インターネット字書きマンの落書き帳
過去に書いたミツユミを発掘しました(BL)
御剣怜侍と一柳弓彦が出る話です。
逆転検事2のころ、ミツユミばぁ~っかり書いてたんですけど、今はwebを改装中という状態の開店休業にしているからブログに過去作品をupしておきたいとおもいま~す。
先にTwitterで流したやつです。
ナツカシイネ!
もし「これ見た事ある」と思ったら、それはオレが書いた可能性が……高いです!
10年以上前に書いた奴だからサスガに少しだけ手をいれましたが、思ったよりちゃんと書けていて「えらいぞ、10年前のおれ」ってなりました。
御剣と弓彦は、御剣がスパダリ攻めになれるから貴重だと思います。
逆転検事2のころ、ミツユミばぁ~っかり書いてたんですけど、今はwebを改装中という状態の開店休業にしているからブログに過去作品をupしておきたいとおもいま~す。
先にTwitterで流したやつです。
ナツカシイネ!
もし「これ見た事ある」と思ったら、それはオレが書いた可能性が……高いです!
10年以上前に書いた奴だからサスガに少しだけ手をいれましたが、思ったよりちゃんと書けていて「えらいぞ、10年前のおれ」ってなりました。
御剣と弓彦は、御剣がスパダリ攻めになれるから貴重だと思います。
『からっぽの夜に』
もう眠りにつこうかという夜に、突然彼は現れた。
「なぁ、いるんだろ御剣検事ぃ。な、開けてくれよ、開けてくれってばぁ!」
周囲の迷惑顧みず、玄関の扉を叩きながら騒ぎ立てる男が誰だかは、顔を見ずにも声でわかる。
一柳弓彦。
御剣からすれば後輩にあたる検事であり、以前とある事件で激論を交わした相手だ。
初めて会った時から幼く子供っぽい性格がうかがえ周囲の空気を読むのが苦手なように見えていたが、まさか夜中突然やってくるとは思ってもみなかった。きっと常識を弁えるという感覚に乏しい弓彦にとって、夜分に声をあげながらドアを叩くという行動が非常識だという感覚はないのだろう。
迎え入れた所で厄介事ばかり運んでくるような予感はしたが、このままでは近隣に迷惑にもなる。それにまだ少年と呼ぶべき歳である弓彦を夜中に一人外に出しておく訳にもいくまい。仕方なく扉を開ければ、大きな荷物を抱えた弓彦が部屋の中へとなだれ込んで来た。
「ふぁぁ。春とはいえまだ夜とか寒っ……あ、御剣検事。お邪魔します!」
御剣を見るなりペコリと一礼する。
その態度は始めて会った時と比べれば幾分か礼儀を学んできたようだ。
だが、お世辞にも今は客が来訪する時間に相応しいと思えない。時刻は間もなく午前零時を回ろうとしていた。
「まだ未成年のキミがこんな夜分に人の家を訪ねるとは、感心出来んな」
それに、と呟き御剣は一柳がかかえるスポーツバッグに目をやる。
パンパンに膨らんだバッグから荷物の多さは容易に推測できたが、まさか泊まっていくつもりなのだろうか。
「あっ、ゴメン。夜に未成年が出歩いちゃダメだ。ってのは、いちおう解ってんだよ! でも、オレ。その……何ていうんだろうな。そう。勉強! 御剣検事に、立派な検事になる為の勉強! 教えてほしくてさ。オレ、急にそれ思いついて。だから。それで」
しどろもどろの説明からして、いかにも今考えて誂えた理由に見えた。荷物を抱えて飛び出してきたのは勉強とは違う訳があるのだろう。
だが自ら勉強したいと願って御剣を頼ったのならでっち上げの嘘にしても殊勝な心がけだと褒めていい。検事の先輩として適当にあしらうのは気が引けた。それに、法にかかわる立場の人間がこんな夜中に未成年の少年をたたき出す訳にもにもいくまい。
「まぁいい。靴を脱いで上がりたまえ」
「えっ!? い、いいのか。オレ……」
