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インターネット字書きマンの落書き帳

   
あらいくんを誘拐しようぜ! その3
キミは今までの人生でどれだけ推しを誘拐し監禁したことがあるかい?
(※犯罪を教唆するための発言ではありません)
僕は両手の数では足りないよ。
(※犯罪の大胆告白ではありません)(※空想の世界の話で実際の犯罪とは関係ありません)

という訳で、荒井くんを丁重に誘拐しました。
誘拐のジャンルは「連れ去られてどんどん記憶を奪われ人格がゆがめられ人形になっていく」というジャンルです。
誘拐にジャンルなんてあるの!? 知らなかった……。

日々丁重な仕事で誘拐しているので気が済むまでやらしておいてください。
二次創作は基本的に俺の自由なので止めてもやるんだけどな!

あ、今回は荒井くん視点のはなしです。(とってつけたような説明)


<前回までのあらすじ>

 荒井くんは気がついた時に知らない部屋にいて名前も知らないお兄さんに飼われていたぞ。
 事情はわからないが何だかすごく危険な気がする。
 おまけに自分の名前すら曖昧なほど記憶がぐらぐだらこれはヤバい!

 一方その頃、学校を休んでいる荒井くんを心配した新堂さんは荒井くんが机にスマホを置きっぱなしにしているのに気付いてそのロックを解除したが変なメッセージが入ってるだけだった。


<主要な成分>

・新堂×荒井の世界線で話をしている
・新堂さんも荒井くんに対しての独占欲と支配欲は海溝の業
・荒井くんが新堂さんに対する執着と愛情は深淵の業
・業が深い重い愛情を持つ男CPは健康にいい

・誘拐犯は綺麗な顔をしたモブ
・端正な顔立ちで嫉妬深くオカルトに造形がある表面上は紳士的なモブ
・たぶん浪川大輔の声が出る

・今回は関係ないが坂上くんは元木さんと付き合っている
・今回は関係ないが倉田さんは坂上くん推しで日野先輩×坂上くん推し

・話とは関係ないが俺も浪川大輔くんの声が出るようになりたい


それじゃぁ、今日も元気にいってみよー!




『in the bathroom』


 暖かな湯につかっている時は身体中を蝕む痛みも心の奥底から湧き出るような不安も不思議と和らぐものです。
 僕の病は何ら良くなる兆しは見せずこの足は相変わらず自由には動かない。
 それどころか段々と身体中の力が失せていき今では移動すらままならない有様だというのに心地よい湯から漂う甘い香りに包まれているだけで幸福だと思えてしまうのですから、温もりとはどんな薬にも劣らぬ効力があるのではないかと思ってしまいます。
 病のように悪い気は温めて退けるという民間療法もあるようですから心地よい湯につかるというのは身体と心の均衡を保つのに必用なことなのかもしれません。

「ショージ、湯は熱くないかい」

 磨りガラスの向こうから「兄さん」の声がします。たぶん僕が心配でずっと浴室のそばを離れないでいるのでしょう。僕を一人浴槽においておくのが心配なんでしょうが、少し過保護すぎるくらいな気がします。
 とはいえ、心配するのも無理はありません。今の僕は病気のせいで身体を動かすことすらひどく億劫なのですから。

 物心ついた時には、僕はもう自由に身体が動かせなくなっていました。
 とはいっても最初はほんの少しだけ動かすのが億劫な程度だったのですが、長い時間をかけて病は少しずつ進行しいまは自分で立つことすらできません。
 足にはほとんど力が入らない上に、歩こうとすると身体に剣を突き刺したような痛みが現れて立つことすらままならないのですから。
 ですが湯船は足の位置に気をつけていれば痛みはありませんし、浮力もあります。溺れるほどなみなみと湯が張られている訳ではないのですから兄さんはやはり少し過保護な気がします。
 僕が止めなければ浴室にも入り込んできそうな勢いです。

