インターネット字書きマンの落書き帳
「穢れた聖地巡礼について」の後日談的二次創作です(ネタバレあり)
「穢れた聖地巡礼について」(背筋)読み終わりました。
少し、余韻のようなもの……あるいは不協和音のようなものが残る部分があって、ホラーっぽさマシマシだったなぁ~。
なんて気持ちを抱いたので、感想とか苦手だから「こういう空気があったらいいな」という二次創作をしました。
フリーの編集、ライター、カメラマン。
何でもやるタイプのオカルト専門のフリーメンが、最近流行りのYouTuberファンブックを作った男・小林と出会って、軽く話をする……みたいなストーリーですよ。
特にBL要素とかはない、俺の書きたかったのびのび二次創作です。
貴方の中にも、そんなワンシーンが存在したら……嬉しいね♥
少し、余韻のようなもの……あるいは不協和音のようなものが残る部分があって、ホラーっぽさマシマシだったなぁ~。
なんて気持ちを抱いたので、感想とか苦手だから「こういう空気があったらいいな」という二次創作をしました。
フリーの編集、ライター、カメラマン。
何でもやるタイプのオカルト専門のフリーメンが、最近流行りのYouTuberファンブックを作った男・小林と出会って、軽く話をする……みたいなストーリーですよ。
特にBL要素とかはない、俺の書きたかったのびのび二次創作です。
貴方の中にも、そんなワンシーンが存在したら……嬉しいね♥
『穢れた聖地を巡礼するのか穢れた巡礼で聖地へと趣くのか』
いつも座る席に他の客が座っていたため、彼は目立たぬ奥の席につくと最近流行りのオカルト書籍をいくつか取り出した。
子供の頃からオカルトというジャンルに興味があり、幽霊の話や呪い、タタリ、因習などがかかわる話を聞けるのなら三度の飯を我慢できるタイプの男は、フリーの編集者として多くのオカルト本を手がけており、その市場調査のために流行りのオカルト雑誌をチェックするのを欠かさなかった。
と、いっても、男が編集、あるいはライターとして関わった作品が実際にオカルトメインの雑誌、あるいは書籍として形になったものは少ない。
それというのも、男が出版業界に入った時、すでにオカルトは下火になっていたからだ。
元はと言えば某カルト宗教がテロ事件をおこしたのがきっかけだったろう。
オカルトに迎合し、そこに意味を見いだしあれこれ理屈をつけるような動き全体にストップがかかり、マスコミはじめとした多くの媒体でオカルトを娯楽として消費するという傾向はみるみるうちに少なくなっていった。それどころか、オカルトに触れることすら禁忌の如く扱われるようになったと言えるだろう。
以前は夏ともなればテレビでは、心霊現象を語る特番の一つや二つはあったものだが、それも当然NGだ。霊感があるという霊媒師に、ここにはやれあんな霊がいる、霊魂が漂っている、なんて言わせるのもNG。霊的なものやオカルト、スピリチュアル色をあまり濃く打ち出すと、スピリチュアルをウリにした宗教団体の良い資金源になるのではないかと懸念されているのだ。
二度とあんなテロ事件が起きてはたまらない。その理由として、マスコミがオカルトをおもしろおかしく茶化したからだと言われたら目も当てられない。
そんな理由もあって、ホラーやオカルトの話題は今やすっかり下火となっていた。
1990年代後半から2000年代の間で、オカルトを取り扱った季刊誌の発売はほとんどなくなっただろう。廃刊し、絶版になった本も多い。辛うじてムック本として生き残ってきたオカルト本も過去に書かれた記事の焼き直しや再検証、科学的見地から見たオカルトといった切り口が主になり、そうして形を変えても売り上げはサッパリという時期が随分と続いた。
そのままホラー全体が下火になろうという頃、再び盛り上がりを見せはじめたきっかけは、若手ホラー作家が新たな切り口での新作小説を発表したのがきっかけだったか。
ちょうど「リング」が流行った頃、今までに類型を見ない呪詛と、呪詛の正体を知り、解呪の方法を知ってでも絡みつく呪いの恐怖は大いに評価され、たちどころにヒット作となっていったのを覚えている読者も多いだろう。特に映画版の、井戸から這い出てくる怪異の姿などは誰もが一度は見たことがあるに違いない。
ちょうどあの時のように、期待の新星作家はホラーで新たな切り口を書き、それに追従するよう才能あるホラー作家が次々と現れはじめたのは、それまでホラー一本で食ってきた男にとっては僥倖だった。
さらにメディアは本やテレビという媒体からSNSやYouTuberといった媒体に移り変わり、YouTuberという人間が心霊スポットに突撃したり、SNSでは怪異を見たという噂がたった1日で一気に広がったりと、男の思わぬほどホラーの伝染は早くなっていったのだ。
2000年代のはじめ、巨大掲示板で怖い話を探してはそれを考察する、なんて地味な記事を書いていた時代が嘘のようなホラーブームと言えよう。
