インターネット字書きマンの落書き帳
新堂さんは荒井くんと付き合っているのを袖山が知ってる(BL)
平和な世界線で普通に付き合っている新堂誠と荒井昭二の話をします。(挨拶)
今回は新堂パイセン出てないですけどね。
荒井はいかにも陰気な引きこもりっぽく見えて、結構友達が多いのが好きなんですが特に袖山勝との距離感がとても好きなんですよ。
荒井は袖山の前だと年相応の少年のように振る舞う、あの自然に少年っぽくなっている荒井と荒井を一人の男子高校生にさせてしまう袖山の空気感が好きですね。
好きが高じて今回は荒井と袖山、お互い大切な友人だと思っている二人だけど袖山が「荒井くんが新堂さんと付き合ってるんだ」という事に気付いてしまい、荒井も「袖山くんにバレてるみたいだけどどうやって話したらいいんだろう」とお互い少しオタオタする話ですよ。
あんな性格だけど袖山の前では普通の少年でいる荒井、という概念が好きすぎるんだよ。
袖山がいい奴でとても可愛い感じになってますが俺の趣味です。
オマケもちょっとありますぞい。
今回は新堂パイセン出てないですけどね。
荒井はいかにも陰気な引きこもりっぽく見えて、結構友達が多いのが好きなんですが特に袖山勝との距離感がとても好きなんですよ。
荒井は袖山の前だと年相応の少年のように振る舞う、あの自然に少年っぽくなっている荒井と荒井を一人の男子高校生にさせてしまう袖山の空気感が好きですね。
好きが高じて今回は荒井と袖山、お互い大切な友人だと思っている二人だけど袖山が「荒井くんが新堂さんと付き合ってるんだ」という事に気付いてしまい、荒井も「袖山くんにバレてるみたいだけどどうやって話したらいいんだろう」とお互い少しオタオタする話ですよ。
あんな性格だけど袖山の前では普通の少年でいる荒井、という概念が好きすぎるんだよ。
袖山がいい奴でとても可愛い感じになってますが俺の趣味です。
オマケもちょっとありますぞい。
『ちょっと一局』
その日、荒井昭二はクラスメイトで友人の袖山勝に声をかけられ彼と将棋を指していた。
袖山は囲碁将棋部の部員だが古くからある文化部も今や殆どが幽霊部員であり将棋の駒を並べられないような部員しか在籍していないといった有様だ。少しできる部員でも駒の動かし方を何とか覚えているレベルだからまともに勝負できる相手などいまい。
ましてや袖山の腕は人並み以上なのだ。時々、自分と同等の相手と勝負したいとなっても幽霊部員など相手にならない。だから荒井に声をかけたのだろう。
荒井は卓上ゲームならオセロや囲碁、麻雀といったものまで一通りのルールは覚えていたしチャトランガがルーツと言われる将棋やチェスの心得もあった。運が絡めば仕方ないが思考を繰るゲームであれば強さにも自信があり当然、将棋も人並み以上に指すことができていた。
だがやはり知識が先行し経験不足であるのは否めず子供の頃からコツコツと努力を積んで今の実力を得ている袖山には文字通り一歩劣るところがありいつも勝負は拮抗していた。
負けるのは悔しいが、それでも自分と互角かそれ以上の相手と勝負できるのは楽しさも大きい。それ故に、荒井にとって袖山と将棋を指す時間は至福の時であったのだ。
おそらく袖山にとってもそうで、本気で勝負をしたいと彼が思った時はよく荒井が相手をしていた。
「これで詰みかな、荒井くん」
袖山は手持ちの駒から銀を指す。言葉通り、荒井の詰みだ。
決して防戦一方ではなかったつもりだがいつの間にか攻められていた。一見警戒する必要がないような銀や桂馬が後々になって追い詰めてきたのだ。
「……そのようだね、参りました。袖山くんはやっぱり強いなぁ」
負けたというのに笑顔を浮かべていたのは、自分と互角以上に渡り合える相手がいる喜びからだろう。中学時代は将棋どころかチェスでもオセロでも荒井の相手をできる生徒は一人たりともいなかったのだから。
荒井は知識欲が旺盛でどんな事でも色々と首を突っ込み突き詰めて考える癖がある。そして満足すると飽きてしまい一気に興味を失うのだが、将棋のように自分と同等かそれ以上の相手が目の前にいれば飽きずにつづける事ができていた。
「気付いたら詰められてた、袖山くん腕を上げたよね」
荒井は笑いながら盤上を眺める。定石通りで大きくしくじった所はないはずだが、袖山は確実に荒井を責め立て退路を断っていた。気付いたら何処にも行けなくなっていた、というのが正しいだろうか。
袖山は祖父に付き合って小さい頃から将棋を指していたといい、子供の頃はお年寄りが集まる将棋クラブで膝に乗せられながら将棋を覚え、その後も祖父や将棋クラブで知り合った老人たちとよく将棋を指していたという。
いわく、お年寄りと将棋を指すと羊羹やら最中といった和菓子をもらえるのが嬉しくて付き合ってたということだが、小さいころから熟練者を相手に物怖じせず勝負をしていたのだから自然と強くなるのも当然だろう。
流石に奨励会で勝負出来るほど強くはないと言っていたが、袖山がその気になればもアマチュアでも段位を狙えるくらいの実力はあるだろうと荒井は踏んでいた。
最も、袖山自身がそのような場所で目立って行動するのは好きではないからこのまま無冠の王として趣味の範囲で将棋を楽しんでいくのもまたわかっていたが。
