インターネット字書きマンの落書き帳
付き合う前という概念が好きすぎるんだよな。(みゆしば)
平和な世界で、やがて付き合う事になる手塚と芝浦の話です。
(端的な挨拶と幻覚の説明)
いずれ付き合う二人になるけど、まだ付き合ってない。
芝浦にとって手塚は「好きだけど、好きだって知られたら距離をとられるのいやだし。嫌いにならないでいてくれたら嬉しいな」くらいの思い。
手塚にとっての芝浦は「最近よく顔を見せる客。占いに興味なさそうだけど、自分の知らない世界で生きてる恵まれた家庭の子。少し鬱陶しいとも思うが、それもちょっと心地よい」くらいの思いを抱いている関係です、よ。
付き合う前、そしていずれ付き合うという概念。
どんどん摂取していこうな……!
(端的な挨拶と幻覚の説明)
いずれ付き合う二人になるけど、まだ付き合ってない。
芝浦にとって手塚は「好きだけど、好きだって知られたら距離をとられるのいやだし。嫌いにならないでいてくれたら嬉しいな」くらいの思い。
手塚にとっての芝浦は「最近よく顔を見せる客。占いに興味なさそうだけど、自分の知らない世界で生きてる恵まれた家庭の子。少し鬱陶しいとも思うが、それもちょっと心地よい」くらいの思いを抱いている関係です、よ。
付き合う前、そしていずれ付き合うという概念。
どんどん摂取していこうな……!
『寒いけど、温かい日』
一月も半ばを過ぎいよいよ冬も本格的な寒さを見せ始める頃、その日の芝浦は普段と違う駅で降り歩いて大学へと向かっていた。
通勤ラッシュは人心地ついた頃合いで街にはスーツ姿もまばらとなっている。だがやはり冬だからか、太陽はやけに遠く感じた。
授業が始まるにはまだ時間がある。普段より早くに出かけたのは朝起きたとき、ふと気になったからだ。
いつも公園に店を出している占い師。名前は「手塚海之」というのだと知った。芝浦はいつも授業が終わって午後から公園に顔を出しているのだが、彼は朝からいるのだろうか。ふとそんな事が気になったので、大学までの送迎車をことわって普段は降りない駅に降りてみた。
大学からするとやや遠回りの駅は住宅街と商店街、ビジネス街との区分けを抜けた後に市民憩いの広い公園が見えてくる。
この公園は届けさえ出せば誰でも店を出していいらしく、公園には手塚のような占い師の他にもアジア系の小物をそろえた雑貨商やオリジナルらしいジュエリーデザイナー、似顔絵描きなどが軒を連ねていた。
手塚はいつもの場所で占いの店を開いていた。まだ客は来ていないのか、手に息を吹きかけて寒そうにしている。
「おっはよー手塚。へー、こんな時間から占いの店ってやってるんだ」
芝浦は偶然見つけたかのように装って手塚の店へと近づいてくる。彼のためにいつもより少し早く起きた上普段降りない駅で降り回り道をしてまで公園にやってきた……なんて知られたら重すぎる男だと思われると思ったからだ。
手塚が公園で店を出しているのに気づいてから数ヶ月、ようやく常連客として手塚から見てもらえるようになった。公園で見かけたときから綺麗な顔をしている男だとは思っていた。話しかけた時は知り合えただけでも幸運だと思えていたが人間というのは欲張りなものだ。
今は好きになってくれないまでも、嫌いにはならないでほしいという祈りも似た願いを抱いている。
「……あぁ、芝浦か。今日は早いな」
手塚は思いもよらぬ時間に表れた芝浦の姿を見て、一瞬誰だか判別つかなかった様子を見せる。手塚の店はこれで思ったより繁盛しているようだから客の顔などいちいち覚えていないのだろう。名前を呼んでもらえるだけでも有りがたい。
そういえば、手塚が自分の名前を呼んでくれるようになったのはいつ頃だろうか。最初は客の一人にすぎなかったから当然名前など呼ばれていなかったが、思ったより以前より名前を覚えてくれていた気がする。
男の客は珍しいから、とは言っていたが早くから特別視してくれたと思えば嬉しいものだ。最も、それ以上の進展は期待などできないのだろうが。
芝浦は一目みた時から手塚に好意を寄せていた。涼しい目元も整った顔立ちも落ち着いた声も全てが自分の好みだったので話しかけてみた所、気怠げで謎の多くだが少しお節介なくらいの彼に惹かれていったのだ。
だが手塚からすれば自分はただの客だろうし、気づいた時には男性だけが恋愛対象の自分と違い彼は女性を愛せる男だろう。
元々手が届かない所にある花なのだから、せめて近くで眺めていたい。そのためにもこの思いを気取られる訳にはいかなかった。
