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インターネット字書きマンの落書き帳

   
タテノとサクラと謎の地図(創作)
オリジナルの作品を描きました。(挨拶)
同級生でゲームオタクの男女コンビ、タテノとサクラの話です。
この話はだいたい、ストレイシープというコーヒーショップでダラダラと話をしながら小さな事件? を解決するようなストーリー。

今回は、「恋人が夜中に散歩に出るがその理由を何もいわない」なんてお悩みをもつ女性の疑問をゲームが好きでダラダラしているタテノ青年とゲームが好きでダラダラしているサクラさんが解決いたします。

マイペース男女バディのダラダラ日常ちょっとした謎解きなどお楽しみください。



『タテノとサクラと謎の地図』

 俺、こと桜井達乃が友人である館野サクラと連れ立って行きつけのコーヒーショップであるストレイシープのドアを開ければマスターが新聞紙ほどの大きさをした紙を開き腕組みしながらそれを凝視していた。

「マスター、俺はアイスカフェオレを」
「あたしはコーヒーフロートねー」

 カウンター席に並んで座ると俺たちはいつも頼んでいるメニューを注文する。 するとマスターはようやく客に気付いたといった様子で顔をあげると愛想よく笑って見せた。

「あぁ、タテノくんとサクラくんいらっしゃい、すぐ作るからね」

 慣れた様子でグラスを二つ準備するが手元に開かれた紙をしまおうとはしない。
 店に入る時は軽やかなドアベルの音がしていたはずだが俺たちが近くにくるまで気付かないとは、よほど考え込んでその紙を見つめていたのだろう。

「ねーねー、マスターなに見てたの? 難しい顔してたけど」

 サクラもマスターが見ていた紙に興味を抱いたのだろう、カウンターからのぞき込むと開いた紙を自分の方へと引き寄せた。
 見ればそれはどうやらこの周辺を記した手書きの地図であり、公園やコンビニなど道ぞいには転々と赤いマーカーがつけられている。

「これ、手書きの地図か? 見る限りこのあたり一帯の地図みたいだな」

 ストレイシープの最寄り駅周辺を記したらしい手書きの地図は近所にする俺やサクラにも見覚えがある道だった。
 マーカーがつけられているのは駅前のコンビニであるファミリーマートや吉野家あたりだ。駅前ならローソンもセブンイレブンもコンビニならいくつかあるのだがファミリーマートというのは何故だろう。デザートがイチオシだというのなら非常にわかる、ファミリーマートのデザートはコンビニのなかでも至宝といっていいかだ。
 だがマーカーはそのようにわかりやすく店舗がある場所だけではなく、一見すると何も無いような道沿いにも転々とつけられているのは気になった。大通りから一本奥に入った道にも何カ所かマーカーでチェックされているがそこは閑静な住宅街であり目立った建物はないはずだ。

 それに、ファミリーマートや吉野家にはチェックがついてるのにご近所の主婦たちが一番に集まる大型スーパーマーケットには何のチェックもつけられてないのは不思議だ。
 最もそれを言うならばセブンイレブンやローソンにチェックが入っていないことも、吉野家にはマーカーがついているのにすき家や松屋にチェックされてないのも謎だ。すき家は駅前からやや外れたところにあるから道順から離れているだけかもしれないが、松屋のほうは吉野家のはす向かいにある。

「何だこの地図? マークされてる所がえらく偏ってるなァ」

 俺が率直な感想を口にすればマスターは笑いながら俺の前へアイスカフェオレを置いた。

「実はそれね、今日店に来てくれたお客さんの話を聞きながらぼくが書いたんだよ。最近付き合ってる恋人が夜中に一人で外出するから妙に思って後をつけたんだけど、いつもそのあたりで変な動きをするんだっていうから」
「変な動きってなに、マスター? この地点でブレイクダンスとかしてるとか?」