「荒井くんだって強いよ。囲碁将棋部が幽霊部員ばかりで将棋を指せる人が少ないのを差し引いても、荒井くんくらい強い人は鳴神学園にはいないんじゃないかな」
これはお世辞でも嘘でもない、袖山の素直な感想だろう。
袖山は他人に嘘をつけるようなタイプの人間ではなかったし、荒井は自分の腕前を客観的に理解していた。
今の自分は将棋を覚えた程度の相手なら飛車と角の二枚落ちでも勝てる自信があったし、多少覚えがある程度の相手なら簡単にいなせる自信もある。だがアマチュアで3級相手なら苦戦するというのはわかっている。袖山はアマチュアなら2~1級、狙おうと思えば初段もいけるだろうと踏んでいた。
実際、袖山は囲碁将棋部を相手に飛車・角行二枚落としても余裕で買ってしまえるのだ。
「よく言うよ、僕はまだ一度だって袖山くんに勝った事はないじゃないか」
荒井は自然と笑顔になる。
袖山との勝負はいつも負けても悔しさより勝負を終えた心地よい余韻が残るのは袖山が健闘を称えこちらの力量を認めてくれるからだろう。彼は傲る事もなく謙虚で目立つことを嫌い、不正をする事も無く何ごとにも怠けずに取り組む地味だが誠実な性格だ。
そんな袖山のことを荒井は誰より信頼し人間として好いていた。
これは自分自身が必要以上に好奇心を膨らませ様々な事に首を突っ込み危険だと知ってもあえてそこに飛び込んで、それで手痛いしっぺ返しを食らうという目に幾度あっても止められないという自制出来ない性分からその対局にいる彼に対する羨ましさも多少はあったろう。
「そんな、まぐれだって……僕はそんなにスゴイ奴じゃないから」
「まぐれで僕は何度も負けたりしないよ。新しい棋譜を見つけて試してみたくなったのかな? 本当に勉強熱心だよね、袖山くんは」
「あはは……荒井くんには叶わないな。実はそうなんだ、試してみたいと思ったけどこの作戦を試せるほど腕がある人を荒井くんくらいしか知らなくて……でも、きみ位だよ、僕みたいに地味な奴をこんなに褒めてくれるのは」
袖山は口元に手を当てながら盤上を眺める。きっと今しがたまで指していた棋譜を思い出しているのだろう。
「僕は何に対しても色々考えてしまって決断を先送りにしちゃうから、荒井くんみたいにすぐ判断して実行できるのはすごく立派なことだと思うんだ。ほら、荒井くんは1年のころ、僕とサッカー部に入ったろう?」
荒井と袖山は今でこそ同じクラスだが一年の頃は全然別のクラスだった。
お互い話すようになったのは同じサッカー部に在籍し、お互いにサッカー部では実質戦力外である三軍で練習をしていたからだろう。
荒井も袖山も家族からスポーツをし体力をつけた方がいいと言われ何か運動部に入ろうと考えていた。サッカー部にしたのは漠然と運動をしたいと思っていたところに熱心な勧誘を受けたからだ。袖山の場合は断り切れなかったのも随分とあるだろう。
だが鳴神学園サッカー部は全国大会の常連校でプロで活躍する選手も多いという立派すぎるほどの規模であり、一軍は全国でも屈指の実力者揃い。二軍だって中学からサッカーをつづけてきた生徒が殆どで、荒井や袖山のように運動経験のない生徒が体力をつけるために入ったなんて生徒などは殆どいなかった。
三軍のすることは一軍、二軍のマネージャーのような仕事と雑用、それのオマケといった案配の激しい筋力トレーニングばかり。
荒井は決して体力に劣った生徒ではなかったのだが球技のように他者と頻繁にコミュニケーションをとり状況を俯瞰して判断する、といった行動は億劫な気質でありサッカーは趣味でやるなら楽しいと思っていたがここまで本気に取り組もうとは思っていなかった。
それに、少し体力をつけるために身体を動かそうと思った部活で先輩たちが泥だらけにしたユニフォームを洗ったり部室を綺麗に掃除した後熾烈なトレーニングを毎日のようにつづけていれば家に帰る前にはヘトヘトで勉強に身が入らない。
荒井にとって学校で優先したかったのは勉強であり面倒ごとは極力避けたかったから、夏休み前に退部を決めたのだがその後も袖山とは友人として付き合いつづけていた。
たしか袖山はその後もしばらくサッカー部に居続けて何だかんだで三学期の終わりまではつづけていたはずだ。辞めたのも自分の意志ではなく、二年に上がる前に一定の戦力になっていない三軍以下の部員たちは自然と退部の流れになるようで、基準に満たなかった袖山は簡単に言えば足切りをされたのだ。
基準に満たなかったといえばそれまでだが、元々厳しい鳴神学園サッカー部を1年つづけられたのなら立派なものだろう。新堂好みの言い方をするのなら袖山は「根性がある奴」なのだ。
「僕は結局辞められなくて1年の終わりまでサッカー部にいたけど、もっと早くに辞めていたら勉強に集中できたかもしれないね」
「そうかな、袖山くんは別に成績が悪い訳じゃないだろう。それに、今は体力だって僕よりあるんじゃないかな」
実際に、袖山は長くサッカー部をつづけていたので以前よりずっと体力はついてる。特に持久力はかなり伸びていてマラソンの記録は荒井よりずっと伸びていたはずだ。
それでも袖山が自分に自信をもてずにいるのは色々考えすぎてしまいパニックになると過呼吸になり倒れてしまう繊細さからだろう。その体質のせいで自分の事を劣っていると勘違いしているのだろうし、パニックで倒れるたび周囲に迷惑をかけていると思ったり他人に笑われていると恥ずかしがったりしているのだ。