そんな中、長年ホラー畑にいる男の元に、久しぶりに本格的なホラーを題材にした書籍をつくってみないか、という話が合った。その企画を練るため、最近売れているホラー系の書籍をいくつか持ちこんで目を通し、上のお眼鏡にかなうような企画書を書こうというのが男の魂胆だったのだ。
目の前にあるのは、ネット怪談をまとめた書籍に、今一番売れているというホラー小説。それと、YouTuberのファンブックだ。
このファンブックは変わり種で、元々心霊スポットに突撃取材のようなことをしていたよくある心霊スポット巡りのYouTuberが、実際に霊障にあい、自分の行動を悔い改め、今は心霊スポットを巡り、お祓いや除霊のような真似事をする内容へと変貌していく過程を書いている、ドキュメンタリー風味の作品となっている。
最初は、YouTuberとして向かった心霊スポットであった怪異についての考察をし、徐々に異変がおきてくるYouTuberの様子を記録し、やがてYouTuberがとある有名な神社にて祓い、清める手法を修業するといった一部始終が描かれている臨場感は、ホラー作品というより一個の追跡取材のようだろう。
このYouTuberは現在、除霊系YouTuberとして活躍しており、心霊スポット扱いをされ困っているといった場所に出向いては丁寧に除霊をしているらしい。
男もそのチャンネルを見たのだが、祝詞まわりは少し粗雑な気がするが神道の系列に則ったきちんとしたお祓いをしており、本当に修業に行ったのだというのは明らかだった。彼の直向きな姿を見る限り、今後も体力が続く限り、心霊スポットという名の穢れた聖地を除霊する活動を続けていくのだろう。
「よぉ、どうだ。その本、面白いか」
ふと気付いた時、男の前には別の客が座っていた。
相席を許可した覚えはなかったが、男が見るからに業界人だったので、恐らくこの本に関わった人物だろうと予測した。元々この喫茶店は出版関連のビルが多く建ち並び、同業者が多く訪れるのだ。自分の手がけた本を読む人間を見るのも珍しくはない。その売り上げやできにを気にしていたら、話しかけたくもなるだろう。
「……あなたが、小林さんですか」
「おっと、俺のこと知ってるのか? まいったな、コッチはお前さんのこと知らないが、以前どこかで一緒に仕事をしたか?」
「いえ、この本の編集。小林さんの名前になってたんで、多分そうだろうなぁと思いまして、声をかけてみただけです。一緒に仕事はしてないはずですよ。私は、ずっとオカルトやトンデモ本の編集に携わっていたので」
「ふぅん、オカルト編集なんて見えないものを見ようとする変人ばっかりだと思っていたが、案外に冷静なんだな。たいしたもんだ。お前さん、そういう推理とかするタイプかい?」
「いえ、別に……何となくブラフが成功したってだけですよ。それに、オカルト編集がホラー映画や怪奇現象にズッポリ浸かった変人ばかりというのは、否定しませんよ」
男はそう言いながら、今したがいたビルの社内を思い出す。
その出版社は、今や数少なくなったホラー系のムック本を頻繁に出している上、かなり力を入れて取材し編集している変わり者が多い。あの場所では、男のようにオカルト以外の記事も書いて日銭を稼ぐ編集やライターの方が珍しかった。
「なるほど、ブラフが成功しただけか……もし俺が違うっていったらどうするつもりだったんだ?」
「別に、どうもしませんよ。あぁ、違いましたかすいません。で終わりです。知り合いに似ていたから、とでもいって誤魔化せばいいだけです。当たれば八卦、当たらねば知らんぷり。ま、オカルト業界の慣れた所作ってやつです」
男はそういい、パラパラとページをめくりながら小林へと目をやった。
物腰柔らかそうな人当たりの良い笑顔とは裏腹に、ギラギラとした野心のにおいがまとわりついている。
彼は、生粋の記者だ。
それも、ゴシップ系を生業にする肉食獣のような野心家に違いない。
必要とあらば針の穴ほどしかない噂話をユンボで掘り下げ、デカいシノギに変えることも厭わないだろう。当然、その行為により傷ついた人間の心がどこにあるかも知ったことではない。他人の痛みに鈍感で、罪悪感すら捨て去って今、この場所にいるのだ。人の心を蹂躙することに痛みを感じない。そういうタイプの人間だ。
男にとって、こういった人間が幽霊よりよほどタチが悪いと思っていた。
幸い男は暴かれるような秘密も面白みのあるゴシップも何一つ抱えていなかったが、もし欠片でもそういった鱗片が見えたのなら、きっとこの小林という男は自分が満足するまで土を掘り返し、その中に出てくる石ころを見て笑うのだろう。
「で、その本面白いか?」
「はい?」
「いや、一応な、自分の関わった本だから読んでる奴いると気になるんだよ。まさか、自分の関わった本を読んでる奴と会えるとも思わなかったしな」
小林はそう言いながら歯を見せて笑う。自分の本の評判が気になるというのは本当だろう。男も、もし自分の手がけた本を読みながら喫茶店で暇を潰している誰かがいたら、声をかけたくなる。当然、普段は声をかけたりせず遠目でじっと見守るだけなのだが、小林はこの喫茶店に通う人間の多くが同業者なのを知って、声をかけてきたのだろう。
