インターネット字書きマンの落書き帳
オレが占い師だった頃に女の幽霊を見た奴の話
俺が占い師だった頃にあった話のようななかった話のような。
ありそうであったような話です。
町中に、時々「女の幽霊」が立っている話。
怪談が好きだと一度や二度は聞いた事があると思うんですが、そういうような話ですよ。
夏なので怪談コンテストとか用にかいたやつなので近いうちにnoteとかそういうところにも投げておこうと思います。
夏だから少し多めにね、幽霊とね、接していきましょうね。わくわく!
ありそうであったような話です。
町中に、時々「女の幽霊」が立っている話。
怪談が好きだと一度や二度は聞いた事があると思うんですが、そういうような話ですよ。
夏なので怪談コンテストとか用にかいたやつなので近いうちにnoteとかそういうところにも投げておこうと思います。
夏だから少し多めにね、幽霊とね、接していきましょうね。わくわく!
『恐ろしいのは幽霊だけとは限らない』
怪談話が好きであれば、賑わう街にぼぅっと立つ女の幽霊が出る話を聞いた事は一度くらいはあるんじゃないだろうか。
だから俺も、その話をしようと思う。
当時の俺は占い師をしていた。
とはいっても、趣味で始めた占いがやけに当たると評判になり占い好きの友人から占ってほしいという人間を紹介され、俺は足代と食事代くらいで占いをするなんて慈善事業みたいなもんで仕事と言えるようなものじゃ到底ない趣味の延長で気楽にやっていたんだがな。
占いってのをしているとオーラやスピリチュアルといったオカルトにも詳しいものだと思われるみたいで、時々「幽霊を見た」だの「呪いの品を見つけた」といったオカルト話を聞かされる事があった。
「幽霊みたいな女がいるんだが、どうしたらいいと思う」
俺にそんな話をもちかけてきたのは、以前占いをしてやった女の友人というやつで、俺からすると赤の他人だ。
周囲に幽霊を見た、という話をしたところ「占い師の知り合いがいる」「占い師ならオカルトに詳しいんじゃないか」といった具合で俺に連絡してきたらしい。
男は普段自社で営業と販売をしているのだが時々顧客の元へ直接出向いて自社製品のセットアップをする、といった仕事をしているらしくここ最近は常連の店舗に向かう事が多かったのだが、ある時常連の店がある最寄り駅に奇妙な女が立っている事に気がついたのだという。
長い黒髪でつばの広い帽子を目深にかぶった女だという。肌は白いというより蒼白で痩せぎす、長い髪は手入れがされておらずひどくボサボサで、白いワンピースは周囲からぼぅっと浮き出るように見え人混みの中でも彼女だけがやたらと異質に思えたそうだ。
最初は幽霊ではなく、正気を失った病人に見えたんだろうな。
突然大声をあげたり暴れ出したりでもしそうな危うい風体に思えたのだが、どうにも周囲は彼女を気にせず誰もが平気でその横を通り過ぎていくものだから、最初は頓着しない周囲の人間が奇妙に見えていたらしい。
ひょっとしたら、彼女はこの街で有名な存在なのだろうか。地元の人間は彼女が駅前にぼんやりと立つ理由を知っていて、だからこそ見て見ぬふりをしているのだろうか。そんな風に思ったから、常連の客に聞いてみた。
「駅前に白いワンピースを来た女性がいたんですけど。あの人、いつもあそこにいるんですか」
って当たり障りのない感じでな。
だが常連客は首を傾げ
「白いワンピースの女性、いやぁ知らないね。見た事がない。いつもいるのかい」
なんて逆に問いかけてくる。
男が常連のところへ来る時間はまちまちで、午前中に行く事もあれば午後に行く事もある。帰りの時間はおおむね夕方頃だが、男はだいたい駅で彼女の姿を見ていた。
それを伝え、さらに詳しい容姿を伝えても
「知らないねぇ、見た事がない。おまえは知ってるか」
なんて、フロアにいた他の仲間にも聞いてみるが誰も知らないというから、男はいよいよそいつは幽霊に違いないと思うようになったそうだ。
