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インターネット字書きマンの落書き帳

   
白潟が心斎橋に行く話(ファン創作)
「骨を喰む真珠」を読み終わってから、どうしても白潟にエリマキの痕跡を追いかけてほしくて……書きました。
「をんごく」と「骨を喰む真珠」のネタバレがありますからどちらもお読みください♥

元々、北沢陶先生がこの手の小話を後で書いてくれたりするので「これ、いつか本人が書くのでは」「いや、すでに書いているのでは……」と思ったんですけどね。

どうしても自分で書きたいという自己顕示欲がまろびでてしまったので、書きました。

心斎橋で死人に会える。
そんな噂を聞いてやってきた白潟が出会ったのは……。

みたいな話です。
まだ書いてないなら、いつか北沢陶先生本人に、書いてほしいもんですね!

北沢陶先生のテイストを少しでも薄らげるため、俺しか出さないタイプの登場人物・焼き鳥屋の店主が出ています。
戦前の「ネギマ」は鮪みたいなんで、焼き鳥じゃなくて炭火焼きの店主ですが。

彼は普通の人間だけど、後に超能力者と呼ばれるタイプの人物であり、人の精神に感応して主に「声」の分野の記憶を引き出す能力に長けてます。
その人が最も欲しいと思った、必要としている声を、相手の脳に再現する能力ってやつですね。

これだけ尖った人間を出しておけば、原作者と被る事はないだろう。
という魂胆ですよ。へっへっへ……。



『紅い襟巻、紅い鱗』

 心斎橋の周辺で、死んだ思い人に会えるという噂がまことしやかに囁かれるようになったのは先の震災での傷痕が人々の記憶から薄らぎ、かわりに鬱屈した空気と押さえ込まれた熱狂が燻り始めた頃だった。

「別に、会えるのは死んだ人間だけって訳じゃないらしいぜ」

 少し足を休めるつもりで入った屋台の店主は、この辺りでは珍しく東の言葉を話していた。
 震災で家も職場も家族も失い幽鬼の如き日々を過ごしていた所、悲しい気持ちを引きずるならいっそ何もかも捨てて知らない土地でやり直してみたらどうかと旧友に誘われ、勝手も知らぬこの土地に流れ着いたのだという。

 最初は郷に入っては郷に従うのが当然だろうと、西に馴染むためこちらの言葉を真似て話していたがかえって顰蹙を買ったそうで、今は身に染みた東の言葉を使っているそうだ。
 屋台をくぐる西の人間には「東京弁だ」と茶化されるが、作り物の言葉で飾っていた時より彼らはよほど親身になって店に来てくれるらしい。

「件の橋に限らねェんだ。元々、この周辺では今生では二度と会えまいと思った相手の顔や気配を見る事が多いって話だぜ。例えば、震災で生き別れて未だ死体も見つかってない親兄弟や子供。例えば、遊郭で惚れ込んだが他の男に身請けされされた馴染みの女。例えば、幼い頃に親戚の家で会った年上の従兄弟なんて、自分の胸の内にある幻想みたいな存在の気配を感じて振り返る、なんて話は俺もよく聞くからな」

 屋台の店主はそう言いながら、慣れた様子で葱鮪をひっくり返す。
 焦げた鮪の香りは鼻腔を擽り、あまり食事の味には頓着しないはずの男も口の中に唾がたまるのに気付いた。

「だから、俺は思うんだよ。死人に会えるってのは嘘じゃねぇ。死んだ人間ってのは二度と会えない相手だからな。ンだが、心斎橋あたりで似た誰かを見るってのは、死人に限らねぇと思うんだ。自分の記憶の中にある、おおよそ忘れがたい存在。ソレが、あの周辺にはウロチョロしてるんじゃあないか? 何にせよ、そんなもん人間じゃねぇ。興味をもっても、あまり近づかない方がいいぜ。ほぅら、古今東西、バケモノってのは人間の肉体やら魂やらを拐かして奪っちまうモンだからな。アンタは綺麗だから、バケモノに魅入られて取り込まれても知らねぇよ」

 焼き立ての葱鮪を差しだすと、屋台の店主は手元にあるグラスを傾けた。
 梅雨が明けたばかりの7月上旬は、日が落ちてもまだまだ暑い。直火で炭火を向き合うのは身体に堪えるのだろう。

