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インターネット字書きマンの落書き帳

   
億泰くんと鈴美お姉ちゃんのはなし
自分が何をしていいかわからない。
そんな気持ちを引きずって落ち込んでる億泰くんを励ます鈴美お姉ちゃんの話です。

億泰くんが子供みたいに可愛い母性愛溢れる鈴美お姉ちゃんの概念が欲しくて描きました。
頭が悪いと思い込んでる億泰くんを否定しないで向き合ってくれる。
そういった、人間としての億泰くんがを認めてくれる人がいたとしたのなら、鈴美お姉ちゃんがそうだったんじゃないかな……。

と思ったりしますし、億泰くんはいずれ彼を理解してくれる人と出会えるんじゃないかな。
なんてぼんやりとした期待を抱かせる男だと思います。




『街角の泣き虫』

 彼女はその日も存在しないはずの路地に立ち尽くしていた。そんな彼女の前に大柄の男が身体を丸めて近づいてくるのに気付く。
 この路地の存在に気付いているのなら、きっと「スタンド使い」のように「見える人間」なのだろう。
 顔を上げてみれば、そこには見知った顔があった。

「あなたは……たしか、虹村億泰くん。だったかしら?」

 傍らに寝そべる犬をなでてやりながら彼女、こと杉本鈴美は声をかける。
 眼前には強面の男は鈴美に名を呼ばれてもまだどこか悲しげであった。

 この場所は地図には存在していない。だが訪れれば確かに存在するという、あの世とこの世が交わる場所である。
 そこで杉本鈴美長い間見張り番のようなことをしていた。
 それは彼女がこの街、杜王町で連続殺人を行いながらも素知らぬ顔してのうのうと生き続けている殺人鬼の最初の犠牲者だったからではあるが、誰かに強要されてそうなったワケではない。ただ自分から杜王町という街に潜む危険を伝えたいという思いでその場の立ち、自分たちの存在を認識し殺人鬼に打ち勝てる強い意志と行動力を持ち合わせた生者を待ち続けているのだ。
 虹村億泰は殺人鬼に対する明確な怒りと憤りを覚え行動する強い人間の一人であった。

「あぁ、鈴美さん。えぇと……」
「一人? 珍しいわね。今日はお友達と一緒じゃないのかしら?」

 鈴美がなでると犬は腹を向けて寝そべる。生前の頃から彼女の飼い犬は彼女に対してとても従順でありそれは死後も変わりはなかった。 そんな彼女を眺め、億泰はばつの悪そうな表情を浮かべる。かと思うと鈴美に向かい深々と頭を下げてみせた。

「すいません、鈴美さん。俺、頭悪いから……鈴美さんの役になんてちっとも立てなくて! ほんと、スイマセンでした!」
「どうしたの、急に……」
「いや、だからですねェ。今日は仗助や康一とみんなで手分けして殺人鬼の情報を集めようって話になったんですが……俺は、どこにいっていいのかとかそういうの全然見当もつかなくて……」

 それで、行く当てもなく歩いているうちにこの場所に来ていたのだろう。
 殺人鬼がいるのがわかっていても誰なのかはわかっていないのだ。雲を掴むような捜査をしているのだからそれも無理はないだろうし、何もつかめなくともそれは億泰のせいではない。
 少なくとも、鈴美はそう思っていた。

「そう……仕方ないわよ。殺人鬼がいる、という話だけでは雲をつかむようなものですもの……私は、アナタが行動してくれるだけで嬉しいの。だから謝る必用なんてないわ」

 鈴美は笑顔を向け暖かな眼差しを億泰へと向けるが、その目を前に億泰はますます萎縮するように身体を縮めて項垂れるのだ。

「でも、仗助のやつも康一もみんな頑張って何かしてるってのに、俺はホント……役に立ててないってか。足引っ張ってばかりで……」

 虹村億泰はかつて兄に従って父を殺す方法を求めていた。その思いも東方仗助との闘いで砕かれ今は父を救うための日々を送っている。
 殺すよりも救う方が彼の性分にもあっているのだろう。以前は周囲に人を近づけないような性格だったのだが今は友人と呼べる存在に囲まれ楽しく過ごしているようだ。
 父を元に戻すという思いは変わっていないだろうが、今ある父の姿もそのまま受け入れて日常をおくる事もそれほど苦痛ではないのだろうと鈴美は感じていた。

