インターネット字書きマンの落書き帳
「邪教の子」のファン創作後日談(ネタバレあり)です。
邪教の子(澤村伊智)面白かったんですよ!
すごく面白くてまんぞくまんぞく!
読後のぼんやりとした後味もおいしいおいしい!
ってものすごく好みの作品だったんですけどね。
個人的に「ここもうちょっと見たかった~」という部分があったので、俺が見たいと思ったシーンを二次創作しました。
二次創作!
時には俺の見たいシーンを模造する!
話の都合上、基本的にはオリジナル主人公たちで進んで行きます。
俺がもうちょっと見たかった部分、良かったら楽しんでいってください♥
後日談なので、本編を読んでおかないとネタバレになっちゃうぞ♥
邪教の子、とても面白いので是非本編もお買い上げください♥
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個人的に「ここもうちょっと見たかった~」という部分があったので、俺が見たいと思ったシーンを二次創作しました。
二次創作!
時には俺の見たいシーンを模造する!
話の都合上、基本的にはオリジナル主人公たちで進んで行きます。
俺がもうちょっと見たかった部分、良かったら楽しんでいってください♥
後日談なので、本編を読んでおかないとネタバレになっちゃうぞ♥
邪教の子、とても面白いので是非本編もお買い上げください♥
『供物の子』
漫然と集められた資料を眺めながら、時折流れている映像に目をやる。
雑に切り取られた新聞記事や同じ事ばかり繰り返し書かれたネット記事、そして今流している映像、全てが大地の民という新興宗教が関わった事件の報道だった。
新興宗教・大地の民が世を騒がせたのは、おおよそ1年前に遡る。
きっかけは、テレビディレクター・矢口弘也が起こした催涙ガス事件だった。
ニュータウンとして開発された地域の一画で行われていた葬儀会場に現れた矢口は会場に乱入し、おおよそ300人ほど集まった弔問客らに催涙ガスをまきちらした。
多くの市民と、大地の民という新興宗教の信者たちは次々と倒れ救急搬送され、矢口は傷害容疑で現行犯逮捕される。
事件は当初、大地の民により家族を引き裂かれた矢口による怨恨の犯罪だと思われていた。
これは矢口が逮捕された直後のネットニュースの推測であり、そこには矢口の母が大地の民の信者だったことや、母に捨てられ荒んだ生活をしていたこと、祖父母から激しい虐待を受けて育てられたことなどが、自称・矢口の友人という人間からの書き込みがあり、SNSなどで多く拡散された情報である。
だが、逮捕された矢口の証言と撮影したフィルムなどから、大地の民が大規模テロの準備をしていることが公になると、すぐさま捜査の手が入る。
その頃にはそれまで無辜の市民まで犠牲にした矢口を糾弾する声が多かったネット上の論調も、矢口を擁護する者が増えて行き、逆に地域に根ざした小さな宗教団体扱いだった大地の民は危険思想を持つカルト集団として多くの非難を集めるようになっていった。
今、俺の目の前にある資料は矢口が逮捕されてから大地の民が捜査されるに至るまであった報道や、インターネット上で晒された矢口本人、あるいは大地の民という教団の内情について、体験談らしい記録や憶測など、有象無象の情報が集められた資料である。
「しかし、思ったより骨が折れるな。資料がまとめてあるなら、もっと楽だと思っていたんだけどな」
乱雑なファイルを前に頭を掻き、パソコンと向き合いついそんな言葉が漏れる。
俺は、片田舎の小さなイベント屋に勤める一社員だ。
肩書きは営業だが内実は何でも屋で、街規模での小さなイベントのポスターを手がけたり、Webサイトを作ったり、紹介文の記事を書いたり、映像をYouTube用に監修したり、細々とした雑用を任されている。
社員は社長を含めて3人、社長と俺の他には人柄はいいがやけに声が大きい事務員がいるだけの小さな会社で、普段は町内会や商店街などのイベントを請け負っている。
当然、こんな事件の記事を扱うような仕事はしていない。
にもかかわらず、今俺がこんな記事をまとめているのは、社長から直々に頼まれたからだ。
「いやぁ、悪いね。僕は映像の編集とか、文章を書くとか、そういうのはどうも苦手で。だから、キミに頼めるかな」
ニコニコと笑いながら、社長は段ボールに入った資料をもって俺に頭を下げてきたのは、一ヶ月ほど前のことだった。