「古来からバケモノは美しいモンを好むって言うだろ? アンタは鼻筋も通ってる、色白細面の男前だ。昔からこの国にいる魑魅魍魎はもちろんのこと、南蛮渡来の悪魔や死神だってきっと惚れ込んで、連れていこうとするそうだからな」

 男は僅かな食事と酒で腹を満たすと、店主に頭を下げ街へと向かった。
 大阪でも最も大きな歓楽街である心斎橋も、日が落ち周囲に暗がりが広がれば人の足も乏しくなる。

 白潟譲は顔を上げると、宵闇の心斎橋へ足を向けた。

 心斎橋の周辺では、死者が闊歩している。だが、それはあの世の蓋が開きそこからぞろぞろと死者が行進し出てくるものではなく、たまたま死者の面影を背負う誰かが、あるいは何かがそこにいるのだろう、そう思わすような噂であった。

 白潟がそのような憶測にたどり着いたのは、死者と出会ったという話のほとんどが、面影の似た姿を見て振り返ったら死んだはずの夫、あるいは妻の後ろ姿を見たというものだったからだ。
 もし、あの世から死者の霊が押し寄せていたのなら、同時期にもっと沢山の人間が気付いていても良いものである。
 また、死者の後ろ姿を見た、横顔を見たという話は多いが実際にその死者と話をした、という噂が一つもないことも気になった。

 その存在と話をしたものは実在しないのか。ひょっとしたら、対面して話をした相手をとり殺すか食い殺すようなあやかしの類いなのかもしれない。
 だとすると、それは人魚と同じように、異形や怪異、あやかし、妖怪、悪魔、その他もろもろの人成らざる何かとして数えられる存在に違いない。
 白潟は自然と、自分の喉を押さえていた。

 白潟譲は人魚である。
 かつは海で過ごし、海という領域での生活を当然としていたが今は陸に上がって人と同じように過ごしている。
 人魚という特性から長らく海から離れていると肉体は著しく衰弱していくが、それを除けば概ね人間と同じような生活をする事ができていた。

 彼の先祖がどうして陸にあがったのか。海で過ごすのを辞め、人間のふりをして人間らしく振る舞うのを選んだのかは彼自身もよくわかっていない。
 だが彼は、海より陸で長く過ごし人魚より人間たちと多く交流する生活に慣れ、人と生活する道を選んでいた。
 それは、彼自身が人間の生活に馴染んでしまったのもあるが、人魚として生きるのに強い抵抗と幾ばくかの罪悪感もあるからだろう。

「東から逃げてきた俺は、東の性分が捨てきれねぇ。言葉も風習も、全然こっちに馴染めてねぇんだ。だが、別に西の人間が嫌いだって訳じゃねぇんだよ。こんな俺でも受け入れてくれてる、生活する場所がある、仲のいい奴もいる。ただ、俺は生まれて育った過去まで捨てられないってだけの話さ」

 炭火で鶏などを焼いている最中、店主はそんなことも言っていた。
 白潟は彼の言い分が妙に腑に落ちてしまい、普段は滅多に入らない屋台などで長っ尻をしてしまったのだ。

 しかし、いまさらこの場所で誰に会おうというのだろうか。
 雲の合間から微かに覗く月明かりを頼りに、白潟は自問自答する。

 本当に死者と同じ姿をした誰かに会えるとしたら、白潟の前に現れるのは一体誰なのだろう。
 やはり、もうこの世にいない家族や共に過ごした同族だろうか。

 そう思い、白潟は静かに首を振る。
 確かに家族の事は今でも愛しく思っているし、ともに小さな集落で過ごしていた幼少の日々は懐かしくも美しい思い出として白潟の胸に残ってはいる。
 だが、それ以上の鮮烈な別れの記憶が脳裏にこびりつき、清らかな思い出を蝕んでいた。

 水槽の中、虚ろな目をして口をぱくぱく開き、ただ新鮮な魚を求めるだけの生ける傀儡となった愛しい妹。
 同族の四肢や臓腑をただ作業的に解体し、それに誇りすら抱いていた父。
 父の手でバラバラになり目鼻もそぎ落とされからっぽになった母。

 あんなものが、共に過ごしていた家族なものか。
 決して多くを望まず、善良にそして静かに暮らしていただけの自分たちが、一体どうしてこのような苦渋を味わわされ、理性も尊厳も奪われ命まで蹂躙されなければいけなかったのだろうか。

 胸に沸くのはただ怒りと、それに対して何も出来なかった無力感ばかりである。
 呪いの子として、他の人魚たちとは違う才能をもっていたとして、結局それで何が救えたというのだ。

