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インターネット字書きマンの落書き帳

   
当たり前のように彼らは絶望に邁進する
今回はオリジナルっぽいハナシを書いて見ました。

とある実験をしている一人の科学者と、喪ったものを取り戻したい男。
双方は、よくあるような悲しみを胸に抱いてそれぞれ、ただ絶望に進んで行くような。

そんなハナシです。
もうちょっと厚みがある風にしたいなぁと思う反面、これをあんまり分厚い感情でかくとそりゃもう地獄だよ! という印象ありまするゆえ。

軽い口当たりで絶望を書きました。
絶望は健康にいいぞ。




『絶望は、時に希望のように輝く』

 結論から言えば、可能だと思うよ。
 と、その男は言った。

 だけど、オススメはしないなぁ。
 続けざまにそうとも言う。

 リノリウムが敷き詰められた床に窓の少ないその部屋で、男はコーヒーを舐めるように啜っていた。

 立ち上がればかなりの長身だろう。
 だが古びた車椅子に腰掛けている上ひどく背を丸めているのと、枯れ木のようにやせ細ったの身体をしているのでやけに小さく見える。
 肌は蒼白でいかにも不健康そうだが、病気をしているのかもしれない。
 少し癖のある髪には、聞いた歳よりも白髪が多く交ざっているように見えた。

 普段外出なんてろくにしないから身だしなみを整える必用もないのだろう。
 上着代わりに羽織った白衣の下は寝間着姿のままであり、つま先の出たスリッパを引っかけるように履いている。

 どこから見ても見窄らしく、胡散臭い男だ。
 だがこの薄汚く胡乱な男だけが今は唯一の救いなのだから仕方ない。

 そう、唯一の救いだ。
 少なくとも彼はそう思っていた。

「出来るんですね、貴方であれば」

 彼は強く拳を握り、改めて問いかける。

「あぁ、可能だよ。私であればね」

 男はあくびを噛み殺しながらまたコーヒーを啜った。
 猫舌なのか、たまにちびちびと啜るだけのコーヒーはまったく減っているようには見えない。

「それならば、お願いします。私は……」

 彼はまさに藁にも縋る思いでまくし立てた。

 喪ってしまったものの事を。
 それは何としても守りたかったものであった。
 自分の人生は、そのためにあったといっても決して過言ではないだろう。

 それほど大切だった存在の全てが、もうどこにもいない。
 取り返す事が出来ないのだ。

「あなたにそれが出来るというのなら……取り戻せるのならば、何だってします。できる限りのお金も準備しました。だから……」

 喪った理由が突然の事ではなくもっと穏やかに訪れていれば、後悔しなかったのかもしれない。
 あるいはそれが第三者の責任であったのだとしたら、誰かを責め苦しめる事が生きる糧になったのかもしれない。
 あるいは自分と同じような経験をした誰かがもっと沢山いたのなら、その共同体に入り互いの傷を慰める事が出来たのかもしれない。

 あるいは……。
 いや、いくら考えても結局ダメなのだ。
 そう思い、様々な事を試してみたが未だ傷が癒える事などないのだから。

「やめておいたほうがいいと思うけどねぇ」

 男はさして興味もなさそうな顔で新聞を開く。 だがそれが昨日の日付だというのに気付くとすぐにテーブルの上に置いた。
 マンションの出入り口にあるポストにははまだ今日の新聞が挟んだままである。
 彼が来たのは早朝すぐだったから男が寝間着姿なのも今朝の新聞を取れなかったのも仕方ないだろう。

「私の技術は……キミの言うように、喪った存在を……顕在化させる、という事は不可能ではないんだ。多角的に観測したID(イド)を元に誤差のないような存在を形成させるための技術だから……だけどねェ……」
「それで、いいんです」

 男の言葉を遮るよう、やや喰い気味に迫る。
 彼にとって男の研究内容などどうでもよかった。理屈や理論というのは二の次だ。大事なのはそれで何が成せるのかという事なのだから。

「それでいいんです。取り戻せるのなら……」

 迷いなどあるはずもない。
 このまま二度と戻らない時間を引きずって生きるくらいなら、もう一度、ほんの僅かでも一緒にいられればいいと思う気持ちに偽りなどはないからだ。

 彼にとって、喪ったものはそれほどまでに取り戻したい日常そのものだったのだ。

「……みんなそう言うんだよなァ」

 男は困ったように言うと、深いため息をつく。
 そして車椅子を軋ませながら、玄関先に置かれた黒電話に向った。

 ダイヤル式の、指で回すタイプの電話だ。
 昔、母親の郷里で見た記憶がある。あれが電話をかけるものだと聞いてはいたがが現役で使っている家があるとは思わなかった。 

「あ、これね。まだ使えるの。以前は持ち歩ける電話も使ってたけど、足がこうなってから家にしかいないからね。解約しちゃったんだ。この方がいろいろと気が楽だよ。以前は何処にいても呼び出されていたからね」