実際、クラスで袖山を嫌っている人間は殆どいないのだというのに。
「そんな事ないよ。相変わらず緊張するとすぐパニックになるし、それで迷惑かけてるからね」
「体質なんだから仕方ないだろう、誰も迷惑なんて思ってないさ。いちいち袖山くんに迷惑だ、なんて因縁つけてくる人なんていないだろう」
もしいたら荒井は絶対にそいつを許しておかないのだが、その言葉はぐっと飲み込む。
荒井は袖山の前では普通の友人でいたいと常に思っていた。
「うーん、確かに一年の頃と比べればイジメられたりイジられたりってのはずっと少なくなったかなぁ。だど、それは僕が頑張ったとかじゃなくて、多分僕が新堂さんと知り合いだからで……」
と、そこまで言いかけて袖山は顔を上げると
「ごめん、なんか急に変な話して……新堂さんは関係ないよね。うん……」
そういい、言葉を濁しながらどこか気まずそうに盤上の駒を片付けはじめた。
その姿を見て、荒井は一つ大きく息を吐いた。確信した、と言うのが正しかったかもしれない。ここ数日、袖山の態度はどうにも不自然に思えていた。ひょっとしたら自分が袖山に対して何か非道いことをしたのではないか。もしそうだったら謝りたいと思い探りを入れてみたのだが心当たりは何もない。
だがひょっとしたら、と思う事が一つあった。
それが新堂の事である。
荒井は半年ほど前から新堂と親しく付き合っていた。
ただの友人ではなく恋人として親密になり、恋人同士がすることは殆どしている。
周囲に気取られないよう注意をはらっていたが、袖山からそれを口にした上で言葉を濁したいま、はっきりと理解した。
きっと袖山は荒井と新堂の関係を知っているのだろう。
「……いや、いいんだ袖山くん。僕も何をキミに言ったらいいのかよくわからないんだけど……新堂さんのことで、僕に気を遣う必要はないよ。袖山くんが新堂さんと親しいのは知っているし、その親しさが僕と新堂さんの関係とは違う、というのもちゃんと分かってるから」
荒井は静かに目を閉じて、少し思案する。
新堂の事を愛しているし恋人であるという自負もあるが今まで周囲にその関係を喋った事は一度だってない。 これはお互いにわざわざ公言する必要はないだろうと判断していたからだし、必要ない限りはこちらから話すこともないだろうという部分は同じだったから自然と誰にもいわないような空気ができていたのだ。
もしバレた時は相手が信頼できるなら話してもいいとは新堂から言われている。新堂もボクシング部の顧問である植野裕樹に関係が露見した時は正直に伝え信頼の上で違いの秘密にしているのだという。
荒井にとって袖山は信頼に足る人物と言えただろう。
彼なら荒井を茶化すようなこともしなければやたらと他人に話す事もせず、心に留めてくれるに違いない。
それに袖山は荒井だけではなく新堂のことも良く知っている。仲の良い友人に対して軽率な行動をする人間でもないはずだ。
「ご、ごめん荒井くん。あの、別に見ようと思って見てた訳じゃないんだよ。ただ、偶然……」
袖山は慌ててそんな言い訳をする。彼の口ぶりから自然と気付いたのではなく、何かしら見られていたようだ。
心当たりはありすぎる。新堂と会う機会は学校が一番多く、人目を避けているとはいえ恋人同士がすることの殆どを学校でしているのだ。今まで誰にも気取られなかったのは荒井がそれだけ慎重に事を運んでいたからだろう。
それでも袖山が見てしまったのなら、袖山の気配に気付かなかったこちらの失態だ。
「袖山くんが謝る必要はないよ。どうしても……会える場所が限られているから。普段は気を遣って周囲に気取られないようにはしてたんだけど……」
荒井は口元へ手を当てて思案する。
何と言えばいいのだろう。いまさら隠す必要はないのだし言ってしまってもいいのだが、いざそれを言うという場面になってどう告げるのが適切なのか分からないでいた。
そもそもなぜ今まで袖山にも言えなかったのだろう。彼は他人に言いふらすような人間ではない、それは信頼している。誠実で優しい人物だというのもわかっている。目立たないが常識的だというのもだ。友人である彼に打ち明けた方が楽になる事は多かったろう。
いや、だからこそ言えなかったのだ。
袖山は常識人であり荒井にとっては一般的な価値観を持つ少年でもある。世間一般の代表のようにも思えていた存在だ。そんな彼から「異常だ」とか「奇妙だ」「気持ち悪い」などといって避けられたのなら、改めて自分が普通ではないのだと突きつけられる気がして恐ろしかったのだ。
「……ごめん、袖山くん。隠していたとか、そういうのじゃないんだ。ただ、僕は……僕はね袖山くん。僕が新堂さんの事を好きでいることをキミに知られた時、きみが僕を気持ち悪がって遠ざけられたり、僕のことを友人だと思わないようになるのが怖かったんだよ」
煎じ詰めるとそう、荒井は袖山に嫌われたくなかったのである。
男である自分が男である新堂に惹かれていること。それは現在異端視される事は少なくなっているが少数派の選択であるのは変わりない。
袖山から「気持ち悪い」と拒絶されるのは嫌だったし「僕のことは好きにならないでほしい」なんて茶化されるように言われたらそれまで袖山を信じて友人として接してきた、自分自身の見る目がなかった現実を突きつけられるようで嫌だったのだ。
「ごめん……」
