インターネット字書きマンの落書き帳
ヘンリー×ショタウォルターの話(BL・サイヒル4)
webサイトの頃に置いておいた作品をサルベージしようのコーナーです。
今、webサイトを全体的に見直しておりまして……。
二次創作でも以前の作品をweb用にしていくのかい、どうなんだい!? って奴をブログに置いてお茶を濁そうなんて思っているんですよね。
今回そうしてお茶を濁すのは、2012年に置いておいたサイヒル4の二次創作です。
ヘンリーがショタウォルターに同情して「あの部屋」に縛り付けられるような話ですよ。
ショタとずっと一緒ならどんな場所だって天国じゃない?
という俺の自我が強すぎました。
これからもどんどん、その自我を強くしていこうとおもーいまーす。
今、webサイトを全体的に見直しておりまして……。
二次創作でも以前の作品をweb用にしていくのかい、どうなんだい!? って奴をブログに置いてお茶を濁そうなんて思っているんですよね。
今回そうしてお茶を濁すのは、2012年に置いておいたサイヒル4の二次創作です。
ヘンリーがショタウォルターに同情して「あの部屋」に縛り付けられるような話ですよ。
ショタとずっと一緒ならどんな場所だって天国じゃない?
という俺の自我が強すぎました。
これからもどんどん、その自我を強くしていこうとおもーいまーす。
『閉じた胎内』
今日もまた彼は泣いていた。
全てを成し遂げ、今ここに安らぎがあるべきなのにそれでも彼は泣く事しか出来ない無力な少年のままだったのだ。
「……母さん。母さん? ……お母さん」
深淵より吹き荒ぶ風のような暗く寂しい声が俺の脳髄をかき回す。
この部屋が薄暗く陰鬱な空気が重く垂れ込めているのは幾日も窓を開けてないからというのもあるが俺の気持ちが少年の悲しみに強く囚われてしまっているも要員の一つだろう。
窓はまるで煤が張り付いたように曇り日の入らぬ部屋は湿っぽくてかび臭い。だが換気のためにとファンをまわしたところで、換気口に鼠の死体でも詰め込んでいるかのような非道い腐臭が立ちこめるばかりだ。そんな状態が随分と長く続いているものだから何時しか換気扇など使わなくなっていた。かといって窓を開ける事もない。窓を開けても外の排気ガスばかりがどんどん入ってくるだけだし、何よりあの少年は微かな光にも怯えて怖がって見せるのだ。
だから俺はこの沼の底に沈むヘドロのように淀んだ空気に身を委ねる事にした。
ただ一つ置かれたソファーにこしかけ、俺はドアの方を見る。
錠前が、一つ。二つ、三つ……あわせて五つ鎖に繋がれ内側から固定されている。内側から固定されているという事はこの錠前をつけたのは他ならぬ俺自身であるはずで、錠前の鍵も室内にあるはずなのだろうがこの部屋の何処にも鍵は存在しない。
この部屋にあるのは巨大な穴と脈打つ壁に誰のものとも思えぬ呻き声。
そして。
「……母さん?」
母を乞い彷徨う、一人の少年その影だけだった。
部屋にある巨大な穴は今ではない何処かに繋がっていて、そこで俺は少年と出会った。 少年は寄る辺ない自分の境遇を嘆き悲しみ寂しがり、ただ俺の後をついてきた。
……彼の名を、俺は知っている。
その過去も……何があって、何をしてきたのかも。
そして、彼が俺の死をもって全てを終わらせようとしている事もだ。さらに言うのなら例え俺が死んだとして目的を果たす事が出来たとしてもその先にあるのは彼の求める幸福とは違うもっとおぞましい何かである事も、俺は気付いていた。
窓はまるで運命を嘲笑うが如く、今日も揺れている。
外に風が吹く様子は見られない。 床にはまるでホースのような管がいくつも伸び、鼓動のような音をたてそれにあわせて脈打っていた。 これは踏みつけると下水のようなニオイのする黒い液体をまき散らすから歩く時はいっそう注意しなければならないので面倒だ。 壁には人の顔にしか見えぬようなひび割れが幾つも浮かび上がり蠢いている。その口から囁いていのような声が聞こえるのは風の音だけのせいでは決してないだろう。
引っ越してきたばかりの頃はこの部屋は少しばかり日当たりが悪いだけの古ぼけたアパートだったのだが今は見る影もない。壁はまるで臓腑の躍動を思わせるように蠢き、僅かに窓から見える世界はまるで死んだ魚の目を通して見たかのように濁っているのだから。
