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インターネット字書きマンの落書き帳

   
月光は光であるが形ではない。
自分の事を役立たずで生まれてくるべきではなかったと。
心の底からそう思っているルドウイーク概念です。

剣をもち英雄として誉を背負って戦おう。
そう語る彼の空虚な本心を目の当たりにし、何も出来ない誰かの話。

英雄はいつも孤独であり、英雄という言葉は呪いでしかないのです……。



『空虚な英雄』

 私はヤーナムの街を愛し、ヤーナムの市民を何よりも愛している。
 だから戦おう、英雄の誉を背負い剣を持たぬ市民たちのために。
 愛する者の血を獣の牙に濡らしてなるものか。
 愛するこの街を汚い四肢に汚されてなるものか。
 進め、英雄の手にこの剣がある限り勝利と栄光は我らヤーナムの狩人たちにある。

 それは英雄ルドウイークが狩人たちの前に立ち彼らを鼓舞した時に語った言葉の中で、最も有名なものだった。

 それまで見た事のないような巨躯をもつ黒き獣。
 雷光を操りやせ細って今にも朽ちそうな身体をしているというのに動きは俊敏で、発見した斥候をはじめとし第一陣、第二陣と挑んだ狩人の多くが斃されついに大々的な討伐部隊が率いられた時に、珍しく英雄自身が発した言葉がそれだった。

 常時であればこのような討伐部隊が率いられた時、音頭を取るのは教区長ローレンスであった。
 ローレンスの演説もまた雄々しくそして猛々しく狩人たちの士気を大いに上げてはいたのだが、その日は見た事もない獣の出現から皆が弱腰になっており今にもこの場から逃げ出しそうな者ばかりの中、決して声を張り上げる事はなく訥々と語るルドウイークの言葉は逆に狩人たちの心へ深く染みいったのだ。

 結果として獣は討たれた。
 多くの狩人が斃れ命を落としはしたが英雄・ルドウイークはその演説通り先陣を切り、輝く剣をもって数多の狩人を導いたのだった。

「ルドウイーク様、薬湯をお持ちしました」

 その有名な演説から数年が経った。
 英雄・ルドウイークは時々床に伏せる事があったが輸血液は使わず薬草を煮出した茶などを好んで飲む事が多かった。
 輸血液は怪我をした狩人が使うべきで、治るはずの病につかう必用はない。
 ルドウイークはそう言っていたが、彼自身が輸血液に対して不信感のようなものを抱いているような気はした。

「あぁ、わざわざありがとう。すまないね、俺なんかのために」

 病にかかった時、ルドウイークは自宅ではなく医療教会の一室で養生する事が多くその時もローレンスの指示でそうしていた。
 ローレンス曰く、『ルドウイークの普段住んでいる家はあばら屋で風通しが良すぎる上日当たりも悪いから、あのような場所では良くなる病気もよくならない。狩人たちの英雄を下らない病で失いたくはないからな』との配慮だったが、実際ルドウイークの住処は街外れの粗末な小屋であり日当たりも悪ければ酷い悪臭もするような場所だったからローレンスが医療教会の一室を開けてでも治療に専念させたくなるのも当然のような気がした。

「いえ、英雄殿に近づけるのなら光栄です」

 薬湯に手を伸ばすルドウイークを見てそう告げれば、彼はどこか力なく笑って見せた。

「私は英雄と言われるほどの男じゃぁないよ。見ての通り、一人で放って置かれたら自分の身体も管理できない有様だからな」
「ですが、英雄殿は英雄ですよ」

 脳裏に自然と、かつて英雄が壇上に立ち多くの狩人を鼓舞した姿が思い浮かぶ。
 決して堂々とした語りではなかったが心に響く言葉は今でも色あせず残っていた。

「いや、私はね。結局のところ、人より獣を殺すのに優れているだけの男なんだよ。だからね、せめて人より獣を多く屠れるのならその力で役に立たないと、みんなに申し訳ないから」

 薬湯をすすりながら、ルドウイークは寂しげに笑う。
 その言葉が、脳裏に浮んだかつての演説と重なった。

 ヤーナムを愛し、市民を愛し剣をとる。そう語った英雄の本心は、あるいは……。
 ……あるいは自らを愛する事が出来ない故に剣を握るしかなかったのかもしれない。

 自分の存在価値は獣狩りにしか存在しないと思っているから。
 ただ街に、人に愛される事はなかったとしても「ここにいてもいいんだ」というその自覚が、居場所が欲しいから前を向き、戦っていたのだとしたら……。

 この街の英雄はなんとか弱く、そして空虚なものなのだろう。

「大丈夫、すぐに治してまた剣をとるさ。私は英雄なのだから……」

 空になったカップを戻しながらルドウイークは笑う。
 喜びが欠片も感じられない英雄の笑みを前にして、何も言う事など出来なかった。

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