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インターネット字書きマンの落書き帳

   
待ちぼうけさせる男(みゆしば)
平和な世界線で普通に付き合っている手塚と芝浦の話です。
(挨拶を兼ねた幻覚の共有)

俺は「待ち合わせ場所に遅れてきてもずーっとまっている奴」という概念が好きなので。
その「遅れてきた理由」が比較的にフォローの出来ない人でなしの理由だとなおさら好きなので。

今回はしばじゅんちゃんを待たせてみました。
寒空の下! 薄着で! 4時間も!
待たせてみました。

またこいつ待たせてるな。
と思っても、そういうカルマなので許してください。
いや、許さなくてもいい。神に許しなど乞う者か!




『ある意味での試し行為』

 時計を見た時、すでに時刻は21時を過ぎていた。

「しまった、思ったより遅くなったな……」

 手塚は誰に聞かせるともなくそう独りごちる。暦の上では立春をすぎたがまだ春は遠く夜風はいっそう強く吹きつけていた。

 芝浦が店に現れたのは、今日の昼頃だった。
 ただの客と占い師の関係。それだけでしかないが芝浦はあまり年の変わらない手塚によくなついており、手塚もまたわかりやすく好意を示す芝浦を少なからず可愛いと思っていた。
 自分に弟がいたのなら彼のような感じだったのだろうか。
 いや、そんな家族愛という感情でごまかすのはよそう。 手塚は少なくとも彼の好意に対して少なからず下心があるのだから。

『もし良かったら、今日は一緒に食事でもどうだ?』

 昼頃現れた芝浦にそう声をかけたのもそんな少なからずの下心からだった。芝浦の好意は黙っていてもわかりやすい程であり占いの時もまっすぐに手塚の様子をうかがっている様は占いより手塚自身に興味があるといった様子だった。
 自分は芝浦に好かれている。その自信は確かにある。だが芝浦が自分に向けている好意が友情の延長上にあるものなのか、兄弟を見るような家族愛に近いものなのか、それとも自分のように多少なりとも下心を抱いているのか……お互いに唇を。体を重ね愛を確かめたいと思うような関係を求めているのかはまだわからなかった。
 それは普段の芝浦が友人とどのように接しているのかも家族とどのような仲なのかもわからなかったから、というのが大きいだろう。
 今までならわからなければそれで良いと思っていたのだが、芝浦の所作はどうにも手塚をその気にさせる。彼のことをもっと「わかりたい」と思ってしまう……。
 食事に誘ってみたのは、そんな自分の気持ちが恋愛感情なのかどうかを確かめてみたいという思いと、芝浦の本位を探りたいという好奇心からだった。

『えっ、俺と? いいけど、ランチはもう済まちゃったんだよなー』
『だったら夕方はどうだ? 今日は寒いから早めに切り上げようと思っているんだが、夕食でも』

 時間的に、芝浦がその時間帯では食事を済ませているのはわかっていた。だから自然に夕食へ誘えると思ったのだ。
 芝浦は嬉しそうに笑うと「それなら、17時頃にここで」と約束して去って行った。もちろんそれも芝浦の空き時間を予測しての事であり、自分に対して明らかな好意をよせている彼が自分からの約束を断ることはないだろうと思っての誘いだ。その程度の駆け引きは占いをするまでもなく出来る。その程度の処世術は心得ていた。恋愛に関しては、狡くなったとも言えるだろう。

 けれども運命とはいつも気まぐれで予定通りとはいかないものだ。
 芝浦と約束してから親友である斉藤雄一から電話があったのはまさに予測できなかった運命と言えただろう。
 斉藤雄一は手塚にとってほとんど唯一といっていい長い付き合いの友達である。 ピアニストという目標を胸に抱きひたすらに邁進する彼の姿は手塚にとって憧れだ。希望だ。自分のもたない者をもち才能に祝福された彼はいつもまぶしすぎるくらい手塚の前で輝いていた。
 手塚はそんな彼の姿に羨望と、それと同じくらいの好意を抱いていた。この好意は彼に対する愛であり手塚にとっての初恋が彼であると言ってもいいだろう。だが斉藤雄一は手塚のそんな思いに気付くタイプでもなければ気付ける余裕もない。今は若きピアニストとして手探りで。だが着実に自分の夢に向かって進んでいるのだから、恋愛は彼にとって夢より重いものではないのだ。
 ましてや男からの愛情を斉藤雄一が素直に受け取るとは思えない。傍にいた手塚はそれを良く知っている。

 久しぶりに会って話をしないか。
 電話で突然呼び出された時に芝浦との約束を思い出さなかった訳ではない。だが客と占い師という関係でしかない芝浦の連絡先を知らない手塚は彼に断りの電話をする事は出来なかった。また、憧れでもある斉藤雄一からの誘いを断るという選択もない。そもそも斉藤雄一は普段あまり日本にいることもない相手であり、ただ話すだけでも手塚にとって特別な時間になり得た。

 すこしくらい遅れても大丈夫だろう。そう思って会ったのだが当然の如く話は弾み、時間を忘れる程長く語らう。
 話し終えた時、すでに待ち合わせ時刻はとっくに過ぎていた。