そう、ここはまともな世界ではない。
現実から隔絶された異世界であり、地球を模してはいるが全くの別世界なのだろう。
強いて名付けるなら胎内というのが一番近いのかもしれない。
子を育てる母胎、胎児たちのゆりかご、目覚めを待つ赤子たちの希望であり絶望。今この部屋は一つの胎(はら)であり、巨大な母なのだろう。
そしてこのまま永遠に母は胎(はら)の中で子を慰めるのだ。
生まれ墜ち悪魔とも化け物とも呼ばれ存在が、永遠に幸福な夢へ浸る事が出来るように。
「お母さん……」
胎(はら)の中で少年は母を乞う。
いずれこの場所が自分を生み、育み、慈しんでくれるものだと信じているのだろう。傍に寄り添い手を差し伸べてくれる母が無償の愛を注いでくれる事をただ信じているのだ。
だが、ここに何がある。
窓が嘲笑い、壁は素知らぬふりをして自分の話ばかりだ。汚水をまき散らす床のパイプだって、ノイズのはしるテレビだって、彼に何を与えてくれるというのだろう。
誰かを慈しむような愛情がこの世界にあるのだろうか。
恐らくそんなもの、最初からないのだ。彼は生まれてから一度だってそのような安らぎや温もりを手にしていなかったのだから、彼の構築する世界にもまた安らげるような場所など存在しないのだろう。
「ウォルター」
名を呼べば少年が、驚いたように顔をあげる。
自分の名を、誰かが呼んでくれるとは露ほども思わなかったのだろう。 表情は困惑していたが瞳にまだ穢れはなく、この不愉快な胎内とは裏腹に彼は無垢で美しくもあった。
「……お母さん?」
向けられた瞳は穢れこそ知らないものの、不安の色が強く見える。 それは自分に向けられる声も行動も暴力に満ちていた反動からだろう。俺は静かに首を振ると、少年の前へと跪いた。
「残念ながら俺はお前の母さんではないな」
「母さんじゃない……」
不安の奥に微かな輝いていた少年の瞳はすぐに落胆の色へと変わる。
だが仕方ない、俺がこの子の母親ではないのは事実だしこの子の母親になってやる事もまた出来ないのだ。偽りの母を演じ彼を騙しているのなら最初から真実を曝け出した方がよほど良いだろう。 彼はこれまで嘘偽りの世界で生きていたのだから尚更にそう思った。
「だったら、母さんは何処。母さんは。母さんは?」
不安げに呟きながら少年は何度も何度もこの異世界と化した室内を見渡す。壁に出来た顔はあざ笑いスラングで罵倒をはなっていたから俺は軽くその顔を小突いてやった。
きっと彼自身もわかっているのだろう。
彼は少年の姿こそしているがすでに少年ではない。 無垢ではあるがその足下にはいつでも血だまりがあり、顔には乾かぬほどの返り血に濡れている。
罪深い人間なのだ。法では当然許されず、自然の摂理からも反し、神からも見放された世界で彼は自らの母を、正確に言うのなら母を模した何かをこの世界に宿そうとしていた。
そのために他人も自分も犠牲にしてやっとここまでこぎ着けたらのだ。
だが仮に望み通りの事が起こっても彼は決して救われないだろう。救うという概念がそもそもこの場所には存在しないのだから。
無邪気な少年は青年へと成長するなか盲信する事でそれを忘れ、狂気の中に孤独を置いてきたたつもりだったのだろうが、脆弱な少年の心は孤独も空しさも悲しみも痛みも全てを捨てる事などできなかったのだろう。
その上で理解しているのだ。 この世界でも自分は愛されなどはしないという事に。
「俺はキミの母親ではない。名前は、ヘンリー」
「ハリー?」
「いや、ヘンリーだ。ヘンリー・タウンゼント。キミの母親でもなければ、父親でも、兄弟でもない」
俺の答えを聞いた少年は泣き出しそうな顔を向ける。
無理もないだろう。 彼が何を犠牲にしても求めていたものが、まだここには無いのだ。 生前の世界でずっと何かを求めてさまよい歩いていてとうとう何も得られなかった彼は生死が非道く曖昧なこの世界でもずっと迷子ままなのだ。
遠い昔に暖かな手から離されたまま、一人きりで暗闇を歩き続けた世界をずっとずっと続けているのだ。
「だったら、お母さんは。お母さんは何処、お母さん。ぼくはね。ぼくは……」
