インターネット字書きマンの落書き帳
平行世界で喪ったものを取り戻そうと思うのは罪なのか(隆押)
話をしようか。
例えばこの家のどこかが「別世界」と繋がっていたとしよう。
その別世界は剣や魔法のファンタジーな世界でもなければ科学技術が進んだSFの世界でもない。
昨日と同じ平凡な日常が続くだけの世界だ。
だが少しだけその世界は、何かが少しだけ違っている。
似た姿をしているが、見知った顔の性格が少し違ったりしているんだ。
それでも、その世界で。
もう喪った人がいたとしたら……キミは、どうする?
他愛もない話をしたな。
この物語はそんな事とは無関係な、ただ「自分の家から愛しい男と同じ姿をした誰か」が現れてしまう。そんな数奇な運命を辿る事になった少年の話だよ。
(つまり、隆幸兄さん×押切くんの話をしますってコト)
例えばこの家のどこかが「別世界」と繋がっていたとしよう。
その別世界は剣や魔法のファンタジーな世界でもなければ科学技術が進んだSFの世界でもない。
昨日と同じ平凡な日常が続くだけの世界だ。
だが少しだけその世界は、何かが少しだけ違っている。
似た姿をしているが、見知った顔の性格が少し違ったりしているんだ。
それでも、その世界で。
もう喪った人がいたとしたら……キミは、どうする?
他愛もない話をしたな。
この物語はそんな事とは無関係な、ただ「自分の家から愛しい男と同じ姿をした誰か」が現れてしまう。そんな数奇な運命を辿る事になった少年の話だよ。
(つまり、隆幸兄さん×押切くんの話をしますってコト)
『認識』
隆幸が家に帰るなり、靴を脱ぐ暇も与えず母親の声がした。
「隆幸、帰って来たの? さっきまでトオルちゃんが来てたのよ。貴方に会いたがったみたいだけど、入れ違いになっちゃったみたいね」
台所で夕食を作りながら話しているのだろう。玄関へと入った瞬間から美味しそうな煮物の香りが漂ってくる。
魚の煮付けにしても肉じゃがにしても、煮物は母の得意料理であり隆幸の好物でもある。
今日の夕食は何だろうと想像するだけで腹の虫が鳴る隆幸を前に、母はリュックサックを手にして現れた。
「それでね、隆幸。悪いんだけどこれ、トオルちゃんが忘れていったのよ。届けてくれない? ほら、アンタだったら自転車ですぐ行けるでしょ?」
従兄弟である押切トオルの家は街の中心地から離れた所にある。直線距離ならたいした距離ではないのだが迂回ルートが多い上ずっと上り坂なので自転車でもたっぷり20分はかかる道のりだった。
「えー……。明日でもいいだろ? トオルも忘れたのに気付けば、明日のアサイチでこっちに顔見せるだろうし」
すでに夕刻は過ぎ、周囲は暗くなりはじめている。
トオルの家までなら行って帰ってくるだけでも40分はかかるだろう。大学帰りの疲れと空腹は隆幸を億劫にさせるが。
「そうだとは思うんだけどね、この鞄、中に教科書とかノートとか入ってるのよ。ほら、トオルちゃんの家からうちまでは遠いし、トオルちゃんの学校とは逆方向じゃない? これがないと困ると思うのよねぇ……」
隆幸の母が困ったようにそう告げる。
それを聞いた時、隆幸は少し妙だなと思った。彼の知る押切トオルは時々粗忽な一面を見せるが基本的には几帳面でしっかりした性格だからだ。
「隆幸が行かないなら、私が自転車でひとっ走り行ってくるつもりだけど、どう? 夕飯先に食べてる?」
隆幸の母は車の免許をもっていない。自転車には乗るが前後に籠をつけた買い物に特化したママチャリだ。 隆幸ほど体力もないから、トオルの家まで行くのには自分より時間がかかるだろう。
すでに日も傾き夜といってもいい時間だ。母親とはいえ女性一人で外に行かせるのは不安である。
「いや、母さんが行くなら俺が行くよ。俺の自転車の方が早いからね……鞄貸して」
それは母に余計な負担をかけさせたくないといった理由もあったが、トオルらしからぬ行動が気になったというのもあった。
隆幸の知る押切トオルは色々と気にするタイプであり慎重すぎる所がある。そんな彼が明日使うかもしれない学校の教科書やノートを入れっぱなしにした鞄を忘れるだなんて考えられなかったからだ。
少なくとも普段の彼なら途中で気付いてとりにくるはず。取りに来れなくても鞄を忘れていなかったか電話の一つでもよこすはずなのだ。
だが今日のトオルはそのどちらもない故に、妙だと思った。トオルらしくない幾つもの行動に違和感が募る。
