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インターネット字書きマンの落書き帳

   
【残影、あるいは残響(逆裁6の2つめの事件犯人ネタ)】
逆転裁判456がオドロキくんセレクションとして販売されるようですね。
販売前から「オドロキくんセレクション……?」「オドロキくんの人生ズタボロ疑似体験コレクション」「オドロキくんのスタートダッシュ失敗セレクション」とオドロキくんの人生に思いを馳せてしまい人が沢山いて、なんかオラわくわくしてきただ!

記念に何か過去の作品を置いておこう!
そう思ったので、「逆転裁判6」の「犯人」である人物の話をします。
二つ目の事件に関わる犯人なので、ネタバレになっちゃうから逆転裁判6をプレイしてね!

オレはこの事件の内容は「な、何をいってるんだ……」って展開だけど、この事件の犯人は業が深くて結構好きです。

『残影』

 ……つまるところ、どうあっても、あいつを殺したかったという訳だよ。

 と、その特に悪びれる様子はなく告げた。
 悪びれる様子がないのだから当然に反省や後悔の色も彼の表情からはうかがえない。
 冷ややかに浮かぶ笑みは全てを成し遂げた充実感に満ち足りている風にさえ思えた。

 きっと、この男にとって他人の命などその程度しか価値のないものなのだろう。
 自分の欲望のためならなら必用ともなれば排除するための存在。有効に扱える手駒のうちは大切にし、利用価値がなくなればいとも容易く切り捨てるような人物なのだ。
 常識とか論理とか道徳といった我々が美徳と思う感情なぞ、とうの昔に全て捨てているのだ。
 それが元々もっていた彼の性分なのか、それとも芸能という社会に揉まれすっかり価値観が染まってしまったのか、「私」にはわからなかったが。

 そう、私は彼が分からなかった。
 だからこそ師匠であるこの男から、彼が……私の友人である伏樹直人が殺された理由を聞きたかったのだ。
 私は未だに友人が、伏樹がいないこの世界を受け入れられないでいるのだから。

「それでも、理解できません」

 私は真っ直ぐに男の姿を見据えた。
 生前の伏樹は、私にとってはいい友人だった。 いや、私だけではなく周囲の人間からしても良い友だったろう。
 いつでも明るく何事にも前向きで、誰かを馬鹿にするような事もなければ極端に自分を卑下する事もない。舞台に上がるだけあり話は面白く顔立ちも整っていたし、かといってそれを鼻に掛けるようなところもなく誰にでも分け隔て無く接していた。
 とても人の恨みを買うような人間には見えなかったし、実際に彼の死を悼む声の方が罵声や皮肉より遙かに多かっただろう。

 また、彼はMr.メンヨーとしての仕事にも強い誇りを持っていた。
 自分が二代目Mr.メンヨーであるという事は周囲に打ち明けてはいなかったが、師匠であり初代でもあるMr.メンヨーの事を心の底から慕っていたし彼のマジックや立ち振る舞いに敬意をもっていたのだろう。
 得意とする炎を操るマジックだけではなく、トランプを使ったカードマジックやコインマジックという小さな技から縄抜けや脱出といった大がかりなトリックを使った技まで、彼は完全にMr.メンヨーとしての振る舞いを身につけていた。

 実際、私だって彼が死に事件が明るみになるまで、まさか彼がMr.メンヨーの身代わりだとは思ってもいなかった。
 それほどまでに完璧に、伏樹という男はメンヨーを演じ、メンヨーになりきっていたのだ。

 当然、そうなるには伏樹一人では限界があっただろう。
 初代メンヨーがよほど熱心に指導し、手塩に掛けて育てたからこそ伏樹はあそこまで完璧にMr.メンヨーというマジシャンになりきれたのだ。
 本当に心の底からMr.メンヨーのマジックを愛し、彼の姿に憧れでもしなければ伏樹直人はMr.メンヨーになりきる事など出来なかっただろう。

 だからこそ、尚更に不思議だった。
 伏樹はとても殺されるような悪事に手を染めていたとは思えなかったし、また伏樹の師にとっても彼は殺さなければいけないほど無能な弟子にも思えなかったからだ。