 そして慣れた様子でダイヤルを回すと、受話器越しに話をしはじめる。
 時間にして10分程度だったろうが、やけに長く感じた。

 都心から離れた場所にあるバリアフリーマンションの高層階から見える景色は高台にあるのも相まって綺麗な海が見えた。
 だが街全体には活気がない。
 景色は綺麗だが、どこか寂れた印象がぬぐえないのは地方特有の高齢化が原因だろう。
 実際にその街は漁師の船がいくつもあったが、沖に出て漁をしている形跡のある船はあまり無かった。

「……一応、連絡しておいたよ。向こうに着いたら書類にサインするだけで施術出来るはずだ。これ、行き先と日時」

 男は受話器を置くと走り書きのメモを手渡す。
 そこにはいくつもの研究施設をもつ有名な企業の聞き慣れない施設と、担当らしい人物の名前が書かれていた。
 施設は幸い、彼のくらす生活圏内に近い。あるいは彼の家に近い施設を紹介してくれたのだろう。

「その日までにはキミの望む形で『ウセモノ』を形にはしておこう。だけど……出来る事ならこの紙を、帰りのゴミ箱にでも捨ててくれるのが理想だね。私としては、とうていオススメできる程に確立した技術とは言えないからさ」

 男はそこで、寂しそうに顔を上げる。

「世界はロクデモないし、人生ってのは理不尽でドウしようも無い事ばっかりだ。それでももう変えられない過去に追いすがるより、まだ変えられるこれからを見据えて歩んだ方がよっぽどいいと思うよ」

 そんな言葉、これまでどれだけ聞いてきただろう。
 そのようにしようと思ってどれだけもがき、足掻いてきたのかこいつには分らないのだ。
 こいつは何も喪った事なんてないんだ。
 自分のようにささやかでも小さくても幸せだったと呼べる日々を過した事なんてないから、大切な存在を喪うことがどれだけ理不尽で辛い事なのか想像も出来ないのだろう。

「はい、よく考えることにします」

 そんな思いはおくびにも出さず、彼は穏やかな笑顔を向ける。
 男がどう思おうが、何を願おうかは関係ない。

 喪ったものを、必ず取り戻す。
 彼にとってそれがいま、生きる理由の全てだった。


『ID:多角的観測によるEGOの収束について』

 つまるところ、私の研究はね。
 多角的にID(イド)を観測し、一つの形へと収束して顕在化させる……。

 データ上に存在する記憶、記録、噂、逸話、その他諸々のものを考慮し、その中で最も誤差の少ない点を見出して一つの人格を形成させ人工的に自我(EGO)をつくる行為……というのが分りやすいかな。

 いや、わかりやすいとは言うけど自分でもその表現にしっくりきているという訳ではないし、正しく言えばそうではない。
 むしろ作られた擬似的なEGOは「哲学的ゾンビ」という存在に近いからね……。
 哲学的ゾンビというのは、人間のような感情や言葉、反応をしてみせるが、それを行なう存在にはリアルに感情や思考など備わっていない。ある種のパターン化した行動や言語を操るだけであり、人間でいうところの「心」や「魂」といったものは存在してない存在のことだ。

 あらゆる出来事に対して、人間と同等か時にそれ以上の反応を見せるようには出来ている。
 また、人間の言動により相手が何を求めているのか思考し学習していくという事も可能にしてある。
 生憎、人間の思考パターンに限りなく近い状態にするために「肉体」を実装させる事は今の技術では不可能だから人型ロボットは当然のこと、猫形ロボットのような形にするのも今の所は不可能だ。

 それだけの情報を処理できる上、人間と同じサイズの……いや、家庭に入るサイズの電子計算機なんてのは存在しないからね。
 既存の電子計算機に観測されたデータを記録し、それを元にパターン化した映像を他者の脳に繋ぐ。 そうする事で、その人物だけには過去に観測されていた存在が視認され、声や行動など全てがまるで「生きていた頃」のように動き出すといった具合さ。