何か言おうと思っても上手く言葉が出ず口ごもってしまう。
弁論には自信があったはずだし恋人である新堂が相手なら明け透けに文句も言えるというのに、友人の袖山を前に嫌われたくないという思いが荒井の口を重くした。
隠していたのだから仕方ない。マジョリティなのだから偏見があるのも当然だ。きっと奇妙に思っているだろう。袖山が何かを言うまえに自分から遠ざけた方が傷つかなくてすむ。
様々な思惑が頭に巡るさなか。
「よ、よかったぁ……」
袖山の口から出たのは、喜びと安堵が入り交じった一言だった。
「あぁ、荒井くんごめんね。何かきみが秘密にしていることを僕が曝いてしまったような気がしてずっといたたまれない気持ちだったんだけどさ。荒井くんが話してくれて、なんか安心したよ。ほら、新堂さんは僕のことも知ってるだろ? 時々ご飯に誘われる時とか、荒井くんがいなくても大丈夫なのかなぁとか色々考えちゃったりしてたから……」
「え……えぇと、うん、それは大丈夫……新堂さんが袖山くんと親しいのは知ってるし、いつも僕と一緒だと息も詰まるだろうからね。新堂さん、袖山くんのこと結構好きなんだよ。気を遣わなくて色々話せるみたいだからね」
「うん、僕も新堂さんの事はそんなに嫌いじゃないんだ。いや、怖い人だなぁと思う事もあるけどいつも怒ってる訳じゃないし、食事してる時も色々面白い話を聞かせてくれるからね……でも、荒井くんと付き合ってるって知ったらそういうのも悪い気がして。あぁ、だけど……もうそういうの気にしなくていいのかな?」
嫌われるのではないかと不安に思っていた。
だがそれは荒井が勝手にそう思っていただけで、袖山はずっと荒井を気遣ってくれていたのだ。 真実を知ってみれば他愛もない、自分だけが勝手に悩んでいた事だが同時に喜びが胸へこみ上げてくる。
友人が素直に自分の恋を応援してくれている、祝福してくれている。そんな小さな事が、今の荒井には何よりも嬉しかった。
「……ありがとう、袖山くん」
「いいんだよ荒井くん。何か僕も聞けないでいて変な態度になってたらごめんね。えぇっと……こういう時、おめでとうとか言った方がいいのかな」
「何かそういうのは少し照れくさいな……言われた事ないし」
「言われた事がないなら言った方がいいよね、うん、おめでとう荒井くん」
荒井の手をとり屈託なく笑う袖山を前にして、荒井の顔も自然とほころぶ。
そして思うのだ。
やはり袖山はいい友人だ、自分の一番自慢できる最高の友達なのだと。
<おまけ>
「いつから好きだったの?」
将棋の駒を並べながら袖山は何の気なしにといった様子で言う。
本音を吐き出し清々した気持ちのまま、荒井は自然と新堂との話をしており袖山も嫌がる事なく普通に全てを聞き受け入れてくれていた。
積もる話になるならもう一局、という事で今は駒を並べ直している最中である。
「あぁ……実のことをいうと、僕は新堂さんのこと入学してわりとすぐに知っていたんだよ。以前から知っている気がした、とか……言おうと思えば言えるんだけど、ほとんど一目惚れみたいなものだったかな」
「へぇ……でも新堂さん、僕らが入学した時から結構コワい人だったよね。悪い噂もあったし……」
「それもわかってた、後で知ったけど気にならなかったかな。この学校、妙な噂がある生徒って多いだろう? ……僕も人の事言えないけど」
駒を並べながら荒井はよどみなく答える。一年になって部活勧誘をする新堂の姿を見た時、何とも言えぬ感情を抱いたこと。その後この広い学校で新堂の姿を自然と探すようになっていたこと。全て懐かしい記憶だ。
そういえば、初めて見た時は今のように髪を染めてはおらず短髪で髪型も比較的きっちりしていたか、あの頃は一見すると不良というよりスポーツマンという印象だった。
最も、目つきが悪いのは今と変わらないが。
「実のことを言うと、一学期でサッカー部を辞めただろう? あれは確かに自分の力量じゃぁサッカー部についていけないと思ったからなんだけど、夏休みの合宿でサッカー部の三軍を見るのが新堂さんだって聞いたからなんだ」
「そうだったの?」
「うん、僕は新堂さんの事が好きだって自覚はあったんだけど、それを言うつもりは毛頭なかったからね。新堂さんが卒業するまで黙っているつもりだったし、あの頃だってちょっとした気の迷いで本気だとは思っていなかった、けど……僕がサッカー部で二軍になれる訳がない。三軍の面倒を見るのが新堂さんだ、ってわかったらさ……合宿ともなれば新堂さんがつきっきりで見てるんだろう? 食事だって風呂だって寝る時だってそばに居ると思うと、冷静じゃいられない気がしたんだ」
駒を並べ終え、荒井は大きくため息をつく。
思い返せば恥ずかしいほど初々しい思いだがそれでもあの時は本当に狂ってしまうのではないかと心配するほどだったのだ。
「へぇ、荒井くんはいつも理知的で冷静だと思ってたけど……」
「自分でもそのつもりだった。だから尚更こんな事で冷静になれない自分が恥ずかしかったし、悔しかったんだよ。だから、早くに辞めたんだ。今になってみると、ささやかな反抗だったよね。そんな事をしても好きだって気持ちが収まるわけもないのに……」
言っていて顔が赤くなるのがわかる。
「ご、ごめん変な事言って。こんな事聞かされても困るよね……」
