インターネット字書きマンの落書き帳
堕天作戦のコサイタスのはなし
手持ちの堕天作戦、既刊本を全部読んだ後電子書籍の続刊も読んだら「や、やっぱりコサイタスたまらねぇ~最高~」となってしまったのでコサイタスのことを書きました。
実質コサイタス感想文です。
感想文が書けないからなんか小説っぽいものにしましたが、コサイタス感想文ですよ。
「恐ろしい魔法をつかう奴だけど人に恵まれていた」は本当にその通りだよコサイタス……。
おまえは愛し、愛された……。
コサイタスが死の間際にヘリオスやシバのことをぼんやりと思うような話です。
特にBL要素はないんですが、BL製造工場でつくっているので「察知!」みたいな感じがあったら「個性だ!」って事でよろしくな!
実質コサイタス感想文です。
感想文が書けないからなんか小説っぽいものにしましたが、コサイタス感想文ですよ。
「恐ろしい魔法をつかう奴だけど人に恵まれていた」は本当にその通りだよコサイタス……。
おまえは愛し、愛された……。
コサイタスが死の間際にヘリオスやシバのことをぼんやりと思うような話です。
特にBL要素はないんですが、BL製造工場でつくっているので「察知!」みたいな感じがあったら「個性だ!」って事でよろしくな!
『凍土豊穣』
静寂のなか、世界が白く閉じていく。
コサイタスは自らの人生を己の名が通り、氷地獄(コキュートス)に包まれて終わろうとしていた。
終わるのは、別に良い。
魔人の人生など元より30年と短いものであり、殆どが戦場で生きて戦場で死ぬようなものなのだから、それを考えれば一人静かに生を終える事ができるのは幸運なことなのだろう。
だが、一人であるからこそ考えてしまうこともあった。
コサイタスは魔人であるが故に人間なら死に至る環境でも生を終えるまでの時間が長いから尚更に過去を思い出してしまうのだ。
コサイタスの脳裏によぎるのは大きくわけて二つ。
ヘリオスとシバのことだ。
シバは、コサイタスが生を与えてしまった子であった。
本来であれば何も考えられない幼子のまま処分されていただろうし、そうしていれば戴天党は今ほど窮地に陥らなかっただろう。少なくとも捕らえた時にすぐさま殺害していれば、メイミョーとの衝突や決裂は避けられたのではないかと思う。
それでも彼を保護したのは、コサイタスがより人らしい所作を身につけるためだった。
子供は可愛そうだ、何も知らないのだから犠牲にしてはならない。
それは人間にとっても魔人にとっても共通認識である事を学習したコサイタスは、人間でも魔人でもないシバにもそのように振る舞うことに決めたのだ。
言うなれば、シバはコサイタスにとっての練習場のようなものだった。
自分がきちんと人間らしく振る舞えているのか自信を付けるためにシバをそばにおき、シバの行動を見て人とは違う所作と、人と同じ所作を見極めていくために使っていたのだ。
実際、シバは知性が高く感情が豊かな少年だった。
少なくともコサイタスよりずっと多くを考え、悲しみや怒りに寄り添い、自分が人ではない事を悩み苦しむ事ができるような少年だったろう。
他人に対して無関心で自分にさえ無頓着だったコサイタスは、徐々に人らしい感情を得て笑ったり怒ったりしてみせるシバに大いに学び、それを組織に役立てる事に成功した。
だからこそ、悪い事をしたとも思うのだ。
シバに制御脳など与えず、人工臓器などをつけないままでいたら彼はもっと楽に生きられたではないか。
本能のまま破壊と暴食を繰り返す姿のままであれば、それは大きな災厄であり駆除すべき害獣と呼ばれはしたものの、考えて感じて自分の居場所を求めるなどという枷をつけられずに済んだに違いない。
あるいはコサイタスが捕らえてすぐ躊躇なく処分していれば、彼はこれ以上の苦痛も苦悩も知らないまま死ぬ事ができていたに違いない。