「そうですね。さして有名でもないオカルト系のYouTuberが、最終的に霊を信じ、霊に敬意をはらって浄霊をするよう生きる、なんて構成はなかなか面白いと思いますよ。以前はホラー作品といえば、徹頭徹尾怖がらせてやろう、嫌な思いをさせてやろう、なんて意志で書かれ、登場人物が全滅する、みたいな話も珍しくなかったんですが、最近は作中にもストレス管理が重要だというのが基本ですからね。最初は霊なんて軽んじていた若造が、最終的には霊へ敬意を払うという展開は、一種のカタストロフを感じる構成です。悪くないと思いますよ」
「ほぅ、悪くない……無難なお言葉だねぇ。それに、顔見りゃわかる。さして面白くもねぇ、って思ってるんだろ」
「まぁ、そうですね……いえ、企画ものとしては面白いです。まとまりも良い。心霊スポットも、まぁまぁ有名なところが多いですからね。ですが、正直に言ってオカルトの由来、推測の部分はでっち上げが多すぎます。ちゃんと現場にいったことがないだろう、ってのがミエミエですよ。私はこの心霊スポットに取材で行った場所が何カ所かありますが、推論にあるような内容とはかけ離れた部分がいくつもありますからね。それに、当時ネットで流行った怪談を無理矢理繋げている箇所が見られるのもも頂けません。ネットで流行した怪談やら怪異はすたれるのも早いですから、出版した時期ではもうすっかり下火になっている。そのあたりの、オカルト造形の薄さがどうしても目についてしまいますね」
男は忌憚のない意見を述べた。
これは、男が元々オカルトに対しては一家言もっている性質で、何かしら言いたくなる悪癖があったというのもあるし、小林が同業者から見た素直な意見を聞きたがっているのが明らかだったというのもあるだろう。当然、小林は多少悪評を聞いても別段それに凹んで、二度と企画ができなくなるなんてヤワな男ではないというのがわかっていた、というのもある。
そもそも、この小林という男は、オカルト本が面白いかどうかなんてあまり興味がない。
ただ、その本が運良くハネて売れてくれればそれでいいタイプだと、話しているうちに何となくわかっていたのも大きかっただろう。
簡単にいうと、小林にとってオカルトとはただの飯の種であり、それ以上でも以下でも無いのだ。 自分の作った本も、糊口をしのぐため役立ってくれればそれでよく、面白さなんて二の次に違いない。
「ふぅん、なるほどなぁ」
実際、小林はさして気にする様子もないまま目の前にあるアイスコーヒーに口を付けた。
「おたく、そういうの詳しい奴か? なんつーか、オカルトとかそういうの信じてる系?」
「まぁ、そうですね。業界に入ってからほとんどオカルト系の雑誌編集に関わってました。ホラー小説やムック本の編集、時には記者もやりましたよ。各地の心霊スポットに出かけてみたり、河童やら化け狸の伝承を追いかけてみたりなんて、貴方から見れば馬鹿げた仕事ばっかりやってるように見えるでしょうね。パワースポットでスピリチュアルの片棒を担ぎ、宇宙人特集で陰謀論の片棒を担いだりしてるんですから」
男は自嘲気味に笑うと、手元に置きっぱなしにしていたアイスティーにガムシロを二つ入れる。とにかく甘いものを飲まないと頭が働かない。男はそういう性分だった。
「はぁ、オカルトなんかで飯を食っていたとはたいしたもんだな。俺もゴシップ系で長かったが、ゴシップ以上に流行ってなかっただろ、オカルトは」
「えぇ、まぁ。おかげでネットの活動のほうが長かったですよ。最近になってまた、編集としての仕事も増えてきましたが、昔ほどはさばけませんよ。最も、オカルトブームの頃と比べれば何もかもが違いますから、当然といえばその通りですけどね」
オカルトブームがおこったのは1980年代だったか。
あの頃はカメラはフィルム式で、ちょっとしたミスや手ぶれで妙な光が映り込むことがあった。解像度もそこまで高い写真ではなかったので、あり得ない位置に人の顔のようなものが映り込むこともあった。そういった、妙に見える写真をいくつも集め、自称霊能者という人間に見せて、やれこれは地縛霊だ、ここで死んだ女の恨みだとそれらしいコメントを残して作る本が飛ぶように売れていた時期がある。男もまた、そういった本を見てひどく怖がった読者の一人だった。
今はそんなチープな企画、持ち出した時点で突っぱねられることだろう。何せ、写真でも映像でも好きなように画像を誤魔化し、演出として幽霊でも何でも好きなように出すことができるのが今のご時世なのだから。
それを考えると、目の前にいる小林は本当に上手くやったと思う。
一人のYouTuberが出向いたオカルトスポットの検証、という名目でそのYouTuberを散々と脅しつけて、精神的に弱っているところをつけ込み、幽霊を信じさせて、浄霊をするよう仕向けたのだろう。
男は、この本からそのようなストーリーを読み取った。
きっと、元々繊細なYouTuberに狙いを付けて、実際に霊障をおこして、そのYouTuberが弱っていく姿をドキュメンタリー形式で撮っていく算段だったに違いない。