「どうして伏樹を殺したっていうんですか、彼に死ぬ必要があったんでしょうか。あなたにとって、彼は、あなた自身の名を継いだ自慢の弟子だったのでは無いんですか。いや、だた名を継いだだけではない、伏樹はあなた自身の名を名乗り、あなたそのものとして活動していた。もはやあなたの半身ともいうべき存在だったんじゃないですか。その愛弟子をどうして……どうして殺す事ができたっていうんですか」

 私の問いかけに、男は無言のまま目を伏せる。
 彼の指だけがおちつきなく、しきりに動いていた。

 コインマジックの動きだというのは、少し目で追っているうちに気付いた。 私も拙いながら少しばかり手品を趣味にしており、伏樹と出会ったのも手品をウリにしたBARでの事だった。
 出会った時から伏樹は他のマジシャンと比べても明らかに華がある事や、今の技術に傲る事もなくさらに熱心にマジシャンとして研鑽をつづけている事。そしていずれ世界に羽ばたく程の高みまで上り詰めるだろうというのは明らかだった。

 彼は私よりも卓越したマジシャンなのだから、当然伏樹の才能には気付いていただろう。
 それだというのに、どうして……。

 被告として裁かれる立場にある男は、手元にコインの一つ持つ事すら許されなかったのだろう。だが男は例えコインが手元になくとも身体に染みついたマジシャンとしての癖が無意識に指を動かしてしまうのだろう。何もないはずなのに私にも、彼の指で滑らかに運ばれていくコインの姿が見えるようであった。
 だが悲しいかな、男の左手は巧みな指さばきを見せるものの、右手はの動きはぎこちない。き字を書くとか食事をする、なんて普通の動きなら出来るだろうが複雑で精細な動きを一瞬でするというのは到底不可能だろう。
  あれだけの事故で命が助かり日常生活をも不自由なく過ごせるようになったのなら奇跡といってもいい。だがこの動きはマジシャンとしては致命的だ。
 やはり、あれだけの事故をおこしたのだから完全復活とはならなかったのだろう。
 私はしばらく目を閉じて、男の無念を噛みしめる。
 華々しい歓声にスポットライトを浴び堂々たる佇まいで炎を操る姿が瞼の奥へ浮かんだ。

「同情なんて、金にならんもんはいらんな」

 まるで男は、私の思いを見透かしたかのように告げる。
 その顔は笑っていたが、目は私ではなく別の何かを見据えているようだった。

「おまえなんかにぼくの気持ちなんて理解できるものか。いや、おまえだけじゃない。あの一座に秘蔵っ子ともいえる小娘にも、ぼくの師匠にも、忌々しいほど優秀な伏樹にも……な」

 男はそう言い、自分の手元へ目を向ける。
 薄暗い室内は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。

 ***

「初めて、あれと会ったのは……そう、さして繁盛してない、冴えないバー……だったかな」

 そう、あれは技術を魅せるだけの腕を失い、そのかわりに幾ばくかの名声を得るようになってた頃だった。

『間違えてたらすいません、ひょっとして……』

 そう声をかけてきたのは、まだ年若いバーテンダーだった。ウイスキーとブランデーの区別もつかないようなひよっこの若造は酒よりも手品に熱心で、その時も店の客相手に、カードマジックなどを披露していたのは今でも鮮明に覚えている。

『あなたの選んだカードは、これ。では、次は……このカードをよくまぜて……』

 披露していた手品は何てことない。
 素人でもタネさえ知っていればすぐにできるような簡単なやつだった。俺がそいつを見ていた理由に深い意味はない。手品師の血が騒ぐ、という訳ではないがそれでもマジシャンの前でマジックをしている奴がいれば、自然とそっちに目がいくものだ。
 酒を飲みにきている客たちは、素人だというのもあってか男のさして珍しくもない手品に感嘆の声をあげていた。

 そう、さして珍しくもなければ上手くもない手品だ。
 俺からしてみれば素人に毛のはえた程度の芸だった。
 だがそれでも目の前で見せられたら楽しいものだったんだろう。 客たちの受けがよかったからか、男は盛り上がる観客の一人として、俺の方へと近づいてきた。