男にしては小柄で、歳からみれば少し若く見えるだろう。優しげな顔立ちはなかなかに整っており、片田舎に住んでいるとは思えないほど垢抜けて見える。また、しゃべり方も常に柔らかく、心地よい声色で話す姿はどこか人を心やすくさせ、初対面の相手にも自然と好意をもたれるような立ち振る舞いをしていた。
こんな社長だから、頼み事をされるとどうにも断りづらい。
実際、この街で小さなイベント会社を続けていられるのも社長の人徳あってのものだろう。
そもそも、田舎というのはひどく閉鎖的なものだ。
人口が少ない中、細々と商売をしている小売店が多い中、新参者が新たに商売をしようとすると競合相手を潰そうとやっきになり、すぐに村八分にさせられる。
そうじゃなくとも、移住者はこの土地の人間ではなく余所から来た人扱いされ、田舎特有のルール。それは青年会に入ることだったり、消防団に協力することだったり、自治会に参加することだったりするのだが、それらに反発したとたん爪弾きにされたり、嫌がらせをしてくる住人もいるような狭量な土地が多いのだ。
そんな中、社長は外からやってきて、すぐさま街に溶け込み、すぐさま地域に馴染んでいった。
今では社員こそ少ないがイベント会社をやりくりしている上、まるでこの土地に昔からいる相談役だったように商店街や集落の相談まで請け負っているのだから、たいした物だと言えるだろう。
「今は忙しくない時期だし、勤務時間内に作業をしてくれていいから、頼むよ」
手を合わせお辞儀をする社長の姿は、神妙な雰囲気さえある。
俺は業務時間内なら構わないだろうと思ったし、断るつもりもなかったので、社長の頼みを引き受けた。
そもそも、俺はもともと都会で映像関係の仕事をしていたのだ。
毎日寝る暇がない激務と、面倒な人間関係をそつなくこなす愛嬌がなければキツい仕事だったが、それでも何かを作るということが楽しくて夢中になって打ち込んでいた。
だが、寝ずに働き、ちょっと椅子で仮眠をとってまた働き、家に帰らず働き、飯はコンビニで作業しながら食えるもので、大体は油物と炭水化物なんて生活をしていて長く続くワケもなく、30を過ぎた頃に脳血管が切れて病院行き。
幸い体を動かすには大きな後遺症は出なかったが、視野の欠損がかなり激しく、これ異常の無理をしたら確実に死ぬと言い渡され、育ての親である祖父母に泣きつかれたのもあり、実家のあるこの田舎町へ戻ってきたという経緯がある。
映像を見て記事にする、といった作業もある程度心得ていたから、この手の仕事は俺の方が適任だろう。
社長の頼みというのは、段ボールにつめられた資料を時系列でまとめてほしいというものだった。
つまり、ここ1年で大地の民にあった報道を、一つの記事にしてほしいというのだ。
何で俺にそんな事を任せるのだろうと不思議ではあったが、俺も大地の民に関しては若干の興味を抱いていた。
その報道に対しても、何とも言えぬやるせない気持ちを抱いて見ていたのも記憶に新しい。 暇を持て余すのは嫌でもあったし、興味のある仕事でもあった。俺が適任なのもわかっていたから、引き受けたというのもある。
だが、社長が残した記事はあまりにも雑だった。
もっと言うなら、人に見せる為というより、無作為にある記事を全て切り抜き、プリントしてとりあえずファイルに挟んでいるといった印象だ。録画されたニュースも概ねそのような状態で、何度も同じ内容が繰り返されていることも多い。
確認した資料のほとんどは、俺がテレビやネットのニュースで見たものとそれほど変わりがないあたり、社長自身がこの事件に興味があるようには、とても思えなかった。
「どうして大地の民なんかの事件を追いかけているんですか」
ふと、気になって聞いたことがある。
すると社長は、いつもと同じ優しい、だがどこか作り物めいた笑顔を俺に向けた。
「うん、実は矢口くんに頼まれたんだよね。自分はこれから警察に捕まり拘留され裁判になったら、詳しい報道は聞かされないだろうからって。だから、代わりに集めておいて、教えてほしいって言われたんだ」
その時、俺は驚きで声が出なかった。
まさか、社長が逮捕された矢口と知り合いだなんて思ってもみなかったからだ。
俺も矢口弘也のことは知っていたが、あくまで一視聴者として、彼の作る番組、アウショクを楽しんで見ていたというだけだ。
一体社長がどうして矢口と知り合いだったのだろう。
疑問を覚えたが、社長はそれについては語らなかった。というよりも。