そうなると、もう気が気じゃない。あれは自分だけに見える幽霊なのか、他にもちゃんと見えている人間がいるのか日に日に不安が募るから、とにかく駅に来て一緒に確認してほしいなんて俺に頼んできたわけだ。
正直随分と面倒な話だと思ったね。
何せ俺は占い師だが霊感の類いは一切ない。生まれてこのかた幽霊は一度だって見た事ないから連れて行かれても男が見ている幽霊を見る事はまず無理だろう。
俺は霊感はないということ、もし俺を連れていっても絶対に見えないからやめておけとは伝えたんだが、向こうは何としても付いてきてほしいと言う。
何でも他の友人たちははなっから馬鹿にして見に来てはくれないし、かといって仕事の同僚にも頼めない。もう誰に頼んでいいかわからないから、何とかならないかという話だった。
本当に、誰でもいいから確かめてほしくて必死というところだったんだろうな。
俺もどうせ見えないなら別にいいかと思ったし、怖い話も嫌いじゃない。後々にこうした話の種になるかもしれないと思い、件の駅へやってきたという訳だ。
場所はそう、首都圏でもわりと静かな住宅街が立ち並ぶ何ら変哲もない街だったよ。
駅前は人通りもそれなりだが拍子抜けするほどのどかな風景だ。おまけに昼下がりで、タクシーが退屈そうにトロトロと運転している。おおよそ幽霊なんざ出そうにない町中の一角を指さすと、男は小声で俺に告げた。
「いるだろ、あの時計がある下のあたりにワンピースを着た痩せぎすの女がさ」
指さした方を見たが、そこには行き交う親子連れやらカップルの姿こそあれど立ち尽くす女の姿はない。だが男は真っ青な顔をして怯えたような様子から嘘を言ってるようには見えない。
俺が「悪いが何も見えてない」「オマエの言うような女が立っている様子はない」と素直に告げるとそいつは非道く落胆したようで、がっくりその場に項垂れてみせた。
それからひどく嘆いてね。あれは自分だけが見える幻覚なのか、自分は頭の病気なのかもしれない、仕事のストレスで頭がおかしくなったんだと、急にメソメソしだしたんだ。
俺は男があんまりに悲しそうにしているのが気の毒になったのと、少しばかり気になる所もあったから「でも、少し確認したいことがある」と告げてもう暫く周囲を観察してみる事にした。
実のところをいうと、男が言う時計の下に少しだけ違和感を抱いていたからそれを確かめたいというのもあったんだよ。違和感というのは人の流れで、男が言う時計の下は別段通りにくいようには見えないのに何故だか人が避けていくように通っているから、それがおかしいと思ったのさ。
だから暫く眺めていると、やっぱりそこは人が避ける。
中には明らかに人を避けるよう進路を変えて歩く奴もいるし、時折に男が指した方をじっと見るような奴もいるんだ。
最もこれは俺が男から「女が立っている」というのを聞いているからそのように見えただけだとも思うが、それでも10人いれば1、2人はそのような動きをするのだからただの偶然にしては出来すぎている。
それに、あまりに落胆する男を少しでも慰められればいいとその時は思ってね。
「俺には見えないが、あの周辺を避けて通る奴がいるのは確かみたいだ。それに、向こうに座ってる男はしきりにオマエの言う場所を気にしているようにも見える。おまえだけが見えているって訳でもなさそうだな」
暫く見ていた通りの事を伝えてやったら、男はひどく安心したように
「そうか、やっぱり幽霊だ。あれは幽霊なんだ」
なんて笑っていたよ。
いやはや、幽霊だったと喜ぶ奴がいるというのもおかしなものだが、自分だけが見えている幻覚じゃないと思えるだけで嬉しかったんだろうな。
幽霊が見えているというのと、自分の精神が歪んでいて幻覚が見えているというのとでは、後者のほうがそいつにとって恐ろしい事だったんだろう。
さて、男は幽霊が見えていた事に随分と安心していたようだが、実際のところ怪談話で幽霊が出て良かった事など早々あるようなものじゃない。
だから俺は念のため