『……さぁ、お客さま。ではこのコインを見てください』

 俺はそいつがやろうとしているマジックが何なのか、すぐにピンときた。
 なぜかって?  そりゃ、その手品は元々、俺が得意な「タネ」だったからだよ。
 まさか、何年も前に死んだマジシャンのタネが自分の目の前で見られるなんて思ってもいなかったし、あぁいうのは不思議なもんだな。
 何というんだろう、死んだ自分が生き返った気分というか……まさに死体の顔を見ているようで驚くやら懐かしいやら、えらい不思議な心持ちになったよ。
 男は俺がそんな風に死体と対面しているような思いを抱いてるなんて気づきもしなかったのだろう。 俺の前にコインを差し出すと 

『さぁ取り出したりますは、この葬送銀貨……』

 なんて、もったい付けた口上をはじめた。
 葬送銀貨というのは、異国の硬貨でいっとうに価値のない硬貨だが、マジシャンがコインマジックを披露するのにうってつけのサイズの銀貨の事だ。
 葬送銀貨と呼ばれるのは、そのコインはもっぱら死者を弔うためにつかわれているのが理由だろうな。こっちの死神も「三途の川の渡し代」できっかり6文もっていくっていうが、向こうにも似た風習があるようで、死体にこのコインをそえて送り出してやる事からこいつはもっぱら「葬送銀貨」と呼ばれているそうだ。

 とっくの昔に死んだマジシャンが差し出されるにふさわしいと、そうは思わないか?

 ともかく、男は俺にコインを差し出した。
 このまま何も知らない顔で男の下手な手品にのって、やぁ驚いたしてやられたね……そんな演技をするのが礼儀だったのかもしれないが、俺だって元とはいえマジシャンだ。マジッにはイリュージョンでかえすのが儀容かと思い、あいつのマジックにチョイとばかし手を加えてやったのさ。

 なに、手を加えるといってもマジックを失敗させるほど意地の悪い事じゃない。
 葬送銀貨を500円玉にかえる程度の、わずかばかりの悪戯だ。
 俺がしたのはただ、コインを入れ替えただけだから、観客は消えたコインがでてきた時にはべつつのものにかわっていた位にしか見えなかっただろうし、鈍感な客はそもそもコインが入れ替わっている事すら気づかず見過ごしていただろう。
 こっちの500円とあいつのつかったコインは見てくれもよく似てたしな。

 だけど、手品をやった当人はそうじゃない。
 首をかしげてしばらくは、平気なそぶりで本来の仕事……バーテンダーに戻ってシェイカーをふって、酒のはなしをぽつぽつと語って自分をごまかしていたようだったけどね。
 いざ客がはけ、俺が一人でウイスキーのダブルをやっつけてた時、目を輝かせて聞いてきたんだ。

『間違えてたらすいません、ひょっとして……Mr.メンヨーじゃ、ないですか?』

 ……驚いなんてもんじゃなかったよ。
 腕を怪我して一線を退き、自分の名を葬ったマジシャンの名前を、そいつは知っていた。とっくの昔に忘れ去られた一人のマジシャンを覚えていたのだから。
 なるほど、そいつの仕込んだ拙い技もどこかで見たと思ったが当然だ。
 以前自分が舞台の上で必死になって磨いてた、自分自身の技だったんだから。

 男は、俺の手品は本物だと……今の舞台には、手品なんてないと。
 俺の繰り出す本物の手品がみたいと、やけに熱っぽく語っていたか……。

 俺は。
 俺はその時……男の望む「本物」の手品はもう……。

 ……。
 …………。

 手品について問われても曖昧に笑う事しかできなかった俺に、男は夢中で自分の手品を始めた。それは、さっきまで酔っぱらいに見せていたタネさえ知っていれば誰でもできるたぐいのものじゃない。 タネを知って技術を磨き、やっとの事で披露ができる単純だが難しい確かな技術のマジックだった。
 コインにカード、ボール……。
 一通りの技術を見せて、男は真顔で聞いてきたんだ。

