インターネット字書きマンの落書き帳
恋する人形(新堂←荒井)
人形である荒井という概念はえっちですよね!
ワイトもそうおもいまーす。
という訳で今回は、学怖時代、人形だった荒井の話です。
人形であり、怪異であるので時間が歪んでいるのを知っている人形荒井が、ふとしたことから未来に存在する鳴七の世界で、そっちでは新堂とイチャイチャしている(?)荒井がいるのを知って、激しく嫉妬に狂うような話ですよ。
二次創作、いつでも俺が求めている!
この心意気、大事にしていきましょうね!
ワイトもそうおもいまーす。
という訳で今回は、学怖時代、人形だった荒井の話です。
人形であり、怪異であるので時間が歪んでいるのを知っている人形荒井が、ふとしたことから未来に存在する鳴七の世界で、そっちでは新堂とイチャイチャしている(?)荒井がいるのを知って、激しく嫉妬に狂うような話ですよ。
二次創作、いつでも俺が求めている!
この心意気、大事にしていきましょうね!
『がらくたの恋』
目を開けば薄暗い部屋のなか湿った空気だけが流れ込む。
一体どれだけの時間、この場所にいたのだろう。そしてこれからどれだけ、この場所にいれば良いのだろう。
全てどうでもいいし、そんな事を考える意味などないのもわかっていた。
自分は人形で、人間ではない。
人並みの感情などもたず、人並みの時間に生きるものでもないのだから。
彼はもともと、荒井昭二という少年を模されて作られていた。
彼を失った父が、その悲しみを慰めるために作った玩具は禁忌の秘術により生きたように振る舞い、生あるもののような態度をとる事ができた。
長く活動を続けるために、電池を替えるよう他人の魂を与えられなければいけなかったが、それでも彼は息子を失う父の慰めには充分すぎるほどの効果を与えていた。
父は彼を昭二と呼び、人形自身も自分は荒井昭二だと思って生きてきた。
高校生らしく勉強をし、不得手ながら運動をし、多感な趣味の時に興味をひく本を読む、そんなサイクルの中、人形は一つの言葉を知った。
哲学的ゾンビ、という言葉だ。
外見的には人間と全く同じような振る舞いをする。
だが内面に心らしいものをもたず、ただ日常サイクルを繰り返し、他人との会話もすべて反応だけで応対する、そんな存在がいたのならそれは普通の人間なのだろうか。
そのような意味を含んだ、思考実験のようなものだ。
人間らしく振る舞うように期待され、人並みに笑ったり怒ったりする事も出来る自分はまさに哲学的ゾンビそのものだろう。
だが、彼は人形だ。
概念として哲学的ゾンビは人間と何ら変わりのない存在だというが、彼は違う。自分でも人間の自負がある。
どう足掻いても人間になる事はできない人形であり、怒りも悲しみも苛立ちという感情も、他人の魂が伝播して模倣しているにすぎないチープなつくりものだ。
感情の全てが嘘なのだから。
「だから、愛してないんです。新堂さん、僕が貴方に抱いている思いは、愛じゃない」
人形である荒井は、一人の生徒として、そして怪異として学園に渦巻く時の流れが異常である事に気付いていた。
いつまでも終わる事なく繰り返される梅雨時の集会。その都度初対面のように振る舞う面々。いつだって初めて聞いたような顔で、同じ話をする。
他の生徒たちは閉ざされた世界に気付かないのだろうか。同じ話をしている事を知らないのだろうか。時々は珍しい流れになり、誰かが死んであるいは殺されて終わる時もあるが、そんな事はごく稀だ。
かわらない時間のなか、人形であり人間でもある荒井は今日も見慣れた面子に視線を向ける。
こんな空間にも飽きずにいられるのは、ここに新堂がいるからだろう。
新堂に対する思いや執着は、荒井という少年が元々もっていたのか、それとも人形になった自分に芽生えた独特の感情なのかはわからない。だが、漠然と前者だろうとは思っていた。
自分は人形なのだから、心燃やすほどの感情は無縁だ。
誰かの魂、その残渣が燻っているだけなのだろう。
そうとは思うがそれでも、微かに燻る思いは心地よかった。
ずっとこのまま、新堂はどこにも行かず、荒井のそばにいるのだろう。
新聞部という箱のなかで話を続けるのだろう。