 サクラは地図を眺めながら間延びした声で問いかける。
 それは確かに変な動きだろうが、それだったら変な動きなんて漠然とした表現ではなく「路上でブレイクダンスをしている」とハッキリと告げるだろう。
 ボンヤリとそんなことを考える俺を前に、マスターは大げさなくらい手を振ってこたえた。

「いやいや、流石にそこまで変な動きはしないよ。何かそのあたりになると急に立ち止まってポケットに入れてたスマホを出すとやけに真剣な顔をして何かを確かめてるみたいなんだってさ。公園では誰もいないベンチ座って誰かを待っているような素振りも見せるらしいし、行くコンビニも途中にあるローソンやセブンイレブンをスルーして絶対にファミリーマートへ行くらしいんだよ。それをほぼ毎日繰り返してるてなると、ちょっと不思議だろ」

 それを聞いて俺は改めてマスターの広げた地図を見た。
 マーカー引かれた場所にわかりやすく何かがある場所にはマスターも「ファミリーマート」やら「吉野家」やら「ししざき公園」なんて場所をきっちりメモしてあるが路上に転々とつけられたマーカーの中にはそこに何があったのかもわからないような場所も比較的多いような住宅街や賃貸アパート、マンションなどが多い区画もある。
 また、俺の見る限りではマーカーが記された場所がっとえば50mごとの等間隔になっているとか、必ず信号機があるといった規則性のようなものは見られない。

「彼女さんが言うにはね、公園とここ、郵便局かな? このへんでは特に長居するみたいなんだけど別段に手紙を出すとかすいう様子はないんだって」

 マスターは丁字路にある郵便局を指さしながらそう説明した。
 確かにぱっと見て立ち止まる場所には規則性のようなものはなさそうだ。ある程度お互いの距離は開いているが、もっと非道く開いている所もあればやたらと近いところもある。

 「等間隔で間があいてるとかならわかるんだけど、すごく立ち止まる時もあれば全然立ち止まらない場所もあってね。規則性みたいなのは見いだせないんだ。だから余計に不思議だよね」

 マスターも俺と似たようなことを考えていたようで、サクラのコーヒーフロートを出しながら不思議そうに首を傾げた。

「ねぇマスター、さっきその人が夜中に出歩いているって言ったけど、どのくらいの時間にお外出てるのかなぁ。草木も眠る丑三つ時とか?」

 目の前に現れたコーヒーフロートのアイスをスプーンですくいながらサクラが聞けばマスターは優しく笑う。

「流石にそこまで遅い時間じゃないみたいだよ、ちょうど夜中の11時半頃からで午前零時半まえには戻ってきてるって。どんなに遅くなっても0時半より遅くなることは無いそうだよ」

 だとすると、だいたい30~40分くらいでこの道を歩いているのだろう。地図の道順を歩いているのなら距離的に見ても往復でそのくらいはかかりそうだ。同時にこの距離をそれだけの時間で歩ききるということは、他に寄り道はしてないのだろう。少しでも寄り道をしていたら、きっちりその時間には戻れないからだ。そのくらいの時間にはなりそうだ。

 出かけるのが23時というのはやや遅い時間だとは思うが、ここは都会と言っても差し支えない程度には賑わっている土地でもある。
 俺の故郷のように午後8時になればどの店も閉め人の気配などなくなり車すら通らなくなるような土地柄とは違うのだ。ちなみに、どんな飲み屋でも夜の9時には閉店する。

 そんな俺からすれば、この街は充分すぎるくらい都会である。
 駅前は賑わっており24時間チェーンファストフード店もあればコンビニだって多い。地図を見る限りこの人物は午前零時という遅い時間ながら目指しているのは駅前の比較的賑やかな区画だから安全な通路を選んでいるといえよう。
 流石に夜の公園でくつろぐようなことはしないが、俺だって家にいて課題などで煮詰まった時や夜食を買いにいく時は午前零時くらいなら一人で出歩くこともある。

