インターネット字書きマンの落書き帳
町内会死者蘇生事件の存在しない後日談を書いてます~その4
あと1話で終わりそうです。
一週間くらいで書けるかな……と思ってたけど、途中で風邪をひいたり罪のないTwitterアカウントが凍結されたりしたので……。
悲しいね!
お話は全体的に「信津町観光ガイド」みたいになってます。
信津町においでよ!
蘇生されよう!
全部書き終わったら、細部の調整をして……なんとかなれー!
したいと……思ってます。
思うだけですが……。
一週間くらいで書けるかな……と思ってたけど、途中で風邪をひいたり罪のないTwitterアカウントが凍結されたりしたので……。
悲しいね!
お話は全体的に「信津町観光ガイド」みたいになってます。
信津町においでよ!
蘇生されよう!
全部書き終わったら、細部の調整をして……なんとかなれー!
したいと……思ってます。
思うだけですが……。
【蘇生】
客室に通されてから、どれだけ時間が過ぎただろう。
権造は何か話そうとはしているが、一体どこから。あるいは何から話していいのか迷っている様で、「あぁ」とか「そうだな……」とつぶやいては、頭をぴしゃりと叩いて首を振るのを繰り返していた。
出された茶もすっかり冷めた頃、男はふっと息をつく。
自分から切り出さなければ、話が進まないと思ったからだ。
「そういえば、私の話をしていませんでしたね。実は私、フリーの編集者をしておりまして……10年ほど前、オカルト雑誌の編集をしていたころ、こんな手紙を受け取ったのです」
男は鞄から茶封筒を取り出し、それを権造へ差し出す。
編集部宛に届いた手紙を第三者に見せるというのは、褒められた事ではないのだが、このまま互いに腹の探り合いをしたところで、深い話が出来なくなると踏んだのだ。
権造は封筒と男を交互に睨み付けると、丁重に手紙を手に取る。
そして全てを読み終えた後、長いため息をついた。
「そうか……あの時の……」
「覚えてらっしゃるんですか?」
「まぁな。秘術を使った時も、関わった人間の事も、誰一人として忘れちゃいねぇよ」
権造は確かに秘術と口にした。
やはり蘇りの秘術は、存在しているのだろう。
「この事故にあったのは、お前も知る健康だ。血まみれになった健康を抱いて、花恵さんが駆け込んできたのは、まだはっきり覚えているぜ。蒼白い顔をして、真っ赤になったあいつの体を抱きしめて……な」
「健康……笹本健康さんのことですね」
「そうだ。花恵さんの頼みを断るわけにはいかねぇし……健康は、この町にとって特別な人間だったからな。蘇りの秘術を使う事に、異を唱える奴はいなかった……」
男の口からとっさに口に出た「笹本健康」という名前は、思った以上に重要人物のようだ。
花恵とは、健康の身内だろうか。母親か、姉――あるいは――。
「そうか、あの時の事故をおこした奴が、こんな手紙をなぁ……ひき逃げなんてする奴だ。悪い事なんてしてる自覚すらないと思っていたぜ」
権造は目を細め、かすれた文字をなぞる。
焦燥と罪悪感に満ちた文面に思う事もあったのだろう。
「……この手紙の差出人は、どうした?」
権造はそんなことを聞く。
男は小首をかしげ、さてどうだろうととぼけて見せる
「嫌だなぁ、どうして私がそれを知ってると思うんですか?」
「もったいぶる事は無ぇだろ。お前さんは、そういう奴だろう? 何となく気になった。どっか引っかかる。そういう違和感を、放っておく奴じゃあるまいさ。手紙を読んで、この内容は臭いと思った。だから会いに行った。違うか?」
どうやらこちらの思考や行動は、すっかり見透かされているようだ。
男は首元に手をやると、ごまかすように事務的な笑顔を浮かべた。
「はい、まぁ……行きましたよ。あまりに切迫した手紙だったので心配になりまして、お節介承知で差出人に会いに行きましたが……自殺した、と。隣人に言われました。私が着いた時、すでに部屋には誰も住んでいませんでした」