 兄さんは身内なんだから恥ずかしがる事はないと言うのですが、僕は身内とはいえ肌を晒すのは抵抗があるのですから仕方ないでしょう。ですが兄さんにはそう伝えてもどうにも不服そうなのです。
 これまで散々と世話をしているのだから今更だろうと呆れたように言うのですが、たとえ兄弟といえども無防備な姿をあまり見られたくはないと思うのはそれほど不思議なことでしょうか。

 それに、兄さんは僕に手をかけすぎる所があるのです。
 僕に対して構い過ぎるといいますか……ようは過干渉なんですよね。身内でもあまりに距離が近いと息が詰まってしまいます。

「大丈夫です、いい湯加減ですから兄さんはそこで待っていてください」

 僕はそうやって止めたんですが、兄さんはこちらの言う事など聞く間もなく浴室に入ってくると笑顔のまま湯船へ手を入れ湯加減を確かめたりするんです。

「な、何で入ってくるんですか……」
「いや、やっぱり心配だろう? 僕が見てない所で溺れたりしたら困るからね」

 兄さんの顔から無意識に視線を逸らしてしまったのはやはり恥ずかしかったからでしょう。湯気で兄さんの顔はよく見えませんでしたが、きっと兄さんは何も気にしてないといった様子で笑っているんでしょうね。

「どうしたのさ、ショージ。やっぱり恥ずかしいのか? ずっと僕が世話をしてるってのに慣れないものかなぁ」

 兄さんの言う事も一理あると思います。
 これまで身の回りの世話はほとんど兄さんがしてくれておりお風呂に入れてもらった事も着替えを手伝ってもらった事も数えるのが億劫になるほどあるはずですから今更恥ずかしがる方がおかしいのかもしれません。
 幼い頃から入退院を繰り返しており、兄さん以外の人……お医者さんや看護師さんにも肌を晒す事が多かったはずなのに、僕は人前で肌を露わにすることにどうにも抵抗があるのです。

「えぇ、どうしても……肌を見られるのは……」

 僕は浴槽へ身体を沈め自然と見られないよう肌を隠していました。
 我ながらどうしてこんなに抵抗心が強いのかわからないのですが……警戒、しているのかもしれません。
 何を警戒しているのか、自分でもよくわからないのですが。

「心配しなくても、おまえは綺麗な顔と身体をしているよ。兄のひいき目じゃなくてね」

 兄さんはそう言いながら、じっとこっちを見つめるのです。
 兄さんが優しい人だというのは良くわかっています。
 僕の世話だったら何だってしてくれるし常に気遣ってくれる、僕の体調に悪いところはないか、おかしい所はないか常に気にしてくれますから。
 ですがこうしてやたらと僕を見つめるのだけはどうにも慣れません。
 兄さんの視線は兄が弟におくる視線とは違う気がするのです。
 もっと情愛に満ちて、もっと僕を求めている……。
 そのように思ってしまうのは、僕の思い違いでしょうか。

「あぁ、そうだショージ、これを……」

 兄さんはそう言うと小さなバスケットに入った花びらを湯船に落として浮かべました。
 薔薇の花をはじめとして赤やオレンジといった華やかな色合いが乳白色に濁った湯へ散らばり一気に華やかになります。

「もう上がるのにもったいないですよ……」
「いいだろう? ふふ……ショージ、やっぱりきみは綺麗だ。そうしていると、とっても綺麗だよ」

 兄さんは僕の頬に振れ、柔らかに笑って見せるのです。
 兄さんも……とても綺麗な人だと思います。背も高く、顔立ちも整っていて……僕より随分年上でしょうか。
 あぁ、そういえば兄さんは今、いくつくらいなんでしょう。一回りは年上に見えるのですが……僕は、どうして兄さんの歳をよく覚えていないのでしょうか。
 それに、兄さんは僕と同じく痩躯で色白ですが顔立ちは違うように思えます。僕は兄さんに似てないと、そう思うのです。
 それなら兄さんと僕は父方と母方の遺伝がそれぞれ色濃く出ているのかもしれません、が……僕は、両親の記憶もひどく曖昧で……物心ついた時にはすでに、兄さんと一緒に……。