「矢口くんとはね、ちょっと似た境遇なんだよ。うん、まぁ、たぶんキミもそれはわかると思うよ」
その言葉で、黙らせられてしまった。
似た境遇で、俺もこの事件をなぞっていれば自ずと理解するということなのだろう。
俺はなんとなく納得し、矢口と大地の民、その繋がりとなる資料を見る。
気付いたのは、俺と矢口の境遇がかなり似ているということだった。
矢口の母は、大地の民の信者である。ネットの噂は事実であり、彼は母に捨てられていた。
その時、矢口の母は両親、つまり矢口の祖父母からかなりの金を盗んで逃げており、生活に困窮した矢口家では、祖父母からの虐待が日常だったという。
俺も、そうだった。
宗教が理由で親から捨てられたという点では、矢口と一緒だったろう。
今、家にいるのは老いさらばえた祖父母であり俺の両親ではない。
生みの親はとある新興宗教にのめり込み、多額の献金や周囲への無理な布教などを続け、今もその宗教にまつわる施設で活動している。
俺が祖父母に育てられたのは、俺が両親からネグレクトを受けていたからだ。
といっても、その頃の記憶はない。何せ物心ついた時に、うちには祖父母しかおらず、両親の姿を見たことがなかったからだ。
自分がいわゆる宗教二世だと知ったのも小学生の頃、悪ガキの口から出た「おまえの両親、カルトなんだよな」なんて悪態からだった。
だが親からはほとんど育てられていなかったため実感はなかったし、実際に親が何の宗教団体にいて、どんな教義を信仰しているのかも知らないまま祖父母の愛情を受けて育っていた。
その点でいえば、俺と矢口の環境は入り口こそ似ているが、たどった道は大きく違っただろう。
矢口の抱く苦しみと比べれば、よっぽど俺は恵まれている。
だいたい、今の俺にとって生みの両親は血のつながりがある他人で、育ての祖父母だけが家族と呼べる存在だ。
はっきりと割り切って生活が出来ているぶん、俺は宗教二世と呼ばれるほど深い関わりもなければ感情を波立たせるほどの苦い記憶や思い出もないのだ。
だから矢口のように、切迫された状況に追い込まれテロの真似をさせられた気持ちにまでは思い至らない。
だが、親がどんな顔をしているのか見てみたい、という気持ちだけにぼんやりとした共感を抱くだけだった。
「さて、あと少しで記事が仕上がるかな」
俺はちらりと時計を見る。時刻は午後3時、定時よりまだ随分と時間がある。
これなら今日中に記事がまとめられるだろう。もう一息だと自分を鼓舞し、パソコン画面に目を向ける。
大地の民は、山間を切り開かれて作られたニュータウンに潜み、自分たちの信者と独特の共同体を作って生活していた。
地域の住人は、大地の民のことを新興宗教というより、少し変わった生活をしている団体くらいの認識で受け入れていたようだ。
この辺は、大地の民が存在する土地が俺の住むような田舎ではなく、新規住人を受け入れるために作られたニュータウンだったことが大きいだろう。
基本的にニュータウン計画が持ち上がるような場所は、都心から少し離れているが住人の流れがまだ存在する場所が多い。
普段から挨拶をし、何かがあると地域のイベントにも人手を出し協力するような距離感をもって接していた大地の民を受け入れるのに、それほど抵抗はなかったのだろう。
大地の民の信者を受け入れなければ街のイベントや行事などが立ち行かなくなる程度に寂れていたというのも、あったはずだ。
だいたい、新興宗教というのは無理な勧誘や募金、お布施などを迫ってくれば煙たがられるものだが、そういった行動がなければ少し変わっている程度の団体として受け入れられてしまうものだ。
大概の人間は、自分たちの日常を犯さない存在に無関心なもなのだから。
それでこそ、大地の民によって、人生を狂わされた経験でもなければ執拗に知ろうとはしないだろう。
その意味では、矢口だからこそ大地の民が異質であることに気づき、矢口だからこそわざわざ総本山である光明が丘に乗り込んでいったのだと言えよう。
取材をするうちに、危険な細菌兵器が作られていることに矢口は気付かされた。
そして、全てに気付いた上で、大地の民という集団を終わらせるため、矢口はガスを巻いたのだ。
極限の環境でそうするように仕向けられたが、結果として矢口の行動で大地の民という存在は大きく揺るぐことになった。
捜査のメスが入って間もなく裏山からいくつもの死体が発見されたことで、随分の間ワイドショーが賑わっていたのを思い出す。