「でも毎日の散歩なんだろ。ただの日課だと思えば特別変な事には思えないよなぁ。俺だって夜に夜食くらい買いに出るし、気晴らしにちょっと散歩くらいはするぜ」

 アイスカフェオレを飲みながら思った事を口にする。
 俺の言葉に同意するよう、マスターも大きく頷いた。

「ぼくもそう思うよ、この街は夜中の2時頃までなら開いてる個人店も多いし駅前なら朝方までやっている飲み屋だって結構ある。でも、彼女が言うにはそいつは毎日日課のように夜中の11時半頃に出かけて、午前零時過ぎに戻ってくる。決まったこの時間だってのはやっぱりおかしいって言い張るんだよ。もうちょっと早く戻ってこれるんだから、もっと早い時間に行けばいいのに、と思うみたいだね」
「へぇー、どうしても日付がかわる頃に散歩したいんだねぇ-。そんな夜に散歩しないでもっと明るい時間に歩けばいいと思う彼女さんの気持ちはわかるなぁー、やっぱり夜は視界が悪いしよからぬことを企んでる奴とかに鉢合わせしたら怖いもんねー」

 サクラは相変わらず間延びした声で言うとコーヒーフロートをかき混ぜた。
 たしかに、時々だったら別段不思議な行動でもないが毎日つづけているのなら多少変わった日課に思える。サクラの言う通り、ただの散歩なら明るくて安全な時間に行って欲しいと思うのもある意味当然の気遣いだろう。
 マスターも似たような事を思ったらしく、両手を組んで頷いた。

「彼女もそう思ったらしくて、何でそんな遅くに外に出るか聞いたみたいだ。だが曖昧に笑うだけではぐらかされてしまってね。だからこそ彼女は浮気で他の女に会っているんじゃないかとか、闇バイトに手を染めているんじゃないかとか色々と考えてこっそり後を付けたらしいんだよ。あ、この地図は後を付けた彼女が恋人が立ち止まったりスマホを取り出したりした場所をマーカーに記したヤツね」

 マスターは開いた地図を軽く叩くとそんな風に言う。マスターがいかにも突発で描いた地図だと思ったが、後を付けた彼女の話を思い出しながら記した地図だったようだ。
 それにしても彼女さんとやらは随分突飛な発想をするものだ。黙って出かけられるというのはそんなに不安を煽るものなのだろうか。それとも彼女の恋人はいかにも浮気をしそうなだらしない性格だったり闇バイト斡旋してそうな裏のつながりがありそうな行動が多いのだろうか。

「えー、それで尾行して行動をさぐるとかちょっと怖くないかなー。なにその恋人、カタギじゃないとかー?」

 俺が思っていたが口にはしなかった事をサクラは堂々と問いかける。
 そういう部分にデリカシーがないのはサクラが周囲から顔可愛いのに空気読めてない残念な子扱いされている理由の一つだろうが、その点が少し気になっていた俺からすると聞いてくれたのは有り難い。

「いや、ぼくは彼女の恋人を見た事があるけど悪い人そうには見えなかったかなぁ。むしろとっても真面目そうだったし、実際にけっこう厳しい家で育っていたんだって。歳は30歳を過ぎたくらいで、悪い事が出来るほど度胸がありそうには見えなかったよ。むしろ見た目だったら彼女の方が派手で豪胆に見えるかもね」
「なるほどだねー、昼は真面目そうな会社員。だが夜ともなると甘言で若人を惑わし犯罪へと走らせる悪の元締めだった……というストーリーを彼女さんは疑っていたわけだー」
「大げさだなぁサクラちゃんは。でも、要するにそういう事になるのかな。最も彼女さんは何度か後を付けてみたけど、このマーカーにあるあたりで立ち止まったりスマホ出したりするだけで他に変な行動はとってないみたいなんだけどね」

