インターネット字書きマンの落書き帳
何も変わらないまま、新しい未来へ(SBRのディ・ス・コの話)
蒸気機関車の姿を丘の上から眺めるディ・ス・コの話を書きました。
ヴァレンタイン大統領とマジェント・マジェント、ブラックモアが出ます。
SBRレースが終わり、一人だけ生き残ってしまったディ・ス・コ。
それでも世界は変わらずに時を刻み、熱狂のなか様々な文化や新しい文明が生まれようとしている……。
そうして世界は何もなかったように進んでいるのに、自分だけがSBRレースの仲間たちがいた世界に取り残された気がしている。
そんな思いを抱いているディ・ス・コの話ですよ。
ヴァレンタイン大統領とマジェント・マジェント、ブラックモアが出ます。
SBRレースが終わり、一人だけ生き残ってしまったディ・ス・コ。
それでも世界は変わらずに時を刻み、熱狂のなか様々な文化や新しい文明が生まれようとしている……。
そうして世界は何もなかったように進んでいるのに、自分だけがSBRレースの仲間たちがいた世界に取り残された気がしている。
そんな思いを抱いているディ・ス・コの話ですよ。
『青ざめた世界で熱狂を見据え生きて行く』
丘の上から、ディ・ス・コは長いレールを眺めていた。
立ち止まる予定はなかったのだが荒野を走り続けた馬が疲れを見せたので一休みする事にしたのだ。
丘の上からは比較的に大きな駅がみえた。ホームには機関車が止まっており乗客らしい影が忙しそうに往来している。この荒野から都会へ、あるいはまた別の荒野か港町から他の国へ、それぞれがそれぞれ別の目的で進んで行くのだろう。
ほとんどの者は希望を抱いた顔をしているように思えた。ここは何もない荒野だが、終点まで行けば何でもある街へとたどり着くのだから期待が高まるのも無理はないだろう。
「これが繁栄と栄光の架け橋だ、ディ・ス・コ。最も強く、最も熱情があり、最も平和で安寧にある国を作る。それが私たちの使命なのを忘れるな」
ふと、懐かしい声がした。隣にはファニー・ヴァレンタインの姿がある。
蒸気を噴き出す鉄の塊がどうして栄光や繁栄をもたらすのか、命じられたコト以外はあまり考えないようにしてきたディ・ス・コには良くわからなかったのだが旅立つ人々を見ているとぼんやりとながら理解する。
様々な場所へと移動を容易くするのはそれだけ多くの人や物をつないでいく。沢山の道が繋がるコトで金でもモノでもあるいは心でも必要なものが巡っていく。
それしかない、という世界よりもいくつかある選択からそれを選ぶ、という世界の方が豊かなのだろう。暗殺者になるしか道がなく今をもってしてもなおそうとしか生きられないディ・ス・コのような境遇の人間が減るのなら、きっとそれは喜ばしいことだろう。
そう、豊かな世界に金や物の流れは必要であり道はその重要な役割を担っている。速く進める乗り物はより遠くへ向かうのに必要なことであるのをヴァレンタインは理解していたのだろう。
荒野を切り開き、鉄を買い何年もかけてレールを敷き詰めたのは果てに住む国民も飢えさせない為だ。
ファニー・ヴァレンタインは多く犠牲を出し、犠牲の中には市井の者たちも少なくはない。全ての国民を慈しみ守れる大統領とは言えなかったが、それでも彼は一国を憂いより多くの民を幸せにと願う大統領ではあったのだ。
全てを成し遂げる事はとうとう出来なかったのだが。
「いやー、これだけのレール、っての? それ完成させるのに、どれだけ人が死んでんだろーなァ。なぁ、どう思うディ・ス・コちゃん?」
ファニー・ヴァレンタインの気配が消えたかと思えば、新たに別の声がする。黒装束をまとったくせ毛の男は長く伸びるレールを眺めていた。
彼はヴァレンタインの前でマジェント・マジェントと名乗っていた。おそらく本名ではないだろう。SBRを裏から支える刺客の一人として雇ったとき、彼はすでに人殺しなど厭わない立派なごろつきでありその時点でマークと呼ばれたりスティーブと名乗ったりしていた。そうして名を変え職を変え居場所を転々として過ごしていたのを思えば、後ろめたい過去があるのは容易に想像出来る。
本名はとうとう教えてくれなかったが、今思えば彼にもともと名前らしい名前など無かったのかもしれない。貧しい人々の中には思わぬタイミングで出来た子どもなど、名も付けられず労働力として売られる事もあるのだから。
「俺はさァ、鉱山っての? そーいう所で育ってたからよォ。まぁ酷いもんよ。一攫千金? ゴールドラッシュ? そんなのを狙う連中やそのおこぼれを狙う連中が、あらかた食い尽くした山にしがみついて穴掘ってさ。喧嘩で死ぬ奴もいたけど、事故で死ぬ奴はそれよりずっと多いんだぜ。毎日の重労働で過労とか病気で死ぬ奴はもっとだ。このレールもよ、そういう命で出来てんだろうなぁー」
マジェント・マジェントの語りに恨みのような色はないが、それが逆に悲しみを誘う。
彼の周りには日常的に死があり、病があり、暴力があるのが彼の生活だったのだろう。長いレールに人の命が練り込まれているのを目の当たりにしていたが、それがどうする事も出来ない現実なのをよく知っている彼の語り口は劣悪な環境の恐ろしさや苦しさよりむしろ懐かしさが勝っているようだった。