「……そうか」
権造は暗い顔をしうつむくと、テーブルに置いた茶を一気に飲み干す。
それから、長いため息をついた。
「……蘇りの秘術ってのはな。この信津寺にとって、決して表に出してはいけないモンだった」
それから覚悟を決めたように、権造は訥々と語り始める。
天台宗の一部には秘儀、秘術が伝わっているということ。
伝承では、100歳以上を生きた天海は秘術を用いて若返っていたということ。
およそ300年前、時の将軍吉宗が若返りの秘術を求め、秘儀を守る僧を執拗に追い詰めたこと。
信津寺は、秘術を隠し通すため建立された寺だということ――。
「天海が用いた若返りの秘術こそが、信津寺に伝わる蘇りの秘術だった、ってわけだ」
蘇りの秘術を使うことで、肉体の時間が巻き戻るのだという。
信津寺に伝わる秘術は、きっかり24時間ぶんの時間を戻し、記憶も何もかも、1日分は忘れてしまうというものだった。
「だが、時を戻すためには他人の命と時間が等価で奪われる……つまり、若返りにも蘇りにも、誰か犠牲になる命が必要だったわけだ」
「それは、つまり――時を戻せば、誰かが死ぬ。ということでしょうか?」
「あぁ、その通りよ。ははッ、危険なもんだろ? だから信津寺では秘術を使う事がないよう、徹底的に秘匿した。この信津町は、秘術を守るために集まったようなもんよ」
だからこそ、300年という長い間、秘術は表に出なかったのだろう。
それならば――。
「――どうして、今になって蘇りの秘術を使ったんですか?」
当然の疑問である。
少なくとも、男が手紙を受け取った時、蘇りの秘術は使われていたはずだ。
「それは――」
権造はぐぅと黙り込む。
唇をかみ締め表情を歪める顔は不動明王を思わす迫力あるが、漂う雰囲気は悲哀に満ちていた。
「――悪いが、俺の口からは言えねぇな。俺だけの問題じゃ、無ぇからな」
ややあって、権造は絞り出すように言う。
信津町の秘術が表沙汰になったことも、それが日常的に使われていた事実は否定しなかった権造だが、全ての始まりについては決して語ろうとしなかった。
語れない訳ではない。
語りたくないのだ。
権造の態度から、男は何となく事態を察する。
蘇りの秘術が必要となったのは、権造の意志が介さない場所でのことだったのだろう。
例えば権造の先祖であったり、信津町の誰かが必要としたから行われたに違いない。
古くから信津町に暮らす人間たちのためなら、蘇りの秘術を使うのはやぶさかではない――。
信津寺の住職たちは、代々そんな思いを抱え秘術を守っていた。
そして実際、住人にとってどうしても必要な時がきた――それが、権造の代だったのだ。
秘術は、一度行使されたら、周囲にとってそれがあることが当然になる。
蘇りが成されたなら、今後どう運用していくか――。
権造は住人たちに、他人の命を奪うという責務を負わせないため、それが罪になることを承知で自ら先導し秘術を行使したのだろう。
住人たちの心を守るのも住職の仕事だ――。
権造の、そんな言葉が聞こえた気がする。
「どうして、秘術を使うようになったのかは――教えて、いただけないんでしょうか」
「言えねぇな。こればっかりは、俺が墓まで持って行くつもりだ」
「手紙、読みましたよね? 秘術は、この町に住む人間だけじゃない。外にいる人間の運命までねじ曲げている――それでも?」
権造は、ぐぅと喉を鳴らす。
本来であれば、全て信津町だけで済ませたかったはずだ。
ぽっくり団地の人間を巻き込むのだって本位ではなかったのだろう。
町とは無関係の人間まで巻き込んでいたというのは、権造にとって向き合いたくない事実に違いない。
だが――。
「――それでも、だ。こればっかりは、言えんな」
権造は腕を組むと、ふんと一つ鼻を鳴らす。
