。
いや、思い出そうともしなかったのだ。
思い出せばあの時に人殺しと詰られ、嫌悪の目を向けられた苦い記憶まで思い出さなければいけないのだから。
「……ほんま、何もえぇ事なんかなかったなぁ」
自然と口からそんな言葉がもれる。
あの事件が起きた翌日から、松田の世界はがらりと変わってしまった。
市井の庶民として人並みに生きていた立場から、殺人犯として疑いの眼差しを向けられる立場になったのだ。
犯人と目されていた男が自殺してから世間の興味は急激に薄らいだものの、天誅事件は未だ犯人逮捕にいたってはいない。つまり、事件はまだ終わっていないのだ。
松田は未だ容疑者の一人として、何らやましい事がないのに猜疑の目を向けられる立場が続いていた。
そして今日、過去の事件が新たな事件の火種となり、再び松田の人生に影を落とす。
長らく禁煙していたが、煙草を吸いたくなるのも仕方ないことだろう。
残りわずかとなった煙草を携帯灰皿の中に押し込むようにしてもみ消してから二本目の煙草を取り出し火を付けようか迷った時、室内で寝ていた男がもぞもぞと動き出す。
起きてすぐ見慣れない部屋にいる事に気付いたのか、目元にしわを寄せながら辺りの様子を覗っていた。
「おう、起きたんか。山田デスマスクやったっけ?」
「山田ガスマスク……いや、山田でいいんだけど」
山田は松田の姿を認めると、ばつが悪そうな顔をする。
「ここ、松田さんの家ですか?」
「せやで。お前があんまり早いピッチで飲むもんやから、店出るときにグデグデに酔っぱらってしもてな。しゃぁないからウチに連れてきたってわけや。俺、お前の家知らんからな」
松田は携帯灰皿をポケットにねじ込むと、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して山田へと手渡す。山田は「どうも」と小さく頭を下げてからボトルの水を一気に飲み干した。
廃駅から無事に外に出た直後、
「このままウチ帰っても嫌な気分引きずりそうでアカンなぁ。俺ら別になんも悪い事してへんのやから、気晴らしにパーッと飲んでいかへんか?」
すぐさま声を上げたのは松田だった。
実際、木村に集められた男たち全員は犯人たる条件をそろえていなかったのだから、自分たちは事件と無関係のはずだ。
だからこそ、こんな悪縁を絶ちきりたい一心で声をあげたのだ。
「あ、あの。私……いや、俺、実は全然金なくって、飲み代……おごってもらえるならいきますけど」
真っ先に挙手したのはツアーガイドだった。
「何でおごってもらう前提やねん。と、いいたい所やけど……まぁえぇわ。おまえ、逆立ちしても小銭も出なそうな感じやもんな」
「なんてひどいこと言うんですかぁ、出ませんけど! やったー! おごり飲みなら大歓迎です! お酒なんてのめるの、半年ぶりくらいですよ」
ツアーガイドはオゴリときいて子供のようにキャッキャとはしゃぐ。本当に資金繰りに困っているのだろう。
「拙者もご一緒してよろしいですかな? ガイド氏のおごり、半分は持ちます故……拙者も、このまま帰ってはモヤモヤして眠れませぬ。それに、ここで会ったのも何かの縁でしょうからな」
次に手を上げたのは藤原だった。奇抜な外見と珍妙な言葉遣いとは裏腹に、いってる事は至極真っ当だ。オタク気質でのめり込みやすい性格ではあるが、基本的には素直なのだろう。いや、素直だからこそのめり込みやすいのかもしれない。
「おぅ、だったら安い店で焼き鳥でもつまみながら打ち上げにしよか。あー……山田、お前もいくか?」
手をあげなかった山田に声をかけたのは、一応呼び出されたうちの一人だったからだ。
見るからに神経質そうだったし、大勢の人間でガヤガヤと飲むより家で一人晩酌をするほうがよっぽど好きそうに見えたから誘っても来ないだろうと思っていたのだが。