シバが苦しんで、憎しみで生きていたのだとしたらそれはコサイタスのせいだろう。
『それでは、彼は生まれてこなかったほうが良かった事になってしまいますよ』
誰かがそう、言った気がした。
コサイタスはその通りだと思った。
この世界に生まれ墜ちてしまったことが、シバの悲しみ全ての始まりなのだろうから、きっとあの子は生まれてきてはいけなかったのだ。
『彼の悲しみは、生まれてきたことじゃないです。だから、そんな事言わないであげてください』
あぁ、そうかもしれない。
鵺ではないが魔人でもない存在に普通に、人らしく生きる事を強いてしまったのがシバの悲しみと苦悩の始まりだ。
メイミョーにて身体を散々と弄られ実験動物の如く扱われた苦痛はシバの中で屈辱と怒りに変わっていくのは観察するうちに気付いていたし、だからこそ彼に「いざとなったら、好きにしていい」と告げていたのだ。
幸せを知らない自分が、他人を幸せに導けるはずがない。
それならば死に際には自由にしてやろう。復讐でも何でも後押しするだけの言葉をくれることだけが、コサイタスの考えられる優しさだった。
シバは言葉通り、最後を迎える覚悟をしたときメイミョーへの復讐する旋風となる道を選んだ。そしてそれは、コサイタスが最後のゼロ旋風を巻き起こす覚悟をさせたのだ。
『あなたのゼロ旋風が温度にまつわる名であれば、彼のゼロ旋風は重力にまつわるものなのでしょうか』
さぁ、どうなのだろう。
シバの虚術をゼロと評するものはいなかったが、空間を削り取って全てを消し去るというのをゼロと言うのならなるほど、確かにシバの能力もゼロ旋風と言えるだろう。
シバも自分の周囲を破壊しつくし命を消し去るという点ではコサイタスの能力と似ていたのかもしれない。
コサイタスの与える死は静寂と白に包まれ、シバはもっと音をたて激しく破壊していくという違いはあるのだろうが。
『似ていたんでしょうね、だから貴方も心が動いたんですよ』
そこはわからない。
確かにコサイタスはシバの幸せを願っていたが、コサイタスは自分自身にも無頓着な人間だったからだ。
人を学ぶために人を観察し、シバに手を差し伸べたのもまたあの子であれば自分が人とズレた感想を抱いたとしてもすぐに気付かないだろうと、そんな浅慮な気持ちがあったからだ。
心が動いたのではない、都合が良かっただけ。利用しただけだ。
やはりシバには悪い事をした。自分の都合ばかり押しつけて、何もしてやれなかった気がする。
『心というのは、どこから生まれるのでしょうか。人間はそれがあるといいます。魔人もそうです。ですが、魔人は人間から生まれた変異種で心の有無など自称のようなものですよ。あるか、ないかなんて本当は誰もわからないんです』
例えそうだったとしても、人は恩義を覚え情を覚えるというのは事実として存在する。
恩返しという理由で命を賭け、将兵のため決断を下す指揮官は信頼され時に戦局をもかえるのだ。
事実としてそれがある以上、人は心が存在し感情で動くと言ってもいいだろう。
『それも、第三者からの観測ですよ。情に訴えるような行為が必ずしも他者に影響を与えるとは限りません。そういった点でいえば、貴方に恩義を感じあなたのために命を賭そうとし、戴天党に尽くすのを決めた人がいるのなら、貴方はやっぱり心があったと。そう思いますよ、コサイタスさん』
そうだとしたら、シバもコサイタスに対して愛情のようなものを抱いていたのだろうか。
だとしたらやはり申し訳ない。
コサイタスはシバを愛していたのかといわれれば、そのような感情は最後まで理解できなかったのだから。
『はたしてそうでしょうか、愛するという感情は必ずしも抱いて湧き出るような簡単なものではないですよ』
コサイタスの心は文字通り、凍り付いていた。
ただ唯一、光を感じていた時があったのだとしたらヘリオスがいた頃だ。