「だいたい、そのひき逃げ野郎も――逃げたのが、罪の始まりだろう? 蘇りの秘術で狂う前に、そいつの罪は始まっていた。遅かれ早かれ、そいつは……そう、なっていたってことだ」
突き放すような言葉は、男に向けてではなく権造自身が納得するために語っているようにも見える。
だが、権造の言葉も最もだ。
ひき逃げをしたのが事実なら、手紙の主は遅かれ早かれ罪悪感に耐えかね折れていたのだろう。
「そう――ですね」
男もぐっと押し黙る。
強い反論はできなかった。
言えない、という権造の覚悟は本物だ。これ以上、何も語らないだろう。
それでも収穫は充分だ。
蘇りの秘術は存在した。
それがわかっただけでも僥倖だ。
あえてもう一つ、聞く事があるとするのなら――。
「それで、蘇りの秘術は――今でも、存在しているのですか?」
意を決し、男は顔をあげる。
返答次第では、次の贄が自分になるかもしれないが――聞かずには、いられなかった。
「そいつは――」
その時、激しい轟音が屋敷中に響き渡る。
バイクのエンジン音だ。中型のエンジンを積んでいるのか、大音響で響いている。
ひょっとしたらマフラーを改造しているのかもしれない。
「すまん、龍雄――俺の息子が帰ってきたようだ」
権造は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
息子の粗相をわびる気持ちと、息子を厳しく律せなかった恥ずかしさが入り交じった表情は、町内会の会長でも住職でもない、一人の父親としての顔だ。
排気音はすぐに止み、かわりに廊下をドカドカと走る音がする。
「親父! 親父どこにいるんだよ! 大変だッ……」
程なくして襖が開き、転がるように龍雄が姿を現した。
権造の息子だと思うと確かに顔は似ているが、年はまだ随分と若く、まだ少し青臭い。
年をとってから出来た一人息子だったから、少々甘やかしすぎたといったところか。
やんちゃに見える外見と裏腹に、龍雄の立ち振る舞いは育ちの良さと我の強さ、そしてわずかなお坊ちゃまらしさがうかがえた。
「どうした、慌てるな龍雄。客が来てるんだぞ」
「そ、そういうけどよ親父。ってか、誰だそいつ! ……ま、まぁいいや。それより、大変なんだ。町内会の――」
龍雄は人目も憚らず、早口でまくし立てる。
焦っていたから支離滅裂な説明になっていたが、ようは公園の傍に住んでいる、町内会でも古株の里村某という老人が、心臓の病で倒れてしまった、という話のようだ。
「どうすんだよ、親父! あの爺さんいなくなっちまったら――」
この町で、町内会の古株がどれだけ強い結びつきを得ているかは男もなんと無しに知っている。
龍雄の慌てた様子から、里村某という老人が大きな影響を与えているのは明白だ。
男は、権造の表情を伺う。
もし、まだ蘇りの秘術が存在しているのなら、この死を受け入れるとはにわかに考えられないが――。
権造は、両手を組むとふっと強く息を吐いた。
「そう、か――それなら、龍雄。お前は、里村の嫁さんについていてやれ」
「い、いいのか親父。そんなことで……」
「他にやれることなんざねぇだろうが。里村の家は、子供たちが随分離れて暮らしているからな。すぐに駆けつけるのは無理だろう? だからその間、俺たちが支えてやらねぇとな。なんて、葬式も前に坊主がきたら、縁起でもねぇと嫌がるかもしれねぇけどな」
豪胆に笑う権造の様子から、町内会で何かあったのなら信津寺の住職が真っ先に駆けつけるのが当然といった空気がうかがえる。
そして今、町中を走り回る役割は息子である龍雄に移行しているのだろう。
「で、でも……俺、出来るかな……」
「行ってやれ、龍雄。お前も心配してるだろうが、カミさんのほうがもっと心配に決まってんだ。何もできなくたっていい。ただ、傍にいて……泣き言でもなんでも、聞いてやれ。そういうのも、坊主の仕事ってやつだからな」
バンバンと、権造は息子の両肩を叩く。