『俺でも、マジシャンになれますか? あなたのような、天才に』

 ……今にして思うよ。あいつは。
 あいつは…………。

 …………無能だ。
 俺の全盛期になんか、足下にも及ばない……才能のかけらもない、凡才さ。
 つまらない、男だったんだ。

 つまらない男だ。
 だから俺みたいに才能のない、油断して大事な時に大けがしマジックそのものから嫌われるような大マヌケに憧れたりしたんだろうな。

 さぁ、凡才とはいえ一応は練習する気概はある。
 素人の付け焼き刃とはいえ、基礎はもうできている。
 俺よりずっと下手な手品だが、それでも戯れにかまってやるのはおもしろそうだ。
 もし上手いこと才能が開花すれば、マジックショウの興業企画で一儲けできるかもしれないし、開花しなくても「へたくそマジシャンの一流修行旅」なんて企画、視聴率になるかもしれない。
 そんな、軽い気持ちで俺はそいつの師匠をやる事にしたのさ。

 ……その頃は、復讐なんて考えていなかった。
 いや、全く考えてないといえば嘘になるだろうな。そもそもマジシャンをやめ、舞台を降りた後も裏方とはいえテレビショウに関わっていたのは、かつてTVを華やかに飾り賑わしていた一座に対する意趣返しの気持ちがあったからだ。
 俺を追いやったマジックの世界を、テレビショウで追い出してやる……なんて気持ちがあったからこそ、俺はここまで上り詰める事ができたとも言えるしな。

 だが、伏樹の場合は……少なくても最初からあいつを復讐の道具にしようとは、思っていなかった。そこまで俺は鬼じゃないと、ちょっと弁護しておこうかね。
 そもそも、あいつの手品の腕は最初から才能があった訳でもなかったのさ。
 最初はそう……時間があう時ほんの数分、長くても1時間程度だったか。コインマジックであいつについた変な癖を直してやったり、俺しかできないタネを一つ、二つ教えてやる程度のかわいい師弟関係だったよ。

 だけどあいつは、しぶとかった。
 一つの癖をなおせと言えば、ほかの悪い癖も二つ、三つとみつけてきてはなおしてくるし、一つのネタを仕込んでやれば普通ならモノにするにのに2、3ヶ月かかるようなモノでも一ヶ月もすれば形だけ仕上げてきちまってたんだよ。
 あいつは……練習バカというか、まぁ一種の訓練狂いだったんだろうな。

 そもそも、だ。
 正気だったら俺なんかの弟子になろうだなんて絶対に思わないだろうから、元々あいつはマジックに。いや、Mr.メンヨーという亡霊に取り憑かれていたんだろうよ。

 ……練習していて「お、こいつは」そう思い始めたのは1年もすぎた頃だったか。
 その頃は俺自身、お茶の間を賑わす名物として有名になっていたが、その合間をぬってあいつと話のが楽しくなってきていた。
 マジックを奪われてから、初めて生きているのが楽しいと思えていたかもしれないな。

 その頃のあいつはますます難しい技もできるようになっていた。
 ちょっと危険な手品のタネを仕込んでも、これなら事故はおこさないだろう。そう思える程度の安心感もでてきはじめてね。その頃から、ぽつ、ぽつ思いはじめていたのさ。

 こいつはひょっとして、俺のできなかった世界に行けるんじゃないか……。
 本物のマジシャンになれるんじゃないか……なんてな。

 ……俺の名を継がせようとは、思ってなかったぜ。
 俺は一座から破門され消されたマジシャンだ、そんな奴の名前を背負っても面倒ごとが増えるだけだろう。
 ただあいつは自分から進言してきたのさ。

『もしプロとしてデビューさせてもらうのなら、是非ともあなたの名前がほしい……あなたの名前でデビューさせてくれませんか』

 なんて、な。
 見ての通り、アイツと俺とじゃ顔立は全く違うんだが、背格好はほとんど一緒だった。
 俺のためにあつらえた仮面も衣装も、着させてみればまるで元々あいつの為にあったものじゃないか、って思うほどにピッタリでな。

 あぁ、ピッタリというのは少しばかり違うか。
 多少、寸法なおしの必要はあったからなぁ。まったく、今時の連中は手足ばかり長くなって仕方ない。背丈は同じだってのに足の長さだけは変えなきゃいけないってのは、軽い屈辱だったがね。

 それでも、あの衣装はまるであいつのためにあるようだった。
 眼前にいる男は腕を失う前の俺、そのものだったろう。

 まばゆいばかりの白銀に彩られた光沢のステージ衣装も、毒々しいワイシャツも、奇妙な仮面も……すべてがすべて、最初からあいつのためにあるようにぴったりとおさまっていた。

