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インターネット字書きマンの落書き帳

   
逃亡するカズについて行った世界線の荒井(カズ荒)
どこかの世界線で、カズとともに行く事にした荒井の話をします。
(挨拶を込めた幻覚の説明)

カズは荒井を連れていこうとしないし、荒井はカズについて行こうともしない。
だが、カズと出会ってしまいその思いを身体に刻まれてしまったから、もう元の価値観に戻れない残された男という概念もとても好きなんですけどね。

どこかの世界で残されず、どこかの世界で果てまで逃げて。
それから、ゆっくりと二人だけの世界に閉じこもるようなこともあるんじゃないかなぁ。

そんな事を考えながら、カズについて行く荒井の話を書いてみました。

存在したかもしれない、だが存在しなかった世界。
二次創作は自分の煩悩を吐き出す業だぜ!



『それはきっと、死ぬのと同じこと』

 静寂を切り裂くように警笛が鳴り響く。鼓膜を突き破り脳髄を直接震わせる激しい音に当てられ、荒井はようやく目を覚ました。
 どうして起こすんだ、まだ眠っていたいのに。僕はとても疲れて眠いから、この温かな日だまりのような場所で揺られていたかったのだ。ずっと永遠に覚める事もなく、夢も見ないまま眠っていられたらどんなにか幸せだったろう。
 そんな思いを抱き閉じたままでいる荒井に起きろと急かすよう、誰かが肩をしきりに叩く。  誰だ、随分と不躾だ。文句の一つくらい言ってやろうか。
 苛立ちを募らせ目を開ければ、帽子を目深に被った駅員が無言のまま手をこちらへむけていた。その仕草で、すぐに切符を催促されている事に気付く。
 今どき列車内で切符を見せるよう求めるとは、とんだ田舎に来てしまったのだろうかと思う。列車の中で切符を見せるなど映画や小説の中でしか見た事のない事だとも。
 最近はどこの駅でも自動改札機が当たり前になり、さらにキャッシュレス化も進んでいる。荒井は学校が徒歩圏内にあるから定期券はもっていなかったが、駅を使う時は専用のICカードを使っているから切符など久しく買った記憶はない。
 さて、一体どこに切符を押し込んでしまったものか。鞄か、それともポケットか。寝ぼけ眼で慌てる荒井を駅員は訝しげに見ている。
 学生のようだが、まさかキセル乗車ではあるまいな。
 無言ではあったが駅員の視線からは強い疑いの色がうかがえた。
 どうしよう、早く探さなくては。このまま切符が見つからなければ、下手なことをして警察沙汰になったら面倒だ。
 慌てて鞄を探す荒井の横から白い手が伸びる。青白い指先には二枚の切符が握られていた。

「切符です、どうぞ。彼は僕の連れですから」

 涼しい静かな、だがはっきりと通る声で告げたのは隣に座るカズだった。
 どうしてカズさんがこんな所に。僕の隣で座って、僕の切符を預かってくれているのだろう。
 驚きと戸惑いのなか、これまで彼と歩んだ道がぼんやりと思い出された。
 暗がりで布がこすれる音。少ない荷物をまとめ、一人出て行こうとする影。周囲から隔絶されろくすっぽ灯りもないその部屋は真の闇にあり動き出すには勇気が要ったが、暗闇へ進む恐怖より寝たふりをしている合間に彼が永遠に失われる方がよほど怖かった。
 だから、声をあげた。起き上がって、荷物も持たず走り出した。闇の中で足音だけを頼りに、置いて行かれないように必死になって。
 荒井の頭がずんぐりと痛む。この時の記憶はひどく曖昧だ。息を切らして走り出し風を切る感覚も、身体にまとわりつくよう滲む汗も、灯りもない道を音だけを頼りに走った時にできた草葉に肌を切られ傷の痛みも、まるで全く別の自分がしている姿を後ろから眺めていたような感覚しかないからだ。
 駅員は切符を確認すると、駅帽のつばを上げ小さく一礼すると隣の車両へ消えていく。
 隣にスあるカズは、戻された切符をしばらくみつめていた。