当初は矢口の妄言だと思われた細菌兵器も実在し、大地の民の会長、いわゆる教祖である権藤と深く内情に関わっていた幹部たちは次々逮捕された。
会長である権藤は何も知らなかったと一部の容疑を否認しているが、多くの幹部は自身の関与を認めている。
ただ唯一、飯田という女性だけは犯行についても、動機についても一切黙秘を貫いていた。彼女こそ事件の全てを裏で操っていた黒幕ではないか、とも言われているが、真相は定かではない。
大地の民については、殺人、死体遺棄、テロ、罪状はいくつもあがっているが、まだ裁判にいたっていない。
程なくして、大地の民は解体された。
政府により解散命令を受け、宗教法人としての優遇措置は一切失われているが、団体は今でもニュータウンに住んでいるという。
逮捕された会長の教えを守りその生活を続けているようだが、会長ならびに幹部が逮捕された影響は大きかったのだろう。
統率する人間もなく、資金繰りが悪化し、内部分裂が進んでいるとの話だ。
すでに別の幹部が指揮を執り別の名前で新たな宗教を立ち上げようとする動きもあるが、およそ300人規模の大地の民はすでに半分以下に縮小されているという。
矢口に関しては、当人が罪状を認めていることもあり裁判が進んでいるそうだ。
示談で済んだ住人も多く、状況から考えて刑罰は被害と比べ随分と軽くなるようだが、それでも実刑は免れないだろう。
一通り、事件をまとめ終えた俺はコーヒーを飲むため立ち上がろうとする。
そんな俺を、社長が呼び止めた。
「ひょっとしてコーヒーかい、僕も飲もうと思ってたところだから、煎れてくるよ」
「いいんですか、じゃあお願いします」
社長は柔らかな笑みを浮かべ給湯室に入り、すぐにコーヒーを煎れてくる。
「どうだい、仕事は終わりそうかい」
「はい、でも、どうしてこんな情報まとめたりしているんですか」
改めて問いかける俺に、社長は静かな笑みをたたえたまま俺を見た。この笑顔を前にすると、こちらから強くは言えなくなる。
「だから、矢口くんに頼まれたんだよ。はは、矢口くんのことは知らないワケじゃないし、それにこの件は、僕にも少なからず関係しているから、他人事と思えなくてね」
社長は笑顔のまま、僅かにだがそんな言葉を漏らした。
社長が関係しているとは、どういうことだろう。
少し考え、ふと以前、社長が口にした言葉を思い出す。
たぶんキミもそれはわかると思うよ。
俺と矢口の共通点は、一つしかない。それは、身内に強い信仰を持つ人物がいたということだ。
ひょっとして社長も、新興宗教だとか、カルト教団呼ばわりされる宗教の関係者が身内にいたのだろうか。そういった相手に振り回され、人生をかき乱され、激しい憎悪を抱いた過去があるのかもしれない。
「ただ、僕はどうしてもねぇ。見られないんだよ。うん、あまり関わりたくないというか、見ているとどうしようもない感情が胸の内からわき上がってしまってね。僕に出来ることがあった訳じゃないんだけど、それでもさ。こんな歳になっても、胸がざわついて、仕方が無くなるんだ。だから、まとめはキミに任せてしまって悪かったね。資料も雑で、見づらかっただろう」
社長はぽつぽつと、胸の内を語る。
俺の推測通りなら、社長の心痛は俺の想像している以上のものだろう。もしそうだとしたら、俺が深入りしてあれこれ聞くのは野暮というものだ。
だいたい、社長の過去というのは俺には関係がない。ただ、今の社長はとても信頼できる人間で、少ない社員に対して気配りが出来る相手で、狭い地域にも溶け込める人物だ。それだけがわかってれば充分だろう。
それにしても、社長は本当に人を心やすくさせる話し方をする。
顔立ちが穏やかなのもあるが、表情が優しく声色も心地よい。もし彼が宗教家だったら、さぞ多くの聴衆を魅了することだろう。いや、宗教などを立ち上げなくても、最近よくある情報商材のセミナーや、交流会のサロンなど開いたらこんな小さい街のイベント会社の社長より、ずっと大きな組織を率いることが出来そうだ。
最も、社長はそのように表舞台に立つのを極端なほど毛嫌いしているからそんな真似はしないだろうが。
「いえ、大丈夫ですよ。ある程度まとまったんで、文書にしてお出ししますね」
俺はコーヒーを飲みながら、すでに書き上がった記事を改めて確認する。