「必用がないならこの場所にはあんまり来るんじゃない。見えていても、見えてないように振る舞った方がいい。向こうはおまえが見えているのに気付いたら何かしてくるかもしれない。幽霊というのは、そういうものだからな」
と、少しきつめに言い含めておいた。
俺は占い師なんだが、男と似たような考えでオカルト話を持ちこんでくる手合いも多かった。そういった人間の多くは幽霊に声をかけたら付いてくるようになったとか、見えるのを気にしていたら夜な夜な枕元に立つようになったなんて、気付いたから付いてきたというパターンが結構あったたものだから、それも含めて注意したってわけだ。
幸い、男は常連のところへ通うのもう終わりそうだという事だし、この場所を通らなくても生活に問題ないという話だった。だからもう関わらないと笑ってそう言っていたか。
きっと男は、自分以外にも誰かが幽霊らしい姿を見ている、その安心感が欲しかったのだろう。
俺と別れた時は随分と清々しい顔をしていたよ。
だが、安心もあったのか油断をしていたんだろうな。
俺の所に電話がかかってきたのは、それから一ヶ月もしないうちだった。
「すいません、どうも幽霊に取り憑かれてしまったようで、何とかなりませんか」
電話の相手は件の男だった。まったく、霊感がない占い師に何を頼んでるのだって話だが、どうしてそうなったのかは興味がある。それに、向こうは誰かに聞いてほしいのか勝手に話をつづけるから、とにかく聞いてやることにした。
幽霊らしい何かが見える。そしてそれは、特にこちらに害を与えてこないらしい。
安全な場所からなら、見ていても大丈夫だろう。
そう思ったらムクムクと好奇心が沸いてきたのか、男は常連客の元へ行くたびに女を観察していたようだ。
電車を待つ間、休憩のため近くの喫茶店から様子を窺っていれば俺の言う通り、何人かの人間は彼女を避けて通る。そして時々は彼女に気付いて怪訝な顔で見る奴もいる。
そんな風に遠目で観察をつづけていたところ、ふとある時、自分と同じようにその幽霊を観察している風の男がいることに気付いたそうだ。
自分と同じように人の流れを目で追いかけて、彼女の方へと視線をやる。その姿を見て、あの男もきっと自分と同じものを見ているのだろう。彼女の姿が見えていて、他にも見えている人間がいないかどうか探しているに違いない。
そう思ったら、急に話しかけたくなってみたらしい。
男が自分と同じものが見ているのか確かめてみたかった、そういう気持ちもあったんだろうな。
だけど、どう話しかけたらいいものか。あそこの女が見えてますか、と話してみるのもおかしい気がする。だが今のチャンスを逃したら、次は会えないかもしれない。
そうして戸惑っているうちに、向こうから話しかけてきたそうだ。
「失礼ですが、あなた、見えてますよね。彼女のこと、見えてますよね」
念を押すように言われ、あぁ、やっぱりこの人も見えていたんだな、と思って安心したような気持ちになってね
「えぇ、見えてます。ひどく痩せた白いワンピースの女の人、あなたも見えてるんですか」
そういったら、男は何度も頷いて。
「見えてますか、あの人ですよね。ほら、あの、女の人」
男は指さし確かめるから、あぁその通りあの女性だと言おうと思い振り返れば、それまでずっと遠くにいた件の女がすぐ隣に立っているというのだ。
痩せた身体に不釣り合いなほど大きな目は赤黒く染まりそこが目玉なのか空洞なのかわからない。吐息がかかるほど近いのに息がかかる様子もなく、近くにいるのにまるで隣に氷でも積まれたようにひんやりとしているのだ。
ただ、そばにいる、ぎょろりとした目は強い憎悪が見え、恐ろしくおぞましかった。
それでようやく、男はやはりこの女が異質で異様な存在だと。本当の幽霊だという事に気付いたそうだ。
決して安全な存在ではない、恐ろしく危険な存在なのだとも。
恐怖と不安とから、見えているかと聞いた男に助けを求めようとするが、男を見ればすでに姿はない。ただ遠くへ逃げ去る背中だけを見て、男はようやく気がついた。