 まるで最初からあいつがMr.メンヨーだったかのようにな。

 かつて俺が着た衣装を着て、俺が名乗っていた名をつかい、あいつは華々しいデビューを飾った。 もうすでに俺があの名を使っていたから表向き再デビューだ。腕の怪我からの奇跡の復活、という体だったが、世間からはすっかり忘れられていたし、伏樹の奴は甘い声とマスクごしにもわかる美男子だろう?
 そいつを、今や一流プロデューサーとして辣腕をふるっていた俺が後ろ盾になってデビューさせてやったんだ。
 ニュースにワイドショー、バラエティ番組とねじ込める所にはどんどんねじ込んで露骨なくらいのゴリ推しで売り込んでやったぜ。

 あいつはマジックの腕は最高だ。この俺が仕込んでやった難しいマジックも難なくこなしちまう。その上性格も良くてな、終わったあと一緒に仕事した芸能人はもちろん、裏方のスタッフたちにもいつも感謝していたし率先して雑務も片付けてくれるという紳士っぷりだ。
 男前で立ち姿もサマになってる、そんな奴だから他の番組でも自然に使いたがる奴が出て、そうなればお茶の間でも自然と名前は浸透していく……。

 いや、人徳ってやつだろうな。
 芸能人ってのは華々しい世界に見えるだろ。売れたら何でもアリって思う奴もいるかもしれないが、そりゃぁ大きな勘違いでね。売れて尊大になっていれば持ち上げられるのも一瞬、すぐに梯子を外されて廃れていくのが当たり前だったりするもんなんだよ。
 その点、伏樹は良い奴だった。テレビで必用な立ち位置をしっかり心得ていた上、横柄に接する事はない。仕事もえり好みせず、どんな端役でもキッチリと自分の仕事に手を抜かなかったんだからな。
 立派なもんだ、全部のタレントがそうだったらどれだけ楽だろうって思うくらいだ……。

 実際、復活したMr.メンヨーは引っ張りだこでね。
 きっと怪我をする前の俺よりずっと多くのテレビや舞台でマジックを披露していただろう。

 だから、誰も気づかなかったのさ。
 Mr.メンヨーは大けがから復帰した、その中身がまったくの別人だったなんて事にはね。

 だからもう、元々Mr.メンヨーが俺だったなんて誰も知らなかったろうよ。
 それでこそ、俺と伏樹だけの秘密みたいなもんだった。
 Mr.メンヨーは、とっくの昔に元・メンヨーを乗り越えていっちまったって訳だ。

 それだっていうのに、あいつは俺の弟子であり続けた。
 俺こそが本物のマジシャンと思い、自分はあくまで俺の後がまとして、俺の前だけでは二代目であるという事を強く言い聞かせていた。

 世間的に見れば、あいつはいい奴なんだろうな。
 好男子なんて、まさにあいつのためにある言葉だったろうよ。
 顔もよければ礼儀もいい。 誰がみたって自慢できるいい男だ。俺に弟子と呼べる奴はあいつ人だけだが、それでも一等にいい弟子だろう。あいつ程の弟子なんざ、もう二度と出会えないだろうからな。

 俺の名を語らない時は素顔のままで、決して自ら正体を開かすことはなかった。
 おかげであいつの本名は、とうとう死ぬまでわからなかっただろう。
 素顔の時は俺の弟分として、いずれ自分も番組を企画するのにあこがれていると言いながらADたちに混じって力仕事や雑務も色々とこなしてくれていたっけ。
 俺のマジック嫌いを理解していたし、人前ではマジック云々という話は一切していなかったな。俺の付き人紛いの仕事もいやがらず受けていたが、あれだって別に俺が頼んでやってた訳じゃない。
 仕事でミスなんかして、俺の機嫌が悪い時罵声を浴びせ無理強いしても逃げ出そうとも思わずにじっとそれに耐えてた姿なんて、まるで一座にいた頃の俺、そのものだったぜ。

