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インターネット字書きマンの落書き帳

   
付き合っていた頃の記憶を失うタイプの黒ガス/BL
俺はね、記憶喪失ネタがだいだいだ~い好きなんだよ。
だからあらゆるCPで記憶喪失ネタを書きたいんだよね。(ここまで挨拶)

という訳で、黒沢に記憶喪失になってもらいました。
事故で三ヶ月分くらいの記憶がすっぽり抜けてしまった黒沢と、その期間で黒沢と付き合うようになったけどそれを言い出せない山ガスの話ですよ。

記憶喪失ネタはなんぼあってもいいですからね。
どんどん出していきましょう。

意外と眉崎の話もしてます。
何でだろうね。



『自ずと気付く』

 部屋に戻り自宅のカレンダーを見て、黒沢は唖然とする。

「全く実感がなかったが、本当の事だったんだな」

 そしてそう独りごちるとソファーに腰掛けた。

 その日、黒沢は退院し三日ぶりに自室へ戻ってきた。
 大学内の階段で足を踏み外し強く頭を打ったのが原因で、一時的に意識を失った。精密検査では特に異常はないと言われたが、丸一日意識が戻らなかった。そして、やっと意識が戻ったと思った時には、数ヶ月分の記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだ。

 医師の話では、事故のショックによる一時的な健忘とのことだった。
 時間が経てば必要な記憶は戻ってくると言われたが、ようやく涼しくなってきたと思った季節から一気に寒さを感じる季節に変わっていたのは正直驚いた。
 意識が戻ってすぐ、記憶の欠如があっても生活に支障はないと判断され退院が決まったのでほとんど病院にはいなかったが……。

『大丈夫だった、優弥サン』

 目覚めてすぐ、声をかけてきたのは親でも医者や看護師でもなく、5Sのメンバーである山田だった。
 病室を担当する看護師の話では、黒沢が病院に運ばれたのを知って真っ先に駆けつけた上、目覚めるまでずっとそばに付き添っていたのも山田だったという。

 山田が以前から自分に対し、ある種の信望のような感情を抱いているのは気付いていた。
 眉崎や谷原に対しては半ば悪口のような軽口をよく利いていたが、黒沢に対しては不躾な言葉や軽率な発言を控えているのは明白で、それは黒沢から嫌われたり叱られたりするのを極端なほど恐れているように見えた。

『山田はさ、アレたぶん毒親育ちだぜ』

 眉崎や清水と5S同年組で打ち合わせを兼ねた宅飲みをしている時、眉崎がそんな事を言ったのを覚えている。

『あいつ、顔も綺麗だし才能ある癖に自分のこと過小評価しすぎてイライラすんだよな。必用以上に卑屈ってか、自虐的だろ? あーいうの、ガキの頃から親に散々、無能とかツラもみたくないなんて言われると、それが骨身に染みついてそういう態度に出ちまうんだよな。ホント、クソ親の言葉に縛られて、くだらねー』

 眉崎はそう言いながら、指でウイスキーをかき混ぜる。
 そういう眉崎もまた、決して親に恵まれていなかったことを黒沢は知っていた。

 男遊びが激しく癇癪のひどい母親にネグレクト状態で育てられ、大人になった今でも感情コントロールが出来ず母と同じよう自分を正当化し、他人を散々非難する癖が骨身に染みついて抜けなくなった自分に嫌悪感を抱きながらも、母親と同じ美貌をもって生まれた事を存分に利用し母親に似た女性に対して感情のまま当たり散らせる立場になった現在に昂揚も抱く、その自己矛盾に折り合いをつけられないまま、ズルズルと今を生きているのがはっきりとわかっていたからだ。

 自身が親を憎んで育った眉崎だから、親を憎みながらその呪縛より逃れられない業をもつ人間はにおいでわかるのだろう。

 実際、眉崎の言う通り山田は自虐的であり自罰的で、自責の念が強かった。
 そして、黒沢の選択に逆らう事はなく、黒沢がたとえ歪んだ正義へ邁進していると気付いていても黒沢の片腕として彼への献身をやめようとしなかった。

