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インターネット字書きマンの落書き帳

   
優しい不安と心配と(みゆしば)
平和な世界線で、普通に付き合っている手塚と芝浦の話です。
(端的な挨拶を兼ねた幻覚の設定)

今回の話は、昨日ちょっと落ち込んでいるように見えた芝浦くんを寝かせ付けたけど起きた時にいない!? どこいったんだ!? とうろたえるみゆみゆ概念です。

当店でお出しできる男二人は、お互いにお互いのコトに執着する特大感情の担い手です。
特大感情と特大感情がお互いを縛り付けているので、質量はゼロです。

質量ゼロですよ!




『優しく不安な夜の冷え』

 手塚が目を覚ました時、ベッドにいるはずの芝浦の姿はどこにもなかった。
 昨晩遅くに訪れた芝浦は酷く疲弊しているように見えたから、手塚はすぐに寝かしつけたのを覚えている。傍に手塚がいたからか、芝浦は目を閉じると安心したような寝息をたてはじめた。

 芝浦は特に何も言わなかったが、彼が疲れた様子を見せるのは大概が「芝浦家の嫡男として」の行動を強いられている時だ。

 芝浦グループの一人息子であり当然のように跡取りとして扱われている彼は実父に従う形で人
前に出る事が多い。そのようなセレブの社交界がどのようになっているのか手塚には想像できなかったが、普段饒舌で賑やかなくらいの芝浦がほとんど喋らなくなるあたりよほど気疲れするものなのだろう。

 それに、芝浦はまだ若く顔立ちも整っている。社交界に出れば言い寄ってくる相手も多くそれを断るのも億劫なのだろう。しかも、彼の周りにあつまるのは異性だけではない。男性にしては可愛すぎるくらいの容姿をしているため、男からもよく言い寄られているようだった。
 芝浦いわく、金で大概のものを手に入れてきた連中は特殊な趣味をもっているものも珍しくはないらしく中には半ば犯罪に近い方法で連れ去ろうとする者もいるのだそうだ。

 初めてそれを聞いた時は半信半疑で聞いていたものだが、実際に芝浦がワイシャツを破いたまま部屋に逃げ込んできた夜に嘘ではないという上流階級の闇を見た。成功者の中には結果のためなら手段を選ばない奴も少なからず存在するのだ。
 最もその相手は彼が芝浦家の嫡男という事を知らずに手を出したようで、今は姿を見せなくなったそうだがそれも空恐ろしい事だろうが……。

 芝浦はそんな社交界の雰囲気にすっかり嫌気がさしており自ら望んで話すような事は無かったので、手塚はいつもそれを深く聞くような真似はしなかった。 余計な好奇心で芝浦を疲弊させたくはなかったからだ。
 特に昨晩の芝浦は普段より浮かない様子で、表情も暗いまま押し黙るばかりえだった。  様子はおかしいと思っていた。だが深入りするのはかえって辛いのではないかと思いホットミルクを飲ませた後すぐに休ませたのだ。
 二人で寝るには狭いベッドだから芝浦をベッドで寝かせ、自分は床で寝ていたのだが……。

 誰もいないベッドを見て、手塚は激しい後悔に苛まれる。

 もっといたわってやるべきだっただろうか。
 あれこれ聞かずとも芝浦なら傍に寄り添い抱きしめるだけで安心したように笑うというのに、そうやって抱きしめてやる事さえしなかった。
 芝浦は普段からふてぶてしく振る舞っているが、あれは虚勢だ。本心はさみしがり屋で繊細だし、軽薄そうに見えるが一途で純粋だ。口下手な手塚でももっと気遣いふれあう事はできたはずだが、結局何もせずにただ寝かしつけるだけでは芝浦にとって良い事だったのだろうか。彼を余計に不安にさせ、逃げ出したいような衝動のまま出て行ったのではないか。

 もしそうなら、どうしたら良いのだろうか。

 時刻はまだ夜明け前だが都内はいつでもネオンの輝きに満ちている。芝浦は感情的で自棄になりやすい所もあれば、自分がどれだけ蠱惑的なのか気づいてない故に脇が甘い所もある。今の時間にふらふらと出歩けば何かしらのトラブルに巻き込まれかねない。芝浦を一人にすると悪い輩に絡まれる事が多いからなおさらだ。

 早く探しにいかなければ。 今自分にできるのはそれしかない。
 寝ぼけた頭を奮い起こし寝室の扉を開ければ、ちょうど浴室から出てくる芝浦と鉢合わせになった。

「うわっ! ……な、何だ手塚か。こんな夜中にどうしたの。急いでるみたいだけど、どっか行く……ってワケじゃないよね」

 すでに夜半過ぎ、外に出かけるような時間じゃないのは芝浦もわかっているのだろう。慌ててドアを開けた手塚をぽかんとした顔で見つめる。 手には歯ブラシセットがぶら下がっていた。
 ただ、歯磨きをするために起きたのだろう。それがわかった瞬間、安堵の吐息が漏れる。

「な、何だ芝浦……いたのか」
「いたよ? 夜中に目が覚めてさ……あ、そういえば今日ちゃんと歯磨いたっけって思ったら口の中むずむずしてきたから歯ぁ磨いてただけ。ってかさ、俺がいなくなったと思って、焦っちゃった? だったら嬉しいけど」

 芝浦がそう言い終わるより先に、手塚は彼の体を抱きしめる。

「……良かった」

 心の底から安心したように呟く手塚を前に、芝浦はしばらく呆けたままの顔をする。だが少しずつその体温を感じたのか、顔を赤くしながら離れた。

「なっ、何だよ。本当に心配しちゃってたわけ?」

 芝浦は顔を背けて恥ずかしそうに言う。赤くなっているのを見られたくないようだが、暗闇のなかでも彼の恥じらいは伝わった。

「あぁ……昨日のおまえは消えてしまいそうな程に弱々しく見えたから……俺のそばから不意にふっと立ち去ってしまうんじゃないかと不安になった。俺は、昨日はおまえが疲れていると思って話もろくに聞いてやらなかったから……おまえが不安になって、消えてしまったんじゃないかと……」

 強くだが優しく抱きしめながら語る手塚の言葉は抱きしめる腕の強さとは裏腹に酷くか細かったことからも本心から芝浦を心配していたコトがわかる。
 芝浦はふっと笑うを、手塚の体を抱きしめ返した。

「どこにも行くワケないじゃん。だって俺にとって、手塚の所がいっちばん安心できる所だし、いっちばんゆっくりできる所だもん……手塚こそ、勝手に俺の前から居なくならないでよね? ま、どこに行っても俺、追っかけちゃうけど。俺ってさ、こう見えてしつこいから」
「わかってる。俺だっておまえをどこにも行かせやしない……今日はこのまま、俺と一緒にいてくれるな」

 切実な声に、芝浦はどこか満足げに笑う。

「仕方ないなー。ホント。手塚はさ……俺いないともうダメでしょ? ……ま、俺もおまえがいないともうダメだからお互い様だけど。ねー」

 そしてさらに強く手塚を抱きしめ甘えるよう胸に顔を沈める。そんな芝浦の顔を指先で上に向けると、手塚は静かに唇を重ねた。
 暖かな唇にはかすかに歯磨き粉の味が残っていた。

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