「……わかった、僕も行くよ。この近所だとチェーン店で安い店があるから、そこならまだ開いてるんじゃないかな」
だから山田の返答に面食らったのは事実だ。断られると思って聞いたのに、断らずついてきたからだ。しかも居酒屋についてからは手際よく人数分の注文をとり、食事を取り分けたりグラスを回したりとこちらを気づかうような所作が多かったのも意外に思えた。
絶対にこんな会食は苦手だろうと思ったし、他人の世話を焼くような性分には見えなかったからだ。
ささやかな飲み会のほとんどは、ツアーガイドの波瀾万丈な人生とほとんど自業自得な失敗で盛り上がった。
事件の話をするのは最初から避けるつもりだったが、そういう意味で少し間の抜けた所のあるツアーガイドがいてくれたのは幸運だったろう。
各々がツアーガイドの失敗にぽつぽつと語る中、山田だけは多く語らず早いピッチで酒を開けていた。
食事も食べずに酒ばかり飲んでいては酔いが回るのも早いだろう。
松田の予想は的中し、小一時間飲んだ頃に山田はすっかり酔い潰れていた。
「えぇ歳して立てなくなるほど飲むとか、思ったより無茶な飲み方するんやなぁ……しゃあないわ、ここからウチまで近いからコイツはウチにつれていくから心配せんでもえぇで。俺が言い出した飲み会だから、俺が責任とるのがスジやもんな」
会計の時、松田は最初からオゴリの予定だったツアーガイドの分と、酔い潰れて立てなくなった山田の分を立て替えタクシーで家に戻る。
そして、すっかり潰れて前後不覚になっていた山田を引きずるように部屋にあげベッドに転がしてからコンビニまで煙草を買いに行き、ベランダで一服吹かしていたのだ。
あれだけ飲んで酔い潰れたのだから朝まで起きないだろうと思っていたが、思ったより早く目覚めだろう。酔いのせいで顔はまだ赤いが、水を飲んだら落ち着いたのか今にも吐きそうといった様子はない。
「顔色は大丈夫そうやな。辛かったら泊まっていっても大丈夫やで。あぁ、飲み代立て替えておいたから」
山田の顔をのぞき込み顔色を確認すれば、山田は視線を背け「どうも」と小さく頭を下げながら空になったペットボトルを潰す。
「……松田サン、思ったより面倒見がいい人なんだね」
「はぁ? 別にそないなことないわ。店に置いていったら店が迷惑やろ? 俺、居酒屋でバイトしてたからわかんねん。酔っぱらって店で寝る客ってほんま邪魔やねんぞ」
「よく知りもしない相手を家までつれてきて寝かせてくれるのは優しいと思うけど。僕だったら道路か駅に置いてくから」
「そないなことして、後で面倒ごとになった方がアカンやん。お前もわかると思うけどな、脛に傷持つ身だと、警察関係色々厳しくなんねん」
と、そこまで口にして失言に気付く。別に松田は悪い事など一切してないのだから、やましい事は何もないのだ。
傷なんて、ない。
「ちゃうねん……俺は別に何もしとらんのやけど、ずーっと警察から嫌な目で見られとったから、もう巻き込まれたくないってだけや。だから、全然いい奴ちゃうわ」
「わかってる。僕も似たようなものだから……」
山田はそう呟くと、頬に手をあてる。まだ酔っているのか、白い肌がうっすら紅潮していた。
「……僕だって、人と食事するなんて好きじゃない。それでも松田サンの誘いに乗ったのは、僕だけ行かなかったら僕だけが犯人にされたり、悪者にされるんじゃないかなんて不安だったからだよ。あるでしょ、居酒屋みたいな場所って、いない奴の悪口で盛り上がっちゃうようなところ。冗談でも、犯人扱いはゴメンだったから」
なるほど、いかにも会食なんて億劫そうな山田が参加した理由に合点がいく。
そして、自分のいない所で犯人扱いされ悪口で盛り上がるという嫌な気持ちは、松田もよくわかっていた。この7年間で何度もそういう事があったし、自分の誘われてない飲み会で同僚が「松田が犯人なんだろう」という話を肴にして飲んでいる所に立ち会ったのも一度や二度ではない。