社長はそんな俺を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当にありがとう、助かるよ。僕、映像とかそういうのは本当に苦手だから」
「いえ、気にしないでください、鷹石社長」
そう口にした瞬間、俺の脳裏に何かが引っかかる。
社長の名前。鷹石とは、どこかで聞いたことがある気がするが、果たしてどこだったろうか。
少し考えるが、何か思い浮かぶ前にプリンターが音をたて動き出す。
まぁいいだろう、思い出せないことなら、思い出す必要のないことだ。
俺は自分を納得させ、プリンターへと目を向ける。
机に置いたコーヒーは、やけに暗く深い色をしていた。
漫然と集められた資料を眺めながら、時折流れている映像に目をやる。
雑に切り取られた新聞記事や同じ事ばかり繰り返し書かれたネット記事、そして今流している映像、全てが大地の民という新興宗教が関わった事件の報道だった。
新興宗教・大地の民が世を騒がせたのは、おおよそ1年前に遡る。
きっかけは、テレビディレクター・矢口弘也が起こした催涙ガス事件だった。
ニュータウンとして開発された地域の一画で行われていた葬儀会場に現れた矢口は会場に乱入し、おおよそ300人ほど集まった弔問客らに催涙ガスをまきちらした。
多くの市民と、大地の民という新興宗教の信者たちは次々と倒れ救急搬送され、矢口は傷害容疑で現行犯逮捕される。
事件は当初、大地の民により家族を引き裂かれた矢口による怨恨の犯罪だと思われていた。
これは矢口が逮捕された直後のネットニュースの推測であり、そこには矢口の母が大地の民の信者だったことや、母に捨てられ荒んだ生活をしていたこと、祖父母から激しい虐待を受けて育てられたことなどが、自称・矢口の友人という人間からの書き込みがあり、SNSなどで多く拡散された情報である。
だが、逮捕された矢口の証言と撮影したフィルムなどから、大地の民が大規模テロの準備をしていることが公になると、すぐさま捜査の手が入る。
その頃にはそれまで無辜の市民まで犠牲にした矢口を糾弾する声が多かったネット上の論調も、矢口を擁護する者が増えて行き、逆に地域に根ざした小さな宗教団体扱いだった大地の民は危険思想を持つカルト集団として多くの非難を集めるようになっていった。
今、俺の目の前にある資料は矢口が逮捕されてから大地の民が捜査されるに至るまであった報道や、インターネット上で晒された矢口本人、あるいは大地の民という教団の内情について、体験談らしい記録や憶測など、有象無象の情報が集められた資料である。
「しかし、思ったより骨が折れるな。資料がまとめてあるなら、もっと楽だと思っていたんだけどな」
乱雑なファイルを前に頭を掻き、パソコンと向き合いついそんな言葉が漏れる。
俺は、片田舎の小さなイベント屋に勤める一社員だ。
肩書きは営業だが内実は何でも屋で、街規模での小さなイベントのポスターを手がけたり、Webサイトを作ったり、紹介文の記事を書いたり、映像をYouTube用に監修したり、細々とした雑用を任されている。
社員は社長を含めて3人、社長と俺の他には人柄はいいがやけに声が大きい事務員がいるだけの小さな会社で、普段は町内会や商店街などのイベントを請け負っている。
当然、こんな事件の記事を扱うような仕事はしていない。
にもかかわらず、今俺がこんな記事をまとめているのは、社長から直々に頼まれたからだ。
「いやぁ、悪いね。僕は映像の編集とか、文章を書くとか、そういうのはどうも苦手で。だから、キミに頼めるかな」
ニコニコと笑いながら、社長は段ボールに入った資料をもって俺に頭を下げてきたのは、一ヶ月ほど前のことだった。
男にしては小柄で、歳からみれば少し若く見えるだろう。優しげな顔立ちはなかなかに整っており、片田舎に住んでいるとは思えないほど垢抜けて見える。また、しゃべり方も常に柔らかく、心地よい声色で話す姿はどこか人を心やすくさせ、初対面の相手にも自然と好意をもたれるような立ち振る舞いをしていた。
こんな社長だから、頼み事をされるとどうにも断りづらい。
実際、この街で小さなイベント会社を続けていられるのも社長の人徳あってのものだろう。
そもそも、田舎というのはひどく閉鎖的なものだ。
人口が少ない中、細々と商売をしている小売店が多い中、新参者が新たに商売をしようとすると競合相手を潰そうとやっきになり、すぐに村八分にさせられる。
