インターネット字書きマンの落書き帳
帰りたくない年下坊やと帰したくない年上彼氏(みゆしば)
平和な世界線で普通の恋人同士として過す手塚と芝浦の話です。
(挨拶を兼ねた端的な幻覚の説明)
最近はすっかり週末のお泊まりデートをしているけど、どうも今回は台風が来そうだ。
帰りたくないけど立場上帰らない訳にはいかないしばじゅんちゃん。
そんな彼を本当は帰したくないと思っているみゆみゆ。
ただ二人寄り添って、何となく毎日を過しているだけでも楽しいかもしれない。
そういう話を……書いていきたいねッ。
(挨拶を兼ねた端的な幻覚の説明)
最近はすっかり週末のお泊まりデートをしているけど、どうも今回は台風が来そうだ。
帰りたくないけど立場上帰らない訳にはいかないしばじゅんちゃん。
そんな彼を本当は帰したくないと思っているみゆみゆ。
ただ二人寄り添って、何となく毎日を過しているだけでも楽しいかもしれない。
そういう話を……書いていきたいねッ。
『帰らないといけないお前と、帰したくはない俺と』
冷蔵庫の中から炭酸水を取り出すと、手塚は髪をかき上げる。
台風が近づいているからか、窓には激しい雨が打ち付けていた。
日が昇ってからだいぶ経つが芝浦はまだ起きてこない。
朝方まで溶ける程に甘やかしてやったのだ。疲れてまだ眠っているのだろう。
手塚はテレビのリモコンを手に取り、どこかでニュースがやってないかボタンを押す。すると気象予報士らしき男が衛星写真を前に台風の進路について淡々と語るのが見えた。
手をとめ画面を注視すれば、昨日から都心へ接近してきた台風が今夜にでも上陸しそうなのだと気象予報士は語る。
明日の朝には通り抜けるようだったが、思いの外進むのが遅いその台風はそもそも今日来る予定だったのに未だ牛のようにゆっくりと沖を進んでいるようだ。ひょっとしたら上陸は1日遅くなるかもしれない。
幸いそれほど勢力が強い訳ではなさそうだが、芝浦を家に留めておく訳にはいかないだろう。梅雨時の長雨程度であれば家を空けても気にしないだろうが、台風は立派な災害だ。そんな時に大切な箱入り息子の行方が分らないというのは流石に問題だろう。
手塚はそんなことを考えながら炭酸水の蓋を開けた。
手塚のアパートは見ため古い割にはしっかりとした作りになっており、台風が来ても雨風をしのぐのは問題ないだろう。
高台にあるから浸水の恐れもない。
だがいくら安全に不安がないとはいえ、仮にも「芝浦グループ」の御曹司である芝浦淳をこんなボロアパートに留めておく訳にはいかない事くらいは分っていた。
芝浦の家は事前に連絡し居場所さえわかっていれば、特別な用事がない限りと息子である芝浦淳の行動にくちばしを挟むような真似はしない。
そういった意味では「放任主義」と言えそうだが、その内実「どこにいるのか」「誰といるのか」といった情報は芝浦が話していなくても芝浦家は知っている、というような所があるのだという。
上辺では息子を自由に泳がせているようにして、水面下ではきっちり監視している。
芝浦の家は元々そういう所があるのだという。
普段でさえそうなのだから、台風が近づいている状態で芝浦を家に帰さない訳にはいくまい。
芝浦自身もそういった事で手塚に迷惑がかかるのではないかと日頃から心配する様子があるのだから尚更だ。
外は硝子窓を打ち鳴らす程の雨風が吹いていた。
その雨音に驚いた様子で窓を眺めながら、芝浦はようやく起きてくる。
そしてまだテーブルに朝食がないのを気付いて、寝ぼけた顔をしたままキッチンへと向った。
「おはよー、手塚……朝ご飯まだだろ? パンでも焼く?」
「あぁ……そうだな、パンだけでいい」
「そう? ……俺目玉焼きも食べたいからついでに作るよ。目玉焼き、食べるよね?」
欠伸を噛み殺しながら芝浦はトースターを出しパンをセットする。
そして手塚が流しているニュース番組を聞きながら簡単な料理を始めた。
「……あぁ、昨日の台風やっぱり近づいてるんだ。この雨もそのせい?」