「夜分に未成年を叩き出す訳にもいくまい」
「あ……うん! うんっ、あの……ありがとう、御剣検事! うわー、俺、御剣検事の家はじめてだ!」
御剣が許すや否や靴を脱ぎ捨てると、興奮した様子で一部屋ずつ、確認するように見てまわる。自身も豪邸と呼んでいい家に暮らしているはずなのに、部屋をあける度に歓声をあげ、また次の部屋をあけると喜び声をあげるを繰り返し、弓彦はそのまま全ての部屋を見て回った。
何をしているのだろうな。
疑問に思いながらリビングで紅茶を入れれば、弓彦はそこに入るなり嬉しそうに声をあげた。
「な、御剣検事ぃ。これだけ部屋があれば一部屋くらい、オレが居ても問題ないよな。な!」
予想していなかった突然の提案に、注いだ紅茶を零しそうになる。
持ってきた荷物がやたらと多いとは思っていたが、まさか住み着こうと思っていたとは流石に思っていなかったからだ。
「待ちたまえイチヤナギくん。確かに使ってない部屋があるのは事実だ。だが、別にキミが住み着いていい部屋があいている訳ではない」
「え、何それ……どういう意味だよ?」
「つまり、私の家にキミを泊めるスペースはない。という事だ」
このまま、黙っていたら本当に弓彦はこの家に住み着きかねない。ここは一つ、しっかり言い聞かせておかなければ。
その思いでやや痛烈な一言を、法廷であるかのように勢いよく突きつければ弓彦は涙目になると唇を噛み恨めしそうに御剣を見た。
「そんな、そんな……いいだろ、一部屋くらい。ケチッ!」
「理由もないのに未成年を家に置く程、私も心は広くない」
「理由ならあるだろ。ほら、えっと……アレ、いっただろ! オレが検事としてべんきょーする気があるなら……道をシメシてくれるって!」
「確かに言ったが、宿を提供するとまでは言ってない」
「えぇー」
「とにかく、今日はこんな時間だ、無理に帰れとはいわないが明日にはその大荷物をまとめて、出ていってくれ」
御剣の言葉に、彼はがっくり項垂れると「はぁーい」と力無い返事をした。落ち込んだのか、その目には僅かに涙も光る。少々罪悪感を覚えたのは事実だが、弓彦は帰る家がある男だ。追い出しても路頭に迷うという事はないだろう。
「客室はここだ。今日はキミが好きに使え。早く寝て明日に備えるがいい」
とにかく寝かせて、明日には家に帰ってもらおう。今日家に来たのは気の迷いか何かで、起きてからゆっくり話して聞かせれば家に戻るに違いない。そう思い部屋をあけるが、弓彦はその部屋に素直に入ろうとせず荷物をリビングへと置いた。
「いや、いいや。お客様用の綺麗なベッドを汚すと悪いだろ。普段、御剣検事が使ってるベッドの端っことか、貸してくれればいいから」
「私のベッドの………………端だと?」
突然の言葉に御剣の思考が止まる。おかしい、通じる言葉で話しているのすぐには理解が出来ない。
「何を考えているんだイチヤナギくん、キミは……」
ベッドの端を借りる、というがそれは即ち同じベッドで寝るという事だ。同衾するという意味が彼は分かっているのか。いや、彼の口ぶりから疚しい気持ちはなくただ純粋にそのほうがいいと思っているのは明らかだが、世間的には随分と危うい。
弓彦のトンデモ発言は害のない時は聞き流すのが丁度良いのだが、流石にこれは聞き流せなかった。
「何考えてるって……アレ。オレ、何かヘンな事……言った?」
だが、当の本人はとぼけたモノである。
「オレ、御剣検事と比べれば身体もそんなに大きくねーし、邪魔にはならないと思うけど」
「いや、邪魔とかではなくだな……」
「あ! でも、確かに御剣検事は背も身体も大きいからこのベッドじゃオレの入るスペースがないかもな」
