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インターネット字書きマンの落書き帳

   
くさくさする松田がちょっと元気になる話(松田を励ますモブ)
松田がわりとキツい立場に立たされていても、博物館での仕事を辞めなかったのは、小さいけど色々な人が評価してくれていたんじゃないか。

支えてくれる人がいれば。
自分一人で罪など背負わないでいれば、人って案外頑張れるんじゃないか。

そんな気持ちで書きました。
あまりに職場の空気が悪くなりイライラしちゃう松田が、もうちょっと頑張ってみたくなる話です。

松田の立場を学芸員よりにしてます。
あと、オリジナルキャラの一般成人男性「オカルト雑誌の編集者」さんが出ます。

一般成人男性さん!



『誰かの言葉で、頑張れる』

 昼休みになると、松田は自然と職場から離れた公園で時間を潰すようになっていた。

 以前は同僚たちと外食に出かけたりもしたのだが、今は誰も松田を誘うものはない。
 それどころか、フロアに松田がいるとひそひそ話しをしたり、わざと距離をおいて露骨に避けている有り様だ。

 目の前で腫れ物のように扱われるくらいなら、誰も自分のことを知らない場所でのんびり過ごした方がいい。
 そう思った松田は、雨が降らない限りは休憩時間ギリギリになってもこの公園に来るようにしていた。

 全てのきっかけは、松田の同僚が殺害されたことだった。
 病死や事故死とは違う、殺人という暴力的な死を与えられた野村は人当たりの良さもあり多く悼まれ、博物館内は毎日が通夜のように重く沈んだ空気が流れていた。

 その上、野村の事件は妙な所があり、死体のそばに天誅と書かれた紙が落ちていたというのだ。

 野村は、何かしら悪事を働いていたのだろうか。
 天から罰を与えられるような大罪を犯したから、世直しを目論む何者かから天誅を受けたのだ。
 奇妙な証拠はたちまち多くの噂へと変貌し、世間はこの事件を天誅事件と呼ぶようになった。

 そして、その容疑者の一人として浮上したのが松田だったのだ。

 松田はポケットからタバコの箱を取り出し一本加え、しばらく火をつけないまま唇でもてあそぶ。

 野村が殺されたと聞いた時、自分が疑われるのではないかと思ったのは事実だった。
 というのも、松田と野村の間には軋轢があったからだ。
 この軋轢は、どちらかといえば我が強く自分に求める水準も高いが他人にも厳しくあたる松田の熾烈な性格と、誰にでも優しく人に寄り添うような優しい気質の野村の性格が全くかみ合わなかったというのもあるだろう。

 松田も野村も同じ古代史分野の研究者でありながら師事を受けた教授の方向性が全く違っていて、互いの研究分野でも意見の対立が多かったというのもあるだろう。

 現場での実績は明らかに松田の方が上だったが、研究という分野では多数派であり、なおかつ影響力の強い師をもつ野村の方が何かと優遇されている事に対する、不満もあっただろう。

 つまるところ、二人は徹底して馬が合わない間柄だったのだ。

 松田はそれでもいいと思っていた。
 野村と自分が違うアプローチで古代史の研究を続ける事で出てくる成果もあると思っていたし、博物館の仕事も必要な業務だけ協力すれば充分。職場は仲良しチームを作る場所ではないのだから、ライバル関係でも適当な距離を置いて接する事ができればと思っていたのだ。

 だが、野村は人間関係の考え方も違っていた。
 博物館で同じ研究や同じ仕事をするのだから、松田とは仲良くしたいと思ったのだろう。
 さして共通の話題もないというのに話しかけてきて、口下手で話しが続かず黙りこくっては困ったように俯き、上目遣いでもじもじする。助けてほしい、察してほしいがミエミエの態度には、何度苛立ったかはわからない。

「用も無いのに話しかけてくんなや! ここはオトモダチを作る仲良しサークルちゃうねんぞ。もうえぇ大人なんやから、その位わきまえて仕事せぇや!」

 何度そんな風に強く突き放したかわからない。  それでも野村は困ったように笑いながら、「松田さん」「松田さん」と後を付いてくるのだから、野村のお守りに使った時間で論文の一つくらい書けていたのではないかと思う。

 本当に、すっとろい奴やったなぁ。

 唇でタバコを転がしながら、松田は内心呟いた。

 今思い出しても苛立つし、いい思い出なんて一つもないが、死んで欲しいと思った事は一度もない。
 松田にとって、野村は面倒くさい同僚ではあったし、仕事も遅く何かとサポートしなければいけない面も多かったが、それでも研究者として、同僚として必要な存在だと認めてはいたのだ。

 それでも、人は松田と野村が日頃から衝突していたという部分だけを見てしまう。
 実際に松田は容疑者とされ、警察の聴取も受けている。あの日、たまたま新幹線の距離にある史跡の出土品を鑑定するため出張に出ていなければ、重要参考人として連れて行かれていても不思議ではないだろう。