(連絡はしなかったが……普段店を出してる場所に俺がいなかったら、きっと芝浦も察するだろう。次に会う時に謝ればいいか……)

 頭でそう思っていても、心はどうにも引っかかる。自分の都合で約束を破った上にそのまま帰宅するというのは何となく気が引けた。
 芝浦と待ち合わせた公園はやや遠い場所にある。4時間以上も過ぎているのだからきっともういないだろうとも思う。それでも何となくの罪悪感から手塚は待ち合わせ場所の公園に向かっていた。

 いないだろう。いや、いないでいてほしい。
 愛想をつかして先に帰っているくらい軽薄な男であってほしいと願いながら向かった先に、電灯の下でぼんやりとベンチに座る芝浦の姿はあった。

 待っていたのだ。
 いつ来るともしれない薄情な男を。

「……遅れて悪かった」

 言うべき言葉はそんな事じゃない。それはわかっていた。だが何と言えばいいのか見当が付かず小走りで近づき声をかければ、すぐに芝浦は振り返る。
 そして寒さですっかり赤くなった頬をぎこちなく緩ませて見せた。

「あー、やっときたー。もー、占い師さん遅いって。どこかで事故にでもあったのかと思って心配しちゃったよ。大丈夫だった?」

 普段見せる芝浦の態度から、もっと怒ったり嫌味の一つでも出るかと思ったがかけられた言葉は手塚を心配する言葉だった。
 そんな、心配されていい男ではない。
 他の相手を求めて約束を反故にした自分など心配される価値などないのだ。

「どうして、こんな時間まで待って……」
「えっ? だって占い師さん、来るって言ったじゃん」

 手塚の問いに、芝浦は屈託なく告げる。彼は手塚の誠実さを信じてくれていたのだろう。それだというのに自分はどうだ、憧れの男を前に浮かれて時間すらも忘れていたではないか。

「俺がそんなに真面目に見えたか」
「えっ? 占い師さんは真面目にしか見えないけど? そりゃ、確かに占いなんてうさんくさい仕事してるし、ちゃんと稼げてんのって思うけど。でも、約束を破るタイプじゃないだろうなーって思ってるよ」
「約束通りには来てないだろう」
「でも、来てはくれたじゃん」

 そこで芝浦はふっと視線をそらす。

「ホントは、すっぽかされたかなーって思って。文句言ってやろうとか、散々虐めてやろーって思っていーっぱい悪口考えてたんだけどさ。何だろ。占い師さんが来てくれたと思ったら嬉しくてそういう言葉出なくなっちゃったし。それにさ、もし俺が帰った後に占い師さんが来たらいやだなーとか。占い師さんが怪我したり事故ったりしてこれなかったらどうしようとか。何かいろいろ考えてたら……何となく、帰れなかったんだよね」

 芝浦はうつむいたまま袖口で顔を拭っていた。手塚が来た安堵から泣いているのを見せたくなかったのだろうが、泣き出してるのは明らかだ。 手塚は自分の首にあったマフラーを芝浦の首元へとかけてやると静かに問いかけた。

「遅くなって、本当に悪かった。今からでも……一緒に来てくれるか」
「うん! あったりまえでしょ。占い師さん待ってたんだもん、ねー」

 無邪気に笑うその姿に罪悪感が募ると同時に焦りと不安に似た気持ちがわき上がる。

 この男は重い。
 自分のために何時間でも寒空の下を待つ事も苦にせずにいられるのは、それだけ自分を思っているからだろう。その好意は限りなく思慕に近く、手塚を心から求めているのだというのを理解させるには充分すぎる程だった。
 そしてその重さはきっと手塚の持つそれに近いものだったろう。
 何時間待たされても意に介さないどころか、こちらの心配が先立ってしまうほど芝浦という男は「重い」愛情を秘めており、手塚もまたその重さを深く理解し慈しむ気持ちさえもっていた。

 だがこの愛情は普通の人間には耐えきれないものだ。
 手塚自身、今まで何度もその重すぎる愛のため相手に逃げられ、あるいは拒まれてきた。だから自分の愛情を受け止めきれる相手は自分と同等かそれ以上に愛が重い相手だろうと思っていたし、同時にそんな相手など何処にもいないとどこか諦めていたのだが……。

 この男なら、あるいは。
 すっかり冷えた体を抱き寄せれば、芝浦は特に驚いた様子も見せず手塚に寄り添う。

 自分の抱いている思いが間違いでないのなら、時が来た時に彼に告げよう。
 自分の愛情は鉛のように重くその心も運命も絡め取るよう求めるような男ではあるが、それを幸せと思ってくれるのであればそう。
 ともに一緒にいてほしいと。
 今はまだ芝浦の本心がわからないから言う事はできないが……。

「へへー、楽しみー。俺ほんとおなか減ってるからさ、いーっぱい頼んじゃうかもねー」

 この微笑みの全てが自分に向いてくれるのなら、羨望も思慕も全て彼に注ぐのも悪くない。
 重すぎる思いなのはわかっていた。期待しすぎてはいけないことも。

 だがそれでも、手塚は願わずにいられなかった。
 彼が自分の隣でいつも笑って過ごしている日々があることを。

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