スペースの問題ではないとは思うのだが、弓彦は本当に同じベッドで二人きりで寝る事を大ごとには思っていないのかもしれない。年頃の少年だから気にすると思ったのだが、これでは自分のほうが意識しているようだ。
父の背中を追うのに懸命で、別の知識を得る機会が少なかったのだろうか。あるいは単純に、御剣の世代と彼の世代ではそういった考えそのものが違うのかもしれない。
思案にふける御剣を横に
「へっへー、ふかふかー!」
パジャマに着替えた弓彦は満面に笑みを浮かべてベッドの上に身を投げ出した。
「こ、コラっ。何をしているんだイチヤナギくんっ!」
「あ。ゴメン……ベッドの上で飛び跳ねたりしたら、ホコリとか舞って汚いよな! わかった、オレもうやらないから」
「そうじゃなくてだな……」
「でも、御剣検事のベッドは広くてやわらかいな! まくらもベッドも、オレのよりふかふかだよ!」
御剣の気も知らず、彼は暢気に笑っている。やはり、ベッドに潜り込んだ事に深い意味はないらしい。
とはいえ相手が全く気にしてなくてもコッチは気になってしまう。今日はベッドでなく、ソファで寝るとしよう。
御剣は密かにそう覚悟を決め、机に向かって本を開く。
あの弓彦の性格だ。自分が起きているうちにソファで寝ようとすれば 「何でベッドで寝ないんだよ御剣検事! ほら、開いてるぞオレのとなり。ほら、ほらー!」 等と宣いベッドに引きずりこもうとするだろう。
悪意はないのだろうが、それがかえってタチが悪い。
だから彼が眠るまで本を読んで時間を潰す事をきめた。
「おいッ。御剣検事、何読んでるんだよ。まんが?」
「いや……司法関連の本だ。星影宇宙ノ介が書いた……」
「おおッ、そうなんだ」
「……知っていたか?」
「いや、全然」
知らないなら派手なリアクションをとらないで欲しいモノだ。呆れながらもこれが彼のペースなのだろうと納得し、さらに本を読み勧める。
「やっぱり。凄ぇんだな。御剣検事はさ」
本を読む、その横顔を弓彦は熱心に眺めている。
「夜、遅くまで本とか……読んで……頭も、オレなんかよりずっといいし……」
「キミも、自らのなりたい検事になるべく、勉強を詰んでるのではないかね?」
「オレなんて……まだ、まだで……毎日、調書を読んで証拠を……そういうの、理解するので手一杯だから……勉強、しないとダメなのに……」
御剣の脳裏に、まだ検事になったばかりの自身が重なる。自分も検事になりたての頃は毎日、有罪判決をもぎ取る為に調書を見て証拠を見直して、そういう事で手一杯で家に帰れば倒れて眠るという日々が続いていた。
弓彦もきっと同じよう毎日がむしゃらに生きているのだろう。
「法廷が控えているのなら仕方あるまい。仕事が一段落したら、私がキミの勉強とやらを見てやろう。キミにあった本を探してもいい」
「うん……みつる……ぎ、検事……あり、が……」
声が随分、とぎれとぎれに聞こえる。ようやく夢の世界へ向かおうというのだろう。 穏やかな会話が、静かな吐息にかわろうとしている。
「……本当は」
その時、寝言とは思えぬ程にはっきりとした語調が、弓彦の口から零れた。
「本当は……一人で、いるのが……オレ、怖くて……」
寝言とも本音とも取れぬ曖昧な口調だが叫びそうなほどの痛みを感じる声だ。
「……家に、帰って。疲れて……飯くって、ベッドに倒れて……そのまま、眠れると思った……けど。オレ……夜、部屋が凄く静かで。もう、オレ、オレの家には誰もいなくて。何もなくて……でも、オヤジの思い出だけがいっぱいあるから……オレ」
震える声は歯車の軋む懐中時計の音にも似ていた。
「オレ、一人ぼっちだと思うと怖くてさ……誰かに傍にいて欲しくて。でも、もうオレの家にはオヤジも。母さんも……オレには何にもなくてさぁ! あぁオレ、捨てられたんだって思ってさ。もうオレここで待ってても誰も来ないしなんにもないと思うと、オレ、オレっ……」