彼はただ一つほしいものがあった。 その為に生き続け、死にたくなるような屈辱にも耐え、その為だけに、あんなにまで残虐になれた。
その成果は今、実ろうとしている。
だがその実りは必ずしも彼の求めるものではないだろう。彼の思い通りに制御できるほど簡単な存在ではなく、そもそも彼は利用されそれを生み出したようなものなのだ。
真にどのような意味があり事をなしたのかさえ、理解してないはずだ。
もし彼が求めに答えられるのだとしたら、それはきっと俺だけなのかもしれない。
そして、俺にはその覚悟がある。
「ウォルター、俺はお前の父でも母でもない。だけど、俺たちでもきっと家族になれると思うから……怖がらないでどうか、俺の手をとってくれないか」
彼の欲しかったものの全てを与えられるかは自信が無いが尽力はしよう。
少年の求める愛情と俺のもつ愛情がどこまで同じかわからないが、裏切らぬよう寄り添っていこう。
凍える寒さは互いに身を寄せ、寂しい時は手を握り絶望や憤怒、怨嗟といったあらゆる負の感情から守ってやろう。
その願いをこめて震える少年の身体を抱き、その耳元で囁く。
「だからもう、俺で終わりにしてくれ。俺は、離れはしないから」
少年の目から、大粒の涙が零れ出す。
抱きしめられた暖かさに戸惑っているのだろう。 俺は少年の涙を唇で拭うと、そのまま頬を撫で、鼻に触れその小さな花弁のような唇に、優しく吸い付いてやった。
「へんりー……」
柔らかな唇は触れ合う事で一瞬、びくりと身体を震わせたが、抵抗はない。 彼は少年だが少年ではないのだから大人のするキスの意味も知っているのだろう。知っていて受け入れてくれたのなら、多分それは喜ばしい事なのだ。
俺を受け入れるが儀式を不完全にする事を知っていながら、ここで全てを止めて俺がいる世界に留まってくれるのを決めてくれたというのだろうから。
俺の身体が内側からじわりと熱くなっていくのが分かる。 世界が歪み世界の果てから閉ざされていくような感覚が強くなり、自分が歪な存在に浸食されることで人ではない何かへと変貌していくのを頭でも身体でも理解する。
俺はもう壊れるのだろう。
それは死とも違うものであり魂の冒涜だ。人間とも、化け物とも、生者とも死者とも違う何かになっていくのは神をも怖れぬ暴挙であり死を欺き、信仰を軽んじて、道徳さえも踏み越えた先にある道なき道なのだろう。
「へんりー……ヘンリー、ヘンリー。へんりぃ……」
だけどそれでも俺が良かったと強く思っているのは、腕に抱いた少年の身体が温かかったからだろう。
脈打つ壁も。嘲笑う窓もまるで俺たちには無関心なように自由に蠢く中、俺は少年の身体をつなぎ止めるように泣き出す彼の涙拭ってやっていた。
僅かに鉄錆の味がする、業深き、だが無垢な少年の涙を。
今日もまた彼は泣いていた。
全てを成し遂げ、今ここに安らぎがあるべきなのにそれでも彼は泣く事しか出来ない無力な少年のままだったのだ。
「……母さん。母さん? ……お母さん」
深淵より吹き荒ぶ風のような暗く寂しい声が俺の脳髄をかき回す。
この部屋が薄暗く陰鬱な空気が重く垂れ込めているのは幾日も窓を開けてないからというのもあるが俺の気持ちが少年の悲しみに強く囚われてしまっているも要員の一つだろう。
窓はまるで煤が張り付いたように曇り日の入らぬ部屋は湿っぽくてかび臭い。だが換気のためにとファンをまわしたところで、換気口に鼠の死体でも詰め込んでいるかのような非道い腐臭が立ちこめるばかりだ。そんな状態が随分と長く続いているものだから何時しか換気扇など使わなくなっていた。かといって窓を開ける事もない。窓を開けても外の排気ガスばかりがどんどん入ってくるだけだし、何よりあの少年は微かな光にも怯えて怖がって見せるのだ。
だから俺はこの沼の底に沈むヘドロのように淀んだ空気に身を委ねる事にした。
ただ一つ置かれたソファーにこしかけ、俺はドアの方を見る。
錠前が、一つ。二つ、三つ……あわせて五つ鎖に繋がれ内側から固定されている。内側から固定されているという事はこの錠前をつけたのは他ならぬ俺自身であるはずで、錠前の鍵も室内にあるはずなのだろうがこの部屋の何処にも鍵は存在しない。
この部屋にあるのは巨大な穴と脈打つ壁に誰のものとも思えぬ呻き声。