この本にある男は気弱だった上、霊に対して深い罪悪感を抱いていたから霊媒師の真似事をするようになったが、もっと気弱で陰鬱な人間が相手だったらそれでこそ、霊障が原因で自殺するまで追い込んでいたのも想像に難くない。
逆に、本心から霊など信じてない心の強い輩が相手だったら、弱っていく様子をでっち上げ、最終的には姿を消し、最後の動画として意味不明の断片だけUPする……といった、モキュメンタリー形式に仕立て上げ、続編として「あのYouTuberはどこに消えたのか」なんて企画を立ち上げていたかもしれない。
「……ですが、とても上手にできていると思いますよ。最初からこのような展開にする予定はなかったはずですよね。それなのに、オカルトという入り口から、一人の人間が霊媒師になる過程を丁重に拾い上げていて、臨場感も抜群です。今の時代、オカルトで一冊本を出そうと思ったら、これくらいの演出は当然、必要だと思います」
これもまた、男の本音だった。
すると小林は多少気を良くしたのか、にやりと白い歯を見せて笑う。
「そっか。そう思ってくれるか。いやぁ、同業に褒められるとやっぱり嬉しいもんだな」
「同業として、オカルトを扱う人間として、あまり見ない切り口ですからね。やはり、普段別の畑にいる人は視点や切り込み方が違う。参考になりますよ」
自分なら、他人の人生を踏みにじるリスクを背負ってまで、こんな企画を通そうとはしないが。
男はそれを黙って、ガムシロでたっぷり甘くした紅茶を飲み下す。
黙ってはいるが、男はきっとこちらがそう考えているのも見透かしているだろう。心のどこかでそう思ったのは、男の目が一度も笑っていなかったからだ。
「ははッ、そうか……俺はずっとこういう切り込みで商売してきたからなぁ」
この男の目は、ずっとそうだ。他人の感情を推し量ることに長けており、相手の弱みや利用価値を敏感に嗅ぎ取る。
本来はデカいスクープをモノにするための嗅覚だったのだろう。だが、スクープを追える立場ではなくなった今は、少しでも価値のある腐肉を探るための卑しくも貪欲な嗅覚でしかない。
あまり一緒に仕事をしたい相手ではないな、というのが男の本音だった。
だがきっと小林も同じことを思っているだろう。
小林のように利用できる相手を貪るタイプの人間は、下手に知識があり利用しがたい人間というのを嫌う。
無垢で純真で繊細。自分がただの人間だというのを心のどこかで分かっているのに、自分はまだ本気を出していない。まだ、自分は何者かになれると思っている。そんな弱い人間を狙って飾り立て、肝心なところでハシゴを外して眺めていても平気なタイプの人間は、「何故」「どうして」とあれこれ聞いて突っ込んでくる男のようなタイプの人間は御しがたい故に嫌うのだ。
「実は、私も近いうちにオカルト関連の書籍を出す予定なんです。編集という立場で携わるんですが、小林さんの書籍作りも参考にさせてもらいますよ」
他人の人生を蹂躙するつもりはありませんが。
と、内心呟く。
「はは、いくらでも参考にしてくれよ。まぁ、こういう本の作り方は、俺みたいな人間じゃないとできないだろうけどな」
小林もまた、自分のしたことを理解しているのだろう。
カラカラと快活に笑う仕草とは裏腹に、その言葉にはどうしようもなく染みついた自分の因業を嘆くことすらできない悲しみを感じた。
「さて、と。同業の意見も聞けたし、今日は有意義だったぜ」
小林は空になったグラスを一度かき回してから、ふとこちらへ視線を向ける。
「なぁ、オタク。オカルト業界、長いっていってたよな」
「えぇ、まぁ……一応は。幽霊、心霊、怪異からスピリチュアルに陰謀論と一通り囓ってますよ。不謹慎クリエイターって奴ですね」
「そっか。なぁ、お前はさ、幽霊から【今度は、お前の番だ】って言われたら、どう思う」
不意に出てきた話は、いかにも怪談の最後に語られそうな陳腐な一文だった。
だが、小林の目はいつになく真剣だ。
男はしばし考えた後、ふっと小さく息を吐いた。
「そのままの意味ですよ。今度は、こちらの番なんでしょう。とはいえ、幽霊あるいは怪異のいう順番というのは取り留めの無いことです。幽霊も怪異も、私たちのつかめる存在ではないですからね。だからそう、差し詰め意味を解そうとするのなら……今度は、おまえが代償を払う番だ。このあたりでしょうか。あなた、心当たりがあるんじゃないですか。幽霊から、対価かそれに近いものを求められるような……」
小林の作った本で、YouTuberだった男は霊媒師として霊と向き合う道を選んだ。
これは、きっとこの男が逃げて、避けて、見ないでいた自身の因業、霊と密接に存在する罪悪感の先にある贖罪の一つだったのだろう。
そして、そのみそぎが終わった時、小林の元に本当に、そんな言葉が現れたとしたら……。
次はきっと、小林の番なのだろう。
罪悪感と向き合うのか、逃げて避け続けるのか、因業に貪り食われるのか、贖罪の道を歩むのか……そこまでは、わからないが。
「なるほどなぁ……」