「怖いよね……人殺しになるのは」
くしゃくしゃになったペットボトルをベッド近くにあるテーブルへ置いてから、山田は両手を合わせてため息をつく。
「……でも、珍しく行ってよかったと思える飲み会だったよ。誰も、お互い疑りっこなしで、ずーっとあのガイドさんがポンコツな話するだけだったのが良かったんだろうね。あの人、この7年の間は本当に日本にいなくて、フラメンコ留学してたみたいだから」
山田の顔にわずかだが笑顔が浮かぶ。
ツアーガイドがごく最近日本に戻ってきたのは本当のようで、長らく寿司の修行やら、フラメンコダンサーとしての修業、時には大道芸人のような修業までしていたと語り、欧州各地で寿司レストランのバイトやフラメンコ、大道芸で日銭を稼いであちこちに出没していた各国の話はほとんどツアーガイドの失笑レベルな失態でオチがつくのだが。
「せやな、アイツがフラメンコ用のカスタネット取り出してキメながら音鳴らした時、メッチャ格好良かったよな」
「ほんと、あの時だけはポンコツ感なかったね。周りからも拍手出てたもん」
二人は飲み会でのツアーガイドを思い出し、クスクス笑う。何だかこんなに自然に笑えるような酒は、7年ぶりのような気がした。
「……さて、介抱してくれてありがとうね松田サン。でも、僕そろそろ行くよ」
「ほんま、大丈夫か自分? もう終電も終わってとる。気ぃ使わんでえぇから、しっかり休んどき。明日、辛くなっても知らんで」
「大丈夫……だと思う。ほんと、見た目より優しいよね松田サン。背も声も態度もデカいから誤解されちゃうよ」
「余計なお世話や。何ならタクシー呼んでやろか? 歩いては帰るんは辛いやろ」
「ほんと、大丈夫って。親切通り越してお節介だね。酔い冷ましに歩いていくよ。僕も、家はこのへんだから……」
山田は自分の荷物が全てあるのを確認すると、ふらふらと立ち上がる。足取りは若干おぼつかないが、店を出た時は歩けなかったのを思えば随分マシになっただろう。
やり取りも普通だし、これなら一人で返しても大丈夫そうだ。
「わかった、ほな気をつけてな」
「うん、松田さんも……ありがと。ほんと、優しいよね。僕が部屋にいるから、煙草も外で吸ってくれた?」
「元々外で吸うタイプや。大家から壁紙汚したら敷金の倍払って貰うって言われとるから、しゃあないやん。ま、煙草自体久しぶりに吸うたんやけど」
「あ、そ……でも、松田さんはいい人だよ。本当……」
そこまで語り、山田は口元を押さえる。
そして目を細めると。
「本当、あなたみたいな人を、どうして巻き込んじゃったんだろうね」
ぽつり、そう呟いた。
それから山田は慌ただしく荷物をまとめて立ち上がる。聞けば今日中に終わらせないといけない仕事が。いや、確認しなければいけない仕事があるのだそうだ。
「また縁があったら遊びに行こか、今日の4人で……」
「そう? でも遠慮しておく。僕、やっぱり会食みたいなの、苦手だから」
笑いながら去って行く山田を見送った後で、松田は立て替えた飲み代をもらっていなかったことを思い出す。
「しもたー……まぁえぇか。もしまた会う事があったら、その時に払ってもらうしかないやろな。嫌だといっても、飲み会の代金払えといって無理にでも引っ張り出してやらんとな」
この時松田の立て替えた金額が戻ってくるのは、それから10年ほど経った後になる。
都会の空は星が見えないとはよく言うが、雲が幕のように垂れ込め月明かりのない夜空を見上げるとその通りと言わざるを得ない。
松田はベランダに出て煙草を燻らすと、闇に消える煙をぼんやりと眺めていた。
7年前の天誅事件。その容疑者であろう男たち。復讐のため自分たちを陥れた被害者の妹……今日の出来事が頭の中を巡り、まだ眠れそうにない。