「カズさん……」

 どうしてここにいるのですか。
 胸に抱いた疑問はすぐにかき消える。
 何でそんな事を思うんだ。隣にいて当然じゃないか。僕は全てを捨て、この人と一緒にいることを決めたのだから。その先でカズさんに殺されたとしても、僕は全てを納得し受け入れる事に決めたのだ。
 荒井は静かに目を閉じると、カズと出会った牧場の風景を思い出していた。
 人もまばらな寂しい田舎町をさらに山奥へ進んだ場所に突如現れた古めかしい建物。中に集まるのはむくつけき男ばかりで、皆一様に人に言えぬような過去を負っていた。働く者の多くは明らかに本名ではない名で呼ばれ最初はそれがひどく恐ろしい事に思えたが、彼らの殆どは気のいい男たちだった。
 人なつっこく豪快に笑い、よく食べよく酒を飲む。仕事をサボっている事もあるが、今日一日の分担を終わらせる事ができないような人間は一人もいなかった。職人気質のような頑固さや、ある種の真面目さをもっている人bかりであったが、それでも彼らはどこか社会に馴染めぬような雰囲気を漂わせている。
 それは身なりに無頓着なのもあったろうし、不躾な事を軽率に口にするような性分もあったろう。昭和の価値観をそのままにし、些末な事で声をあらげ喧嘩にまで発展するような短気さも、法律など知らんといった様子で未成年である荒井にまで日本酒を注ぐ非常識な行動も、何に対しても潔癖で高い質を求められる今の世の中にはそぐわない風に思えた。
 世間は厳しい。普通だとか常識という言葉を武器に、それに馴染めぬものを責め立て見下し追いやっていく。
 差し詰めあの牧場は追いやられた人間たちが集まり衣食住を得られる砦の一つだったのだろう。
 そんな、見るからに荒くれ者が多い中でもカズは涼しい顔をして、ただ黙々と仕事をしていた。いつも物静かで多くは語らず、誰かとなれ合い軽口を叩くような事もない。あの場で誰よりも冷静で誰よりも落ち着いており、誰よりも優しい声色で丁重に接してくれるのだが、誰よりも人と距離を置いていた。その癖に荒井のことは心の中までお見通しだと言わんばかりの目で見つめ、実際全てわかっているような素振りを見せて、荒井の心を揺さぶるのだ。
 僕に興味があるんだろう、荒井くん。
 カズの目はいつしかそうとでも告げるよう、荒井の姿を捉えていた。
 そうです、僕は貴方を美しいと思っています。その目も、唇も、蝋のように白い肌も、美しくそして愛おしい。だからこそ、僕は貴方をどうしていいのかわからないのです。
 荒井は自分の胸に触れ、湧き上がる思いを抑える。
 カズに対して抱いた感情の正体を、荒井は未だに理解できずにいた。
 冷静で思慮深く、立ち振る舞いに知性を感じながら、どこか影を引きずるカズの姿はどこか退廃的で、だからこそ美しい。
 自分は、彼の美しさに触れその高い芸術性に感動しているだけなのだろうか。美しさを愛でる気持ちと、彼に対する興味や好奇心を好意と取り違えているだけなのだろうか。
 それともこれこそが、愛して恋をするという思春期の心なのだろうか。カズに対して恋慕の情を抱いた結果、その熱に囚われ浮かれた気持ちが先立って眼が曇っているだけの、一時の熱病にすぎないのだろうか。
 いや、愛だの恋だのではない。自分はカズを前にのぼせ上がったような熱を抱いてはいないのだから。
 そう思いたい所だが、きっとそれは逃げているだけだ。
 カズに何かしてあげることが出来たのなら良いと思う自分がいた。自分の存在がカズの足を引っ引っ張る事になったり足手まといになるのなら、早く自分を捨ててくれとも思う。
 カズの邪魔はしたくないが、カズが自分を必用とするなら彼に寄り添いそばにいたいと思う。求められるのなら、カズのためなら何だって差し出すつもりでいた。
 カズに死ねと言われたら、きっと喜んで死んだだろう。
 殺さないが痛め付ける。死なない程度に身体をじわじわと刻まれるのだとしても、喜んで身体を差し出せる。
 カズがそれで満たされて幸せになれる時間が一瞬でもあったのなら、自分の命はそれでいい。
 もちろん、カズに身体を求められたら、躊躇なく服を脱ぎ溺れる程に抱かれても決して抵抗はしなかったろう。
 身体を結ぶ事に抵抗を抱かないのなら、それは愛と言えるのかもしれない。
 だがやはり、愛しているという言葉は自分とカズの間には相応しくないように思えていた。
 愛する時に沸く激情は荒井の中に存在しない。恐らくだが、カズの中にも無いだろう。カズのそばにいられるのは嬉しいが、カズがもしそばに来るな、二度と自分の前に現れるなと命じたのなら、荒井はきっとそのようにする。
 諦めるとは違うが、彼に拒まれるのならそれも受け入れる覚悟はある。
 愛することはある種の執着であると、以前誰かが語るのを聞いた。そうだとすれば、自分はカズにそこまで深い執着をしているのだろうか。
 理想の男。聖域のような存在。ある種の信仰を抱かせる立ち振る舞いをするカズへの思いに一番近い言葉を強いてあげるのなら、恐らくそれは敬愛か。あるいは畏怖なのかもしれない。
 荒井がそんな思いを胸に抱いている事など知らず、カズは切符をむけた。