あの男はきっと、この幽霊に見つかったのだ。
そして自分のかわりに、彼女が見えている誰かを差し出そうとしたのだろうと。
自分はそれに気付かずに、つい男に話しかけた。
この幽霊は今まで。あの男を見ていたから害がないように見えていただけなのだ。
もうコチラに気付いてしまったから、自分はもう逃れられない。
女はじっと男を見据え、その駅から離れるまでずぅっと傍に付いてきた。
幸いといえばいいのか、女はその場からあまり遠くにはいかないようで駅から離れてしまえばもう問題はない、家についてくる訳でもなく、枕元に立つなどといった霊障もないというのだがそれでも何とも気味が悪いのだという。
今のところはついてこないが、じきに家にまで来るのではないか。
そう思うと恐ろしいし、いずれ呪い殺されるのではと考え出したら気が気でないのだともいう。
「お祓いとかしたらいいんでしょうか」
最後はもう涙声だった。
俺は気が済むならそうすればいいとは言った。不用意に近づくなと忠告はしていたから、それを反故にしたのは向こうの責任だろう。
こっちで出来る事はない、その場にも行かなければいいとも伝えた。
「そうですよねぇ、結局それが一番なんですよね」
男は俺に話したら幾分か楽になったのか、少しは明るさを取り戻していた。
だけど最後に言った一言は、どうにも恐ろしく響いていたよ。
「それでも、もし女が来たら……あの人がしたのと、同じ風にすればいいんでしょうからね」
俺は何もいわなかったが、多分男はそうするだろうと思った。
だから、もうその駅には行ってない。
あの時は見えなかったが、次に行ったら見えていたら困るだろう。それでアイツに押しつけられるような面倒は絶対にゴメンだったからな。
あれから随分と時も立ったし、都心部の駅前は大規模な開発で随分と装いも変わっているんだろう。
男がどうなったのか、あの駅前に今でも幽霊がいるのか、もう俺にはわからないし確かめようとも思わないが……。
何にせよ、もしそういうのを見る事があったら見ないふりをしたほうがいい。
こっちの世界では、時に見ない、聞かない、知らないふりをするってのも身を守る手段になり得るというのは、この手の話が好きならば殊更に説明する必用もないだろう。
しかし、まぁ世の中恐ろしいのは幽霊じゃぁない、とはつくづく思うもんだよ。
俺の話はこれだけさ。
怪談話が好きであれば、賑わう街にぼぅっと立つ女の幽霊が出る話を聞いた事は一度くらいはあるんじゃないだろうか。
だから俺も、その話をしようと思う。
当時の俺は占い師をしていた。
とはいっても、趣味で始めた占いがやけに当たると評判になり占い好きの友人から占ってほしいという人間を紹介され、俺は足代と食事代くらいで占いをするなんて慈善事業みたいなもんで仕事と言えるようなものじゃ到底ない趣味の延長で気楽にやっていたんだがな。
占いってのをしているとオーラやスピリチュアルといったオカルトにも詳しいものだと思われるみたいで、時々「幽霊を見た」だの「呪いの品を見つけた」といったオカルト話を聞かされる事があった。
「幽霊みたいな女がいるんだが、どうしたらいいと思う」
俺にそんな話をもちかけてきたのは、以前占いをしてやった女の友人というやつで、俺からすると赤の他人だ。
周囲に幽霊を見た、という話をしたところ「占い師の知り合いがいる」「占い師ならオカルトに詳しいんじゃないか」といった具合で俺に連絡してきたらしい。
男は普段自社で営業と販売をしているのだが時々顧客の元へ直接出向いて自社製品のセットアップをする、といった仕事をしているらしくここ最近は常連の店舗に向かう事が多かったのだが、ある時常連の店がある最寄り駅に奇妙な女が立っている事に気がついたのだという。
長い黒髪でつばの広い帽子を目深にかぶった女だという。肌は白いというより蒼白で痩せぎす、長い髪は手入れがされておらずひどくボサボサで、白いワンピースは周囲からぼぅっと浮き出るように見え人混みの中でも彼女だけがやたらと異質に思えたそうだ。