あぁ、そういえば彼には妹がいたか。葬儀の時に涙で俯き、式に出た自分を「人殺し」と罵って追い出したものだから、顔ははっきり覚えていなかった。
いや、思い出そうともしなかったのだ。
思い出せばあの時に人殺しと詰られ、嫌悪の目を向けられた苦い記憶まで思い出さなければいけないのだから。
「……ほんま、何もえぇ事なんかなかったなぁ」
自然と口からそんな言葉がもれる。
あの事件が起きた翌日から、松田の世界はがらりと変わってしまった。
市井の庶民として人並みに生きていた立場から、殺人犯として疑いの眼差しを向けられる立場になったのだ。
犯人と目されていた男が自殺してから世間の興味は急激に薄らいだものの、天誅事件は未だ犯人逮捕にいたってはいない。つまり、事件はまだ終わっていないのだ。
松田は未だ容疑者の一人として、何らやましい事がないのに猜疑の目を向けられる立場が続いていた。
そして今日、過去の事件が新たな事件の火種となり、再び松田の人生に影を落とす。
長らく禁煙していたが、煙草を吸いたくなるのも仕方ないことだろう。
残りわずかとなった煙草を携帯灰皿の中に押し込むようにしてもみ消してから二本目の煙草を取り出し火を付けようか迷った時、室内で寝ていた男がもぞもぞと動き出す。
起きてすぐ見慣れない部屋にいる事に気付いたのか、目元にしわを寄せながら辺りの様子を覗っていた。
「おう、起きたんか。山田デスマスクやったっけ?」
「山田ガスマスク……いや、山田でいいんだけど」
山田は松田の姿を認めると、ばつが悪そうな顔をする。
「ここ、松田さんの家ですか?」
「せやで。お前があんまり早いピッチで飲むもんやから、店出るときにグデグデに酔っぱらってしもてな。しゃぁないからウチに連れてきたってわけや。俺、お前の家知らんからな」
松田は携帯灰皿をポケットにねじ込むと、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して山田へと手渡す。山田は「どうも」と小さく頭を下げてからボトルの水を一気に飲み干した。
廃駅から無事に外に出た直後、
「このままウチ帰っても嫌な気分引きずりそうでアカンなぁ。俺ら別になんも悪い事してへんのやから、気晴らしにパーッと飲んでいかへんか?」
すぐさま声を上げたのは松田だった。
実際、木村に集められた男たち全員は犯人たる条件をそろえていなかったのだから、自分たちは事件と無関係のはずだ。
だからこそ、こんな悪縁を絶ちきりたい一心で声をあげたのだ。
「あ、あの。私……いや、俺、実は全然金なくって、飲み代……おごってもらえるならいきますけど」
真っ先に挙手したのはツアーガイドだった。
「何でおごってもらう前提やねん。と、いいたい所やけど……まぁえぇわ。おまえ、逆立ちしても小銭も出なそうな感じやもんな」
「なんてひどいこと言うんですかぁ、出ませんけど! やったー! おごり飲みなら大歓迎です! お酒なんてのめるの、半年ぶりくらいですよ」
ツアーガイドはオゴリときいて子供のようにキャッキャとはしゃぐ。本当に資金繰りに困っているのだろう。
「拙者もご一緒してよろしいですかな? ガイド氏のおごり、半分は持ちます故……拙者も、このまま帰ってはモヤモヤして眠れませぬ。それに、ここで会ったのも何かの縁でしょうからな」
次に手を上げたのは藤原だった。奇抜な外見と珍妙な言葉遣いとは裏腹に、いってる事は至極真っ当だ。オタク気質でのめり込みやすい性格ではあるが、基本的には素直なのだろう。いや、素直だからこそのめり込みやすいのかもしれない。
「おぅ、だったら安い店で焼き鳥でもつまみながら打ち上げにしよか。あー……山田、お前もいくか?」
手をあげなかった山田に声をかけたのは、一応呼び出されたうちの一人だったからだ。