 さらりとマスターは言ったが、地味に「何度か」後を付けている事実は怖い。
 その彼女さんそこまで疑うならもっと本人に直接話を聞いた方が健全だと思うのだが、後を付けるのならもっと穏やかに話し合ってみたらどうだろうか。言葉を尽くさねば伝わるものも伝わらないだろうに。

「ふーん、毎日出かけるなんてマメだねー。あたしなんて食べ物がずーっと家にあれば一日中家にいれちゃうけどなぁ」

 サクラは笑いながらそういいながらスマホを取り出すと画面を見て「あぁそうだ」と何か気付いたようにアプリを立ち上げた。
 画面を隠す様子もないので見たくなくても画面は見えるが、立ち上げたのは「刀剣乱舞」というアプリゲームだ。
 現実にある刀剣に付喪神が宿り人間の青年から少年のような姿を得て歴史を改編する集団と戦うといった内容で、ゲームだけではなく映画や舞台、果ては歌舞伎まで幅広いジャンルへメディア展開をしている。
 登場人物に男性キャラが多いのもあってか女性人気の高いゲームなのは知っていたがサクラもプレイしているのは少し意外だった。イケメンよりサンショウウオのほうが好きだと思っていたからだ。

「あ、タテノあたしがイケメンの出るゲームやってるから意外だと思ったでしょー。アタシだって綺麗な顔をしている男のキャラを見るの好きだよー? 綺麗な顔の男って、心が癒やされるじゃなーい。イケメンとサンショウウオからはマイナスイオンが出てるからねー」

 どうやらサクラにとってイケメンはサンショウウオと同じ癒やし枠らしい。

「うーん、そういうもんか……」
「そういうもんだよー、心がデスバウンドしちゃうもん」
「デスバウンドしちゃうのか、それは死んでるな……」
「いつも心に殺すつもりのバウンドを抱いてないと、オタク街に出れば7人の敵がいるっていうしねー。それに、タテノだってあるでしょ? ポニーテールで赤毛の女の子を見るとSSRのキャラでなくても贔屓しちゃうとか」

 サクラの言葉で俺はカフェオレを吹き出しそうになる。
 確かに俺は赤毛やポニーテールのキャラに弱いしそういったキャラを見ると贔屓する癖が。いや、本能があるのだ。
 なるほど、そういうキャラを見ていれば明るく前向きに多少の嫌な事も忘れて没頭できる。これが、心がデスバウンドするという感情なら確かに俺にも理解でき……いや、そんなワケはない、デスはやっぱりいらないだろう。 心は弾むがデスはしない。

「だが、おまえが刀剣乱舞のアプリまで入れてるくらいハマってるとは思わなかったぜ」

 刀剣乱舞はもともとパソコンのブラウザ上で遊ぶゲームだった。それが後にスマホでも遊べるようサービスが追加されたのだ。なん事を知っているのは俺も流行っている時にどんなゲームだろうと思って遊んでみたことがあるからだ。
 基本無料の課金ゲームにはよくあるタイプの同じルーティーンを繰り返すタイプのゲームだが作業中に気張らしで遊ぶには丁度良いため俺も時々は開いている。
 だがあくまでパソコンで課題やら何やらの作業をするときの気晴らしでありスマホに入れてまでは遊んでいなかった。

「これね、実は前にバージョンアップして新しい機能が追加されたんだよー。お散歩機能っていってね、歩いた距離だけ特典がついて、ゲームでちょっと有利なアイテムとかもらえるんだー」
「お散歩……散歩機能か……随分牧歌的なアップデートだな」
「あはは、お散歩、あたしは好きだけどね。そういう風にのんびりした方が無理にあれこれやらされるより気が楽だもん。それでこのお散歩機能なんだけど、距離に応じてポイントがつくのさ。歩かなくても基本的に立ち上げてピンを刺すだけでポイントもらえるんだけどねー、今日はせっかく外に出たしちょっと歩いたから、ピンをさしてポイント貰おうと思ったんだ」