よく泣く男の目からまた、涙が零れるのが見える。
「オレ、一人ぼっちでどうしていいかわかんなくて……どうしたらいい。どうすればいいって、考えても……オレ、バカだから……ホントにわかんなくて……だから、御剣検事なら何かわかるかなぁって……オレでも変われるかなぁ、って……」
心の震えが触れずとも伝わり、頬に流れた涙が淡いライトにあたって光る。
「……ごめん。御剣検事。おれ、バカだからアンタに、また、迷惑かけて……朝になったら、帰るから。おれ、あのからっぽの家に帰るから……」
御剣は弓彦が眠るベッドの傍らに腰掛け、不安に震える髪へと触れた。
「イチヤナギくん……」
「ごめん。ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
半ば微睡みのなかにある弓彦の唇は、幾度も謝罪の言葉を紡ぐ。優秀な父に誉められたい。ただその一心で自分なりに足掻いてきた彼の思いが届く事は、一度たりとて無かったのだろう。
いつしか彼は父に謝罪する事ばかりを覚え、それは夜になると彼の口からしみ出してくるのだ。父に許してほしくて、認めてほしくて。ただその一心で、祈るような思いで。
弓彦の髪へと触れた指先は彼の身体が小さく震えている事を知らせ心に抱いた孤独が驚く程に深い事を教える。
「イチヤナギくん、もう。もう、いい……大丈夫だ……」
無意識にその腕は彼の身体を抱いていた。明るく取り繕っていた少年の身体が今日はいつもよりか細く、折れそうな程に脆く思える。
「……謝るな。キミは、何も悪くない、イチヤナギくん」
「御剣検事……みつるぎ、さん……」
「自らのあり方が解らず、孤独に苛まれているというのなら、私を頼ってくれていい。私の元へ来てくれれば、キミの傍に居てやろう。虚空の家に無理をしている必要はない」
だから強く彼を抱く。孤独な少年の心を癒す為に、孤独である心を埋める為に。
「それでもキミがからっぽの闇が怖くてただそう、謝り続けるのであれば。私が今日は、こうしていよう。キミがあやまらなくてもいいように……」
優しい言葉と暖かな身体が、少年の深く暗い闇を埋める。
「……ありがと。みつるぎ検事。ありが、と……」
弓彦は静かに、その身体を抱くとそのまま微睡みに身を任せる。
その顔からはからっぽの闇に怯える表情は消え、穏やかな笑顔が浮かんでいた。
もう眠りにつこうかという夜に、突然彼は現れた。
「なぁ、いるんだろ御剣検事ぃ。な、開けてくれよ、開けてくれってばぁ!」
周囲の迷惑顧みず、玄関の扉を叩きながら騒ぎ立てる男が誰だかは、顔を見ずにも声でわかる。
一柳弓彦。
御剣からすれば後輩にあたる検事であり、以前とある事件で激論を交わした相手だ。
初めて会った時から幼く子供っぽい性格がうかがえ周囲の空気を読むのが苦手なように見えていたが、まさか夜中突然やってくるとは思ってもみなかった。きっと常識を弁えるという感覚に乏しい弓彦にとって、夜分に声をあげながらドアを叩くという行動が非常識だという感覚はないのだろう。
迎え入れた所で厄介事ばかり運んでくるような予感はしたが、このままでは近隣に迷惑にもなる。それにまだ少年と呼ぶべき歳である弓彦を夜中に一人外に出しておく訳にもいくまい。仕方なく扉を開ければ、大きな荷物を抱えた弓彦が部屋の中へとなだれ込んで来た。
「ふぁぁ。春とはいえまだ夜とか寒っ……あ、御剣検事。お邪魔します!」
御剣を見るなりペコリと一礼する。
その態度は始めて会った時と比べれば幾分か礼儀を学んできたようだ。
だが、お世辞にも今は客が来訪する時間に相応しいと思えない。時刻は間もなく午前零時を回ろうとしていた。