「そんなことないわよ、アナタがいる事で皆の気持ちが折れない……そういう事もあると思うわ」
「鈴美さんは優しいよなァ、こんな俺でも慰めてくれるんだから……でもねぇ、俺は本当、自分のバカさにつくづく嫌気がさす事があるんですよ」

 億泰はそう言い、道の片隅にこしかけると長い息を吐く。
 殺人鬼を追う以前から彼が命の危険もあり得る状況に陥った経験が幾度もあるという話は鈴美も何となく聞いていた。 相手の挑発に乗って先走り危機に陥った事や悪い結果を招いてしまった事も少なくはない。そんな自分を「バカな奴だ」と思っているのは億泰がずっと兄からそう言われていたというのもあるからだろう。
 だが鈴美は億泰のことを馬鹿だと思った事は一度もなかった。
 挑発に乗りやすいのは直情的だからだろう。失敗した話も彼自身が優しく思いやりのある性格だからこそそうなってしまったのがうかがえる。 そのミスは単純に「バカ」の一言で済ませてしまうにはもっと複雑であり、もっと優しいものだと彼女は思っていたのだ。

 それでも億泰が自分自身を馬鹿だと卑下するのは兄の影響が抜けきっていないという所が少なからずはあるのだろう。あるいは兄を忘れたくない思いも多少はあるのかもしれない。
 億泰にとって長く兄が自分の生活の指針であったのだから。
 そう、ちょうど父や母がその家庭にとって世界の全てであるように。

「……いいじゃない、バカならバカで」

 鈴美は億泰と視線を合わせるように彼の隣へ座る。

「あなたはそれでも優しいわ。いつもひたむきで、他人の気持ちがよくわかって……貴方のそんな無邪気な姿が、周りのみんなも大好きだと思うの」

 そうして微笑む鈴美を前に、億泰は赤くなって狼狽する。
 コワモテの不良である億泰は女性に対してやや初心な反応をするのだ。そういう所が可愛いと思ってしまうのは鈴美が見た目よりずっと歳を重ねた女性だからなのだろうか。

「俺をですかぁ? そりゃ、仗助も康一も友達でいてくれるけど俺なんて別に……人に好かれるよーな奴じゃ無ェっすよ」
「あのね、億泰くん。一緒にいて嫌だな、と思う相手とは友達になんかならないの。仗助くんも、康一くんも……あなたが周囲を大切にしてくれている。尊敬してくれている。そういう事がちゃんと伝わっているから友達になれる……私は、そう思っているわ」
「そうですかねぇーっ。そうだったら、ちょっとはうれしいってか……」

 億泰ははにかんで笑う。自分でも獰猛な犬のように険しい顔をしていると億泰はよく言っていたがこうして笑っている姿は獰猛さとは無縁の人なつっこい子犬のように鈴美には思えた。

「だから……そうね、あなたの場合、わからない時は無理に自分だけで考えないで仗助くんや康一くんと相談したらいいと思うわ」
「でも、今はみんなとわかれちまって。俺もうトホーに暮れて……」
「だったら、貴方らしい方法でみんなをねぎらってあげたらいいんじゃないかしら? 捜し物が苦手だったら、得意な人に任せて……貴方はその得意な人たちを応援する。それだって立派な調査のお仕事よ」

 鈴美は手を伸ばし、億泰の頭を撫でていた。
 しおれている顔が何だか失敗をして怒られると思っている犬に見えて気の毒になってきたのだ。
 億泰は暫く頭を撫でられた後、幾分か元気になったように顔を上げた。

「そっか。そうですね。ありがとう鈴美さん、俺よくわかんないけど、ちょっと分かった気がしますよ!」

 億泰はぱっと顔を上げると軽い足取りで走り出す。

「そう、だったら……いってらっしゃい」
「はいっす! ありがとうございました!」

 そうして動き出した背中は、もう小さく縮まっていたりはしない。
 ちゃんと背丈通りに大きく見える後ろ姿を見送って、鈴美は穏やかに笑うのだった。

 その後のことを、彼女は知らない。
 だが何ら調査の成果があがらなかった東方仗助や広瀬康一に両手いっぱいのお菓子やジュースをもって二人をねぎらう億泰の周囲が笑顔に包まれていたということくらいは、語ってもいいだろう。

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