『ヘリオス、遠き神話で天空を翔る太陽の神だとか。あなたに名をつけたのもヘリオスでしたね。彼は人間の遠き神話に精通していたのでしょう、コキュートスは冥府に流れる無数の川のうちの一つですが、あなたの名前は神曲の方からでしょうね。そちらは、全てを凍らす地獄の湖ですから』
以前、似たような話を聞いた気がする。
聞かせたのはヘリオスだったか、オスカーだったかは曖昧だ。だがコサイタスの名前が罪により氷の牢獄を生み出すような領域であるのは何とはなしに知っていた。
ヘリオスがどうしてそのような古い話を知っていたのか、そこまで詳しく知らないが彼は不死者だ。魔人であるコサイタスの10倍は長く生きているのだから知識に触れる機会は随分とあっただろう。
『人間の作り出した神話や伝承、物語というものを、ヘリオスさんが好きだったのかもしれませんね』
好きだった、好んでいた、それを言われて胸が疼く。
ヘリオスは死ぬ前にコサイタスに「愛している」と告げたのだ。
その言葉は今でも、コサイタスの記憶に張り付くよう残っている。
他人への関心などない、自分自身への興味もないコサイタスではあったがヘリオスの言葉は世界の全てのように思えていた。
『愛という言葉は美しいものとして歌われますが、その内実は美しいと言い難いものです。あるいは、美しくないから美しく飾り立てようとしているのかもしれません』
ヘリオスを世界と捉えていた、この行動は愛なのだろうか。
そうだとしたら、コサイタスもまたヘリオスを愛していたのだろうか。
『愛とは呪い、愛とは軛、そのようになる言葉です。愛とは、他人の自由を侵害します。独占したいと思い、世界にその存在があってほしいと願うようになる。そのように人を動かしてしまう感情は、愛と言えたのかもしれません』
それならば、愛だろう。
コサイタスがヘリオスに抱いていた感情は紛れもなく愛だ。彼がコサイタスの世界であり、生きる理由であった。ヘリオスではない不死者を求めたのも、不死者であればヘリオスのように導いてくれるに違いないと、そう思ったからだ。
シバはとうとう、不死者などつれてこなかったが。
やはり、恨まれていたのだろうか。
存在しない心で存在しない愛情を見せかけて接していたことくらい、自分よりもずっと人の機微を理解していたシバなら気付いていたはずだ。
それに、ヘリオスはどうだろう。
愛していると口にはしたが、彼の世界でコサイタスの占める割合などほんの僅かだったろう。
戴天党の前身である組織を率いていた時から、彼はコサイタスよりずっと多くの事を考えていた。オスカーと出会ってからますます視野は広がり、仲間も増えていった。 全てを照らす光であったヘリオスにとって、自分はそのうち一つの礫のようなものだった。
それだというのにどうして、愛していると告げたのだろうか。
『愛していたからですよ、他に理由はないです』
わからない、コサイタスにとってヘリオスは一人だった。
だかヘリオスにとっては数多い魔人のなかで古株のひとりにすぎなかったのではないか。
『愛していたからです。ヘリオスさんにとって、コサイタスさん。あなたと共にいた時間が、いちばん愛おしかった。いちばん、楽しかったんです。世界がいくら広がり、仲間がいくら増えたとしても、過ごした時間が一番に輝いていた時は愛おしいんです。その時隣にいたひとが、何よりも大切なんですよ』
コサイタスは、ヘリオスを愛していた。
ヘリオスは……。
『愛していましたよ、ヘリオスさんにとっても、あなたは世界でした』
……そうだといい、そうだと願ったから奇跡がおきたのだ。
静寂が終わり朝日が昇る頃、光を背負ってまさに太陽を運ぶようヘリオスが立っていたのだから。
愛するという軛にひかれ、愛するという言葉を縁にして、氷の世界に生まれたコサイタス。
息絶えた彼の手に、戴天党の腕章が握られる。