 何もかわらない。それどころか、自分こそ災厄そのものに成り果てようとしていたのだ。

 人魚の生は、とても長い。
 白潟自身も、自分がどれほど生きるのかわかっていなかったが、あと100年か200年は今のまま過ごしているのだろう。
 幸いなことに白潟は時とともに忘却するという人間らしい特性ももっていた。いかなる辛い記憶も、あの生々しい血と錆の匂いも、濁ったガラス玉のように虚ろな目をした妹の姿も、鮮魚のように卸された母の死体も、むせかえるような生臭さも、以前と比べればずっと薄らいでいた。あと50年すれば、もっと幸せな記憶が彼の辛さを塗り替えてくれるかもしれない。あるいはもっと目を覆うような惨劇が、彼の記憶を押しつぶしてくれるのかもしれない。

 あぁ、なぜ忘れようとしている私が、過去を思い起こさせるこの場所を求めたのだろう。

 空を見れば緞帳のような黒い雲の合間から、月の光が零れる。
 今宵は満月ではなく、分厚い雲が空を覆い隠しているがそれでも夜道をうっすらと照らし、何とか道に迷わぬように歩くことは出来た。

 歩きながら、白潟は改めて理解する。
 自分は、試したいのだ。
 もし本当にこの場所で死者に。いや、自分の過去を振り返った時、もっとも強い記憶となって感情と根付いている何かに出会えるのなら、それは一体誰なのかを、自らの目で確認したいのだ。

 夕暮れに入った屋台の店主は言っていた。

「あれは別に死者に限って姿を現すものではない」と。
「恐らくは、自分の思う最も大事な何かの形を取るものではないか」とも。

 もし、そうだとしたら白潟にとって最も心に刻まれ、永遠に忘れる事など出来ないものの姿は……。

 どこからか、カラコロと乾いた音がする。下駄を鳴らして歩く誰かの音だ。音の気配をたどれば、遠方にうっすらと人影が見えた。
 木綿に身を包んだ立ち姿は、一昔前のあまり裕福ではない町人が辛うじて人前に出る時の格好だ。だが、その安っぽい服装とは裏腹に、紅色に誂えられた襟巻は闇の中でもやけに紅く、美しい光沢を放っている。
 闇の中、一人でからころ音をたて歩いている人の姿は、夜の中でまだ賑わいが消えぬ心斎橋でもやけに浮いているように思えた。まるで、その周辺だけ全く別の世界にあるよう、切り離されているような光景だ。だが、白潟にそう思わせたのは周囲の雰囲気に溶け込まぬ異質な姿でもなければ、服と襟巻がチグハグに見える容姿でもない。漆黒の髪を腰のあたりまで伸ばし、肌は真珠のように白く輝いて見えるその立ち姿だった。

「礼似……」

 白潟の口から、数年ぶりにその名が零れ出る。
 その後ろ姿は、かつて丹邨礼似と名乗った、憎らしく忌々しい全ての災厄そのものだったからだ。

 あの女が白潟の故郷に現れ、白潟の同胞を多く捉えそして殺した。
 父の心を歪め、父に母を解体させ、妹を白痴にし、同胞に同胞を殺させてそれを薬にして売り出すという非道な真似をして、礼似は人間に取り入ったのだ。
 いや、礼似の場合は取り入ったというより、人間を取り込み支配したといった方が正しいか。

 白潟は礼似の所業を目の当たりにし、怒りに飲まれ、忘我のうちにあの女を殺した。
 ただ打ち殺したのではない。自らの牙で喉笛を食いちぎって殺したのだ。

 おおよそ命に敬意などない光景を目の当たりにし、絶望から感情を失い、怒りにより自我すら飲まれた白潟は自ら災厄となり、礼似を殺した。
 殺したのは礼似だけではない。
 母をただの材料としてしか見ることが出来なくなり、同胞を当然のように解体するようになった父や本能のまま餌を喰らう事しか考える事のできなくなった妹、そして父や妹と同様に材料になるか、屠殺者になるかどちらかの運命しか与えられぬ同胞全てを、白潟は本能のまま噛み殺したのだ。 