 ……いえ、僕は小さい頃、普通に学校へ通っていたはずです。
 中学は運動部にも入っていました。
 親に言われて海外に無理矢理送り出された事だってあります。

 ですが、僕は物心つく前から病気で何度か入退院を繰り返していたはずです。
 そのはずなのですが、入院していた記憶と同じように病気などした事がない記憶もまたあるのです。

「荒井、おまえ見た目よりけっこう頑丈だよな。持病の発作で薬が手放せないって顔してるくせに」

 ……いつか、誰かにそう言われたような記憶もあります。
 その時僕は何とこたえたのでしょうか。薬を定期服用しなければいけないような病気はしていない……そんな事を言った記憶があります。
 だったら僕はいつから歩けなくなってしまったのでしょう。
 兄さんは随分と前からこの病気だと言っていた気がしますが、それはどれくらい前なんでしょうか。そもそも、僕の両親は今、僕が思い出している人たちなのでしょうか。
 そうだとしたら、父も母も兄には似てません。

 僕の兄は……。
 僕の兄は本当にこの人なんでしょうか。

 僅かに抱いた疑問は脳髄の奥底へ小さなヒビを作り、そこから深淵へ疑念と思惑が入り交じった気色の悪い感情が次々押し寄せてくるのです。
 渦巻くように、だけれども激しく僕の脳髄を揺さぶって記憶にない映像が断片的に浮かぶのです。

 誰かの手、どこかの学校の制服、机、スマホ。
 全てどこかで見た記憶があり、だけど僕のもっている記憶と大きな齟齬があるものばかりなのです。
 僕は、この家からほとんど出た事がないはずなのに。僕は学校に通える身体ではなく、ずっとこの家で療養をつづけていたはずなのにどうしてこんな記憶があるのでしょう。

 いや、この記憶すらもさっきまでは無かった気がします。
 それなら、僕は何者なのでしょうか。

 そして、僕が兄さんと呼んでいるこの人は……。

「うっ、うぇっ……うぇぇ……」

 急に激しいめまいがし、僕はその場で嘔吐していました。
 それを見た兄さんは慌てて僕を抱き上げて湯船から出すと素早くシャワーで汚れを落とし大きなタオルでくるんでくれます。

「大丈夫かい、ショージ。少しのぼせてしまったかな……」
「は、はい……すいません、兄さん……」

 一度抱いてしまった疑惑はもう抑えようがありません。
 兄さんは、本当に兄さんなのでしょうか。

 あぁ、でももし兄さんが僕の兄さんではないのなら僕はどうしたらいいんでしょうか。
 今の僕に頼れるのはこの人しかいないのですから。
 激しい痛みが続く足では自分の力でどこに行く事も出来ませんし、食事をはじめとした日常生活の全ても兄さんに頼りっきりなのです。
 兄さんの気分次第で僕は簡単に殺されてしまうのでしょう。

 当然、僕はまだ死にたくはありません。
 僕の内心は兄さんに悟られていないでしょうから何も知らないふりをして彼の世話を受け入れていれば僕が抱いたこの疑惑が真実なのかそれともただの妄想なのかはっきりする事でしょう。

 ですが今、生きる事も死ぬことも訳の分からぬ相手の手の内にあるというのはどうにも面白くはありません。

 だいたい、このまま何も知らぬふりをして彼の世話に甘んじていれば事態は解決するのか甚だ疑わしいものです。
 食事も彼が準備しているのですから、それに混ぜ物をされていても気付かない。気付いてもそれを食べるしかない立場なのですから。

 それなら、せめて一矢報いてやりたいと思ってしまうのは僕が無謀なのでしょうか。それともこれが僕の本質なのでしょうか。できれば後者であってくれればいいのですが。

「すぐに着替えをしよう。それからベッドで休むといい。水分もたっぷりとって……いいね、ショージ」
「はい、兄さん……」

 だけど、兄さんが僕に対して優しくあろうとしているのは確かなようです。
 僕のことを大切にしてくれて、壊れないよう注意深く扱ってくれている……兄さんが僕に向ける眼差しはいつだって熱っぽく、深く、そして重たいほどの愛情を確かに感じていますから。
 それは僕を誰にも渡したくないという独占欲を感じさせる程でした。