それは、ずっと彼の事を気に留めていた子であるシバのものだった。
『コサイタス、あなたはヘリオスさんを愛した。そして、シバさんに愛されていた。あなたは……世界に望まれていたんです』
白い静寂のなか、凍えた躯を晒すコサイタスの傍を一つの影が離れていく。
世界は残酷であり、彼の魔法は災厄であり、彼は自信の心がどこにあるのか最後までわからなかった。
だが、彼は恵まれていたのだ。
人を愛し、人に愛されて優しい生涯を終えられるのは、永久に続く戦場では稀なる事なのだろうから。
静寂のなか、世界が白く閉じていく。
コサイタスは自らの人生を己の名が通り、氷地獄(コキュートス)に包まれて終わろうとしていた。
終わるのは、別に良い。
魔人の人生など元より30年と短いものであり、殆どが戦場で生きて戦場で死ぬようなものなのだから、それを考えれば一人静かに生を終える事ができるのは幸運なことなのだろう。
だが、一人であるからこそ考えてしまうこともあった。
コサイタスは魔人であるが故に人間なら死に至る環境でも生を終えるまでの時間が長いから尚更に過去を思い出してしまうのだ。
コサイタスの脳裏によぎるのは大きくわけて二つ。
ヘリオスとシバのことだ。
シバは、コサイタスが生を与えてしまった子であった。
本来であれば何も考えられない幼子のまま処分されていただろうし、そうしていれば戴天党は今ほど窮地に陥らなかっただろう。少なくとも捕らえた時にすぐさま殺害していれば、メイミョーとの衝突や決裂は避けられたのではないかと思う。
それでも彼を保護したのは、コサイタスがより人らしい所作を身につけるためだった。
子供は可愛そうだ、何も知らないのだから犠牲にしてはならない。
それは人間にとっても魔人にとっても共通認識である事を学習したコサイタスは、人間でも魔人でもないシバにもそのように振る舞うことに決めたのだ。
言うなれば、シバはコサイタスにとっての練習場のようなものだった。
自分がきちんと人間らしく振る舞えているのか自信を付けるためにシバをそばにおき、シバの行動を見て人とは違う所作と、人と同じ所作を見極めていくために使っていたのだ。
実際、シバは知性が高く感情が豊かな少年だった。
少なくともコサイタスよりずっと多くを考え、悲しみや怒りに寄り添い、自分が人ではない事を悩み苦しむ事ができるような少年だったろう。
他人に対して無関心で自分にさえ無頓着だったコサイタスは、徐々に人らしい感情を得て笑ったり怒ったりしてみせるシバに大いに学び、それを組織に役立てる事に成功した。
だからこそ、悪い事をしたとも思うのだ。
シバに制御脳など与えず、人工臓器などをつけないままでいたら彼はもっと楽に生きられたではないか。
本能のまま破壊と暴食を繰り返す姿のままであれば、それは大きな災厄であり駆除すべき害獣と呼ばれはしたものの、考えて感じて自分の居場所を求めるなどという枷をつけられずに済んだに違いない。
あるいはコサイタスが捕らえてすぐ躊躇なく処分していれば、彼はこれ以上の苦痛も苦悩も知らないまま死ぬ事ができていたに違いない。
シバが苦しんで、憎しみで生きていたのだとしたらそれはコサイタスのせいだろう。
『それでは、彼は生まれてこなかったほうが良かった事になってしまいますよ』
誰かがそう、言った気がした。
コサイタスはその通りだと思った。
この世界に生まれ墜ちてしまったことが、シバの悲しみ全ての始まりなのだろうから、きっとあの子は生まれてきてはいけなかったのだ。
『彼の悲しみは、生まれてきたことじゃないです。だから、そんな事言わないであげてください』
あぁ、そうかもしれない。
鵺ではないが魔人でもない存在に普通に、人らしく生きる事を強いてしまったのがシバの悲しみと苦悩の始まりだ。