「いいよいいよ、だって今までみんなに言ってなかったんだよね。こういう話、いい事でも悪い事でも心にため込んじゃうのは良くないから……僕で良ければ話、聞くよ。僕は恋愛経験ってのがないから相談にはのれないけど……」
「うん、ありがとう袖山くん。たしかに今まで誰かに話した事はなかったから……いま、すごく楽しい」
自然と笑顔になる荒井を前に、袖山も微笑んだ。
そして自分の盤上から飛車をつまむとそれを端に避ける。
「話しながら指そうか、僕は飛車を落とすよ。荒井くんが冷静になれない程の話をするんだから、これくらいハンデがないと悪いよね」
「いいのかな? ……僕は確かに新堂さんの話をする時、感情的になりやすいとは思うけどそれでも飛車を落とされるほど弱くないと思うよ」
「どうかなぁ、じゃあ荒井くん。先手をどうぞ」
二人はそう言い笑い合う。
先の事はわからない。だが荒井は袖山と、これからもずっと良い友達でいたいと願っていた。
その日、荒井昭二はクラスメイトで友人の袖山勝に声をかけられ彼と将棋を指していた。
袖山は囲碁将棋部の部員だが古くからある文化部も今や殆どが幽霊部員であり将棋の駒を並べられないような部員しか在籍していないといった有様だ。少しできる部員でも駒の動かし方を何とか覚えているレベルだからまともに勝負できる相手などいまい。
ましてや袖山の腕は人並み以上なのだ。時々、自分と同等の相手と勝負したいとなっても幽霊部員など相手にならない。だから荒井に声をかけたのだろう。
荒井は卓上ゲームならオセロや囲碁、麻雀といったものまで一通りのルールは覚えていたしチャトランガがルーツと言われる将棋やチェスの心得もあった。運が絡めば仕方ないが思考を繰るゲームであれば強さにも自信があり当然、将棋も人並み以上に指すことができていた。
だがやはり知識が先行し経験不足であるのは否めず子供の頃からコツコツと努力を積んで今の実力を得ている袖山には文字通り一歩劣るところがありいつも勝負は拮抗していた。
負けるのは悔しいが、それでも自分と互角かそれ以上の相手と勝負できるのは楽しさも大きい。それ故に、荒井にとって袖山と将棋を指す時間は至福の時であったのだ。
おそらく袖山にとってもそうで、本気で勝負をしたいと彼が思った時はよく荒井が相手をしていた。
「これで詰みかな、荒井くん」
袖山は手持ちの駒から銀を指す。言葉通り、荒井の詰みだ。
決して防戦一方ではなかったつもりだがいつの間にか攻められていた。一見警戒する必要がないような銀や桂馬が後々になって追い詰めてきたのだ。
「……そのようだね、参りました。袖山くんはやっぱり強いなぁ」
負けたというのに笑顔を浮かべていたのは、自分と互角以上に渡り合える相手がいる喜びからだろう。中学時代は将棋どころかチェスでもオセロでも荒井の相手をできる生徒は一人たりともいなかったのだから。
荒井は知識欲が旺盛でどんな事でも色々と首を突っ込み突き詰めて考える癖がある。そして満足すると飽きてしまい一気に興味を失うのだが、将棋のように自分と同等かそれ以上の相手が目の前にいれば飽きずにつづける事ができていた。
「気付いたら詰められてた、袖山くん腕を上げたよね」
荒井は笑いながら盤上を眺める。定石通りで大きくしくじった所はないはずだが、袖山は確実に荒井を責め立て退路を断っていた。気付いたら何処にも行けなくなっていた、というのが正しいだろうか。
袖山は祖父に付き合って小さい頃から将棋を指していたといい、子供の頃はお年寄りが集まる将棋クラブで膝に乗せられながら将棋を覚え、その後も祖父や将棋クラブで知り合った老人たちとよく将棋を指していたという。
いわく、お年寄りと将棋を指すと羊羹やら最中といった和菓子をもらえるのが嬉しくて付き合ってたということだが、小さいころから熟練者を相手に物怖じせず勝負をしていたのだから自然と強くなるのも当然だろう。
流石に奨励会で勝負出来るほど強くはないと言っていたが、袖山がその気になればもアマチュアでも段位を狙えるくらいの実力はあるだろうと荒井は踏んでいた。
最も、袖山自身がそのような場所で目立って行動するのは好きではないからこのまま無冠の王として趣味の範囲で将棋を楽しんでいくのもまたわかっていたが。
「荒井くんだって強いよ。囲碁将棋部が幽霊部員ばかりで将棋を指せる人が少ないのを差し引いても、荒井くんくらい強い人は鳴神学園にはいないんじゃないかな」
これはお世辞でも嘘でもない、袖山の素直な感想だろう。
袖山は他人に嘘をつけるようなタイプの人間ではなかったし、荒井は自分の腕前を客観的に理解していた。
今の自分は将棋を覚えた程度の相手なら飛車と角の二枚落ちでも勝てる自信があったし、多少覚えがある程度の相手なら簡単にいなせる自信もある。だがアマチュアで3級相手なら苦戦するというのはわかっている。袖山はアマチュアなら2~1級、狙おうと思えば初段もいけるだろうと踏んでいた。
実際、袖山は囲碁将棋部を相手に飛車・角行二枚落としても余裕で買ってしまえるのだ。
「よく言うよ、僕はまだ一度だって袖山くんに勝った事はないじゃないか」
荒井は自然と笑顔になる。
袖山との勝負はいつも負けても悔しさより勝負を終えた心地よい余韻が残るのは袖山が健闘を称えこちらの力量を認めてくれるからだろう。彼は傲る事もなく謙虚で目立つことを嫌い、不正をする事も無く何ごとにも怠けずに取り組む地味だが誠実な性格だ。