 ……あぁ、そうだ。
 あいつは、一座にいた頃の俺にそっくりだった。

 まじめで、努力家で、辛抱強くて……。
 一座の主である気まぐれな老人の戯れ事にも嫌な顔ひとつせずつきあってた。

 そしてとうとう、マジシャンの命綱である利き腕を失ってしまった、そんな愚かな男にそっくりだったんだよ。
 本当に、嫌になるくらいに……。

 そうだ、そんなお人好しだ。
 俺が殺さなくても、いずれ誰かに殺されるんじゃないかね。

 綺麗すぎる人間ってのは嫌われるし妬まれるんだ。
 少し泥食った奴からすれば苛立つし、嫉妬もされる。放っておいたらあの人の良さだ、自然と知らぬうちにもっと、どうしようもなく腐った奴が蛇蝎の如く毛嫌いし非道い方法で消されていたんじゃないかと思うぜ。
 むしろ、絶望を知らずに死んだのは、あいつにとっての幸福だろう。
 あいつは、最後まで舞台で手品を見せたんだからな。手品師にとって、最高の死に様だ。
 おまえは、そうとは思わないか?

 ……あいつは、どんどん手品が上手くなっていった。
 元より練習好きな上、俺が苦労して生み出しタネまで吸収していって……とうとう、俺が十八番にしていた炎のマジックまで自分のものにしていった。

『あなたのおかげで、今の俺があります』

 ……あいつは、いつも、そう……いっていた。
 あれだけ有名になっても、人に名を知られても、決して奢らず、絶えず練習を続けていた。

『あなたのようになるのが、俺の夢です』

 そうやって、そうやって、何度も何度も。
 もはや、俺のマジックはすべてあいつが奪っていった。俺がもっているタネも技術も、根こそぎあいつが奪っていったんだ。

『俺、あなたに少しでも近づけましたかね』

 あいつは。
 …………あいつは。

 ほかでもない、あいつを殺したのは俺だ。
 だが、俺を殺したのは、あいつなんだ。

 俺を、殺したのはあいつなんだよ。
 あいつなんだ、そう……。

 最初に、殺したのはあいつの方だったんだよ。

 ***

「結局のところ、この計画では最初からあいつは死ぬ事になっていたんだよ。ショーが成功しようと失敗しようと。一座に復讐できようとできまいと、ぼくが一番殺したかったのは、ほかでもない、あの男だったんだからね」

 迷いなき目が、こちらを見据える。
 男のいう通り、この計画では最初から彼が死ぬ事になっていた。

 名目上の動機は、復讐。
 自分の夢を途絶えさせた一座の跡取りともいえる少女に殺人が汚名を着せて、以後永遠と殺人魔術師のレッテルをはるのが男の目的とされていた。

 だが、それだったら復讐すべき少女を殺してもよかったのではないか。
 むしろ、殺すべき相手は憎き一座の正当な後継者である少女の方だったのではないか。

 様々な疑問をぶつけるが、男は曖昧に笑うだけだった。

「あの一座で本当に憎たらしい奴は、とうの昔に死んでるもんでねぇ」

 曖昧に笑い、飄々とこちらの質問をかわす男はお茶の間をわかせた道化のままだった。
 だがその目だけが、ひどく濁っている。

 ……そろそろ、時間です。
 面会時間がわずかとなり、看守がこちらにそう告げた。 男もこちらと話すことなどないのだろう。促されるまま立ち上がり、再び牢獄へと向かおうとする。

「本当に」

 あわてて私は問いかけた。

「本当に、あいつを殺したかったんですか! そんなに、あいつが憎かったんですか!」

 その問いかけに、男は一瞬だけ。  一瞬だけ虚を突かれたような表情を見せると……。

 ***

 ……どんどん、自分になっていく。
 どんどん上達し、どんどん輝いて、そして自分より遙かに高みをどんどん上ろうとしていく。
 その姿がどれだけ恐ろしいのか、そして、いつか自分を追い越していく。その姿がどれだけ恐ろしいのか。
 一体誰にわかるというのだ、一体誰に……。

 ***

 また濁った瞳を向けると。

「わからんよ、おまえなんかには、一生……わかって、たまるか……」

 血を吐くように声を絞り、扉の向こうへ消えていく。
 後には誰もいないパイプ椅子と、男のいた残影だけが残る。

 不思議なことにその残影は、驚く程に伏樹直人とよく似ていた。
 彼にそっくりだったのだ。

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インターネット駄文書き
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ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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