メイミョーにて身体を散々と弄られ実験動物の如く扱われた苦痛はシバの中で屈辱と怒りに変わっていくのは観察するうちに気付いていたし、だからこそ彼に「いざとなったら、好きにしていい」と告げていたのだ。
幸せを知らない自分が、他人を幸せに導けるはずがない。
それならば死に際には自由にしてやろう。復讐でも何でも後押しするだけの言葉をくれることだけが、コサイタスの考えられる優しさだった。
シバは言葉通り、最後を迎える覚悟をしたときメイミョーへの復讐する旋風となる道を選んだ。そしてそれは、コサイタスが最後のゼロ旋風を巻き起こす覚悟をさせたのだ。
『あなたのゼロ旋風が温度にまつわる名であれば、彼のゼロ旋風は重力にまつわるものなのでしょうか』
さぁ、どうなのだろう。
シバの虚術をゼロと評するものはいなかったが、空間を削り取って全てを消し去るというのをゼロと言うのならなるほど、確かにシバの能力もゼロ旋風と言えるだろう。
シバも自分の周囲を破壊しつくし命を消し去るという点ではコサイタスの能力と似ていたのかもしれない。
コサイタスの与える死は静寂と白に包まれ、シバはもっと音をたて激しく破壊していくという違いはあるのだろうが。
『似ていたんでしょうね、だから貴方も心が動いたんですよ』
そこはわからない。
確かにコサイタスはシバの幸せを願っていたが、コサイタスは自分自身にも無頓着な人間だったからだ。
人を学ぶために人を観察し、シバに手を差し伸べたのもまたあの子であれば自分が人とズレた感想を抱いたとしてもすぐに気付かないだろうと、そんな浅慮な気持ちがあったからだ。
心が動いたのではない、都合が良かっただけ。利用しただけだ。
やはりシバには悪い事をした。自分の都合ばかり押しつけて、何もしてやれなかった気がする。
『心というのは、どこから生まれるのでしょうか。人間はそれがあるといいます。魔人もそうです。ですが、魔人は人間から生まれた変異種で心の有無など自称のようなものですよ。あるか、ないかなんて本当は誰もわからないんです』
例えそうだったとしても、人は恩義を覚え情を覚えるというのは事実として存在する。
恩返しという理由で命を賭け、将兵のため決断を下す指揮官は信頼され時に戦局をもかえるのだ。
事実としてそれがある以上、人は心が存在し感情で動くと言ってもいいだろう。
『それも、第三者からの観測ですよ。情に訴えるような行為が必ずしも他者に影響を与えるとは限りません。そういった点でいえば、貴方に恩義を感じあなたのために命を賭そうとし、戴天党に尽くすのを決めた人がいるのなら、貴方はやっぱり心があったと。そう思いますよ、コサイタスさん』
そうだとしたら、シバもコサイタスに対して愛情のようなものを抱いていたのだろうか。
だとしたらやはり申し訳ない。
コサイタスはシバを愛していたのかといわれれば、そのような感情は最後まで理解できなかったのだから。
『はたしてそうでしょうか、愛するという感情は必ずしも抱いて湧き出るような簡単なものではないですよ』
コサイタスの心は文字通り、凍り付いていた。
ただ唯一、光を感じていた時があったのだとしたらヘリオスがいた頃だ。
『ヘリオス、遠き神話で天空を翔る太陽の神だとか。あなたに名をつけたのもヘリオスでしたね。彼は人間の遠き神話に精通していたのでしょう、コキュートスは冥府に流れる無数の川のうちの一つですが、あなたの名前は神曲の方からでしょうね。そちらは、全てを凍らす地獄の湖ですから』
以前、似たような話を聞いた気がする。
聞かせたのはヘリオスだったか、オスカーだったかは曖昧だ。だがコサイタスの名前が罪により氷の牢獄を生み出すような領域であるのは何とはなしに知っていた。
ヘリオスがどうしてそのような古い話を知っていたのか、そこまで詳しく知らないが彼は不死者だ。魔人であるコサイタスの10倍は長く生きているのだから知識に触れる機会は随分とあっただろう。
