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インターネット字書きマンの落書き帳

   
海は美しく、だがとても恐ろしい(オブラディン号の帰還)
オブラディン号の二次創作です。
クリア記念に、オブラディン号の主人公がその後、誰かと話すだけの物語です。

クリア記念なんでネタバレは……あるよ!
だけど話そのものは……他愛もない、ただの語りです。

オブラディンの思い出のはしっこにどうぞ。



「今日も海は美しくだがだからこそ恐ろしい」

 海というのは美しい。
 だが同時に底がなく恐ろしいのも知っていなければいけないよ。

 さて、少し話をしよう。
 これから船乗りになるというキミへの餞別だ。
 少し説教臭くなるかもしれないが、僕もそんなに若くないから勘弁してくれよ。

 オブラ・ディン号という船があったのを知ってるかい?
 乗員・乗客は一人もなくただ船だけが帰港したという奇妙な船だ。
 そう、4年行方不明で突然ふらりと船だけが戻って来たあの奇妙な船さ。
 あまりに妙な話だったから、流石にキミも聞いた事があるようだね。

 あの船はイギリスを出て、極東を目指していた。
 当初の航路では喜望峰まで半年ほどかけて向う予定だったかな。
 アフリカ大陸を沿うように南下し喜望峰を目指す航路は今でもよく使われてるから、キミもいつかは通るかもしれないね。

 オブラディン号は大型の貨物船で、喜望峰を目指すのも確か初めてではなかったと思うんだが、そこの記憶は曖昧だな。
 ただ船には多くのベテラン乗務員がいた。
 船長に航海士が複数乗って、士官候補生までいたんだ。
 普通だったらトラブルなんてないはずの、大きな船さ。

 だがその船は乗員も乗客も全て消えてしまい、無人のままふらっと戻ってきたんだ。
 キミも知っての通り、戻ってきたのは消息を絶ってから4年後。
 からっぽのまま、喜望峰ではなくイギリスへ戻って来たんだ。

 不思議なものだろう?
 今でもあの船がどうして、どうやって戻ってきたのか分っていない。
 何せ帆も畳まれたままで、動力らしい動力は一切ない状態だったんだからね。

 だが海は、時々そういう事がおこるんだ。
 奇跡のような、魔法のような。あるいは呪いのような事がね。

 そうだな……こんな話をしよう。
 極東の小さい国の話だ。
 そこは……長くフランスの領土であり、その最中で海賊のような輩が横行していた。
 一時は海賊が己を王と名乗りかなり海を荒らし回ったそうだよ。
 海賊は自分たちには「加護」があると言ってかなりの自信で無茶な航海をしていたという。
 彼らを加護していたのは、何だったとキミは思う?

 僕らはそう、神といえばただ一人であり救世主もまた一人だ。
 だけど極東のほうは多神教っていってね、神は幾人もいるものなのさ。
 そして必ずしも人を守護するものでもない。

 どうやら向こうの神様は気まぐれで力の制御もあまり上手くはないようなんだ。
 故に、「神を制御する力」が人間には必用だった。
 抑止力として祭りを行い、供物を捧げ……そうやって神様のご機嫌取りをして加護や恩恵を受けているというわけさ。
 そうしないとカミサマが臍を曲げて、とんでもない災厄を運んでくるからね。

 話を戻そう。
 その海賊は数年ほどのさばっていたようだけど、ある時突然いなくなった。
 頭領が死んだのか、船が沈んだのか詳しいことは分らないけど突然ぷっつりと消息が途絶えたんだ。

 単純に嵐に巻き込まれて死んだのだろうとは思うよ。
 だけどもし「加護を失った」のだとしたら……そしてその「加護」が何かしら形のあるものだったとしたら……。
 極東の小さな島国から、何かしらの理由でイギリスまで渡ってきていても不思議ではないかもしれないね。
 何せ「カミサマ」を従える力をもっているのだから……王族のような人たちにとって、恐ろしいが頼りになる加護になるだろうからね。

 ほら、こっちでも大きな船の船首には縁起のいいものを彫るだろう?
 女神であったり、ユニコーンであったり、ドラゴンであったり……あれは加護だ。言うなれば御守りだ。
 それと同じように極東でも、護符というまじないをかいた札が御守りになったり、石ころが御守りになったりするらしい。

 だから向こうで加護を得るようなものが、どんな形をしているかはわからないのさ。
 それは剣の形かもしれないし、宝石かもしれない。
 そうかと思えばもっと他愛もない……ただの貝殻かもしれないんだよ。

 あぁ、だから海のものをは無闇矢鱈に拾わない方がいい。
 珍しいものを見つけても海に「還して」やるほうがいい。

 海には不思議なもの、珍しいもの、奇妙なものが沢山ある。
 高価な財宝もあるが恐ろしいものだって沢山あるんだ。

 自分の知らないものを見た、それについて調べたいと思った。
 そんな好奇心を抱いても、自分がその知識に触れるに至らないと思ったら早めに手放しておく事だね。

 ほら、好奇心猫を殺すって言うだろう?
 ……猫じゃなく、猿が殺される事もあるんだろうけどね。

 ん……そうか、僕の書斎に入った事があるんだね。
 色々置いてあっただろう?
 仕事が……少し特殊だからね。 都度、変わったものを手に入れる事があるんだ。
 危険だと思ったものは流石に手放すけど、思い出にとっておくものもある。記念品でもあるし、亡き人や事件を忘れないためというのもある。
 あの書斎はある種の墓碑銘でもあるのさ。

 そこに猿の渇いた手があるのに気付いたのかい?
 確かにあれは異質に見えるだろうからね。

 でも僕にとって、一つの物語を完成させる唯一の方法で……愚かで好奇心旺盛の酔狂な男が悪戯をしてくれたおかげで、僕はその物語を結末まで導く事が出来た。

 その思い出の品で……。
 60人の良い人と勇敢な人、惑わされた人、狂わされた人、優しい人、悲しみから自棄になった人。
 そういった人たちの墓碑銘なのさ。

 さぁ、キミはこれから海に出るんだろう。
 以前と比べて幾分か旅行者も減ったとはいえ、まだまだこの世界には船が必用だ。

 行くといい。
 だがくれぐれも気をつけておくれ。

 海は美しく、だが底が見えぬほど深い場所だ。
 その深淵には神の恩恵さえ届かぬ領分もあり、そこにあるのは純粋な恐怖と怪異。

 そういったものに出会わないよう、余計なものは見ない、聞かない、触らない。
 乗客に変な荷物をもたせないようきちんと気をつけて。
 出航前に事故がおこるようなら特に注意だ。

 いいね?

 あぁ……この時計かい。
 色々あって手元にあるんだが、もう返す相手がいないからね。
 そのまま傍においている。

 時間を見る事はできないよ、普段は時を刻まない。
 時計に見えるけど、厳密にいうと時計ではないのだから。

 ……この時計については、きみが無事に戻ってきたときにでも話してあげるよ。
 そろそろ行くといい。

 くれぐれも、この時計をキミに使うような事がないように。
 それじゃぁ、またいつか。

 ……幸運を祈っているよ。

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