そんな袖山のことを荒井は誰より信頼し人間として好いていた。
これは自分自身が必要以上に好奇心を膨らませ様々な事に首を突っ込み危険だと知ってもあえてそこに飛び込んで、それで手痛いしっぺ返しを食らうという目に幾度あっても止められないという自制出来ない性分からその対局にいる彼に対する羨ましさも多少はあったろう。
「そんな、まぐれだって……僕はそんなにスゴイ奴じゃないから」
「まぐれで僕は何度も負けたりしないよ。新しい棋譜を見つけて試してみたくなったのかな? 本当に勉強熱心だよね、袖山くんは」
「あはは……荒井くんには叶わないな。実はそうなんだ、試してみたいと思ったけどこの作戦を試せるほど腕がある人を荒井くんくらいしか知らなくて……でも、きみ位だよ、僕みたいに地味な奴をこんなに褒めてくれるのは」
袖山は口元に手を当てながら盤上を眺める。きっと今しがたまで指していた棋譜を思い出しているのだろう。
「僕は何に対しても色々考えてしまって決断を先送りにしちゃうから、荒井くんみたいにすぐ判断して実行できるのはすごく立派なことだと思うんだ。ほら、荒井くんは1年のころ、僕とサッカー部に入ったろう?」
荒井と袖山は今でこそ同じクラスだが一年の頃は全然別のクラスだった。
お互い話すようになったのは同じサッカー部に在籍し、お互いにサッカー部では実質戦力外である三軍で練習をしていたからだろう。
荒井も袖山も家族からスポーツをし体力をつけた方がいいと言われ何か運動部に入ろうと考えていた。サッカー部にしたのは漠然と運動をしたいと思っていたところに熱心な勧誘を受けたからだ。袖山の場合は断り切れなかったのも随分とあるだろう。
だが鳴神学園サッカー部は全国大会の常連校でプロで活躍する選手も多いという立派すぎるほどの規模であり、一軍は全国でも屈指の実力者揃い。二軍だって中学からサッカーをつづけてきた生徒が殆どで、荒井や袖山のように運動経験のない生徒が体力をつけるために入ったなんて生徒などは殆どいなかった。
三軍のすることは一軍、二軍のマネージャーのような仕事と雑用、それのオマケといった案配の激しい筋力トレーニングばかり。
荒井は決して体力に劣った生徒ではなかったのだが球技のように他者と頻繁にコミュニケーションをとり状況を俯瞰して判断する、といった行動は億劫な気質でありサッカーは趣味でやるなら楽しいと思っていたがここまで本気に取り組もうとは思っていなかった。
それに、少し体力をつけるために身体を動かそうと思った部活で先輩たちが泥だらけにしたユニフォームを洗ったり部室を綺麗に掃除した後熾烈なトレーニングを毎日のようにつづけていれば家に帰る前にはヘトヘトで勉強に身が入らない。
荒井にとって学校で優先したかったのは勉強であり面倒ごとは極力避けたかったから、夏休み前に退部を決めたのだがその後も袖山とは友人として付き合いつづけていた。
たしか袖山はその後もしばらくサッカー部に居続けて何だかんだで三学期の終わりまではつづけていたはずだ。辞めたのも自分の意志ではなく、二年に上がる前に一定の戦力になっていない三軍以下の部員たちは自然と退部の流れになるようで、基準に満たなかった袖山は簡単に言えば足切りをされたのだ。
基準に満たなかったといえばそれまでだが、元々厳しい鳴神学園サッカー部を1年つづけられたのなら立派なものだろう。新堂好みの言い方をするのなら袖山は「根性がある奴」なのだ。
「僕は結局辞められなくて1年の終わりまでサッカー部にいたけど、もっと早くに辞めていたら勉強に集中できたかもしれないね」
「そうかな、袖山くんは別に成績が悪い訳じゃないだろう。それに、今は体力だって僕よりあるんじゃないかな」
実際に、袖山は長くサッカー部をつづけていたので以前よりずっと体力はついてる。特に持久力はかなり伸びていてマラソンの記録は荒井よりずっと伸びていたはずだ。
それでも袖山が自分に自信をもてずにいるのは色々考えすぎてしまいパニックになると過呼吸になり倒れてしまう繊細さからだろう。その体質のせいで自分の事を劣っていると勘違いしているのだろうし、パニックで倒れるたび周囲に迷惑をかけていると思ったり他人に笑われていると恥ずかしがったりしているのだ。
実際、クラスで袖山を嫌っている人間は殆どいないのだというのに。
「そんな事ないよ。相変わらず緊張するとすぐパニックになるし、それで迷惑かけてるからね」
「体質なんだから仕方ないだろう、誰も迷惑なんて思ってないさ。いちいち袖山くんに迷惑だ、なんて因縁つけてくる人なんていないだろう」
もしいたら荒井は絶対にそいつを許しておかないのだが、その言葉はぐっと飲み込む。
荒井は袖山の前では普通の友人でいたいと常に思っていた。
「うーん、確かに一年の頃と比べればイジメられたりイジられたりってのはずっと少なくなったかなぁ。だど、それは僕が頑張ったとかじゃなくて、多分僕が新堂さんと知り合いだからで……」
と、そこまで言いかけて袖山は顔を上げると
「ごめん、なんか急に変な話して……新堂さんは関係ないよね。うん……」
そういい、言葉を濁しながらどこか気まずそうに盤上の駒を片付けはじめた。
