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インターネット字書きマンの落書き帳

   
桜には攫われません。(みゆしば)
平和な世界線で普通に付き合っている手塚と芝浦の話です。
年齢設定が占い師と大学生時代の話なのでもう20年近く前になるが気のせいなんでしょうね。
時は令和ぞ? 時は令和ぞ?

今回はすでに付き合って暫くたった二人が、一緒に桜を見に行く話です。
こういう話では桜に攫われそうになるとか言わせたいもんですけど、今回はそういう感じではなく本当にただ桜を見に行くだけの話ですよ。

サクラサク!
ゴウカクオメデット!




『隣にいるから美しい』

 芝浦がいつものように公園へ訪れると、手塚の店は『準備中』の札が出されていた。
 白いテーブルクロスはかけられたまま。椅子も置きっ放しの所を見ると食事に出ているのだろう。だが食事にしてはやけに遅い時間だ。
 最も手塚の昼食はいつも時間がまちまちだった。客入りが良ければ自然と食事は遅くなるし、そうでない時は早めに食事に出てしまう。今日はいつもより遅い日だったのだろう。気にする程の誤差でもない。

「何だ、芝浦。来てたのか」

 手塚がいないのなら何処かで時間でも潰してこようか。
 そんな事を考える芝浦の後ろから慣れ親しんだ声がする。振り返れば手塚がいつもの赤いジャケットを着て立っていた。
 その肩には桜の花びらが乗っている。

「手塚、何処行ってたの? 飯時にしては随分遅いみたいだけど」

 芝浦はそう言いながら、手塚の肩に乗った花びらを手に取る。それを見て、手塚は今歩いて来た道へちらりと視線を送った。

「あぁ、桜が咲いていたから少し散策をな」
「桜?」

 手塚に言われ、芝浦もまた彼が来た道へと目を向ける。
 都内の公園には桜が植えられている事が多いがこの公園もまた例外ではなく、満開になる頃は花見と称して大学生や社会人がレジャーシートなどを広げ桜の下で宴会をするのが習わしのようになっていた。

「まだ三分咲きといった所だろうな。今日は平日だから人も少なくて桜を愛でるには良い日だぞ。芝浦も見てきたらどうだ」

 手塚に言われ、芝浦は少し思案する。
 長くこの街で暮してきた芝浦にとって春に桜のある光景はさして珍しいものではなかったからだ。
 それに、桜の花を下から見るのはあまり好きではなかった。それは桜の時期になると花見客がしたたかに酔い、醜態をさらす姿を下品だと思っていたのもあるし、桜の時期になれば何かしらの会合で呼び出されホテルの高層階から桜を眺めている時、父の知り合いしかいない場で一人で立って会場を見渡していた孤独が蘇るからだ。

「……手塚が行くなら行くけど」

 これは手塚と一緒に行きたい、というよりあまり乗り気ではないといった意味だった。
 手塚は今さっき桜を見てきたばかりなのだからもう行くつもりはないだろうと思っていたのだが。

「そうか、それなら一緒に来るか?」

 手塚は芝浦へと手を伸ばし、そう問いかけてくる。今見てきたばかりだろうと思ったが、自然と差し出された手を握っていた。
 だがそれは桜を見に行きたいというより、手塚が手を差し出したら自然と握る癖がついていたに過ぎない。言ってみれば「条件反射」のようなものだったろう。

(やばっ……別に桜なんか興味ないのに、手ぇ出されたかたつい握っちゃったじゃん……)

 だが、隣に手塚がいるのなら悪くない。強く手を握りしめてくれているのなら尚更だ。芝浦の手を離さないよう指を絡めて握り歩く手塚は照れた様子も見せず桜並木のある道へ向って行く。

(手塚ってもっと……こういうの隠したがる人かと思ったけど、結構積極的っていうか……手も握ってくれるし、隣歩いてても全然恥ずかしがらないし……なんか俺の方がドキドキしちゃうよね……)

 他人に対して心を動かされるという経験は今まで無かったから、こういう時にどんな顔をしていいのか。何を話したらいいのか分らない。幸い手塚は口数があまり多い方ではなく、あれこれと話かけてくるワケでもないからその点は気が楽だった。
 あるいは手塚も芝浦と同じよう抑えられない胸の鼓動を持て余しているのかもしれないが。

「今日見てきたところだと、ここが一番よく咲いているな」

 そうして暫く歩いた所で、手塚は足を留める。
 彼の目線を追うように芝浦も桜の木へと目を向ければそこには幾つかの桜が花開いていた。
 手塚は三分咲きと言っていたが、ここの桜はもう少し咲いているだろう。だがそれでも満開まで今暫くの時間がかかりそうだった。
 普段はホテルの一室から見下ろしていた桜は小さな薄紅色の玉が点在しているように見えたが、近くで見るとその花びらはピンクというより白に近い。

「へぇ……ホントだ。結構咲いてるね」

 下から見る桜の木は思った以上に大きく、それに反して花は小ぶりに見えた。
 高い所から見て居た時はもっと薄紅色が強く見えていたが、それはこの白が多い花に微かに見える薄紅が集まってそう見せていたものだろう。
 あまり気にしていなかったが、こうして見ると美しいものだ。いや、あるいは。

「もう数日で見頃になるぞ。そうしたらもっと綺麗だろうな」
「いや、今でも充分綺麗だって。俺さ、あんまり桜の花とか……桜だけじゃなく、花とか自然の移り変わりっての? そういうのには興味なかったんだけどさ。手塚が一緒にいて、一緒に見ていてくれるなら……こういうのが綺麗なものなんだって、思えるような気がするよ」

 あるいはそう、隣に手塚がいるからそれを綺麗だと思えるのかもしれない。
 きっと彼が桜を愛でるような心をもっていなかったら、芝浦はずっとそれを美しいなどと思わなかったのだろう。
 その言葉を聞いて、手塚は珍しく照れたような表情をし口元を隠す。

「お前は……時々、わりとストレートに思いを口にするな……」
「えっ? 俺っていつもわりと正直に生きてると思うけど。変だった?」
「いや、別に変ではないんだが……お前の言葉はあまりに真っ直ぐすぎて、時々俺には眩しすぎる」

 芝浦にとってずっと手塚は眩しく暖かい存在だからそんな事を彼から言われるのは意外に思ったが、芝浦が思うように手塚もまた芝浦の事を思っているのだ。そう考えると悪くない。

「また何日かしたら来るか。きっとその頃なら見頃だろう」
「んー、そうだね。また今度も……来年も、その先もさ。出来れば俺は、手塚と一緒に見に来れたらいいなぁ……」

 芝浦の言葉に答えるよう、手塚は彼の肩を抱き寄せた。

「……当たり前だろう。簡単にお前を手放してやるものか」
「はは、それなら……ずっと、綺麗な桜が見られそうだね」

 二人は自然と寄り添い、桜を見上げる。
 まだ三分咲きの桜はほのかに色づいた花びらを舞い散らせていた。

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