 サクラはスマホをタップして地図の上にピンを刺す。ピンはサクラの家に刺されたピンを直線につなぎ距離に応じていくつかのポイントを付け足した。
 その様子を見て俺ははっとし、マスターの描いた地図を自分へと向ける。

「ごめんマスター、ちょっとその地図見せてくれ」

 それからすぐに自分のスマホを立ち上げた。
 地図はこの店・ストレイシープの周辺にもいくつかマーカーがついているから確認するには充分すぎるくらいだろう。 暫く使わずにいたアプリを立ち上げ画面を眺めればやはり想像通りだ。
 この地図のマーカーはある法則で記されている。

「なるほど、マスター。俺、この人がどうしてこの道を通ってマーカーの周辺で立ち止まったのか。なんで夜の11時半頃に出かけて0時過ぎ頃に戻ってくるのかわかったよ」
「本当かいタテノくん。まさかこのマーカーには意味があったってことなのかな」
「意味はあったけど、浮気でも闇バイトといったご大層な意味ではなさそうだ。ホラ……」

 と、俺はそこでスマホの画面をマスターとサクラに見やすい位置へ置く。
 スマホには「ポケモンGO」の画面が広がっていた。

「えっと、これは何だろ。ゲーム?」

 ゲーム関連には疎いマスターは首を傾げて画面を見るが、ゲームに精通した訓練されしオタクであるサクラはすべて合点がいったような顔をして手をポンと叩いてみせた。

「あぁ、そっか。ポケモンGO! この地図でマーカーがついてるところ、ほとんどポケモンGOのポケストップになってる場所なんだ」
「ぽけす……ちょっと待って、何だって?」

 マスターはますます首を傾げて眉間にしわを寄せる。確かにゲームを全く知らない人からすると「何言ってんだおめーは」になるだろう。
 俺は画面をさしながらマスターのために説明をしはじめた。

「ポケモンGOは散歩しながら出てくるポケットモンスターを捕まえるゲームなんだよ。現実で存在する道を歩いてゲームの中に出てくるモンスターを捕獲し、仲間にしてコレクションしていくようなゲームっていえばマスターにもわかるかな」
「つまり、このゲームはゲームだけど現実世界とリンクしていて、現実世界で歩くとゲーム世界でも同じように移動できて、出てくるモンスターを捕まえられる……ってことかな。ゲームの世界でする昆虫採集みたいなコンセプトなのかい」
「その認識で大体オッケーかな。それでこのゲーム、特定の場所に行くと捕獲に有利なアイテムがもらえるんだ。ポケモンボール、昆虫採集でいうと虫取り編みや虫かごがもらえる場所があるって感じかな。そして、そのアイテムがもらえる場所っていうのが地図で彼女さんの恋人が立ち止まった場所と一致してるってこと。だからたぶん、この人はポケモンGOでポケモンを捕まえるため、そしてアイテムを手に入れるためにあちこちで立ち止まってる……それが、一見すると変わった場所で立ち止まる理由だと思うよ」

 俺は可能な限りポケモンGOに出る地図を広域化して目の前の地図と見比べる。
 公園やコンビニという目立った建物の他、一件に何もなさそうな道路もポケモンGOの世界ではお地蔵様が置かれていたり何かしらの石碑がひっそりと置かれているポケストップと一致していた。
 これなら他にもコンビニが並んでいるのにファミリーマートにだけ入る理由もわかる。いまポケストップとして企業提携しているコンビニはファミリーマートだからだ。

「これだと、公園で時々に長居するのも納得だな。公園にはジムがあるから」
「ジム……何だ、集めたポケモン? ってのを鍛えられるのかい?」
「当たらずとも遠からず、ってとこかな。ポケモンGOのジムでは自分の手持ちにいるポケモンとのバトルが楽しめたりするんだ。そこを守っているとそれなりに特典もあるから、熱中している人にとっては結構大事な場所だろうね」
「へぇ、そのバトルってのは結構時間がかかるものなのかい」
「そこまでかからないんですけど、特殊なバトルの場合2分程度の待ち時間があるかな。後を付けている彼女さんからすると2分以上立ち止まってたり暗い公園で座ってたら異質に思えても仕方ないだろうね」