 そしてこの執着は、どこか懐かしいのです。
 僕はこの執着が嫌いではなかった。僕も同じような執着を抱いたことが確かにあったような気がする……そんな風に思うのです。

 だからこそ、この優しさが欺瞞に思えるのかもしれません。
 本心ではもっと僕に非道いことをしたい癖にその思いを押し隠し善人の仮面をかぶるものですから、優しさがやけにわざとらいのです。

 そんな上っ面だけの優しさなど、何がいいんでしょう。
 どうせ人間は一皮むけばむき出しのエゴで他人を貪るような本質をもっているのですから、恥ずかしがらずそれを曝け出せばいい。
 もっと激しく、もっと感情的でそしてもっと刹那的に……僕のことを少しも大切になんか思っていないくせに、僕のことを誰にも奪われたくはない。そんな身勝手で自己中心的な顔を見せてしまえばいいのです。

 僕が裸を見せるのを恥ずかしがる姿を見て笑うくせに、自分は本心を見せようとしないとは随分とズルい人じゃないですか。
 そのくせ、稚拙な隠し方をする。本心を悟られたくないのならもっと上手に立ち回るべきです。こんな上っ面だけ取り繕ったところで内心が腐っていればニオイが漂ってくることなど当然でしょうに。

 「はい、ショージ。少し水を飲んだ方がいいよ」

 着替えを終えベッドへと転がされる僕に、兄さんはタンブラーに注いだ水を手渡してくれました。 その様子は僕の機嫌を伺うようで、僕に嫌われるのを怖れているような気さえするのです。
 自分の本心を知られるのがそれほど恐ろしいのでしょうか。
 それとも、強い独占欲を拒絶されるのが恥ずかしいのでしょうか。
 どちらにしてもひどく臆病で、それが故にこのわざとらしい優しさは滑稽に思えるのです。

 僕は水を受け取り、この男をどうしてやろうかと考えていました。
 今の僕にこの男の本性を暴くような材料などあるのか、それすらもわからないからです。

 あぁ、そういえば、兄さんは何という名前でしょうか。
 いつも兄さんと呼んでいるから名前がわからないのです。

 彼の、名前は……。
 独占欲が強く、僕にひどく執着していて暴力的なまでの支配を求めるなまえは……。

「……ありがとうございます、誠さん」

 とっさに浮かんだ名前を、僕は口に出していました。
 独占欲が強く感情的で嫉妬深い、執着の塊のようなあのひとの名前。

 あの人も激しいほどに重い感情で僕を求めるのです。
 あぁ、でも僕もそう。あの人を同じように求めている。

 目の前にいるこの男がその名であるはずがないのに、どうしてその名が浮かんだのでしょう。

 そう、あの人は……目の前にいるこの人のように綺麗な顔立ちではない。獣のように鋭い目をした凶暴性を秘めた目をしていたはずです。
 身体もこんなに華奢ではない。僕とは違いもっと筋肉質で……。
 そもそも、誠さんは僕の兄さんではなく……僕の……僕の。

「誰だい、マコトって」

 その時、兄さんは今まで見た事がないほど冷たい目をしていました。それはむき出しのエゴ。僕を支配して独占し決して手放したくないという確固たる意思を秘めた目です。

 あぁ、その目。兄さんもその目が出来るんじゃないですか。
 うわべで僕に優しくしているけど本心では僕を決して手放したくない。小瓶にいれてずっと見つめていたいなんて欲望にまみれているというのに、どうしてそれを隠そうとするのでしょうか。

 僕は思わぬ名前を口にしていましたが、それは目の前にいる兄を名乗る何かには存外に響いたようでした。

「さぁ、誰でしょう……それよりも兄さん、やっと人間らしい顔になったじゃないですか」

 僕は無意識に笑っていました。だって本当におかしかったんですから仕方ないですよね。
 やっぱりそうだ、この人は僕の兄さんなんかじゃない。僕は、たぶん身体のどこかを弄られてるのだろう。
 この病気も、おかしな記憶も全部目の前にいるこの人が仕組んでいるはずだ。そして、この人は僕をどんな方法を使ってでも手に入れたいくせに、その醜い欲望を決して自分では認めようとはしない姑息で臆病な人間なのです。