 大切な存在を喪ったというのなら……それを脳の中でだけ再現させる事は可能だよ。
 今の、私の技術であればね。

 だけど、分るだろう? 観測できるのはあくまで「過去」「あった存在」だ。
 ある程度の学習能力をもっているとはいえ、それは人間の行動パターンから逸脱したものはない。
 また、外見も変わる事がない。
 擬似的に老化を促すようなことは出来るよ。だけど、この装置は個々の脳に直接繋がっており、その脳が相手の老いをイメージし、受け入れる事が出来ないとうまく老いていかないものだ。
 そして思い出は大概美化される。
 人間の記憶なんてのは元々曖昧だ。 その曖昧な観測を無理矢理に形にした不完全なデータしか今は作れないんだ。
 不完全なデータでも、新しくデータが提供されればそれだけ「なかった情報」が存在するから再現できるパターンも増える。
 より人間らしい存在を作る事が出来るはずなんだ。

 だけど……。
 ……大概、耐えられないんだよ。

 人間はね。
 喪ったものを忍んで、時が流れ辛さや痛みを忘れていく……忘れる事が出来る生き物であり、そうする事で心を守っているんだ。

 だけど、脳の中でずっと、過去の亡霊が忘れるな。忘れるなと訴えるかのように現れて、まるで喪った事すら嘘だというくらいに自然に目の前に存在していて。 でもそれに、本当は中身なんて存在してなくて。それが自分とともに老いさらばえていく事もなく、記憶の中にあるように綺麗なままで笑っている……。

 そういった事を、理解していくとね。
 やっと気付くんだよ。それは希望じゃなくて、は呪いなんだって。
 そして、呪いに気付いてしまったら人は長くは生きられないんだ。

 はは、呪いというのは非科学的だけどもねぇ……。

 常に見つめているだけで心が割れる程の強いストレス負荷をかけられてたら長生きなんざできない。
 それは当然だと思わないかい?

 だからねぇ……これまでのケースがいつでも1年以内に折れて壊れているのは、至極当然のこと。当たり前の事だと思うよ私は。

 人間は、本当に弱い生き物だからね。


『そうして我々は絶望に向けて邁進する』

 やけに軋む車椅子をのろのろと動かしながら、男は玄関に向う。
 今朝の朝刊を取るためだ。

 朝起きたらまず水を一杯飲んでコーヒーを仕込む。
 朝刊をとり、それを軽く目を通す。
 トースターにパンを仕込み、たっぷりのブルーベリージャムを塗る。
 そして濃い目にいれたコーヒーを飲みながら新聞をゆっくりと読むというのが朝のルーチンだった。

 そうして開いた新聞で、ふと小さな記事に目をとめる。
 死体が発見されたという記事だ。
 死後数日は経っており、事件性がないか調べている最中だというが恐らく自殺なのだろう。

 どこにでもあるような事件といえばそうだった。
 だが男はその場所と名前に覚えがあったのだ。


「あぁ、やっぱりねぇ。そう、そうなるんだよ……そう……なるんだ……」

 男は独り言ちると、新聞を畳んで深くため息をつく。
 そうなるのは分っていた。
 人間は脆い、特に心が壊れるとどうしようもない。全て予見できた事だ。

 だがそれらを理解した上でも送り出したのは、まだデータが必用だったからだ。
 男の求めるものを完成させるには、より多くの人。その思考を観測してデータ化していく必用がある。

 だがこの人柱をいつまで続ければ、男の思う理想の「イデア」が完成するのだろうか。
 これほどまでの犠牲を出してまで、必用な事なのだろうか。

 何度も繰り返してきた問答である。
 男の僅かな良心からの罪悪感ともいえよう。

 だがどうせ人間は死ぬものだ。  
 だ何もせず死ぬよりは、記録だけになったとはいえ生きた欠片を残して死んだ方がまだマシなのではないか。
 輪廻転生なんて言葉があるが、魂の存在が確定してない今、より多くのデータが残す事は有意義なのだ。
 記憶の記録は、人工的な魂とも呼べるだろうしそれが完成すれば人間は完全に死を超越できる。
 個々が理想と思える世界を構築し、その世界で生きる事が出来るのだとしたらきっとその方が幸福のはずだ。

 屁理屈を屁理屈で押さえ込み、結局己のエゴに従い行動をする自分にはほとほと呆れている。  だが早くこの技術を完成させたい思いは強かった。

 魂が存在するのであれば、それを作り出す。
 今の自分にはそれが出来るはずなのだから。

 そうやって一人奮起する。
 だがそれでも、死ななくて良かった誰かをまた屠ってしまった。
 その思いは消える事なく胸の中へと渦巻いて行く。

 窓の外に広がるのは相変わらず、海と山とが迫った寂れた漁師町の景色だ。
 海の向こうでは穏やかなさざなみが、探究心と後悔の間に揺れる男の気持ちのように幾度も押し寄せては消え、また押し寄せては消えていた。

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プロフィール
HN:
東吾
性別:
男性
職業:
インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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