「なーんか早起きしちゃってさ。たまには公園でのんびりしてから大学に行こうと思って」
「学校は大丈夫なのか?」
「うん、まだ平気。たまには別の駅で降りてみようと思ったけど、早く付き過ぎちゃったからさー。これから喫茶店ですこしのんびりしようかなーとか考えてるとこ。手塚は、もうお店やってるの?」
「いや、まだ準備中だが……おまえが占って欲しいなら座ってくれ。肩慣らしに少し……ちょっとしたものを占ってもいい」
手塚はそういい、椅子に座るように促す。芝浦は促されるまま椅子に座った。
「じゃあ、何占ってもらおうかなー? あ、お代いくら? 先に払っておこうか」
「肩慣らしだから気にするな」
「えー、それじゃ悪いって。占い師さんの時間無駄にしちゃもったいないでしょ」
「どうせ客がくるまでの暇つぶしだ。それにおまえと話すのはそれほど嫌いじゃないからな」
好きになってはいけない。ただ傍で見ていられればそれでいい。期待してはいけないとわかっているのだが、手塚は気安くそんな事をいう。
(また、そうやってさぁ……ちょっと期待させちゃうんだから。ほんと、ずるいよねー。その綺麗な顔でサラっと言われたら、本気で好きになっちゃうじゃん。可能性ゼロの相手に本気になりたくないんだけどなー)
そんな気持ちを悟られないよう作り笑いをしながら、芝浦は身を乗り出す。同時に冬の冷たい風が彼の体に吹き付けた。
「うわッ、寒ッ……今の時期ってこんな寒いんだ。油断してたなー、もっと厚着してくればよかった」
芝浦は薄手のジャケットをつかみその身を震わせる。冬の時期はほとんど運転手付きの車かタクシーかで登下校をしていたし、大学構内はどこでも温かかったから朝日の遠い時間帯がこんなにも冷えるとは思ってもいなかったのだ。
「なんだ、寒いのか。やけに薄着だとは思ったが……芝浦、こっちに来るか?」
「え、占い師さんの方に行っていいの?」
「別に対面じゃなくても占いはできる。それに、おまえは占いがしたいから来てるって訳でもないんだろう?」
手塚はそういいながら自分の隣に椅子を置く。それを横目に、芝浦は少しだけ顔を背けていた。占いが目的でないというのはその通りだが手塚がそれに気づいていたのは何だか気恥ずかしかったからだ。
「あー、なんだ。バレてたんだそれ」
「おまえは占い信じているってガラじゃないからな。どうせ暇だから茶化しにきたんだろう? それなら隣に座ってろ」
「茶化すとか人聞きわるいなー。売り上げに貢献してあげようって思っただけなのになー」
だが占いが目的でないのに気づいていながらも、手塚は特に嫌がる様子も見せずに芝浦を受け入れてくれていたのだ。上客だから大切にしてるだけだろうが、少しでも芝浦を気に入ってくれているのなら嬉しい。
(なんて……最近は手塚の店にも結構通ってるし。常連客だから大事にしてるだけだろうね)
一瞬の期待を胸の奥底に封じ込め手塚の隣に座れば、手塚はすぐに自分のダウンジャケットを芝浦の肩にかける。
そして戸惑う芝浦に暖かなカフェオレを差し出した。
「え? えっ、えっ?」
「……随分冷えてるな。ほら、飲め。もらったんだが俺はあまりコーヒーを飲まないからな」
突然隣に座らされ、突然上着をかけられて温かい飲み物まで渡される。こういう事は普通誰でもするものなのだろうか。それとも手塚が特別に優しいだけなのだろうか。
同年代の友人に乏しい芝浦はそれがわからないまま、カフェオレを受け取る。一口飲めばやけに甘ったるい味が口の中へと広がった。
「ん、甘いねコレ。甘い方が好きではあるけど……」
「そうか、少しは暖かくなったか」
「うん。ちょっと……暖かすぎるくらいかな」
手塚の真意はわからない。だがきっと彼は誰にでも優しく、誰かが寒くしていればこうしてくれるんだろう。
それは心得ていたし、期待してはいけないともわかっていた。だが、それでも。
「寒いだろ? ……近くに来たらいい。俺も客が来るまで暇だ。話し相手くらいにはなってやれるだろうからな」
そういいながら肩を抱き寄せかすかな体温を感じながら、芝浦はぼんやりと思うのだ。
期待してはいけないのはわかっている。だけど今はただこの温もりのそばでぬるま湯のような幸福につかっていることを許して欲しいと。
期待してはいけないのだから、ひとときの幸せくらいは大目に見て欲しいと。ただぼんやりとそんな事ばかりを。
この二人が付き合うようになるのは、もう少しだけ先の話になる。
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