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インターネット字書きマンの落書き帳

   
唇などでは触れられない。(ミストリ)
ミスタとトリッシュ、愛情でも友情でもありそうな、家族愛みたいな関係で……。
マフィアと一般人であっても、普通に接していてほしい。

だけどその関係は、やっぱり光と影。
一歩踏み込むワケにはいかないような境界線がある。

友情でも愛情でもあるが危うい関係。
そんな二人であってほしい……。

と、容疑者は申しておりました。
そんな話ですよ。




『唇で触れるには清らかすぎる花だから』

 人は、愛しいと思うものを美しく思い、唇でその愛しさと美しさを確かめるのだという。
 好きな花の花弁に口づけをするのは美しさへの敬意であり、主に忠実な愛犬に口づけするのは信頼と愛情によるものだろう。

 その日、ミスタがステージで歌う女性の手をとり指先に口づけしたのもまた、彼女の美しさと信頼、そして愛情を示しての事だった。

 トリッシュが歌うステージに、ミスタもよく顔を出していた。
 マフィアのボスであるジョルノからは『すでに一般人であるトリッシュに、こちらからあまり接触しないように』とキツく言い含められてはいたのだが、それでもミスタはジョルノにも他のマフィアたちにも内緒でたびたびトリッシュに会いに行っていた。

 それは、せっかく縁が出来た相手と急に疎遠になるのは冷たすぎると思ったのもあるし、突然マフィアの抗争に巻き込まれ、生き延びた後も天涯孤独である事に変わりのない彼女の境遇を不憫に思った事もあるだろう。
 同じ激戦を生き延びたという事や、今は亡きブチャラティやアバッキオ、ナランチャといったあの時一緒に旅をした仲間達について語り合える数少ない存在というのもあるかもしれない。
 だが本当のところはミスタにもよくわからないまま、何とはなしにトリッシュが歌う小さな酒場へと趣いていた。

 小さなステージのある酒場は歌い手も従業員も少なく、幾度と通えばすぐに常連となる。
 常連となれば自然と他の歌手たちとも顔馴染みになる。
 マフィア故に羽振りが良ければ尚更だ。

 ミスタが手に口づけをした歌手もまた、常連のミスタと懇意になり何かとアプローチをしてくる女性の一人だった。

「呆れたものね、私に会いに来ているなんていつも言う癖に、ちゃっかり他の女にアプローチしてるんだから」

 その一部始終を見ていたトリッシュは、どこか冷ややかな視線をミスタへと向ける。
 ミスタはばつの悪そうな顔をしながら、トリッシュの方を見た。

「いや、別にそういうんじゃないぜ? 向こうも常連の俺に気を遣ってるみたいだし、あの程度のキス挨拶みたいなもんだろ?」
「挨拶は勝手だけど、うちの店にいる歌い手をキズモノにしたら許さないからね? ……ここはあくまで歌とショーを楽しむ場。そういう事をしたいのなら、別の店に行きなさい」
「手厳しいな……ホントに、そんなつもり無いっての。俺ってこれでも結構真面目なんだぜ? そりゃ、綺麗な子にちやほやされるのは嬉しいけどよォ……本気で好きになった相手を悲しませるのはゴメンだからな」
「さて、どうだか」

 トリッシュは大げさにため息をついて見せる。
 元々辛辣な所があるトリッシュだが、今日はやけに棘があるような気がした。

「いやーッ、マジで特別な意味なんて無いって。ほら、綺麗なモノを見ると唇で確かめてみたくなる……って人間のホンノーみたいなモンだって言うだろ? トリッシュだって可愛い子猫とか見ると頬ずりしたりキスしたくなったりするんじゃ無ぇか。それと一緒だって」

 美しいもの、愛しいものを見ると唇で確かめたくなる。
 それを教えたのはジョルノだった。
 部下からプレゼントされた美しいガラス細工の水差しを光に掲げそっと口づけをする彼を見て不思議に思い聞いたら、そう答えたのを何とはなしに覚えていたのだ。

「ふーん……それで言うと、私は貴方にとってさして綺麗でもなければ可愛い女でもないってワケ?」

 トリッシュは相変わらず冷ややかな視線をミスタへと向ける。今日はやけに絡んでくるような気がしたが、よほど他の歌手にちょっかいをかけていたのが気にくわなかったのだろうか。
 あるいは、彼女のステージを穢した事に対して怒りを抱いているのかもしれない。トリッシュにとって歌を歌う事は自己表現であると同時に、自分を認めてもらう方法の一つなのだから。
 それ以前に現実問題として、マフィアであるミスタが酒場女性ともめ事を起こしたらトリッシュの大事な居場所を奪いかねない。
 ミスタは自分の軽率さを反省しつつトリッシュへと目を向けた。

「いやいや、トリッシュ。お前はいーい女だって、他の奴らなんか目じゃない位に……」
「何を言っても、貴方に言われると軽く思えるのよね……」

 トリッシュは椅子に腰掛けると髪を軽く整える。
 初めて会ってからどれくらい経っただろう。あの頃はまだ15才の幼い少女だったが、最近は見るたびに綺麗になっている気がする。
 その美しさは血や暴力とも無縁であり、硝煙の匂いは似合わない。
 一時は同じ旅をし、同じ死闘をくぐり抜けた身ではあるがその因果を断った今の彼女はすっかり日の当たる側の住人だ。
 疚しい事もなく、罪を裁かれる事もないただの一人の女性なのだ。

「……だいたい、トリッシュ。お前は俺にとって神聖すぎる。唇で触れるなんて恐れ多い程、お前は純粋で綺麗だぜ」

 ミスタの口から殆ど無意識にそんな言葉が零れていた。
 トリッシュは一瞬呆気にとられたような顔をし、ミスタも何だか気恥ずかしくなる。以前よりトリッシュは自分とは住む世界が違う、彼女は「日常」をおくる側の人間なのだと思っていたがそんな本音は永遠に隠しておくつもりだったからだ。

 それまでどこか冷たい表情をしていたトリッシュは目を細め、不意に優しく笑って見せた。

「何いってんの……らしくない」
「あぁ、そうだな。らしくねぇ……」
「でも……そうね、ブチャラティも……アバッキオも、ナランチャも……皆、私が日常に帰る。血や因果に囚われる事がなく生きる……自分の中にある正しい事のため。その延長に私の日常があるのだとしたら、私は『今』をもっと大切にしないといけないかもしれないわね」

 そして徐ろに立ち上がると、大きく背伸びをした。

「ミスタ、聞いていってくれるんでしょう? 私の歌。是非聞いていって。今日はいつもより調子がいいから」
「あぁ、わかった。わかってるって」
「終ったらそこで出迎えてね? ……私、ただいまって言うから。貴方はおかえりって言って。良く出来たと思ったら、誉めてくれてもいいわよ。それじゃ……行ってくるね」

 背筋を伸ばし凜とした姿でトリッシュはステージへ向う。
 ライトを浴びた彼女はいつもよりずっと美しく見えて、その歌は天上まで響く程に澄んだ声に聞こえ、ミスタはその背を見て思うのだ。

 やはり彼女は触れてはいけない。
 自分たちとは違う世界の人間なのだという事を。

 だが同時に自分たちが守りたかった。そうありたかった希望の光だったのだという事を。

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