 有り体な言い方をすれば、山田は黒沢に依存していたのだろう。

 そして黒沢は、山田の依存心に甘えていた。つけ込んでいたといってもいい。
 黒沢の意志で決定したこと、黒沢の言葉であること全てを肯定し決して拒まない山田の存在は心地よかった。
 だから、自分が入院したと聞いて山田が真っ先に駆けつけた事も、自分のそばを離れなかった事もさして疑問に思わなかったのだ。
 山田だったら、きっとそうするだろうと思っていたからだ。

 だが……。

 室内の、匂いが違う。
 現実では三日ぶりに戻った部屋だが、黒沢にとっては三ヶ月前との差異がある部屋だ。
 自分だったら当然に置いている室内用のフレグランスが一切置かれていない。

 冷蔵庫に、自分は絶対に飲まない缶コーヒーが何本か置いてある。
 大概の缶コーヒーは酸味の強い珈琲豆を使用しているのだが、黒沢は酸味のある珈琲をあまり好まなかった。
 しかもミルクと砂糖をたっぷり使った、甘ったるい珈琲だ。珈琲といえばブラックでしか飲まない黒沢は、絶対に買わない代物だ。

 見慣れないカップ。普段自分が読まない小説。置き去りにされた歯ブラシ。着替え、タオル、充電用アダプター……。  

いくつもの違和感、その正体を手繰るよう三日ぶりにスマホを眺めてすぐ、黒沢は山田に連絡した。電話をしてもつながらないので、「これ見たら、部屋に来い」とだけ入力してメッセージを飛ばす。

 しばらく後、山田はドアの鍵を開けると息を切らせながら黒沢の前へ姿を現した。

「どうしたの、黒沢サン。大丈夫?」

 肩で呼吸を整える様子から、全力でここまで来たのは明白だ。
 元々あまり身体が強くないくせに急いだものだから、今にも過呼吸で倒れそうな程である。
 山田の方がよほど「どうしたんだ、大丈夫か」という状態だ。

 黒沢は、一つ大きくため息をついた。

「やっぱり、俺の部屋の鍵をもってるんだな。山田」
「あっ……あ、あの。こ、これは……全然違くて。そう! 借りてただけ……っていうか……」
「俺は5Sのメンバーのために別の部屋を借りてる。俺の自宅であるこの部屋の鍵を、誰かに渡した事は一度もない」
「い、いや……その。違う、違うから……」

 黒沢の言葉に、山田は露骨に狼狽える。だが、ただ違うと繰り返すだけで、他の言葉がうまく思いつかないようだ。
 山田は頭の回転が速い。動画を撮影でも編集でも、大体のアクシデントにはすぐに対応できる知識量をもち、何かと慌てやすい谷原や些末なことで苛立つ眉崎のフォローが上手い性質だ。だが、今は黒沢の前でただ動揺するだけでいつものクレバーさは微塵もない。

「いいから座れ。ここまで全力で走ってきたんだろう? 少し休んでから話をしたい」
「あ……う、うん……」

 ソファーに腰掛け小さくなる山田に、冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを差し出す。

「あ、ありがと。黒沢サン」

 山田は小さく頭を下げると、躊躇いなくそれを飲み干した。
 黒沢は山田の隣に座り、しばらく黙って彼の横顔を見つめる。ビクビクしながら上目遣いで黒沢の様子を覗う山田は、これから叱られるのを恐れる子供のようだった。

 どうしてこんなに、恐れるのだろうな。
 山田の事を悲しませるような真似をしたいと思った事は、一度だってないのに。

 黒沢はまたため息をつくと、自分の髪を掻き上げた。

「どうして黙っていたんだ?」
「えっ? 何のこと……かな」
「……俺との事だ。付き合ってるんだろう、俺たち」

 黒沢の言葉を聞いて、山田は驚いたように目を見開く。

「な、何のこと? 僕……」
「何で言い訳をしようとするんだ? 何で認めようとしないんだよ。お前は、俺の恋人だから病院に行った俺をすぐに見舞いに来たんだろう? 俺の事が心配だったから、ずっとそばにいてくれたんだろう? 俺の記憶が抜けた三ヶ月の間に、お前はずっと俺の恋人として付き合ってくれていたんだろう? それなのに……どうして、すぐ言わなかった?」