ひょっとしたら何か気付いて欲しい事があるのではないか。だがそれを口に出来ないから、こうしてわざと忘れては困るものを忘れる事で何かを伝えたいのではないか……。
(なんて、大げさに考えすぎか……)
隆幸はトオルの鞄を自転車カゴに入れると勢いよくペダルを踏んだ。
たまたま忘れただけ。疲れているか何かして連絡を忘れていただけ。ただそれだけのコトだとは思う。ここ最近トオルの様子がやけに落ち着かないのも。何かを言おうとして、だが言葉を飲み込むような仕草を見せる事も年頃だから恋の悩みでもあるのだろうとあえて楽観的に振る舞い、深く突っ込んで聞こうとはしなかった。
だが実はトオルの回りに起きている事はもっと大きな事ではないのだろうか。
それも、あの奇妙な館にまつわるような厄介事ではないのだろうか……。
そう思うと自然とペダルを漕ぐのが速くなっていた。
押切トオルは郊外にある広い館に住んでいる。
デザイナーが建てたような奇抜な家は部屋数がやけにありそこに暮しているトオルでもいくつ部屋があるのかわからないのだそうだ。
以前、隆幸はその屋敷で「もう一人のトオル」を見た事がある。
押切トオルと同じ姿をし、声をしているがまったく性格は違う別人のトオルだ。
あの時は夢でも見ていたのだと思ったが……。
(あれが夢じゃなかったとしたら、トオルに何がおこっているんだ。何が……)
暗澹たる考えを振り払うように、隆幸はただ無言でペダルを漕ぐ。 日は山の彼方へと沈み、外灯が乏しい光をぽつり、ぽつりとつけはじめるのだった。
脇目も振らすにこぎ続けたから思ったより早く到着しただろう。
郊外の大きな坂を上った先にある押切トオルの家からは住宅街が一望出来た。
普段なら良い景色だと思い一息つくところだろうが、夜になりはじめた街は僅かに灯りが見えるだけで人影もなくひどくさみしく見える。
それにこの建物は、いつ来てもどこか不気味な気配が漂っていた。
誰かに見られているような、誰かがこの家にいるような……そんな気がしてならなかった。
(早く置いて帰るとするか……トオル、帰って来ているのか……)
室内は暗いが、二階からは僅かに灯りが漏れている。多分帰って来ているのだろう。
それにしても、今日は特に「人の気配」が強い。まるで本当に誰かが。それも複数人が何処からか見ているような気さえする。
押切トオルの両親はいま海外におり今はトオル一人で住んでいる。そんなトオルから、この家の不可解さや不気味さは幾度も聞いていた。
いつも壁を歩き回るような音や、部屋のない場所から人の声が聞こえているというのだ。
隆幸もこの家で「もう一人のトオル」を見ていなければ一人暮らしの寂しさで精神が疲れているのだろう位にしか思っていなかっただろう。
(もしトオルがいるなら家につれて帰った方がいいかもな。何だか今日は特にマズイ気がする)
隆幸はそんな事を思いながら玄関に立てば、驚くほどあっけなくドアノブが回った。鍵がかかっていなかったようだ。 不用心すぎやしないかと思いながら顔を上げれば、台所もリビングも1階の部屋は真っ暗で少し先も見通せない。
だが確実に誰かがいる気配がした。勿論、トオルがしばしば口にしている「人のいるような気配」ではなく、確実にさっきまで誰かがこの家にいたという気配だ。
長く人のいなかった部屋は、部屋の空気が沈んでいるような淀んでいるような所があるのだが、この玄関も部屋もさっきまで人がいたような気配が確かに存在した。
「トオル、いるのか? ……鞄忘れたみたいだからもってきたんだけど」
インターフォンを押してみたが何の音も鳴らないので、室内に声をかける。
だが返事は一切ない。
暗がりに目がなれてきた隆幸には、ぼんやりと部屋の輪郭だけが浮かび上がって見える。
トオルの部屋は玄関を入ってからすぐにある二階の一室だったはずだが、今でも場所は変わってないだろう。
「トオル、入るぞ」
声をかけたが返事はない。だが誰かがいる気配はする。勝手に入るのは気が引けたし玄関先に鞄を置いてメモ書きでも残しておけばトオルだって気付くだろう。
だが部屋に入りトオルが無事である姿を確認しなければいけない。 これだけ声をかけても返事がないのは明らかにおかしいし、何かあったら助けてやるのが従兄弟の使命だと思っていた。
隆幸は暗がりに目をこらし部屋の奥へと向う。
二階へ進む階段がやけに軋む音がした。
これだけの音がすれば自分がこちらに向っている事には気付きそうなものだが、トオルが顔を見せる様子はない。