最初は幽霊ではなく、正気を失った病人に見えたんだろうな。
突然大声をあげたり暴れ出したりでもしそうな危うい風体に思えたのだが、どうにも周囲は彼女を気にせず誰もが平気でその横を通り過ぎていくものだから、最初は頓着しない周囲の人間が奇妙に見えていたらしい。
ひょっとしたら、彼女はこの街で有名な存在なのだろうか。地元の人間は彼女が駅前にぼんやりと立つ理由を知っていて、だからこそ見て見ぬふりをしているのだろうか。そんな風に思ったから、常連の客に聞いてみた。
「駅前に白いワンピースを来た女性がいたんですけど。あの人、いつもあそこにいるんですか」
って当たり障りのない感じでな。
だが常連客は首を傾げ
「白いワンピースの女性、いやぁ知らないね。見た事がない。いつもいるのかい」
なんて逆に問いかけてくる。
男が常連のところへ来る時間はまちまちで、午前中に行く事もあれば午後に行く事もある。帰りの時間はおおむね夕方頃だが、男はだいたい駅で彼女の姿を見ていた。
それを伝え、さらに詳しい容姿を伝えても
「知らないねぇ、見た事がない。おまえは知ってるか」
なんて、フロアにいた他の仲間にも聞いてみるが誰も知らないというから、男はいよいよそいつは幽霊に違いないと思うようになったそうだ。
そうなると、もう気が気じゃない。あれは自分だけに見える幽霊なのか、他にもちゃんと見えている人間がいるのか日に日に不安が募るから、とにかく駅に来て一緒に確認してほしいなんて俺に頼んできたわけだ。
正直随分と面倒な話だと思ったね。
何せ俺は占い師だが霊感の類いは一切ない。生まれてこのかた幽霊は一度だって見た事ないから連れて行かれても男が見ている幽霊を見る事はまず無理だろう。
俺は霊感はないということ、もし俺を連れていっても絶対に見えないからやめておけとは伝えたんだが、向こうは何としても付いてきてほしいと言う。
何でも他の友人たちははなっから馬鹿にして見に来てはくれないし、かといって仕事の同僚にも頼めない。もう誰に頼んでいいかわからないから、何とかならないかという話だった。
本当に、誰でもいいから確かめてほしくて必死というところだったんだろうな。
俺もどうせ見えないなら別にいいかと思ったし、怖い話も嫌いじゃない。後々にこうした話の種になるかもしれないと思い、件の駅へやってきたという訳だ。
場所はそう、首都圏でもわりと静かな住宅街が立ち並ぶ何ら変哲もない街だったよ。
駅前は人通りもそれなりだが拍子抜けするほどのどかな風景だ。おまけに昼下がりで、タクシーが退屈そうにトロトロと運転している。おおよそ幽霊なんざ出そうにない町中の一角を指さすと、男は小声で俺に告げた。
「いるだろ、あの時計がある下のあたりにワンピースを着た痩せぎすの女がさ」
指さした方を見たが、そこには行き交う親子連れやらカップルの姿こそあれど立ち尽くす女の姿はない。だが男は真っ青な顔をして怯えたような様子から嘘を言ってるようには見えない。
俺が「悪いが何も見えてない」「オマエの言うような女が立っている様子はない」と素直に告げるとそいつは非道く落胆したようで、がっくりその場に項垂れてみせた。
それからひどく嘆いてね。あれは自分だけが見える幻覚なのか、自分は頭の病気なのかもしれない、仕事のストレスで頭がおかしくなったんだと、急にメソメソしだしたんだ。
俺は男があんまりに悲しそうにしているのが気の毒になったのと、少しばかり気になる所もあったから「でも、少し確認したいことがある」と告げてもう暫く周囲を観察してみる事にした。
実のところをいうと、男が言う時計の下に少しだけ違和感を抱いていたからそれを確かめたいというのもあったんだよ。違和感というのは人の流れで、男が言う時計の下は別段通りにくいようには見えないのに何故だか人が避けていくように通っているから、それがおかしいと思ったのさ。