「ふざけないでくれ、ショージ……な、誰だそいつは」

 兄さんは僕の喉を乱暴に掴み、こちらを見据えていました。
 その顔にすでに笑顔など微塵も見えません。

「すいません、別にふざけてはいないんです。それに、僕にも誠さんが誰だかわからないんですよ。今、ふっと……あなたを見ていて出てきた名前なんです。でも、これってアナタのせいですよね?」

 喉を掴む腕の力が少し強くなりましたが、まだ声は出せそうです。
 このまま首を絞めて殺してしまうつもりでしょうか。
 その状態になっても、僕はこの男が顔を歪ませ憎々しげにこちらを見る姿が楽しくて仕方ありませんでした。

「悔しいんですか、兄さん? ……ふふ、今の僕はあなたが呼ぶショージという名前も本当に自分のものだかわからないというのに、誠という名前は忘れていなかった……それどころか、あなたの名前すら僕は知りません。だけど、この人の名前は覚えている……悔しいですか? 妬ましいですか? その記憶も全て蹂躙してみせますか? だけどきっとその名前は、僕の名前を消すのよりずっと難しいですよ」

 男の表情は怒りと嫉妬に満ちたものへと変貌していきます。
 その顔の醜さといったら、今までの優しく穏やかな顔がどうしたらこのような顔へと変貌するのかと感心してしまう程でした。
 だけどその方がずっと人間らしい。最初からそういう顔をしてたら僕ももう少し真面目にこの茶番に付き合ってたかもしれません。

「どうするんですか? また、僕の身体を弄るんですか? たぶん、あなたは何度か僕の身体を弄ってますよね? ……身体より、記憶を弄っているんでしょうか。断片的にですが違和感のある記憶が混じるんです。だからあなたが何かしら記憶を弄っているのだと思いますが……」

 僕がそこまで語ると、男は幾分か柔らかな表情へ戻っていました。
 とはいえ、喉を掴む手はそのままですし嫉妬の炎を燃やす目だけがやけに輝いています。

「やはり聡い子だね、荒井くんは」

 彼は爛々と輝く目で僕を見据えたまま、そう言いました。
 荒井とは初めて聞く名前です。
 あの人が僕の名前である「ショージ」を本当の名で呼んでいるのだとしたら、僕の本名は荒井ショウジというのでしょうか。
 本当に、自分のことは何も覚えていないものです。
 人間というのは存外に普段から自分の名前というのは意識してないのかもしれませんね。

「一目見て気に入ったんだよ、君はとても綺麗な顔をしている。それにとても知的で気品のある趣味をしているだろう。だからキミの知性を奪わず人格を残したまま何とか手元に置きたいと、そう思っていたんだ」

 一度本性をさらけ出した男は、静かな口調でも狂気を隠そうとはしてませんでした。
 最も、彼の狂気はもともと隠しきれてなどいなかったのですけれども。
 それより、彼の言葉は興味深いものです。
 今の僕は記憶が随分と欠けている自覚はありますが、考える力などはそこまで衰えていると思いません。
 知性を奪わず人格を残し、記憶だけを奪う処置をしていた……僕の推測はあながち間違いでもなかったようです。

「あなたは……何者なんですか。記憶を弄るなど、とても人間業とは思えません……どうせまた僕の記憶を消してしまうんでしょう? それなら教えてくれてもいいんじゃないですか」

 その人はふっと息を吐いて笑うと、ますます喉を掴む手に力を入れるのです。
 僕の骨がぎしりと軋むような気がしました。

「説明したところでおおよそ信じてもらえるような内容ではないさ。それに、簡単に教える訳にもいかない……記憶を書き換えたとしても、完全に消してしまうのはどうやら思ったより困難だ。そして過去の記憶と現在の光景に齟齬がありすぎると、キミはその歪みと違和感で今ある現実が妙である事に気付いてしまう……以前もそうやっておかしさに気付いてしまった事があるから記憶を書き換え直しているからね。最も、最初は僕を兄と認識すらしなかったからそれと比べれば随分と進歩したとは思うんだが」