見るからに神経質そうだったし、大勢の人間でガヤガヤと飲むより家で一人晩酌をするほうがよっぽど好きそうに見えたから誘っても来ないだろうと思っていたのだが。
「……わかった、僕も行くよ。この近所だとチェーン店で安い店があるから、そこならまだ開いてるんじゃないかな」
だから山田の返答に面食らったのは事実だ。断られると思って聞いたのに、断らずついてきたからだ。しかも居酒屋についてからは手際よく人数分の注文をとり、食事を取り分けたりグラスを回したりとこちらを気づかうような所作が多かったのも意外に思えた。
絶対にこんな会食は苦手だろうと思ったし、他人の世話を焼くような性分には見えなかったからだ。
ささやかな飲み会のほとんどは、ツアーガイドの波瀾万丈な人生とほとんど自業自得な失敗で盛り上がった。
事件の話をするのは最初から避けるつもりだったが、そういう意味で少し間の抜けた所のあるツアーガイドがいてくれたのは幸運だったろう。
各々がツアーガイドの失敗にぽつぽつと語る中、山田だけは多く語らず早いピッチで酒を開けていた。
食事も食べずに酒ばかり飲んでいては酔いが回るのも早いだろう。
松田の予想は的中し、小一時間飲んだ頃に山田はすっかり酔い潰れていた。
「えぇ歳して立てなくなるほど飲むとか、思ったより無茶な飲み方するんやなぁ……しゃあないわ、ここからウチまで近いからコイツはウチにつれていくから心配せんでもえぇで。俺が言い出した飲み会だから、俺が責任とるのがスジやもんな」
会計の時、松田は最初からオゴリの予定だったツアーガイドの分と、酔い潰れて立てなくなった山田の分を立て替えタクシーで家に戻る。
そして、すっかり潰れて前後不覚になっていた山田を引きずるように部屋にあげベッドに転がしてからコンビニまで煙草を買いに行き、ベランダで一服吹かしていたのだ。
あれだけ飲んで酔い潰れたのだから朝まで起きないだろうと思っていたが、思ったより早く目覚めだろう。酔いのせいで顔はまだ赤いが、水を飲んだら落ち着いたのか今にも吐きそうといった様子はない。
「顔色は大丈夫そうやな。辛かったら泊まっていっても大丈夫やで。あぁ、飲み代立て替えておいたから」
山田の顔をのぞき込み顔色を確認すれば、山田は視線を背け「どうも」と小さく頭を下げながら空になったペットボトルを潰す。
「……松田サン、思ったより面倒見がいい人なんだね」
「はぁ? 別にそないなことないわ。店に置いていったら店が迷惑やろ? 俺、居酒屋でバイトしてたからわかんねん。酔っぱらって店で寝る客ってほんま邪魔やねんぞ」
「よく知りもしない相手を家までつれてきて寝かせてくれるのは優しいと思うけど。僕だったら道路か駅に置いてくから」
「そないなことして、後で面倒ごとになった方がアカンやん。お前もわかると思うけどな、脛に傷持つ身だと、警察関係色々厳しくなんねん」
と、そこまで口にして失言に気付く。別に松田は悪い事など一切してないのだから、やましい事は何もないのだ。
傷なんて、ない。
「ちゃうねん……俺は別に何もしとらんのやけど、ずーっと警察から嫌な目で見られとったから、もう巻き込まれたくないってだけや。だから、全然いい奴ちゃうわ」
「わかってる。僕も似たようなものだから……」
山田はそう呟くと、頬に手をあてる。まだ酔っているのか、白い肌がうっすら紅潮していた。
「……僕だって、人と食事するなんて好きじゃない。それでも松田サンの誘いに乗ったのは、僕だけ行かなかったら僕だけが犯人にされたり、悪者にされるんじゃないかなんて不安だったからだよ。あるでしょ、居酒屋みたいな場所って、いない奴の悪口で盛り上がっちゃうようなところ。冗談でも、犯人扱いはゴメンだったから」
なるほど、いかにも会食なんて億劫そうな山田が参加した理由に合点がいく。