「はい、これ。荒井くんも切符をもっていたほうがいいだろう。今みたいに確認をしにきたら困るだろうから」
 
 荒井は静かに頷いて、古めかしい切符を受け取る。
 水たまりにでも落としたのか、切符の文字は滲んでいて、この電車が何処から出て何処を走り、そして何処に行くのか見当も付かない。普段の荒井なら少し切符を観察すればおおむねの推理も出来たのだが、今日は頭が回らなかった。
 きっと疲れているからだろう。あるいは隣にカズがいるのだから、安心し気が緩んでいるのかもしれない。
 窓へ目を向けるとどうやら山中を走っている最中のようだ。車窓からは強い西日が差し込み、カズの姿を赤く染めている。白い肌は朱色に塗られ、普段よりいっそう妖しく見えた。
 やはり、美しい人だと思う。
 そしてどこか危うい人だとも思う。赤く染まった彼の肌は、今まで彼が浴びてきた血の色のようにも思えた。
 カズの周りにはいつも、この世界とは隔絶されたような気配が漂っている。
 それはカズ自身が世界を拒絶し、死に焦がれているからなのかもしれない。それとももっと他にカズには語られず隠された理由があるのかもしれない。
 心の奥底を見せようとしないカズの真意を察する事が出来なかったから、だからこそ荒井はカズを慕っていた。
 荒井の知っているカズは牧場で黙々と仕事をし、周囲とは距離を置き、荒井とともにトマトやスイカを盗み、タチの悪い悪戯をして笑い荒井のような子供をからかって見せる。
 心を閉ざし誰も近寄らせないようなカズも、悪戯っこのように純粋に笑うカズも、どちらも同じカズであるからこそ、ますます彼の心がどのように揺れ動き、そしてどのように凍えていったのか、荒井は想像できずにいた。
 彼の本心はどこにあるのか。彼が死に執着する理由が本当に語られた言葉だけなのか。彼が生きる理由になる事はできないのか。
 許されるのであれば荒井は、カズの生きる理由になりたかった。
 それが傲慢であるのなら、カズが死ぬ時傍らで一緒に毒があおれれば良いと思っていた。
 そうだ、だから自分は彼とともにいるのだ。彼に寄り添い、彼に並んで、今度こそ彼をひとりぼっちにしないように。
 自ら死を選ぶなど、きっと馬鹿げた事だろう。
 自殺するまえに出来る事があったはずだと誰かが言う。自殺する前に、もっと楽しい事や面白い事と出会えていれば良かったなどと言うものも。誰かが寄り添い声をかけていれば助かっていたのではないかと、そう思う者もいるだろう。
 カズに出会う前だったら、荒井もそう思っていた。
 世界には興味の尽きぬ知識が溢れる程あり、まだ解き明かされてない謎がある。それ知らぬまま死ぬなど、せっかく知性を貪って生きていける立場を得たというのにあまりにも惜しいだろう。そう思っていたし、少しでも長生きをしていればまだ世に出ていない研究や発見が現れ、それについて深く知る事で新しい世界を覗いてみたいと、強く思っていたからだ。
 だが荒井は、カズと出会ってしまった。
 彼と出会い、彼と言葉を交わし、彼の心に触れ、そして理解してしまったのだ。
 恥の多い生涯を積み重ねる前に、愛しく美しいと思った人とともに死ぬ方がきっと自分には似合いなのだろうと。そうして自分とカズの二人で終わりを迎える事ができたら、それこそが幸せだ。
 カズが自分の人生に欠けたパーツの一つであり、荒井の生は彼を受け入れる事でやっと完成することができる。
 そんな気がしたからこそ、荒井はカズを追いかけた。今度こそ、二度と、もう放さないように。
 ぼんやりとカズの横顔を見つめていれば、視線に気付いたのかカズは黙って荒井の肩を抱き寄せる。華奢な身体に見えたがその手は大きく、蝋のような白い腕には確かな温もりがあった。その温もりにもっと触れていたくて、荒井は自然と身体を預ける。
 カズはそれを押しやるでもなく、黙って車窓を眺める。目まぐるしく景色は変わるがよほど田舎を走っているのか、どこまで行っても山道が続き、赤々とした夕日により深い影を落としていた。
 荒井は手にした切符を見る。切符の片端は桜の花びらのように切られており、荒井はそれは改札鋏で切られた痕なのだろうと思った。
 日本の駅はどこも自動改札になっていると思ったが、改札口に立つ駅員がまだいるものだろうか。少し思案すると同時に頭がずんぐりと重くなり、考えるのも億劫になる。