 どうやら僕がこうして記憶を失いまた目覚めるといったのは一度や二度ではないようです。最初は……とは言ってますが、いったい僕は何日くらい自分を失っているのでしょうか。
 一週間? 一ヶ月? それとも、一年?
 本当の両親は僕を探しているかもしれません。学校に行っていた記憶もありますから、クラスメイトも多少は心配しているでしょうか。
 いえ、心配してなければ困ります。
 僕は何かしらメッセージを残していた……記憶は確かではありません、だけど心に何か引っかかっているのです。
 誰かがそれに気付いてくれれば、助けに来てもらえるはずなのですが……。

「だからね、荒井くん。僕はキミを完全な木偶にはしたくないんだ。ただの人形では無く一つの人格をもつ人形として僕を慕ってほしい。兄として僕を愛してほしいし、そうしたら僕もキミを愛してあげようって思うんだ。あぁ、だけど……本当に誰だいマコトっていうのは。キミに何をしたんだ? 自分の名前まで忘れているキミに忘れさせないほどの相手だっていうのか」

 その人は僕の喉に触れてない片手を、血が滲むほど握っていました。
 僕にとって「誠さん」という存在がどれだけ大切だったのか、その人が僕に何を与えてくれたのか全く覚えていないのですが彼の嫉妬心を煽るには充分すぎるほどだったようです。
 だけどたぶん、その人はろくでもない男なんでしょう。
 思い出そうとしても嫉妬深く暴力的で独占欲が強い、そういう感情が先に浮かんでくるんですから。

「自分でもわかりませんけど……そうだったんじゃ、ないでしょうか」
「そう、か……それなら……」

 その時、僕の首に鈍い痛みが走ったのです。
 太い針のようなものを首の後ろに刺されたかと思うと身体の中に異物が注がれる感覚があります。 以前にも味わったような感覚で、多分これが僕の記憶を弄るための薬剤か何かなのだろうと思いますが僕は抵抗する事は出来ません。それだけの力もありませんし、仮にこの人を振りほどいて逃げだそうとしても足が全く動かないのだからしょうがないのです。

「……キミを完璧に壊してしまいたくはないけれども、キミがその名を忘れないというのなら……何も考えず、何も感じず、ただ僕に付きそうだけの人形にしてしまったほうがよっぽどいい。荒井くん……残念だよ。僕はキミの顔と知性を愛していたのに……」

 助けがきてくれればいいとは思っていましたが、手遅れだったのかもしれません。
 この人もまた非道く独占欲が強い支配者で、僕が他の誰かの名を覚えているのさえ許さないのですから。
 今度目覚める時の僕は、僕としての知性や人格を少しでも残しているのでしょうか。

「おやすみ。もうキミが目覚めを実感する事はないと思うけどね」

 一体、どうやって僕の記憶を奪い別の記憶に塗り替えるなどの所業をしているのでしょうか。
 一体この男は何者で、どうして僕を見初めたのでしょうか。
 何も覚えてないのは気に入らないですし、何もわからないのは悔しいのですが。

「何をしたって、あなたが誠さんにかなう事なんてありませんよ。僕は自分を忘れても誠さんのことは覚えていた……あなたの事は何も知らないままですけど、ね」

 僕がそういうと、そいつはとても悔しそうに顔をゆがめてこちらを見るのです。
 僕が愛しいからこそ憎らしいといった顔でこちらを見るのです。
 その顔が見れたのなら一矢報いることは出来たでしょうか。

 どうせ何も覚えてないのでしょうが、あの人がどんなに僕の記憶を弄って心を空虚なものにしても完全に支配することなど出来なかった。
 その事実があるだけで、僕は少しだけ勝てたような気持ちになったのです。

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東吾
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インターネット駄文書き
自己紹介:
ネットの中に浮ぶ脳髄。
紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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