だが二階には確かにトオルがいる。間違いないはずだ。それを示すように二階にあるトオルの部屋は僅かに開き、その声も聞こえていた。
「っぁ……兄さん、兄さん……」
かすかに聞こえるトオルの声から、自分が来ているのも分っているようだ。
だが胸騒ぎがする。
いつものトオルの声とあまりに違いすぎたし、その声があまりにも艶やかだったからだ。
何となくあの部屋にいってはいけない。見てはいけないものを見てしまうから。
その思いを留められるほど、隆幸の好奇心は小さくなかった。
そうして覗いた暗い家の中で微かに開いたドアからもれる光、その向こうにトオルはいた。殆ど服も着てない姿でベッドに寝転ばされていたのだ。
「兄さん……愛してる、愛してる……隆幸兄さんッ……」
甘い声で叫びながら「隆幸」の名を呼ぶトオルは見知らぬ男に抱かれていた。
そう、知らない男だ。
だがその男はどういう理屈か知らないが、顔も声もその容姿からほくろの位置まで自分と。「隆幸」と同じだったのだ。
「……可愛いな、トオル。そんなに俺が好きか? それとも好きなのはこの顔と身体だけか」
知らない男は自分の顔と声で、トオルの耳もとに甘い言葉をかける。
「俺は、兄さん。俺はっ……」
「はは、どっちでもいいさ。俺はただトオルの身体を抱ければそれでいい……好きだよ、トオル。俺は、俺の事が好きなお前が愛おしい」
自分と同じ顔をした男は、いかにも愉快そうに笑うとトオルの身体を激しく穿ち、その首筋を愛おしそうに舐る。
何がおこっているのだろう。
あの男は誰で、トオルはどうしてその男に抱かれているのだ。
何よりもあの男はどうしてそんなにも自分に似ているのだろう。
様々な思考が渦巻く最中、ふと視線が男と会った。
男は隆幸がこちらを見ている事に気付いたのだろう。トオルの顔を少し強引に自分の方へ向けると、わざと見せつけるようにキスをする。
「隆幸兄さん、好き……好き……」
「俺も好きだよトオル。俺は何でもしてやるし、トオルに何でもくれてやる。だからずっと、俺だけを見てろ。俺だけを愛していろ。なぁ……『この世界の俺』がしてくれない事、全部俺がしてやるからな」
見せつけるようなキスを前に、隆幸は自分こそ「部外者」である事にようやく気付く。
この男が何者かは知らない。どうして自分と同じような容姿をしているのかもわからない。だが今、トオルが求めて交わっているのはこの男であり自分ではない。
必用とされているのは「その男」なのだ。
隆幸は静かに部屋から遠ざかると玄関にメモ書きを置いて去って行った。
【うちに鞄を忘れていっただろう? 誰もいなかったから、ここにおいておく。鍵くらいかけろ、不用心だぞ】
何も見ず何も聞かず、何も気付かなかったふりをして書いたメモ書きは少し文字が震えていたかもしれない。
ただ一刻も早くその場を立ち去りたかった。
鞄を置いてすぐ自転車に乗り夢中になって家に戻った時は19時前後だったろうか。
あんなに楽しみだった夕食も手につかず、ろくに食べないまま隆幸は自分の部屋にもどるとベッドの上で悶々とする。
トオルは相手の事を「隆幸」といった。
あの男もまた「隆幸」というのだろうか。自分の同じ顔と身体、そして声をもつあの男も。 そしてあの男はトオルがまだ学生なのを知りながら、その身体を自由に我が物としているのだろうか。
トオルの思いを利用して。
だとしたら非道い外道だと思う。許されざる事だとも。何も知らないトオルがセックスの気持ちよさだけ教えられればそれの虜になってしまっても仕方ないだろう。 彼の年頃は性への好奇心が旺盛だ。一度覚えたら何度でも求めてしまう盛りなのだ。与えられる快楽を拒めるほどの理性もないだろう。
つまるところ、トオルはまだ子供なのだ。
そしてあの男はそれを知ってトオルの身体を弄んでいるのだろう、一時の劣情をおさえるために。
最低だ。大人として最低の行為だ。
だが……。
「……俺も、あいつと同じ最低の奴だな」
精液で濡れた手を眺め、隆幸は誰に聞かせるでもなく独り言ちる。
あの時見せたトオルの表情は未だ脳裏に焼き付いている。
結局のところ、自分だって同じだ。
もしトオルが自分に抱かれる事を望んだのなら理性や常識など全てを押し込んで思うがままにしていたかもしれない。
そう思っていたから、隆幸はあの男を責める事など出来なかった。
出来るはずもなかったのだ。
同じことを自分も心に秘めながらも望んでいるのだから。
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