「一つの考えですよ。別に、何を言われたからって贖う必要はない。ただ……後悔しないよう、せいぜい頑張ってください。オカルト的には、無抵抗に八つ裂きにされるより、抗った上で苦悩の果て真実にたどり着く方が、話として映えますからね」
男の笑みに、小林もつられたように笑う。
「はは、違いないな。そうだな、本当に俺の番なら……ちょっと主役っぽいことをしてみるか」
そしてそのまま、店を後にした。
その背中を見て、男は何となく思うのだ。
あぁ、きっとあの男は、自分の命すら感情に入っていないのだろうと。
そこまで摩耗しているからこそ、鈍感でいられるのだ。
小林の側をついてあるく物憂げな女は、音もたてずに店を出る。
女はただじっと、小林の姿だけを見据えていた。
いつも座る席に他の客が座っていたため、彼は目立たぬ奥の席につくと最近流行りのオカルト書籍をいくつか取り出した。
子供の頃からオカルトというジャンルに興味があり、幽霊の話や呪い、タタリ、因習などがかかわる話を聞けるのなら三度の飯を我慢できるタイプの男は、フリーの編集者として多くのオカルト本を手がけており、その市場調査のために流行りのオカルト雑誌をチェックするのを欠かさなかった。
と、いっても、男が編集、あるいはライターとして関わった作品が実際にオカルトメインの雑誌、あるいは書籍として形になったものは少ない。
それというのも、男が出版業界に入った時、すでにオカルトは下火になっていたからだ。
元はと言えば某カルト宗教がテロ事件をおこしたのがきっかけだったろう。
オカルトに迎合し、そこに意味を見いだしあれこれ理屈をつけるような動き全体にストップがかかり、マスコミはじめとした多くの媒体でオカルトを娯楽として消費するという傾向はみるみるうちに少なくなっていった。それどころか、オカルトに触れることすら禁忌の如く扱われるようになったと言えるだろう。
以前は夏ともなればテレビでは、心霊現象を語る特番の一つや二つはあったものだが、それも当然NGだ。霊感があるという霊媒師に、ここにはやれあんな霊がいる、霊魂が漂っている、なんて言わせるのもNG。霊的なものやオカルト、スピリチュアル色をあまり濃く打ち出すと、スピリチュアルをウリにした宗教団体の良い資金源になるのではないかと懸念されているのだ。
二度とあんなテロ事件が起きてはたまらない。その理由として、マスコミがオカルトをおもしろおかしく茶化したからだと言われたら目も当てられない。
そんな理由もあって、ホラーやオカルトの話題は今やすっかり下火となっていた。
1990年代後半から2000年代の間で、オカルトを取り扱った季刊誌の発売はほとんどなくなっただろう。廃刊し、絶版になった本も多い。辛うじてムック本として生き残ってきたオカルト本も過去に書かれた記事の焼き直しや再検証、科学的見地から見たオカルトといった切り口が主になり、そうして形を変えても売り上げはサッパリという時期が随分と続いた。
そのままホラー全体が下火になろうという頃、再び盛り上がりを見せはじめたきっかけは、若手ホラー作家が新たな切り口での新作小説を発表したのがきっかけだったか。
ちょうど「リング」が流行った頃、今までに類型を見ない呪詛と、呪詛の正体を知り、解呪の方法を知ってでも絡みつく呪いの恐怖は大いに評価され、たちどころにヒット作となっていったのを覚えている読者も多いだろう。特に映画版の、井戸から這い出てくる怪異の姿などは誰もが一度は見たことがあるに違いない。
ちょうどあの時のように、期待の新星作家はホラーで新たな切り口を書き、それに追従するよう才能あるホラー作家が次々と現れはじめたのは、それまでホラー一本で食ってきた男にとっては僥倖だった。
さらにメディアは本やテレビという媒体からSNSやYouTuberといった媒体に移り変わり、YouTuberという人間が心霊スポットに突撃したり、SNSでは怪異を見たという噂がたった1日で一気に広がったりと、男の思わぬほどホラーの伝染は早くなっていったのだ。
2000年代のはじめ、巨大掲示板で怖い話を探してはそれを考察する、なんて地味な記事を書いていた時代が嘘のようなホラーブームと言えよう。
そんな中、長年ホラー畑にいる男の元に、久しぶりに本格的なホラーを題材にした書籍をつくってみないか、という話が合った。その企画を練るため、最近売れているホラー系の書籍をいくつか持ちこんで目を通し、上のお眼鏡にかなうような企画書を書こうというのが男の魂胆だったのだ。
目の前にあるのは、ネット怪談をまとめた書籍に、今一番売れているというホラー小説。それと、YouTuberのファンブックだ。
このファンブックは変わり種で、元々心霊スポットに突撃取材のようなことをしていたよくある心霊スポット巡りのYouTuberが、実際に霊障にあい、自分の行動を悔い改め、今は心霊スポットを巡り、お祓いや除霊のような真似事をする内容へと変貌していく過程を書いている、ドキュメンタリー風味の作品となっている。