 俺自身、出不精だから最近ポケモンGOなんて開いていなかったのですっかり忘れていたしこの地域のどこにポケストップがあるかなんて覚えていなかったから地図を見た時には全くわからなかった。
 いやはや、ゲーマー失格だ。
 最も俺は元々エンジョイ勢だから以前よりポケモンGOはたまにしか遊んでいなかったのだが。

「ちょっとまってくれ、ポケモンGOで遊んでいるのはわかったけどそれなら、別に夜の散歩じゃなくてもいいよな……」

 マスターは首を傾げ最もな質問をする。たしかに、ポケモンGOで遊んだ事がないのならそう思うだろう。だが実際遊んだ事があるのなら、夜中に出歩きたくなる気持ちはわからない事もない。

「実はこのゲーム……いや、このゲームに限らずだいたいのスマホゲームで基本無料をうたっているゲームにはデイリーボーナスとかログインボーナスってのがあるんだけど……」
「でいり-……ろぐいん……」

 マスターの頭の上に明らかに「?」が浮かんでいるのが見える。
 デイリーボーナスやらログインボーナスやら、確かにゲームと無縁なら全くわからない言葉だろう。

「ようするに、毎日遊んでいるとそれだけ有利な特典がつくんだよ。アイテムだったり、ゲーム内通貨だったりするから出来れば毎日もらっておきたい程度には有利な特典がね。ポケモンGOは、そのボーナスがもらえる時間の区切りがぴったり翌日。午前0時になってからなんだ」

 俺はそう言いながら、せっかくなので地図の範囲に見えるポケストップを一つ回す。
 いくつかのアイテムがバブルにのって俺の手元へ届く演出が現れた。

「タテノくんの説明だと、彼女の恋が夜中の11時半ごろに出かける理由は片道でデイリーボーナスを受け取った後、往復することで翌日にもらえるボーナスも受け取ってるってことになるのかな」
「そうだと思うな。デイリーボーナスは日に日にもらえるものが良くなっていくから、出来るだけ毎日受けとりたい。だけど忙しくてもらえなくなる時もあるだろうから、夜遅くに散歩へ行って今日のぶんと明日のぶん、一度にもらっておけば安心だ。きっとそんな事を考えたんだよ、ポケモンGOの場合、もらい忘れたらまた最初からになっちゃうからね」

 より正確にいうなら7日連続でご褒美をもらえたらまた1日目にご褒美が戻る。
 7日連続でもらえなかったらまた1日目に戻る、といったルールだがそこまで伝える必要はないだろう。詳しく知りたいならマスターもポケモンGOをやるのが早いと思う。
 それにしても、本当に夜中に出て翌日ぶんのボーナスも回収しているのならかなりマメな人物だと言ってもいいだろう。よほど熱心なポケモンGOのプレイヤーに違いない。

「歩くのは健康にもいいみたいだしねー、それに寝る前軽い運動するとよーく眠れるらしいからポケモンGOだとわかってればそこまで悪い習慣じゃないんじゃないかなぁ」

 サクラは椅子に座り足をぶらぶらさせるとそんな事をいいながら笑っていた。コーヒーフロートはすでに空になっており名残惜しそうに氷を一つ口に入れる。
 夜に出歩くというのはそれなりにリスクはあるが、正体がわかれば極端におかしな行動とも言えないだろう。少なくとも浮気や闇バイトではなさそうで良かった、犯罪などどこにもないのだ。

「ポケモンGOをやるのを秘密にしているのはちょっと解せないけどなぁ」
「うーん、恥ずかしいのかもねー。ほら、ゲーム好きなのを隠したいとか、ポケモン好きなのが恥ずかしいみたいな人なのかもだよ」