父と話しているうちに、龍雄も自信を取り戻したのだろう。
紙のように蒼白くしわくちゃだった表情がすっかり生気を取り戻し、みるみる明るくなっていく。
「わかった。大丈夫、ちゃんと……勤め果たしてくるからよ」
龍雄はヘルメットを抱えたまま、またドタドタと走り出す。
「おい、龍雄! いい加減そのバイク、ちゃんと直せ! うるさくて叶わん!」
龍雄は権造の言葉を不貞不貞しいニヤけ顔で受け流すと、バイクで走り去っていった。
――公園の近くに住む、里村老人。
ひょっとしたら、朝方自転車を倒し尻餅をついていたあの老人のことだろうか。
そうかもしれないし、違うのかもしれない。
ただ一つ、確実なのは――もう、この町には蘇りの秘術はない、ということだ。
今の信津町は、当たり前に死を受け入れた、どこにでもある普通の田舎町なのだ。
「済まなかったな。不肖の息子が随分と騒がしかったろう」
「いえ、そんな――」
男はわずかに笑うと、テーブルに置いた手紙へ手を伸ばす。
「しかし、お前さんはどうして、今になって蘇りの秘術なんかに首を突っ込んできたんだ? 虫の好かない奴だが――よく、調べてある。そいつは認めねぇとな」
権造の問いかけに、男は悪戯ぽく笑って見せた。
「実はこの手紙が、事の発端だったんですが……今になって改めて決着をつけておこうと思ったのは、理由があるんです」
「理由?」
「はい――実はこの手紙の差出人。苦悩で手首を切ったんですが、その時は一命を取り留めて――それから、己の罪から死んで逃げるのは卑怯だと考え直したようで。ボランティアや、事件事故の被害者たちへの啓蒙活動などを経て――このたび、結婚し子供も産まれるそうなんですよ」
「な、なんだァ。死んじゃ、いなかったってのか」
「私、別に死んだとは言ってませんから。罪の物語が、一段落したとき。そういえば、真相はどうだったんだろうと気になりまして……」
「だから、10年も放っておいた事件を引っかき回したのか」
趣味が悪い奴だ。
権造は呆れたように顔を歪めて笑う。
その姿を見て男は、手元で封書をひらひらもてあそぶと。
「えぇ、悪い悪いのぞき趣味ですが――すべてが、丸く収まっていたようで何よりですよ」
優しさと意地悪さが入り交じった笑顔を、権造へ向ける。
全てがどこか作り物めいた男だったが、最後に告げた言葉には深い安堵と優しさがはっきりと浮かんでいた。
客室に通されてから、どれだけ時間が過ぎただろう。
権造は何か話そうとはしているが、一体どこから。あるいは何から話していいのか迷っている様で、「あぁ」とか「そうだな……」とつぶやいては、頭をぴしゃりと叩いて首を振るのを繰り返していた。
出された茶もすっかり冷めた頃、男はふっと息をつく。
自分から切り出さなければ、話が進まないと思ったからだ。
「そういえば、私の話をしていませんでしたね。実は私、フリーの編集者をしておりまして……10年ほど前、オカルト雑誌の編集をしていたころ、こんな手紙を受け取ったのです」
男は鞄から茶封筒を取り出し、それを権造へ差し出す。
編集部宛に届いた手紙を第三者に見せるというのは、褒められた事ではないのだが、このまま互いに腹の探り合いをしたところで、深い話が出来なくなると踏んだのだ。
権造は封筒と男を交互に睨み付けると、丁重に手紙を手に取る。
そして全てを読み終えた後、長いため息をついた。
「そうか……あの時の……」
「覚えてらっしゃるんですか?」
「まぁな。秘術を使った時も、関わった人間の事も、誰一人として忘れちゃいねぇよ」
権造は確かに秘術と口にした。
やはり蘇りの秘術は、存在しているのだろう。
「この事故にあったのは、お前も知る健康だ。血まみれになった健康を抱いて、花恵さんが駆け込んできたのは、まだはっきり覚えているぜ。蒼白い顔をして、真っ赤になったあいつの体を抱きしめて……な」
「健康……笹本健康さんのことですね」