「まだ未成年のキミがこんな夜分に人の家を訪ねるとは、感心出来んな」
それに、と呟き御剣は一柳がかかえるスポーツバッグに目をやる。
パンパンに膨らんだバッグから荷物の多さは容易に推測できたが、まさか泊まっていくつもりなのだろうか。
「あっ、ゴメン。夜に未成年が出歩いちゃダメだ。ってのは、いちおう解ってんだよ! でも、オレ。その……何ていうんだろうな。そう。勉強! 御剣検事に、立派な検事になる為の勉強! 教えてほしくてさ。オレ、急にそれ思いついて。だから。それで」
しどろもどろの説明からして、いかにも今考えて誂えた理由に見えた。荷物を抱えて飛び出してきたのは勉強とは違う訳があるのだろう。
だが自ら勉強したいと願って御剣を頼ったのならでっち上げの嘘にしても殊勝な心がけだと褒めていい。検事の先輩として適当にあしらうのは気が引けた。それに、法にかかわる立場の人間がこんな夜中に未成年の少年をたたき出す訳にもにもいくまい。
「まぁいい。靴を脱いで上がりたまえ」
「えっ!? い、いいのか。オレ……」
「夜分に未成年を叩き出す訳にもいくまい」
「あ……うん! うんっ、あの……ありがとう、御剣検事! うわー、俺、御剣検事の家はじめてだ!」
御剣が許すや否や靴を脱ぎ捨てると、興奮した様子で一部屋ずつ、確認するように見てまわる。自身も豪邸と呼んでいい家に暮らしているはずなのに、部屋をあける度に歓声をあげ、また次の部屋をあけると喜び声をあげるを繰り返し、弓彦はそのまま全ての部屋を見て回った。
何をしているのだろうな。
疑問に思いながらリビングで紅茶を入れれば、弓彦はそこに入るなり嬉しそうに声をあげた。
「な、御剣検事ぃ。これだけ部屋があれば一部屋くらい、オレが居ても問題ないよな。な!」
予想していなかった突然の提案に、注いだ紅茶を零しそうになる。
持ってきた荷物がやたらと多いとは思っていたが、まさか住み着こうと思っていたとは流石に思っていなかったからだ。
「待ちたまえイチヤナギくん。確かに使ってない部屋があるのは事実だ。だが、別にキミが住み着いていい部屋があいている訳ではない」
「え、何それ……どういう意味だよ?」
「つまり、私の家にキミを泊めるスペースはない。という事だ」
このまま、黙っていたら本当に弓彦はこの家に住み着きかねない。ここは一つ、しっかり言い聞かせておかなければ。
その思いでやや痛烈な一言を、法廷であるかのように勢いよく突きつければ弓彦は涙目になると唇を噛み恨めしそうに御剣を見た。
「そんな、そんな……いいだろ、一部屋くらい。ケチッ!」
「理由もないのに未成年を家に置く程、私も心は広くない」
「理由ならあるだろ。ほら、えっと……アレ、いっただろ! オレが検事としてべんきょーする気があるなら……道をシメシてくれるって!」
「確かに言ったが、宿を提供するとまでは言ってない」
「えぇー」
「とにかく、今日はこんな時間だ、無理に帰れとはいわないが明日にはその大荷物をまとめて、出ていってくれ」
御剣の言葉に、彼はがっくり項垂れると「はぁーい」と力無い返事をした。落ち込んだのか、その目には僅かに涙も光る。少々罪悪感を覚えたのは事実だが、弓彦は帰る家がある男だ。追い出しても路頭に迷うという事はないだろう。
「客室はここだ。今日はキミが好きに使え。早く寝て明日に備えるがいい」
とにかく寝かせて、明日には家に帰ってもらおう。今日家に来たのは気の迷いか何かで、起きてからゆっくり話して聞かせれば家に戻るに違いない。そう思い部屋をあけるが、弓彦はその部屋に素直に入ろうとせず荷物をリビングへと置いた。
「いや、いいや。お客様用の綺麗なベッドを汚すと悪いだろ。普段、御剣検事が使ってるベッドの端っことか、貸してくれればいいから」