だから暫く眺めていると、やっぱりそこは人が避ける。
中には明らかに人を避けるよう進路を変えて歩く奴もいるし、時折に男が指した方をじっと見るような奴もいるんだ。
最もこれは俺が男から「女が立っている」というのを聞いているからそのように見えただけだとも思うが、それでも10人いれば1、2人はそのような動きをするのだからただの偶然にしては出来すぎている。
それに、あまりに落胆する男を少しでも慰められればいいとその時は思ってね。
「俺には見えないが、あの周辺を避けて通る奴がいるのは確かみたいだ。それに、向こうに座ってる男はしきりにオマエの言う場所を気にしているようにも見える。おまえだけが見えているって訳でもなさそうだな」
暫く見ていた通りの事を伝えてやったら、男はひどく安心したように
「そうか、やっぱり幽霊だ。あれは幽霊なんだ」
なんて笑っていたよ。
いやはや、幽霊だったと喜ぶ奴がいるというのもおかしなものだが、自分だけが見えている幻覚じゃないと思えるだけで嬉しかったんだろうな。
幽霊が見えているというのと、自分の精神が歪んでいて幻覚が見えているというのとでは、後者のほうがそいつにとって恐ろしい事だったんだろう。
さて、男は幽霊が見えていた事に随分と安心していたようだが、実際のところ怪談話で幽霊が出て良かった事など早々あるようなものじゃない。
だから俺は念のため
「必用がないならこの場所にはあんまり来るんじゃない。見えていても、見えてないように振る舞った方がいい。向こうはおまえが見えているのに気付いたら何かしてくるかもしれない。幽霊というのは、そういうものだからな」
と、少しきつめに言い含めておいた。
俺は占い師なんだが、男と似たような考えでオカルト話を持ちこんでくる手合いも多かった。そういった人間の多くは幽霊に声をかけたら付いてくるようになったとか、見えるのを気にしていたら夜な夜な枕元に立つようになったなんて、気付いたから付いてきたというパターンが結構あったたものだから、それも含めて注意したってわけだ。
幸い、男は常連のところへ通うのもう終わりそうだという事だし、この場所を通らなくても生活に問題ないという話だった。だからもう関わらないと笑ってそう言っていたか。
きっと男は、自分以外にも誰かが幽霊らしい姿を見ている、その安心感が欲しかったのだろう。
俺と別れた時は随分と清々しい顔をしていたよ。
だが、安心もあったのか油断をしていたんだろうな。
俺の所に電話がかかってきたのは、それから一ヶ月もしないうちだった。
「すいません、どうも幽霊に取り憑かれてしまったようで、何とかなりませんか」
電話の相手は件の男だった。まったく、霊感がない占い師に何を頼んでるのだって話だが、どうしてそうなったのかは興味がある。それに、向こうは誰かに聞いてほしいのか勝手に話をつづけるから、とにかく聞いてやることにした。
幽霊らしい何かが見える。そしてそれは、特にこちらに害を与えてこないらしい。
安全な場所からなら、見ていても大丈夫だろう。
そう思ったらムクムクと好奇心が沸いてきたのか、男は常連客の元へ行くたびに女を観察していたようだ。
電車を待つ間、休憩のため近くの喫茶店から様子を窺っていれば俺の言う通り、何人かの人間は彼女を避けて通る。そして時々は彼女に気付いて怪訝な顔で見る奴もいる。
そんな風に遠目で観察をつづけていたところ、ふとある時、自分と同じようにその幽霊を観察している風の男がいることに気付いたそうだ。
自分と同じように人の流れを目で追いかけて、彼女の方へと視線をやる。その姿を見て、あの男もきっと自分と同じものを見ているのだろう。彼女の姿が見えていて、他にも見えている人間がいないかどうか探しているに違いない。
そう思ったら、急に話しかけたくなってみたらしい。
男が自分と同じものが見ているのか確かめてみたかった、そういう気持ちもあったんだろうな。