「そうだ。花恵さんの頼みを断るわけにはいかねぇし……健康は、この町にとって特別な人間だったからな。蘇りの秘術を使う事に、異を唱える奴はいなかった……」
男の口からとっさに口に出た「笹本健康」という名前は、思った以上に重要人物のようだ。
花恵とは、健康の身内だろうか。母親か、姉――あるいは――。
「そうか、あの時の事故をおこした奴が、こんな手紙をなぁ……ひき逃げなんてする奴だ。悪い事なんてしてる自覚すらないと思っていたぜ」
権造は目を細め、かすれた文字をなぞる。
焦燥と罪悪感に満ちた文面に思う事もあったのだろう。
「……この手紙の差出人は、どうした?」
権造はそんなことを聞く。
男は小首をかしげ、さてどうだろうととぼけて見せる
「嫌だなぁ、どうして私がそれを知ってると思うんですか?」
「もったいぶる事は無ぇだろ。お前さんは、そういう奴だろう? 何となく気になった。どっか引っかかる。そういう違和感を、放っておく奴じゃあるまいさ。手紙を読んで、この内容は臭いと思った。だから会いに行った。違うか?」
どうやらこちらの思考や行動は、すっかり見透かされているようだ。
男は首元に手をやると、ごまかすように事務的な笑顔を浮かべた。
「はい、まぁ……行きましたよ。あまりに切迫した手紙だったので心配になりまして、お節介承知で差出人に会いに行きましたが……自殺した、と。隣人に言われました。私が着いた時、すでに部屋には誰も住んでいませんでした」
「……そうか」
権造は暗い顔をしうつむくと、テーブルに置いた茶を一気に飲み干す。
それから、長いため息をついた。
「……蘇りの秘術ってのはな。この信津寺にとって、決して表に出してはいけないモンだった」
それから覚悟を決めたように、権造は訥々と語り始める。
天台宗の一部には秘儀、秘術が伝わっているということ。
伝承では、100歳以上を生きた天海は秘術を用いて若返っていたということ。
およそ300年前、時の将軍吉宗が若返りの秘術を求め、秘儀を守る僧を執拗に追い詰めたこと。
信津寺は、秘術を隠し通すため建立された寺だということ――。
「天海が用いた若返りの秘術こそが、信津寺に伝わる蘇りの秘術だった、ってわけだ」
蘇りの秘術を使うことで、肉体の時間が巻き戻るのだという。
信津寺に伝わる秘術は、きっかり24時間ぶんの時間を戻し、記憶も何もかも、1日分は忘れてしまうというものだった。
「だが、時を戻すためには他人の命と時間が等価で奪われる……つまり、若返りにも蘇りにも、誰か犠牲になる命が必要だったわけだ」
「それは、つまり――時を戻せば、誰かが死ぬ。ということでしょうか?」
「あぁ、その通りよ。ははッ、危険なもんだろ? だから信津寺では秘術を使う事がないよう、徹底的に秘匿した。この信津町は、秘術を守るために集まったようなもんよ」
だからこそ、300年という長い間、秘術は表に出なかったのだろう。
それならば――。
「――どうして、今になって蘇りの秘術を使ったんですか?」
当然の疑問である。
少なくとも、男が手紙を受け取った時、蘇りの秘術は使われていたはずだ。
「それは――」
権造はぐぅと黙り込む。
唇をかみ締め表情を歪める顔は不動明王を思わす迫力あるが、漂う雰囲気は悲哀に満ちていた。
「――悪いが、俺の口からは言えねぇな。俺だけの問題じゃ、無ぇからな」
ややあって、権造は絞り出すように言う。
信津町の秘術が表沙汰になったことも、それが日常的に使われていた事実は否定しなかった権造だが、全ての始まりについては決して語ろうとしなかった。
語れない訳ではない。
語りたくないのだ。
権造の態度から、男は何となく事態を察する。
蘇りの秘術が必要となったのは、権造の意志が介さない場所でのことだったのだろう。
例えば権造の先祖であったり、信津町の誰かが必要としたから行われたに違いない。