 俺もサクラもオタクだし最近は子供の頃からゲームや漫画に慣れ親しんでいるとは思うのだが、そういった趣味に没頭することを恥ずかしいと思う人間もいるのだろう。
 マスターの話だと真面目そうだとも言っていたし、過去に禁止されていたものに熱中しているのは人に知られたくないのかもしれない。
 想像の域を出ないし、もしそうだとしても個人の羞恥はひとそれぞれだ。それを俺たちがとやかく言える立場ではないだろう。
 残りのカフェオレを飲み干せば、マスターは店内の電話を手にとった。

「彼女さんからね、もし謎が解けたら何か連絡してほしいって言われてたんだよ。だから一応報告しておこうと思って」

 僅かなコールの後、マスターは明るい声で俺たちから聞いた事を伝えた。
 ポケモンGOというゲームで散歩に出ているだけだということ、立ち止まっている地点は恋人にとって大事なアイテムがもらえる場所だということをざっくりと説明する。
 その表情は最初こそ穏やかだったが、途中からやや表情が曇り最後は大きなため息をつきながら受話器を置く。あの説明では満足できなかったのか、俺の推測が間違えていたのだろうか。
 するとマスターは俺たちを見て安心したように息を吐いた。

「いやー、助かったよタテノくん。彼女さんさぁ、結構思い詰めてたみたいで。もし今日もはぐらかされるようだったら相手を殺すつもりだったって、包丁とかバールとかいーっぱい準備してたんだって」

 なんだか思ってた以上に大変かつ物騒なことになっていた。
 危うく殺人事件だ。というか、その位でアグレッシブに「よし、殺そう!」となる彼女さんだいぶヤバくないだろうか。なんかもっと相談してほしい、しかるべき場所などで。

「わー、すごいねタテノ、知らない誰かの命を救ったかもだよ」
「お、おうそうだな……何というか、恋人にも伝えてちゃんと隠しごとをしないようにするか、彼女の秘めたる暴力性をもっと危険視させたほうがいいだろうけどな……」

 俺の言葉にマスターは苦笑いしてみせる。

「そう思うよ、こんど彼女の恋人が来たらそう伝えておくね……いやぁ、ちょっと変わった子が好きな奴なんだけどさ。まぁいつも付き合う相手が個性的すぎるんだよ」

 個性的で済ませていいかわからないが、趣味というのは人それぞれだ。命がなくなる前に色々気付いてよかった。
 一息つく俺にサクラは自分のスマホを向けて笑う。

「ねーねータテノ。タテノもポケモンGOやってるのかなー? アタシもやっててね、最近はちょっとサボってたんだけどいま話を聞いてたら久しぶりにやりたくなっちゃったー。フレンドになろー、それで一緒に散歩でもしようよー」

 俺は立ち上げっぱなしだったポケモンGOを見た。
 確かに俺も出不精から最近はめっきり遊んでなかったが、今日は外の陽気もいい。久しぶりに散歩でもするか。

「いいぜ、フレンド登録したら少し散歩でもするか」
「せっかくなら、あの恋人さんが歩いたルート通ってみようか。偶然、その人に会うかもしれないし」

 俺たちは席を立ち会計を済ませる。あのルートを歩くというのは面白いが、件の恋人とは会わないだろう。その人物は夜にしか散歩に出てないようだが今は午後3時を少し過ぎたくらいだ。
 それにもし知り合ってもあまり深く関わると嫉妬深く疑り深い彼女がオマケでついてきそうである。

「そうだなァ、もしそいつを見かけてもフレンドにならないってなら一緒に歩いてもいいぜ」

 ストレイシープのドアを開ければ心地よい初夏の風が俺たちに吹き付ける。
 青空と新緑の下、もうすぐ来る夏を感じながら俺とサクラは歩き出す。きっともうすぐ夏が来るのだろう。

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