最初は、YouTuberとして向かった心霊スポットであった怪異についての考察をし、徐々に異変がおきてくるYouTuberの様子を記録し、やがてYouTuberがとある有名な神社にて祓い、清める手法を修業するといった一部始終が描かれている臨場感は、ホラー作品というより一個の追跡取材のようだろう。
このYouTuberは現在、除霊系YouTuberとして活躍しており、心霊スポット扱いをされ困っているといった場所に出向いては丁寧に除霊をしているらしい。
男もそのチャンネルを見たのだが、祝詞まわりは少し粗雑な気がするが神道の系列に則ったきちんとしたお祓いをしており、本当に修業に行ったのだというのは明らかだった。彼の直向きな姿を見る限り、今後も体力が続く限り、心霊スポットという名の穢れた聖地を除霊する活動を続けていくのだろう。
「よぉ、どうだ。その本、面白いか」
ふと気付いた時、男の前には別の客が座っていた。
相席を許可した覚えはなかったが、男が見るからに業界人だったので、恐らくこの本に関わった人物だろうと予測した。元々この喫茶店は出版関連のビルが多く建ち並び、同業者が多く訪れるのだ。自分の手がけた本を読む人間を見るのも珍しくはない。その売り上げやできにを気にしていたら、話しかけたくもなるだろう。
「……あなたが、小林さんですか」
「おっと、俺のこと知ってるのか? まいったな、コッチはお前さんのこと知らないが、以前どこかで一緒に仕事をしたか?」
「いえ、この本の編集。小林さんの名前になってたんで、多分そうだろうなぁと思いまして、声をかけてみただけです。一緒に仕事はしてないはずですよ。私は、ずっとオカルトやトンデモ本の編集に携わっていたので」
「ふぅん、オカルト編集なんて見えないものを見ようとする変人ばっかりだと思っていたが、案外に冷静なんだな。たいしたもんだ。お前さん、そういう推理とかするタイプかい?」
「いえ、別に……何となくブラフが成功したってだけですよ。それに、オカルト編集がホラー映画や怪奇現象にズッポリ浸かった変人ばかりというのは、否定しませんよ」
男はそう言いながら、今したがいたビルの社内を思い出す。
その出版社は、今や数少なくなったホラー系のムック本を頻繁に出している上、かなり力を入れて取材し編集している変わり者が多い。あの場所では、男のようにオカルト以外の記事も書いて日銭を稼ぐ編集やライターの方が珍しかった。
「なるほど、ブラフが成功しただけか……もし俺が違うっていったらどうするつもりだったんだ?」
「別に、どうもしませんよ。あぁ、違いましたかすいません。で終わりです。知り合いに似ていたから、とでもいって誤魔化せばいいだけです。当たれば八卦、当たらねば知らんぷり。ま、オカルト業界の慣れた所作ってやつです」
男はそういい、パラパラとページをめくりながら小林へと目をやった。
物腰柔らかそうな人当たりの良い笑顔とは裏腹に、ギラギラとした野心のにおいがまとわりついている。
彼は、生粋の記者だ。
それも、ゴシップ系を生業にする肉食獣のような野心家に違いない。
必要とあらば針の穴ほどしかない噂話をユンボで掘り下げ、デカいシノギに変えることも厭わないだろう。当然、その行為により傷ついた人間の心がどこにあるかも知ったことではない。他人の痛みに鈍感で、罪悪感すら捨て去って今、この場所にいるのだ。人の心を蹂躙することに痛みを感じない。そういうタイプの人間だ。
男にとって、こういった人間が幽霊よりよほどタチが悪いと思っていた。
幸い男は暴かれるような秘密も面白みのあるゴシップも何一つ抱えていなかったが、もし欠片でもそういった鱗片が見えたのなら、きっとこの小林という男は自分が満足するまで土を掘り返し、その中に出てくる石ころを見て笑うのだろう。
「で、その本面白いか?」
「はい?」
「いや、一応な、自分の関わった本だから読んでる奴いると気になるんだよ。まさか、自分の関わった本を読んでる奴と会えるとも思わなかったしな」
小林はそう言いながら歯を見せて笑う。自分の本の評判が気になるというのは本当だろう。男も、もし自分の手がけた本を読みながら喫茶店で暇を潰している誰かがいたら、声をかけたくなる。当然、普段は声をかけたりせず遠目でじっと見守るだけなのだが、小林はこの喫茶店に通う人間の多くが同業者なのを知って、声をかけてきたのだろう。
「そうですね。さして有名でもないオカルト系のYouTuberが、最終的に霊を信じ、霊に敬意をはらって浄霊をするよう生きる、なんて構成はなかなか面白いと思いますよ。以前はホラー作品といえば、徹頭徹尾怖がらせてやろう、嫌な思いをさせてやろう、なんて意志で書かれ、登場人物が全滅する、みたいな話も珍しくなかったんですが、最近は作中にもストレス管理が重要だというのが基本ですからね。最初は霊なんて軽んじていた若造が、最終的には霊へ敬意を払うという展開は、一種のカタストロフを感じる構成です。悪くないと思いますよ」
「ほぅ、悪くない……無難なお言葉だねぇ。それに、顔見りゃわかる。さして面白くもねぇ、って思ってるんだろ」