その姿を見て、荒井は一つ大きく息を吐いた。確信した、と言うのが正しかったかもしれない。ここ数日、袖山の態度はどうにも不自然に思えていた。ひょっとしたら自分が袖山に対して何か非道いことをしたのではないか。もしそうだったら謝りたいと思い探りを入れてみたのだが心当たりは何もない。
だがひょっとしたら、と思う事が一つあった。
それが新堂の事である。
荒井は半年ほど前から新堂と親しく付き合っていた。
ただの友人ではなく恋人として親密になり、恋人同士がすることは殆どしている。
周囲に気取られないよう注意をはらっていたが、袖山からそれを口にした上で言葉を濁したいま、はっきりと理解した。
きっと袖山は荒井と新堂の関係を知っているのだろう。
「……いや、いいんだ袖山くん。僕も何をキミに言ったらいいのかよくわからないんだけど……新堂さんのことで、僕に気を遣う必要はないよ。袖山くんが新堂さんと親しいのは知っているし、その親しさが僕と新堂さんの関係とは違う、というのもちゃんと分かってるから」
荒井は静かに目を閉じて、少し思案する。
新堂の事を愛しているし恋人であるという自負もあるが今まで周囲にその関係を喋った事は一度だってない。 これはお互いにわざわざ公言する必要はないだろうと判断していたからだし、必要ない限りはこちらから話すこともないだろうという部分は同じだったから自然と誰にもいわないような空気ができていたのだ。
もしバレた時は相手が信頼できるなら話してもいいとは新堂から言われている。新堂もボクシング部の顧問である植野裕樹に関係が露見した時は正直に伝え信頼の上で違いの秘密にしているのだという。
荒井にとって袖山は信頼に足る人物と言えただろう。
彼なら荒井を茶化すようなこともしなければやたらと他人に話す事もせず、心に留めてくれるに違いない。
それに袖山は荒井だけではなく新堂のことも良く知っている。仲の良い友人に対して軽率な行動をする人間でもないはずだ。
「ご、ごめん荒井くん。あの、別に見ようと思って見てた訳じゃないんだよ。ただ、偶然……」
袖山は慌ててそんな言い訳をする。彼の口ぶりから自然と気付いたのではなく、何かしら見られていたようだ。
心当たりはありすぎる。新堂と会う機会は学校が一番多く、人目を避けているとはいえ恋人同士がすることの殆どを学校でしているのだ。今まで誰にも気取られなかったのは荒井がそれだけ慎重に事を運んでいたからだろう。
それでも袖山が見てしまったのなら、袖山の気配に気付かなかったこちらの失態だ。
「袖山くんが謝る必要はないよ。どうしても……会える場所が限られているから。普段は気を遣って周囲に気取られないようにはしてたんだけど……」
荒井は口元へ手を当てて思案する。
何と言えばいいのだろう。いまさら隠す必要はないのだし言ってしまってもいいのだが、いざそれを言うという場面になってどう告げるのが適切なのか分からないでいた。
そもそもなぜ今まで袖山にも言えなかったのだろう。彼は他人に言いふらすような人間ではない、それは信頼している。誠実で優しい人物だというのもわかっている。目立たないが常識的だというのもだ。友人である彼に打ち明けた方が楽になる事は多かったろう。
いや、だからこそ言えなかったのだ。
袖山は常識人であり荒井にとっては一般的な価値観を持つ少年でもある。世間一般の代表のようにも思えていた存在だ。そんな彼から「異常だ」とか「奇妙だ」「気持ち悪い」などといって避けられたのなら、改めて自分が普通ではないのだと突きつけられる気がして恐ろしかったのだ。
「……ごめん、袖山くん。隠していたとか、そういうのじゃないんだ。ただ、僕は……僕はね袖山くん。僕が新堂さんの事を好きでいることをキミに知られた時、きみが僕を気持ち悪がって遠ざけられたり、僕のことを友人だと思わないようになるのが怖かったんだよ」
煎じ詰めるとそう、荒井は袖山に嫌われたくなかったのである。
男である自分が男である新堂に惹かれていること。それは現在異端視される事は少なくなっているが少数派の選択であるのは変わりない。
袖山から「気持ち悪い」と拒絶されるのは嫌だったし「僕のことは好きにならないでほしい」なんて茶化されるように言われたらそれまで袖山を信じて友人として接してきた、自分自身の見る目がなかった現実を突きつけられるようで嫌だったのだ。
「ごめん……」
何か言おうと思っても上手く言葉が出ず口ごもってしまう。
弁論には自信があったはずだし恋人である新堂が相手なら明け透けに文句も言えるというのに、友人の袖山を前に嫌われたくないという思いが荒井の口を重くした。
隠していたのだから仕方ない。マジョリティなのだから偏見があるのも当然だ。きっと奇妙に思っているだろう。袖山が何かを言うまえに自分から遠ざけた方が傷つかなくてすむ。
様々な思惑が頭に巡るさなか。
「よ、よかったぁ……」
袖山の口から出たのは、喜びと安堵が入り交じった一言だった。
「あぁ、荒井くんごめんね。何かきみが秘密にしていることを僕が曝いてしまったような気がしてずっといたたまれない気持ちだったんだけどさ。荒井くんが話してくれて、なんか安心したよ。ほら、新堂さんは僕のことも知ってるだろ? 時々ご飯に誘われる時とか、荒井くんがいなくても大丈夫なのかなぁとか色々考えちゃったりしてたから……」