そうじゃなくとも、移住者はこの土地の人間ではなく余所から来た人扱いされ、田舎特有のルール。それは青年会に入ることだったり、消防団に協力することだったり、自治会に参加することだったりするのだが、それらに反発したとたん爪弾きにされたり、嫌がらせをしてくる住人もいるような狭量な土地が多いのだ。
そんな中、社長は外からやってきて、すぐさま街に溶け込み、すぐさま地域に馴染んでいった。
今では社員こそ少ないがイベント会社をやりくりしている上、まるでこの土地に昔からいる相談役だったように商店街や集落の相談まで請け負っているのだから、たいした物だと言えるだろう。
「今は忙しくない時期だし、勤務時間内に作業をしてくれていいから、頼むよ」
手を合わせお辞儀をする社長の姿は、神妙な雰囲気さえある。
俺は業務時間内なら構わないだろうと思ったし、断るつもりもなかったので、社長の頼みを引き受けた。
そもそも、俺はもともと都会で映像関係の仕事をしていたのだ。
毎日寝る暇がない激務と、面倒な人間関係をそつなくこなす愛嬌がなければキツい仕事だったが、それでも何かを作るということが楽しくて夢中になって打ち込んでいた。
だが、寝ずに働き、ちょっと椅子で仮眠をとってまた働き、家に帰らず働き、飯はコンビニで作業しながら食えるもので、大体は油物と炭水化物なんて生活をしていて長く続くワケもなく、30を過ぎた頃に脳血管が切れて病院行き。
幸い体を動かすには大きな後遺症は出なかったが、視野の欠損がかなり激しく、これ異常の無理をしたら確実に死ぬと言い渡され、育ての親である祖父母に泣きつかれたのもあり、実家のあるこの田舎町へ戻ってきたという経緯がある。
映像を見て記事にする、といった作業もある程度心得ていたから、この手の仕事は俺の方が適任だろう。
社長の頼みというのは、段ボールにつめられた資料を時系列でまとめてほしいというものだった。
つまり、ここ1年で大地の民にあった報道を、一つの記事にしてほしいというのだ。
何で俺にそんな事を任せるのだろうと不思議ではあったが、俺も大地の民に関しては若干の興味を抱いていた。
その報道に対しても、何とも言えぬやるせない気持ちを抱いて見ていたのも記憶に新しい。 暇を持て余すのは嫌でもあったし、興味のある仕事でもあった。俺が適任なのもわかっていたから、引き受けたというのもある。
だが、社長が残した記事はあまりにも雑だった。
もっと言うなら、人に見せる為というより、無作為にある記事を全て切り抜き、プリントしてとりあえずファイルに挟んでいるといった印象だ。録画されたニュースも概ねそのような状態で、何度も同じ内容が繰り返されていることも多い。
確認した資料のほとんどは、俺がテレビやネットのニュースで見たものとそれほど変わりがないあたり、社長自身がこの事件に興味があるようには、とても思えなかった。
「どうして大地の民なんかの事件を追いかけているんですか」
ふと、気になって聞いたことがある。
すると社長は、いつもと同じ優しい、だがどこか作り物めいた笑顔を俺に向けた。
「うん、実は矢口くんに頼まれたんだよね。自分はこれから警察に捕まり拘留され裁判になったら、詳しい報道は聞かされないだろうからって。だから、代わりに集めておいて、教えてほしいって言われたんだ」
その時、俺は驚きで声が出なかった。
まさか、社長が逮捕された矢口と知り合いだなんて思ってもみなかったからだ。
俺も矢口弘也のことは知っていたが、あくまで一視聴者として、彼の作る番組、アウショクを楽しんで見ていたというだけだ。
一体社長がどうして矢口と知り合いだったのだろう。
疑問を覚えたが、社長はそれについては語らなかった。というよりも。
「矢口くんとはね、ちょっと似た境遇なんだよ。うん、まぁ、たぶんキミもそれはわかると思うよ」
その言葉で、黙らせられてしまった。
似た境遇で、俺もこの事件をなぞっていれば自ずと理解するということなのだろう。
俺はなんとなく納得し、矢口と大地の民、その繋がりとなる資料を見る。
気付いたのは、俺と矢口の境遇がかなり似ているということだった。
矢口の母は、大地の民の信者である。ネットの噂は事実であり、彼は母に捨てられていた。
その時、矢口の母は両親、つまり矢口の祖父母からかなりの金を盗んで逃げており、生活に困窮した矢口家では、祖父母からの虐待が日常だったという。
俺も、そうだった。
宗教が理由で親から捨てられたという点では、矢口と一緒だったろう。