「そうみたいだな……だから芝浦、今日は家に帰るんだ。晴れたらバイクで送っていってやれるんだがな……」
横殴りの雨がふる中、バイクの出番は無さそうだ。
炭酸水を飲みながら天気予報を聞く手塚の耳に目玉焼きが焼けるジュウジュウという音が聞こえてきた。
「別にいいじゃん、こんな雨なら手塚だって外には出ないでしょ。どうせ明日も休みだし。俺、今日も明日もずーっと手塚と一緒に家の中で過すのも悪くないかなー」
目玉焼きとパンを載せた皿を二枚もってくると、それをテーブルに並べながら芝浦は甘えたように笑う。
もちろん、本気で言ってる訳ではないだろう。
芝浦の家が「そういったこと」に厳しいのを何より理解しているのは彼自身なのだから。
「そうもいかないだろう? 台風が明日で行ってしまうんならまだしも、明後日まで引きずるみたいだからな。そんなに長く家を空けていたら不審に思われる……そうなったら困るのはお前じゃないのか」
「ま、それはそうなんだけどね」
「ましてや台風なんて災害時に芝浦家のご令息がいない……なんてなったら一大事だろう?」
手塚はそう言い、トーストにバターを塗り一口齧る。その姿を見て、芝浦もブルーベリージャムをたっぷりとのせた。
「んー、ま、分ってるんだけどね。一応、言ってみただけ。手塚と一緒にいたいのは本当だしね」
芝浦の家は夜になると芝浦一人になる事の方が多い。
日中は父の執事や通いの家政婦の姿があるが、今や唯一の家族である父が帰っている事は殆どない。
それ故に芝浦は大学生活を比較的自由に過すことが出来てはいるのだが……。
「それにさ、家にいたって結局一人でやる事もないし。寂しいだけなんだよね。ほら、俺ってこう見えて結構寂しがり屋だからさ」
芝浦は冗談めかした様子でそう言い、指先についたジャムをなめる。
茶化して見せてはいるが寂しいというのは本音だろう。長い間「愛されている」という実感を得ていなかった彼はいつも心に孤独を抱え、それを誤魔化すために夜通し繁華街で過すような事が何度もあったと聞いている。
顔を見せるためだけに家に帰りたくない。
ましてや台風の夜だ。雨風が打ち付ける中、少なく無い不安を抱いてそれが行き過ぎるのを待つうちに、色々考えてしまうのだろう。
だが顔を見せなければ常駐する執事からどこにいるのかと連絡が入る。
芝浦はまだ家族に手塚のことを話していない。
いつも同じ「友人」のところにいれば、勘付かれる可能性もある。それを芝浦は心配しているのだ。
「……ホント、帰りたくないな」
芝浦は目玉焼きをつつきながら、ぽつりと呟いた。
その表情があまりに悲しげだったから、手塚は無意識に口が動く。
「俺だって、帰したくない。お前を……帰したい訳なんて……」
そこまで言いかけて、手塚は言葉を飲む。
普段の自分はそんな事を言うようなタイプではないと思っていたし、自覚もなしに言葉が出ていたのも驚いたからだ。
「いや、悪かった。そんな事いわれても困るのはお前だったな……ただ、つい。無意識に……」
口元を隠しながら、手塚は何だか恥ずかしくなり視線をそらす。
寂しそうに俯く芝浦を見ていたら無意識に言葉が出ていたのは事実だが、彼を喜ばせるためではなく無意識に行ってほしくないと願っている自分にも驚いていた。
「無意識にって……それ、わざと気を引いて言うよりタチ悪い奴じゃない? そっかー、手塚は無意識にそんな事いっちゃう程、俺がいないと寂しいのかー」
「茶化すな……俺だって驚いてるんだ。そんなこと、お前に言うなんて……」
「そう? 俺は結構嬉しいけど。少なくとも、今日家に帰ってから手塚の言葉思い出すだけで一人でいるの寂しくなくなるくらいにはね」
芝浦は嬉しそうに笑うと手塚の肩へもたれかかる。
手塚はそんな恋人の肩を抱くと照れ隠しのつもりで唇を重ねた。
テーブルには空になった皿が二枚重ねられている。
外は相変わらず激しい雨音が響いていたが、朝起きた時ほどの不安も寂しさも二人の中からは消え失せていた。
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