「荒井くん」

 荒井の顔を、カズが心配そうにのぞき込む。 美しい瞳の中に、荒井の姿だけが映されていた。

「ずっと、黙っているね。疲れているのかい」

 どうだろう、疲れているのだと言われればそう思う。だが、カズに心配をかけたくはない。

「いいえ、大丈夫です。カズさんがそばにいてくれるから、安心したんだと思います」

 実際、荒井は安心していた。目の前にカズがいて、カズの手にふれ温もりを感じられるこの時間だけ、洗いは生を実感できる。
 そして思うのだ。目が覚めた時、カズが隣にいなかったとしたら自分はどうなっていただろうと。カズが死に、自分だけが生き残る世界に放り出されたのだとしたら、それからどう生きていけばいいのだろう。
 だからどうかお願いです、カズさん。二人で一緒に死ねるよう、必ず同じ毒を同じだけ飲ませてください。カズさんだけが死に僕が残るのも、僕だけが死にカズさんだけが残されるのも、僕は望んでいない。
 僕たちは、二人で一人、それで完成るのです。
 そんな事を告げたらカズは困るだろうか。重たい男だと突き放すのだろうか。

「そう……」

 カズは車窓へ目を向ける。すでに日は落ちており、街灯のない外の景色はただ暗く黒いばかりだった。

「……荒井くん、これで良かったのかい」

 窓を見ながら、カズは言う。
 夜中、こっそり抜けだそうとするカズの気配に気付いた荒井は着の身着のままで後を追った。そして必死にすがりつき、連れて行ってくれと願った。カズは困った顔をしたが、荒井を突き放す事もなく、二人で夜道を並んで歩く。
 僕は人殺しだよ。
 歩いている最中、カズは言った。
 理由がどうであれ、僕は人殺しだ。家族も、出会った人も、みんなこの手にかけてきた。だからきっと、君のこともそうすると思う。
 そうとも言っただろう。
 だが荒井は黙って隣に並び、それから片時もそばを離れなかった。少しでも目を離せばカズはきっと煙のように消えてしまう。それは死ぬよりもずっと、恐ろしい事だったのだから。
 荒井は笑うと、優しくカズの手を握る。

「これで良かったのではありませんよ、カズさん。僕は、これが良かったんです」

 その言葉を聞き、カズは無言のまま荒井の手を握り返す。
 そうだ、これでいい。これが望んでいた結末だ。ようやく、間違えずたどり着く事ができたのだ。 行き先もわからぬ列車の中、二人の手は強く硬く結ばれる。 ふれ合う肌の温もりだけが、荒井の求めた世界の全てであり、答えでもある。

 このまま行こう、どこまでも、誰も知らないどこかへ。そして、誰にも手の届かないどこかへ。
 それはきっと、死ぬのと同じ事だから。

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HN:
東吾
性別:
男性
職業:
インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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