今、家にいるのは老いさらばえた祖父母であり俺の両親ではない。
生みの親はとある新興宗教にのめり込み、多額の献金や周囲への無理な布教などを続け、今もその宗教にまつわる施設で活動している。
俺が祖父母に育てられたのは、俺が両親からネグレクトを受けていたからだ。
といっても、その頃の記憶はない。何せ物心ついた時に、うちには祖父母しかおらず、両親の姿を見たことがなかったからだ。
自分がいわゆる宗教二世だと知ったのも小学生の頃、悪ガキの口から出た「おまえの両親、カルトなんだよな」なんて悪態からだった。
だが親からはほとんど育てられていなかったため実感はなかったし、実際に親が何の宗教団体にいて、どんな教義を信仰しているのかも知らないまま祖父母の愛情を受けて育っていた。
その点でいえば、俺と矢口の環境は入り口こそ似ているが、たどった道は大きく違っただろう。
矢口の抱く苦しみと比べれば、よっぽど俺は恵まれている。
だいたい、今の俺にとって生みの両親は血のつながりがある他人で、育ての祖父母だけが家族と呼べる存在だ。
はっきりと割り切って生活が出来ているぶん、俺は宗教二世と呼ばれるほど深い関わりもなければ感情を波立たせるほどの苦い記憶や思い出もないのだ。
だから矢口のように、切迫された状況に追い込まれテロの真似をさせられた気持ちにまでは思い至らない。
だが、親がどんな顔をしているのか見てみたい、という気持ちだけにぼんやりとした共感を抱くだけだった。
「さて、あと少しで記事が仕上がるかな」
俺はちらりと時計を見る。時刻は午後3時、定時よりまだ随分と時間がある。
これなら今日中に記事がまとめられるだろう。もう一息だと自分を鼓舞し、パソコン画面に目を向ける。
大地の民は、山間を切り開かれて作られたニュータウンに潜み、自分たちの信者と独特の共同体を作って生活していた。
地域の住人は、大地の民のことを新興宗教というより、少し変わった生活をしている団体くらいの認識で受け入れていたようだ。
この辺は、大地の民が存在する土地が俺の住むような田舎ではなく、新規住人を受け入れるために作られたニュータウンだったことが大きいだろう。
基本的にニュータウン計画が持ち上がるような場所は、都心から少し離れているが住人の流れがまだ存在する場所が多い。
普段から挨拶をし、何かがあると地域のイベントにも人手を出し協力するような距離感をもって接していた大地の民を受け入れるのに、それほど抵抗はなかったのだろう。
大地の民の信者を受け入れなければ街のイベントや行事などが立ち行かなくなる程度に寂れていたというのも、あったはずだ。
だいたい、新興宗教というのは無理な勧誘や募金、お布施などを迫ってくれば煙たがられるものだが、そういった行動がなければ少し変わっている程度の団体として受け入れられてしまうものだ。
大概の人間は、自分たちの日常を犯さない存在に無関心なもなのだから。
それでこそ、大地の民によって、人生を狂わされた経験でもなければ執拗に知ろうとはしないだろう。
その意味では、矢口だからこそ大地の民が異質であることに気づき、矢口だからこそわざわざ総本山である光明が丘に乗り込んでいったのだと言えよう。
取材をするうちに、危険な細菌兵器が作られていることに矢口は気付かされた。
そして、全てに気付いた上で、大地の民という集団を終わらせるため、矢口はガスを巻いたのだ。
極限の環境でそうするように仕向けられたが、結果として矢口の行動で大地の民という存在は大きく揺るぐことになった。
捜査のメスが入って間もなく裏山からいくつもの死体が発見されたことで、随分の間ワイドショーが賑わっていたのを思い出す。
当初は矢口の妄言だと思われた細菌兵器も実在し、大地の民の会長、いわゆる教祖である権藤と深く内情に関わっていた幹部たちは次々逮捕された。
会長である権藤は何も知らなかったと一部の容疑を否認しているが、多くの幹部は自身の関与を認めている。
ただ唯一、飯田という女性だけは犯行についても、動機についても一切黙秘を貫いていた。彼女こそ事件の全てを裏で操っていた黒幕ではないか、とも言われているが、真相は定かではない。
大地の民については、殺人、死体遺棄、テロ、罪状はいくつもあがっているが、まだ裁判にいたっていない。
程なくして、大地の民は解体された。