「え……えぇと、うん、それは大丈夫……新堂さんが袖山くんと親しいのは知ってるし、いつも僕と一緒だと息も詰まるだろうからね。新堂さん、袖山くんのこと結構好きなんだよ。気を遣わなくて色々話せるみたいだからね」
「うん、僕も新堂さんの事はそんなに嫌いじゃないんだ。いや、怖い人だなぁと思う事もあるけどいつも怒ってる訳じゃないし、食事してる時も色々面白い話を聞かせてくれるからね……でも、荒井くんと付き合ってるって知ったらそういうのも悪い気がして。あぁ、だけど……もうそういうの気にしなくていいのかな?」
嫌われるのではないかと不安に思っていた。
だがそれは荒井が勝手にそう思っていただけで、袖山はずっと荒井を気遣ってくれていたのだ。 真実を知ってみれば他愛もない、自分だけが勝手に悩んでいた事だが同時に喜びが胸へこみ上げてくる。
友人が素直に自分の恋を応援してくれている、祝福してくれている。そんな小さな事が、今の荒井には何よりも嬉しかった。
「……ありがとう、袖山くん」
「いいんだよ荒井くん。何か僕も聞けないでいて変な態度になってたらごめんね。えぇっと……こういう時、おめでとうとか言った方がいいのかな」
「何かそういうのは少し照れくさいな……言われた事ないし」
「言われた事がないなら言った方がいいよね、うん、おめでとう荒井くん」
荒井の手をとり屈託なく笑う袖山を前にして、荒井の顔も自然とほころぶ。
そして思うのだ。
やはり袖山はいい友人だ、自分の一番自慢できる最高の友達なのだと。
<おまけ>
「いつから好きだったの?」
将棋の駒を並べながら袖山は何の気なしにといった様子で言う。
本音を吐き出し清々した気持ちのまま、荒井は自然と新堂との話をしており袖山も嫌がる事なく普通に全てを聞き受け入れてくれていた。
積もる話になるならもう一局、という事で今は駒を並べ直している最中である。
「あぁ……実のことをいうと、僕は新堂さんのこと入学してわりとすぐに知っていたんだよ。以前から知っている気がした、とか……言おうと思えば言えるんだけど、ほとんど一目惚れみたいなものだったかな」
「へぇ……でも新堂さん、僕らが入学した時から結構コワい人だったよね。悪い噂もあったし……」
「それもわかってた、後で知ったけど気にならなかったかな。この学校、妙な噂がある生徒って多いだろう? ……僕も人の事言えないけど」
駒を並べながら荒井はよどみなく答える。一年になって部活勧誘をする新堂の姿を見た時、何とも言えぬ感情を抱いたこと。その後この広い学校で新堂の姿を自然と探すようになっていたこと。全て懐かしい記憶だ。
そういえば、初めて見た時は今のように髪を染めてはおらず短髪で髪型も比較的きっちりしていたか、あの頃は一見すると不良というよりスポーツマンという印象だった。
最も、目つきが悪いのは今と変わらないが。
「実のことを言うと、一学期でサッカー部を辞めただろう? あれは確かに自分の力量じゃぁサッカー部についていけないと思ったからなんだけど、夏休みの合宿でサッカー部の三軍を見るのが新堂さんだって聞いたからなんだ」
「そうだったの?」
「うん、僕は新堂さんの事が好きだって自覚はあったんだけど、それを言うつもりは毛頭なかったからね。新堂さんが卒業するまで黙っているつもりだったし、あの頃だってちょっとした気の迷いで本気だとは思っていなかった、けど……僕がサッカー部で二軍になれる訳がない。三軍の面倒を見るのが新堂さんだ、ってわかったらさ……合宿ともなれば新堂さんがつきっきりで見てるんだろう? 食事だって風呂だって寝る時だってそばに居ると思うと、冷静じゃいられない気がしたんだ」
駒を並べ終え、荒井は大きくため息をつく。
思い返せば恥ずかしいほど初々しい思いだがそれでもあの時は本当に狂ってしまうのではないかと心配するほどだったのだ。
「へぇ、荒井くんはいつも理知的で冷静だと思ってたけど……」
「自分でもそのつもりだった。だから尚更こんな事で冷静になれない自分が恥ずかしかったし、悔しかったんだよ。だから、早くに辞めたんだ。今になってみると、ささやかな反抗だったよね。そんな事をしても好きだって気持ちが収まるわけもないのに……」
言っていて顔が赤くなるのがわかる。
「ご、ごめん変な事言って。こんな事聞かされても困るよね……」
「いいよいいよ、だって今までみんなに言ってなかったんだよね。こういう話、いい事でも悪い事でも心にため込んじゃうのは良くないから……僕で良ければ話、聞くよ。僕は恋愛経験ってのがないから相談にはのれないけど……」
「うん、ありがとう袖山くん。たしかに今まで誰かに話した事はなかったから……いま、すごく楽しい」
自然と笑顔になる荒井を前に、袖山も微笑んだ。
そして自分の盤上から飛車をつまむとそれを端に避ける。
「話しながら指そうか、僕は飛車を落とすよ。荒井くんが冷静になれない程の話をするんだから、これくらいハンデがないと悪いよね」
「いいのかな? ……僕は確かに新堂さんの話をする時、感情的になりやすいとは思うけどそれでも飛車を落とされるほど弱くないと思うよ」
「どうかなぁ、じゃあ荒井くん。先手をどうぞ」
二人はそう言い笑い合う。
先の事はわからない。だが荒井は袖山と、これからもずっと良い友達でいたいと願っていた。
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