 博物館で警察からそこまで強い取り調べを受けたのは松田だけだったし、同僚たちの間からも「松田ならやりかねない」といった視線を嫌でも感じる。

「もう、いい加減、辞めよか。あんな場所……」

 煙草に火をつけ、深く煙を吸い込む。身体の中一杯に、鉛のように重い紫煙が沈んで行く感覚がした。

「あぁ、見つけましたよ松田さん。お久しぶりです」

 しばらく煙草を吹かしていれば、誰かがそう呼び止める。
 声の方を見ればどこか飄々とした印象の男が立っているが、その顔には覚えがない。

 松田が訝しげな目をしているのに相手も気付いたのだろう。愛想笑いを浮かべながら、その場で小さく一礼した。

「オカルト雑誌レムリアの編集をしていたものです。以前、とある家で見つかった鏃と、その鏃に書かれた文字を学術的にも判明させるため依頼を出した……」
「あぁ……」

 あの、えらい胡散臭いやつ。と言いかけて、松田はぎこちなく笑って誤魔化す。
 松田の専攻は古代史なのだが、この古代史というジャンルは残された書物の類いはほとんど無く、遺跡や古墳の出土品や貝塚といった、かつて誰かがいた証左をもとに当時の生活や食事、文化、その他もろもろを推測し実証していく事が多いのだが、書物のように明確な記録が極めて少なく資料を突き合わせて考察する機会が乏しいこともあり、陰謀論まがいのオカルトがウジャウジャと出てくるジャンルでもあるのだ。

「確か、黒曜石の鏃をもってきた人やったな」

 松田は額を指先でトントン叩きながら、男の顔を思い出す。
 男が持ちこんだのは、奇妙な文字が刻まれた鏃だった。材質は黒曜石。簡単に割れる特性から、古くより装飾から狩猟具まで様々な加工を施され、遺跡の出土品でも比較的多く見る火山岩の一つだ。男が持ちこんだのは鏃にしてはやや大きく、恐らくは狩猟ではなく儀式かあるいは装飾に使われたものだと思われた。それそのものは古代史の分野の研究にある年代の出土品であり、この博物館で研究してもいい程の古さと珍しさがあったのだが、肝心の鏃がかなりひどい傷がついていたのだ。

 男は鏃を「古代の出土品に、謎の文字が刻まれているので鑑定してほしい」ともってきたと思う。鏃は確かに古代のものだったが、文字の方はおそらく戦前に後付けされた傷で、当時のオカルト界隈で流行ったインチキ文字の、これまた多くの地域に流布したインチキ祝詞が刻まれていたのだ。

 鏃は本物、文字は偽物という結論で返答を出したと思うが、あの鏃を見た時は歴史的価値がある貴重な出土品に随分と勿体ないことをすると落胆したのだけは覚えている。

 そういえば、あの頃はまだ野村も生きていたか。
 ただ、野村はオカルトに否定的な立場の研究員だったから、オカルト雑誌の記者だか編集者だかが持ちこんだその鏃を。

「どうせ偽物ですよ。関わるだけ無駄だと思いますし、真面目に返答しても連中は学者は真実を隠してるなんて嘘八百を並べて、自分の都合のいい事だけ書くに決まってます」

 そんな風に切り捨てて、ほとんど相手にしなかったのは覚えている。
 そう、野村は古代史にオカルトが関わってくると、えらくドライになる男だったのだ。

「えぇ、覚えてくれていたんですね。あの時の雑誌が出来上がりましたので、よかったら献本を……といっても、雑誌ですしオカルト誌ですから、必要なければ言ってください」

 男はにこやかに笑うと、大きめの封筒を差し出す。
 中にはきっと、胡散臭い文章が敷き詰められたオカルト雑誌が入っているのだろう。

「わざわざ俺んところまで届けてくれたんか? はは、ヒマなんやなぁ、オカルト雑誌のライター? ってのも」
「私はエディターですけどね。松田さんのおかげで、面白い記事になったと思いますよ。最も、学者さんがこういう本をお嫌いなのは知ってますから無理にとはいいませんけど」
「ははッ……何で俺んところまで来たん? 博物館に置いておいても良かったんやで」

 博物館で展示しているのも、多くは古代史にゆかりのある品々だ。
 古代史が好きな人間には、オカルトとして捉えている研究員も少なからずいる。
 松田ではなくそちらの適当な誰かに渡しておいても良かったのだ。
 そう思う松田を、男は真っ直ぐ見据えた。

「それは、松田さんがきちんと仕事をしてくださったからです」
「はァ?」
「ですから、松田さんは私がオカルト編集者だからといって適当に扱わず、きちんと案件を聞いた上で、鏃の年代だけでなく文字が刻まれた年代までしっかり特定してくれました。あなたの仕事はとても迅速で、丁寧でしたから。私は、貴方に敬意をもってこの本を渡しに来たんですよ」

 男はさらに、続ける。

「松田さん、あなたは古代史のことが本当に好きなんですね。あなたのような研究員がいるのなら、私の生きているうちに幾つか新しい発見もあるんでしょう。私はそれを、楽しみにしていますよ」

 松田がその後、男に何をいい何の話をしたのかはよく覚えていない。
 ただ、気付いた時に手にはオカルト雑誌の入った封筒が渡されていた。

「なーんや、せっかくシッカリ返事出してやったのに、記事はえらいちっこいやん」

 松田は自分の意見が採用されている箇所を流し見しながら、そう独りごちる。
 そしてすっかり短くなった煙草を携帯灰皿でもみ消すと、二本目の煙草をくわえて。

「……いや、もうあんまり吸うのやめとこか。俺も生きてるうちに、ごっつい発見しときたいもんなァ」

 すぐに箱の中にもどすと、煙草をポケットの奥底にねじ込む。
 嫌な職場だと思う。
 あの場所にいる限り、自分はずっと人殺しの汚名がついてまわるのだろうとも。

 それでも松田は、今来た道を戻る。
 インスタントコーヒーと束になった資料が積み重なるデスクが、今はひどく恋しかった。

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東吾
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インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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