人形である自分がこの場に縛られ動けないように、彼らもまたこの場から動けぬまま、10年、20年と過ごしているのだ。
何もかわらないまま、ずっと。そう思っていたというのに。
僅かな歪みから、人形は知ってしまった。
こことはまた別の世界があるということを。流れる時が、新堂の姿も、彼の思いも変えてしまったという事を。
元々、この世界の時間軸はいくらでもある。
平行世界のなかでいくらでも自分たちは存在し、人形である自分もそのうちの一つにすぎないと、そう思っていた。
だが、彼は見てしまったのだ。
荒井昭二という人間の隣に寄り添い、幸せに笑う新堂誠の姿を。
決して自分がたどり着く事の出来ない、存在しないはずの未来を。
そしてその未来は、自分には存在しないのだ。
その世界にいる荒井は人形のような少年だが一人の人間であり、自分のような空洞ではないのだから。
「どうして、なんですか。なんで、そいつなんですか」
空洞の胸が、激しく痛む。
「何でお前は、人間でいられるんですか。死んでいないんですか。人形の姿をしていないんですか。僕はここで、他人の命に間借りして、あの人を見るのが精一杯だというのに。どうして、おまえは、おまえは……」
虚であるはずの胸に、激しい怒りと嫉妬が注がれる。
「どうしてお前が傍にいるんですか、荒井昭二」
燃えさかる怒りと痛みが、胸の中を反響する。
そしてようやく、人形は気付くのだ。
あぁ、この思いは自分のものだ。
新堂に対する愛情も、奪われたと思う悲しみも、怒りも、嫉妬も全て、人形であるはずの自分が抱いた、醜く愛しい人間の姿だ。
渦巻く時のなか、一瞬だけ見えた未来の。あるいは過去にあり得たかもしれない、新堂の手に触れる荒井の姿を前に、人形は自らの顔を押さえた。
同じ顔をしているのに、どうしてあいつなんだろう。
どうしてあいつは人形として、空虚な胸の痛みを感じず愛する男に寄り添えるのだ。
理不尽じゃないか、自分は自分自身の心さえ、信じていいのかわからないのに。
「あぁ、そうか。そうなんですね……僕の、この思いは」
ぎこちない腕で、胸へ触れる。 心臓の鼓動はない、歯車が軋む音だけが響く。
「僕のこの思いは、本当の意味で偽物で、偽物という名の本当だ。そうだったんですね……新堂さん」
だからこのまま、貴方のことを愛していてもいいですか。
いずれそれが届くなら、人の姿をして、あなたに寄り添い生きていても。
空虚な身体は天を仰ぎ、ため息をついてみせる。
だが人形は所詮人形で、呼吸などすることなく、ただ仕草だけをよく真似してみせるだけだった。
目を開けば薄暗い部屋のなか湿った空気だけが流れ込む。
一体どれだけの時間、この場所にいたのだろう。そしてこれからどれだけ、この場所にいれば良いのだろう。
全てどうでもいいし、そんな事を考える意味などないのもわかっていた。
自分は人形で、人間ではない。
人並みの感情などもたず、人並みの時間に生きるものでもないのだから。
彼はもともと、荒井昭二という少年を模されて作られていた。
彼を失った父が、その悲しみを慰めるために作った玩具は禁忌の秘術により生きたように振る舞い、生あるもののような態度をとる事ができた。
長く活動を続けるために、電池を替えるよう他人の魂を与えられなければいけなかったが、それでも彼は息子を失う父の慰めには充分すぎるほどの効果を与えていた。
父は彼を昭二と呼び、人形自身も自分は荒井昭二だと思って生きてきた。
高校生らしく勉強をし、不得手ながら運動をし、多感な趣味の時に興味をひく本を読む、そんなサイクルの中、人形は一つの言葉を知った。
哲学的ゾンビ、という言葉だ。
外見的には人間と全く同じような振る舞いをする。
だが内面に心らしいものをもたず、ただ日常サイクルを繰り返し、他人との会話もすべて反応だけで応対する、そんな存在がいたのならそれは普通の人間なのだろうか。
そのような意味を含んだ、思考実験のようなものだ。
人間らしく振る舞うように期待され、人並みに笑ったり怒ったりする事も出来る自分はまさに哲学的ゾンビそのものだろう。
だが、彼は人形だ。
概念として哲学的ゾンビは人間と何ら変わりのない存在だというが、彼は違う。自分でも人間の自負がある。