古くから信津町に暮らす人間たちのためなら、蘇りの秘術を使うのはやぶさかではない――。
信津寺の住職たちは、代々そんな思いを抱え秘術を守っていた。
そして実際、住人にとってどうしても必要な時がきた――それが、権造の代だったのだ。
秘術は、一度行使されたら、周囲にとってそれがあることが当然になる。
蘇りが成されたなら、今後どう運用していくか――。
権造は住人たちに、他人の命を奪うという責務を負わせないため、それが罪になることを承知で自ら先導し秘術を行使したのだろう。
住人たちの心を守るのも住職の仕事だ――。
権造の、そんな言葉が聞こえた気がする。
「どうして、秘術を使うようになったのかは――教えて、いただけないんでしょうか」
「言えねぇな。こればっかりは、俺が墓まで持って行くつもりだ」
「手紙、読みましたよね? 秘術は、この町に住む人間だけじゃない。外にいる人間の運命までねじ曲げている――それでも?」
権造は、ぐぅと喉を鳴らす。
本来であれば、全て信津町だけで済ませたかったはずだ。
ぽっくり団地の人間を巻き込むのだって本位ではなかったのだろう。
町とは無関係の人間まで巻き込んでいたというのは、権造にとって向き合いたくない事実に違いない。
だが――。
「――それでも、だ。こればっかりは、言えんな」
権造は腕を組むと、ふんと一つ鼻を鳴らす。
「だいたい、そのひき逃げ野郎も――逃げたのが、罪の始まりだろう? 蘇りの秘術で狂う前に、そいつの罪は始まっていた。遅かれ早かれ、そいつは……そう、なっていたってことだ」
突き放すような言葉は、男に向けてではなく権造自身が納得するために語っているようにも見える。
だが、権造の言葉も最もだ。
ひき逃げをしたのが事実なら、手紙の主は遅かれ早かれ罪悪感に耐えかね折れていたのだろう。
「そう――ですね」
男もぐっと押し黙る。
強い反論はできなかった。
言えない、という権造の覚悟は本物だ。これ以上、何も語らないだろう。
それでも収穫は充分だ。
蘇りの秘術は存在した。
それがわかっただけでも僥倖だ。
あえてもう一つ、聞く事があるとするのなら――。
「それで、蘇りの秘術は――今でも、存在しているのですか?」
意を決し、男は顔をあげる。
返答次第では、次の贄が自分になるかもしれないが――聞かずには、いられなかった。
「そいつは――」
その時、激しい轟音が屋敷中に響き渡る。
バイクのエンジン音だ。中型のエンジンを積んでいるのか、大音響で響いている。
ひょっとしたらマフラーを改造しているのかもしれない。
「すまん、龍雄――俺の息子が帰ってきたようだ」
権造は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
息子の粗相をわびる気持ちと、息子を厳しく律せなかった恥ずかしさが入り交じった表情は、町内会の会長でも住職でもない、一人の父親としての顔だ。
排気音はすぐに止み、かわりに廊下をドカドカと走る音がする。
「親父! 親父どこにいるんだよ! 大変だッ……」
程なくして襖が開き、転がるように龍雄が姿を現した。
権造の息子だと思うと確かに顔は似ているが、年はまだ随分と若く、まだ少し青臭い。
年をとってから出来た一人息子だったから、少々甘やかしすぎたといったところか。
やんちゃに見える外見と裏腹に、龍雄の立ち振る舞いは育ちの良さと我の強さ、そしてわずかなお坊ちゃまらしさがうかがえた。
「どうした、慌てるな龍雄。客が来てるんだぞ」
「そ、そういうけどよ親父。ってか、誰だそいつ! ……ま、まぁいいや。それより、大変なんだ。町内会の――」
龍雄は人目も憚らず、早口でまくし立てる。
焦っていたから支離滅裂な説明になっていたが、ようは公園の傍に住んでいる、町内会でも古株の里村某という老人が、心臓の病で倒れてしまった、という話のようだ。
「どうすんだよ、親父! あの爺さんいなくなっちまったら――」