「私のベッドの………………端だと?」
突然の言葉に御剣の思考が止まる。おかしい、通じる言葉で話しているのすぐには理解が出来ない。
「何を考えているんだイチヤナギくん、キミは……」
ベッドの端を借りる、というがそれは即ち同じベッドで寝るという事だ。同衾するという意味が彼は分かっているのか。いや、彼の口ぶりから疚しい気持ちはなくただ純粋にそのほうがいいと思っているのは明らかだが、世間的には随分と危うい。
弓彦のトンデモ発言は害のない時は聞き流すのが丁度良いのだが、流石にこれは聞き流せなかった。
「何考えてるって……アレ。オレ、何かヘンな事……言った?」
だが、当の本人はとぼけたモノである。
「オレ、御剣検事と比べれば身体もそんなに大きくねーし、邪魔にはならないと思うけど」
「いや、邪魔とかではなくだな……」
「あ! でも、確かに御剣検事は背も身体も大きいからこのベッドじゃオレの入るスペースがないかもな」
スペースの問題ではないとは思うのだが、弓彦は本当に同じベッドで二人きりで寝る事を大ごとには思っていないのかもしれない。年頃の少年だから気にすると思ったのだが、これでは自分のほうが意識しているようだ。
父の背中を追うのに懸命で、別の知識を得る機会が少なかったのだろうか。あるいは単純に、御剣の世代と彼の世代ではそういった考えそのものが違うのかもしれない。
思案にふける御剣を横に
「へっへー、ふかふかー!」
パジャマに着替えた弓彦は満面に笑みを浮かべてベッドの上に身を投げ出した。
「こ、コラっ。何をしているんだイチヤナギくんっ!」
「あ。ゴメン……ベッドの上で飛び跳ねたりしたら、ホコリとか舞って汚いよな! わかった、オレもうやらないから」
「そうじゃなくてだな……」
「でも、御剣検事のベッドは広くてやわらかいな! まくらもベッドも、オレのよりふかふかだよ!」
御剣の気も知らず、彼は暢気に笑っている。やはり、ベッドに潜り込んだ事に深い意味はないらしい。
とはいえ相手が全く気にしてなくてもコッチは気になってしまう。今日はベッドでなく、ソファで寝るとしよう。
御剣は密かにそう覚悟を決め、机に向かって本を開く。
あの弓彦の性格だ。自分が起きているうちにソファで寝ようとすれば 「何でベッドで寝ないんだよ御剣検事! ほら、開いてるぞオレのとなり。ほら、ほらー!」 等と宣いベッドに引きずりこもうとするだろう。
悪意はないのだろうが、それがかえってタチが悪い。
だから彼が眠るまで本を読んで時間を潰す事をきめた。
「おいッ。御剣検事、何読んでるんだよ。まんが?」
「いや……司法関連の本だ。星影宇宙ノ介が書いた……」
「おおッ、そうなんだ」
「……知っていたか?」
「いや、全然」
知らないなら派手なリアクションをとらないで欲しいモノだ。呆れながらもこれが彼のペースなのだろうと納得し、さらに本を読み勧める。
「やっぱり。凄ぇんだな。御剣検事はさ」
本を読む、その横顔を弓彦は熱心に眺めている。
「夜、遅くまで本とか……読んで……頭も、オレなんかよりずっといいし……」
「キミも、自らのなりたい検事になるべく、勉強を詰んでるのではないかね?」
「オレなんて……まだ、まだで……毎日、調書を読んで証拠を……そういうの、理解するので手一杯だから……勉強、しないとダメなのに……」
御剣の脳裏に、まだ検事になったばかりの自身が重なる。自分も検事になりたての頃は毎日、有罪判決をもぎ取る為に調書を見て証拠を見直して、そういう事で手一杯で家に帰れば倒れて眠るという日々が続いていた。
弓彦もきっと同じよう毎日がむしゃらに生きているのだろう。