「まぁ、そうですね……いえ、企画ものとしては面白いです。まとまりも良い。心霊スポットも、まぁまぁ有名なところが多いですからね。ですが、正直に言ってオカルトの由来、推測の部分はでっち上げが多すぎます。ちゃんと現場にいったことがないだろう、ってのがミエミエですよ。私はこの心霊スポットに取材で行った場所が何カ所かありますが、推論にあるような内容とはかけ離れた部分がいくつもありますからね。それに、当時ネットで流行った怪談を無理矢理繋げている箇所が見られるのもも頂けません。ネットで流行した怪談やら怪異はすたれるのも早いですから、出版した時期ではもうすっかり下火になっている。そのあたりの、オカルト造形の薄さがどうしても目についてしまいますね」
男は忌憚のない意見を述べた。
これは、男が元々オカルトに対しては一家言もっている性質で、何かしら言いたくなる悪癖があったというのもあるし、小林が同業者から見た素直な意見を聞きたがっているのが明らかだったというのもあるだろう。当然、小林は多少悪評を聞いても別段それに凹んで、二度と企画ができなくなるなんてヤワな男ではないというのがわかっていた、というのもある。
そもそも、この小林という男は、オカルト本が面白いかどうかなんてあまり興味がない。
ただ、その本が運良くハネて売れてくれればそれでいいタイプだと、話しているうちに何となくわかっていたのも大きかっただろう。
簡単にいうと、小林にとってオカルトとはただの飯の種であり、それ以上でも以下でも無いのだ。 自分の作った本も、糊口をしのぐため役立ってくれればそれでよく、面白さなんて二の次に違いない。
「ふぅん、なるほどなぁ」
実際、小林はさして気にする様子もないまま目の前にあるアイスコーヒーに口を付けた。
「おたく、そういうの詳しい奴か? なんつーか、オカルトとかそういうの信じてる系?」
「まぁ、そうですね。業界に入ってからほとんどオカルト系の雑誌編集に関わってました。ホラー小説やムック本の編集、時には記者もやりましたよ。各地の心霊スポットに出かけてみたり、河童やら化け狸の伝承を追いかけてみたりなんて、貴方から見れば馬鹿げた仕事ばっかりやってるように見えるでしょうね。パワースポットでスピリチュアルの片棒を担ぎ、宇宙人特集で陰謀論の片棒を担いだりしてるんですから」
男は自嘲気味に笑うと、手元に置きっぱなしにしていたアイスティーにガムシロを二つ入れる。とにかく甘いものを飲まないと頭が働かない。男はそういう性分だった。
「はぁ、オカルトなんかで飯を食っていたとはたいしたもんだな。俺もゴシップ系で長かったが、ゴシップ以上に流行ってなかっただろ、オカルトは」
「えぇ、まぁ。おかげでネットの活動のほうが長かったですよ。最近になってまた、編集としての仕事も増えてきましたが、昔ほどはさばけませんよ。最も、オカルトブームの頃と比べれば何もかもが違いますから、当然といえばその通りですけどね」
オカルトブームがおこったのは1980年代だったか。
あの頃はカメラはフィルム式で、ちょっとしたミスや手ぶれで妙な光が映り込むことがあった。解像度もそこまで高い写真ではなかったので、あり得ない位置に人の顔のようなものが映り込むこともあった。そういった、妙に見える写真をいくつも集め、自称霊能者という人間に見せて、やれこれは地縛霊だ、ここで死んだ女の恨みだとそれらしいコメントを残して作る本が飛ぶように売れていた時期がある。男もまた、そういった本を見てひどく怖がった読者の一人だった。
今はそんなチープな企画、持ち出した時点で突っぱねられることだろう。何せ、写真でも映像でも好きなように画像を誤魔化し、演出として幽霊でも何でも好きなように出すことができるのが今のご時世なのだから。
それを考えると、目の前にいる小林は本当に上手くやったと思う。
一人のYouTuberが出向いたオカルトスポットの検証、という名目でそのYouTuberを散々と脅しつけて、精神的に弱っているところをつけ込み、幽霊を信じさせて、浄霊をするよう仕向けたのだろう。
男は、この本からそのようなストーリーを読み取った。
きっと、元々繊細なYouTuberに狙いを付けて、実際に霊障をおこして、そのYouTuberが弱っていく姿をドキュメンタリー形式で撮っていく算段だったに違いない。
この本にある男は気弱だった上、霊に対して深い罪悪感を抱いていたから霊媒師の真似事をするようになったが、もっと気弱で陰鬱な人間が相手だったらそれでこそ、霊障が原因で自殺するまで追い込んでいたのも想像に難くない。
逆に、本心から霊など信じてない心の強い輩が相手だったら、弱っていく様子をでっち上げ、最終的には姿を消し、最後の動画として意味不明の断片だけUPする……といった、モキュメンタリー形式に仕立て上げ、続編として「あのYouTuberはどこに消えたのか」なんて企画を立ち上げていたかもしれない。
「……ですが、とても上手にできていると思いますよ。最初からこのような展開にする予定はなかったはずですよね。それなのに、オカルトという入り口から、一人の人間が霊媒師になる過程を丁重に拾い上げていて、臨場感も抜群です。今の時代、オカルトで一冊本を出そうと思ったら、これくらいの演出は当然、必要だと思います」