 山田は口元を押さえ、自分の感情を押し殺そうと必死になって顔を背ける。だが、その態度から黒沢は自分の推測が間違っていないことを確信した。

 部屋にある見慣れない本も、カップも、一つ多い歯ブラシも全て山田が部屋にいて一緒に過ごした痕跡に間違いない。
 少なくとも黒沢は山田に合鍵を渡すほどの関係であり、黒沢にとってそれほど深い関係になる相手は恋人だけと決まっていた。

「言い逃れはするな。自分のスマホを確認したんだ。お前に宛てた内容は、どう見たって恋人にだけしか書かない内容なんだからな」

 黒沢は自分のスマホを山田へ向ける。
 三ヶ月前の自分からすれば歯の浮くような台詞もあり見せるのは気恥ずかしかったが、山田が何故か自分との関係を頑なに認めようとしないのだから仕方ないだろう。
 山田は少しだけ画面を見たが、すぐに目をそらすと頬に手を当て俯いた。

「違うよ、それは。黒沢サンみたいな人が、僕のこと本気で好きになるわけないでしょ」

 山田はどこか捨て鉢になったように呟く。

「僕は黒沢サンのセフレくらいの存在だから、別に気を遣ってほしくなかったんだよね。だから、言わなかったんだよ。ほら、変に気を遣われて動画撮影とか、5Sの活動に支障が出るの嫌だからさ」

 作り笑いで茶化すような素振りを見せるが、声の震えまでは隠せない。

「……ほら、黒沢サン、最近のこととか忘れちゃってるんでしょ? だったら、僕は全然気にしないからさ。またいつも通りにしてよ。あんまり気を遣われたり、変に距離とられたりするとやりづらいんだよね」

 記憶を失ったまま、恋仲だと知ったら確かに動揺はしていただろう。
 お堅い仕事をする父に厳しく躾けられた黒沢の恋愛観も結婚観も古くさいもので、異性を愛するのが当然。同性に心を寄せるなんてことはあり得ないという価値観を少なからず持っていたからだ。
 だが、それでも過去の自分は確かに山田を選んだのだ。
 それを、どうして無かったことにしようとするのだろう。

「お前は、俺を身体だけの関係をダラダラ続けるようなだらしない男だと思ってたのか?」
「そ、そんな事は……そんなこと、ない。ないけどさ……」
「俺は、きっとお前のそばにいた時、お前の事を何より大事に思っていた。普段のお前が俺にしてくれるように、俺もお前に優しくしたいと思っていた。お前に愛されたいと、そう思っていた」
「で、でも……今は、覚えてないでしょ? いいよ、黒沢サン。無理しなくても……僕のこと忘れちゃったんなら、僕はそれでいいから……」

 視線を逸らし逃げようとする山田の腕をしっかり掴むと、その身体を抱き寄せる。

「俺が、良くない。思い出させてくれ。俺の……俺が、お前を愛しいと思っていた時のことを」 「黒沢さ……」

 山田の言葉を遮るよう、唇を重ねる。

 山田は、決して身体の強い男ではなかった。
 化学繊維の服にはすぐかぶれるし、煙草の煙は少量でもひどく咳き込む。アレルギーの出る食品も多く、音や匂いにひどく敏感だ。

 だから、以前置いていたお気に入りのフレグランスを使わなくなったのだろう。自分の事だからわかる。山田が部屋に来るようになり、黙っているが僅かな匂いも気にする山田だからフレグランスは不快だろうと思って捨てたのだ。

 その程度のことをするのに躊躇いなどない程愛しいと思っていたのだから、例え思い出せなくてもまた同じように愛することが出来るだろう。
 記憶のない三ヶ月で自分は随分と大胆なことをして山田に近づいたんだと思うが、元々愛しいと思っていたのだ。

 重ねた唇から、甘い珈琲の味がする。
 酸味のある珈琲はあまり好きではなかったが、今は不思議と心地よかった。

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東吾
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インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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