 最も憎らしく、一切の愛情も思慕も感じない。
 殺しても殺したり無いほど憎い、憎いあの女。
 どうしてあの女の影が、自分の前に現れるというのだ。

 最愛のものが現れる場所ではないのか。大切な存在に化ける何かがいるのではないのか。それならば、白潟にとって最も大切な存在は、礼似だったというか。
 あれは人魚ではない、魔女だ。サイレンの魔女と呼ぶのにふさわしい化け物だ。あんなもの、自分の同族であるはずがない。自分とは別の何かだ。断じて自分とは違う。自分とはおおよそ交わるところにいない何かだ。
 拒否と忌避とは裏腹に、白潟はその影を追っていた。

 どうしてだ、またあの女を殺すつもりなのか。
 死に際も何ら感情を見せず、ただ自分の死を観察していたようなあの女を。殺してもまだ殺したり無いほど憎いのは事実だ。だが、二度と会いたいとも思わなかったはずだ。
 それなのに、どうしてその面影がここにあるのだ。
 まるで、もうその影から逃げられないようではないか。

 ふらふらと、誘われるように揺れる影を追う白潟の耳に

「それは、災いです」

 透き通った声が突き抜けていった。

「礼似と同じ災いに、ならんとってください。白潟譲さん」

 懐かしい声だった。
 すでに彼女と会わなくなって数年は経つだろう。女学校を卒業した彼女は、親の言いつけを破り婦人記者になったとも彼女の仕事を理解し支える伴侶と出会い他の場所で人のためになる仕事に従事しているとも聞いていた。最後の便りをもらったのはいつだかわからないが、あの時吹き抜けた風のような声とは幾分か代わっているはずだ。
 だが、白潟の耳に届いたのは確かにあの時の彼女の、白波栄衣の声であり、白波苑子の声だった。

 驚き振り返ればそこには蛇の目傘をもった男が立っている。

「兄ちゃん、ちょっと影を引っ張って消えていきそうだったからねぇ。追いかけてきたんだ。ほら、雨がふってくるからこれを」

 男が傘を差しだして、白潟はようやく雨が降っている事に気付いた。
 さっきまで重く垂れ込めていた雲は月明かりをすっかり覆い尽くし、生ぬるい雨を辺りに振らせている。
 落ちた水滴は土を巻き上げ、舗装のないくぼみにはすでに大きな水たまりが出来ていた。

「あの、あなたは……」
「言っただろう? 俺は東の人間だが、西のモンに助けられ今はこっちで生活してる。だから、西のモンが困ってたらそれを助けるのがスジだと思ってるんだよ」
「いや、そうではなく。その……」

 男は、白潟が腹ごしらえをした屋台の主人に違いなかった。
 白潟の様子に尋常じゃないものを感じて、慌てて彼を追いかけてくれたのも何とはなしにわかる。

 だが、一体どうやって栄衣の、苑子の声を出したというのだろうか。
 眼前の男はずんぐりむっくりとした四角い顔の手も足も太い男で、栄衣や苑子のように涼やかな声など到底出そうにはない。
 そもそも、あの声は声であり声ではなく、白潟の頭に直接響いていたような気がした。
 様々な疑念を抱き、男を見据えれば男は目を細めると、僅かに笑った。

「兄ちゃん、人間にも時々、同じように見えて同じではない呪われた力をもって生まれた奴が出てくる時があるのさ。俺は……どちらかというと、そういう側だ」

 男は振り返ると、雨の中を歩き出す。

「何にせよ、兄ちゃんはまだこの辺りをうろつかず、自分の居場所で働いていた方がいいだろう。兄ちゃんは、まだまだ若い。自分の気持ちと向き合うには、過去の記憶や思い出があんまりにも強すぎるからな。いいかい、兄ちゃん。そういう重たいモンは、一人で背負ったりしなくてもいい。兄ちゃんは、誰かを頼れば手を差し伸べて、寄り添ってくれる奴がいる。そういう場所にいるんだろう?」
「あ……は、はい」
「だったら、もっとそれに甘えればいいんだ。俺から見れば兄ちゃんは、まだまだ若造だ。もっと甘えて、もっと他人に迷惑をかけて、もっと誰かを困らせて……そういう風に泥臭く生きて、汚れて、不貞不貞しく笑っていられるようになった時、向き合ったって遅くないさ」

 そうして、男は闇に消える。

「……そうですね。そう、しようと思います」

 手にした蛇の目傘を開き、白潟は心斎橋を離れる。
 少し歩いてまた人混みの雑踏に包まれた時、白潟はようやく人心地つく

 振り返れば、闇の中に雨の雫だけが白々と輝いて見える。
 雨粒は土を巻き上げ、独特のにおいを放っていた。

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東吾
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非公開
職業:
インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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