そして。
「……母さん?」
母を乞い彷徨う、一人の少年その影だけだった。
部屋にある巨大な穴は今ではない何処かに繋がっていて、そこで俺は少年と出会った。 少年は寄る辺ない自分の境遇を嘆き悲しみ寂しがり、ただ俺の後をついてきた。
……彼の名を、俺は知っている。
その過去も……何があって、何をしてきたのかも。
そして、彼が俺の死をもって全てを終わらせようとしている事もだ。さらに言うのなら例え俺が死んだとして目的を果たす事が出来たとしてもその先にあるのは彼の求める幸福とは違うもっとおぞましい何かである事も、俺は気付いていた。
窓はまるで運命を嘲笑うが如く、今日も揺れている。
外に風が吹く様子は見られない。 床にはまるでホースのような管がいくつも伸び、鼓動のような音をたてそれにあわせて脈打っていた。 これは踏みつけると下水のようなニオイのする黒い液体をまき散らすから歩く時はいっそう注意しなければならないので面倒だ。 壁には人の顔にしか見えぬようなひび割れが幾つも浮かび上がり蠢いている。その口から囁いていのような声が聞こえるのは風の音だけのせいでは決してないだろう。
引っ越してきたばかりの頃はこの部屋は少しばかり日当たりが悪いだけの古ぼけたアパートだったのだが今は見る影もない。壁はまるで臓腑の躍動を思わせるように蠢き、僅かに窓から見える世界はまるで死んだ魚の目を通して見たかのように濁っているのだから。
そう、ここはまともな世界ではない。
現実から隔絶された異世界であり、地球を模してはいるが全くの別世界なのだろう。
強いて名付けるなら胎内というのが一番近いのかもしれない。
子を育てる母胎、胎児たちのゆりかご、目覚めを待つ赤子たちの希望であり絶望。今この部屋は一つの胎(はら)であり、巨大な母なのだろう。
そしてこのまま永遠に母は胎(はら)の中で子を慰めるのだ。
生まれ墜ち悪魔とも化け物とも呼ばれ存在が、永遠に幸福な夢へ浸る事が出来るように。
「お母さん……」
胎(はら)の中で少年は母を乞う。
いずれこの場所が自分を生み、育み、慈しんでくれるものだと信じているのだろう。傍に寄り添い手を差し伸べてくれる母が無償の愛を注いでくれる事をただ信じているのだ。
だが、ここに何がある。
窓が嘲笑い、壁は素知らぬふりをして自分の話ばかりだ。汚水をまき散らす床のパイプだって、ノイズのはしるテレビだって、彼に何を与えてくれるというのだろう。
誰かを慈しむような愛情がこの世界にあるのだろうか。
恐らくそんなもの、最初からないのだ。彼は生まれてから一度だってそのような安らぎや温もりを手にしていなかったのだから、彼の構築する世界にもまた安らげるような場所など存在しないのだろう。
「ウォルター」
名を呼べば少年が、驚いたように顔をあげる。
自分の名を、誰かが呼んでくれるとは露ほども思わなかったのだろう。 表情は困惑していたが瞳にまだ穢れはなく、この不愉快な胎内とは裏腹に彼は無垢で美しくもあった。
「……お母さん?」
向けられた瞳は穢れこそ知らないものの、不安の色が強く見える。 それは自分に向けられる声も行動も暴力に満ちていた反動からだろう。俺は静かに首を振ると、少年の前へと跪いた。
「残念ながら俺はお前の母さんではないな」
「母さんじゃない……」
不安の奥に微かな輝いていた少年の瞳はすぐに落胆の色へと変わる。
だが仕方ない、俺がこの子の母親ではないのは事実だしこの子の母親になってやる事もまた出来ないのだ。偽りの母を演じ彼を騙しているのなら最初から真実を曝け出した方がよほど良いだろう。 彼はこれまで嘘偽りの世界で生きていたのだから尚更にそう思った。
「だったら、母さんは何処。母さんは。母さんは?」
不安げに呟きながら少年は何度も何度もこの異世界と化した室内を見渡す。壁に出来た顔はあざ笑いスラングで罵倒をはなっていたから俺は軽くその顔を小突いてやった。
きっと彼自身もわかっているのだろう。
彼は少年の姿こそしているがすでに少年ではない。 無垢ではあるがその足下にはいつでも血だまりがあり、顔には乾かぬほどの返り血に濡れている。
罪深い人間なのだ。法では当然許されず、自然の摂理からも反し、神からも見放された世界で彼は自らの母を、正確に言うのなら母を模した何かをこの世界に宿そうとしていた。