そして、自分のいない所で犯人扱いされ悪口で盛り上がるという嫌な気持ちは、松田もよくわかっていた。この7年間で何度もそういう事があったし、自分の誘われてない飲み会で同僚が「松田が犯人なんだろう」という話を肴にして飲んでいる所に立ち会ったのも一度や二度ではない。
「怖いよね……人殺しになるのは」
くしゃくしゃになったペットボトルをベッド近くにあるテーブルへ置いてから、山田は両手を合わせてため息をつく。
「……でも、珍しく行ってよかったと思える飲み会だったよ。誰も、お互い疑りっこなしで、ずーっとあのガイドさんがポンコツな話するだけだったのが良かったんだろうね。あの人、この7年の間は本当に日本にいなくて、フラメンコ留学してたみたいだから」
山田の顔にわずかだが笑顔が浮かぶ。
ツアーガイドがごく最近日本に戻ってきたのは本当のようで、長らく寿司の修行やら、フラメンコダンサーとしての修業、時には大道芸人のような修業までしていたと語り、欧州各地で寿司レストランのバイトやフラメンコ、大道芸で日銭を稼いであちこちに出没していた各国の話はほとんどツアーガイドの失笑レベルな失態でオチがつくのだが。
「せやな、アイツがフラメンコ用のカスタネット取り出してキメながら音鳴らした時、メッチャ格好良かったよな」
「ほんと、あの時だけはポンコツ感なかったね。周りからも拍手出てたもん」
二人は飲み会でのツアーガイドを思い出し、クスクス笑う。何だかこんなに自然に笑えるような酒は、7年ぶりのような気がした。
「……さて、介抱してくれてありがとうね松田サン。でも、僕そろそろ行くよ」
「ほんま、大丈夫か自分? もう終電も終わってとる。気ぃ使わんでえぇから、しっかり休んどき。明日、辛くなっても知らんで」
「大丈夫……だと思う。ほんと、見た目より優しいよね松田サン。背も声も態度もデカいから誤解されちゃうよ」
「余計なお世話や。何ならタクシー呼んでやろか? 歩いては帰るんは辛いやろ」
「ほんと、大丈夫って。親切通り越してお節介だね。酔い冷ましに歩いていくよ。僕も、家はこのへんだから……」
山田は自分の荷物が全てあるのを確認すると、ふらふらと立ち上がる。足取りは若干おぼつかないが、店を出た時は歩けなかったのを思えば随分マシになっただろう。
やり取りも普通だし、これなら一人で返しても大丈夫そうだ。
「わかった、ほな気をつけてな」
「うん、松田さんも……ありがと。ほんと、優しいよね。僕が部屋にいるから、煙草も外で吸ってくれた?」
「元々外で吸うタイプや。大家から壁紙汚したら敷金の倍払って貰うって言われとるから、しゃあないやん。ま、煙草自体久しぶりに吸うたんやけど」
「あ、そ……でも、松田さんはいい人だよ。本当……」
そこまで語り、山田は口元を押さえる。
そして目を細めると。
「本当、あなたみたいな人を、どうして巻き込んじゃったんだろうね」
ぽつり、そう呟いた。
それから山田は慌ただしく荷物をまとめて立ち上がる。聞けば今日中に終わらせないといけない仕事が。いや、確認しなければいけない仕事があるのだそうだ。
「また縁があったら遊びに行こか、今日の4人で……」
「そう? でも遠慮しておく。僕、やっぱり会食みたいなの、苦手だから」
笑いながら去って行く山田を見送った後で、松田は立て替えた飲み代をもらっていなかったことを思い出す。
「しもたー……まぁえぇか。もしまた会う事があったら、その時に払ってもらうしかないやろな。嫌だといっても、飲み会の代金払えといって無理にでも引っ張り出してやらんとな」
この時松田の立て替えた金額が戻ってくるのは、それから10年ほど経った後になる。
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