どう足掻いても人間になる事はできない人形であり、怒りも悲しみも苛立ちという感情も、他人の魂が伝播して模倣しているにすぎないチープなつくりものだ。
感情の全てが嘘なのだから。
「だから、愛してないんです。新堂さん、僕が貴方に抱いている思いは、愛じゃない」
人形である荒井は、一人の生徒として、そして怪異として学園に渦巻く時の流れが異常である事に気付いていた。
いつまでも終わる事なく繰り返される梅雨時の集会。その都度初対面のように振る舞う面々。いつだって初めて聞いたような顔で、同じ話をする。
他の生徒たちは閉ざされた世界に気付かないのだろうか。同じ話をしている事を知らないのだろうか。時々は珍しい流れになり、誰かが死んであるいは殺されて終わる時もあるが、そんな事はごく稀だ。
かわらない時間のなか、人形であり人間でもある荒井は今日も見慣れた面子に視線を向ける。
こんな空間にも飽きずにいられるのは、ここに新堂がいるからだろう。
新堂に対する思いや執着は、荒井という少年が元々もっていたのか、それとも人形になった自分に芽生えた独特の感情なのかはわからない。だが、漠然と前者だろうとは思っていた。
自分は人形なのだから、心燃やすほどの感情は無縁だ。
誰かの魂、その残渣が燻っているだけなのだろう。
そうとは思うがそれでも、微かに燻る思いは心地よかった。
ずっとこのまま、新堂はどこにも行かず、荒井のそばにいるのだろう。
新聞部という箱のなかで話を続けるのだろう。
人形である自分がこの場に縛られ動けないように、彼らもまたこの場から動けぬまま、10年、20年と過ごしているのだ。
何もかわらないまま、ずっと。そう思っていたというのに。
僅かな歪みから、人形は知ってしまった。
こことはまた別の世界があるということを。流れる時が、新堂の姿も、彼の思いも変えてしまったという事を。
元々、この世界の時間軸はいくらでもある。
平行世界のなかでいくらでも自分たちは存在し、人形である自分もそのうちの一つにすぎないと、そう思っていた。
だが、彼は見てしまったのだ。
荒井昭二という人間の隣に寄り添い、幸せに笑う新堂誠の姿を。
決して自分がたどり着く事の出来ない、存在しないはずの未来を。
そしてその未来は、自分には存在しないのだ。
その世界にいる荒井は人形のような少年だが一人の人間であり、自分のような空洞ではないのだから。
「どうして、なんですか。なんで、そいつなんですか」
空洞の胸が、激しく痛む。
「何でお前は、人間でいられるんですか。死んでいないんですか。人形の姿をしていないんですか。僕はここで、他人の命に間借りして、あの人を見るのが精一杯だというのに。どうして、おまえは、おまえは……」
虚であるはずの胸に、激しい怒りと嫉妬が注がれる。
「どうしてお前が傍にいるんですか、荒井昭二」
燃えさかる怒りと痛みが、胸の中を反響する。
そしてようやく、人形は気付くのだ。
あぁ、この思いは自分のものだ。
新堂に対する愛情も、奪われたと思う悲しみも、怒りも、嫉妬も全て、人形であるはずの自分が抱いた、醜く愛しい人間の姿だ。
渦巻く時のなか、一瞬だけ見えた未来の。あるいは過去にあり得たかもしれない、新堂の手に触れる荒井の姿を前に、人形は自らの顔を押さえた。
同じ顔をしているのに、どうしてあいつなんだろう。
どうしてあいつは人形として、空虚な胸の痛みを感じず愛する男に寄り添えるのだ。
理不尽じゃないか、自分は自分自身の心さえ、信じていいのかわからないのに。
「あぁ、そうか。そうなんですね……僕の、この思いは」
ぎこちない腕で、胸へ触れる。 心臓の鼓動はない、歯車が軋む音だけが響く。
「僕のこの思いは、本当の意味で偽物で、偽物という名の本当だ。そうだったんですね……新堂さん」
だからこのまま、貴方のことを愛していてもいいですか。
いずれそれが届くなら、人の姿をして、あなたに寄り添い生きていても。
空虚な身体は天を仰ぎ、ため息をついてみせる。
だが人形は所詮人形で、呼吸などすることなく、ただ仕草だけをよく真似してみせるだけだった。
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