そのために他人も自分も犠牲にしてやっとここまでこぎ着けたらのだ。
だが仮に望み通りの事が起こっても彼は決して救われないだろう。救うという概念がそもそもこの場所には存在しないのだから。
無邪気な少年は青年へと成長するなか盲信する事でそれを忘れ、狂気の中に孤独を置いてきたたつもりだったのだろうが、脆弱な少年の心は孤独も空しさも悲しみも痛みも全てを捨てる事などできなかったのだろう。
その上で理解しているのだ。 この世界でも自分は愛されなどはしないという事に。
「俺はキミの母親ではない。名前は、ヘンリー」
「ハリー?」
「いや、ヘンリーだ。ヘンリー・タウンゼント。キミの母親でもなければ、父親でも、兄弟でもない」
俺の答えを聞いた少年は泣き出しそうな顔を向ける。
無理もないだろう。 彼が何を犠牲にしても求めていたものが、まだここには無いのだ。 生前の世界でずっと何かを求めてさまよい歩いていてとうとう何も得られなかった彼は生死が非道く曖昧なこの世界でもずっと迷子ままなのだ。
遠い昔に暖かな手から離されたまま、一人きりで暗闇を歩き続けた世界をずっとずっと続けているのだ。
「だったら、お母さんは。お母さんは何処、お母さん。ぼくはね。ぼくは……」
彼はただ一つほしいものがあった。 その為に生き続け、死にたくなるような屈辱にも耐え、その為だけに、あんなにまで残虐になれた。
その成果は今、実ろうとしている。
だがその実りは必ずしも彼の求めるものではないだろう。彼の思い通りに制御できるほど簡単な存在ではなく、そもそも彼は利用されそれを生み出したようなものなのだ。
真にどのような意味があり事をなしたのかさえ、理解してないはずだ。
もし彼が求めに答えられるのだとしたら、それはきっと俺だけなのかもしれない。
そして、俺にはその覚悟がある。
「ウォルター、俺はお前の父でも母でもない。だけど、俺たちでもきっと家族になれると思うから……怖がらないでどうか、俺の手をとってくれないか」
彼の欲しかったものの全てを与えられるかは自信が無いが尽力はしよう。
少年の求める愛情と俺のもつ愛情がどこまで同じかわからないが、裏切らぬよう寄り添っていこう。
凍える寒さは互いに身を寄せ、寂しい時は手を握り絶望や憤怒、怨嗟といったあらゆる負の感情から守ってやろう。
その願いをこめて震える少年の身体を抱き、その耳元で囁く。
「だからもう、俺で終わりにしてくれ。俺は、離れはしないから」
少年の目から、大粒の涙が零れ出す。
抱きしめられた暖かさに戸惑っているのだろう。 俺は少年の涙を唇で拭うと、そのまま頬を撫で、鼻に触れその小さな花弁のような唇に、優しく吸い付いてやった。
「へんりー……」
柔らかな唇は触れ合う事で一瞬、びくりと身体を震わせたが、抵抗はない。 彼は少年だが少年ではないのだから大人のするキスの意味も知っているのだろう。知っていて受け入れてくれたのなら、多分それは喜ばしい事なのだ。
俺を受け入れるが儀式を不完全にする事を知っていながら、ここで全てを止めて俺がいる世界に留まってくれるのを決めてくれたというのだろうから。
俺の身体が内側からじわりと熱くなっていくのが分かる。 世界が歪み世界の果てから閉ざされていくような感覚が強くなり、自分が歪な存在に浸食されることで人ではない何かへと変貌していくのを頭でも身体でも理解する。
俺はもう壊れるのだろう。
それは死とも違うものであり魂の冒涜だ。人間とも、化け物とも、生者とも死者とも違う何かになっていくのは神をも怖れぬ暴挙であり死を欺き、信仰を軽んじて、道徳さえも踏み越えた先にある道なき道なのだろう。
「へんりー……ヘンリー、ヘンリー。へんりぃ……」
だけどそれでも俺が良かったと強く思っているのは、腕に抱いた少年の身体が温かかったからだろう。
脈打つ壁も。嘲笑う窓もまるで俺たちには無関心なように自由に蠢く中、俺は少年の身体をつなぎ止めるように泣き出す彼の涙拭ってやっていた。
僅かに鉄錆の味がする、業深き、だが無垢な少年の涙を。
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