政府により解散命令を受け、宗教法人としての優遇措置は一切失われているが、団体は今でもニュータウンに住んでいるという。
逮捕された会長の教えを守りその生活を続けているようだが、会長ならびに幹部が逮捕された影響は大きかったのだろう。
統率する人間もなく、資金繰りが悪化し、内部分裂が進んでいるとの話だ。
すでに別の幹部が指揮を執り別の名前で新たな宗教を立ち上げようとする動きもあるが、およそ300人規模の大地の民はすでに半分以下に縮小されているという。
矢口に関しては、当人が罪状を認めていることもあり裁判が進んでいるそうだ。
示談で済んだ住人も多く、状況から考えて刑罰は被害と比べ随分と軽くなるようだが、それでも実刑は免れないだろう。
一通り、事件をまとめ終えた俺はコーヒーを飲むため立ち上がろうとする。
そんな俺を、社長が呼び止めた。
「ひょっとしてコーヒーかい、僕も飲もうと思ってたところだから、煎れてくるよ」
「いいんですか、じゃあお願いします」
社長は柔らかな笑みを浮かべ給湯室に入り、すぐにコーヒーを煎れてくる。
「どうだい、仕事は終わりそうかい」
「はい、でも、どうしてこんな情報まとめたりしているんですか」
改めて問いかける俺に、社長は静かな笑みをたたえたまま俺を見た。この笑顔を前にすると、こちらから強くは言えなくなる。
「だから、矢口くんに頼まれたんだよ。はは、矢口くんのことは知らないワケじゃないし、それにこの件は、僕にも少なからず関係しているから、他人事と思えなくてね」
社長は笑顔のまま、僅かにだがそんな言葉を漏らした。
社長が関係しているとは、どういうことだろう。
少し考え、ふと以前、社長が口にした言葉を思い出す。
たぶんキミもそれはわかると思うよ。
俺と矢口の共通点は、一つしかない。それは、身内に強い信仰を持つ人物がいたということだ。
ひょっとして社長も、新興宗教だとか、カルト教団呼ばわりされる宗教の関係者が身内にいたのだろうか。そういった相手に振り回され、人生をかき乱され、激しい憎悪を抱いた過去があるのかもしれない。
「ただ、僕はどうしてもねぇ。見られないんだよ。うん、あまり関わりたくないというか、見ているとどうしようもない感情が胸の内からわき上がってしまってね。僕に出来ることがあった訳じゃないんだけど、それでもさ。こんな歳になっても、胸がざわついて、仕方が無くなるんだ。だから、まとめはキミに任せてしまって悪かったね。資料も雑で、見づらかっただろう」
社長はぽつぽつと、胸の内を語る。
俺の推測通りなら、社長の心痛は俺の想像している以上のものだろう。もしそうだとしたら、俺が深入りしてあれこれ聞くのは野暮というものだ。
だいたい、社長の過去というのは俺には関係がない。ただ、今の社長はとても信頼できる人間で、少ない社員に対して気配りが出来る相手で、狭い地域にも溶け込める人物だ。それだけがわかってれば充分だろう。
それにしても、社長は本当に人を心やすくさせる話し方をする。
顔立ちが穏やかなのもあるが、表情が優しく声色も心地よい。もし彼が宗教家だったら、さぞ多くの聴衆を魅了することだろう。いや、宗教などを立ち上げなくても、最近よくある情報商材のセミナーや、交流会のサロンなど開いたらこんな小さい街のイベント会社の社長より、ずっと大きな組織を率いることが出来そうだ。
最も、社長はそのように表舞台に立つのを極端なほど毛嫌いしているからそんな真似はしないだろうが。
「いえ、大丈夫ですよ。ある程度まとまったんで、文書にしてお出ししますね」
俺はコーヒーを飲みながら、すでに書き上がった記事を改めて確認する。
社長はそんな俺を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当にありがとう、助かるよ。僕、映像とかそういうのは本当に苦手だから」
「いえ、気にしないでください、鷹石社長」
そう口にした瞬間、俺の脳裏に何かが引っかかる。
社長の名前。鷹石とは、どこかで聞いたことがある気がするが、果たしてどこだったろうか。
少し考えるが、何か思い浮かぶ前にプリンターが音をたて動き出す。
まぁいいだろう、思い出せないことなら、思い出す必要のないことだ。
俺は自分を納得させ、プリンターへと目を向ける。
机に置いたコーヒーは、やけに暗く深い色をしていた。
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