『人間の作り出した神話や伝承、物語というものを、ヘリオスさんが好きだったのかもしれませんね』
好きだった、好んでいた、それを言われて胸が疼く。
ヘリオスは死ぬ前にコサイタスに「愛している」と告げたのだ。
その言葉は今でも、コサイタスの記憶に張り付くよう残っている。
他人への関心などない、自分自身への興味もないコサイタスではあったがヘリオスの言葉は世界の全てのように思えていた。
『愛という言葉は美しいものとして歌われますが、その内実は美しいと言い難いものです。あるいは、美しくないから美しく飾り立てようとしているのかもしれません』
ヘリオスを世界と捉えていた、この行動は愛なのだろうか。
そうだとしたら、コサイタスもまたヘリオスを愛していたのだろうか。
『愛とは呪い、愛とは軛、そのようになる言葉です。愛とは、他人の自由を侵害します。独占したいと思い、世界にその存在があってほしいと願うようになる。そのように人を動かしてしまう感情は、愛と言えたのかもしれません』
それならば、愛だろう。
コサイタスがヘリオスに抱いていた感情は紛れもなく愛だ。彼がコサイタスの世界であり、生きる理由であった。ヘリオスではない不死者を求めたのも、不死者であればヘリオスのように導いてくれるに違いないと、そう思ったからだ。
シバはとうとう、不死者などつれてこなかったが。
やはり、恨まれていたのだろうか。
存在しない心で存在しない愛情を見せかけて接していたことくらい、自分よりもずっと人の機微を理解していたシバなら気付いていたはずだ。
それに、ヘリオスはどうだろう。
愛していると口にはしたが、彼の世界でコサイタスの占める割合などほんの僅かだったろう。
戴天党の前身である組織を率いていた時から、彼はコサイタスよりずっと多くの事を考えていた。オスカーと出会ってからますます視野は広がり、仲間も増えていった。 全てを照らす光であったヘリオスにとって、自分はそのうち一つの礫のようなものだった。
それだというのにどうして、愛していると告げたのだろうか。
『愛していたからですよ、他に理由はないです』
わからない、コサイタスにとってヘリオスは一人だった。
だかヘリオスにとっては数多い魔人のなかで古株のひとりにすぎなかったのではないか。
『愛していたからです。ヘリオスさんにとって、コサイタスさん。あなたと共にいた時間が、いちばん愛おしかった。いちばん、楽しかったんです。世界がいくら広がり、仲間がいくら増えたとしても、過ごした時間が一番に輝いていた時は愛おしいんです。その時隣にいたひとが、何よりも大切なんですよ』
コサイタスは、ヘリオスを愛していた。
ヘリオスは……。
『愛していましたよ、ヘリオスさんにとっても、あなたは世界でした』
……そうだといい、そうだと願ったから奇跡がおきたのだ。
静寂が終わり朝日が昇る頃、光を背負ってまさに太陽を運ぶようヘリオスが立っていたのだから。
愛するという軛にひかれ、愛するという言葉を縁にして、氷の世界に生まれたコサイタス。
息絶えた彼の手に、戴天党の腕章が握られる。
それは、ずっと彼の事を気に留めていた子であるシバのものだった。
『コサイタス、あなたはヘリオスさんを愛した。そして、シバさんに愛されていた。あなたは……世界に望まれていたんです』
白い静寂のなか、凍えた躯を晒すコサイタスの傍を一つの影が離れていく。
世界は残酷であり、彼の魔法は災厄であり、彼は自信の心がどこにあるのか最後までわからなかった。
だが、彼は恵まれていたのだ。
人を愛し、人に愛されて優しい生涯を終えられるのは、永久に続く戦場では稀なる事なのだろうから。
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