この町で、町内会の古株がどれだけ強い結びつきを得ているかは男もなんと無しに知っている。
龍雄の慌てた様子から、里村某という老人が大きな影響を与えているのは明白だ。
男は、権造の表情を伺う。
もし、まだ蘇りの秘術が存在しているのなら、この死を受け入れるとはにわかに考えられないが――。
権造は、両手を組むとふっと強く息を吐いた。
「そう、か――それなら、龍雄。お前は、里村の嫁さんについていてやれ」
「い、いいのか親父。そんなことで……」
「他にやれることなんざねぇだろうが。里村の家は、子供たちが随分離れて暮らしているからな。すぐに駆けつけるのは無理だろう? だからその間、俺たちが支えてやらねぇとな。なんて、葬式も前に坊主がきたら、縁起でもねぇと嫌がるかもしれねぇけどな」
豪胆に笑う権造の様子から、町内会で何かあったのなら信津寺の住職が真っ先に駆けつけるのが当然といった空気がうかがえる。
そして今、町中を走り回る役割は息子である龍雄に移行しているのだろう。
「で、でも……俺、出来るかな……」
「行ってやれ、龍雄。お前も心配してるだろうが、カミさんのほうがもっと心配に決まってんだ。何もできなくたっていい。ただ、傍にいて……泣き言でもなんでも、聞いてやれ。そういうのも、坊主の仕事ってやつだからな」
バンバンと、権造は息子の両肩を叩く。
父と話しているうちに、龍雄も自信を取り戻したのだろう。
紙のように蒼白くしわくちゃだった表情がすっかり生気を取り戻し、みるみる明るくなっていく。
「わかった。大丈夫、ちゃんと……勤め果たしてくるからよ」
龍雄はヘルメットを抱えたまま、またドタドタと走り出す。
「おい、龍雄! いい加減そのバイク、ちゃんと直せ! うるさくて叶わん!」
龍雄は権造の言葉を不貞不貞しいニヤけ顔で受け流すと、バイクで走り去っていった。
――公園の近くに住む、里村老人。
ひょっとしたら、朝方自転車を倒し尻餅をついていたあの老人のことだろうか。
そうかもしれないし、違うのかもしれない。
ただ一つ、確実なのは――もう、この町には蘇りの秘術はない、ということだ。
今の信津町は、当たり前に死を受け入れた、どこにでもある普通の田舎町なのだ。
「済まなかったな。不肖の息子が随分と騒がしかったろう」
「いえ、そんな――」
男はわずかに笑うと、テーブルに置いた手紙へ手を伸ばす。
「しかし、お前さんはどうして、今になって蘇りの秘術なんかに首を突っ込んできたんだ? 虫の好かない奴だが――よく、調べてある。そいつは認めねぇとな」
権造の問いかけに、男は悪戯ぽく笑って見せた。
「実はこの手紙が、事の発端だったんですが……今になって改めて決着をつけておこうと思ったのは、理由があるんです」
「理由?」
「はい――実はこの手紙の差出人。苦悩で手首を切ったんですが、その時は一命を取り留めて――それから、己の罪から死んで逃げるのは卑怯だと考え直したようで。ボランティアや、事件事故の被害者たちへの啓蒙活動などを経て――このたび、結婚し子供も産まれるそうなんですよ」
「な、なんだァ。死んじゃ、いなかったってのか」
「私、別に死んだとは言ってませんから。罪の物語が、一段落したとき。そういえば、真相はどうだったんだろうと気になりまして……」
「だから、10年も放っておいた事件を引っかき回したのか」
趣味が悪い奴だ。
権造は呆れたように顔を歪めて笑う。
その姿を見て男は、手元で封書をひらひらもてあそぶと。
「えぇ、悪い悪いのぞき趣味ですが――すべてが、丸く収まっていたようで何よりですよ」
優しさと意地悪さが入り交じった笑顔を、権造へ向ける。
全てがどこか作り物めいた男だったが、最後に告げた言葉には深い安堵と優しさがはっきりと浮かんでいた。
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