いかに厳しく薄汚いと言われる場所でも、そこがマジェント・マジェントにとって懐かしい風景だったのだろう。
人間は、生まれ育った土地の風景に郷愁を覚えるものだ。 マジェント・マジェントにとっての郷愁は命を削って生きる人間にあふれた血と鉄の匂いがする鉱山の風景だったに違いない。
血腥いと言われても、不衛生と言われても、貧困の巣窟と言われても、そこが彼の郷愁なのだ。
何の感慨もうかがえず伸びるレールを眺める彼に何といってやれば良いのだろう。
失った命を嘆いてやるべきか。彼らの献身により立派に栄えた町並みを褒めてやるべきか。二度と劣悪な環境に苦しむものがないよう誓ってやるべきか。
考えても、とうとう答えは出なかった。
「……感傷に浸ってる場合ではありませんよ。ディ・ス・コさん。我々は、邁進しなければ……より、この国を清らかにするために」
隣にいた黒衣の男は黒髪から金髪へと変わっていた。
雨が降ってるわけでもないのにレインコートをまとっている男は眠たそうに垂れた目で長いレールを眺めている。
ブラックモアだ。
ディ・ス・コはブラックモアがどのような生活をしてきたのかは知らないが、彼が非常に切れ者なのはよくわかっていた。
実際、スタンド使いに対する始末の段取りは彼が最も有能だったろう。彼が欠けてしまってからスタンド使いへの対応が後手に回りがちになったのは、他の連中が綿密な計画や作戦などを考え対策にあたるのが苦手だったというのが大きかっただろう。
SBRの後半は手の空いたものが行くような事が増え、ディ・ス・コもまた杜撰な計画で相手も知らず出向いた結果敗北に繋がった。
最もその敗北がディ・ス・コの命を救ったとも言えるだろうし、もしブラックモアが自分の指示をしていたら差し違えてでも止めるような命令を下していただろうから何があるかはわからないものだが、それでもSBRのレース最中、まだ中盤に至るかどうかの段階で裏を仕切る彼が消えてしまったのは大きな痛手だったろう。
ディ・ス・コは一度ブラックモアに聞いた事がある。ブラックモアに知性があり教養があり品位があり極めて有能はのは明白だった。それだけ実力があるのならファニー・ヴァレンタインの補佐ではなく自分が上に立ってみようと考えた事はないのか、と。英語はあまり得意ではなかったが、つたない言葉でもブラックモアは笑う事なく聞き、そしてハッキリとこたえた。
「私は穢れている人間ですから、もう清くこの国を導くことなんて出来ませんよ」
穢れているというのが何を意味するのかは、ディ・ス・コにはよくわからなかった。だが、ブラックモアという人間の人生において自分には栄光に迎える資格などないと思わせるほど大きな傷を負っているのは頭ではなく心で理解できた。
彼は自分の命を感情にも勘定にもすでに入れてはいない。この国の礎になるのであれば名も知られぬまま死ぬのも、捨て駒にされるのも覚悟しているのだろう。
あるいはそう、神に見捨てられ御許に赴けない魂をせめて大地に刻むために。
「過去は、取り戻せるものではない。だが未来はまだ作り出せる……死んだものを弔い、感謝し、敬意を払い……そして、生きている限りは尽くすのです。死んだもののために……私にとって、それが弔いですから……」
目を細めるブラックモアに、この長いレールはどのようにみえたかわからない。
だが命に敬意を払い胸に弔いの白い薔薇を抱くのは必要なことだろうとディ・ス・コは思っていた。 暗殺を生業にする自分には不似合いな考えかもしれないが、暗殺を生業にしているからといって命に対し敬意を払えないわけではない。むしろ、敬意を払えなくなったら暗殺者としての矜持を失ってしまう気がしていた。
ファニー・ヴァレンタインはこのレールを栄光と呼んだ。
マジェント・マジェントは数多の命を握りつぶした産物だと語った。
それはどちらも正しいのだろう。
栄光のために命は散った。だからこそ、その命に敬意をもって残されたものは生きていくのだ。 唯一、生き残ってしまった自分に許されているのは思いを抱き生きて行くことだけだろうから。
「……行こう」
ディ・ス・コはゆらりと立ち上がると休ませていた馬の手綱を引く。
発車時刻になったのか、蒸気機関車は黒い煙を吐き出して勢いよく進み出した。燃費は悪いが沢山の乗客を一度に運べるのだから、じきに移動は馬から汽車やら車やらに変わるのだろう。
全てが終わった今でも世界は留まる事なく時は流れている。
ファニー・ヴァレンタインがいなくとも新たな大統領が立ち、国は熱狂と騒乱に満ちてますます加速していく。 この熱狂がいつまで続くのか。世界がどのように姿を変えるのか。残されてしまった自分の命に意味があるのだとしたら、それを見届ける事かもしれない。
そんな思いを抱き、ディ・ス・コは馬に跨がると荒野の彼方へ消えていく。
背後には黒煙をたて、機関車が唸りをあげて進んでいた。
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