「法廷が控えているのなら仕方あるまい。仕事が一段落したら、私がキミの勉強とやらを見てやろう。キミにあった本を探してもいい」
「うん……みつる……ぎ、検事……あり、が……」
声が随分、とぎれとぎれに聞こえる。ようやく夢の世界へ向かおうというのだろう。 穏やかな会話が、静かな吐息にかわろうとしている。
「……本当は」
その時、寝言とは思えぬ程にはっきりとした語調が、弓彦の口から零れた。
「本当は……一人で、いるのが……オレ、怖くて……」
寝言とも本音とも取れぬ曖昧な口調だが叫びそうなほどの痛みを感じる声だ。
「……家に、帰って。疲れて……飯くって、ベッドに倒れて……そのまま、眠れると思った……けど。オレ……夜、部屋が凄く静かで。もう、オレ、オレの家には誰もいなくて。何もなくて……でも、オヤジの思い出だけがいっぱいあるから……オレ」
震える声は歯車の軋む懐中時計の音にも似ていた。
「オレ、一人ぼっちだと思うと怖くてさ……誰かに傍にいて欲しくて。でも、もうオレの家にはオヤジも。母さんも……オレには何にもなくてさぁ! あぁオレ、捨てられたんだって思ってさ。もうオレここで待ってても誰も来ないしなんにもないと思うと、オレ、オレっ……」
よく泣く男の目からまた、涙が零れるのが見える。
「オレ、一人ぼっちでどうしていいかわかんなくて……どうしたらいい。どうすればいいって、考えても……オレ、バカだから……ホントにわかんなくて……だから、御剣検事なら何かわかるかなぁって……オレでも変われるかなぁ、って……」
心の震えが触れずとも伝わり、頬に流れた涙が淡いライトにあたって光る。
「……ごめん。御剣検事。おれ、バカだからアンタに、また、迷惑かけて……朝になったら、帰るから。おれ、あのからっぽの家に帰るから……」
御剣は弓彦が眠るベッドの傍らに腰掛け、不安に震える髪へと触れた。
「イチヤナギくん……」
「ごめん。ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
半ば微睡みのなかにある弓彦の唇は、幾度も謝罪の言葉を紡ぐ。優秀な父に誉められたい。ただその一心で自分なりに足掻いてきた彼の思いが届く事は、一度たりとて無かったのだろう。
いつしか彼は父に謝罪する事ばかりを覚え、それは夜になると彼の口からしみ出してくるのだ。父に許してほしくて、認めてほしくて。ただその一心で、祈るような思いで。
弓彦の髪へと触れた指先は彼の身体が小さく震えている事を知らせ心に抱いた孤独が驚く程に深い事を教える。
「イチヤナギくん、もう。もう、いい……大丈夫だ……」
無意識にその腕は彼の身体を抱いていた。明るく取り繕っていた少年の身体が今日はいつもよりか細く、折れそうな程に脆く思える。
「……謝るな。キミは、何も悪くない、イチヤナギくん」
「御剣検事……みつるぎ、さん……」
「自らのあり方が解らず、孤独に苛まれているというのなら、私を頼ってくれていい。私の元へ来てくれれば、キミの傍に居てやろう。虚空の家に無理をしている必要はない」
だから強く彼を抱く。孤独な少年の心を癒す為に、孤独である心を埋める為に。
「それでもキミがからっぽの闇が怖くてただそう、謝り続けるのであれば。私が今日は、こうしていよう。キミがあやまらなくてもいいように……」
優しい言葉と暖かな身体が、少年の深く暗い闇を埋める。
「……ありがと。みつるぎ検事。ありが、と……」
弓彦は静かに、その身体を抱くとそのまま微睡みに身を任せる。
その顔からはからっぽの闇に怯える表情は消え、穏やかな笑顔が浮かんでいた。
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