これもまた、男の本音だった。
すると小林は多少気を良くしたのか、にやりと白い歯を見せて笑う。
「そっか。そう思ってくれるか。いやぁ、同業に褒められるとやっぱり嬉しいもんだな」
「同業として、オカルトを扱う人間として、あまり見ない切り口ですからね。やはり、普段別の畑にいる人は視点や切り込み方が違う。参考になりますよ」
自分なら、他人の人生を踏みにじるリスクを背負ってまで、こんな企画を通そうとはしないが。
男はそれを黙って、ガムシロでたっぷり甘くした紅茶を飲み下す。
黙ってはいるが、男はきっとこちらがそう考えているのも見透かしているだろう。心のどこかでそう思ったのは、男の目が一度も笑っていなかったからだ。
「ははッ、そうか……俺はずっとこういう切り込みで商売してきたからなぁ」
この男の目は、ずっとそうだ。他人の感情を推し量ることに長けており、相手の弱みや利用価値を敏感に嗅ぎ取る。
本来はデカいスクープをモノにするための嗅覚だったのだろう。だが、スクープを追える立場ではなくなった今は、少しでも価値のある腐肉を探るための卑しくも貪欲な嗅覚でしかない。
あまり一緒に仕事をしたい相手ではないな、というのが男の本音だった。
だがきっと小林も同じことを思っているだろう。
小林のように利用できる相手を貪るタイプの人間は、下手に知識があり利用しがたい人間というのを嫌う。
無垢で純真で繊細。自分がただの人間だというのを心のどこかで分かっているのに、自分はまだ本気を出していない。まだ、自分は何者かになれると思っている。そんな弱い人間を狙って飾り立て、肝心なところでハシゴを外して眺めていても平気なタイプの人間は、「何故」「どうして」とあれこれ聞いて突っ込んでくる男のようなタイプの人間は御しがたい故に嫌うのだ。
「実は、私も近いうちにオカルト関連の書籍を出す予定なんです。編集という立場で携わるんですが、小林さんの書籍作りも参考にさせてもらいますよ」
他人の人生を蹂躙するつもりはありませんが。
と、内心呟く。
「はは、いくらでも参考にしてくれよ。まぁ、こういう本の作り方は、俺みたいな人間じゃないとできないだろうけどな」
小林もまた、自分のしたことを理解しているのだろう。
カラカラと快活に笑う仕草とは裏腹に、その言葉にはどうしようもなく染みついた自分の因業を嘆くことすらできない悲しみを感じた。
「さて、と。同業の意見も聞けたし、今日は有意義だったぜ」
小林は空になったグラスを一度かき回してから、ふとこちらへ視線を向ける。
「なぁ、オタク。オカルト業界、長いっていってたよな」
「えぇ、まぁ……一応は。幽霊、心霊、怪異からスピリチュアルに陰謀論と一通り囓ってますよ。不謹慎クリエイターって奴ですね」
「そっか。なぁ、お前はさ、幽霊から【今度は、お前の番だ】って言われたら、どう思う」
不意に出てきた話は、いかにも怪談の最後に語られそうな陳腐な一文だった。
だが、小林の目はいつになく真剣だ。
男はしばし考えた後、ふっと小さく息を吐いた。
「そのままの意味ですよ。今度は、こちらの番なんでしょう。とはいえ、幽霊あるいは怪異のいう順番というのは取り留めの無いことです。幽霊も怪異も、私たちのつかめる存在ではないですからね。だからそう、差し詰め意味を解そうとするのなら……今度は、おまえが代償を払う番だ。このあたりでしょうか。あなた、心当たりがあるんじゃないですか。幽霊から、対価かそれに近いものを求められるような……」
小林の作った本で、YouTuberだった男は霊媒師として霊と向き合う道を選んだ。
これは、きっとこの男が逃げて、避けて、見ないでいた自身の因業、霊と密接に存在する罪悪感の先にある贖罪の一つだったのだろう。
そして、そのみそぎが終わった時、小林の元に本当に、そんな言葉が現れたとしたら……。
次はきっと、小林の番なのだろう。
罪悪感と向き合うのか、逃げて避け続けるのか、因業に貪り食われるのか、贖罪の道を歩むのか……そこまでは、わからないが。
「なるほどなぁ……」
「一つの考えですよ。別に、何を言われたからって贖う必要はない。ただ……後悔しないよう、せいぜい頑張ってください。オカルト的には、無抵抗に八つ裂きにされるより、抗った上で苦悩の果て真実にたどり着く方が、話として映えますからね」
男の笑みに、小林もつられたように笑う。
「はは、違いないな。そうだな、本当に俺の番なら……ちょっと主役っぽいことをしてみるか」
そしてそのまま、店を後にした。
その背中を見て、男は何となく思うのだ。
あぁ、きっとあの男は、自分の命すら感情に入っていないのだろうと。
そこまで摩耗しているからこそ、鈍感でいられるのだ。
小林の側をついてあるく物憂げな女は、音もたてずに店を出る。
女はただじっと、小林の姿だけを見据えていた。
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