だけど、どう話しかけたらいいものか。あそこの女が見えてますか、と話してみるのもおかしい気がする。だが今のチャンスを逃したら、次は会えないかもしれない。
そうして戸惑っているうちに、向こうから話しかけてきたそうだ。
「失礼ですが、あなた、見えてますよね。彼女のこと、見えてますよね」
念を押すように言われ、あぁ、やっぱりこの人も見えていたんだな、と思って安心したような気持ちになってね
「えぇ、見えてます。ひどく痩せた白いワンピースの女の人、あなたも見えてるんですか」
そういったら、男は何度も頷いて。
「見えてますか、あの人ですよね。ほら、あの、女の人」
男は指さし確かめるから、あぁその通りあの女性だと言おうと思い振り返れば、それまでずっと遠くにいた件の女がすぐ隣に立っているというのだ。
痩せた身体に不釣り合いなほど大きな目は赤黒く染まりそこが目玉なのか空洞なのかわからない。吐息がかかるほど近いのに息がかかる様子もなく、近くにいるのにまるで隣に氷でも積まれたようにひんやりとしているのだ。
ただ、そばにいる、ぎょろりとした目は強い憎悪が見え、恐ろしくおぞましかった。
それでようやく、男はやはりこの女が異質で異様な存在だと。本当の幽霊だという事に気付いたそうだ。
決して安全な存在ではない、恐ろしく危険な存在なのだとも。
恐怖と不安とから、見えているかと聞いた男に助けを求めようとするが、男を見ればすでに姿はない。ただ遠くへ逃げ去る背中だけを見て、男はようやく気がついた。
あの男はきっと、この幽霊に見つかったのだ。
そして自分のかわりに、彼女が見えている誰かを差し出そうとしたのだろうと。
自分はそれに気付かずに、つい男に話しかけた。
この幽霊は今まで。あの男を見ていたから害がないように見えていただけなのだ。
もうコチラに気付いてしまったから、自分はもう逃れられない。
女はじっと男を見据え、その駅から離れるまでずぅっと傍に付いてきた。
幸いといえばいいのか、女はその場からあまり遠くにはいかないようで駅から離れてしまえばもう問題はない、家についてくる訳でもなく、枕元に立つなどといった霊障もないというのだがそれでも何とも気味が悪いのだという。
今のところはついてこないが、じきに家にまで来るのではないか。
そう思うと恐ろしいし、いずれ呪い殺されるのではと考え出したら気が気でないのだともいう。
「お祓いとかしたらいいんでしょうか」
最後はもう涙声だった。
俺は気が済むならそうすればいいとは言った。不用意に近づくなと忠告はしていたから、それを反故にしたのは向こうの責任だろう。
こっちで出来る事はない、その場にも行かなければいいとも伝えた。
「そうですよねぇ、結局それが一番なんですよね」
男は俺に話したら幾分か楽になったのか、少しは明るさを取り戻していた。
だけど最後に言った一言は、どうにも恐ろしく響いていたよ。
「それでも、もし女が来たら……あの人がしたのと、同じ風にすればいいんでしょうからね」
俺は何もいわなかったが、多分男はそうするだろうと思った。
だから、もうその駅には行ってない。
あの時は見えなかったが、次に行ったら見えていたら困るだろう。それでアイツに押しつけられるような面倒は絶対にゴメンだったからな。
あれから随分と時も立ったし、都心部の駅前は大規模な開発で随分と装いも変わっているんだろう。
男がどうなったのか、あの駅前に今でも幽霊がいるのか、もう俺にはわからないし確かめようとも思わないが……。
何にせよ、もしそういうのを見る事があったら見ないふりをしたほうがいい。
こっちの世界では、時に見ない、聞かない、知らないふりをするってのも身を守る手段になり得るというのは、この手の話が好きならば殊更に説明する必用もないだろう。
しかし、まぁ世の中恐ろしいのは幽霊じゃぁない、とはつくづく思うもんだよ。
俺の話はこれだけさ。
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